消えないタトゥー編(前編)
――夕刻。新宿アジト。
「任務完了ー! お腹減ったねー! 晩御飯まだかなまだかな〜!」
リルが、買ってきたコンビニ袋を両手に下げて元気にリビングへと飛び込んでくる。
「……くっだらない、ホストとキャバ嬢の痴話喧嘩だったね」
メイコが、呆れたように肩を回しながらソファに倒れ込んだ。
「全くだわ、ほんと! ただの社会のゴミ同士の小競り合いに、どうして私たちが巻き込まれなきゃならないのよ。時間の無駄だわ」
マリアが、不機嫌そうにジャケットを脱ぎ捨てる。
「まぁまぁ。結局、反社(マフィアやヤクザ)の影はなかったんだし、誰も死なずに済んで結果オーライだったじゃない」
モニカが優雅にハーブティーの準備をしながらなだめる。
くだらない任務を終えてアジトに戻ってきたPCUのメンバーたちは、それぞれ買ってきた惣菜やテイクアウトのピザ、パスタなどをテーブルに広げていく。
「あー、このピザ面白いね! 照り焼きチキンとか乗ってて、和風で素朴なのにすっごく美味しい〜!」
リルが、ピザの切れ端を伸ばしながらご満悦だ。
「こっちの和風パスタも個性的で面白いよ、リルたそ。明太子とシソの組み合わせ、マジ神っしょ!」
メイコがフォークを器用に回す。
「……私は、さっきのホストクラブで失敬した、高級ワインでも頂くわ」
マリアが、ドサクサに紛れて回収してきたであろうヴィンテージワインのコルクを抜く。
「ちょっとマリア、いつのまにそんなもの持ってきていたのよ。……まぁ、私もそれを少し頂くわ」
モニカが呆れつつも、ちゃっかりグラスを差し出す。
スレイはいつものようにブラックコーヒーを片手に、静かに壁際のソファに腰を下ろし、マリアがつけたテレビの画面へと視線を向けた。
TVのワイドショーでは、昨今の社会問題となっているデジタルタトゥーについての特集が組まれていた。
画面には、スマホ画面の連続カットが次々と映し出される。
『助けてください……』
『動画をばらまくって言われて……』
『親や会社に知られたら、私の人生終わるんです……』
モザイクのかかった若者たちが、絶望に満ちた声でインタビューに答えている。
【 デジタルタトゥー = 人生の終わり 】
という、現代社会の恐ろしい構図が延々と流れていた。
「……デジタルだと、紙の写真と違って、一度ネットの海に放たれたら絶対に消せないから怖いよね」
リルが、ピザを食べる手を止めて画面を見つめる。
「そうそう。自分が気をつけてても、いつのまにか知らない人が盗撮してアップしてたりするもんね。マジでばいやーだよ」
メイコが眉をひそめる。
「……もし、そうやって悪意のある動画や写真が拡散されるようなら。そういう場合、別のもので覆いつくすのよ」
マリアが、ワイングラスを揺らしながら冷徹なハッカーの顔で言う。
「ネット上のデータを完全に消すことはできない。ならば、検索のアルゴリズムをハッキングして、ダミーの大量のデータで目立たなくする。……木を隠すなら森の中、よ」
モニカがプロファイリングの観点から補足する。
(……消せないなら、ノイズを増やして見つかりにくくするか。物理的な暗殺の偽装工作と同じ理屈だ)
スレイは、コーヒーを飲みながら静かに納得していた。
食後に、リルが買ってきたコンビニのプリンなどのデザートもたいらげた後。
「あー食べた食べた! ……今日は帰るの面倒くさいから、このままアジトに泊まっていく〜」
メイコが、ソファでゴロゴロと寝転がる。
「はいはい。ちゃんとパパ(大物議員A)には連絡しなさいよ。ただでさえ任務で心配かけてるんだから」
マリアが呆れ顔で言う。
「そうしないと、後で面倒なトラブルになって困るのは私達なんだからね!」
モニカも釘を刺す。
「メイコちゃんのお父さんは、危ない任務とかは普通に許してくれるのに、お泊まりにはちゃんとしているよね!」
リルが笑う。
「わかってるって〜」
メイコはスマホを取り出し、父親の大物議員Aに電話を入れた。
「あー、パパ〜? 今日は任務終わってからアジトでご飯食べたんだけど、面倒だからこのまま泊まるねー? ……え、マリア?うん、ちょっと待って」
