数日後。新宿のアジト。
「……ええ。ですから、そのマイ・フェラ・レディのチケットは結構です。ええ、丁重にお断りさせていただきます。……はい、それでは失礼いたします」
ポチッ!!
マリアは、スマートフォンの通話終了ボタンを、親指の骨が折れんばかりの力で叩き割るように押し込んだ。
「……マリア。今のは、大物議員Aからか?」
スレイが、愛銃の手入れの手を止めて尋ねる。
「ええ。先日のお礼に、また新しく始まるミュージカルの観劇にご招待したいってさ」
マリアは完全に死んだような目で、テーブルの上に突っ伏した。
「……演目はいったいなんなの?」
モニカが、恐る恐る尋ねる。
「マイ・フェラ・レディよ」
「絶対に行きたくないわね!!!!」
モニカが両手で顔を覆って絶叫した。
「なによそれ!! オペラ座の次はオードリー・ヘプバーンの名作まで汚す気!? この国の演劇界はどうなってんのよ!!」
「知らないわよ! だから秒で断ってやったわ!! もうあのオッサンからの観劇の依頼は二度と受けないわ!!」
ガチャッ。
そこに、アジトの扉を開けてリルとメイコが帰ってきた。
「ただいま〜! お弁当とタピオカ買ってきたよー!」
「あとコーヒーとお菓子もねー!」
「リル、メイコおかえり〜」
「とりあえず食事にしましょう。……色々と、記憶から忘れましょう」
オペラ座の変態のことは完全に忘れ、夕食をとるPCUメンバーたち。
夜も遅くなった頃、首相感貞の極秘回線より連絡が入った。
「……また多様性ミュージカルのお誘いじゃないでしょうね」
モニカが警戒する。
「いや、今回は総理からよ。明日、首相感貞への招集だって」
マリアがホッとした顔で言う。
「……仕方ない、掃除の時間だ」
スレイが、銃のセーフティをかけて静かに立ち上がった。
――翌日。首相感貞・極秘地下作戦室。
「よく来てくれたわね、スレイたち」
施設のもっとも奥にある豪奢なVIPルーム。
そこには、最高級の革張りソファに深く腰掛ける環萌美総理と、葉巻を燻らせる大物議員Aが待ち構えていた。
「総理、多様性ミュージカルのお誘いじゃないんだよね?」
リルが念のため確認する。
「ええ、その通りよ」
萌美総理が、真剣な名宰相の顔つきになり、テーブルに分厚いファイル(※薄い本ではない)をドサッと投げ出した。
「今回のターゲットは、ロシア最大級の凶悪マフィア……その名もフェラトヴァよ」
「「「…………」」」
スレイ、マリア、モニカの三人は、ピタリと動きを止めた。
「……総理。ロシアの巨大マフィアといえば、ブラトヴァだったはずだが」
スレイが、眉間を揉みながら辛うじて冷静な声を絞り出す。
「ええ。旧組織であるブラトヴァは、昨年……私と、ロシアのプーチンチン大統領が協力して、完全に壊滅(お掃除)させたわ」
「「「…………ッ!!」」」
モニカが持っていたタブレットを落としそうになり、マリアが「プーチンチン……」と虚空を見つめながら復唱した。
世界を揺るがすあの大国の恐ろしいトップすらも、萌美総理の多様性の波の前では、完全に名前と尊厳を破壊されているらしい。
「多様性化の世界的な波、マジでばいやーだね……」
メイコが引きつった笑顔で呟く。
「でも、そのブラトヴァの残党たちが地下に潜り、新たに結成した新興マフィアがフェラトヴァだ。……奴ら、今、北の海で妙な動きを見せていることがわかった」
大物議員Aが、葉巻の煙を吐き出しながら総理の言葉を引き継いだ。
マリアが、プロのハッカーとしての顔を取り戻し(現実逃避して)、手元の端末で北方の地図を展開する。
「……北海道の北半分ね。もしあそこをロシアに完全領有されれば、オホーツク海はロシアの内海になる。本来なら、喉から手が出るほど欲しい戦略的要衝だわ」
「だが、現実として今のロシア政府にそんな余力はないはずだ」
スレイが地図を見据える。
「その通りだ。ウクライナへの出兵で、国家も軍も相当疲労困憊している。事実、北方四島(歯舞、色丹、国後、択捉)の周辺でも、ウクライナの抵抗のおかげか、ロシア軍の目立った動きは完全に沈黙している」
大物議員Aが国際情勢を解説する。
「……そして、そこに目をつけたのが、マフィア(フェラトヴァ)の連中というわけ」
萌美総理が冷たい微笑を浮かべる。
「えー? じゃあなんでマフィアがそこ(北方領土)で出てくるの?」
リルが不思議そうに尋ねる。
