境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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いつもお読みいただきありがとうございます。
メイコとの出会いから1年。
今回は、ついに本作の「最大のパトロン」であり「すべての元凶」である、日本初の女性内閣総理大臣・環萌美が直接登場します。

PCUの完璧な護衛アクションと、美しい総理のカリスマ性。
……そして最後に牙を剥く、クリーンで新しい「多様性」の真の姿を、どうか最後まで見届けてください。

(※今回も挿絵表示にて、美しい総理のビジュアルや現場の様子をお楽しみいただけます!)


境界線006
境界線006-環萌美


新宿アジト。

「まぁ、これで本当に『女子高生護衛任務』はコンプリートね。……さあ、コーヒーでも淹れて……」

マリアがホッと息を吐きながら、キッチンからリビングへと足を向けた、その時だった。

 

「うんっ! わたし、学校とか行ったことなかったし、親戚の人たちもわたしの顔の『この傷』を見てヒソヒソ言ってたから……。だから、スレイ達だけが家族なの」

 

リルは、隣に座る金髪青メッシュギャルに、花がほころぶような満面の笑顔を見せていた。

学生時代、顔の傷のせいで不登校になり、裏社会でしか生きられなかったリル。

彼女にとって、自分の顔の傷に一切触れず「ウケるっしょ!」と当たり前のように『普通の友達』として接してくれる同年代の少女の存在は、飛び上がるほど嬉しいものだった。

本当に、涙が出るほど美しく、尊い『ガールズトーク』の光景である。

 

「…………いや、なんでアンタがここにいんのよォォォォォォッ!!」

 

マリアの魂の叫びが、アジトのリビングに木霊した。

そう、護衛任務は昨日で完全に終了し、メイコはSPたちにガッチリと守られて、あの大豪邸へと帰っていったはずなのだ。

 

「え? なんでって、今日から春休みだし! リルたそとマブダチになったから、普通に遊びに来ただけっしょ!」

メイコがケラケラと笑いながら、全く悪びれずに答える。

「セキュリティ超厳しいマンションだったけど、ウチ、一回通ったルートの暗証番号とか全部『映像記憶』で覚えてるから、余裕で侵入できたし! 天才でしょ!」

 

「能力の無駄遣いにも程があるわ!! 即刻帰りなさい! 大物議員Aが誘拐されたと思ってSP総動員で探してるわよ!!」

マリアが頭を抱えて怒鳴るが、

「えー、ヤダヤダ! わたし、メイコちゃんともっと卑猥な話するの!!」

リルがメイコの腕にギュッとしがみついて、全力で抵抗する。

 

その時。

縁側で、一人静かに緑茶を啜っていた巨漢の暗殺者(スレイ)が、完全に諦めきった表情で口を開いた。

 

「……手土産に銀座の超高級マカロン(限定品)を持ってきた。……美味かったぞ」

「餌付けされてんじゃないわよ!!」

 

大物議員の娘という最強のVIPが、暗証番号を突破して勝手に遊びにくるアジト。

女子高生編は終わったはずなのに、暗殺者チームのタワーマンションには、またしても「抗えない嵐(ギャル)」が居座ることになってしまったのであった。

 

 

――それから、1年後。

 

 

少しだけ静かになった新宿のアジトのリビングには、スレイ、マリア、リル、モニカ……いつもの4人が、春先の穏やかな日差しの中でコーヒーを飲んでいた。

 

ガチャリ。

 

「ちわーっす! みんな聞いて聞いてー!」

 

アジトの重い扉を開けて元気よく飛び込んできたのは、日本有数のお嬢様学校『花弁(かべん)学園』の制服を着こなしたギャル、メイコだった。

 

「あ~~~メイコちゃん、どうしたの?」

リルがぶんぶんと手を振って笑顔で迎える。

 

「実はウチ、今月で花弁学園の高等部を卒業なんだけどさ! そのままエスカレーターで花弁大学に進むんだけど、なんと卒業式で、ウチが卒業生代表として挨拶することになったの! だからみんな、絶対見に来てねー!」

 

