激情バスジャック編(前編)
――関東某所。
PCU(裏の掃除屋)のメンバーたちは、新たな任務として、とある悪徳業者のアジトである雑居ビルへと潜入していた。
「マリア! その扉の鍵の型番、旧式だよ〜。電子ロックには対応してないタイプっしょ!」
後方で待機しているメイコが、チート級の頭脳(データベース)から自然にカタログスペックを引っ張り出してインカムで告げる。
「……了解。それなら、鍵開けはモニカに任せるわ。私は監視カメラの映像をダミーに切り替える」
マリアが手元のタブレットを素早く操作する。
「わかったわ、任せて!」
モニカがヘアピンのような特殊ツールを取り出し、見事な手つきでピッキングを開始した。
扉の両脇では、スレイとリルが突入の合図を静かに待っている。
「……よし、カメラの切り替え完了!」
「こちらもピッキング完了よ!」
「スレイ、リルたそ、準備OK! 突入したら右手から制圧して!」
メイコからの完璧なナビゲートを受け、スレイとリルは無言で頷き、扉を開け放って建物の中へと一気に踏み込んだ。
「なんだお前ら! どこから入ってきた!」
見張りをしていた悪徳業者の男たちが、ギョッとして立ち上がる。
「鍵があいていたので、お邪魔しました〜!」
リルが、元気よく挨拶しながら手を振った。
「んな訳ねーだろ! ちゃんと閉めていたはずだ!」
「……細かいことは気にするな」
『――ドゴォッ!!』
スレイが地を這うような声で言い放つと同時に、反論してきた業者の顔面に容赦のない鉄拳を叩き込んだ。
さらに、横から飛びかかってこようとした別の用心棒の腹部に、強烈な前蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
「はーい! バチバチでーす!」
『――バチバチバチッ!』
「ギャアアアアアアッ!?」
リルも愛用のスタンガンを構え、隙を突いて業者の首筋に高圧電流を流し込んでいく。
「……片付いたみたいね」
インカム越しに音を聞いていたマリアが、冷静に呟く。
「よし、証拠品の押収よ」
モニカが現場に入り、裏帳簿などのデータを手際よく回収していく。
「パパと山田相姦に連絡しておくね〜!」
メイコがスマートフォンを取り出し、事後処理の手配を済ませる。
こうして、今回の任務も何事もなく、迅速に片付けられたのであった。
――数時間後。
「お腹減ったね〜! 帰り道に何か食べていこうよ!」
メイコが、大きく伸びをしながら提案する。
「そうしよう! このへんの名物を食べようよー」
リルも賛成して目を輝かせる。
「そうね、ここらで食事にしましょうか」
マリアが頷くと、モニカが即座に周囲の情報を引き出した。
「……この辺りだと、チーズ、ソフトクリームに、高原野菜……あとは蕎麦が名物ね」
「そういえば、温泉もこの辺はあるみたいだよ」
メイコがスマホのマップを見ながら言う。
「疲れたし、入っていこうかしらね」
「そうね、疲労回復にもよさそうね。……もう夜も遅いし、面倒だからこのまま泊まりましょう」
マリアの提案に、モニカがにっこりと笑う。
「ええ。総理のブラックカードで払うんだし、遠慮はいらないわね」
マリアがニヤリと笑う。
「「やったー!!」」
リルとメイコがハイタッチして歓喜する。
スレイは無言のまま、ただ静かに頷いていた。
――それから、数日後。
時刻は24時15分。新宿駅前の大型バスターミナル。
「わーい! メイコちゃん、バスおっきいねー!」
「ばいやーっしょ! 深夜バスで温泉旅行とか、マジでテンション上がるし!」
リルとメイコの二人は、大きなキャリーケースを引きながら、長距離夜行バス『スターライナー093号』へとウキウキとした足取りで乗り込もうとしていた。
目的地は、東北の誇る名湯・蔵王温泉。
先日の任務の後に、リルとメイコの間で「仕事じゃなくて、プライベートで温泉に行きたいね」という話になったのだ。
「そうね。たまには休暇も必要よね」とマリアも言い、
「休むことで効率があがるし、休むことも仕事のうちよ」とモニカも同意。
スレイも「少し任務を入れないでおこう」と配慮してくれた。
しかし、大人組の3人は「アジトや家でゆっくり休む」と言うので、今回は若い組(リルとメイコ)の二人だけで温泉旅行に行くことになったのである。
