――首相感貞・極秘地下作戦室。
「本来なら、内部告発をした彼女と、護衛であるアクィラは警察の厳重な保護下におかれ、新しい名前と身分を与えられて、反社会的勢力から完全に守られるはずだった」
大物議員Aが、葉巻の火を消して重苦しく語る。
「……しかし、そうはならなかったのね?」
シルビアが、銀色の髪を震わせながら尋ねた。
「あぁ。父は自白剤を打たれ死んだ。そのタイミングで、俺と姉さんを愛の家(孤児院)の前に置いたんだ」
スレイが、静かな声で過去のパズルを繋ぎ合わせる。
「つまり、お母さんは命の危険を間近で感じていたんだよね。だから自分から遠ざけるために……」
リルが悲しそうに目を伏せる。
「スレイが生まれているってことは、潜入中も二人は会っていたんだよね、多分〜」
メイコが言う。
「ええ。そして、それが原因でゼネコン側に身元がバレてしまったという可能性はあるわね。あるいは、警察内部から情報が漏れたか」
マリアが推測する。
「それに、今と違って三十年前なら、警察側の腐敗は十分にありえるわね。……証人保護の情報を売った裏切り者がいたということよ」
モニカが過去を鑑みて確信する。
「……当時の与党は、国民を舐め腐ったゴミのような政党だったのよ。警察も腐りきっていた。……昔の警察の腐敗についても、徹底的に調べましょう」
萌美総理の瞳に、冷たい怒りの炎が宿る。国家をコケにする連中が、彼女は死ぬほど許せないのだ。
「昔の警察の腐敗は調べるとして、まずはゼネコンSSSを何とかしましょう。諸悪の根源だ」
大物議員Aが言う。
「あれだけ証拠が揃えば問題ないわ。……山田相姦、早速動いてちょうだい!」
萌美総理の号令の下、ゼネコンSSSの内部には武装した山田相姦の部隊が一斉に雪崩れ込み、かつてない規模の大がかりな逮捕劇が繰り広げられた。
――翌日。警視庁・極秘取調室。
脱税、贈収賄、そして数々の裏の犯罪容疑で、ゼネコンSSSの会長(当時の若社長)と現社長、そして重役たちが一網打尽に逮捕・連行されてきた。
マジックミラーの向こう側の監視部屋で。
リルがそっと、スレイの太い腕に抱きつく。スレイは無言のまま、リルの頭を優しく撫でた。
「……とりあえず、顧問弁護士を呼んでくれ」
取調室のパイプ椅子に座らされたゼネコン会長が、余裕ぶった態度で要求する。
「何かの行き違いだ。私達は何も知らなかった。書類のミスだろう」
ゼネコン社長もシラを切る。
「……御社の顧問弁護士は、既に弁護士免許を剥奪されています。本日は、国選の弁護士が同席します」
山田相姦が、冷徹な声で事実を突きつけた。
「なっ……!?」
ゼネコン会長と社長が、目に見えて焦り出す。
それを窓越しに見ていたPCUメンバーたち。
「ばいやー! いつのまに免許を剥奪されたの!?」
メイコが目を丸くする。
「……昨夜の金庫の資料から、あの顧問弁護士も組織ぐるみの悪事に深く加担していたのがわかったわ。だから、法務省に手を回して速攻で処分させたのよ」
萌美総理が、さも当然のように言う。
「さすが総理! 行動が早すぎるっしょ!」
リルが尊敬の眼差しを向ける。
「これで、うるさい弁護士に邪魔されず、遠慮なく尋問ができるという訳ね」
マリアが頷く。
「……でも、国選弁護士って……まさか、総理が用意したわけ?」
モニカが、嫌な予感を感じて尋ねた。
「当然よ! 私の息がかかった完全調教済のドMだから、安心してちょうだい♡」
萌美総理が、自信満々に胸を張る。
((……それって本当に安心できるのか!! 能力に疑いはなさそうだが違う問題がありそうだ……))
PCUの常識人たちが一斉に心の中でツッコミを入れた。
――取調室。
山田相姦が厳しい尋問を続けるが、会長たちは「部下が勝手にやったことだ」と逃げようとする。
そこへ、国選弁護士(ドM)が、いかにも気弱そうな態度で口を挟んだ。
「……あの、実は会長も社長も、本当にご存知なかったのです。印鑑などは、システム部の部長や経理部長に不正に利用されていたようです……」
「そ、そうなんだ! 実は私たちも部下に騙された被害者なんだ!」