メイコが、不思議そうな顔をしてマリアを呼び、スマホを渡す。
「はい、代わりました。マリアです。……なんでしょうか?」
『——いつもメイコがすまんね。……実は、別件で任務ということになりそうだ。明日、首相感貞に来てくれるか』
電話口の向こうから聞こえる、いつもより少し硬い議員の声。
「……ええ、わかりました。明日向かいます」
マリアは短く了承してから、電話を切った。
「また任務なの!? やったね! 悪いネズミさん退治だー!」
リルがパッっと目を輝かせる。
「でも、今日はまだ時間もあるし、明日に備えてリラックスも兼ねて映画でも見ようっしょ!」
メイコが、持ってきたDVDをデッキに突っ込んだ。
「さっきレンタル屋で借りてきた『リングル -偵子-』でも皆で見よう!」
画面に映し出されたのは、明らかに危ない臭いがするB級……いや、C級以下のパニックホラー映画であった。
「わぁ〜〜〜! 井戸の中から、髪の毛の長い女の人が出てきた! 怖いよぉ〜!」
リルが、スレイの太い腕にしがみつく。
「怨念で呪い殺し……って、なんで偵子(さだこ)が井戸からマシンガン持ち出してきているの!! 念力は!?」
マリアが、画面に向かって激しいツッコミを入れる。
「あははっ! 井戸マジ関係ないじゃん!」
メイコが腹を抱えて爆笑する。
「しかも呪いのビデオの中身、ただの黒ギャルAVじゃない! 時代設定どうなってるのよ!」
モニカが頭を抱える。
「……あの巨大な銃を井戸の底に隠すには、解体して持ち込むしかない。あの暗闇での組み立て速度……あの幽霊、相当な手練れ(プロ)だ」
スレイが、暗殺者の視点から偵子の兵器運用能力を真面目に分析する。
「スレイ!! ツッコミどころ、そこじゃないから!!」
マリアが絶叫する。
「わ〜! 偵子ちゃん、今度はロケットランチャー撃ったよ!」
「マジばいやー! 物理で除霊されてるっしょ!」
あまりにも下らない、そしてツッコミどころ満載のC級ではなくD級映画を見ては騒ぎ、新宿アジトの夜は賑やかに更けていくのだった。
――翌日。首相感貞・極秘地下作戦室。
「パパ〜、おはよう〜! きたよ〜」
メイコが、いつもの軽い調子で作戦室に入る。
「おお、メイコ、おはよう! よくきてくれたね諸君」
大物議員Aが、デスク越しにPCUのメンバーを迎え入れた。
「今日は、萌美総理はいないんだね」
リルが、部屋を見回して言う。
「……とりあえず、裏の掃除ということだろう。話を聞かせてくれ」
スレイが、静かに本題を促す。
「あぁ、そうだな。早速だが、これを見てほしい」
大物議員Aがモニターに映し出したのは、右肩上がりに急上昇している何かの件数のグラフであった。
「何これ? なにかの売り上げ? と思ったら……相談件数?」
マリアが目を細める。
「……悪質なパパ活や、美人局(つつもたせ)の被害相談が激増している、といったところかしら」
モニカがグラフの項目を見て推測する。
「その通りだ。……内容が内容だけに、表の警察組織や、脳筋の山田相姦の部隊よりは、裏の事情に通じた君たちPCUのほうが適切と判断したのだ」
大物議員Aが、重苦しい声で言う。
「うーん、でもさぁ。あんまりパパ活とか美人局に引っかかる男の人って、そんなにいっぱいいるのー!?」
リルが不思議そうに首を傾げる。
「案外多いんじゃないのかな〜。欲求不満のオジサンとか。……でも、グラフを見る限り、ここ最近で急激に伸びているから、パパが気になっているんだよね?」
メイコの鋭い指摘に、議員が大きく頷く。
「つまり。手口が完全にマニュアル化されて、背後に巨大な反社組織が糸を引いている臭いがする、ということだな」
スレイの低い声に、作戦室の空気が引き締まる。
「その通り! さすがメイコの洞察力だ。それに、スレイの勘も正しいと思われる。……これを見てくれ」
大物議員Aが、被害者たちの証言をまとめた資料をモニターに展開した。
「手口はこうだ。まず、ターゲットの男性と女性がホテルなどに入った直後、夫あるいは彼氏を名乗る共犯者の男性が乱入してくる。俺の女に何してくれてんだ!と怒鳴り込み、高額な慰謝料を払えと脅迫する」
