大切なギフト編(前編)
――夕暮れ時。いつもの新宿の極秘アジト。
血生臭い裏社会の事件を片付けた後でも、この場所だけは良い意味で変わらない、温かく騒がしい空気に包まれていた。
「やっほ〜! 遊びにきたよ〜!」
「いらっしゃい〜メイコちゃん!」
エントランスの扉が開くと、メイコが元気よく顔を出し、リルがパタパタと駆け寄って笑顔で出迎える。
ほぼ毎日のように実家の豪邸に帰るよりも先にこのアジトに入り浸っているメイコ。
彼女の父親である大物議員Aは、愛娘が凄腕の暗殺者たちのアジトでくつろいでいることに対して何も言わないのだろうか。
……いや、おそらく彼自身が政務以外にもオタク活動で忙しすぎて、娘の放課後にまで気が回っていないだけだろう。
「さて、今日の夕飯は何にしましょうか」
マリアが、PCのキーボードから手を離して立ち上がる。
「……冷蔵庫の中、かなり寂しいことになっているわね」
キッチンを覗き込んだモニカが、空っぽに近い棚を見てため息をついた。
裏の掃除屋としてのパトロンは国家トップであり、経済的には何も困っていない。たまには全員で、フードデリバリーを頼んで済ませるのもいいだろう。そうスレイも無言で頷いた。
さっそく、リルとメイコの少女コンビがスマートフォンのアプリを開いて、今夜の夕食の店を調べ始める。
「えーとね、デリバリーのアプリ……あっ、出舞姦とかどう?」
リルが無邪気な声で、とんでもない漢字が当てられたアプリ名を読み上げる。
「あー、それもありだね! あ、でもこっちのウーバイブ・イーツってのもあるよ? どっちにする〜?」
メイコもメイコで、完全にアウトな響きを持つ配達アプリの画面を見せてケラケラと笑う。
相変わらず、この国の多様性はあらゆる表のサービスを完全に汚染しきっていた。
「……ちょっと、どんな名前のアプリ使ってるのよ。せめて普通にご飯が届くところに頼みなさい」
マリアが頭を抱える。
「そのうち食材じゃなくて、とんでもないものがデリバリーされてきそうね……」
モニカも、この国のネーミングセンスに呆れ果てて肩をすくめた。
結局、マリアの厳重なチェックを通過した(比較的マシな名前の)店舗から、みんなそれぞれ好きなものを適当に頼むことになった。
「アタシはオムライスにする! あっ、備考欄にケチャップでハート描いてください!って書いとこーっと!」
リルがウキウキしながら注文を確定させる。
「あははっ! でもリルたそ、このオムライスの写真、こっちの角度から見ると完全にお尻に見える〜!」
「えーっ!? ほんとだ、ぷりっぷりのお尻だぁ!」
「こら、食べ物で変なこと言わないの!」
キャッキャとはしゃぐ二人をマリアがたしなめ、アジトのリビングにはいつもの平和な笑い声が響いていた。
――しかし、その頃。都内某所。
フードデリバリーの配達員の青年に、無慈悲な死の影が迫っていた。
東京都内の交差点。
『――キキキキキィィィーッ!!』
突如として、けたたましいタイヤの摩擦音が夕暮れの街に響き渡った。
信号を無視して猛スピードで突っ込んできた正体不明の小型トラックが、配達用の大きなバッグを背負って原付バイクを走らせていた青年の側面に、激しく衝突したのだ。
「がはァッ……!?」
『ドゴォォンッ!』
鈍い衝撃音と共に、青年はバイクごと宙に跳ね飛ばされ、硬いアスファルトの上へと無惨に叩きつけられた。
ヘルメットは衝撃で吹き飛び、運悪く頭部の打ち所が最悪だった。青年はピクピクと数回痙攣した後、おびただしい血溜まりを広げて、そのまま息を引き取った。
しかし、小型トラックを運転していた男は、慌てて救急車を呼ぶどころか、車から降りるなり倒れている青年の遺体には目もくれず、彼が背負っていた配達用バッグへと一直線に近づいた。
そして、チャックを乱暴に開けると、中身を素早く抜き取り、自分のトラックへと放り込んだ。
男はそのまま運転席へと飛び乗り、血だらけの青年を路上に放置したまま、猛スピードで現場から逃走していった。
