大物議員の娘の護衛任務「メイコ編」の完結編です。
いよいよ狂讃党のテロリストが牙を剥きますが……PCUの迎撃はそれを遥かに上回ります。
前半はプロの裏社会の仕事(潜入と制圧)を。そして後半は、ついに本作の元凶である「萌美総理の多様性」の片鱗が牙を剥きます。
(※今回も挿絵表示にて、現場の様子やキャラクターの活躍をお楽しみいただけます!)
一方、学園の外。
路上に停めた車内では、スレイとマリアがリルの帰還を待ち構えていた。
メイコから借りた制服に身を包み、長い髪で顔の傷をさりげなく隠したリルは、どこからどう見ても名門校に通ういたいけな女子生徒そのものだった。
リルは迷いのない足取りで、例の白いワンボックスカーに近づくと、窓をコンコンと叩いた。
「……あ? なんだお嬢ちゃん、どうした」
窓を開けたのは、血走った目をした人相の悪い男だった。しかし、目の前にいるのが可憐な制服姿の少女だとわかると、わずかに警戒を緩めて鼻の下を伸ばした。
「すいません、これ落としましたよ!」
リルはあらかじめ用意していた清掃用具の備品を差し出し、無邪気な笑顔を浮かべる。
「ん~~~? これ、うちのじゃないね」
「あーそうですか。じゃあ、落とし物センターに届けておきますねー!」
リルが男の意識を完全に引きつけているその数秒間。
死角から音もなく潜り込んでいたスレイが、バンパーの裏側に超小型の高性能GPSロガーを設置し、再び闇へと消えた。
リルが軽やかな足取りで車に戻ると、スレイは無言でリルの頭を一度だけ撫で、すぐにタブレットのモニターに視線を落とした。
「……連中の車、動き出したわ」
マリアがキーボードを叩き、リアルタイムで移動する赤い点を見つめる。
「……そのまま大通りを抜けて、ある建物の地下駐車場に入っていったわ。……建物の表にある看板は、『大物議員A』の同小選挙区で立候補しているライバル候補者の選挙事務所よ」
「……決まりだな」
スレイが安物のタバコを深く吸い込み、低くしゃがれた声で断定した。
「狂讃党の過激派と、ライバル候補の陣営は、完全に裏で繋がっている」
選挙という表の戦いの裏で、物理的な『排除』を企む巨大な悪意。その輪郭がはっきりと浮かび上がった。
――同時刻。花弁学園、校内。
「(……本当にいいのかしら、こんなところで授業をして)」
教壇に立つモニカは、整然と並ぶ本物のセレブのお嬢様たちを前に、心中でわずかに溜息をついた。
窓の外から差し込む午後の柔らかな光。高価な万年筆を走らせる音。漂うのは洗練された香水の残り香と、知性の静寂。
そこへ、その静寂を物理的に突き破る声が響いた。
「あーっ! モニカっち先生じゃん!! ち~っす!!」
周りの上品なお嬢様たちの冷ややかな視線を一切気にせず、メイコがブンブンと手を振って駆け寄ってきた。
「えー? いいじゃんいいじゃん! ウチらマブだし! モニカっちの授業、マジ楽しみにしてるから! ちゃんと当ててよね!」
「……当てないわよ。あんたが発言したら学級崩壊するでしょ。席につきなさい、メイコさん」
モニカはプロフェッショナルな微笑みを崩さず、優雅な手つきでチョークを手に取った。
モニカの美貌は、着任初日からすでに女子高生たちの間で大きな話題となっていた。これがもし共学や男子校であれば、暴動が起きていたかもしれないほどの熱狂的な視線を感じながら、彼女はいよいよ本題へと入る。
[b:「……さて。今日の講義は『犯罪プロファイリング』についてです」]
一瞬にして、教室内の空気が張り詰めた。お嬢様たちの瞳に、好奇心と緊張が宿る。
「犯罪プロファイリングとは、現場の痕跡から犯人の特徴……年齢、職業、性格、居住地などを推測する捜査手法です。……例えば、1950年代のアメリカを震撼させた『マッドボンバー事件』を知っていますか?」
モニカは流れるような筆致で、黒板に事件の概要を書き記していく。
16年間にわたりニューヨークに手製爆弾を仕掛けた犯人。精神科医ジェームズ・ブラッセルが行った伝説的な分析。
