それぞれの隠したいもの編(前編)
――東京都内、某所。路地裏。
「はぁっ……はぁっ……くそっ……!!」
フリージャーナリストの男AAAは、肺が破けそうなほど荒い息を吐きながら、夕暮れの雑踏を必死に駆け抜けていた。
額からは脂汗が滝のように流れ落ち、何度も後ろを振り返っては恐怖に顔を歪めている。
彼は今日、決して触れてはならないパンドラの箱を開けてしまった。
とある凶悪な反社組織の特ダネ(決定的な裏取引の瞬間)を掴んでしまったのだ。
しかし、物陰から写真を撮った時のシャッター音で、運悪く奴らに気づかれてしまった。
こんな初歩的なミスをするなんて! と今更悔やんでも仕方ない。
『――おい! あそこで誰か見てたぞ!!』
『捕まえろ! 殺してでもカメラを奪え!!』
命からがら逃げてきたものの、相手は裏社会のプロである。このまま逃げ切れる保証はどこにもない。
AAAのポケットの中には、命と引き換えに手に入れた証拠の数々(SDカード)が、熱く重く存在を主張している。
(……こいつを、何とかして残したい……ッ!)
しかし。自宅や友人、家族に渡せば、確実に彼らにまで迷惑をかけてしまう。最悪の場合、皆殺しにされるだろう。
何とか公的権力(警察)に渡すようにできないかと周囲を見渡すが、不運なことに近くに警察(交番)はない。パトカーのサイレンすら聞こえない。
(……くそっ、時間がない! よし、ここに隠そう)
AAAは、追手が迫る中、とっさの判断でその証拠データをある場所へと隠した。
しかし、隠しただけではダメだ。自分がこの後どうなるかわからない以上、警察に位置を示唆する何か手掛かりがないと、永遠に闇に葬られてしまう。
焦燥に駆られながら大通りへと飛び出した彼の目に入ったのは、大型のイベントホールの前に掲げられた巨大な看板だった。
【 多様性坂69 新曲リリース記念 サイン握手会開催中! 】
会場の周辺には、熱狂的なファンたちを誘導するためのスタッフと、万が一の暴動やテロに備えたおびただしい数の警備(屈強なガードマンたち)が配置されている。
……これだ!と、AAAは直感した。
彼はすぐさま近くの書店に寄り、このアイドル(多様性坂69)のCDと、可愛いウサギのキャラクターが描かれたレターセットを買う。
そして、震える手で便箋に『証拠の隠し場所』と『警察への通報の嘆願』を走り書きし、この中に位置を書く。そして、警備の者に渡すつもりで会場へと駆け足で戻った。
だが。
「……ッ!!」
会場に入ろうとすると、ついに奴ら(反社組織の追手)に見つかった。
遠くから、鋭い眼光を持った黒スーツの男たちが、こちらを指差して追いかけてくる。
(……マズい!!)
もはや警備員に事情を説明している暇すらない。
AAAは、とりあえず会場に入れば、この人(ファン)の多さとこの警備だ、流石に奴らも派手な手出しはできない、大丈夫だろうと判断し、チケットの半券(CDの購入証明)を見せて、強引に人の波へと紛れ込んだ。
そして、一番行列が長く、時間を稼げそうな一番人気の列(絶対的エース・サヨリのレーン)に並ぶ。
(ここならプレゼントの数も多い、そっちのほうが安心だろう)
背後をチラリと振り返ると、なんと反社組織の黒スーツの男たちも、一般客を装って少し後ろに並ぶのが見えた。
彼らも、人目につきすぎるこの会場内で騒ぎを起こすのは得策ではないと判断し、AAAが外に出るのを確実に待ち構えるつもりのようだ。
ジリジリと進む列。背後に迫る死の気配。
ようやく、自分のサインと握手の番だ。
AAAは警備員を見て安堵し便箋を渡そうと考えた。しかし警備員が狙われて奪われては意味がない。
そこで、テントの手前にある、あるものに目をつけた。
アイドルへのプレゼントBOXだった。
ファンが持ち込んだ手紙や贈り物を入れるための、透明なアクリル箱だ。
(……やはりそこに放り込んで闇鍋状態にすれば、反社組織も簡単には手を出せまい!)
