その夜。
色丹島の極秘拠点として手配されていた、古き良き高級旅館の一室。
「じゃじゃーん!! 見て見てスレイ! いーっぱい買ってきたよ!!」
「マジでこの街、海鮮の宝庫っしょ! ウチら天才かも!」
引き戸を開けて元気よく飛び込んできたリルとメイコの両手には、発泡スチロールの箱が山のように抱えられていた。
箱を開けると、そこにはカニ以外にも、宝石のように輝くイクラ、巨大なホタテ、そして活きのいいアワビがぎっしりと詰まっていた。
「おお……これは見事ね。ずっとモニター睨んでて冷え切ってたから、助かるわ」
こたつに入ってPCを叩いていたマリアが、目を輝かせる。
「せっかくの高級旅館だもの。明日の決戦に備えて、今夜はたっぷりと暖を取りましょう」
モニカが優雅に言う。
スレイも作務衣姿でこたつに座り、豪快な海鮮の山に少しだけ表情を緩ませている。
仲居が用意してくれた豪華な海鮮鍋に、ホタテとアワビを投入し、イクラはご飯の上にこれでもかと乗せていく。
暖かいこたつの中で、最高級の海の幸を囲む最強の暗殺者チーム。
「さあさあ、大人たちはこれね!」
モニカが、旅館の女将から買い上げてきた地元産の日本酒の熱燗を、スレイとマリア、そして萌美総理の猪口にトクトクと注ぐ。
「……たまには、日本酒も悪くないわね」
マリアが猪口を傾け、ふぅっと息を吐く。
「えへへー、あったかーい! アワビこりこりー!」
「イクラ最高っしょ! 日本に生まれてよかったー!」
無邪気に笑うリルとメイコ。呆れながらも鍋をつつくモニカ。そして、日本酒を楽しむマリアと総理。
外では猛烈な雪と海風が吹き荒れ、沖合には凶悪なロシアンマフィアの船団が迫っているというのに、この部屋だけは嘘のように平和で、暖かな空気に包まれていた。
嵐の前の静けさ。
明日、この強風の中で北の漁港が、血と硝煙に染まることなど微塵も感じさせない、ささやかで贅沢な宴の夜は更けていくのであった。
――翌朝。
猛吹雪が窓を叩く穴澗の高級旅館に、マリアの監視用PCからけたたましい着信音が鳴り響いた。
「——急報よ! 択捉島の留別と、国後島の古釜布が、フェラトヴァの武装船団に攻撃されたわ!」
通信を傍受したマリアが、バンッと机を叩く。
「……こちらの被害は」
スレイが、コーヒーカップを置きながら鋭く問う。
「もちろん無いわ。……敵の被害数は未知数だけど、現地に配備した恍惚部隊からの通信によれば、上陸してきたネズミどもは、文字通りミンチ(お掃除完了)にしましたとのことよ」
マリアが、PCの画面を見ながら疲れたようにため息をつく。
「わー! 変態さん強すぎ!」
リルが目を丸くする。
「いやいや、何のためにロシアンマフィアは攻撃してきたのって感じだね。死ににきたの?」
メイコが首を傾げる。
やはり、日米の狂戦士たちからなる恍惚の防壁は完璧だった。
しかしマリアは、スピーカーの音量を上げながら顔を引きつらせた。
「……ただ。現地の海軍・空軍の隊長たちから、環萌美総理に対して『ぜひとも、我々に労い(ご褒美)のお言葉を頂きたい』と、血走った声で強い要請が来ているわ」
「……繋ぎなさい、マリア」
こたつで優雅に朝の紅茶を飲んでいた萌美総理が、スッと立ち上がった。
その顔は、すでに絶世の美女から地獄の鬼軍曹(ハートマン)へと切り替わっている。
通信が繋がった瞬間。
萌美総理は、通信マイクに向かって、極悪な罵倒をフルスロットルでぶちかました。