ただの交通事故(ひき逃げ)ではない。
それは、配達員の荷物をピンポイントで狙った、極めて冷酷で計画的な強奪殺人だった。
奪われた配達カバンの中に、一体何が入っていたのか。
血塗られた運命がどのように交差していくのか。裏の掃除屋たちを巻き込む新たな事件が、静かに幕を開けたのであった。
やがて新宿のアジトに、それぞれの頼んだデリバリーの品が到着した。
テーブルの上には、オムライスにハンバーガー、本格カレーに海鮮丼と、見事にバラバラなメニューが並んでいる。たまにはこうして、みんなで好き勝手なメニューを頼んで賑やかに食卓を囲むのもいい。
「いただきまーす! あっ、ケチャップでお尻……じゃなくてハート描いてくれてる!」
リルが嬉しそうにスプーンを握る。
「ばいやー、このバーガー肉汁やばっ!」
メイコもはしゃぎながら、それぞれ思い思いの夕食を満喫した。
食後、モニカが全員に香りの良いコーヒーを淹れてくれた。
ホッと一息つくスレイたちの横で、リルがゴソゴソと戸棚から甘いものを取り出してくる。
「……リル! 食後のお菓子はほどほどにしなさいって言ったでしょ!」
PCルームに戻ろうとしたマリアが、リルの手元を見てピシャリと叱った。
リルが抱えていたのは、ビスケットの中にチョコが入ったパックンチョ(性的な意味で)と、サクサクのパイ生地のお菓子オッパイの実であった。
「えーっ、だってコーヒーには甘いものが合うんだもん!」
リルが口を尖らせる。
「そういう問題じゃないわ。……というか、この国のお菓子メーカーは多様性に配慮しすぎて完全にどうかしているわね」
マリアが頭を抱える。
「全くよ。スーパーの陳列棚を見るたびに頭が痛くなるわ」とモニカ
美しき大人組の二人は、この国の行き過ぎた多様性お菓子に全く納得がいかない様子で深い溜息をついた。
そんな平和な夜の団欒の中、アジトの暗号化回線に着信が入った。
モニターに映し出されたのは、スレイたちの最大のパトロンの一人である大物議員Aだった。
『……諸君。夜分にすまない。いつもメイコが世話になっているね』
政治家の顔ではなく、どこか人の良い父親の顔で頭を下げる大物議員A。
「あ〜、パパ〜! 今ね、みんなでデリバリー頼んでご飯食べたとこだよ~!」
メイコがモニターに向かって無邪気に手を振ると、大物議員Aは少しだけ顔をほころばせた後、すぐに真剣な表情へと戻った。
『……急を要する事態という訳ではないのだが、君たちの力が必要な任務だ。明日、首相感貞に来てほしい』
――翌日。首相感貞・特別地下室。
円卓に集まったスレイたち5人の前に、一件の交通事故の現場写真が並べられた。
それは昨日、アジトで夕食を食べていたまさにあの時間帯に起きた、フードデリバリーの青年が小型トラックに跳ね飛ばされて死亡した事件だった。
「犯行に使われたトラックは盗難車で、すでに現場から数キロ離れた路地で乗り捨てられていたわ」
赤いルージュを引いた環萌美総理が、冷たい声で状況を説明する。
「表の警察……警視庁の肛通課の連中は、これをよくある悲惨なひき逃げ事故として処理するしかない状況よ」
「……肛通課!?」
マリアとモニカの二人は、モニターに表示された公式書類の肛通課という漢字の並びに、どうしようもない違和感と嫌悪感を覚えて顔を引きつらせた。
「交通課でいいじゃないの! わざわざその字を当てるな!」
「肛門部科学省に続いて酷い公共の機関ね……」
マリアとモニカがウンザリした声を上げる。
「ふふふ、意味深でしょ。何が通るのかしらね」
萌美総理が意地悪く笑う。
「しかし、このひき逃げには不審な点がある。だからこそ、PCUに裏からの調査を依頼したいのだ」
大物議員Aが、咳払いをして話を本筋に戻した。
「アスファルトに残されたトラックのタイヤ痕には、ブレーキを踏んだ形跡が一切なかった。それどころか、青年に向けて加速している。確実に殺意があった証拠だ」
スレイが、現場写真の路面を指差して低く呟く。