「……ブラッセルは、爆弾の精巧さや、犯人が送ってきた手紙の奇妙な誤字から、犯人像をこう推定しました。
『コネチカット州在住』『中年のスラブ系独身男性』『極めて清潔好きな性格』……。そして最後にこう付け加えたのです。
『逮捕される際、彼はダブルの背広(ダブルブレスト)のボタンをきっちりと留めているだろう』と」
モニカが話を終えると、教室中にどよめきが広がった。
「結果、逮捕されたジョージ・メテスキーは、驚くほどそのプロファイリングと一致していました。……人の行動には、必ずその者の『内面』が滲み出る。それはどれほど取り繕おうとしても、隠し切れるものではありません」
普段、この名門校で行われる古典文学や数学の授業とはあまりにかけ離れた、生々しくも知的な『裏社会の技術』。
メイコがニシシと笑いながらノートに「バイヤ! プロファイリングマジヤバ!」と書き殴る横で、他のお嬢様たちも、モニカという美しくもミステリアスな講師の言葉に、完全に魅了されていた。
しかし。授業が大盛況であればあるほど、モニカのプロファイラーとしての直感は、鋭い警告を発していた。
(……この学園のどこかに、あのワンボックスカーと繋がっている『目』があるはず)
華やかな教壇の上で、モニカは生徒一人一人の反応を、そして廊下を通り過ぎる教職員たちの足音を、獲物を待つ蜘蛛のように冷徹に分析し始めていた。
数日が経過した。
「……よし。第五監視カメラ、クリア。異常なし」
花弁学園、旧校舎の奥にある薄暗い『視聴覚室』。
本来なら埃を被っているはずのその部屋は、今や複数のノートPCと無数のケーブルが這い回る、完全な『ハッキング対策本部』と化していた。
潜入から数日が経過していた。
天才ハッカーであるマリアは、着任初日でこの使われていない部屋を乗っ取ると、学園内のすべての防犯カメラを掌握し、文字通りの鉄壁の監視網を敷いていた。
校門の外では、スレイとリルが交代で不審車両や人物を警戒し、「死神の眼光」で蟻の子一匹通さない凄まじいプレッシャーを放っている。お陰で、狂讃党らしき白いワンボックスカーは学園の周囲に近づくことすらできていなかった。
一方、校舎内。
「……さて。本日のプロファイリングのケーススタディは、『ゴールデンステート・キラー事件』です」
教壇に立つモニカは、今日も優雅な微笑みを浮かべながら、お嬢様たちを前に黒板へとチョークを走らせていた。
「数十年にわたり、アメリカのカリフォルニア州で強姦や殺人を繰り返した凶悪な未解決事件。……この犯人を最終的に追い詰めたのは、現場に残されたDNAそのものではありませんでした」
モニカは生徒たちの顔を見渡し、プロファイラーの目を妖しく光らせる。
「……用いられたのは『ジェネティック・ジーンオロジー(家系遺伝学)』。
犯人のDNAと直接一致するデータがなくても、民間の家系図系DNAデータベースに登録された『遠い親戚』の遺伝子情報から家系図を逆算し、容疑者をピンポイントで特定・逮捕するという最新の手法です」
「「「おおぉぉ……!」」」
普段はクラシック音楽や古典文学に親しむ深窓の令嬢たちが、身を乗り出してノートをとっている。
中には、完全にメイコのギャル語に感化されたお嬢様が「モニカっち先生の授業、超実践的でエモい!」と目を輝かせ、絶大な支持(?)を得ていた。モニカは苦笑しながらも、そつなく授業をこなしていた。
『……ふふっ、すっかり人気講師じゃない』
視聴覚室のモニター越しにモニカの授業風景を見つめ、マリアはフッと笑みをこぼした。
護衛対象であるメイコも、相変わらず「ち〜っす!」と元気に登校しており、これまでこれといったトラブルは起きていない。
しかし、マリアの表情に油断は微塵もなかった。PCの画面に映る無数の監視カメラの映像を、ハッカーの鋭い視線が絶え間なく行き交う。
「……連中は必ず来る。狂讃党が動くとすれば、タイムリミットである『投票日の前日』……つまり、明日よ」