先日から任務が続いており、チームは莫大な褒賞金を得たばかりだ。
それに加えて、大物議員Aの娘であるメイコの財力を合わせれば、本来ならば高級車をチャーターして運転手付きで優雅に旅行できるだけの経済力は十分にある。
しかし「若い女の子だけで、深夜の高速バスに乗って旅行するのも、絶対にいい経験になるっしょ!」
というメイコのギャル特有のノリと提案により、あえてこの庶民的な移動手段が選ばれたのである。
一方、その頃。
残された大人たちも、それぞれの平和な夜を満喫していた。
表の顔であるパン屋の自室では、モニカがソファで缶ビールを開け、お気に入りの映画を流しながら一人ゆっくりとくつろいだ時間を過ごしている。
アジトのリビングでは、マリアが莫大な褒賞金で購入したばかりの新作マルチメディアシステム(超高画質モニターと立体音響スピーカーのセット)を前に、
「ふふふ……これで最高の映像環境が整ったわ……!」と、一人ウキウキで配線を繋いでいた。
かなり大きく、精神をすり減らす任務を終えたばかりだ。
スレイたち裏の掃除屋チームには、このくらいのゆっくりとした休息が許されてしかるべきだろう。
そんな、穏やかで平和な時間が過ぎていった。
――誰もが、そう思っていた。
だが、その静寂は、深夜のアジトに鳴り響いた「けたたましい着信音」によって、無惨にも引き裂かれることになる。
――少し前、その頃。メイコの実家(大物議員Aの邸宅)。
「……さて。今日の政務はここまでにして、寝る前に多様性坂69のライブDVDでも鑑賞しよう」
大物議員Aは執務室の書類を片付けると、満面の笑みでDVDを再生した。
「ふひひ……やっぱりサヨリたんは天使だな! しかし、我が娘メイコも天使だぞ」
モニターの前でデレデレと独り言を言う大物議員A。他から見れば、かなり危ない中年のオタクである。
「……深夜の高速バスに乗ると言っていたが、そろそろ福島あたりには着いただろうか」
ふと気になった大物議員Aは、父親の顔になり、手元の端末でメイコのGPSをチェックした。
しかし。
「……ん? おかしいな」
画面には、メイコの位置を示す反応が一切表示されない。
「……メイコがスマートフォンをオフにしているとは考えられない。電波は関係ないはずだ」
政治家の娘である以上、誘拐などの危険に備え、彼女の機器には一般のスマホとは違う特殊なGPSが組み込まれている。
それが途絶えることなど、基本的にあり得ないのだ。
大物議員Aの背筋に、嫌な予感が走る。
オタク特有の緩んだ顔つきから、国の重鎮たる有能な政治家(父親)の顔へと一瞬で切り替わった。
彼は即座に、バスの運行会社へと直通の連絡を入れた。
「……スターライナー093号の所在地はわかるかね? どうもおかしいようなんだが」
『えぇ? そんなことはないと思いますよ。今調べま……えっ!?』
電話の向こうで、運行会社のオペレーターが素っ頓狂な声を上げた。
『し、信号がないぞ! おかしい! おい、運転手に無線で連絡をとるんだ!』
背後で慌ただしいやり取りが聞こえ、やがて絶望的な声が返ってきた。
『……な、何!? 無線が繋がらないだと……ッ!?』
大物議員Aの嫌な予感は、最悪の形で当たっていた。
――そして、現在。新宿アジト。
「……はい、マリアです! こんな夜中にどうしたんです!?」
配線作業を邪魔されて不機嫌そうに電話に出たマリアの耳に、依頼主である大物議員Aの、かつてないほど取り乱した悲鳴が飛び込んできた。
『マリア君!! 大変だ、緊急事態だ!! 私の天使、メイコたんが乗った夜行バスが……!!』
「……は? ちょっと、落ち着いてちょうだい」
『メイコたんたちの乗った、スターライナー093号が消息不明なんだ!!』
「……なっ!?」
マリアの手から、繋ぎかけのオーディオケーブルがポロリと滑り落ちた。
「……ちょっと待て。その情報は確実なのか? リルも同乗しているはずだ!」
マリアのただならぬ様子に気づき、自室から出てきたスレイが足早に歩み寄る。
『運行会社にも確認したが、バスそのものが座標を失い、運転手の無線も繋がらないのが確認された!』