「マフィアに、祖国への愛国心なんてものはないわ。奴らは、ウクライナ戦争で疲弊し、物資不足に喘いでいるロシア政府の足元を見ているのよ。……日本の豊かな北の海から、カニや鮭などの高級水産物を大規模に横取り(密漁)し、それを……飢えて疲労困憊している自分たちの祖国に対して、法外な裏値で売り捌いて暴利を貪ろうとしているの」
総理が、手元のファイルを開き、数枚の写真をテーブルに並べた。そこには、拿捕された巨大な武装不審船が写っている。
「戦争で疲労した自国の政府すら、マフィアにとってはただのカモというわけだよね? マジどいひー(酷い)」
メイコが顔をしかめる。
「実は、先日の観劇(オペラ座の変態)の際に逮捕した、あのネグリジェのロシア人がいただろう。あいつを締め上げたところ、この状況が判明したのだ」
大物議員Aが明かす。
「えっ? あのネグリジェの変態が!?」
マリアが驚く。
「なるほど、一応は繋がったわね。あの時、大物議員を狙っていた理由も。……北方領土問題で強硬派の議員を消すか、脅迫して日本側の警備を緩めさせるのが目的だったのね」
モニカがプロファイリングで点と点を繋ぐ。
「ええ。マフィアの資金源になれば、さらに凶悪なテロや兵器がこの極東に流れ込むことになるわ。表の外交ルートで抗議しても、今の機能不全に陥ったロシア政府(プーチンチン)に、マフィアを取り締まる余裕はないの」
総理の瞳に、国を守る者としての鋭い光が宿る。
そして、萌美総理がスレイの漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「だから、あなたたち裏の掃除屋の出番よ。……北の極寒の海へ飛び、日本の海産物を狙う最低なマフィアどもを、一人残らず海の藻屑にしてちょうだい」
「……了解した。北の海での仕事、悪くない」
スレイが、静かに、しかし絶対的な殺意を込めて頷く。
「わーい! わたし、北海道でカニさん食べたいなー!」
「……あんたは呑気でいいわね、リル」
純真なリルの声に、マリアとモニカがやれやれと肩をすくめる。
「……フェラトヴァの狙いは、水産物が集積する北の巨大な港を物理的に制圧し、そこを密輸の拠点とすることだ」
大物議員Aが、テーブルに広げられた北方領土の精巧な海図を、赤いレーザーポインターで指し示した。
「奴らが狙う可能性が高いのは、この三つの主要港。……択捉島(えとろふとう)の留別(るべつ)、国後島(くなしりとう)の古釜布(ふるかまっぷ)。そして、色丹島(しこたんとう)の穴澗(あなま)よ」
「……随分と正確な情報だな。拿捕したマフィアの工作員が、そこまであっさりとゲロしたのか?」
スレイが、訝しげに眉をひそめる。
ロシアの裏社会を生き抜く凶悪マフィアだ。
拷問の訓練などとうに受けており、普通の尋問で口を割るとは思えないが。
「ええ。口を割らせるのは簡単だったわ♡」
萌美総理が、フフッと妖艶な笑みをこぼす。
(……相当な、苛烈な拷問だったと想像できるわね)
モニカが震える。
(マフィアが口を割るほどの凄惨な内容……聞きたくもないわね)
マリアが目を逸らす。
「えー聞きたい! どんな痛いことしたの〜?」
リルが無邪気に尋ねる。
「いや〜、相当痛い思いさせたんでしょ〜。グロ話は私はいいや」
メイコが引く。
「……あえて聞かせるような話ではないだろう」
スレイが止める。
北の海を巡る新たな防衛ミッション。
大国すら手を焼く、最凶のロシアンマフィア・フェラトヴァを相手に、最強の暗殺者チームの過酷な戦いが幕を開けようとしていた。
――数日前。警視庁・極秘地下取調室。
オペラ座の変態で逮捕された犯人(ネグリジェのロシア人)の拷問のため、環萌美総理が直接出向いていた。
「……ふん。お前たちに話すことは何もない。この程度の拷問で吐くとでも思うなよ」
椅子に縛り付けられた屈強なロシア人が、血を吐きながら鼻で笑う。
「あらそうなの? 変態ウジ虫の癖に」
萌美総理が、氷のような冷たい目で見下ろす。
「……煽っても無駄だぜ。俺はプロだ」
「シーツのシミ以下のクズのくせに」
『ドスッ!』
総理の鋭いピンヒールが、男の太ももを容赦なく踏みつける。
そこから、罵倒とヒールでの踏みつけ、そして鞭打ちの苛烈な尋問が続いた。
――そして、3日後。
「……そろそろ、調教の効果が出てきたようね」
萌美総理が、鞭を片手に妖しく微笑む。
「あぁっ! もっと! もっと! なじってください! いじめてください!!」