セキュリティの厳しいアイドルのプレゼントBOXを勝手に漁れば、即座に警備員に取り押さえられる。
AAAは、背後の男たちにわざと見せつけるようにして、証拠の在り処を記した、かわいい手紙をBOXに放り込む。
当然、反社もそれは見逃さない。チッと舌打ちをするのが聞こえた。奴らには、あの手紙の中にスクープのデータそのものが入っているように見えたはずだ。
(……頼む。後でアイドルのマネージャーか誰かが見て、警察に通報してくれればいい……!)
「次の方、どうぞー」
スタッフに促され、自分の番になった。CDにサインをして貰う。
目の前にいたのは、テレビで見るよりも遥かに美しく、そして底抜けに明るい笑顔を浮かべた、多様性坂69の絶対的エース・サヨリであった。
「はじめまして! 応援ありがとうございます!」
アイドルとの握手。
その白く柔らかい手を握り返しながら、AAAは血走った目で、震える声で必死に訴えかけた。
「……こういう(こんなこと言うのは非常識かもしれないが)……頼むから! さっきBOXに入れた手紙を……絶対に見てほしい……ッ!!」
命がけの、魂の底からの懇願。
しかし。
「……えっ?」
一瞬だけ目を丸くしたサヨリは、すぐにアイドルの完璧な笑顔をパッと花咲かせた。
「はいっ! ありがとうございます! ちゃんと読みますね!」
彼女の元気な声が響く。
もちろん、サヨリは何も気づいていない。……ただの「思い詰めるほど熱狂的な、1ファン」だとしか思っていなかったのである。
背後には、プレゼントBOXの中身をどう奪い取るか、冷酷な目で品定めをしている反社組織の男たち。
すれ違うジャーナリストの決死の想いと、何も知らない光の世界のアイドル。
それぞれの隠したいものと奪いたいものが交錯する、新たな波乱の幕開けであった。
――翌日。鈍色の水面が揺れる、隅田川。
立ち入り禁止の黄色い規制線が張られた河川敷で、ブルーシートに包まれた水死体(土左衛門)を見下ろし、警視庁トップ・山田相姦の部下たちが渋い顔で現場検証を行っていた。
「……身元が判明しました。被害者は、フリージャーナリストのAAAです」
報告を受けた山田相姦の部下が、遺体の状態を確認して眉をひそめる。
遺体には、争った形跡はなし。どこか別の場所で薬物か何かで抵抗を奪われ、静かに溺死させられてから川へ不法投棄された可能性が高い。
そして何より不自然なのは、被害者が首から大切に下げていたプロ仕様の一眼レフのカメラの中には、肝心のデータ(SDカード)もなしという事実であった。
「手際が良すぎる。殺し方からして、反社組織のどこかだろうな。何かヤバい特ダネでも掴んで、消されたか」
山田相姦の部下が、吐き捨てるように呟く。
日本の闇の底で、名もなきジャーナリストの命が一つ、誰にも知られずに理不尽に摘み取られた瞬間であった。
――その夜。新宿アジト。
血生臭い表のニュースなど知る由もなく、裏の掃除屋たちのリビングには、穏やかな夜の時間が流れていた。
スレイは、愛用の銀色のジッポライターでカチャリと火をつけて、煙草を吸っている。
そして、細く紫煙を吐き出してから、目の前のテーブルに置かれた湯気の立つマグカップを手に取った。
リルが入れてくれたブラックコーヒーである。
スレイは熱いコーヒーを一口啜り……微かに目を細めると、無骨な手でカップを置き、静かに呟いた。
「……リル。うまくなったな」
「えへへっ! そーでしょ~!」
スレイの不器用な(しかし最大級の)褒め言葉に、エプロン姿のリルが顔をパッと輝かせてバンザイをした。
「モニカに沢山教わったんだ! 豆の挽き方とか、お湯の温度とか!」
「だてにパン屋を表向きは隠れ蓑にしているわけだし」
モニカが、ソファで雑誌を読みながら上品に微笑んだ。
「あら。リルも頑張ったものね。スレイの好みに合うように、何度も淹れ直して練習していたのよ」
「えっへん!」
得意げに胸を張るリル。
「リル~、私にもちょーだい」
