境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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いつもお読みいただきありがとうございます。
ようやくですが本編までもう少しです!
本作のメインテーマである「多様性ワールド」の開幕です。

新たな依頼主は、国を動かす大物議員。
そして護衛対象は、超絶名門お嬢様学校の「主席」……のはずなのですが。
PCUのメンバーが頭を抱える、新たなトラブルメーカー(?)が登場します。

※今回も新キャラクターや現場の挿絵を複数入れています。
ぜひ挿絵表示でお楽しみください!


境界線005
境界線005-メイコ(前編)


 

【挿絵表示】

 

初陣を飾ったあとも、リルは裏の掃除屋(PCU)の任務に幾度となく同行した。

 

ドローンを駆使した死角からの陽動、そしていざという時の高圧スタンガン。

場数を踏むごとに裏社会での立ち回りやチームワークにもすっかり慣れ、アジトには彼女の無邪気な笑い声が絶えなくなった。

 

数ヶ月前、血塗られた夜の公園で絶望の涙を流し、スレイのコートにすがりついていたのが嘘のように、今のリルは太陽のように明るく天真爛漫な姿を取り戻していた。

 

――ある日の昼下がり。

 

新宿の極秘アジトには、スレイ、マリア、リルの三人がのんびりとした時間を過ごしていた。

 

「……ふぅ。最近、いくつか厄介な掃除任務(仕事)を立て続けにこなしたし、これで経済的にはかなり余裕ができたわね」

マリアがPCの画面で裏口座の残高を確認しながら、ホッと息を吐き出す。

 

「わーい! 美味しいものがたくさん食べられるのは、すっごく幸せです!」

リルが、エプロン姿のまま満面の笑顔でバンザイをした。

 

漆黒のコートを着た大男――スレイは、ソファに深く腰掛けたまま、無言で安物の百円ライターをカチャリと鳴らす。

 

「そうね。今日は少し贅沢して……お昼ご飯は、モニカのところで美味しいパンでも買ってきましょうか」

「賛成っ! 私、甘いデニッシュがいっぱい食べたいです!」

 

そうと決まれば行動は早い。三人は連れ立って、モニカが普段働いているアジト近くのパン屋へと向かった。

 

カランコロン、とドアのベルが鳴る。

店内には焼きたての香ばしい匂いが漂っていた。

 

「……いらっしゃい。あら、今日は三人揃ってどうしたの?」

レジの奥から、黒髪のストレートロングヘアを揺らしてモニカが顔を出した。

「お昼ご飯を買いに来たんです! モニカさん、これとこれください!」

リルがトレイいっぱいに乗せたパンを差し出す。

 

モニカは「ふふっ、毎度あり」と優雅に微笑みながらパンを袋に詰め始めた。

しかし、お会計の袋をマリアへと手渡す瞬間。モニカのプロファイラーとしての瞳がスッと細められ、他のお客に聞こえないよう、静かに声を落とした。

 

「……実はお昼に来てくれて助かったわ。新しい依頼(オーダー)が入っているの。……今晩、アジトに行くわね」

 

その真剣な声色に、スレイとマリアは無言のまま短く頷き、パン屋を後にした。

 

――その夜。新宿、極秘アジト。

 

夜になり、アジトの扉を開けてモニカがやってきた。

リビングのテーブルには、リルがスーパーで買ってきたお惣菜や、スナック菓子、温かいお茶などが所狭しと用意され、ささやかながら歓迎の準備が整えられていた。

 

「あら、ごちそうね。リル、用意してくれてありがとう」

「はいっ! お疲れ様です、モニカ!」

 

コートを脱いだモニカが円卓につき、全員が揃ったところで、アジトの空気が少しだけ引き締まる。

スレイが安物のタバコに火を点け、紫煙を細く吐き出したのを合図に、モニカが口を開いた。

 

「……早速だけれど、単刀直入に言うわね。実は今回、とんでもない依頼が舞い込んできたのよ」

 

「とんでもないって……?」

リルが、買ってきたポテトチップスに手を伸ばしかけたまま、不思議そうに小首を傾げる。すっごく強い悪い人がいるのだろうか、と想像を巡らせる。

 

「……とんでもないって、また厄介な無茶ぶり? 報酬と割に合わないとか、リスクが高すぎるとか?」

マリアが、腕を組みながら怪訝な顔をした。

 

