――夜。C地点、廃ビル地下。
冷たく湿った空気が漂う地下の深淵。
廃ビルの外周には、警視庁トップ・山田相姦の精鋭部隊、そして環萌美総理直属の恍惚部隊(ドM狂戦士部隊)から選りすぐられたエリートM数名が、ご褒美(罵倒)を糧にした超人的な集中力で潜伏し、一斉突入の合図を静かに待っていた。
一方、地下の「エサ」用の控室。
漆黒のコートを脱がされたスレイは、安物の白いシャツ姿で、他の犠牲者候補たちと共に薄暗い部屋に押し込められていた。そこには、借金まみれの半グレや薬物中毒者、そして怯えて震えるだけの年端もいかない家出少女までが、次の出番を待たされていた。
――上階。
「……なるほどね。この広さなら、闘技場のような施設にはもってこいね」
マリアが周囲を見渡す。
「ご丁寧に防弾ガラスで守られた観客席ね。全く悪趣味な連中ね」
モニカが冷たく言い放つ。
「とりあえず、例の家族になりすましは問題なさそうだねー」
メイコが奪い取ったIDをヒラヒラとさせる。
IDを使い、難なく客席に案内される3人。
分厚い防弾ガラスに囲まれたVIPルームでは、本物のセレブ家族になり替わったマリア、モニカ、メイコの3人が、シャンパングラスを片手に豪華な革張りの席へとついた。
「……コントロールルームの位置は把握したわ。大体ここのレイアウトは想像できるわね」
マリアが小声で告げる。
「誘導方向はわかりやすいわね。……スレイの合図を待つわよ」
モニカが優雅にグラスを傾ける。
「マリア、モニカ。司会が出てきた。始まりそうだよ」
メイコが闘技場の中央を指差す。
「……レディーズ・アンド・ジェントルメン! 今夜も、最高に刺激的な掃除(クリーニング)の時間だッ!!」
中央の闘技場を見下ろす演壇で、タキシード姿のアーリア人司会者が、狂気を含んだ優雅な挨拶でショーの幕開けを告げる。
『……こちらスレイ。控室にいる。ここから直接、闘技場へ繋がっているようだ』
スレイが、奥歯に仕込んだ超小型インカムで、微かな振動と共に状況を伝える。
『……向かい側のゲートからは、例のバーサーカーが出てくるらしい』
『……みんな、聞こえる? アタシは今、ダクトの真上だよ』
リルが、暗闇の中からカメラの映像を共有する。
『……バーサーカーが出るゲートのすぐ裏側に、この施設の全てを制御しているコンソールルームがあるの。……総理、ここを制圧したいところだよね?』
『……ええ、そうね。一網打尽にするには、まずあそこを押さえて全ての扉をロックする必要があるわ』
マリアが、VIPルームのグラスに口をつけながら、冷徹なハッカーの瞳で端末を操作する。
『……けれど、今は耐えましょう。……スレイが舞台に出るまでは』
『……そうね。最高のタイミングで、この悪趣味な劇場を地獄に変えてあげるわ』
モニカが、プロファイラーの鋭い観察眼で、ガラス越しの富裕層たちの顔を一人ずつ脳内に刻み込んでいく。
ついに、第1ゲームが始まった。
「――まずは、このゴミだ! 歌舞伎町でイキがっていた小物、オッズは3分持つかに4倍だッ!!」
司会者の煽りと共に、控室から一人の半グレが闘技場へと放り出される。
直後、対面のゲートが開き、薬物で筋肉が異常に肥大したバーサーカーが咆哮を上げながら飛び出してきた。
「ひ、ひぃッ……やめ、アガッ!?」
抵抗すら許されず、わずか1分足らずで、若者はコンクリートの床に叩きつけられ、沈黙した。