PC作業を終えて伸びをしていたマリアが、空のマグカップを差し出す。
「はーい! ちょっと待っててね!」
かくして、アジトのリビングにはコーヒーの芳醇な香りと、女性陣の和やかな笑い声が満ちていた。
メイコは、今日は大学(の講義が遅かったため)、そのまま実家へと帰宅したため、今夜は珍しく不在である。
――一方、その頃。都内某所。
多様性坂69の絶対的エース・サヨリの所属する事務所。
夜間で誰もいない、静まり返ったビルの裏口。
『――ガチャガチャッ』
暗闇の中で、鍵穴に特殊な工具を差し込み、ピッキングする男の姿があった。
「……よし、開いたぞ」
低い合図と共に、男数人が(ゴーストのように無音で)オフィスへと侵入する。
彼らは、隅田川にジャーナリストのAAAを沈めた、凶悪な反社組織の黒スーツたちであった。
「どこだ、探せ! 今日のイベントから回収されたプレゼントBOXだ!」
リーダー格の男が、懐中電灯の細い光で室内の段ボールの山を照らし出し、低く鋭い声で指示を飛ばす。
狙いはただ一つ。AAAが握手会の直前に放り込んだ、組織の命運を握る特ダネである。
「ありました! 多様性坂69の宛名です!」
男たちが、無造作に置かれたサヨリのBOX内を探すが……ない。
ファンからの熱狂的な愛が詰まったおびただしい数のプレゼントや手紙の山から、ピンポイントでAAAの放り込んだ「女性向けのかわいいレターセット」を見つけ出すのは至難の業だった。
「ええい、時間がねぇ! 手当たり次第に探せ!」
男たちは焦燥に駆られ、ファンがサヨリのために一生懸命に書いた手紙の中身を、かたっぱしからビリビリと破いて開けていく。
しかし、中から出てくるのは『サヨちゃん大好き!』や『これからも応援してます!』といった無害なメッセージばかりで、一向に目当てのSDカードの隠し場所を示す暗号など出てこない。
「……くそっ、アニキ! この量じゃ、見つける前に警備員に見つかっちまいます! どうします!?」
見張りに立っていた下っ端が、焦った声で報告する。
リーダー格の男は、散乱した手紙の山を忌々しそうに睨みつけ、舌打ちをした。
「……チッ。仕方ねえ、とりあえず持って帰ろう。……アジトでゆっくり一枚ずつ調べりゃいい!」
男たちは、サヨリ宛のプレゼントや手紙を、ごっそりと大きな黒い袋に詰め込むと証拠を残さずに夜の闇へと姿をくらませた。
純粋なアイドルへの思いと、ドス黒い裏社会の陰謀が詰まったプレゼントBOX。
ジャーナリストの決死の願いは、果たして誰の手に渡るのか。
見えない火種が、ひっそりと燃え広がろうとしていた。
――東京都内、某所。反社組織の隠れ家である廃工場。
薄暗い裸電球の下で、黒スーツの男たちが血走った目で盗んできた手紙を片っ端から確認する作業に追われていた。
「クソッ、これもハズレだ! なんだこのキラキラしたシールは!」
ビリビリと破かれた可愛い便箋や、色とりどりの封筒が床に散乱していく。
しかし、見つからない。
フリージャーナリストのAAAが命がけで遺した、あの写真のSDカード、または隠し場所を示す暗号めいた手紙が、いくら探しても出てこないのだ。
「……おい。まだか」
不機嫌極まりない低い声が響く。パイプ椅子にドカッと腰を下ろした組織のボスが、葉巻の煙を吐き出しながら男たちをねめつけた。
「……あのジャーナリストが、死ぬ間際にあの箱に何かを放り込んだのは間違いねぇんだ。見つからなかったら、ただじゃおかねぇぞ」
その凄みに、下っ端の男が震え上がりながら深く頭を下げた。
「ひぃっ! へ、へい! 必ずなんとかします!」
しかし、焦燥の中で最後の一通まで見たが、見つからない。
「……アニキ。全部空っぽです。SDカードも、暗号もありません」
下っ端の男は、滝のような冷や汗を流しながら一つの推論に辿り着いた。
(……おかしい。ジャーナリストの野郎は、確かにあの箱に手紙を入れたはずだ。それがないということは……これは、既にあの女(アイドル)の手元に渡ったか!?)
