境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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境界線030
トンネル幽霊編(前編)


 

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――新宿アジト。

 

久しぶりに任務もなく、時間を持て余しているPCUメンバーたち。

 

「任務がないのもいいわね。久しぶりにゆっくりできたわ」

モニカがソファで優雅に紅茶を傾ける。

 

「そうね。私も色々とデータの整理ができてよかったわ」

マリアがPCの前で伸びをした。

 

スレイは部屋の隅の武器庫で、愛用のハンドガンを分解し、黙々と手入れを行っている。

 

そんな中、いつものように大学終わりのメイコが遊びにきた。

「やっほ~! 遊びにきたよー」

「メイコちゃん、いらっしゃい~!」

エントランスの扉が開くと、リルがパタパタと駆け寄って笑顔で出迎える。

 

「遊びにきたというか、もう半分、我が家だと思ってるでしょ!」

モニカが呆れたようにツッコミを入れる。

 

「そんなことはないよ~。……いや、あるかも~、えへっ」

メイコがテヘペロと笑う。

 

「お父さんの大物議員Aは何も言わないの?」

マリアが不思議そうに尋ねる。

 

「親しい友人がいて、自分の好きなことをやりなさいって言うだけだよ~。学校はお嬢様ばっかりで面白くないしさぁ~。」

「議員さんは変態さんだけど、いいパパさんだよね~」

リルが無邪気に笑う。

そんな他愛もない会話が交わされる。

 

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「リルたそ~! DVD沢山借りてきたよ!」

メイコがレンタルショップの袋を掲げる。

 

「お~! さすがメイコちゃん! お菓子の用意はバッチシだよ!」

リルがお菓子の山を抱えてくる。

 

「また、あなた達は、お菓子ばっかり食べて!」

マリアがたしなめる。

 

「そもそも、メイコが借りてきたDVD! 凄く嫌な予感しかしないんだけど!」

モニカが嫌そうな顔をして、マリアと共にDVDのパッケージをチェックする。

 

「ブラだけ着た悪魔、床ジョーズ。……何なのこれは!!」

マリアが頭を抱える。

 

「フェラストガンプ 一股一毛、セックス・アンタ・ト・シテェ。……どうしてこんなのばっか借りてくるの!」

モニカが顔を引きつらせる。

 

「いや~、何か面白そうだったし~」

メイコがケラケラと笑う。

 

「とりあえず何か見ようよ!」

リルがデッキにディスクをセットする。

 

そうして、下らないパロディ映画の上映会が始まった。

 

絶え間なく続くクソ映画の展開に、マリアとモニカからの容赦ないツッコミの嵐が吹き荒れる。

 

だが、任務のない平和な時間は、こんなものでいいのかもしれない。

 

 

――翌朝。

 

「おはよう~!」

目玉焼きを焼いているリル。モニカが香りの良いコーヒーを淹れる。

そこへ、父親である大物議員Aと連絡をとっていたメイコが戻ってきた。

 

「パパ~。アジトにいるけど、今から帰るね~」

スマートフォン越しの会話。しかし、メイコの表情が変わる。

「……えっ、このまま?」

 

「どうした?」

銃の手入れを終えたスレイが、静かに尋ねる。

 

「何か、首相感貞に来てほしいんだってさ」

メイコが不思議そうに首を傾げる。

 

「あら、依頼かしらね」

モニカがコーヒーカップを置く。

 

「どうやらそのようね」

マリアがPCをシャットダウンする。

 

「少し休んだし、今回も頑張ろう!」

リルが元気よく拳を突き上げた。

 

 

――首相感貞。

 

「よく来てくれた~。昨夜もメイコがお世話になったようで、すまんね」

円卓の奥で、大物議員Aが人の良い父親の顔で頭を下げる。

 

「いえいえ、それはお気になさらず。映画を見ていただけです。(酷い内容ですが)」

モニカが笑顔(目は笑っていない)で返す。

 

「お休みも頂きましたので、任務なら歓迎ですよ」

マリアが本題を促す。

 

「まずはこれを見てほしい」

大物議員Aの合図で、メインモニターに映像が映し出された。

 

それは、山奥を通る寂れた国道と、草木に覆われた不気味なコンクリートの穴……廃トンネルの写真だった。

 