ガラスの向こう側からは、賭けに勝った富裕層たちの卑俗な歓声と、金欲しさに絶叫する野次が地響きのように鳴り響く。
「……本当に、救いようのない悪趣味ね」
マリアが、嫌悪感を隠さずにワインを飲み干す。
「……全く理解できないわ。命が消える瞬間を金に変えて笑うなんて」
モニカが冷たく言い放つと、メイコが隣で呆れたようにスマホをいじりながら呟いた。
「……あいつら、脳みそにマルコ〇味噌でも詰まってるんじゃないの? 出汁(ダシ)が出すぎて腐ってるっしょ」
続く第2ゲーム。
震えながら放り出された薬物中毒者の男は、回避しようという意志すら残っておらず、わずか30秒で肉塊へと変わった。
そして。
司会者が、今夜一番の熱狂を誘うように、マイクを握りしめて叫んだ。
「――さぁ、お待たせしたッ! 今夜のイチオシ、メインイベントだッ!!」
「メインイベントだってさ? どんな人が出てくるんだろう」
メイコが首を傾げる。
「退役軍人とか、ある程度肉体派が出てくるんじゃないかしら」
モニカが予測する。
スポットライトが、控室の重い鉄の扉を照らし出す。
「……聞いて驚け! この男は、実の母と姉を孕ませ、さらには幼い妹までも毒牙にかけた、人間のクズの極みッ!! 借金まみれの元・堕落ラガーマンの登場だァァァァァーッ!!」
「……ここの客席以外にも、とんでもないクズがいるようね。…………ん? ラガーマン? 」
マリアがハッとする。
「ちょっと待ってもしかして、これってスレイじゃないの!」
モニカが顔をしかめる。
控室でゲートが開くのを待っていたスレイは。そのあまりにも最低で、あまりにも盛られすぎた偽造プロフィールを耳にし、サングラスのない素顔をわずかに引き攣らせた。
(…………頼む! 頼むから、もう少し! もう少しだけでいい、マシな設定はなかったのか……っ!)
心の中で血の涙を流すスレイ。
しかも、あの総理の設定による尊厳被害は何度目だろうか。
VIPルームでは、本気で吹き出したマリアとモニカが、セレブを装うのも忘れてむせ返っていた。
「……ッ、プフォォッ!? ……やばい奴がいると思ったら、総理の悪ノリじゃないの……っ!」
マリアが、ナプキンで口元を抑えながら肩を激しく震わせる。
「……母と姉を孕ませたって……。どこからそういう発想が出てくるのよ!」
モニカが、腹筋を痙攣させながら涙目で天を仰ぐ。
一人、メイコだけが「あはは! さすが総理、スレイの評価を底辺以下まで落とす天才っしょ!」と、ケラケラと笑い転げていた。
「――さぁ、出てこいッ! 畜生以下の獣の末路を、諸君に見せてやろうではないかッ!!」
爆音のようなBGMと、富裕層たちの下劣な歓声に包まれながら。
「史上最悪の畜生ラガーマン」という、死ぬほど不名誉な称号を背負わされたスレイが、静かに、そして確かな殺意をその拳に宿して、血塗られた闘技場へと歩みを進めるのであった。
――C地点、地下コロシアム。
「史上最悪の畜生ラガーマン」として闘技場に引きずり出されたスレイに対し、分厚い防弾ガラスの向こう側――安全なVIP席からは、富裕層たちによる容赦ない怒号と罵声が飛び交っていた。
「……ウハハハッ! リアルマザーファッカーじゃないか!」
「姉と妹に欲情するようなゴミなんて、とっとと掃除(殺)してしまえッ!」
「汚らわしい! 早くその肉塊を拝ませろ!」