――そして。
いよいよ迎えた、投票日の前日(卒業式の前日)の朝。
学園全体が、明日の卒業式に向けた準備でどこかそわそわとした空気に包まれていた。
生徒たちが講堂の飾り付けやリハーサルで慌ただしく行き交う中。職員室で自分のデスクに座っていたモニカのインカムに、マリアの冷たい声が響いた。
『……モニカ。気を引き締めなさい。今日が山場よ』
「わかってるわ……あ、教頭先生。はい、何でしょう?」
インカムのスイッチを切り、モニカが完璧な愛想笑いを浮かべて教頭へと振り向く。
「モニカ先生。申し訳ないんですが、急遽『高橋(たかはし)先生』が体調不良でお休みになりましてね。悪いんですが、今日の彼の授業の代講をお願いできませんか?」
「えっ? ああ、はい。高橋先生の……ええと、メイコさんのいる2年生のクラスですね。分かりましたわ」
職員室でのやり取りを、マリアは視聴覚室の隠しマイクで完璧に傍受していた。
「……高橋が休み?」
マリアのハッカーとしての直感が、微かな警鐘を鳴らす。
高橋といえば、メイコのクラスの副担任も務める、中堅の体育教師だ。昨日までは健康そのもので、体調が悪そうな素振りなど微塵も見せていなかったはずだ。
マリアは即座にキーボードを叩き、学園内の監視カメラの映像を高速で切り替えていく。
正門、裏門、職員室、廊下、屋上……。
そして。
学園の敷地の端に位置する、死角の多い『第2体育館』の裏口を映すカメラの映像に。
「…………ビンゴね」
マリアの瞳が、獲物を捉えた鷹のように細められた。
映像の隅。体育館の搬入口の薄暗い影に、帽子を目深に被り、大きなスポーツバッグを下ろす男の姿があった。
体格、歩き方の癖、そして履いている靴のブランド。顔こそ見えないが、ハッキングソフトの骨格認証が弾き出した一致率は「98%」。
「……休みのハズの『高橋』が、なんで体育館の裏でコソコソ隠れてるのよ」
あの大きなスポーツバッグの中身は、十中八九、拘束具か……あるいは誘拐のための武器(スタンガンや催涙スプレー)だ。
学園の厳重なセキュリティをすり抜け、狂讃党の手引きをしていた内通者(ネズミ)。それは、この男だったのだ。
マリアの脳内で、事前にスキャンしていた今日のメイコの時間割が瞬時に組み上げられる。
「……高橋は体育教師。そして、今日メイコのクラスが第2体育館で『体育』の授業を受けるのは……午後の5限目!!」
マリアは即座にインカムの全回線を開いた。
「――全員、聞いて! 敵(狂讃党)のネズミを見つけたわ!!」
マリアの緊迫した声が、職員室のモニカ、そして学園の外にいるスレイとリルの耳に同時に飛び込む。
『休みのハズの高橋が、第2体育館の裏に潜伏しているわ! 奴の狙いは、間違いなくメイコのクラスの体育の授業がある[b:5限目]よ! 体育館の閉鎖空間を利用して、メイコを誘拐する気だわ!!』
『……了解した』
校門の外。路地に停めた車の中で、スレイがハンドガンのスライドを静かに引き、冷たい装填音を響かせた。
その横で、リルもまた、いつもの無邪気なおふざけを完全に消し去り、真剣な顔で高圧スタンガンをポケットにねじ込み、ドローンのコントローラーをいつでも起動できるようスタンバイしている。
『スレイ、リル! 5限目が始まる前に、気づかれないように裏門から潜入して! 体育館の周囲を完全に包囲するわよ! モニカはそのまま代講の授業を続けて、メイコから絶対に目を離さないで!!』
「……わかったわ」
インカム越しにモニカの優雅で冷徹な声が響く。
のどかなお嬢様学校の空気が、一瞬にして張り詰めた『戦場』のそれへと変貌する。
投票日を明日に控えた、タイムリミットぎりぎりの攻防。
裏の掃除屋(PCU)と狂讃党。大物議員の娘の命運を賭けた最終決戦の火蓋が、今、静かに切って落とされようとしていた。
「……ビンゴ。ただの金で買われた内通者じゃないわね」
旧校舎の視聴覚室。
マリアの指がキーボードの上で目にも留まらぬ速さで踊り、モニターには休みのハズの体育教師『高橋』の裏の経歴が次々とスクロール表示されていた。