「問題というか、最大の不審な点は2つあるようね」
マリアがキーボードを叩き、遺留品のリストをモニターに拡大した。
「1つ目。青年が背負っていたフードデリバリーの配達用バッグの中には、食べ物や食材が一切入っていなかったの。現場の道路にも、ケチャップやスープなどが飛び散った形跡は全くない。……バッグの中に残っていたのは、このバレリーナのオルゴールだけよ」
写真には、血だまりのそばに転がる、古びた可愛らしいバレリーナの装飾がついたオルゴールが写っていた。
「2つ目。青年のスマートフォンがどこにも見つからない」
モニカがプロファイラーの視点から指摘する。
「普通、フードデリバリーの配達員なら、注文の確認や配達先のナビゲーションのために、絶対に地図アプリを開いたスマホをバイクのホルダーに固定しているはずよ。それが、現場のどこを探しても落ちていない」
「スマホはたぶんひき逃げの犯人が持っていったんだろうね!」
リルが言う。
「つまり、何かやましいことがあるんだー」
メイコが頷く。
食べ物が入っていない配達バッグ。そして、消えたスマートフォン。
スレイは安物の百円ライターを取り出し、タバコに火をつける。
「……つまり、被害者の青年はただのデリバリー配達員じゃない。配達員の格好に偽装して、何か法に触れるようなヤバい代物を運んでいた裏の運び屋か。それとも、知らずに運ばされていたのか」
残されたオルゴールと、奪われたスマホ。そして、犯人が持ち去ったであろう本来の積荷。
ただの交通事故の裏に隠された、暗く血生臭い強奪事件の輪郭が、裏の掃除屋たちの前に静かに浮かび上がり始めていた。
――首相感貞・特別地下室。
円卓に広げられた凄惨な現場写真を見下ろしながら、スレイたち裏の掃除屋は事件の輪郭をなぞっていく。
法治国家の警察としては、どう見てもただの交通事故(ひき逃げ)としての状況証拠しか揃っていない。
しかし、ブレーキ痕のない明らかな殺意を見る限り、青年が運んでいた『何か』のせいで消されたと考えるのが自然だ。
「……仲間割れってこと?」
リルが、首を傾げて物騒な推測を口にする。
「それか、隣のシマの同じような連中(ヤクザ)に横取りされたとか?」
メイコが、裏社会の抗争劇を連想して眉をひそめた。
「そうね、その線も捨てきれないわね」
モニカが、メイコの推測に同意して頷く。
「……まずは、この被害者の青年の素性ね。本当に彼自身が裏組織の人間だったのか、洗ってみるわ」
マリアが手元のキーボードを叩き、警察のデータベースや住民基本台帳、SNSの履歴に至るまで、亡くなった青年の個人情報を一瞬で丸裸にした。
しかし、モニターに表示された彼の経歴を見たマリアは、意外そうに目を瞬かせた。
「……ただの学生ね。前科はおろか、不良グループとの交友関係もない。全く裏がない、真っ白な青年よ」
「えっ、じゃあなんで殺されなきゃいけなかったの?」
リルが悲しそうに声を上げる。
「闇バイトの受け子とか、下っ端の下っ端かもしれないよ」
メイコが現実的な推測を落とす。
「ただ、少し異常なのは彼の労働時間ね。……学校に行く時間以外は、寝る間も惜しんで全てアルバイトに費やしているわ」
モニカが、青年の異常なまでのシフト表や位置情報のログを読み解く。
遊ぶこともせず、睡眠時間を削ってまで、彼は何かのために狂ったように金を稼ぎ続けていたのだ。
「隙間時間に稼ぐには、フードデリバリーというのはわかる~」
メイコが頷く。
「うーん……。そもそも、何でいけないモノを運ぶのにフードデリバリーなの?」
リルが純粋な疑問を口にする。
「確かに〜。もし彼が運ばされていたのがクスリとかのばいやーなモノなら、わざわざデリバリーの配達員なんていう、まわりくどい目立つ格好でやるの?」
メイコが腕を組み、運び屋としての不自然さを指摘した。
その鋭い着眼点に、モニカが静かに答える。
「……ある程度、不特定多数の客にブツを届けるためのシステムを利用したか……あるいは、完璧な隠れ蓑ね」