「——よく聞け、このシーツのシミ以下のクズども!! 黒豚、ユダ豚、イタ豚を、萌美は見下さん! すべて平等に価値がない!! 萌美の使命は、役立たずを刈り取ることだ!! 愛する軍隊の害虫をな!! 分かったか、ウジ虫ども!!」
『「「Sir, yes, sir!!!」」』
『「「ウオォォォォォォォォォォォォォッッ!!!!」」』
スピーカーの向こうから、古釜布に配備された恍惚の海兵隊員たちの、地鳴りのような歓喜の咆哮が響き渡る。
「アカの手先のおフェラ豚どもに遅れをとるような奴は、ぶっ殺されたいか!? 頭が死ぬほどファックするまでシゴいてやる!! 気合を入れろォォォッ!!」
『「「Sir, yes, sir!!!」」』
『「「総理ィィィッ!! もっと、もっと罵倒をォォォォッ!!」」』
今度は留別に配備された陸・空軍の隊員たちが、感極まって泣き叫ぶ声が響く。
朝の静かな旅館の一室で、日本の最高権力者が口の端に泡を飛ばさんばかりの勢いで放送禁止用語を連発し、それに多国籍の軍隊が狂喜乱舞するという、この世の終わりのような光景。
「……スレイ。私、もうこの国から亡命したいんだけど」
「……もうゴールしてもいいよね……」
「……奇遇だな、マリア、モニカ。俺もだ」
スレイとマリア、モニカは、完全に魂の抜けた顔で天井を仰いでいた。
しかし。
スピーカー越しの狂乱が収まると同時、萌美総理はスッと冷徹な名宰相の顔に戻り、手元の海図を鋭く睨みつけた。
「……おかしいわね」
「どうした、総理」スレイが尋ねる。
「マフィアにしては、動きが雑すぎるわ。ミンチにされると分かっている防衛線に、わざわざ正面から突っ込んでくるなんて」
モニカが、プロファイリングの直感で違和感を口にする。
「そうだね〜。あの変態さん達の異常な強さは、前の事件のニュースで世界中にバレちゃったもんね!」
リルが言う。
「勝てないとわかってて、囮ってことっしょ?」
メイコの言葉に、全員の思考が加速する。
「マリア、留別と古釜布を襲撃した船の数を洗い出して」
萌美総理が指示する。
「ええと……それぞれ、数隻の小型ボートと中型船が数隻よ。マフィアの規模としては、少なすぎるわね」
「……やっぱりね。これはフェイク(陽動)よ」
萌美総理の美しき瞳が、オホーツクの海よりも冷たく光る。
「奴ら、すでに恍惚部隊の異常な強さを察知して、正面からは勝てないと判断したのよ。だから、あえて二つの港に捨て駒を突撃させてこちらの戦力を分散させ……本命の港に大軍を差し向ける算段ね」
モニカが完璧な戦略を読み解く。
「本命……まさか、ここ(穴澗)か!」
スレイが立ち上がる。
「ええ! マフィアどもは、手薄になったこの穴澗の港を一気に制圧するつもりよ!」
萌美総理は再びマイクを握りしめ、全軍に向けて怒号を飛ばした。
「全・恍惚部隊に告ぐ!! 留別と古釜布の残党は捨て置け! 海軍も空軍も、直ちにこの穴澗へ集結しなさい!! 遅れたやつは、ケツの穴でミルクを飲むようになるまでシゴき倒す!!」
『「「Sir, yes, sir!!!」」』
喜悦に満ちた返答と共に、北方領土の各地から、狂戦士たちが雪崩を打って色丹島へと進路を変更する。
「うわ〜、凄い喜んでいる変態さん達だ!」
リルが呆れる。
「なじられてあんなに喜ぶなんて……」
メイコが苦笑する。
——バンッ!!