ピースサインを決めるメイコ。

だが、漆黒のコートを着たスレイが、安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、静かに口を開いた。

 

「……メイコ。お前の父親(大物議員A)から、すでに『裏の依頼』が来ているぞ。俺たちを卒業式に呼んだ本当の目的は、お前の晴れ姿を見ることではないだろう」

 

「あ、バレた?」

メイコが、てへぺろと可愛く舌を出す。

 

「……ええ。今回の私たちの任務は、花弁学園の卒業式における極秘のVIP護衛よ」

 

マリアがPCの画面をターンッと叩き、モニターに一人の女性の写真を大写しにした。

誰もが知る、凛として透き通るような美貌を持つ、この国の最高権力者。

 

「……対象は、昨年就任したばかりの、日本初の女性内閣総理大臣『環 萌美(たまき もえみ)』氏よ」

 

「はぁ!? 総理大臣……!?」

新宿のアジトで、リルは驚愕のあまりモニターとメイコを交互に二度見、三度見した。

「な、なんでそんな国の一番偉い人が、ただの高校の卒業式に来るの!?」

モニカも神妙な顔で下を向いている。

 

「パパが裏で手を回したらしいよー。『我が愛娘の晴れ舞台に、ぜひとも総理からお祝いの言葉を頂きたい』って。それで、総理のスケジュールを強引にこじ開けたみたい」

 

メイコはネイルを眺めながら、まるで明日のランチの予定を決めるような軽さで言い放つ。

 

「……あの大物議員A、恐るべしね。自分の娘の卒業式のために、一国のトップを私物化して祝辞を読ませるなんて」

マリアは呆れ果てて額を押さえた。

「しかも、総理のSP(正規の警察)だけじゃテロ対策に不安があるからって、裏社会の私たちまで護衛に雇う念の入れよう。……[b:どんだけ親バカなのよ]」

モニカも同調するように言う。

 

「権力の使い方は規格外だな」

スレイは、呆れを通り越して感心したように呟き、愛用のアサルトライフルの安全装置をカチャリと外した。

「環総理は、就任直後から過激な派閥から命を狙われているという裏情報もある。……お嬢様学校の卒業式という『警備の死角』を突いて、テロリストが動く可能性は極めて高い」

 

スレイが漆黒のコートを羽織ると、そこにはいつもの死神のような冷たい眼光が戻っていた。

「メイコ。お前の挨拶(答辞)は、俺たちが完璧に守り抜いてやる」

 

「やったー! さすがスレイっち! 頼りになるぅー!」

メイコははしゃぎながら、スレイの太い腕に遠慮なく抱き着いた。

 

――そして、迎えた卒業式当日。

 

「……やれやれ。裏社会の掃除屋が、一国のトップを護衛する日が来るとはね」

 

花弁学園の校門前にズラリと並んだ警察車両。ピリピリとした空気を放つSP(セキュリティ・ポリス)たち。

マリアはその異様な光景を見渡しながら、深くため息をついた。今日は、日本初の女性内閣総理大臣が、このお嬢様学校の卒業式に「お祝いの言葉」を述べるために極秘で来校する日なのだ。

 

「スレイ、刃物や銃器は絶対に隠し通してよ? [b:金属探知機くらいじゃあんたのコートの中身は暴けないように細工したけど]、SPに目をつけられたら厄介だからね」

「……わかっている」

 

スレイは特注サイズ(190センチ用)の黒いフォーマルスーツに身を包み、鋭い眼光をサングラスで隠して短く頷いた。その横では、リルも今日ばかりは大人しめのワンピース姿で、スレイの手をしっかりと握っている。

 

厳重なセキュリティゲートを抜け、4人は大物議員Aの案内で学園内の特別控室へと向かった。

 

「おお、来てくれたか諸君! 今日は我が愛娘メイコの門出であり、同時に国家の威信をかけた重大な日だ!」

控室の前で、大物議員Aが重厚な空気を纏いつつも、大袈裟に両手を広げて一行を迎える。

 