「ええ。フードデリバリーの配達員なら、住宅街のど真ん中やマンションの入り口をウロウロしていても、誰からも怪しまれない。運び屋としての隠れ蓑にはもってこいだわ」
マリアが、現代のギグワーカーを利用した巧妙な手口に舌を巻く。
「なるほど! じゃあフードデリバリーは仮の姿なんだね」
リルが納得する。
「コスプレじゃないけど、なりすましってことだね」
メイコが言う。
「その青年は、本当にデリバリー会社に所属していたの? マリア」
モニカが問う。
マリアがPCを叩く。
「それが、シフト表だけじゃなく、法的にも問題ない手続きでデリバリー会社に所属しているのよ」
裏組織の抗争による強奪か、あるいはトカゲの尻尾切りか。
今は両方の線で捜査を進めていくしかない。
「もしかしたら、知らないうちに悪いものを運ばされていたとか」
リルがモニターを指差す。
「まずは、そのお店を調べてみるのが近道かも」
メイコも身を乗り出し、犯人の根源を叩くよう息巻いた。
「ええ。彼がフードデリバリーのアルバイトとして、どこの店舗の配達を請け負っていたか……配達アプリの元締めに登録されているはずよ」
モニカの言葉を受け、マリアがウーバイブ・イーツの運営サーバーへとハッキングを仕掛ける。
「注文履歴と、彼の昨日の配達ルートのGPSログから逆算すれば、ピックアップ元の店はすぐにわかりそうね。……出たわ」
メインモニターに、一件の飲食店の登録情報がデカデカと映し出された。
『 プレシャスギフト食堂 』
その、大衆食堂にしてはやけに気取った、そしてギフト(贈り物)という今回の事件を暗示するような不自然な店名。
住所は都内の雑居ビルの一室となっており、客席のある通常の店舗ではなく、デリバリー専門のいわゆるゴーストレストランのようだ。
「……ほぼ間違いなく、ここは何かやっている反社(ヤクザ)のフロント企業だろうな」
スレイが、安物のタバコを咥えながら、低く冷徹な声で断言した。
寝る間も惜しんで働いていた純朴な青年を、裏稼業の運び屋として使い潰し、最後は路上で無惨に殺したのだろうか。
それとも闇バイトのように下っ端として扱ったのか。
奪われたカバンの中身と、血だまりに転がっていたオルゴールの謎。
裏の掃除屋たちは、すべての悪意の震源地であるプレシャスギフト食堂へと、静かに狙いを定めるのであった。
「……プレシャスギフト食堂。このゴーストレストランは、完全に黒ね」
マリアが、モニターに映し出された店の資金の流れと、裏社会のダミー会社との繋がりを指差して断言した。
「ああ。子供食堂を焼き払ったABCABC不動産と同じ匂いがするわ」
モニカも、冷徹な瞳でそれに同意する。
スレイは、タバコの火を消すと、静かに首を横に振った。
「……カチコミに行くのは、まだ早い。まずは、事故現場だ。出来るだけ情報は持ってから動いたほうがいい」
「探偵の基本は脚を使う!」
リルが胸を張る。
「そして自分の耳と目で違和感を見つける!」
メイコもキメ顔をする。
「だから探偵じゃないって、私達は!」
マリアとモニカがすかさずツッコミを入れた。
敵の本拠地へ乗り込む前に、現場に遺された声なき証拠をすべて拾い集める。それが、法で裁けない悪を確実に狩り取るためのPCUの流儀だった。
――数十分後。深夜の事故現場。
静まり返った交差点に、スレイたちの姿があった。
現場にたどり着き、周囲の状況を検分するが、警視庁トップ・山田相姦から事前に貰っていた捜査資料の内容と大差はなかった。
アスファルトには、小型トラックがブレーキを踏んだ痕跡は一切ない。やはり、青年を確実に殺すという、明らかな殺意が見て取れる。
「……でも、この青年は、一体どこに食事を届けようとしていたの?」
リルが、血だまりの跡を見つめながら、ポツリと疑問を口にした。
「確かに〜。それさえわかれば、なんか事件の裏が見えてきそうじゃね?」
メイコも、リルの言葉に頷く。