「……依頼主は、この国道を管理している地元の建設業者だ。なんでも、最近この廃トンネル周辺で幽霊が出るっていう噂が絶えなくて、夜間工事の作業員たちが怯えて仕事にならないらしい」

 

「ゆ、幽霊……!?」

リルが肩をビクッと震わせた。

 

「何か依頼って言うからさ~、反社とか悪い人たちなのかと思っていたんだけど」

メイコが拍子抜けした顔をする。

 

「ちょ、ちょっと待って! 私たち、ハッキングとか裏社会のトラブル解決が本業でしょ!? なんで霊媒師みたいな依頼が回ってきてるのよ!!」

マリアが全力でツッコミを入れる。

 

「……幽霊か」

スレイが、手入れを終えたハンドガンのスライドを静かに引きながら、低く呟く。

「俺はこれまでの人生で、数え切れないほどの人間をその手に掛けてきたが。……一度も、怨霊に呪われたことはない」

 

「スレイ、幽霊は物理(銃)じゃ倒せないんだよ!?」

リルが目を丸くしてスレイを見上げる。

 

「リル。あんた裏社会の人間なら、もう少し頭を使いなさい」

モニカが呆れたようにタブレットを操作し、廃トンネルの周辺地図を拡大する。

「……人里離れた廃トンネル。人目につかず、警察のパトロールも手薄。……そんな場所で幽霊の噂を流せば、一般人やオカルトマニアはともかく、地元の人間は気味悪がって絶対に近づかなくなる」

 

「……あっ」

リルがハッと気づく。

 

「成程、わかった~。やましいことやってる悪い人達がいるんだ~」

メイコがポンッと手を叩く。

 

「そう。裏社会(反社会的勢力)の連中にとって、これほど秘密裏に使いやすい場所(隠れ蓑)はないのよ」

モニカの瞳に、プロファイラーとしての鋭い光が宿る。

 

「違法薬物の取引現場、あるいは裏ルートの武器庫。最悪の場合……死体の遺棄場所ね。幽霊の噂は、連中が意図的に流したカモフラージュってことね」

マリアが結論を導き出す。

 

「その通りだ。おそらくそのトンネルで反社の連中が何かをしていると推測している」

大物議員Aが深く頷く。

 

「なるほど。……つまり、幽霊の正体はヤクザかマフィアというわけだな」

スレイが、ハンドガンに装填されたマガジンをカチャリと確認する。

「それなら話は早い。物理的に排除(除霊)できる」

 

「そうか~、じゃあ幽霊さんはいなんだ~!」

「リルたそ、幽霊がいないのが残念そうだね~」

メイコが笑う。

 

「そういうこと。というわけで、今夜にでも早速現地調査に向かうわよ!」

マリアの号令で、裏の掃除屋たちは幽霊退治という名の裏社会の掃除へと向かうのであった。

 

 

――同日、深夜。

 

都心から車で数時間。

 

山深く、街灯すらまばらな旧国道の先に、その廃トンネルは口を開けていた。

 

崩れかけたコンクリート。入り口を塞ぐように張られたサビだらけの有刺鉄線と、立入禁止の黄色い看板。

内部からは、生ぬるく、カビ臭い風がヒュウウウ……と不気味な音を立てて吹き抜けてくる。

 

「やっぱり絶対出るかもぉ~! 雰囲気が完全に昨夜見たE級ホラー映画の序盤みたい!」

メイコが身震いする。

 

「あのエッチな悪魔とかセクシーなサメとか出るかな!」

リルが瞳をキラキラさせる。

 

「そんなもん出ないから、ワクワクしないの!」

マリアがツッコミを入れつつ、周囲を警戒する。

 

モニカが懐中電灯を握りしめ、地面の観察をしている。

 

スレイはナイトビジョン(暗視)の機能を備えた特殊なゴーグルを下ろし、ハンドガンを構えたまま、音もなく廃トンネルの暗闇へと足を踏み入れた。

 

「……リル、メイコ。周囲の気配や音は?」

マリアがインカムで尋ねる。

 

「うーん……虫の声しかしないよ!」

リルが耳を澄ませる。

 

「でも、なんか地面に車のタイヤの跡がいっぱいあるね!」

メイコのチート級の視力が、暗闇の中でもハッキリと痕跡を捉えた。

 