「権力乱用のおかげで、こっちは朝から胃が痛いわよ……」

モニカが半分の眼で毒づく中、大物議員Aが重厚な扉をゆっくりと開け放った。

 

「総理。お待たせいたしました。私が手配した『裏の盾(スペシャリスト)』たちです」

 

控室の中には、数人の側近に囲まれ、優雅に紅茶を飲んでいる一人の女性がいた。

内閣総理大臣、環 萌美。

彼女が静かに顔を上げ、スレイたち4人に鋭く、そして美しく澄んだ視線を向ける。

 

裏の掃除屋(PCU)と、国家の頂点。

交わるはずのない二つの世界が、一人のギャルの卒業式を舞台に、静かに合流を果たした瞬間だった。

 

 

「……ご苦労様。あなたたちが、例の暗殺者チーム(PCU)ね」

 

【挿絵表示】

 

数人の側近が控える厳重な特別控室。

最高級のソファに腰掛けた環萌美総理は、ティーカップを静かにソーサーへと置き、透き通るような美しい声を響かせた。

 

そして、隣に立つ大物議員Aに全幅の信頼を寄せるような、温かい視線を向ける。

 

「大物議員Aが推薦して言うのなら、間違いないわね。……あなたたちの腕、期待しているわ」

「はっはっは! 光栄の極みです、環総理! 彼らは必ずや、あなたの命と、我が娘の感動の答辞を守り抜いてみせましょう!」

 

大物議員Aが、裏社会の闇など微塵も感じさせない、爽やかで頼もしい政治家の顔で高らかに笑う。

その仰々しい空気に、マリアやモニカが少しだけ緊張感を高めていた、その時だった。

 

「うわぁ〜っ! 総理様、すっごくお綺麗ですね!」

「!!?」

 

金髪の少女・リルが、国家の最高権力者に対して一切の警戒心を持たず、目をキラキラと輝かせてズンズンと歩み寄ってしまったのだ。

 

「こ、こらリル! 何をやっているの!」

「こら、失礼でしょ!」

 

マリアとモニカが顔面を蒼白にさせ、慌ててリルを止めようと冷や汗をかく。

しかし、萌美はふわりと優雅な微笑みを浮かべ、リルの小さな頭を優しく撫でた。

 

「あら、いいのよ気にしないで。ふふっ、嬉しいこと言ってくれるわね」

国を背負う威圧感を感じさせず、すんなりと人の懐に入るリルを受け入れる総理。その器の大きさに、マリアたちはホッと胸を撫で下ろした。

 

「そう、そんなにかたくならないでいいのよ」

萌美が、慈愛に満ちた聖母のような笑みを浮かべて、言葉を続ける。

 

「かたいのは、アソコだけでいいのよ」

 

「「…………はい?」」

 

マリアとモニカの思考が、完全に停止した。

今、この麗しき国のトップはなんと言った?

かたいのは? アソコ?

聞き間違いだろうか。

いや、こんな超絶名門お嬢様学校のVIPルームで、一国の総理大臣がそんな最低なシモネタを真顔で放つはずがない。

絶対に自分たちの聞き間違いだ。

マリアたちは懸命に現実逃避を試みた。

 

しかし、当の萌美総理は一切悪びれる様子もなく、涼しい顔で話題を切り替えた。

 

「ところで、伺ってもよいかしら。あなたたちのチーム名……『PCU』とは何の略なの?」

 

「……『Police Cleaning Unit』。誰かがそう呼び出した」

 

スレイが、先ほどのシモネタを一切脳内で処理することなく、サングラスの奥の瞳を細めて淡々と答えた。

(警察の相談部隊。暗殺や掃除を請け負う裏社会の組織としては、あまりにも皮肉の効いた隠れ蓑である)。

 

「ふふっ、素敵な名前ね。よろしく頼むわ」

 

萌美が妖艶に微笑むのを背に、スレイは控室の窓から、式場となる巨大な講堂の方へと鋭い視線を向けた。

仕事の時間だ。

 