「……そこまでは、ありふれたテンプレの美人局ね」
モニカが言う。
「問題は、その後だ。奴らは、ターゲットの裸の写真や行為の動画を無理やり撮り、こう脅すのだ。『これは保険だ。支払いを拒否したり、警察に駆け込んだりした場合は、会社や家族のスマホ、ネット上にこのデータをばらまく』とな」
大物議員Aが、忌々しげにデスクを叩く。
「……昨夜テレビで見たデジタルタトゥーね。人生を終わらせるという恐怖で縛るわけか」
マリアが舌打ちをする。
「被害者がどういう手順で脅されたか……前半部分はもうお約束のレベルだけど、後半の脅迫がエグいわね」
「ただし。ここ急増している相談者の全員が、一言一句違わず口を揃えて同じ手口を証言している。だからこそ、こちら(国家の中枢)に話があがってきたのだ」
大物議員Aが言う。
「なるほど。手口がある程度、固定化(マニュアル化)されているということは、個人の犯行ではなく、裏で巨大な組織が糸を引いているとしか思えないわね」
モニカが、反社の影を確信する。
「……しかも、その写真のデータを消さずに保持していれば、一度金を払わせた後でも、何度でも、おかわり(更なる脅迫)を続ける可能性があるな。骨の髄までしゃぶり尽くす気だろう」
スレイが、悪党の思考を代弁する。
「でも、これはやることは簡単だね!」
リルがポンと手を打つ。
「そうそう! ウチらがわざとパパ活・美人局に引っかかればいいんでしょ!」
メイコがニシシと笑う。
「まぁ、そうなるでしょうね。罠にかかったフリをして、ホテルに乗り込んできた共犯者の男ごと、とっ捕まえて元締めのところに案内させる……というわけね」
マリアが作戦の骨子をまとめる。
「しかし、問題があるわ。……誰が、その引っかかるターゲットの男(囮)の役目をやるか、ね」
モニカが、腕を組んで周囲を見回す。
「……俺が、その囮でいいだろう」
スレイが、静かに名乗り出た。
「スレイが囮やればいいんじゃない? あ、でも本当にエッチしちゃダメだよ!」
リルが、スレイの腕をギュッと掴んで牽制する。
「いやリルたそ、スレイっちのオーラじゃパパ活女子逃げるっしょ。強そうすぎるし」
メイコが、スレイの巨躯と漆黒のサングラスを見て現実的なツッコミを入れる。
「そうね。狙われるのは金持ちで弱そうな中年よ。……大物議員A、出番ね」
マリアが、白羽の矢を議員に立てる。
「いや! それは出来ない! 断固としてお断りだ!」
大物議員Aが、大慌てで両手を横に振る。
「私は、多様性坂69の推しメンであるサヨリたん以外には、絶対に浮気しないと心に誓っているのだ!!」
「いやパパ、推し活とパパ活は別モンだから」
メイコが呆れ果てる。
「大物議員Aでは、身なりが整いすぎているし、顔も割れすぎているからダメだわ。おそらく、警戒されて囮にならないわね」
モニカがプロファイリングで却下する。
「なるほど! そっかー! ちゃんと身なりが整っていない、スキだらけな感じのオジサンじゃないと、囮になりやすいんだね!」
リルが納得する。
結局、PCUの中に適任者がいなかったため。
仕方なく、山田相姦の部下の中から一番影の薄い男を選び、よれよれのスーツを着せて、髪の毛をボサボサにセットしてターゲット(囮)の役をやらせることにした。
こうして。
裏の掃除屋たちによる、卑劣な『デジタルタトゥー・美人局撲滅作戦』の幕が、密かに上がったのである。
――新宿・歌舞伎町。
「……全員、インカムはつけたわね? 念のため、作戦の整理をしましょう」
モニカが、耳に手を当てて静かに通話を入れる。
「山田部下(中年)に変装をさせて、パパ活や援助交際のメッカである歌舞伎町やトー横付近を歩かせる」
マリアが手順を確認する。
「そこに食いついてきたパパ活美人局の女を、事前に私たちがハッキングしてカメラを抑えてある、幾つか決まったホテルに誘い込む!」
リルが元気よく続く。
「でも、その前に先回りして、スレイっちがホテルのシャワー室の暗がりに忍び込んでおくっしょ!」
メイコが仕上げを言う。
「えぇ、大雑把な流れはそれで間違いないわ」
マリアが承認する。