その二人の純粋な疑問に、モニカがふとアジトでの出来事を思い出して、ニヤリと唇を歪めた。
「……いえ。あなた達、昨日のアジトでのデリバリー注文を思い出してみなさい」
「えっ? アジトでの注文?」
不思議そうに首を傾げるリル。
「マリアが注文する時、なんて言ってた?」
「あーっ、そっか! アタシたちも居場所は知られたくないからね一応。……置き配達にして、登録住所も滅茶苦茶にしてた!」
リルが思い出す。
「そう! まるでスパイの暗号みたいに、全然違う場所を指定してたんだね!」
メイコがポンッと手を叩く。
「ええ。裏の運び屋も、全く同じようにしているはずね。……彼が本来向かうべきだった指定の配達先も、ただのダミーのはずよ」
モニカのプロファイリングを受け、マリアが即座にウーバイブ・イーツのサーバーから、青年の最後の注文データを抜き出した。
「……やっぱりね。届け先は近隣の公園。そして、注文者の登録住所は、存在しないデタラメな住所だわ」
マリアがモニターの地図を指差す。やはり、その公園で誰かと接触し、荷物を受け渡す手はずだったのだ。
事故を起こした青年のバイクなどはすでに警察によって撤去されていたが、路上には、彼が流した血痕の痕が、未だに黒ずんで生々しく残っている。
「……マリア。山田に頼んで、現場検証の時の詳細な写真を取り寄せてもらう」
スレイの指示で、マリアが即座に警察の鑑識データにアクセスし、青年の遺体の向きやバイクの転倒状況の写真をモニターに展開した。
「……横からの衝突ね」
モニカが、写真の自転車のフレームの歪み方を見て指摘する。
「横からの衝突とタイヤ痕の跡を見てみれば、向きがわかりそうだね」
リルが言う。
「マリア、ここから推測できる?」
メイコが頼る。
「勿論よ」
マリアがバイクの位置とタイヤ痕の状況から、シミュレーターソフトで衝突の再現を試みる。
「トラックは青年の真横から突っ込んできている。……そうなると、彼の進行方向は、あちらの方向になるわね」
モニカが指差したのは、街灯の光が途切れた、少し薄暗い道路の先だった。
それを見たリルが、眉をひそめて声を上げた。
「……あれ? これだと、指定の公園とは、全然逆方向じゃない?」
「ほんとだ! 荷物を届ける場所とは、真反対の場所に向かっていったっしょ!」
メイコも、地図と実際の道路を見比べて、不思議そうに声を上げた。
指定されたダミーの配達先である公園ではなく、彼は全く別の場所に向かっていた。
「……なるほど。彼は、裏の運び屋として荷物を受け取った後、指定された場所へは行かず、独断で別の場所へと向かおうとしていたのね」
モニカの冷徹なプロファイリングが、事件の核心を突いた。
「……そして、その裏切りがバレて、組織に消された」
「……青年が、荷物を持って、向かおうとしていたのは……」
ずっと黙って自転車の進行方向を見つめていたスレイが、安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、紫煙と共に最後の答えを口にした。
「……配達先(公園)じゃなくて。……この先の、警察署だ」
深夜の事故現場から数ブロック先。そこには、街の治安を守るための、巨大な警察署の建物がそびえ立っていた。
寝る間も惜しんで働いていた勤労学生の青年。彼は自分が知らないうちに裏組織の運び屋にされていることに気づき、恐怖と正義感から、荷物をそのまま警察へと届けようとしたのだ。
しかし、その動きはプレシャスギフト食堂の反社たちに筒抜けだった。
(……青年は、勇気ある行動を起こして、殺されたのか)
スレイは、路上に残った血痕を見つめ、静かに、しかし絶対的な殺意の炎を胸の中で燃え上がらせた。
奪われたカバンの中身と、血だまりに転がっていたオルゴールの謎。
裏の掃除屋たちは、青年の命を賭した大切なギフト(警察への証拠)の正体を暴くため、すべての悪意の震源地へと、怒りと共に歩みを進めるのであった。