「……マリア。講堂のネットワークの掌握は済んでいるな」

「ええ。学園内の監視カメラの映像はすべて私の端末にリンクさせてあるわ。外部からのハッキング対策で、ファイアウォールもガチガチに固めた」

マリアが即座にプロの顔に戻り、タブレットを操作する。

 

「よし。リルは遊撃に回れ。怪しい動きをする輩がいれば、即座に無力化(排除)しろ」

「りょーかいっ! 悪いヤツは、お祝いの前にぜーんぶお掃除しちゃうね!」

リルが高圧スタンガンをポケットに忍ばせ、無邪気に敬礼した。

 

「モニカは入口で見張っててくれ。お前の目が必要だ」

「わかっているわ。挙動不審なヤツは、私のプロファイリングで絶対に逃がさないわ」

モニカが伊達メガネの奥で、冷徹な分析官の光を宿す。

 

麗しき(そしてド変態な)女性総理の命を狙う、見えないテロリストの影。

大物議員の娘の晴れ舞台を死守するため、最強の暗殺者チームは、花弁学園の卒業式という異例の戦場へと、それぞれの配置へと静かに散開していくのであった。

 

 

厳かなピアノの伴奏と共に、花弁学園の卒業式は滞りなく進行していく。

 

「……本日、私たち卒業生は、この伝統ある花弁学園から新たな世界へと旅立ちます」

 

壇上では、卒業生代表としてマイクの前に立ったメイコが、堂々たる送辞を読み上げていた。

普段の「マジウケるっしょ!」というギャルのノリは微塵もない。日本有数のお嬢様学校で首席を獲得した天才としての、完璧で美しいスピーチである。

その凛とした姿と感動的な言葉に、会場のあちこちから保護者や在校生たちのすすり泣く声が漏れ聞こえていた。

 

「すごいね、メイコちゃん……! わたし、ちょっと感動しちゃった」

「あの子、やればできるのよね。頭の出来が私たちとは違うわ」

 

体育館の2階ギャラリーで警戒にあたっているリルとマリアも、その晴れ姿に少しだけ目頭を熱くしている。

 

そして式のプログラムは、『卒業生の思い出VTR上映』へと差し掛かった。

薄暗くなった体育館に映し出されたのは、美しい桜の映像と生徒たちの笑顔が詰まった、ごく普通の、そして感動的な3年間の軌跡だった。

 

誰もが映像に見入る中、チームのインカムに冷徹な声が響いた。

 

『……体育館脇の、清掃員の制服を着た一人の男に注意して』

入口付近で警戒していたモニカからの、プロファイリングによる警告だった。

 

『わかった、顔検出する』

マリアが即座に手元のタブレットを操作し、監視カメラの映像をズームする。

『はーい、そっちに移動しまーす』

リルが足音を完全に殺し、暗がりの中を清掃員の男へ向けて忍び寄っていく。

 

『……この学園の清掃員は、定年前後の人間が務めているはずよ。でも、あの男の足腰の筋肉の動き……歩き方は、絶対に初老のもののそれじゃないわ』

モニカの鋭い観察眼が、偽装を完璧に見抜く。

『……顔検出は少し時間がかかるけど、この学校の正規の清掃員リストに、あの骨格のデータはないわね』

 

マリアのハッキングデータが、モニカの推理を裏付けた。

テロリストだ。

 

『……確定だな』

スレイの低くしゃがれた声がインカムに落ちる。

『リル、対象が動く前に制圧(排除)しろ。……俺は、手薄になった隙を狙う「第二の矢」に警戒する』

 

『りょーかーい!』

暗闇の中、金髪の少女がスタンガンを握り直し、獲物の背後へと音もなく肉薄していく。

 

やがて、感動のVTRが終わり、再び体育館に明るい照明が点灯した。

 

「――それでは最後に。本日は卒業生の門出を祝し、特別なゲストにお越しいただいております」

 

司会のマイクを通した声と共に、檀上の袖から、SPを引き連れた一人の麗しき女性が姿を現した。

日本初の女性内閣総理大臣、環 萌美である。

 

「「「わぁぁぁぁぁぁっ!!」」」

「うそっ、環総理!? 本物!?」

 