「表向きは品行方正な熱血教師を演じているけれど、過去の学生運動やネットの裏掲示板での活動履歴……こいつ、思想の根っからの左翼で、狂讃党のゴリゴリの過激派よ。大物議員Aの娘であるメイコを誘拐することに、狂信的な使命感すら抱いているはずだわ」
マリアはインカム越しに、配置についた全員へ鋭い警告を発した。
『高橋の目的は、間違いなくメイコの誘拐よ。体育館の裏にあるバンに無理やり押し込んで、そのまま学園から連れ去る気だわ。全員、いつでも動けるようにスタンバイしておきなさい』
『……了解した』
校門の外から裏門へと静かに回り込んだスレイが、死神の足音を完全に消して待機する。
そして、運命の5限目が始まった。
舞台は第2体育館。メイコのクラスの体育の授業である。
「ウェ〜イ! パスパス! ウチに回してっしょ!!」
「きゃははっ! メイコ、ナイッシュー!」
体育館の中では、体操服姿の女生徒たちが黄色い歓声を上げながらバスケットボールの試合を楽しんでいた。
その中心で、ギャル主席・メイコは、ボンキュッボンなダイナマイトボディを揺らしながら、持ち前の運動神経(と謎のテンション)でコートを駆け回っている。
迫り来る誘拐の危機など、彼女は微塵も感じていなかった。
(……動かないわね)
視聴覚室のマリアは、モニター越しに体育館裏の映像を睨みつけていた。
授業の開始前や、更衣室で着替えている無防備な段階を狙うかとも思われたが、高橋はバンの影に身を潜めたまま、ピクリとも動かない。
焦りから早計な行動に出るような素人ではない。彼は、学園の構造と生徒の動線を完璧に熟知している『内部の人間』なのだ。
「……授業中や更衣室は、他の生徒の目がありすぎる。狙うとすれば……」
マリアの思考が高速で回転し、一つの結論に達した。
キーンコーン、カーンコーン……。
やがて、5限目の終了を告げるチャイムが学園に鳴り響いた。
女生徒たちが三々五々に更衣室へと入り、制服へと着替えていく。ここでも高橋は動かない。
そして、着替えを終えた生徒たちが、次々と体育館から出て、校舎へと戻り始めた。
『……ここだわ』
マリアが息を呑んだ。
第2体育館と本校舎を繋ぐ、屋根のついた渡り廊下。
その距離、ほんの『10メートル』にも満たない。
しかし、そのわずかな距離こそが、他の校舎の窓からも、正門の警備員からも見えない、学園における『完全な死角』だったのだ。
「あー、マジ疲れたー! バスケちょー汗かくし! 帰ったら速攻でスタバ寄ってフラペチーノ飲まね!?」
「いいねー! メイコ、今日もおごってよ〜」
メイコは制服のブラウスをパタパタと煽りながら、数人の友人と談笑し、無防備な足取りでその渡り廊下へと足を踏み入れた。
その瞬間。
体育館の死角に潜んでいた黒い影が、音もなく滑り出した。
(……捕まえたぞ、資本主義の豚の娘め)
帽子を目深に被り、スポーツバッグを手にした高橋が、狂気と使命感に濁った目をギラつかせ、メイコの背後へと急速に接近していく。
わずか数メートルの背後に迫る、過激派の体育教師と誘拐の魔の手。
「でさー、昨日のモニカっち先生の授業、マジでエモくなかった!?」
「わかるー! なんか犯人とか事件とか刺激最高でさー!」
青髪のギャルは、ケラケラと笑いながら歩を進める。
自分のすぐ後ろに、致命的な危機が迫っていることなど、彼女はまだ全く気づいていなかった。
『――全員、動いて!! 渡り廊下が完全な死角よ! ターゲットが孤立するわ、注意せよ!!』
旧校舎の視聴覚室から、マリアの切羽詰まった警告がインカムに響き渡った。
その声と同時だった。
「じゃ、ウチ喉渇いたから先に自販機寄って教室戻るわー! また後でっしょ!」
「りょーかい! またねー!」
渡り廊下の中腹。
談笑していた友人たちと別れ、青髪のギャル主席・メイコが一人になった、まさにその瞬間。
(……もらったぞ、資本主義の豚の娘め!)