「ちょっと待って、リルに連絡してみる!」
マリアがキーボードを叩き、アジトのシステムからリルの端末へとアクセスを試みる。
「政府支給のスマートフォンだから、まず電波は衛星を利用するわ。圏外でも繋がるはずよ……!」
『仮に事故だったとしても、電波が繋がらないという線はない。何らかの理由で、電源が強制的に遮られているんだ!』
大物議員Aの言う通り、リルへのアクセスは完全に弾き返されてしまった。繋がらない。
「……リルにも繋がらないわ! 間違えて二人が同時に電源をOFFにしたあげく、バスも運転手も無線で繋がらないなんて、絶対に偶然ではないわ」
「……とりあえず、議員は萌美総理に連絡をとってくれ。マリアはモニカに連絡を。俺は、いつでも出れるように準備する」
スレイが、氷のように冷たく、しかし静かな怒りを込めた声で指示を出す。
『ああ、取り乱してすまない。私は総理に連絡をする。……頼んだぞ!』
通話が切れ、マリアが弾かれたようにモニカへの招集をかける。
「……偶然ではないだろう。何らかのトラブルが発生したと強く推測される」
スレイが低い声で唸る。
「ええ、ありえるわね。……どこかで連絡手段を意図的に絶たれていると考えれば」
数分後。血相を変えたモニカがアジトに飛び込んできた。
「……確かに、偶然にしてはおかしいわね。しかし、なぜ高速バスがトラブルに巻き込まれたのかね」
「高速バスはコスパ重視で利用するものよ。基本的に富裕層は使わないわ。」
マリアがプロファイリングの観点から疑問を呈する。
「ええ、だからこそ目的が不明なのよね。お金目当ての誘拐や人質の類ではないわ」
モニカが腕を組む。
「運転手の過酷労働からの事故の線も薄いわね。仮に事故だとしても誰かしらのGPSの反応はあるはず。」
マリアが合理性を判断する。
「……仮にバスジャックだったとしても、受益が薄すぎるな」
スレイも、犯人側の意図が読めずに眉をひそめた。
日本の裏の権力者ですら把握できない、完全なブラックアウト状態。
マリアは鋭く舌打ちをすると、即座にメインモニターの前に陣取り、猛烈な速度でキーボードを叩き始めた。
スレイも無言で自室に戻り、漆黒のコートを羽織ると、愛用の銃器とナイフをクローゼットから次々と引きずり出し始める。
平和なバカンスの幕開けは一転。
密室の深夜バスを舞台にした、最悪の凶悪事件へと姿を変えたのである。
――時間を少しだけ遡る。
東北へ向けて深夜の高速道路を走る、長距離夜行バス『スターライナー093号』の車内。
平日の深夜便ということもあり、車内の客はまばらで、座席は半分も埋まっていなかった。
車内の照明は落とされ、大半の乗客が眠りについている中、後方の座席に陣取ったリルとメイコだけは、小声でワイワイとはしゃぎ続けていた。
「ねえねえメイコちゃん、温泉着いたら最初になに食べるー?」
「んー、やっぱ温泉卵っしょ! あと地酒! ばいやーっしょ!」
「そういえば、先週の任務の帰りに寄ったところも美味しかったね」
「温泉の後に食べると、マシマシで美味しいよね」
二人がキャッキャと修学旅行生のように笑い合っていた、その時だった。
バスが大宮インターを過ぎ、暗い夜のハイウェイへと本格的に差し掛かった直後。
『――パーンッ!!』
突如として、密室の車内に鼓膜を劈(つんざ)くような乾いた銃声が轟いた。
「「「きゃあああああっ!!」」」
「な、なんだ!?」
深夜ということもあり眠っていた乗客たちが跳ね起き、悲鳴とどよめきが車内に連鎖する。
リルの『掃除屋としての本能』が即座に反応し、遊び半分の笑顔から一転、鋭い眼光でバスの前方へと視線を走らせた。
そこに立っていたのは、どこから乗り込んできたのか(あるいは一般客を装って潜んでいたのか)、拳銃を天井に向けて構える二人の男女だった。
一人は、鋭い目つきをした年配の女。
もう一人は、体格の良い若い男。
極めていびつな組み合わせの二人組である。
「全員、その場から動くな!! 声を出した奴から頭を吹き飛ばすよ!!」
年配の女が、ドスの効いた声で車内を威圧する。
「おい、お前ら! さっさとスマホを全部出せ!! 隠したら殺すぞ!」
若い男が座席を乱暴に蹴り上げながら、乗客たちから次々とスマートフォンを奪い取っていく。