ファンからの特別なプレゼントや、直接手渡しされた手紙など、サヨリ自身が先に回収して持ち帰ってしまった可能性がある。
「……仕方ない。あの女に直接聞こう。痛めつけてでも口を割らせる。最悪、始末だ」
下っ端の目が、後戻りできない凶悪な光を帯びた。
――翌日。
雲一つない青空の下。サヨリは事務所に向かうため、都内の人通りの少ない裏路地を一人で歩いていた。
昨日の握手会は大盛況だった。ファンからもらったたくさんの手紙を読むのが、彼女の何よりの楽しみである。
しかし。
「……え?」
サヨリの足が、ピタリと止まった。
路地の前後から、突如として現れた体格の良い黒スーツの男に囲まれる。
「……ちょっと、お姉さん。昨日のプレゼントのことで、聞きたいことがあるんだが」
「あ、あなたたち、誰……ッ!?」
危険を察知したサヨリが逃げ出そうとした、次の瞬間。
背後に回り込んでいた男が、サヨリの口元にクロロホルムをたっぷり染み込ませた布を背後から力強く押し当てた。
「んーっ!! ぐっ、うぅ……ッ!!」
嗅がされる強烈な薬品の匂い。
サヨリの華奢な身体から、急速に力が抜け、意識が真っ白な闇へと沈んでいく。
(……嫌だ……連れ去られる……ッ!)
視界が歪む中、サヨリは最後の気力を振り絞り、震える手で胸元に忍ばせていたお守りを掴み出した。
そして、男たちに気づかれないように、そっと。
自身の命を繋ぐ唯一の希望である銀色のジッポライターを、足元のコンクリートの下に落とした。
『――カランッ……』
鈍い金属音が響いた直後、サヨリの意識は完全に途絶え、男たちが乗ってきたワンボックスカーへと乱暴に引きずり込まれていった。
――数時間後。
サヨリの所属事務所では、朝からパニックが起きていた。
「警察を呼んで! 昨日の夜、泥棒が入ったみたい!」
スタッフの悲鳴により、ただちに裏口がピッキングされ荒らされていることが判明する。
すぐ警察に連絡がいき、警視庁トップ山田相姦の部下が捜査に駆けつけた。
「……被害状況は?」
「それが……パソコンや金庫のお金は無事なんです。ただ、多様性坂69のあるメンバー(サヨリ)のプレゼントBOXだけないことに気づくに至りまして……」
「プレゼントだけ? これは、熱狂的なファンの仕業だろうか」
アイドルの私物を狙った、悪質なストーカーによる空き巣被害。表の警察はそうアタリをつけて実況見分を進めていく。
しかし、その報告を受けたある男だけは、事態の異常性に即座に気づいていた。
――新宿アジト。
『……超が幾つもつく緊急事態だ!! PCUの皆!!』
メインモニターに、顔面蒼白になり、ネクタイを振り乱した大物議員Aがバンッと映し出された。
推しであるサヨリの危機に、完全にオタクの顔と政治家の顔が混ざり合ってパニックを起こしている。
「……どうした、パパ?」
実家からいつも通りアジトに訪れていたメイコが呆れたように尋ねると、大物議員Aは血を吐くような悲痛な叫び声を上げた。
『サヨリたんが……! サヨリたんが、今朝から音信不通なんだ! 事務所には泥棒が入るし、これは絶対にただ事じゃない!! 頼む、私の全財産を投げ打ってでも……あの子を助け出してくれ!!!』
「パパ~全財産はやめて! 私も生活あるし~!」
メイコが現実的なツッコミを入れる。
最強の暗殺者たちに向けられた、国家権力を持つ最高峰のオタクからの緊急依頼。
サヨリを連れ去った反社組織と、裏の掃除屋たち。
一本のジッポライターが繋ぐ、新たな激しい闘いの火蓋が切って落とされたのである。
「……状況を整理するわ」
マリアが、大物議員Aからの緊急依頼を受け、メインモニターにサヨリの足取りと関連情報を映し出した。
「彼女は今朝、事務所に向かったものの到着していない。そして、実家に連絡してもいないそうよ」
モニカが冷徹に分析する。
「そして事務所には泥棒。サヨリのBOXだけがない……。これだけ状況が重なれば、単なる家出や迷子じゃない。これは誘拐という線が強いわね」