その時、旅館の部屋の襖が勢いよく開き、外へ情報収集に出ていた山田相姦エリート部隊の男が、血相を変えて飛び込んできた。
「大変です!!」
息を切らす男の顔は、雪よりも真っ白に青ざめていた。
「どうした、エリート部隊」
萌美総理が鋭く問う。
「港の沖合に、フェラトヴァの本隊が姿を確認されました! ……その数、なんと事前の想定の10倍です!!」
「「「……なんだと!?」」」
「流石は、大物マフィア(ブラトヴァ)の残党ね。生き残った連中が糾合していたのね」
萌美総理がギリッと唇を噛む。
絶望的な報告に、部屋の空気が一瞬にして凍りついた。
陽動によって、強力な味方の本隊(恍惚部隊)は遠く離れている。
現在、この色丹島・穴澗の港を守っているのは、山田相姦エリート部隊と自慰衛隊、そしてスレイたち裏の掃除屋チームの数名と、総理の直属SPのみ。
対するは、想定の10倍に膨れ上がった、重武装のロシアンマフィアの大軍勢。
「わーい! ネズミさんがいっぱい来るの!? いーっぱい、ぽーいって出来るね!」
リルが、相変わらず無邪気に喜んでいる。
「いや〜さすがに、想定の10倍はばいやー(ヤバい)でしょ! ……でも、あの入り組んだ地形的に、一気に攻められなくない?」
メイコが、昨日の下見の記憶を引き出す。
「そうよ。一気に攻められないからこそ……連中は消耗戦狙いよ。最初から、物量でじわじわと私たちを削り殺す気なのよ」
モニカが、マフィアの冷酷な戦術を読み解く。
「……スレイ。援軍(恍惚部隊)が到着するまで、どのくらいかかる?」
マリアが震える声で尋ねる。
「……この強風の天候を考えれば、早くても一時間以上はかかるだろうな」
スレイが、静かに、しかし絶対的な殺意を込めて、漆黒のコートを羽織った。
「行くぞ。……日本の海を荒らすフェラトヴァの豚どもに、本物の地獄を見せてやる」
極寒の最果ての地で。
最強の暗殺者チームによる、かつてない規模の防衛戦(死闘)の火蓋が、いよいよ切って落とされようとしていた。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥーーーッ!!
極寒の風を切り裂くように、色丹島・穴澗の街中に、けたたましい非常サイレンが鳴り響いた。
それは、想定の10倍という絶望的な数のフェラトヴァの本隊が、ついに巨大な武装トロール船から無数のボートを下ろし、港への上陸を一斉に開始した合図であった。
「……早速来たか。ネズミの群れめ」
港を見下ろす高台。漆黒のコートに身を包んだスレイは、雪煙の向こうから黒い波のように押し寄せてくる敵兵の群れを冷徹な瞳で見据え、手にした重火器のセーフティを外した。
——ドドドドドドドドッ!!
スレイの銃口が火を噴き、上陸しようとする先陣のボートを的確にハチの巣にしていく。
その神業のような射撃精度で次々とマフィアたちを冷たい海へと沈めていくが、敵の数は文字通り桁違いであった。
『——モニカ、右翼の防波堤からさらに10人上陸したわ!』
後方の安全な拠点から、マリアの鋭い声がインカムに飛ぶ。
『あそこの岩の下に爆弾が仕掛けてあるから、引き付けてから撃って!』
メイコが、記憶した仕掛けの場所を指示する。
「……了解!」
10人が岩陰に近づいた瞬間、モニカがスナイパーライフルでピンポイントに爆弾を狙撃する。
ドオォォンッ! 引火した爆弾が吹き飛び、10人のマフィアを一気に制圧する。
「えーいっ! 悪いネズミさん、上からぽーいっ!」
スレイの頭上を、リルが操縦する大型ドローンが飛んでいく。ドローンから投下された小型の手榴弾が、防波堤で次々と炸裂し、敵の足を止める。
自慰衛隊(萌美総理の親衛隊)も負けてはいない。恍惚部隊のように戦闘に完全特化している狂戦士ではないが、一般的な軍事レベルで言えば相当強い精鋭たちだ。
「……ふふっ。いいわね、その調子よ! 流石、私の調教下にある精鋭部隊ね」
管理事務所の奥では、環萌美総理が腕を組み、不敵な笑みを浮かべて全体の指揮を執っていた。
『……私達PCUを、その変態の中に入れないで下さい!』
マリアがインカム越しに抗議する。
「あの変質者と同等になることには、断固抗議します!」