「いえ……ターゲットの強さや、依頼内容の難易度の問題じゃないわ」

モニカが、優雅な顔にかつてないほどの緊張感を漂わせ、ゆっくりと首を振った。

 

「……依頼主(クライアント)の問題よ」

 

静まり返るアジトのリビングで。

モニカは声を潜め、裏社会の人間ですら滅多に関わることのない、国家の中枢に座す特大の権力者の名前を口にした。

 

「……依頼主が、【 大物議員Aなのよ」

 

「…………ッ」

マリアの顔から、スッと余裕の表情が消えた。

スレイは無言のまま、タバコを指に挟んだままピタリと動きを止める。

 

「おおものぎいん、えー……?」

まだこの国(多様性社会)の政治や権力の恐ろしさをよくわかっていないリルだけが、一人きょとんと目を瞬かせていた。

 

一介の裏の掃除屋に、なぜ国を動かすほどの大物政治家から直接依頼が降りてきたのか。

PCU(チーム)の運命と、このバグった日本の根幹へと繋がっていく、巨大な歯車が静かに回り始めた夜だった。

 

東京都内の一等地にそびえ立つ、広大な敷地を誇る大豪邸。

高い塀と厳重なセキュリティゲートを抜け、大理石が敷き詰められたエントランスに通された裏の掃除屋(PCU)チームの四人は、その空間から放たれる圧倒的な「富と権力」の匂いに気圧されていた。

 

「……すごいわね。天井のあのシャンデリア、一つで私たちのアジトが買えるんじゃない?」

天才ハッカーのマリアが、首が痛くなるほど高い天井を見上げて呆然と呟く。

 

「うん……。なんか、場違い感がすごくて胃が痛くなってきたわ……」

凄腕プロファイラーのモニカも、慣れない場所の空気に飲まれ、優雅な笑顔を引き攣らせていた。

「わぁぁ……お城みたい! すっごいキラキラしてる!」

金髪の少女・リルは、目をまんまるにして大理石の柱や調度品を物珍しそうに見回している。

 

そこへ、屈強なSPたちを引き連れた初老の男性が足早に現れた。

仕立ての良さが一目でわかるスーツに身を包んだその男こそ、今回の依頼主であり、明日に控えた次期総裁選の有力候補でもある大物議員Aである。

 

「……待たせてすまない。よく来てくれたね」

 

議員が重々しい声で語りかけると、四人は居住まいを正した。

「実は、君たちの裏での仕事っぷりが私の耳に入ってきてね。……表の警察や、私の連れているSPだけでは対処しきれない事態が予測されるため、こうして直々にお呼びしたのだ」

 

議員がSPに目配せをすると、エントランスの壁に備え付けられた巨大なモニターに、いくつかの写真が映し出された。

 

「……依頼の内容だが。私の一人娘である女子高生の護衛を頼みたい。期間は、明日から始まる選挙期間中の『1週間』だけだ」

 

大物議員Aが指差したモニターには、物騒なヘルメットを被り、過激な文字が書かれたプラカードを掲げた集団の写真が映し出されていた。

 

「同小選挙区で立候補している対立候補の陣営……過激派の政治団体、通称『狂讃党』だ」

 

大物議員Aは、忌々しそうに眉間を揉み解す。

「連中は、選挙に勝つためならテロまがいの暴動も辞さない狂人集団だ。……私が立候補を取り下げるよう脅迫するため、娘を『誘拐』して人質にとる可能性が極めて高いのだ」

 

「……なるほど。相手は手段を選ばないテロリストというわけね」

マリアがハッカーの目を鋭く光らせる。

「任務は、この1週間、何としても娘さんを狂讃党の魔の手から守り抜くこと、ですね」

モニカもプロファイラーとして状況を整理した。

 

「……それで、その娘さんは、どこの高校に通っているの?」

マリアの質問に、大物議員Aは少しだけ誇らしげな顔を見せた。

 

「女子高の、花弁学園だ。娘は、そこの主席を務めている」

 

「…………ッ!!」

その学校名を聞いた瞬間、モニカが驚愕に息を呑んだ。

花弁学園といえば、都内……いや、日本全国でもトップクラスの偏差値を誇る、超絶名門のお嬢様学校である。そこの主席ともなれば、教養も知性も常人離れした完璧な令嬢であることは疑いようがない。

 