(…………俺に言うな。……この国の最高責任者である総理大臣に言ってくれ……orz)
安物の白いTシャツ姿で闘技場の中央に立つスレイは、頭上から降り注ぐ最低最悪な罵詈雑言の嵐を浴びながら、死んだ魚のような目で、心の中で血の涙を流し続けた。
もしこの場がガラス張りで保護されていなかったら、間違いなく生卵や腐った生肉が投げつけられていたことだろう。
一方、そのVIPルームの片隅。
通信越しに戦況を監視していた環萌美総理は、ドSの笑みを深めながら、インカムを通じてメイコに対し、何事か秘密の指示を出していた。
「――さぁ、賭けの時間は終了だ! 今回のオッズはどうなっている!?」
司会者がマイクで煽り立てる。
巨大なモニターに表示された掛け率を見ると、これまでの貧弱な若者たちとは違い、スレイの圧倒的なガタイのせいか「3分以上持ちこたえる」という予想に人気が集中していた。
VIP席の狂人たちも、「こいつは少しは強いエサ(長持ちする玩具)だろう」と期待しているのだ。
しかしエサ側がバーサーカーに勝利する、に賭けている人物はまだいない。
『……マリア。コンソールルームへの近道、忘れないでね』
VIP席のモニカが、優雅にグラスを傾けながらインカムで囁く。
『……ええ。それは大丈夫だわ。闘技場と繋がっているゲート裏の構造も、完全に把握している』
マリアが冷徹に応答する。
『……こっちも、ダクトの中から準備OKだよ〜!』
リルが、スタンガンと小型ドローンを構えて突入の合図を待つ。
「――それでは! 今宵のメイン・ハンティング……開始(スタート)だァァァッ!!」
司会者の絶叫と共に、闘技場にけたたましいゴングが鳴り響いた。
『――ガァァァァァァァァッ!!』
対面のゲートから、今にも襲いかかってきそうなほど目を血走らせた大男(バーサーカー)が、獣のような咆哮を上げて飛び出してきた。
(……完全に、薬で理性が飛んでしまっているな)
スレイは、一切の構えも取らず、無造作に立ち尽くしたまま突進してくる敵を観察した。
(人間離れした速さだ。……だが、動きが荒すぎる)
『――死ネェェェッ!!』
バーサーカーの丸太のような剛腕が、スレイの頭部を粉砕しようと振り下ろされた、その刹那。
スレイは最小限の動きでその一撃を躱すと、一切の溜めもなく、バーサーカーの顎を下から正確に打ち抜いた。
『――ゴパァッ!!』
鈍い打撃音と共に、バーサーカーの巨体が宙に浮き、数メートル後ろへと無様に吹っ飛んで床を転がった。
「…………え?」
「…………あ?」
その瞬間。
VIP席の客たちは、予想だにしていなかったエサの反撃に、完全に静まり返り、ポカーンと口を開けて呆然とした。
「……お、おおおおおッ!? な、なんと、エサがハンターを殴り飛ばしたァァァッ!!」
司会者が慌てて、しかし興奮した様子でマイクで煽り立てる。
「ウオォォォォォォォォッ!!」
「やれッ! やっちまえ!!」
すると、客席からは割れんばかりの大歓声が巻き起こった。一方的な惨殺ショーしか見てこなかった彼らにとって、この今までとは違う予想外の展開は、極上のスパイスとして最高に楽しい娯楽だったのだ。
しかし。彼らが安全圏から見下ろしている男は、ただのエサでもラガーマンでもない。
裏社会の頂点に君臨する、最強の掃除屋(暗殺者)である。
(もちろん、母と姉を孕ませたりもしていない……!)