ボロボロのロシア人が、顔を真っ赤にして涎を垂らしながら懇願してくる。完全に扉が開いてしまっていた。
「……ダメよ。あなたには快適な生活が待っているわ」
萌美総理は、突然その極上のお仕置きを完全に封印した。
そして、彼をふかふかのベッドのある清潔な部屋へ移し、豪華な食事を与え、一切の暴力や暴言を放置すること、さらに3日間。
――3日後。
「お願いです!! お願いですから、どうか私を罵ってください! あの美しいピンヒールで踏んでください!!」
「……それじゃ話しなさい。あなたたちの計画の、すべてを」
痛みに完全に興奮し始めたところで、ピタリとやめて完全放置されるという究極の焦らしプレイ食らった屈強なロシアのプロ工作員は。
最終的に、泣き叫びながらこう言ったのだ。
『頼む! もう一度あの美しいピンヒールで踏んでくれ! 知っている情報を全部吐くから、どうかご褒美のお仕置きをください!!』
かくして、国家の危機に関する超極秘情報は、萌美総理の完璧な調教によって、もれなくもたらされたのであった。
――翌日。新宿アジト。
北の海での作戦に向け、スレイが愛用の銃火器を黙々と荷物としてまとめている。
「ほーい! 今回は風が強いだろうから、小型のドローンだけじゃなくて、大型の偵察用ドローンも持っていくね!」
リルが、機材ケースに自慢のドローンたちを詰め込む。
「私は、狙撃銃(中距離程度)なら扱えるわ。状況を見ながら、後方で指示を出しつつ、必要に応じてスレイの援護射撃に回るわね」
モニカが、優雅な手つきでスナイパーライフルの手入れをする。
「了解っしょ! アタシはモニカっちのサポートとして、スポッター(観測手)と近接防御に回るね!」
メイコが、金属バットとスタンガンをリュックに放り込む。
「そして、私はもちろん情報戦よ。敵の通信網のジャックと、偽装データでの攪乱を行うわ」
マリアが、特殊なハッキング用の機材を何重にもケースに梱包する。
今回の作戦も、指揮官はこの天才ハッカー・マリアである。彼女の指示なしでは、PCUの完璧な連携は成り立たない。
準備を終え、一行は最終ブリーフィングのため、再び首相感貞へと移動した。
――首相感貞・極秘地下作戦室。
「……で。その三つの港に対する、防衛策はどうなっている」
スレイが海図に目を落とす。
「ふふっ。すでに二つの港については、私の恍惚の防壁を極秘裏に展開済みよ」
萌美総理が、自信満々に胸を張る。
「択捉島の留別(るべつ)の上空には、横田基地で私が完全に調教した恍惚の空軍を。そして国後島の古釜布(ふるかまっぷ)の海域には、横須賀基地で鍛え上げた恍惚の海軍を配置したわ」
総理が、地図上の二つの港に駒を置く。
「……連中に、『もしお前たちが防衛できなければ、ケツの穴に生きたイカを突っ込むわよ!』と命令したら、恍惚の表情で喜んで出撃していったわ♡」
「うわー! あの、チャイナマフィアをやっつけた変態のお兄さん達だー!」
リルが拍手する。
「あの時のマフィア、マジでボッコボコでトラウマ植え付けられてたもんね。ドMパワー、マジばいやーだね」
メイコが笑う。
「……北方領土にアメリカ軍の狂戦士を極秘配備するなんて、一歩間違えれば国際問題(第三次世界大戦)になりかねない暴挙だけど……まあ、あの連中なら、ロシアマフィアくらい一瞬でミンチにするでしょうね」
マリアが頭を抱えながらも、その圧倒的な(そして変態的な)防衛力には同意せざるを得ない。
「問題は、残る一つの拠点よね」
モニカが、色丹島を指差す。
「そう。色丹島の、穴澗(あなま)。……ここだけは、まだ恍惚の部隊の手が回っていないの。だからこそ、あなたたち裏の掃除屋チームをメインで呼んだのよ」
総理が説明する。
「ここには、私が山田相姦の精鋭部隊を派遣する。そして、自慰衛隊も応援として配備手配済みだ」
大物議員Aが補足する。
「……じいえいたい? 自慰衛隊ってなーに?」
リルが純粋な瞳で首を傾げる。
「おそらく、総理によって多様性(性癖)に目覚めさせられた、裏の自衛隊のことよ……」
モニカが遠い目をする。
「……たぶん、戦闘能力には疑いはないんでしょうけど……」
マリアが冷や汗を流す。
「ええ、その通りよ。人間の数的にも足りていない分は、個々のレベル(変態性)で補うわ。……そして! この穴澗(あなま)の防衛戦は、私自身が現地へ飛び、直接指揮を執るわ!!」