「しかも新しい跡ね。水分を吸って固まった跡ではないわ」

モニカの言う通り、長年放置されているはずの廃トンネルの未舗装の地面には、明らかに最近つけられたと思われる大型車の轍(わだち)が残っていた。

 

「……ビンゴね。やっぱり幽霊の正体は、生きた人間(反社)よ」

マリアがニヤリと笑う。

 

「……行くぞ」

スレイを先頭に、PCUは懐中電灯の光を頼りに、漆黒の廃トンネルの奥深くへと進んでいく。

 

『ヒュウウウウウ……』

トンネルの奥から、女の啜り泣くような、不気味な風音が響き渡った。

 

「……待って。地面の轍が、途中で二手に分かれているわ」

懐中電灯の明かりを地面に向けたマリアが、ピタリと足を止めた。

 

暗く湿った廃トンネルの内部。未舗装の地面には、明らかに種類の違うタイヤの跡が残されていた。

 

「こっちの太くて深い轍は、おそらく大型のトラック。……そして、壁沿いに奥へ続いている細い轍は、一般的な乗用車のものね」

モニカが分析する。

 

「スレイ、リル、メイコは細い轍の方を追ってみて。私とモニカは一旦ここで待機するわ」

マリアが指示を出す

 

「わかった」

スレイが頷いた。

 

「おそらく本命は太くて深い轍のほうね」

モニカが推測する。

 

「細い轍は一般的な乗用車のものだから、心霊スポット巡りとかの一般人ぽいね」

メイコが言う。

 

「猥TUBERの配信とかかも。一応見てくるだけ見てくるね!」

リルが駆け出す。

 

「えぇ、念のための確認よ。薬物程度であれば一般乗用車の線もありえる。何かあればすぐに通信を!」

マリアが釘を刺す。

「……了解した」

 

二手に分かれた裏掃除屋チーム。

スレイとリル、メイコは、ナイトビジョンを頼りに、音もなく細い轍の先……トンネルのさらに奥深くへと進んでいった。

 

「……スレイ。あそこ、何かあるよ」

リルが、暗闇の先を指差す。

 

そこには、ポツンと一台のコンパクトカーが停まっていた。

エンジンは切られているが、なぜか車体全体が、不自然なリズムでギシギシ、ギシギシと激しく上下に揺れている。

 

(……中に誰かいる。敵の斥候か?)

スレイはハンドガンの安全装置(セーフティ)を外し、気配を完全に殺して車の死角へと接近した。

 

「リル、メイコ! 気をつけろ、誰かいるぞ!」

リルもスタンガンを準備する。

3人に緊張が走る。

 

車の窓ガラスは、内側からの熱気で真っ白に曇りきっている。

 

そして、かすかに開いた窓の隙間から、トンネル内に反響していた女の啜り泣くような不気味な風音の正体が、はっきりと漏れ聞こえてきた。

 

「あぁっ……ヤバッ……! トンネルの中とか、スリルあって、ちょーイイっ……♡」

「だろ? 肝試し最高じゃん……っ、もっと声出せよ……っ!」

「こんな場所で……ヤバッ……! いつもより感じちゃう♡」

「あぁ、最高だろ! スリルあって!」

 

「…………」

スレイが、構えていたハンドガンの銃口をスッと下げた。

 

「あれれ、何しているのかな~?」

メイコが首を傾げる。

 

それは、幽霊の呪いでも、反社会的勢力の密輸現場でもなかった。

ただの廃トンネルの雰囲気に当てられて発情した、血気盛んな若いカップルの、生々しいカーセックスの現場だった。

 

「わぁ……っ!」

スレイの足元で、リルが目をキラキラと輝かせて車の窓に張り付こうとする。

 

「ねえスレイ! すっごく激しく動いてるよ!」

メイコも興味津々で覗き込もうとする。

 

「……見るな。教育に悪い」

スレイは真顔でリルの目を大きな手で覆い隠すと、深くため息をついた。

「……マリア、モニカ。こちらスレイ。細い轍の先を確認したが、敵ではなかった。ただの盛りのついた素人だ」

 

『……は? 盛りのついた? なによそれ』

マリアの怪訝な声が響く。

 