「君たちの腕は見込んでいる。……どうか、私の大切な一人娘を、狂讃党の連中から守り抜いてやってくれ」

大物議員Aは、国を動かすほどの権力者でありながら、四人に向かって深々と頭を下げた。

「すまない、これから党の重要な会議があってね。詳細は執事に聞いてくれ」

そう言い残し、彼は足早に屋敷を出て行ってしまった。

 

残された四人は、初老の品のいい執事に案内され、屋敷の奥深くにあるという『お嬢様の部屋』へと向かって長い廊下を歩いていた。

普段は動きやすいラフな格好が多い女性陣も、流石に今日はフォーマルなスーツやドレスに身を包んでいる。

 

「……大物議員の娘で、あの超名門『花弁学園』の主席。間違いなく、私たちとは住む世界が違う、深窓の令嬢でしょうね」

マリアが、緊張した面持ちでネクタイを締め直す。

「きっと、フリルのついたドレスを着て、お紅茶を飲みながらバイオリンを弾いてるんだわ。……そんな可憐なお嬢様相手よ。失礼があっては大変だわ」

モニカも、優雅なプロファイラーの顔を崩さず、緊張を隠すように息を吐く。

 

「どんな可憐な『花びら』なんだろうね! わたし、お友達になれるかなぁ?」

リルだけが、名門校の主席のお嬢様との対面に目を輝かせてワクワクしていた。

 

「……油断するな」

最後尾を歩く、漆黒のコートを着た大男――スレイが、低くしゃがれた声で釘を刺した。

彼もまた、今日は黒のスーツでネクタイをビシッと締め、サングラスの奥の死神の眼光を潜めて、完璧な『プロの護衛』の顔を作っていた。

 

「大物議員の娘だ。どんな教養と知性を兼ね備えているか分からん。……失礼のないようにしろ」

 

スレイの言葉に、マリアとモニカが「わかってるわよ」と小さく頷く。

やがて、執事の足が止まった。

目の前には、重厚なマホガニーで作られた、いかにも高級そうな両開きの扉がそびえ立っている。

 

「……お嬢様。護衛の方々がお見えになりました」

 

執事が静かにノックをし、ゆっくりと扉を開け放った。

 

【挿絵表示】

 

部屋の中に足を踏み入れた四人を待ち受けていたのは、お紅茶の優雅な香りでも、バイオリンの美しい調べでもなかった。

『――ズン、チャカ、ズン、チャカッ!!』

 

部屋中に響き渡っていたのは、重低音の効いた最新のEDM(ダンスミュージック)だった。

壁には派手なポスターが貼られ、床には雑誌が散乱している。

 

「おっ! マジで!? キタキタキターッ!!」

部屋の奥、ヒョウ柄の巨大なクッションに埋もれるようにしてスマホをいじっていた少女が扉のほうに身体を向けた。

 

「ち〜っす! 今日はウチのために来てくれてマジでサンクスコ! ウチ、メイコだよ! ヨロタノ!!」

 

「…………はい?」

マリアとモニカの思考が、完全にショートした。

 

そこにいたのは、清楚なドレスに身を包んだ、深窓の可憐なお嬢様などではなかった。

鮮やかな金髪に青いメッシュを揺らし、バッチリとつけまつげとカラコンで盛った完璧なギャルメイク。

着崩した制服のブラウスの胸元は限界まで開けられ、はち切れんばかりの『ボンキュッボン(特にボン)』な豊満すぎるプロポーションが、極端に短いスカートから伸びる生足と共に惜しげもなく披露されていた。

 

「え、てか皆めっちゃビジュ良くない!? 特にそこのデッカいお兄さん、ガタイやば! マジでSPって感じ〜! パパ、めっちゃセンスいいじゃん!」

メイコは初対面のスレイの太い腕に遠慮なくバンバンと触れ、ケラケラと笑っている。

 

「…………」

四人の間に、地獄のような沈黙が落ちた。

 

「……ちょ、ちょっと待ちなさい」

マリアが、震える指でギャルを指差した。

 

「あんた……本当にあの大物議員の娘の、メイコさん? あの偏差値トップの『花弁学園』の、しゅ、主席……?」

 

「そーだよ! てかウチ、記憶力だけはマジでエグくてさ〜。教科書とか一回見たら、全部写メみたいに脳内に保存(スキャン)できちゃうわけ!だからテストとかノー勉でも余裕で満点! ウケるっしょ!」

メイコがニシシと笑いながらピースサインを繰り出し、デコった長いネイルをキラキラと光らせる。

 