体育館の死角から音もなく忍び寄っていた過激派の体育教師・高橋が、懐から『白い布(クロロホルム)』を取り出し、無防備なメイコの背後から、その口元めがけて勢いよく飛びかかった。
しかし。
最強の暗殺者の動きは、過激派の狂信的な凶行よりも遥かに、そして圧倒的に『速かった』。
「……ッ!?」
高橋が白い布を押し当てようとした瞬間。
彼の視界が、突如として真横にブレた。
声を発する暇すら与えられなかった。横合いの死角から凄まじいスピードで飛び出してきた巨大な漆黒の影が、高橋の腕を万力のような力で掴み上げ、そのまま一本背負いのような軌道で、渡り廊下の脇にある鬱蒼とした『草むら』の中へと、音もなく引きずり込んだのだ。
「……おっと?」
背後で微かな風切り音を感じたメイコが、ふと足を止めて振り返る。
「……あれ? 今、なんか一瞬、デカい風みたいなの通らなかった? 気のせい?」
キョロキョロと周囲を見回すが、渡り廊下には誰もいない。
ふと前を向くと、そこには優雅な足取りで歩いてくる絶世の美女の姿があった。
「あ、モニカっち先生~! ちーっす! ちょうどスタバの新作飲みたいと思ってたんだけど、この後一緒にどう!?」
「……ええ、いいわよ。教室まで一緒に行きましょうか」
完全に危険を排除された空間で、モニカが涼しい顔でメイコをエスコートする。
メイコは自身の背後で起きた暗殺劇に一切気づくことなく、再び陽気に笑いながら教室へと歩き去っていった。
――同時刻。渡り廊下脇の草むら。
「……がっ、ぐ、ぁ……ッ!?」
「……静かにしろ。喉笛を潰すぞ」
草むらの奥深く。
高橋は地面に押さえつけられ、スレイの丸太のような巨大な膝で完全に身動きを封じられていた。
「な、何をするんだ! 離せ! 私はここの教師だぞ!」
高橋が顔を土気色にして必死に抵抗しようとするが、スレイの腕力の前では赤子も同然だ。
さらに、その横から金髪の少女がひょっこりと顔を出した。
「えへへっ、おいたをする悪い先生には、お仕置きだよ!」
リルが、手に持った業務用超高圧スタンガンのスイッチを入れ、あえて『低めの出力設定』で高橋の首筋のすぐ横で威嚇するように鳴らした。
『――バチッ! バチバチバチッ!!』
「ヒッ!?」
至近距離で弾ける青白い火花と、見下ろしてくるスレイのサングラスの奥の『死神の眼光』。本物の裏社会の暴力に直面し、温室育ちの過激派教師は恐怖でガタガタと震え上がった。
「……ひぃっ! わ、わかった、喋る! 喋るから殺さないでくれ!」
暗殺者の放つ圧倒的な死の気配に完全に心を折られ、高橋はあっさりと口を割った。
「あ、あの娘を誘拐して、明日の選挙の直前に、大物議員に立候補を取り下げるよう脅す算段だったんだ! 俺は党から指示されただけで……っ!」
「……そうか。ご苦労だったな」
スレイは感情の読めない声で吐き捨てると、インカムのスイッチを入れた。
「……マリア。対象を確保した。自白も取れた。……あとはどうする。ここで血祭りにあげてもいいが、学園内で教師の死体が出れば、後々厄介な警察沙汰になるぞ」
視聴覚室のマリアが、ため息をつきながら応答する。
『そうね……。物理的な抹殺はリスクが高いわ。でも、二度と学園やメイコに近づけないようにする必要がある。……リル! あなたに任せるわ! 適当に制裁を与えてやりなさい!』
『りょーかいっ! わたしに任せて!』
リルは満面の笑顔で元気よく返事をすると、手にしたスタンガンの出力ダイヤルを、カチッ、カチッと一番上のMAXへと合わせ、無邪気で恐ろしい笑顔を高橋へ向けた。
――そして、翌日の朝。
「キャアアアアアアッ!?」
「な、なんだあれは! 先生を、警察を呼べ!!」
朝練のために第2体育館に集まった花弁学園の生徒と教師たちは、その光景を見てパニックに陥り、悲鳴を上げた。