モニカも眉をひそめる。
「いいじゃない別に〜。減るもんじゃないし〜♡」
総理が妖しく笑う。
「チッ……キリがないな」
精鋭部隊の前では、ロシアンマフィアとて単体では手も足も出ない。
「問題は、やはり数ね!」
モニカがスコープから目を離さずに言う。
「リソースが底をつくほうが早いかもしれない……!」
メイコが、残弾数と敵の物量を計算して青ざめる。
「マリア! もっと敵の通信網をかき乱してみて!」
モニカが要求する。
『えぇ、その線も使って……援軍が来るまでの時間を稼ぎましょう』
マリアは、数台のPCのキーボードを神がかった速度で叩きまくっていた。
ハッカーである彼女の主戦場は情報戦(電脳空間)だ。
フェラトヴァの部隊間で交わされる無線の周波数を瞬時に解析・ジャックし、ロシア語の翻訳ソフトを介して『偽の指令』を次々と送り込んでいた。
『——第3部隊! 第3部隊! 右の倉庫は罠だ、味方ごと爆破されるぞ! 直ちに左の氷壁へ退避しろ!』
「ナ、ナンダト!? 全員、左へ逃ゲロ!!」
マリアの偽情報に完全に騙されたマフィアの一団が、スレイの射線上にノコノコと飛び出してきて、まとめて掃討されていく。
激しい防衛戦の開始から、数十分。
恍惚の防壁(援軍)が到着するまで、何としてもこの街と港を守り抜かなければならない。
しかし、スレイの神業やリル達のサポート、マリアの情報戦をもってしても、数百人規模のマフィアの突撃を完全に押し留めることは難しかった。
「仕掛けた爆弾が随分と減っちゃった〜! あと10分持つか持たないかだよ〜!」
メイコが焦る。
『……くそっ! 敵の第二波が装甲車を下ろしたわ! 偽の通信も、そろそろパターンを読まれてきたみたい!』
マリアが悲鳴に近い声を上げる。
「ドローンはまだまだあるよ! 昨夜、限界まで充電しておいたんだ!」
リルが大型ドローンから、機動力の高い小型ドローン群へと切り替える。
進んでくるマフィアを催涙ガスで抑えつつ、倒れたマフィアが使っていた銃をドローンのアームで回収してこちらに運ぶ。
「ナイス! リルたそ! でも、あと10分だと思っていたほうがいいよ!」
メイコが言う。
「……弾薬が尽きるのが先か。それとも、防衛線が突破されるのが先か、だな」
スレイの重火器も、銃身が焼き切れるほどの熱を持ち始めていた。圧倒的な数の暴力の前に、戦況は完全に押され気味に傾きつつあった。
(考えろ……! 考えろ……!! 何か……何か盤面をひっくり返す策があるはずよ!!)
管理事務所で、マリアは自身の頭を両手で抱え、モニターに映る無数の情報(敵の通信ログ、港の設備データ、ロシア本国の回線状況)を血走った目で睨みつけた。
色丹島・穴澗の港は、圧倒的な数の暴力を前に、完全に陥落の危機に瀕していた。
「……チッ。キリがない。弾薬が底をつくぞ」
スレイの重火器が、ついに空撃ちの音を鳴らし、リルがドローンで回収したマフィアの銃火器を使い始める。
上空を飛んでいたリルのドローンも、バッテリーと爆薬の限界を迎え、次々と岩陰に墜落していった。
「うわ〜! でも充電しておいたのが、まだまだあるよ!」
リルが、攻撃ではなく催涙ガス散布に切り替えて、必死にマフィアを足止めする。
「……くそっ! これほどの数とはね……!」
安全な管理事務所から指揮を執っていた環萌美総理の美しき額にも、ついに焦りの色が浮かんでいた。
名宰相であり、圧倒的なカリスマを持つ彼女であっても、手元の戦力が尽きればどうすることもできない。
街には、おびただしい数のロシアンマフィアが、怒号を上げながら雪崩れ込もうとしていた。
応援の恍惚部隊(海・空軍)がこの穴澗に到着するまで、あと10分。
しかし、この猛攻の前では、10分どころか5分持ち堪えることすら不可能に思えた。
モニターの光に照らされたマリアの脳内が、スーパーコンピュータを超える速度でフル回転する。
敵を混乱させる? いや、数が多すぎる。地形を利用する? 限界がある。
(……敵はロシアのマフィア。祖国を裏切って暴利を貪ろうとするクズども。奴らが一番恐れているものは何?)
(……日本の自衛隊? 違う。スレイの重火器?)