ゼネコン会長と社長が、ここぞとばかりに弁護士の言葉に乗っかる。
(……やるじゃないか、この国選弁護士。使えるぞ、助かる……)
会長たちは内心でほくそ笑む。
「……なるほど。では、三十年前の警察の買収(裏金)の記録。ここは社長の直筆サインがありますが、これはどう説明するのですか?」
山田相姦が鋭く切り込む。
「あ、あの! これは……警察側が、強引に脅迫してきたんですよね!?」
ドM弁護士が、会長たちに助け舟を出すように言う。
「そ、そうなんだ! 警察の権力を盾に脅されて、仕方なく金を払ったんだ! 我々は被害者だ!」
会長が必死に弁明する。
「……では、その脅してきた警察官の名前を教えてください」
山田相姦の問いに、ドM弁護士がサッと会長の耳元に顔を近づけ、小声で囁いた。
(ここは必ず、正直に答えてください。……その脅してきた警察官だけのせいにして、自分たちの罪を軽くしましょう)
弁護士の囁きに、ゼネコン会長は深く頷き、堂々と答えた。
「……当時、刑事二課の人間だったと記憶している! 確か、名刺には島田と書いてあった!」
「間違いない! そのあと何度も揺さぶりに来て、金をせびられたんだ!」
ゼネコン社長も同調する。
「……そうですか。島田、ですね」
山田相姦は、調書にその名前を書き込むと、ふとペンを置いた。
「……では、いったん釈放となります。裏付けが取れ次第、再度お話を伺います」
「えっ……?」
会長たちがキョトンとする。
――監視部屋。
「やっぱり! 腐敗した裏切り者の警察官がいたんだね! 許せない!」
リルが怒りに震える。
「……すごーい茶番劇を見た気がする。おもろー」
メイコがケラケラ笑う。
「完全にこっち側(総理の用意した弁護士)のお芝居だと気づいていない様子ね。見事な告発だわ」
マリアが感心する。
「しかし、わざわざここで釈放するのは……何かあるんでしょうね?」
モニカが、横に立つ萌美総理の冷たい横顔を見て言う。
「えぇ。……人気(ひとけ)がなく、監視カメラもないところへお見送りしてあげないとね」
萌美総理が、極悪な微笑みを浮かべた。
ゼネコン会長と社長は、証拠不十分の保留ということで、山田相姦の部下が運転する覆面パトカーに乗せられて警察署を出発した。
「……あれっ? そういえばスレちゃんは?」
シルビアが、いつの間にか弟の姿がないことに気づく。
「おそらく、かたき討ちよ」
マリアが言う。
「総理の配慮(私刑の許可)ってやつね。……相手は、死ぬよりも辛い目に遭うわね」
モニカが、これから起こるであろう一方的な蹂躙を想像して息を吐く。
――人気のない工場跡地。
「おい、ちょっと待て! なんだここは!」
覆面パトカーから強引に降ろされ、ゼネコン会長が声を荒げる。
「俺たちをどうする気だ! 俺たちは被害者で無罪だぞ!」
ゼネコン社長も怒鳴る。
そこへ。
薄暗い廃工場の陰から、一人の漆黒のコートを着た大男が、スッと音もなく現れた。
「……誰が、あんな見え透いた言い訳を信じると思う?」
スレイの低く、地獄の底から響くような声が、冷たい風に乗って二人の耳に届いた。
「な、なんだお前は! 警察を呼ぶぞ!」
「アクィラ・ギンスバーク。……俺の、父親の名前だ」
その名を聞いた瞬間。ゼネコン会長の顔から、一気に血の気が引いて青ざめた。
「ち、違うんだ! 殺したのは俺たちじゃない! あれは全て、島田のせいなんだ!! 島田が勝手にやったんだ!!」
「……自白剤を打ってまで吐かせたかった何か(母親の居場所)が、島田にあるというのか?」
スレイが、氷のように冷たい声で距離を詰める。
実行犯が誰であろうと関係ない。警察は買収された側でもみ消しただけだ。巨悪の根源はこの男たちだ。
問答無用。スレイの重いコンバットブーツが、ゼネコン会長の鳩尾に深々と突き刺さる。
「グヴェェェッ!?」
「てめぇッ!!」
ゼネコン社長がナイフを取り出して襲い掛かってくるが、スレイは微動だにせず、下からアッパーを顎に叩き込み、そのまま流れるような回し蹴りを側頭部へと見舞った。
バキィッ!!