「……ガ、アアアァァッ!!」
倒れたバーサーカーが、よろけながらも再び立ち上がり、スレイへと掴みかかろうと突進してくる。
スレイは容赦しなかった。
前蹴りを、バーサーカーの鳩尾に深々と叩き込む。
『――メキョッ!』
「ガッ……!?」
巨体が「くの字」に折れ曲がり、大きく怯んだところへ、再びスレイの無慈悲なアッパーが顎を捉える。
『――ゴシャァッ!!』
バーサーカーの顎の骨が、完全に砕け散る音が闘技場に響いた。
(……やはり、重度の薬中だな。これだけの打撃を受けても、痛みを感じていない)
スレイは冷静に敵のバイタルを分析する。
「……コロ、ス……ッ!」
顎を砕かれ、口から血の泡を吹きながらも、バーサーカーは痛覚を麻痺させたまま、執念でスレイの首元へと掴みかかってきた。
スレイは余裕を持ってあっさりとそれをかわすと、延髄に強烈な蹴りを一撃入れる。
「……ガハァッ!」
しかし、痛みを感じないバーサーカーは起き上がり、再び突進してくる。
「……遅い」
スレイは、伸びてきたその太い腕を瞬時に絡め取ると、関節の可動域を完全に無視して逆方向へとへし折った。
『――バキッ!!』
「…………ッ!?」
バーサーカーが声にならない絶叫を上げた瞬間、スレイは鮮やかな足払いで巨体を宙に浮かせ、コンクリートの床へと激しく叩きつけた。
そして、マウントを取る隙すら与えず、倒れ伏したバーサーカーの顔面をコンバットブーツで情け容赦なく踏みつけ、とどめに鳩尾へと強烈な蹴りを叩き込んだ。
『――ドゴォォォンッ!!』
「…………」
ピクピクと痙攣し、白目を剥いたバーサーカーは、もはや二度と起き上がることはできなかった。
「…………」
「…………」
狂乱の歓声を上げていたVIPルームが。
今度こそ、水を打ったように完全に静まり返った。
圧倒的な暴力の権化であるはずのバーサーカーが、たった一人のエサによって、赤子のように一方的に蹂躙され、完全に沈黙したのだ。理解不能な光景に、富裕層たちはシャンパングラスを持ったまま完全に硬直していた。
静寂に包まれたコロシアムの中央。
無傷のまま立ち尽くすスレイは、ゆっくりと顔を上げ、安全なガラスの向こう側で言葉を失っているVIPたちを、死んだ魚のような目で見据えた。
そして。
「……次はお前たちの番だ」とでも言うように。
スレイは、右手の中指を立て、特権階級のクズどもへ向けて、ハッキリと、強烈なファック・サインを突きつけたのである。
――地下コロシアム、絶望のVIPルーム。
スレイが突き立てた中指。
それは、安全なガラスの向こう側でふんぞり返る「見るもの」たちへの宣戦布告であり、潜入していた掃除屋たちへの反撃の合図だった。
「……リルちゃん、合図が出たわ。目にモノを見せてやりなさい!」
首相感貞のモニター越しに、環萌美総理が冷酷な笑みを浮かべて命じる。
「ほーい! ドローンの起動だよー!」
ダクトの奥から、リルの元気な声が響く。
マリアとモニカ、それにメイコも表情を引き締め、準備をする。
その瞬間。
闘技場上部のダクトが音もなく開き、リルが操る複数の小型ドローンが、蜂の群れのようにVIPルームへと飛び込んだ。
「な、なんだこれは!? ウアッ、目がッ、鼻がァァッ!!」
「ゲホッ、ゴホッ! 息ができない……ッ!!」
呆気にとられていたVIP客と司会者めがけて、ドローンから超高密度の催涙ガスが一斉に撒き散らされた。
さらに、ドローンはそのまま警備の心臓部であるコンソールルームへも突入し、視界を奪う白煙を充満させる。
「うまくいったよ皆! いまのうち!」
リルの声と共に、ドレスの裾に隠していた催涙眼鏡を装着したマリア、モニカ、メイコの3人が動き出した。
混乱に陥るコンソールルームに、マリアとモニカが堂々と踏み込む。