「……とりあえず、この事務所から家まで、逆に行く(辿る)しかないわね」
モニカが方針を決める。
「そうだねー、そうしよう! サヨリちゃん、絶対怖がってるよ……!」
リルが心配そうに身を乗り出す。
「任せて。カメラがあるところをチェックして、リレー方式で見つけるしかないわね」
マリアが猛烈な勢いでキーボードを叩き、都内の防犯カメラやNシステムに次々と不正アクセスを仕掛けていく。
「……でもさぁ、アイドルだと、やっぱりストーカーとかかな?」
リルが、一般的な事件のセオリーを口にする。
「まずはその線だよね~やっぱ」
メイコが頷く。
「でもプレゼントBOXだけがないってのが引っ掛かるわね」
モニカが首を傾げる。
スレイだけは、直感的にもっと黒く危険な『組織の影』を感じ取っていた。
――一方、その頃。都内廃工場。
「まだ起きないか?」
「おい、起きろ!」
乱暴に肩を揺さぶられ、起きるサヨリ。
「……っ! ぁ……」
薬品の匂いで朦朧としていた意識が覚醒すると同時に、周囲を取り囲む屈強な男たちと、カビ臭い地下室の光景が目に飛び込んできた。
自分が拉致されたことを完全に理解し、サヨリは恐怖にかたまる。
「ヒッ……! 誰……っ、なんなの……!?」
壁際に後ずさるサヨリの胸ぐらを、下っ端の男が容赦なく掴み上げた。
「おい。昨日、手紙を預かっただろう?」
「え……?」
「とぼけるな! 握手会で、ジャーナリストの野郎から受け取った【 ウサギのレターセット 】だ! どこに隠した!!」
男の血走った目と怒鳴り声に震えながらも、サヨリは必死に頭を回転させた。
「て、手紙は、毎日のように貰うわ……! しかし、昨日は受け取っていない……!」
「おい、嘘をつくな!! 事務所のプレゼントBOXの中身は全部調べたが、あの手紙だけ抜けてたんだよ!」
「本当よ! 昨日は大きなイベントだったから、数が多すぎるの!」
サヨリは、恐怖で涙目になりながらも、アイドルの運営システムという事実を盾にして必死に反論した。
「……じゃあ、今どこにあるんだ!!」
「わからない……! ファンの皆さんからのプレゼントや手紙は、危険物が入っていないか、中身は精査したうえで事務所に送られる決まりなの!」
「精査……?」
その言葉に下っ端の動きがピタリと止まった。
「じゃあ、今は(俺たちが探しているその手紙を)誰かが読んでいるのか!?」
「たぶん……事務所の前に、下請け会社が見るはずよ……ッ!」
その瞬間、男たちの顔から一気に血の気が引き、下っ端は青ざめることになった。
裏取引の決定的瞬間を収めたSDカード、あるいはその隠し場所を書いたメモが、今まさに第三者の検閲業者の手に渡り、中身を確認されているかもしれないのだ。もしそれが警察に持ち込まれれば、組織は終わりである。
(……くそっ! こんな状況で、20歳やそこらの女が嘘つくとは思えない)
下っ端は舌打ちをし、焦燥に駆られながらサヨリを問い詰めた。
「おい! その下請け会社ってのはどこだ! 名前を言え!!」
「その会社は……私にはわからない……! 事務所(の人間)じゃないと、業者までは把握してないわ……!」
サヨリの言葉に、男たちは顔を見合わせた。
この女をこれ以上脅しても、下請け会社の情報は出てこない。となれば。
(……また、事務所にカチコミにいくしかないか)
今度は空き巣ではなく、事務所のスタッフを直接締め上げて、その精査している下請け業者の住所を吐かせるしかない。
「……チッ。行くぞ、野郎ども」
パイプ椅子に座っていたボスが、忌々しそうに立ち上がった。
「とりあえず、何かあった時のためにこの女は人質だ。……下手に手を出すなよ。傷物にしたら、交渉のカードとして使えなくなるからな」
「へい!」
男たちはサヨリを乱暴に縄で縛り上げると、再び事務所への襲撃準備を始めるため、足早に地下室を去っていった。
暗い廃工場に取り残されたサヨリは、ただ一人、震えながら助けを待つことしかできなかった。
(……お願い。誰か……あの、ジッポライターに気づいて……!)