「俺は、親の顔も知らない。父親に特別な興味はない。……しかし、一応でも家族だ」
スレイは、地に這いつくばるゼネコン社長の腹に容赦ない蹴りを入れ、さらに会長の顔面を踏みつける。
「ご、こんなこと……許されるはずが……ッ!」
ゼネコン社長が血を吐きながら叫ぶ。
「大丈夫だ。目撃者もなし。監視カメラもない場所で……たまたま運悪く暴漢に襲われただけだ」
スレイの鋼鉄の拳が、ゼネコン社長の顔面にメリ込み、鼻骨を砕き、歯が数本宙を舞う。社長は泡を吹いて完全に気絶した。
「す、すまなかった! 申し訳ない!! 金ならいくらでも払う! 命だけは……ッ!」
ゼネコン会長が、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして土下座で懇願してくる。
しかし、最強の暗殺者に情けは不要だ。
「……これは、父の分だ!」
スレイの容赦ない蹴りが、会長の横顔を捉え、さらに全体重を乗せたストンピングが脛の骨を砕く。
「ギャアアアアアッ!!!」
「……そして、これは母の分だ!!」
スレイが、再び拳を振り上げる。
「ま、待ってくれ!! 母って……あの女会計士(ライラ)のことだろう!? あいつには、俺たちは何もしていない!! いや……見つけられなかったんだ!!」
命の危機に瀕した会長が、泣き叫びながら真実を吐露した。
「…………ッ!」
スレイの拳が、空中でピタリと止まる。
母、ライラ・ギンスバークは……ゼネコンの手の者に捕まり、殺されたわけではないのか。
愛の家に子供たちを置いた後も、彼女は逃げ延びたというのか。
「……そうか。じゃあ、これは姉の分だ!」
スレイは躊躇なく拳を振り下ろし、ゼネコン会長の顔面を強打して完全に意識を刈り取った。
「山田相姦。……タチの悪い暴漢に襲われた可哀想な被害者たちがいる。引き取り(逮捕)をお願いする」
スレイはインカムで短く通信を入れると、無言で工場跡地を後にした。
――首相感貞・極秘地下作戦室。
スレイが戻ると、PCUの家族たちが彼を出迎えた。
「スレイ、やっつけた?」
リルが駆け寄る。
「まぁ、スレイがただのオッサンに負ける訳ないしねー」
メイコが笑う。
「……父親の仇はとったわけね」
シルビアが、少しだけ安堵したように息を吐く。
「あとは、警察の裏切り者である島田というやつね」
マリアがキーボードを叩く。
「ええ。それを突き止めれば、両親の過去の因縁はすべて片付くはずよ」
モニカが頷く。
「当時の腐敗したクズは、三十年前まで遡ってでも、全員がケツでミルクを飲むようになるまで地獄を見せてやるわ」
萌美総理が、恐ろしい言葉で決意を固める。
しかし、一呼吸置いて。
スレイが、漆黒のサングラスの奥の瞳を鋭く細め、静かに、だが衝撃的な事実を口にした。
「……母、ライラ・ギンスバークは。……まだ生きている可能性がある」
「……つまり、こういうことね」
マリアが、これまでの情報を整理しながら静かに口を開いた。
「普通の病院で産めば、買収された警察にすぐに名前が知れて殺される。……だから、あえて戸籍のない人間が集まる闇産婦人科で、身を隠して出産するしかなかった。おそらくアクィラ(父親)は、潜入捜査の職務上、そういう裏の施設の場所を知っていたのね」
「……裏社会を逃げ続ける生活では、絶対に生まれた子供を守りきれない。だから、泣く泣くスレイ達を愛の家(孤児院)に置いていったのね」
メイコが、母親の苦渋の決断を思いやりながら言う。
「子供たちだけでも、光の当たる安全な場所で生きていけるようにと祈って……」
リルが、涙ぐみながら両手を合わせる。
「……しかし。その愛の家が、後におぞましい臓器ブローカーに変貌するなど、当時の両親には想像できまい」
スレイが、己の育った地獄を思い出しながら、低く呟いた。
「……お母さん……っ」
シルビアの目から、大粒の涙がとめどなく溢れ出した。
自分たちをゴミのように捨てた、憎き女だと思っていた。泥水をすする原因を作った、冷酷な母親だと思っていた。
しかし、真実は全く違ったのだ。彼女は命がけで、二人の子供を裏社会の魔の手から守り抜こうとしていたのだ。
「……でも、私たちがやることは変わらないよ!」
リルが、涙を拭って力強く宣言した。
「とりあえず、警察の裏切り者である島田を探さないとね!」
「流石に三十年前とはいえ、当時の警察関係者の情報なら、もみ消されてないっしょ」
メイコが言う。