体育館の天井から下りる太いロープに、休みのハズの体育教師・高橋が縛り付けられ、宙吊りにされていたのだ。
問題は、彼が『女性モノの派手なヒョウ柄ブラジャーと、ピンクのレースのパンティ』だけを身につけた、変態極まりない姿だったことである。
(※下着は昨夜、リルがドン・キホーテで深夜に調達してきた特売品である)。
過激派の活動家としてのプライドを粉々に打ち砕かれ、すっかり白目を剥いて気絶している高橋。
由緒正しき超名門お嬢様学校における、前代未聞の下着ドロボー兼、変質者騒動。
当然ながら、高橋は即座に警察に引き渡されると同時に、学園を『即日懲戒免職』となり、過激派として活動する以前に一人の人間として、社会的に完全に抹殺されることとなった。
――その頃。旧校舎の視聴覚室。
「……ふぅ。これで狂讃党の内部協力者(ネズミ)は完全に排除できたわね。明日の投票日も、これで安心だわ」
マリアが、モニターに映るパトカーでの高橋の連行シーンを見ながら、優雅にコーヒーを啜る。
「……あぁ。任務完了だな」
スレイもまた、安物のタバコに火を点けながら満足げに頷いた。
しかし、マリアはふとコーヒーカップを置き、小首を傾げた。
PCの映像のタイムスタンプを巻き戻し、昨日の襲撃の瞬間のデータをもう一度見直す。
「……ねえ、スレイ。ちょっと気になってたんだけど」
「なんだ」
「高橋が渡り廊下の死角で動いた時、あんた、異常なスピードで飛び出してきたわよね? 門の外の車にいたら、絶対に間に合わない距離だった。……あんた、あの瞬間、学園の『どこ』に潜んでたの?」
マリアの純粋な疑問。
それに対し、最強の暗殺者は一切の悪びれる様子もなく、極めてプロフェッショナルな『死神の顔』で堂々と答えた。
「……護衛対象の動線を逆算し、最も速く死角(渡り廊下)へと迎撃に出られる、戦術的最適解のポジションだ」
「だから、どこよ」
「『女子更衣室の空きロッカーの中』だ」
「…………」
マリアの動きが、完全に停止した。
「……体育の授業前、生徒たちが着替えている間、俺は一番奥のロッカーの中で、気配と呼吸を完全に殺してスタンバイしていた。暗殺者として、潜伏は基本中の基本だからな」
スレイが、己の完璧な仕事を誇るように胸を張る。
「完全な事案じゃないのォォォォォォッ!!!!」
マリアの絶叫が、旧校舎の視聴覚室の窓ガラスをビリビリと震わせた。
「あんたが一番の変質者じゃない!! バカ! ゴリラ! もし生徒にロッカー開けられてたら、高橋より先に私たちが社会的に抹殺されてたわよ!!」
「……なぜだ。俺は目を閉じていたぞ」
「そういう問題じゃないわよ!! お巡りさーん! ここに本物の変質者がいまーす!!」
「……今回は派手な爆破や襲撃はなしよ。高橋の端末から抜いた裏帳簿とテロの計画書を、匿名のタレコミで警視庁の公安と特捜部に流しておいたわ」
翌日。アジトのモニターを見つめながら、天才ハッカーのマリアが満足げにコーヒーを啜った。
画面のニュース番組では、大物議員Aのライバル候補の選挙事務所に、警察の家宅捜索がドカドカと入っていく様子が映し出されている。誘拐を企てた狂讃党のメンバーもこれで一網打尽だ。
物理的な破壊ではなく、社会的な抹殺。これぞプロの仕事である。
「これで完全に片付いたわね。……それにしても、あの依頼主(大物議員A)も大概だったわ」
マリアが呆れ果てたようにため息をつく。
事の顛末を報告した際、大物議員Aは「おお! よくやってくれた! 君たちの手腕は本物だ!」と大層喜んだ。そこまでは良かったのだが。
『素晴らしい! ぜひ報酬として、うちの娘(メイコ)を君(スレイ)にやろう!!』
「……この親にして、このギャルありね」
マリアは即座に「丁重にお断りします」と鉄の意志で拒絶し、約束された莫大な現金報酬だけをキッチリと口座に振り込ませたのだった。
――そして、迎えた卒業式当日(選挙の投票日)。