静寂に包まれていた体育館の空気が、一気に爆発的な熱を帯びた。

それは、人気アイドルやアーティストのライブで起きるような単なる「熱狂」とは違う。国のトップである、美しくも圧倒的なカリスマ性を持った指導者に対する、すさまじい「畏敬」と「どよめき」が入り混じった大歓声だった。

 

地響きのような歓声の中、萌美は優雅な微笑みを浮かべ、ゆっくりとマイクの前へと歩みを進める。

裏の掃除屋とテロリストの暗闘が繰り広げられる体育館で、最高権力者による祝辞が、今まさに始まろうとしていた。

 

「皆さん、ご卒業おめでとうございます。環萌美です」

 

総理がマイクを握り、優雅に微笑みかける。

たった一言。その洗練された美声が響いただけで、会場のボルテージは最高潮に達し、生徒たちも保護者たちも完全に彼女のカリスマに魅了されていた。

 

総理の演説に、体育館にいる全員の意識が集中しているその隙。

熱狂の死角となる体育館の側面の扉の陰で、清掃員の制服を着た一人の男が、懐から黒光りする銃身をゆっくりと取り出し、檀上の総理の心臓へと静かに狙いを定めようとしていた。

 

「……ねえねえ、掃除のお爺ちゃん~!」

 

不意に、背後から無邪気な声が鼓膜を打った。

「ヒッ!?」

男が驚いてスッと銃を隠し、声のした方へ振り向く。そこには、金髪の愛らしい少女が首を傾げて立っていた。

 

【挿絵表示】

 

「……いや、なんでお爺ちゃんじゃないのかな?」

「は、はて。お嬢さんは式には出ないでいいのかい?」

男は素人(ただの子供)を装って誤魔化そうとするが、リルは満面の笑顔で、ゆっくりと首を横に振った。

 

「うんっ! だってわたしは、『本当の掃除屋さん』だもの」

『――バチバチバチバチッ!!』

 

「うがぁぁあああッ!?」

問答無用。リルのポケットから突き出されたMAX出力の高圧スタンガンが、男の脇腹を容赦なく焼き焦がした。

白目を剥いて痙攣し、倒れ込むテロリスト。

 

「よいしょっと……。うーん、大人の男の人は重たいなぁ」

リルは気絶した男の足をズルズルと引きずり、近くの用具入れの裏へと器用に隠し終えた。

『……お掃除完了したよ!』

『……了解。リルはそのまま、総理の警護(遊撃)に回ってくれ』

インカムからスレイの低い声が返ってくる。

 

息つく暇もなく、今度は入口で監視を続けるモニカから鋭い警告が飛んだ。

 

『――今度は逆側にいる女に注意して。拍手をするあの手の筋肉のつき方、絶対にPTA(お嬢様の母親)のそれじゃないわ。……それに、抱えているハンドバッグの重心が不自然よ』

『わかった、顔検出する時間が欲しい。リル、そいつの近くで邪魔をして!』

『ほーい!』

 

マリアの指示を受け、リルはすぐさま軽やかなステップで『偽PTAの女』へと駆け寄った。

 

「ねぇねぇ、おばさん!」

「……何かしら、お嬢さん? 式には出ないでいいの?」

女は上品な微笑みを作って応対するが、その目は笑っていなかった。

『……照合完了。とりあえず、この学園のPTAの人間じゃないのは間違いないわ』

マリアの確証を得た瞬間、リルは悪戯っぽく笑った。

 

「あのさ、おばさんのその『ケバいメイク』のやり方、わたしに教えてよ~!」

「……は?」

女の顔がピクッと引き攣る。その一瞬の隙を突き、リルは女の不自然なハンドバッグをひったくるように奪い取り、そのまま体育館の外へと全速力で駆け出した。

 

「なっ……何なのあんた! 待ちなさいッ!!」

偽装を忘れ、女は血相を変えて体育館の外へと追いかけていく。

 

そして、人の目のない裏庭へと誘い込まれた女の前に。

スッ、と。

文字通り音もなく、漆黒のコートを着た巨大な影が滑り出てきた。

 