『……モニカ! ロシアのマフィアが一番恐れているものは何!?』
マリアが、藁にもすがる思いでインカムに叫ぶ。
「祖国をお客さんとしてしか思っていないクズよ。シンプルに圧倒的な武力よ!」
モニカが、狙撃を続けながら答える。
「やっぱり応援しかないね! 一番恐れているのは応援部隊だと思うよ!」
メイコが言う。
「つまり、一番怖いのは変態さん達の部隊だね!」
リルが核心を突く。
……必要なのは、圧倒的な武力(性癖)だ!
(……応援の恍惚部隊が到着するまで、あと10分)
(この10分を……5分にできれば……!)
物理的な距離と、船や航空機の最高速度を考えれば、かなり難しい時短だ。
「マリア! 恍惚部隊の艦船にオーバークロックを指示して!」
モニカが提案する。機械の規定値(定格)以上に引き上げ、処理速度を強制的に向上させる技術だ。
(そうか! 応援が乗っている船の性能を一時的にでもあげるしかない!)
マリアがキーボードを叩こうとする。
「ふふっ。……マリア、甘いわよ。オーバークロックは機械だけじゃなく、人にも有効よ」
背後で、萌美総理が、かつてないほどの邪悪な笑みを浮かべていた。
(……そうか! 彼らを突き動かしているのは、ガソリンでも命令でもない! 歪みきった性癖(マゾヒズム)だ!!)
マリアは、敵の無線ではなく。強風の海をこちらに向かって猛進している海軍・空軍の共通無線(味方回線)を乱暴にジャックした。
そして、マイクに向かって、冷徹かつ極めて事務的な声でアナウンスを放った。
『——全・恍惚部隊に告ぐ! 本部(マリア)より、今回の防衛戦における、特別褒章を発表する!!』
『「「……!!?」」』
無線の向こう側で、数百人の狂戦士たちが一斉に息を呑む気配がした。
マリアは、総理の顔をチラリと見てから、一気にその劇薬を読み上げた。
『——もっとも早く到着し、最も多くの敵を屠った第1位(1名)には! 総理直々のギャグボール装着、ブリーフ一丁での辱めからの激しい罵倒! および急所(タマ)のピンヒール全力踏み付けの権利を付与する!!』
『「「…………ッ!!!!」」』
ゴクリ、と。無線の向こうから、凄まじい生唾を飲み込む音が聞こえた。
『さらに! 上位5名には! 総理によるピンヒール踏み付け、鞭打ちのうえ、10分間の連続罵倒を約束する!! ……以上だ、死に物狂いで上陸せよ!!』
マリアが通信を切った、次の瞬間。
『「「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!!!」」』
『「「俺だァァァッ!! 急所を潰されるのは俺だァァァァァッ!!!」」』
『「「どけェェェッ! エンジンのリミッターを外せェェェッ!! 船が燃えても進めェェェッ!!」」』
無線から、この世のものとは思えない、地獄の亡者たちのような歓喜と欲望の咆哮が鼓膜を突き破らんばかりに響き渡った。
「……マリア。それでいいのよ」
萌美総理が、額の汗を拭いながら妖艶に微笑む。
「……事後の処理(ご褒美の実行)は、総理に丸投げするわよ」
マリアは、やり切った顔で椅子の背もたれに倒れ込んだ。
「これで5分は短縮できそうね!」
モニカが安堵する。
そして。
あと10分は確実にかかるはずだった、強風の海を。
ジェットエンジンを限界までオーバードライブさせ、海軍の駆逐艦のボイラーを物理的に爆発寸前まで焚き上げた恍惚の部隊。
なんと、マリアの放送から待つことわずか3分で。
穴澗の港へと、怒涛の勢いで雪崩れ込んできたのである。
「うわ〜! もう来たよ変態さん達!」
リルが目を丸くする。
「おかしいでしょ! 5分短縮できればいいだけなのに、早すぎっしょ!」
メイコがツッコミを入れる。
恍惚部隊
「「「ヒャッハァァァァッ!! ウジ虫は俺だァァァ!!!! 邪魔だおフェラ豚どもォォォッ!! 地球上で最下等の生命体どもめェェ!!!」」」