そして、奪い取ったスマホを特殊な袋のようなケースに入れていった。
「ああっ、俺のスマホ……!」
乗客の悲痛な声も、銃口の前ではすぐに掻き消される。
「……あの袋、任務で見たことあるかも」
リルが小声で呟く。
「電波遮断ポーチだね。本来はスキミング防止とかに使うやつだけど……」
メイコが瞬時に分析する。
「GPSも切られちゃうんだ。マリアたちに居場所教えられないのは、困ったなぁ」
ぽそりとリルが呟く。
「……何とかマリアとモニカに居場所を伝えないと、ばいやーだね」
「次はこれだ」
若い男は運転席の横に立つと、持っていた銃のグリップで、バスのダッシュボードにあるナビゲーションシステムと通信アンテナを徹底的に叩き割った。
バキッ! という鈍い音と共に、バスの現在地を外部に知らせるすべての通信手段が物理的に破壊された。
「……よし。これでハエどもに居場所はバレない」
年配の女が冷酷に笑い、震え上がっている運転手の頭に、直接銃口を突きつけた。
「いいかい、運転手。これからはアタシたちの指示通りに走るんだ。一歩でもルートを外れたら……あんたの脳味噌で、このフロントガラスを赤く染めることになるよ」
その傍らで、若い男は先ほどの電波遮断袋を窓の外に投げ捨てた。
絶望的な密室。外部との完全な遮断。
静かな夜のハイウェイで、正体不明の男女による凶悪なバスジャックが、今まさに完成した瞬間であった。
「ひぃっ……! 殺さないでくれ!」
「助けて……!」
「ママー怖いよ……」
スマートフォンを奪われ、通信システムを破壊され、外部との連絡手段を完全に絶たれた車内。
拳銃を構える年配の女と若い男の怒声に、乗客たちは座席に縮こまり、震え上がりながら悲鳴を上げていた。
しかし。そんなパニック状態の車内にあって、後方座席に身を潜める二人の少女――リルとメイコだけは、驚きこそしたものの、奇妙なほど冷静に息を潜めていた。
無理もない。彼女たちはこれまで、日本の総理が率いる変態狂戦士部隊でマフィアと闘い、国家レベルの陰謀、数々の変態や凶悪テロリストたちとの死線を幾度となく潜り抜けてきたのだ。
それらの常軌を逸した修羅場に比べれば、ただの拳銃二丁のバスジャックなど、ある意味で想定の範囲内の危機でしかない。
だが、今の二人には、それを武力で制圧するための決定的な要素が欠けていた。
「……ねえ、メイコちゃん」
リルが前の座席の陰に隠れながら、隣のメイコに極小の声で囁いた。
「わたし、今日なにも武器持ってきてないや」
「奇遇だねリルたそ。アタシも丸腰っしょ。温泉旅行に金属バットも手榴弾も持っていかないしね」
メイコも顔を引きつらせながら、小声で同意する。
今日は完全に祝日気分、ただの女の子同士の温泉旅行なのだ。
リルの可愛いキャリーケースには、お気に入りの洋服と化粧水しか入っておらず、愛用のハンドガンはおろか、スタンガンにナイフ一本すら持ち合わせていない。
チート級の頭脳と記憶力を持つギャルとはいえ、完全な丸腰で銃口に立ち向かうのは無謀すぎる。
二人は静かに目を合わせると、今は大人しく犯人を刺激しないよう、息を殺して様子を窺うことを選択した。
スターライナー093号は、大宮インターを過ぎたあたりから、犯人の指示通りに定期のルートを完全に外れて走り続けていた。
窓の外は深い闇に包まれ、どこをどう走っているのか、乗客には全く見当もつかない。当然、決められたルートからの時間計算による現在地の割り出しも不可能となっていた。
「これ、絶対蔵王向かってないよね。外の景色からヒント探して、なんとか伝えないと」
リルが呟く。
「どこを走っているかわからないように、攪乱する気だね~。でも任せて。特定できるものは記憶していくから」
メイコは夜景を見ているが、それは脳内データベースへの書き込みだった。
一方、新宿のアジト。
スレイは漆黒のコートを羽織り、大型のボストンバッグに愛用のアサルトライフルと弾薬を、乱暴な手つきで次々と詰め込んでいた。
普段の極めて冷静沈着な最強の暗殺者の顔は、そこにはない。
サングラスの奥の瞳には、隠しきれない焦燥と、ドス黒い殺意が渦巻いていた。