「もし、候補のホテル以外を指定してきたら、適当に理由をつけてお断りをするように、山田中年部下には動いて貰うわ」
モニカがイレギュラーの対応を付け加える。
「でもさー、もしその女の人が、例のデジタルタトゥー詐欺団体(反社組織)じゃなかった場合はどうするの?」
リルが素朴な疑問を投げる。
「その時は、適当にお金だけ渡してバイバイでいいんじゃないかな」
メイコが答える。
「……了解した。問題ない。では、固まってては怪しまれてバレるから、散らばろう」
スレイの合図で、PCUメンバーたちは互いに適当な距離をあけ、それぞれの役割を担って歌舞伎町のネオンの海へと散らばっていった。
山田中年部下に、くたびれたサラリーマンの変装をさせて、歌舞伎町やトー横付近を歩かせること約1時間。
ついに、一人の若い女性(パパ活女A)が、山田中年部下に近づいて声をかけてきた。
『あっ! ターゲットに接触あり』
建物の影から見ていたリルが報告する。
『スレイ、ホテルの候補を確認して。先回りの準備をして』
メイコがインカムで伝える。
『このまま監視を続けるわよ』
マリアが、監視カメラの映像を切り替える。
『さて、彼女が例の反社団体なのかどうか……少し様子を見て、ホテルに向かうわよ』
モニカがプロファイリングの目を光らせる。
少しして、山田中年部下からボソリと通信が入った。
『……Aホテル』
「……よし。Aホテルに俺は先回りする」
スレイは黒いコートを翻し、誰にも見られることなく、指定されたAホテルの1室へと向かった。
他のメンバーも、周囲の目を気にしながらAホテル周辺へと移動し、外を固める。
Aホテルの201号室の鍵を(物理的に)開けて侵入したスレイは、インカムで『……201号室』とだけ短く通信した。
しばらくして、Aホテルのエントランスに、山田中年部下とパパ活女Aが腕を組んで歩いてきた。
その瞬間。
「あっ! あれは?」
山田中年部下が、わざとらしく別の方向を指差した。
「えっ?」と、パパ活女Aが釣られて振り返る。
その一瞬の隙を見逃さず、少し離れた位置からモニカが望遠レンズでシャッターを切った。
『私の顔認証(瞬間記憶)では、特に指名手配犯や、これまでの犯罪者データベースにはない顔だと思う』
メイコが、送られてきた画像を脳内の記憶と照らし合わせて言う。
『一応、警察の顔認証システムで、全国の犯罪データベースに引っ掛けてみるわ』
マリアが即座に裏でハッキングを行う。
そのまま、Aホテルに山田中年部下と女が入っていく。
『悪い奴が、後をつけて待機していないか見張っていないとね!』
リルが、ホテルの周囲を見回す。
『彼氏や旦那役を演じる、脅し役のゴロツキだね!』
メイコも周囲を警戒する。
『……ダメね。さっきのパパ活女は、犯罪データベースには一致しなかったわ』
マリアがハッキングの結果を報告した。
――Aホテルの201号室。
「本当に助かります。……こんなにお小遣いを頂いてしまって」
パパ活女Aが、受け取った封筒を見て頭を下げる。
「いや、いいんだ。……では、私は先にシャワーを浴びてくるよ」
山田中年部下は、マニュアル通りにそう言ってシャワー室(バスルーム)へと消えた。
シャワー室の奥には、既に最強の暗殺者・スレイが漆黒のオーラを放ちながら息を潜めて待機している。
シャワーを浴びたフリ(水音だけ立てる)をして、山田中年部下がバスタオル姿で部屋に戻ってくる。
……しかし。
『……さて。そろそろ美人局のゴロツキが乗り込んで来るならきそうだけど……来ないわね』
モニカがいぶかしむ。
『Aホテルのまわりを見ても、それっぽい怪しい人は誰もいないよ』
リルが報告する。
『……これ、単純にお小遣いが欲しいだけの、素人の一般パパ活ぽいね!』
メイコが結論を出す。
『おそらくそうね。……でも、彼女から何か有益な情報がとれるかもしれないわ』
モニカは、山田中年部下にインカム越しに的確な質問の指示を入れた。
「……ちょっと、聞いていいかな? 最近、あのトー横のあたりで急にパパ活の女の子って増えていないかな?」
山田中年部下が、世間話のように尋ねる。