「……!?」

突然現れた巨漢の死神に、女が息を呑んで立ち止まる。

その横で、リルが奪ったハンドバッグをガサゴソと漁り、中からずっしりと重い鉄の塊を引っ張り出した。

 

「スレイ、ビンゴだよ! 銃が入ってた!」

「……なぜ銃が入っているのか説明してくれ、『ケバいおばさん』」

スレイは、リルの放った純度100%の悪口を真顔で復唱し、サングラスの奥の眼光をギラリと光らせた。

 

「チッ……! 邪魔をするなァッ!!」

逆上した偽PTA女が、スカートのスリットに隠し持っていたサバイバルナイフを引き抜き、プロの動きでスレイの喉元めがけて襲いかかってくる。

 

しかし、遅すぎる。

 

【挿絵表示】

 

199センチの大男の丸太のような太い腕が、女の顔面を正面から無慈悲に鷲掴みにし、もう片方の手で迫り来るナイフの峰を鮮やかに奪い取った。

 

「がッ……!? ご、ごはッ……!」

「……静かにしろ。感動の祝辞の最中だぞ」

 

スレイは、女が悲鳴を上げる隙すら与えず、その首筋に冷酷な手刀を叩き込んだ。

一撃で意識を完全に刈り取られ、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる女。

スレイはその身体を無造作に抱え上げると、あっという間に持参していた拘束具で簀巻き(すまき)にし、体育館裏の備品倉庫へと放り込んだ。

 

『――皆さんの未来が、この花弁のように美しく咲き誇ることを祈って。……おめでとうございます』

 

「「「ワァァァァァァァッ!!」」」

 

壇上では、萌美の素晴らしい祝辞が終わり、再び割れんばかりの拍手と大歓声が巻き起こっていた。

感動で涙を流す生徒たち。誇らしげに頷く大物議員A。

 

誰も気づいていない。

この国の最高権力者である美しい総理大臣の命が、ほんの数秒前に二度も奪われかけていたことも。

そして、裏社会の掃除屋たちが、歓声の裏で一滴の血も流させずに完璧な仕事(暗殺阻止)を完遂したことも。

 

かくして、テロリストの襲撃は誰の目にも触れることなく闇に葬られ、花弁学園の卒業式は、涙と感動に包まれたまま、無事に幕を下ろしたのである。

 

 

体育館裏で捕らえた清掃員姿の男と偽PTAの女は、すぐさま大物議員Aへと事情が説明され、すべてを察したSPたちへと極秘裏に引き渡された。

 

暗殺の危機があったことなど、会場の誰一人として知る由もない。

花弁学園の卒業式は、涙と感動(と一部の謎の映像)の中で完璧に幕を下ろした。

 

「メイコちゃん、卒業おめでとーっ!」

「リルたそー! ありがとー!」

 

式典後。リルから祝福の花束を受け取ったメイコは、満面の笑みを浮かべていた。

その横では、大物議員Aが「おおぉ……メイコ……! 立派になって……!」と、SPが引くほど滝のような涙を流して号泣している。

 

主役であるメイコは、そのままクラスメイトたちとの華やかな打ち上げパーティーへと出かけていき、護衛任務を終えたスレイたちは、一足先に新宿のアジトへと帰還した。

 

――夕暮れ時のアジト。

 

「ただいまー! みんな、今日はお疲れー!」

「……ふぅ。一国の総理の護衛なんて、寿命が縮むかと思ったわ」

マリアがソファに深く沈み込み、スレイも漆黒のコートを脱いでネクタイを緩め、重い息を吐いた。

 

そこへ、パン屋での仕事を終えたモニカが、両手に有名店のスイーツの箱を提げて帰ってきた。

「本当にそうね。でも、これで美味しいスイーツが食べられるなら安いものかしら」

「わぁっ! わたし、ショートケーキがいい!」

 

モニカが淹れてくれた温かい紅茶と、甘いケーキ。

張り詰めていた緊張の糸がようやく解け、最強の暗殺者チームの面々は、平和なアジトのリビングで心底ホッと息をついていた。

 