「「「ケツの穴をひきしめろ! ダイヤのクソをひねり出せ! さもないとクソ地獄だ!! 総理のピンヒールは俺のものだァァァッ!! セイウチのケツに突っ込んで死ねェェェ!!」」」
ロシアマフィア
「な、なんだ!? なぜ、こいつらがこんなに早く……ッ!?」
「ヒィィィッ!! 目が、こいつらの目がヤバい!! 来るなァァァッ!!」
「こいつら強すぎィィィ!」
「なんでヨダレ垂らして目がいってるんだ!? やばい薬でもやってるのか!」
「表情が恍惚すぎる! 一体何に感じているんだ!!!」
想定の10倍の軍勢を誇っていたロシアンマフィアたちは。
猛吹雪の中から現れた『死の恐怖を完全に忘却した日米の狂戦士たち』の、圧倒的な殺意(と凄まじい性欲)の前に、哀れになるほど涙目になって逃げ惑った。
「……ご愁傷様だな」
スレイが、空になった重火器を下ろし、その地獄絵図を冷ややかに見下ろす。
ウクライナで使うはずだった軍用兵器も、数の暴力も、彼らの異常なモチベーション(ご褒美)の前にはただの紙切れ同然だった。
急所踏み付けを求めて完全にリミッターを外した恍惚部隊によって、フェラトヴァの本隊は、文字通り跡形もなく滅び去ったのである。
――数時間後。
恍惚の狂戦士たちによる、フェラトヴァの文字通りの完全粉砕から数時間後。
すっかり静けさを取り戻した、極寒の穴澗の港。
「今回も、スレイたち裏の掃除屋チームには本当に助けられたわ。感謝するわよ。特に、最後の奇策(マリアの放送)は見事にハマったわね」
萌美総理が、労いの言葉をかける。
「……どういたしまして。もう二度とやりたくないけど。……仲間の知恵と経験に助けられたわ」
マリアが、やれやれと肩をすくめた。
その夜。
無事に防衛を果たした一行は、穴澗の高級旅館にて、豪勢な祝勝会を開いていた。
「かんぱーいっ! カニさん美味しいねー!」
リルが、蟹の脚を頬張る。
「ウチらマジで日本救ったっしょ! PCU最高ー!」
メイコがジュースのグラスを掲げる。
温かいこたつを囲み、新鮮な海鮮と地酒で大いに盛り上がる最強の暗殺者チームであった。
――後日。新宿のアジト。
ロシアンマフィア『フェラトヴァ』による北海道・穴澗への大規模な襲撃事件は、数日のうちに世界的な大ニュースとして各国のメディアで報じられた。
『——環萌美総理大臣は、アメリカ軍と共同で、マフィアを野放しにしているロシアのプーチンチン大統領を痛烈に非難する声明を発表しました』
リビングの大型テレビからは、真面目な顔をしたニュースキャスターが、堂々と放送事故レベルの卑猥な大統領名を読み上げる映像が流れている。
『また、今回マフィアの10倍の軍勢をわずか数分で無力化した、日米合同の海軍・空軍の『強靭さ』に、世界各国の軍事専門家から驚愕の声が上がっています……』
「……強靭、ね。文字が違うわね。あれはただの『狂人』の集まりね」
ソファに深く腰掛けたモニカが、コーヒーを飲みながら呆れたように低く呟いた。
「でも、これで間違っても日本に手を出そうなんて馬鹿な国やテロリストはいないでしょうね。……ご褒美目当てでリミッターを外した変態軍隊なんて、核兵器よりタチが悪いもの」
マリアが、呆れ半分、安堵半分の声で肩をすくめた。
「変態さんから始まって、変態さんで終わったね!今回の任務は!」
リルが笑う。
「確かに! 最初はパパの観劇の警護(オペラ座の変態)だったもんね」
メイコが頷く。
「まさかの変態ミュージカルからマフィアの殲滅へのカーテンコールね。二度とごめんね」
モニカが優雅にため息をつく。
「いや、変態舞台から変態部隊へのカーテンコールだったのかもしれないわ」
マリアが訂正する。
「……余計に、そのカーテンコールは不要だな」
スレイが、静かに愛銃をケースにしまった。
何はともあれ、北の海での過酷な任務は無事に終わった。
裏の掃除屋たちの、騒がしくも平穏な日常が、また新宿の街で始まっていくのであった。