「あぁ。正義を捨てて賄賂で買収され、母親を絶望の逃避行へと追い込んだ、腐敗した警察の連中だ。……絶対に許さない」
スレイの漆黒の瞳に、再び深い殺意が宿る。
「そこは、すぐに表のデータから出せそうだな。山田相姦にすぐ連絡して調べさせよう」
大物議員Aが通信を入れる。
――数時間後。新宿アジト。
少し待機することにした一行。ここ数日、休む間もなく動きすぎたので、休息も必要だ。
「総理の裏金(経費)で、宅配を大量に頼んじゃったー!」
リルが、両手に山盛りの紙袋を抱えてアジトの机に運び込んでくる。」
「わーい! 何も考えないでポチポチ押したら沢山きたよ!」
「ごいす〜! タピオカ全種類あるじゃんこれ!」
メイコがテンションを上げる。
「……ちょっと!! いくら何でも頼みすぎでしょ!! 誰がこんなに食べるのよ!!」
マリアが、テーブルを埋め尽くす大量のピザや寿司、中華料理を見て頭を抱える。
「まぁ何とかなるわ。山田相姦の部隊にでも、後でおすそ分けしましょう」
モニカが優雅にハーブティーを淹れる。
こうして、他愛もないことで騒ぎ合える幸せ。
「……みんな。本当に、助かった。うちの家族(プライベート)の因縁なのに」
スレイが、ふと珍しく、微かな感謝の言葉を口にした。
「えぇ、本当にみんなありがとう。……皆、最高の仲間ね」
シルビアも、目を赤くしながら優しく微笑む。
「何言ってるのー! スレイもシルビアもー! 私たち仲間じゃないよ!」
リルが、頬を膨らませて抗議する。
「だって、ここはPCUっていう家族でしょ?」
メイコがナハハーと笑ってウインクする。
「えぇ、そうよ。血の繋がりなんて、あってもなくてもいいのよ」
マリアが、呆れながらも嬉しそうに言う。
「大事なのは、どれだけ相手を思いやれるか。どれだけ、お互いの弱さを補い合えるか、よ」
モニカが微笑む。
「あー! でもでも、スレイとはそのうち戸籍上の家族(夫婦)になる予定ですっ!」
リルがスレイに抱きつく。
「それはダメよリルちゃん! スレちゃんのお嫁さんになるのは、血の繋がった姉(私)じゃないと♡」
シルビアが、反対側からスレイの腕にすり寄る。
「……その狂った倫理観、何とかしろー!!」
マリアが絶叫する。
「日本語の意味が全く持ってわからないんだけど……」
モニカが頭痛を堪える。
「ばいやー! 超ウけるー!」
メイコが手を叩いて爆笑する。
騒がしい場所だが、とても落ち着く。そして安心する場所だ。
スレイは無言のまま、そんな騒がしい家族たちのやり取りを心地よく聞き流していた。
そんなことをしていると、山田相姦から極秘回線に連絡が入ったので首相感貞に向かう。
『――島田という男について判明した。当時は刑事二課で警部補をやっていたようだ。……当時の裏金の流れまでは明確に追えないが、例の事件のもみ消しと裏切りは、ほぼ確定だと思われる』
山田相姦が報告を上げる。
『そして、現在の島田の居場所だが。……現在は、府中刑務所長として君臨している』
「なんだって? そうか、上手く天下りで逃げ切ったか」
大物議員Aが苦々しく言う。
「皮肉なものね。悪党と裏で繋がっていた裏切り者が、今は悪党を閉じ込める檻のトップに君臨しているなんて」
マリアが冷笑する。
「しかも、刑務所長となると、かなり手出しがしにくいわね。府中刑務所といえば、警備は文字通り鉄壁よ」
モニカがプロファイリングの難易度を上げる。
「……刑務所長? だから何なのよ。頭蓋骨マン〇して、セイウチのケツに突っ込んでやるわ」
萌美総理が、恐ろしいシモネタ交じりの罵倒を放つ。
「……セイウチさんがかわいそう」
リルが純粋な感想を漏らす。
「いや、まぁ、そういう総理なりの悪口というか、決意の表れみたいなものだから気にしないで……」
メイコが笑いながらフォローを入れる。
「裏金と汚職で手を回すような狡猾な人間は、出世して上のポジションにいるものよ」
過酷な裏社会を生き抜いたシルビアには、その構造がよくわかる。
「かならず、過去のホコリは出るだろう。おそらく、まずは税務関係から責めて失脚させたほうがいい」
大物議員Aが、政治的なアプローチを提案する。
「えぇ、ちゃんと罪状はかためる必要があるわ。……しかし」
萌美総理が、最高にドSで、極悪な笑顔を浮かべた。
「……仮によ。仮の話だけど。……刑務所で暴動なんて起きたら、どうしましょうね?」
――翌朝。新宿アジト。
『……速報です。本日未明、東京都府中市にある府中刑務所内にて、大規模な暴動が発生しました』