「……折角だし、私たちも見ていこうよ! メイコちゃんの晴れ姿!」
リルの無邪気な提案により、任務を終えた裏の掃除屋(PCU)チームの四人は、花弁学園の第1体育館の最後列に並んで立っていた。
「……ふぅ。これで私の潜入任務も終わりね」
すっかり板についたカッチリとしたスーツ姿のモニカが、安堵の息を漏らす。
結局、『モニカっち先生』の生々しいプロファイリング授業はお嬢様たちに大好評で、「今日で最後なんてヤダ!」「もっと猟奇殺人の話聞きたかった!」と、生徒たちから心底残念がられての退任となった。
厳粛な空気に包まれた体育館。
ステージの横には満開の桜の花が生けられ、卒業生たちの目にはすでに感動の涙が光っていた。
やがて、司会の教師が厳かにマイクを握る。
「――在校生代表、送辞。2年、メイコ」
「はい」
凛とした、よく通る美しい声が体育館に響いた。
壇上に上がったのは、見慣れた金髪青メッシュギャル……ではなかった。
髪を黒のスプレーで綺麗にまとめ、第一ボタンまでしっかりと留められた規律正しい制服姿。派手なメイクもカラコンもつけまつげも、完全に封印されている。
「……誰だ、あれは」
スレイが、サングラスの奥で素で目を丸くする。
「やわらかな春の日差しが、満開の桜を照らす今日の佳き日。卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます」
ゆっくりと、そして丁寧で美しい発声。
いつもの「ち~っす!」というギャル語の面影は微塵もない。超名門・お嬢様学校の『主席』としての知性と品格を完璧に体現した、見事としか言いようのないスピーチだった。
「……すごい。映像記憶能力だけじゃなくて、TPOに合わせて完璧な『お嬢様』を演じ切れるのね。あの子、将来絶対にお父さん以上の大物(バケモノ)になるわよ……」
マリアが感心したようにため息を漏らす。
桜が舞う季節。誰もが経験する、甘酸っぱくも美しい別れの儀式。
体育館のあちこちから、感動のすすり泣きが聞こえてくる。スレイたち裏社会の人間にとっても、それはひどく眩しく、心洗われるような光景だった。
やがて、長い教頭先生の祝辞も終わり、卒業式は感動のクライマックスへと移行する。
「――それでは引き続き、在校生からお別れの歌です。『あえげば尊し』」
(…………ん?)
スレイの眉間が、ピクリと動いた。
「――続いて、卒業生からお別れの歌です。『旅勃(たびだ)ちの日』」
(…………いや、絶対におかしいわよね!?)
マリアの顔から、感動の涙がスッと引いていく。
そして、厳粛なピアノの伴奏と共に、感動の涙を流す卒業生たちが退場していくその背後――。
体育館の巨大なステージスクリーンには、満開の桜の映像ではなく、なぜか妖しくネオンが明滅するラブホテルの外観が、デカデカと映し出されていた。
ホ~テ~ルの光~ま~ど~のぼ~っ~き~♪
「…………」
「…………」
「…………」
数秒の地獄のような沈黙の後。
体育館の最後列から、鼓膜を破らんばかりの特大の絶叫が響き渡った。
マリア・モニカ「「何なのこの卒業式はァァァァァァッ!!」」
超名門お嬢様学校にまで浸透していた、萌美総理の最低すぎる『多様性』の波。
美しく感動的な任務の結末は、狂気のシモネタソングとラブホテルのネオンによって完全にぶち壊され、裏の掃除屋たちのツッコミが、春の空へと虚しく吸い込まれていくのであった。
【お知らせと次回予告】
『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!
▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524
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