「スプリンクラーの誤作動よ! 早くシステムを復旧させなさい!」
モニカがプロファイラー仕込みの叱咤を飛ばし、怒れる本物のVIPだと信じ込ませる。
「モタモタしないの! あなたのクビが飛ぶわよ、いいわね!?」
マリアが冷徹に畳み掛ける。ガスでパニックになっていた警備員たちは、どうしていいかわからない。
「ちょっと! 私に貸しなさい! スプリンクラーを止めればいいだけよ」
マリアは、本物のVIPだと信じ込み呆然とする警備員をどかし、なすがままに操作盤を明け渡させた。
一方。視界の悪いVIPルームでは、メイコがドレスを翻しながら司会者の背後に忍び寄っていた。
「ちょっと、お静かに願えますー?」
『――ガキンッ!!』
金属バットが、司会者の後頭部を完璧に捉える。白目を剥いて倒れ伏した男からマイクを奪い取ると、メイコは場内放送のスイッチを入れた。
「……皆様、スプリンクラーの誤作動です。焦らず、非常灯に従って左側の扉へお進みください。安全な避難経路へご案内いたしますーっしょ♪」
メイコの落ち着いた、しかしどこか楽しげなアナウンスが、死の恐怖に怯える富裕層たちを誘導する。
「マリア、そこのボタンね」
モニカの指示で、マリアがコンソールのゲート開放のボタンを叩く。
ガコンッ、という重厚な音と共に、闘技場(ピット)へと繋がる巨大な強化扉がゆっくりと左右に開いた。
「こちらへどうぞー。焦らずゆっくり進んでくださいね」
モニカが、パニックで盲目になったVIPたちを、優雅な手つきで「避難路」に見せかけた「闘技場内」へとエスコートしていく。
その扉の向こうからは、スレイが、闘技場内から悠然と歩み寄ってきていた。
「……マリア。そろそろいいぞ」
スレイの低くしゃがれた声が合図となる。
『……山田部隊、および恍惚部隊。突入(チェックイン)しなさい』
萌美総理の冷徹な号令が下った。
『――ドゴォォォォンッ!!』
廃ビルの外壁や天井を爆破し、重武装の山田相姦部隊と、ピンヒールでの踏み付けをご褒美に闘うドM精鋭「恍惚部隊」が雪崩れ込む。
「何だお前らは! 敵襲だ、敵襲!」
警備の半グレが叫ぶが。
「ウォォォォォ! ウジ虫どもめ!!」
「うわあああ、こいつら目がイっちゃってる! やめてくれぇぇ!!」
「ご褒美(罵倒)は俺のものだァァァァ!!」
半グレどもが応戦する間もなく、恍惚部隊に制圧されていく。
それを、山田相姦部隊が次々と縛り上げていく。
最強の二大部隊によって、地下施設は瞬く間に制圧されていった。
「えへへ、お待たせ!」
ダクトからワイヤーで軽やかに降りてきたリルが、スレイの隣に着地する。
「……お金持ちさんたちは、全員闘技場の中に避難完了したよ!」
闘技場の砂場には、先ほどまで安全圏で笑っていた富裕層たちが、催涙ガスに咽せながら身を寄せ合っていた。
そう、自分たちが今、どこに立たされているのかも気づかずに。
「……さてと。安全のため、扉を閉めましょうね」
マリアがコンソールを操作し、今度は全ての退路を完全にロックした。
カシャァァァン! という冷たい金属音が、彼らが見られる側の家畜になったことを告げる。
「あ……。見て、スレイ」
リルが闘技場の隅を指差して、美しく残酷な笑みを浮かべた。
「……どうやら、さっきのバーサーカーが起きたみたいよ」
薬物の過剰摂取で理性を失い、目の前の動くもの全てを屠る肉塊と化した怪物が、背後でゆっくりと立ち上がる。
ガラスの向こう側から自分を笑っていた飼い主たちの匂いを嗅ぎつけ、バーサーカーが血走った目で彼らを見据えた。
見るものと、見られるもの。
その絶対的な境界線が消滅したコロシアムに、本当の絶望の悲鳴が響き渡ろうとしていた。