「えーっと、トー横ですか? いや、あそこは昔からあんな感じで逆に変わらないんですが……。私が以前いた別の場所が急に人が増えて、トー横のほうに流れて(移って)きたんです」
パパ活女Aが答える。
「以前はどこにいたのかね? その、急に人が増えた場所というのは」
「都庁前(新宿中央公園)のほうです。あそこは……明らかに、トー横とは客層が違うんです」
その情報に、PCUのインカム回線が反応した。
『人は、トー横よりあっち(都庁前)のほうが少ないと思うんだけど……』
リルが不思議そうにする。
『たぶん、パパの「客単価」が高いんじゃないかな』
メイコが推測する。
『それに、行政機関が近いから、比較的「社会的地位のある、まともな人」が多いからよ』
マリアが言う。
『……なるほど。最初の作戦を少し間違えたわね。連中(反社)は、ただのフリーターや冴えない中年ではなく、社会的地位があって、金を搾り取れそうな人間を狙っているようね』
モニカがプロファイリングを修正する。
(……そっちのほうが、デジタルタトゥー(動画の拡散)を盾にした脅しがきくということか。理にかなっている)
シャワー室のスレイも、敵の狡猾なやり口に納得した。
「……そうか、ありがとう。では、もう帰ろう」
情報を得た山田中年部下が、服を着始める。
「えっ? ……何もしないんですか?」
パパ活女Aが困惑する。
「あぁ。……そのお金で、子供に何か美味しいものでも買ってあげなさい」
山田中年部下が、優しく告げる。
「……ッ。ありがとうございます……!」
パパ活女Aは、その言葉にハッとして、ポロポロと涙をこぼしながら部屋を出ていった。
『ほえー! なんであの人に「子供がいる」ってわかったの?』
リルが目を丸くする。
『モニカが、インカムで指示したんでしょ、あれ!』
メイコが笑う。
『ええ。こどもを産んだことがある女性特有の骨盤の歩き方に、指輪を外した跡ね』
マリアが感心する。
『それもあるけど……。彼女の服装が、明らかに古着か何年も着ているものだったからよ。もしホストクラブに狂ってハマっているような女なら、客を引くために自分の服装や見栄えも気にするはずよ。彼女は、本当に生活費のためにやっていたのね』
モニカが、冷徹ながらも優しいプロファイリングの種明かしをした。
一行は、パパ活女Aと別れ、そのまま都庁のほうへと向かっていく。
「新宿中央公園のあたりでいいかな」
リルが、夜の公園を見渡す。
「いわゆる、単価の高い大人の取引がありそうなのはここだよね」
メイコが言う。
モニカの指示で、山田中年部下の身なりを少し整えなおして(小金を持っていそうなサラリーマン風にして)、歩かせること約1時間。
ついに、パパ活女Bが近づいてきた。
すれ違いざまに、モニカが隠しカメラでシャッターを切る。
『顔検索に、一応かけておくわね』
マリアが作業に入る。
『私の記憶には一致しないみたいだし、これも手配犯じゃないと思うっしょ』
メイコが言う。
やがて、山田中年部下からボソリと通信が入る。
『……Bホテル』
「よし。Bホテルに俺は先回りする」
先ほどと同様だ。スレイは黒いコートを翻し、Bホテルの1室へと向かった。
Bホテルの301号室に入ったスレイは、インカムで『……301号室』とだけ通信をする。
『あれ? ……さっきから、あの人(山田中年部下)たちを尾行していない?』
少し離れた場所から監視していたリルが、不審な影に気づく。
『うん、間違いないね! これは、例の美人局の合図だと思うよ!』
メイコが確信する。
『……スレイ! おそらく、旦那か彼氏役と思われる脅し役が後ろにいるわ』
マリアがインカムで警告を飛ばす。
「……了解した」
シャワー室のスレイが、殺気を消して息を潜める。
『……2人目も出てきたわ! やっぱり、間違いないわねこれは』
モニカが、もう一つの影を捉える。
2人の屈強な男が、山田中年部下とパパ活女Bの背後を、一定の距離を保ってついていく。
やがて、ターゲットたちは目的のホテルBへと到着する。
スレイは、ホテルBのシャワー室の暗闇で、すでに掃除の準備を整えて待機しているのだった。