アジトのリビング。
点けっぱなしになっていたテレビのニュースキャスターが、緊迫した声で原稿を読み上げている。
『暴動はすでに鎮圧されましたが、混乱に乗じて何者かが所長室を襲撃。……島田刑務所長が、何らかの鈍器のようなもので撲殺されているのが発見されました。警察は、刑務所内の囚人たちによる計画的な犯行とみて捜査を……』
「ほわ〜〜〜! 本当に暴動が起こっている〜!」
リルが、口にパンを咥えたままテレビを指差す。
「完全に、国家権力を私物化している総理がいるもんねー! アハハッ!」
メイコがケラケラと笑う。
その横で。
夜通しの仕事(掃除)を終え、シャワーを浴び終えたスレイが、無言のままそのニュースを眺めながらブラックコーヒーを飲んでいた。
「……ちょっと」
キッチンから出てきたマリアが、引きつった顔でスレイとテレビを交互に見る。
「あんた……囚人の暴動を人為的に引き起こした上で、そのドサクサに紛れて所長を素手(鈍器のようなもの)で殴り殺してきたわけ……?」
「……俺はやっていない」
スレイはコーヒーカップを置き、静かに目を伏せた。
「……正義を語る資格のない男には、自分が管理していた檻の中の悪党に、無惨に殺される最期がお似合いだ」
(鉄拳を島田に数発浴びせただけで、眼底骨折と複雑骨折数か所くらいだろう)
「おそらく、電子錠か何かのシステム故障で囚人が脱獄したんでしょ。……しかも、被害が所長だけで、ちゃっかり即座に暴動が鎮圧されているところを見ると……既に山田相姦の部隊が周囲に配置してあったわね」
モニカが、見事なマッチポンプの構図を見抜いて呆れる。
ニュースキャスターがさらに続ける。
『さらに、島田刑務所長は、脱税に賄賂、二重帳簿など、数々の悪事を行っていた裏帳簿が、所長室から大量に発見された模様です』
「出た〜! 総理お得意の社会的にまで完全抹殺コンボ! えぐいー!」
メイコが爆笑する。
「これで一旦は片付いたわね。悪党のほうは」
マリアがため息をつく。
「あとは表の部隊のほうで、残党の証拠固めと逮捕(掃除)ね」
モニカが頷く。
「……でも、スレイのお母さんを探さないとね!」
リルが、スレイの太い腕をギュッと掴む。
(シルビアは、今日はライブのリハーサルで東京国際フォーラムに行っている)
「あぁ。しかし、それはゆっくりでいい。急ぐ必要はない」
スレイが、少しだけ穏やかな声で答えた。
「……でも私、何となくわかったんだ!」
リルが突然、自信満々に言った。
「リルたそ、何が?」
「スレイのお母さんのいるところ!」
リルは、昨日、多様性図書館で休憩中に借りてきた星座の本を広げた。
「こと座=お母さんの『ライラ』。わし座=お父さんの『アクィラ』」
リルが、星図を指差す。
「だから、隠れているなら絶対に、はくちょう座になっているはずだよ!」
「夏の大三角ね! ……しかし、地形を示す暗号としては当てはまらないわ」
マリアが地図と照らし合わせる。
「そうか……証人保護プログラムでの偽名ね!キグヌスかキグナスよ!」
モニカがプロファイリングでリルの直感を補強する。
「下手すると、名前や地形じゃなくて、場所の名前も示しているかもよ! はくちょう座のα星デネブとか!」
メイコの超記憶力から、関連する地名や施設名が弾き出される。
「……証人保護プログラムの対象者の現在の所在は、警察のデータベースにはないわ。総理権限のある首相感貞に直接ハッキングするしかないけれど、それは厳しいわね」
マリアがキーボードを叩きながら首を振る。
「なら、姉さんに連絡してから、首相感貞に直接乗り込むぞ」
スレイの決断により、シルビアへ連絡を入れ再び首相感貞へと向かった。
――首相感貞・極秘地下作戦室。
「……なるほどね。証人保護の現在のデータを引き出すには、裁判所のトップの許可がいるわね。……議員、あのハゲに連絡しなさい」
萌美総理が、不敵な笑みを浮かべる。
「わかりました。例の婦人下着姿の羞恥プレイ写真をネタにして、脅して(動かして)みせましょう」
大物議員Aが、楽しそうに電話を手にする。
((……なんか、絶対に聞いてはいけない国家の闇を聞いてしまったような気がする))
PCUの面々が、冷や汗を流しながら目を逸らす。
リハーサルを終え、リムジンで駆けつけたシルビアが合流し、マリアとモニカがこれまでの推測を説明する。
「……でも、会って今更、何を言えばいいのか……わからないわね」