「……天才肌のギャル……!?」

モニカが、「どんな教養と知性を兼ね備えた令嬢か」とプロファイリングしていた自分の推理が完全に粉砕され、絶望的な顔で膝から崩れ落ちた。

 

スレイは無言のまま、死んだ魚のような目で、そっとネクタイを緩めた。

 

そんな大人たちの阿鼻叫喚をよそに。

「わぁーっ! メイコちゃん、お爪キラキラで可愛いーっ!!」

リルだけが、完全にギャルのテンションに順応し、メイコへと駆け寄っていた。

 

「おっ! アンタも金髪じゃん! なかまー! 名前なんていうの!?」

「リルだよ! 陽動役なんだ!」

「陽動ってウケる! リルたそ、よろしくっしょー!」

「きゃはーっ!」

 

二人はキャッキャと笑い合い、初対面だというのにノリノリでハイタッチを交わし始めている。

マリアとモニカは、その光景を見て驚きに目を瞬かせた。

(……リルが、あんなに楽しそうに自分と同年代の子と笑い合っているなんて)

 

少し前まで、学校では異端として虐げられ、人の顔色ばかり窺って怯えていたリルには、考えられなかった光景だ。

メイコの持つ、裏表のない明るさと底抜けのギャルバイブスが、リルの心の奥にわずかに残っていた同世代への警戒心すらも、一瞬で吹き飛ばしてしまったのだろう。

 

「……まぁ、護衛対象と仲良くなれるに越したことはないわね」

マリアが、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら、強引に状況を飲み込む。

「……ええ。お友達、というより、完全に『大親友(ズッ友)』のノリだけれど」

立ち直ったモニカが、すでに自撮りを始めているリルとメイコを見てため息をついた。

 

「よしっ! じゃあ、今から護衛の皆と一緒に原宿のクレープ食べに行こっか!」

メイコが、重たいヒョウ柄のリュックを背負いながら勢いよく提案する。

 

「ちょっと待ちなさい! アンタ、自分がテロリスト(狂讃党)に狙われてるってパパから聞いてないの!?」

マリアが慌てて止める。

「聞いてるよ? でも、護衛のプロがいれば余裕っしょ! ずっと家に引きこもってたらウチ、死んじゃうもん!」

「遊びに行くって言っても、警備のルートとか配置とか……!」

 

「……行くぞ」

 

ギャーギャーと騒ぐマリアの言葉を遮り、漆黒のコートを着たスレイが低くしゃがれた声で告げた。

「えっ、スレイ!?」

「……俺たちの仕事は、対象を家に縛り付けることじゃない。……『守り抜く』ことだ」

 

スレイはサングラスの奥の死神の眼光を鋭く光らせると、メイコに向かって顎をしゃくった。

「……好きにしろ。どこへ行こうが、俺がすべて弾き返してやる」

 

「おっしゃー! デカいお兄さん、マジイケメン! 一生ついていくっしょ!」

メイコがバンザイをして歓声を上げる。

 

クレープ屋の店先で、メイコとリルは生クリームとイチゴがたっぷり乗ったクレープを頬張りながら、楽しげに笑い合っていた。

 

「……マリア」

少し離れた場所で、完全に石像のように固まっていたスレイが、真顔でマリアに耳打ちした。

「……なんだ、あの『ちーっす』や『サンクスコ』という奇妙な言語は。……狂讃党の盗聴を警戒した、新種の暗号(コード)か何かか?」

 

[b:「ただのギャル語よ!! あんたどんだけ裏社会にしか生きてないのよ!!」]

マリアが、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえて特大のツッコミを放つ。

 

「ウケるーっ! リルたそ、マジでウチらマブじゃん!」

「きゃははっ! メイコちゃん、そのスマホのデコり方すっごく可愛いーっ!」

暗号でも何でもない。二人の少女は、まるで何年来の親友のようにキャッキャと意気投合していた。

 

「…………」

その平和すぎる光景を前に、マリアは深いため息をついた。

「……ねえ、モニカ。あの金髪青メッシュのギャル、本当にあのお嬢様学校の『主席』なのよね? どう見ても、ただの知能指数が低いバカコンビが結成されたようにしか見えないんだけど」

「映像記憶能力の無駄遣いよね……。でも、リルがあんなに心を開いているんだもの。悪い子じゃないのは確かよ」

モニカが、クレープのクリームを口の端にくっつけて笑い合う二人を見て、優雅に微笑んだ。

 