ダァンッ! と、総理が机を叩いて立ち上がった。
その顔は、国を想うトップとして、揺るぎない覚悟の顔だった……かに見えた。
「なっ……総理が直接!? 危険すぎるっしょ!」
メイコが驚いて声を上げる。
「あら、行くに決まっているじゃない! だって……」
萌美総理は、頬を真っ赤に染め、呼吸を荒くしながら、その本当の理由を声高に宣言した。
「色丹島=シコシコ島の!穴澗(あなま)だなんて……名前が、あまりにも卑猥で素晴らしい響きじゃないの!! アナ(穴)の、間(マ)よ!? あんなことやこんなことを想像しただけで、子宮が疼くわ!! 私が直接行かなくてどうするの!!」
「「「…………」」」
日本の最高権力者が、自ら最前線の極寒の地へ赴く理由。
それは、国防のためでも、水産資源のためでもなく……ただ単に地名が下ネタっぽくて興奮したからであった。
「…………マリア、モニカ。帰っていいか」
スレイが、静かに踵を返そうとする。
「……ええ、スレイ。私も同感よ。この国、もうダメだわ」
マリアが絶望的な顔で頷く。
「遠慮せずに帰りましょう。私たちの出る幕はないわ」
モニカも同意する。
PCUチームの心が、完璧に一つになった瞬間だった。
――翌日。色丹島・穴澗(あなま)。
結局任務のため連れてこられたPCUメンバーこと裏の掃除屋。
「……っ、寒っ! なによこれ、東京と気温が違いすぎるわ!」
「ブルブル……。これじゃPCのバッテリーの減りも早くなるわね。私はヒーターの効いた拠点で、監視網とハッキングの準備を進めるわ」
日本の最北端から極秘ルートを経て、フェラトヴァの標的である穴澗の漁港へと飛んだ一行。
凍てつくようなオホーツクの海風に、マリアとモニカが早々に肩をすくめて拠点(偽装したプレハブ小屋)へと引っ込んでいく。
モニカはそこから、地元の漁師たちの無線や、ロシア側の通信を傍受してフェラトヴァの情報を集める算段だ。
「わぁーい! 雪だー! メイコちゃん、早くおっきいカニさん食べに行こーっ!」
「マジ寒すぎっしょ! ウチ、カニ味噌と熱燗がないと死んじゃう! 行くよリルたそ!」
一方、リルとメイコの若い二人組は、寒さなどものともせず、完全防寒着に身を包んで意気揚々と港の食堂(という名のカニの買い出し)へと駆け出していった。
チームの女性陣がそれぞれの任務と欲望に散っていく中。
スレイはコートの襟を立てて、環萌美総理と共に凍てつく漁港の視察を行っていた。
「……なるほど。地形がかなり入り組んでいるな」
スレイが、氷の浮く海面と無数に停泊する漁船を見渡しながら呟く。
「これなら、フェラトヴァが大型の武装船で乗り付けてきても、港の奥までは入れない。大規模な衝突にはならず、少数の工作員がボートで上陸してくるはずだ。少数精鋭での遊撃戦なら、俺たちに分がある」
「ええ。問題は、そのフェラトヴァの正確な勢力規模がまだ分かっていないことね」
萌美総理が、白い息を吐きながら同意する。
『——スレイ! 総理! 応答して!』
インカムから、拠点にいるモニカの切迫した声が響き渡った。
「……どうした、モニカ」
スレイの目が、瞬時にプロの顔へと切り替わる。
『地元の漁師たちの無線を傍受したわ! 今朝出港した漁船からの目撃情報よ。……沖合に、国籍不明の不審な船の群れが、多数停泊しているって!』
「……ついに、フェラトヴァが動いたわね」
萌美総理も、オタクの顔から一瞬にして冷徹な国家元首の顔へと切り替わる。
『ええ。しかも穴澗だけじゃないわ。マリアが傍受した情報によると、択捉島の留別、国後島の古釜布の沖合にも、それぞれ不審な船影が確認されているわ!』
モニカの報告に、総理は不敵な笑みを浮かべた。
「……留別と古釜布のネズミどもは放置で構わないわ。どうせ上陸した瞬間に、あそこに配備した恍惚の部隊(アメリカ軍の狂戦士)たちが、泣いて喜んで物理的にミンチにするから」
文字通り、文字通りの意味でミンチになるだろう。マフィアにとっては地獄の防衛線だ。
「問題は、この穴澗ね。……明日にでも、一斉に突撃してくる可能性があるわ」
萌美総理は、スレイを見上げて鋭く指示を出した。
「スレイ。あなたたち精鋭チームと、外のSP(自慰衛隊)たちに伝達。……いつでも動けるように、完全武装で待機よ。北の海を舐めたマフィアどもに、日本の恐ろしさを教えてあげなさい」
「……了解した」
凍てつく海での決戦の時が、静かに迫っていた。