無理もない。今日のリルやメイコは、裏の掃除屋の陽動役としてではなく、ただの普通の女の子として、丸腰でバスに乗っているのだ。
無邪気に笑う彼女達が、何らかのトラブルに巻き込まれている可能性が高い。
「とりあえず、総理には連絡をして、軍用ヘリコプターをスタンバイして貰ったわ」
マリアが素早く告げる。
「政府のルートでも警察のルートでもいい。……座標が分かり次第、俺はすぐに飛ぶ」
スレイがそう言ってアジトを出ようとする。
「ちょっと、スレイ! 落ち着きなさい!」
モニカが、スレイの只ならぬ殺気に怯むことなく、その屈強な腕をガシッと掴んで制止した。
「今すぐ飛び出したい気持ちは痛いほど分かる! でも、今の私たちは完全に目隠し状態よ。座標も分からないのに、闇雲に空を飛んでどうするの!」
モニカは鋭い観察眼でスレイを睨み据え、冷静な思考を取り戻させるように強く語りかけた。
「よく考えて、スレイ。わざわざ乗客を乗せたままの長距離バスをジャックするなんて、目立つしリスクが高すぎるわ。……それでも決行したということは、犯人には必ず何か要求があるはずよ」
「要求か……」
「ええ。単なる金銭目的か、あるいは何らかの政治的なメッセージか。いずれにせよ、相手が交渉のカードを切ってくるまでは、下手に私たちが動いて犯人を刺激しないほうがいいわ。……丸腰のリルたちの命を、危険に晒すことになる」
モニカの極めてロジカルな説得に、スレイはギリッと奥歯を噛み締め、持っていたライフルの銃身をゆっくりと下ろした。
焦りは禁物だ。まずは相手の目的を知り、確かな位置情報を掴まなければならない。
沈黙した最強の暗殺者を前に、アジトには重く息苦しい時間が流れ始めていた。
「……マリア、足取りが途絶えた場所はどこだ?」
「大宮インターから少し出たというところね。そこまでは運行会社も、リルやメイコのGPSも一致しているわ」
マリアがPCとタブレットを高速で捜査しながら言う。
「……最後に足取りが途絶えた大宮付近で待機する。座標でも要求でも、少しでも手がかりが出たらすぐ連絡をくれ」
スレイを焦りを押し殺しながら呟く。
「ええ、分かったわ。それなら犯人にも気づかれないでしょう。気をつけてね、スレイ!」
マリアとモニカの切実な声に見送られ、最強の暗殺者は夜の闇へと飛び出していった。
その頃。
通信を絶たれた長距離夜行バス『スターライナー093号』は、深い闇に包まれた、木々の生い茂る暗い森の中で静かに停車していた。
エンジン音だけが低く響く車内で、恐怖に震える乗客たちを前に、犯人の男女は驚くべき、そして極めて異常な行動に出た。
「さあて……それじゃあ、始めようか」
年配の女が、懐から最新型のスマートフォンを取り出した。
そして。何らかのアプリを起動すると、こともあろうか、乗客たちに銃口を突きつける若い男と自分自身の姿を、全世界に向けてライブ配信し始めたのである。
彼らの異常性は、何よりもその顔にあった。
凶悪なバスジャック犯でありながら、目出し帽もサングラスも被っていない。
堂々と素顔を晒したまま、全国の不特定多数の人間が見ているライブ配信のカメラに向かって、不敵な笑みすら浮かべているのだ。
「えっ、何してんのあいつら?」
メイコが目を丸くする。
「なんか猥TUBERみたいなことしてない?」
リルも信じられないとばかりに目を丸くする。
「あれってリアルタイム配信してるよねー、リルたそ。迷惑系猥TUBERのやばいヴァージョン?」
「そうみたいだね。……でも、配信しているならチャンスはあるよ!」
猥TUBEでの配信を開始したバスジャック犯。人が集まるのを待っているようだ。
seX(旧twitter)や淫スタグラム、フェイスシャワーにも自ら投稿しているようだ。
『おいおいマジかよ!?』
『どうせやらせだろ。最近の猥TUBERに倫理観とかないし』
『これ本物のバスジャック!? 映画の撮影じゃなくて!?』
『ヤバいヤバい、銃持ってる!! 通報した方がいいの!?』
『はいはい面白い面白い。迷惑系だろどうせ』
夜中だというのに。いや、夜中だからこそ。
SNSは、突如として始まったこの前代未聞の顔出しバスジャック・ライブ配信の映像によって、瞬く間に大炎上と大熱狂のお祭り騒ぎへと発展していった。