シルビアが、不安そうに伏し目がちに呟いた。
「確かにわからない。……ただの、俺たちの過去へのケジメだろう」
スレイが、静かに答える。
ほどなくして。
萌美総理が、裁判所トップを脅し終えて(物理)、作戦室に戻ってきた。
「……ハゲが渋々吐いたわ。見事よ、リルちゃん。彼女は現在、キグヌス・ギンスバークとして生きているわ」
「わぁい! 私の推理当たったー!」
「……そして、現在の居場所もわかったぞ」
大物議員Aが、スクリーンに詳細な地図を投影した。
「神奈川県にある……デネブ保養所だ」
――首相感貞・極秘地下作戦室。
「表向きは、身寄りのない老人や、重度の精神障害を抱えた患者を受け入れる、人里離れた療養施設だ。……だが、彼女は三十年間、ずっとそこに身を隠しているらしい」
大物議員Aが、特定した住所の詳細を読み上げる。
「……わかった。感謝する。総理、議員」
スレイは深く頭を下げ、短く、だが重い礼を言った。
「やっぱり、はくちょう座(キグヌス)にデネブだったね!」
リルが誇らしげに言う。
「リルたそ感鋭いね! でも、これも星座の導きのおかげだね~」
メイコがリルの頭を撫でる。
作戦室に、一瞬信じられないほどの静寂が落ちる。
「……お母さん、生きてるのね」
シルビアが、震える両手で口元を覆い、こぼれ落ちそうになる涙を必死に堪えていた。
三十年の時を経て、ついに見つけ出した母親の居場所。デネブ保養所。
なぜ彼女は、そんな人里離れた施設に身を隠し続けているのか。
そして、今、どんな姿で姉弟を待っているのか。
「……行くぞ、姉さん。」
スレイが、静かに立ち上がる。
「俺たちの、本当の過去に会いに」
神奈川県の郊外。
海風の届く小高い丘の上に、デネブ保養所は静かに佇んでいた。
表向きは穏やかな療養施設だが、どこか世間から切り離されたような、ひっそりとした空気が漂っている。
駐車場からエントランスへと向かう短いアプローチ。
199センチの巨躯を揺らして歩くスレイの右手は、姉のシルビアに。そして左手は、リルによって、それぞれ強く、そして優しく握りしめられていた。
マリアとモニカとメイコは、少し距離を開けてその後ろからついてくる。
(……何を、話せばいいのだろうか)
スレイは、自身の両手を包む二人の温もりを感じながら、柄にもなく思考の迷路に陥っていた。
物心つく前に自分を置いていってしまった母親。
憎しみはない。愛着もない。ただ、文字通りの産みの親という記号のような存在。
命懸けで自分たちを逃がしてくれたという過去の真実は知った。
だが、だからといって、今更母親と再会して、一体どんな顔を向ければいいのか。
そもそも、血の繋がっただけの他人に、今さら会う必要などあるのだろうか。
色々な考えが、最強の死神の脳内で複雑に交錯していた。
そんなスレイの戸惑いを察したからこそ、家族の温かさを知らずに育ったリルも、母への複雑な愛憎を抱えるシルビアも、無言で彼の手を強く握りしめ、共に歩調を合わせてくれているのだ。
「……すみません」
清潔だが古びた保養所の受付で、スレイは静かに声をかけた。
「ライラ・ギンスバーク……いや、キグヌス・ギンスバークの身内の者だ。面会を頼みたい」
身内という言葉に、中年の女性職員は驚いたように目を丸くした。
三十年間、この施設でひっそりと匿われてきた彼女に、面会者が訪れたことなど一度もなかったのだろう。
「キグヌスさん、いや、ライラさんの、ご家族の方……ですか? それは……」
職員は困惑したように言葉を濁し、そして、ひどく申し訳なさそうに視線を伏せた。
「……面会自体は可能ですが。ライラさんは現在、重度の認知症を患っておられます。……ご自身の名前も、過去のことも。おそらく、皆さんとお話をすることは、難しいかもしれません」
「…………」
その残酷な宣告に、シルビアが息を呑み、スレイが静かに目を閉じた。
夫を殺され、裏社会の闇に怯えながら、たった一人で隠れ住んできた孤独な日々。
その過酷な逃亡生活と恐怖が、彼女の精神を徐々に蝕み、やがてすべての記憶を、時の彼方へと押し流してしまったのだろうか。
「……構わない。一目だけでも、会わせてほしいの」
シルビアが、静かに、しかし断固とした声で告げた。
「……わかりました。こちらへどうぞ」
職員に案内され、静まり返った廊下を歩く。やがて通されたのは、日当たりの良い、一番奥の個室だった。
「ライラさん。お客さんですよ」
職員が優しく声をかけたその先に。