「いやー、なんかパパが超焦っててさ〜。ウチ、なんか『狂讃党』だかいうヤバめの過激派に狙われてるみたい〜! キャー、誘拐されちゃうかも! マジでピンチ〜!」

メイコが、棒読みの「キャー」と共に両手で頬を押さえて可愛子ぶる。

そこに悲壮感や緊張感の欠片は1ミリも存在しなかった。

 

「ちょっとは緊張感持ちなさいよ!!」

マリアの鋭いツッコミが炸裂する。

「あんた、誘拐されて政治の取引材料にされるかもしれないのよ!? 狂讃党は目的のためなら手段を選ばない過激な連中なんだからね!」

「えー、でもリルたそやお兄さんたちが守ってくれるっしょ? 余裕余裕〜!」

 

ケラケラと笑うメイコの底抜けの明るさに、裏の掃除屋たちは毒気を抜かれながらも、周囲への警戒だけは一切緩めず、夕暮れ時には無事に彼女を大物議員Aの厳重な豪邸へと送り届けたのだった。

 

 

――その夜。新宿、極秘アジト。

 

メイコを送り届けた四人は、円卓を囲んで今後の護衛方針についての作戦会議を開いていた。

 

「……大物議員Aの豪邸のセキュリティは万全だけれど、問題は登下校や校内での接触よ。そこを防ぐには、内部に直接『護衛』を潜り込ませるしかないわね」

マリアがPCに花弁学園の校内マップを映し出しながら言う。

「潜入任務だな」スレイが短く頷く。

「ええ。ターゲットに最も近づけるポジション……つまり、『教員(非常勤講師)』としてね」

 

マリアは腕を組み、ぐるりとアジトのメンバーたちを見渡した。

そして、まず最初に、身長190センチを超える漆黒のコートの巨漢へ視線を向けた。

 

「……スレイ、あんたはダメよ」

「なぜだ」

「こんな殺意剥き出しの顔面凶器みたいなバケモノが女子高の教壇に立ったら、生徒が泣き叫んでPTAがすっ飛んでくるわよ!! どう見てもカタギの教師じゃないでしょ!!」

 

スレイが「……俺は家庭科と体育なら教えられる」と、至極大真面目な顔で不満げに呟くが、マリアは完全に無視して、次に自分の姿を鏡で確認した。

 

「……私も無理ね」

 

【挿絵表示】

 

「あぁ。マリアはエロすぎる」

「は……?」

「胸の谷間とボディラインを強調したそのボンテージのような格好で教壇に立ったら、間違いなく倫理委員会にかけられるぞ」

スレイが、一切の邪念のない真顔で、客観的な事実としてド直球な指摘をした。

「うっさいわね! わかってるわよ!!」

マリアが顔を真っ赤にしてキーボードを叩きつける。

 

「……じゃあ、わたしは!?」

リルが「はいっ!」と元気に身を乗り出すが、マリアとスレイは同時に優しく首を横に振った。

 

「どう見ても教師には見えない」

「ええ。せいぜい、迷い込んだ中学生ね」

 

そうなると、残る適任者は一人しかいない。

全員の視線が、優雅に紅茶を傾けている黒髪の絶世の美女へと集まった。

 

「……あら。私でいいのかしら?」

モニカが、美しく、そしてどこか妖艶な笑みを浮かべる。

知性と教養に溢れ、冷静なプロファイリング能力を持つ彼女なら、超名門のお嬢様学校の教壇に立っても、まったく違和感はない。

 

「ええ、モニカしかいないわ。……適当な『心理学』か何かの非常勤講師の肩書きで潜り込んで」

マリアが即決し、すぐに通信機を手にする。

「大物議員Aに連絡して、明日からモニカが非常勤講師として花弁学園に出入りできるよう、強引に手はずを整えてもらうわよ」

 

こうして、狂讃党の脅威から大物議員の娘を守るため、裏の掃除屋たちによる「超名門お嬢様学校」への極秘潜入護衛ミッションが幕を開けたのであった。

 

 

翌日。

――花弁学園、正門周辺。

 

都内一等地に広大な敷地を構える、超絶名門お嬢様学校。

その学園から少し離れた路上の車内から、運転席のスレイが、サングラスの奥の死神の眼光で、そびえ立つ巨大な鉄扉と高いレンガの塀を睨みつけていた。

 

「……なるほど。これが都内トップクラスのお嬢様学校か」

「わぁぁ……。私、あんまり学校行ってなかったけど、こんなとこじゃなかったよ!」

 