――C地点、地下コロシアム。
山田相姦の精鋭部隊と、環萌美総理直属の恍惚部隊によって、地下の闘技場は完全に制圧された。
そして今、血塗られたすり鉢状の闘技場の底には、催涙ガスから逃げ惑った末に閉じ込められたアーリア人の富裕層たちが、恐怖に顔を引き攣らせて固まっていた。
その頭上のVIPルームから、奪い取ったマイクを握りしめたメイコが、楽しげな声を響き渡らせる。
「――さぁさぁ、盛り上がってきましたー! 今夜の特別エキシビション、『お薬キメすぎのバーサーカー VS 悪趣味な富裕層の皆さん』でーすっしょ!!」
「……ひぃッ!?」
催涙ガスの痛みが引き、ようやく視界が晴れてきたVIPたちは、自分たちがどこに立たされているのか、そして目の前で完全に理性を失った大男(バーサーカー)が涎を垂らして立ち上がったのを理解し、絶望の悲鳴を上げた。
「……な、なんで私らがここに!」
「こ、殺されてしまう!」
「た、助けてくれェェェーッ!!」
「頼む、警察だろ!? 早くそいつを撃ち殺してくれッ!!」
富裕層たちは、闘技場の周囲を取り囲む山田部隊や恍惚部隊の隊員たちに向けて必死に命乞いをする。
しかし。国家の最高権力者から「見ざる・聞かざる」を命じられている最強の部隊は、闘技場に背を向けたまま、ピクリとも動かなかった。
「さぁさぁ賭けた! 賭けた! 富裕層はどうなるでしょうか?」
メイコがマイクで煽る。
「みっともない命乞いをするに、ハーゲンダッツ1年分!」
リルが乗っかる。
「あら、リルの賭けが当たりじゃないの!」
モニカが笑う。
「さてどうしようかしらね、このまま逮捕される? それともバーサーカーと闘う?」
マリアが冷酷にマイク越しに問う。
「……あーあ。悪い人たちは、自分が何をしたかを身をもって知る大チャンスだよ!」
リルが、スタンガンを片手に、祭壇でメイコと一緒に無邪気に(そして残酷に)笑い下ろす。
「逮捕でも何でもいい! 命だけは! 助けてくれ!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、富裕層たちが命乞いをする。
バーサーカーが手負いでなかったら、既にやられているだろう。
『……逮捕してほしいなら仕方ないわね。そこにいるアーリア人を全員逮捕しなさい!』
萌美総理の指示が下る。
マリアがそれを合図に、闘技場の扉をあける。
スレイとリルが中に入っていき、バーサーカーに近づく。
「はーい! バチバチでーす!」
リルがスタンガンで、バーサーカーにMAXの電圧をプレゼントする。
「ウオォォ……ッ」
崩れ落ちるバーサーカーに、スレイがとどめに鉄拳をお見舞いし、完全に沈黙させる。
それを見ていた富裕層が、震える声で尋ねる。
「お、お前は一体何者なんだ……!」
スレイが何かを言おうとした、その瞬間だった。
『……変態ラガーマンよ!』
スピーカーから、萌美総理の誇らしげな声が響いた。
「……違う!!」
スレイが、この日一番の絶叫で否定した。
結局、バーサーカーが富裕層たちに襲いかかる直前にスレイたちが制圧に入った。
彼らは全員、一生消えないほどの死の恐怖とトラウマを脳髄に刻み込まれることとなった。
当然、気絶した司会者も逮捕され、控室に閉じ込められていた半グレや家出少女などエサにされかけていた者たちは、無事に警察によって保護されていった。
「……ふぅ。とりあえず、これでこの胸糞悪い掃除は完了ね」
モニカが、優雅に髪をかき上げる。
「ええ。あとは総理に任せておくわよ」
マリアが、PCを閉じながら息を吐いた。
『……ご苦労。あとはこちらで始末する』
通信越しの大物議員Aも、満足げに葉巻に火を点ける。
その時。モニカがふと思い出したようにメイコへ視線を向けた。