……その時だった。

 

『♪〜』

 

テーブルの上に置いてあったマリアのスマートフォンが、見知らぬ番号からの着信を告げた。

 

「……非通知? 誰かしら」

マリアが怪訝な顔で通話ボタンを押し、念のためスピーカーモードに切り替える。

 

『突然の電話でごめんなさいね。……マリアさんかしら』

 

スピーカーから響いたのは、テレビ越しに何度も聞いたことのある、あの透き通るような美しい女性の声だった。

 

「……ッ!? た、環総理!?」

マリアが慌てて居住まいを正し、スレイとモニカ、リルも一斉に息を呑んでスマートフォンを見つめる。

 

『ええ。今日は本当にありがとう。SPから報告を受けたわ。……あなたたちが、私の命を狙うテロリストを未然に防いでくれたそうね』

 

環萌美総理の声は、どこまでも気品に満ち、慈愛に溢れていた。

 

『捕らえた男の背後関係も、すぐに割れたわ。最近、私の政策に強く反対していた過激派野党の息がかかった暗殺者だったみたい。……あなたたちのおかげで、この国の民主主義は守られた。心から感謝するわ』

 

「いえ……私たちは、依頼をこなしたまでですから」

マリアが恐縮しながら答える。

 

スレイも、黙ってコーヒーを飲みながら小さく頷いた。

(……少しは、この国のためになったのなら悪くない)

暗殺者として血塗られた裏社会を生きてきた彼らにとって、国のトップから直接感謝されるなど、決して悪い気はしなかった。誇りすら感じていた。

 

しかし。

スピーカーの向こうの美しき女性総理は、ふわりと微笑むような声色で、こう続けたのである。

 

『議員Aから、あなたたちが素晴らしい腕を持っていると聞いていたけれど、本当だったわ。……このお礼は、必ずさせてもらうわね』

 

「お気遣いなく。報酬は議員から――」

 

『遠慮しないで。後日、私のポケットマネーから、スイスの最高級時計であるO m e c 〇の限定モデルを贈らせていただくわ』

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

アジトの空気が、完全に、そして永遠に凍りついた。

 

……オメガ(OMEGA)ではない。

一国のトップである女性総理の口から発せられたにしては、あまりにも破壊力を持った、最悪の響き。

 

『ふふっ。手巻き式のO m e c 〇は、とっても滑らかで感度がいいのよ? 楽しみにしていてね。それじゃあ、また』

 

ツーツーツー……。

 

気品に満ちた総理の通話が切れ、リビングには無機質な電子音だけが虚しく響き渡った。

 

「…………」

 

スレイの持っていたコーヒーカップが、カタカタと震えている。

マリアは、絶望に満ちた瞳で虚空を見つめていた。

 

どんな凶悪なテロリストの脅威も、暴力で打ち砕いてきた。

どんな狂ったカルト宗教にも、決して屈することはなかった。

裏社会の巨大シンジケートも、一人残らずこの手で地獄へ送ってきた。

 

しかし。

彼らが命懸けで守り抜いたこの国の総理は、[b:多様性という言葉を隠れ蓑にした取り返しのつかない変態だったのだ。]

「……マリア、モニカ」

最強の死神が、かつてないほど疲労困憊した、ひどく掠れた声で呟いた。

 

「……この国は、もうダメかもしれない」

 

「……ええ。終わってるわね。色んな意味で」

マリアが、両手で顔を覆って深く同調する。

 

窓の外では、平和な日本の夕焼けが美しく広がっている。

しかし、暗殺者たちの心の中には、どんな強敵と対峙した時よりも深く、そして重い『国家への絶望』が、静かに、確実に広がっていくのであった。




【お知らせと次回予告】

『境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~6月は毎日20時更新』
6月は毎日20時に最新話を公開していきます。明日の20時もぜひお待ちしております!

▼イラスト・設定資料について▼
劇中の挿絵や、キャラクターの詳細な設定資料をPixivにて公開しています。
【Pixiv】https://www.pixiv.net/users/124951524

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