後部座席から窓にへばりつくようにして外を見つめるリルが、目をまんまるにして驚嘆の声を上げる。

監視カメラは死角なく配置され、門には屈強な警備員が常駐している。登校してくる生徒たちは皆、気品のあるブレザーの制服を完璧に着こなし、まるで一枚の絵画のように静かに門へと吸い込まれていく。

 

しかし、その荘厳で規律正しい空間を、完全にぶち壊す異物が現れた。

 

「ち〜っす! おはよーございまーす!」

金髪青メッシュを揺らし、胸元を限界まで開けたド派手なギャル――メイコが、長いネイルでスマホをいじりながら堂々と登校していく姿は、完全に異世界からの侵略者のようだった。

 

「……あの子、よくあれで退学にならないわね」

助手席で双眼鏡を構えるマリアが、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえて呆れ返る。

「……映像記憶能力による圧倒的な学力(主席)と、親(大物議員)の権力、そして多額の寄付金……。学校側も手が出せない、アンタッチャブルな存在なんでしょうね」

モニカが、優雅にため息をつきながら、この国の権力の縮図を冷静にプロファイリングした。

 

その時だった。

 

「……マリア」

学園周辺の人の流れや車の配置を、無意識のうちに解析していたスレイが、低く鋭い声を上げた。

 

「……学園の西側。業者の搬入口の近くに停まっている、あの『白いワンボックスカー』を見てみろ」

 

スレイの視線の先。

そこには、一見するとただの清掃業者のバンが停まっていた。周囲の風景に溶け込んでおり、素人の目には何ら不審な点はない。

だが、スレイの『暗殺者の目』は、その偽装の裏にある決定的な不自然さを完璧に見抜いていた。

 

「……車のサスペンションの沈み方。積んでいるのは、清掃用具なんかじゃない。おそらく、重火器か、あるいは複数の人間(襲撃部隊)だ」

「……!」

「……乗っている男たちの目つきも、カタギのそれじゃない」

 

スレイの言葉に、マリアが即座に双眼鏡の倍率を上げ、さらに手元のタブレットで車内の男の顔を瞬時にデータベースと照合する。

 

「……ビンゴね」

マリアの冷徹なハッカーの声が、車内に響いた。

「……ヒットしたわ。過激派政治団体『狂讃党』の構成員。……どうやら、メイコを誘拐するために、すでに学園の周辺で下見(あるいは隙を窺う実働部隊)を展開しているようね」

 

緊迫した空気が、一気に車内を満たす。

スレイは無言のまま、懐に隠したハンドガンのグリップへと、反射的にその太い指を伸ばした。

 

「……どうする。ここで潰すか」

 

スレイから放たれる、冷酷な殺気のオーラ。

しかし、マリアはタブレットを閉じ、鋭い視線でそれを制止した。

 

「ダメよ。選挙期間は1週間もあるの。ここで末端の実行部隊を潰しても、連中はすぐに第二、第三の部隊を送り込んでくるだけ。……それに、あれだけセキュリティの厳しい学園の内部に、教員やスタッフの『協力者』が潜んでいる可能性も高いわ」

「……なるほど。ここで手を出せば、連中は警戒してさらに深い場所に潜る。今は泳がせる必要があるわね」

モニカが、マリアの意図を汲み取って同調する。

 

狂讃党の白いワンボックスカーを睨みつけながら、マリアはチームの司令塔として、冷徹な顔で指示を出した。

 

「……モニカ。あんたの肩に、メイコの命と、この任務の成否がかかってるわ。……明日から、学園内部の『怪しい教員』の洗い出しもお願いね」

 

「……ええ、わかったわ」

 

後部座席で静かに頷いたモニカは、すでにいつもの優雅な私服から、知的で洗練された『教職員』のスーツ姿へと完璧に着替えていた。

伊達メガネをかけ、髪をタイトにまとめたその姿は、どこからどう見ても、超名門校にふさわしい「清楚で優秀な非常勤講師」そのものだった。

 

「……行ってくるわ。悪い虫がついていないか、内側から徹底的に消毒してあげる」

 

モニカは妖艶な微笑みを残し、静かに車のドアを開けた。

そして、狂讃党の視線と、厳重なセキュリティゲートをすり抜け、大物議員の娘を守るため、一人、巨大な花弁学園の校舎内へと優雅な足取りで潜入していくのであった。

 

 




【お知らせと次回予告】

『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!

▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524

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