窓の外の海を、ただぼんやりと見つめている、一人の小柄な老女の姿があった。
車椅子に深く腰掛けたその人は、年齢以上にひどく痩せ細り、深い皺が刻まれていた。
しかし、その頭部に残る、雪のように白いものが混じった髪は……間違いなく、シルビアと同じ、燃えるような赤い髪だった。
「…………あ」
シルビアの口から、掠れた声が漏れる。
三十年の歳月は、あまりにも残酷だった。
かつて命懸けで子供たちを守り抜いた、若く美しい母親の姿はそこにはない。
だが、虚空を見つめるその穏やかな横顔には。
隣で立ち尽くす世界的歌姫シルビアと、どこか重なる確かな面影が、ひっそりと残されていたのである。
「……あらあら、お客さんかねー」
車椅子に座る赤い髪の老女・ライラは、スレイとシルビアの方を向いてはいるものの、その視線はどこか虚空を彷徨っているようだった。
焦点の合わない瞳。力なく微笑む口元。
スレイとシルビアは、その痛ましい姿に一瞬息を呑みながらも。
三十年間の空白を埋めるように、静かに、そしてはっきりと呼びかけた。
「……母さん」
「……お母さん」
その呼びかけに対し。ライラは首を傾げ、皺くちゃの顔でふにゃりと笑った。
「あらあら、私にゃ子供なんていないよー。……ところで、旦那はどこかの?」
「…………」
夫は三十年前に殺されている。そして目の前にいる我が子すら認識できない。
やはり、過酷な逃亡生活の果てに、彼女の認知は完全に進んでしまっているようだった。
シルビアが悲痛に顔を歪め、スレイが静かに目を伏せる。
それでも。
たとえ相手の記憶が欠落し、言葉の意味が理解できなかったとしても、これだけは絶対に伝えなければならなかった。
「お母さん」
シルビアが、ライラの膝の上に置かれた、ひどく痩せ細った手をそっと握りしめた。
「本当は……三十年前、命懸けで私たちを逃がして、守ってくれたんでしょ。……ありがとう」
「……ありがとう、母さん」
スレイもまた、静かで重い声で、産みの親への感謝を口にした。
その言葉が響いた瞬間。
ライラの痩せた肩が、ほんのわずかにピクッと震えた。
しかし、彼女はすぐに、まるで壊れた人形のように大口を開けて笑い出した。
「ハッハッハ〜! 私が、こんな美人と大男を守れるかー! ハッハッハ〜!!」
「……」
ライラはひとしきり笑った後、ふと空を見上げるようにして、とぼけた声を出した。
「……ところで、今日のお昼ご飯は何かねーーー」
付き添っていた女性職員が、困ったように優しくたしなめる。
「さっき食べたでしょ、ライラさん」
会話が成立しない。
どれだけ言葉を尽くしても、今の彼女の閉ざされた世界には届かないのだ。
スレイとシルビアは、顔を見合わせ、そして静かに頷き合った。
(……これで、いい)
言葉は通じなくとも、自分たちのルーツである母親が、今もこうして穏やかな場所で生きている。
その事実をこの目で確かめ、感謝を伝えられただけで、十分だった。それ以上、彼女の静かな余生を邪魔する権利は自分たちにはない。
スレイとシルビアは深く一礼し、リルたちと共に、静かに保養所を後にした。
――バタン、と。
個室のドアが閉まり、スレイたちの足音が完全に遠ざかった後。
静まり返った部屋の中で、女性職員が、車椅子の老女に向かって小さな声で尋ねた。
「……ライラさん。本当に、あれでよかったんですか?」
「…………」
虚空を見つめていたライラの顔から、先ほどまでの「痴呆の笑み」が、スッと抜け落ちた。
彼女の焦点の合った瞳から、大粒の涙が、堰を切ったようにボロボロと溢れ出す。
「……話を合わせてくれて、ありがとうね」
ライラは、震える両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。
「いいのよ……これで。子供を捨てた親なんて、名乗る資格はないもの……」
彼女の精神は、壊れてなどいなかった。記憶も、すべて鮮明に残っていた。
三十年前、夫を殺され、自分も追われる身となったあの夜。
子供たちを安全な場所(だと思っていた孤児院)へ逃がし、自らは一生日陰で生きると誓ったあの悲壮な決意。
今更「私が母親だ」と名乗り出て、彼らの人生に再び過去の闇という迷惑をかけることなど、彼女の深い愛情が絶対に許さなかったのだ。
「でも……」
職員が、痛ましげにライラの肩を撫でる。
「お二人とも、ライラさんを恨んでいる様子なんて、まったくなかったですよ。感謝していたじゃないですか」