「……そういえばメイコ。闘技場にスレイが出る直前、総理から何か秘密の指示を受けていなかった?」
「あ、うん! 受けたよー!」
メイコが、マイクを放り投げてニシシと笑う。
「あのね、大穴だったゴミ(スレイ)が勝つっていうオッズに、総理の裏金を大金ベットしておいたの〜!」
「…………どえええぇぇぇッ!!?」
マリアが、目玉が飛び出んばかりの特大のツッコミを入れた。
「あ、あんたたち! 殺人ギャンブルのシステムで何やってんのよ! いいのそんなことして!?」
『……ふふっ。いいのよ』
インカムから、萌美総理の底知れぬほど悪質な笑い声が響く。
『……どうせ、この闘技場のシステムハッキングや資金洗浄の罪は、帰国させた本物のアーリア人家族に全部なすりつける手はずになっているからね』
3分で死ぬと思われていた史上最悪の畜生ラガーマン(スレイ涙)が、最強のバーサーカーを返り討ちにしたのだ。
その掛け率は、万馬券ならぬ万人券。軽く億単位の金が、富裕層たちの口座から一瞬にして政府の裏口座へと吸い上げられていた。
見る側として安全圏から命を弄んでいた彼らは、文字通り「すべて」をむしり取られたのである。
――後日。都内近郊の大型ショッピングモール。
平和な日常を取り戻したPCUの面々は、大学の講義が終わるメイコを待ちながら、買い出しのためにショッピングモールを歩いていた。
「……あー! 熱帯魚さんだ!」
ペットショップのコーナーで、リルが綺麗にレイアウトされた水槽を見つけて駆け寄る。
「やっほー、お待たせ!」
そこへ合流したメイコが、リルの隣に並んで優雅に泳ぐ魚たちを見つめた。
「……キレイだね〜。でも、自分でお魚飼うのは結構大変そうっしょ」
「ええ。適温のヒーターで水を温めて、フィルターをこまめに掃除して……。いろいろと環境を整えてあげないとダメなのよね」
モニカが、事件のきっかけとなったディスカスやベタの暗号ノートを思い出しながら呟く。
「……水槽の環境(システム)に管理されないと、生きていけない生物もいるのよ」
マリアが、どこか切なげな瞳で水槽のガラスを見つめた。
「……身寄りのない人たちも、そうなのかなぁ」
リルが、歌舞伎町で失踪していた若者たちやホームレスの姿を思い浮かべて、ポツリとこぼした。
社会の枠組み(水槽)からこぼれ落ちてしまったからこそ、ああやって悪意のある人間に掬い上げられ、命を消費されてしまう。
「あ、でもね!」
メイコが、パッと明るい声を出した。
「萌美総理、今回巻き上げたあのアーリア人の大金を使って、身寄りのない人たちを保護するセーフハウスを作るみたいだよ!」
「……ふふっ。どうせ、元はクソアーリア人の金だし、ドブに捨てるよりはマシでしょとか言ってそうね」
モニカが、あのドS総理の顔を完璧にプロファイリングしてクスクスと笑う。
「……まぁ、生きていく場所を見つけるのって、難しいものよね」
マリアが、ふと自分たちの過去――過酷な裏社会を生き抜いてきた日々に思いを馳せる。
「……うん。でも、私はここのアジト(みんな)がいるから、今はすっごく幸せだよ! だから、保護されたみんなも、温かい場所が見つけられるといいね!」
過去にスレイに拾われたことを思い出し、リルが太陽のような満面の笑みを咲かせて、メイコたちと手を繋いだ。
少し離れた場所で。
大量の買い物袋を両手に提げて待機していた大男――スレイは、笑い合う家族の背中を静かに見守っていた。
(……人間も、本当は1人では生きられないものだ)
見るものと、見られるもの。
その残酷な境界線を叩き割った裏の掃除屋たちは、この世界が少しでも優しい水槽になることを密かに願いながら、今日の夕飯の相談をして、賑やかに帰路につくのであった。