「……わかってる」
ライラが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
「わかってるけど……今更、どんな顔して会えばいいのか……」
ライラの脳裏に、先ほどまで目の前に立っていた、美しい大人の女性に成長した娘と、見上げるほど逞しい巨躯を持った青年の姿がフラッシュバックする。
あの雨の夜、自分の手を離れていった、小さくか弱い命たち。
「……しかし、立派になった」
車椅子の老女は、我が子の成長を確かめるように、何度も、何度もその言葉を繰り返した。
「……本当に、立派になった……。立派になったわ……」
静かな個室に、すべてを背負い込んだ母親の、後悔と、安堵と、そして深すぎる愛情に満ちた泣き声が響き渡る。
「……ごめんね、ルビー……。スレイ……」
かくして。
最強の暗殺者と世界的歌姫の姉弟、そして彼らを命懸けで守り抜いた母親の三十年ぶりの再会は。
互いを思いやるがゆえの『優しくも残酷な嘘』によって、静かに、そして永遠に幕を下ろしたのであった。
――新宿アジト。
保養所を後にし、アジトへと帰還したPCUメンバーとシルビア。
ドアを開け、いつものリビングの匂いを嗅いだ瞬間、スレイとシルビアの肩から、三十年間背負い続けてきた過去の重圧が、ふっと下りるのを感じた。
「……よいしょっと」
上着を脱いでソファに座った199センチのスレイの隣に、リルがトコトコとダイニングチェアを運んできた。
そして、その椅子の上にひょいっと立ち上がると、スレイの頭と、隣に座るシルビアの銀髪を、小さな両手で優しくナデナデと撫で始めた。
「スレイ、シルビア。……えらかったね。お母さんに会えて、よかったね」
幼い頃に両親を亡くし、親戚にたらい回しにされてきたリルだからこそ分かる、血の繋がりの複雑さと温かさ。
その無邪気で優しい慰めに、シルビアはふわりと微笑み、スレイは目を細めた。
スレイは立ち上がり、姉と並んで、マリア、モニカ、そしてリルとメイコに向き直った。
「……マリア、モニカ。そしてリルとメイコ。今回は、俺とシルビアの過去の調査から後始末まで……色々と世話をかけた。感謝する」
「本当に、ありがとう。……あんたたちがいてくれなかったら、私たち、きっと一生あの暗い過去に囚われたままだったわ」
深く、素直な感謝の言葉。
マリアは少しだけ照れくさそうに顔を逸らし、モニカは優しい笑みを浮かべた。
「やめなよースレイ〜! 私たち、これで一つの家族みたいなもんでしょ」
メイコが、スレイの太い背中をバンバン叩く。
「さあ! 辛気臭いのはここまでよ!」
マリアが、パンッと両手を叩いて空気を変える。
「シルビアのオフも今日で終わり、明日からはまた世界の歌姫として死ぬほど忙しい日々が始まるんだから!」
「そうね! 今日はもう、難しいことは全部忘れて飲んで食べましょう!」
モニカがスマートフォンを取り出し、デリバリーアプリを起動する。
「どうせ総理の裏金だし、ピザも寿司も中華も、目に付いたもの全部頼みまくりましょう!!」
「わぁーい! わたし、特上お寿司とタピオカとケーキ!!」
リルが跳ねる。
「私は最高級のシャンパンとキャビアね! 今日くらい、少し飲みすぎてもいいわよね、スレちゃん♡」
シルビアがスレイの腕に絡みつく。
アジトのインターホンが次々と鳴り、テーブルの上が豪華な食事と酒で埋め尽くされていく。
賑やかな宴の輪から少しだけ離れ、スレイはベランダに出て、夜風に当たりながらスマートフォンを耳に当てていた。
『……そうか。無事に、母親に会えたのだな』
電話の向こうで、大物議員Aがしみじみとした声で頷く。
『君たちが過去にけじめをつけられたのなら、私としても調査に尽力した甲斐があったというものだ』
「……あぁ。保養所の特定と、これまでの手配、礼を言う。恩に着るぞ、議員。総理にもよく礼を言っておいてくれ」
スレイがリビングに戻ると、シルビアが「スレちゃんも飲みなさーい!」と最高級のウイスキーのグラスを差し出してきた。
最強の死神はそれを静かに受け取り、何よりも温かい家族たちとグラスを合わせた。
血塗られた過去への復讐と、母への想いは、静かな海辺の保養所に置いてきた。
明日からはまた、掃除屋として、そして歌姫として、騒がしくもかけがえのない日常が続いていく。
「……乾杯」
新宿の夜空に、心地よい笑い声がいつまでも響いていた。
この家族ならば、どんな掃除も問題なく片づけられるだろう。