『心霊スポット巡りでも、猥TUBERでもなかったのね……』

モニカが呆れたように呟く。

 

「誰も来ないと思って、随分ハッスルしちゃってますね~」

ニヤニヤと笑うメイコ。

 

「じゃじゃ~ん! 特等席で見ちゃってま~す」

目をキラキラとさせて観覧するリル。

 

「……戻るぞ」

なかなか動かないリルとメイコを、スレイは首根っこを掴んで必死に説得(物理)し、引きずって戻る羽目になった。

 

 

――元の道に戻り、マリアとモニカに合流する。

 

「幽霊の声みたいに聞こえたのは、あの女の人の喘ぎ声だったんだよ!」

リルが報告する。

 

「ちなみに軋む音は、車でギシギシアンアンしてたからだね~」

メイコがケラケラと笑う。

 

「おのれバカップル!! 紛らわしいことしてんじゃないわよ!!」

マリアの怒号が、廃トンネルの暗闇にこだまする。

 

「……マリア、静かにしろ……」

スレイがなだめる。

 

「……まあいいわ。スレイ、こっちが本命よ」

モニカが太い轍を指さした。

 

太い轍を追って、トンネルの最奥部付近の横穴へと足を踏み入れる。

薄暗い道が続く。足場もよくない。

 

少し行ったところに、モニカの推測通り、泥にまみれた一台の中型トラックが停められていた。

 

「……やっぱりね。幽霊の噂なんて、これを隠すためのカモフラージュよ」

モニカが確信を込めて言う。

 

マリアはトラックの荷台を確認するが、中は空っぽだった。

「……もう荷物は降ろした後みたいね。これだけのトラックで、一体何を運んでいたのかしら」

 

「悪いお薬にしては、大きすぎじゃない? こんなトラックで運ぶ必要ないもの」

リルが首を傾げる。

 

「ということは、違法だけど重いものだよね」

メイコが言う。

 

「武器の線が強いな。轍を見る限り、重量もかなりあったようだ」

スレイが轍の深さから推測する。

 

「あっ! あっちのほうを見て、皆」

リルが指差す。

 

マリアは懐中電灯の光を、トラックの奥にあるコンクリートの壁へと向けた。

そこには、元々は作業用の通路だったのだろう、頑丈そうな鉄の扉が嵌め込まれていた。

 

「……ねえ、マリア。あの扉、サビだらけで何十年も開いてないように見えるけど」

メイコが扉を指差す。

 

「でも取っ手の部分だけ、不自然にサビが落ちているわね」

モニカが目を細める。

 

「……ええ。よく気づいたわね、モニカ」

マリアが感心したように頷く。

「あれは、最近になって人の手が幾度も触れた証拠よ。……油や手垢がついて、そこだけサビが剥がれ落ちてるのね」

 

「ということは~。この扉の奥が、連中のアジトか保管庫だね」

リルがスタンガンを構える。

 

「この奥に、大物議員Aが危惧していた反社会的勢力が潜んでいるはずよ。……物理的な除霊の準備はいいわね?」

マリアが最終確認をする。

 

「……あぁ」

スレイが、ハンドガンのスライドを引き、漆黒の瞳に死神の光を宿す。

 

「……どんな悪霊(ヤクザ)がいようと、俺がすべて拳と弾丸で浄化してやる」

リルもスタンガンと小型ドローンを起動させ、戦闘準備を整える。

 

「……行くぞ」

スレイが、錆びた鉄の扉の取っ手を掴み、音もなくゆっくりと押し開けた。

 

蝶番が微かに軋む音すら、彼の巨躯が放つ圧倒的な死神の気配にかき消されていった。

 

「とりあえず、誰もいないね。偵察ドローンを投入!」

リルが、小型ドローンを先頭にしてトンネル内部の横穴を確認していく。

 

扉の先には、コンクリート打ちっぱなしの薄暗い階段が地下へと続いていた。

カビの匂いと、微かにタバコの煙の匂いが混ざり合っている。

 

スレイとリルを先頭に、マリア、モニカ、メイコの順で階段を下りていく。

マリアとモニカも、念のためハンドガンを構えている。

 

「ちょっと待って、人がいた!」

先頭を進んでいたドローンの映像をリルが捉える。

 

「見張りって感じだね。ここは後ろに何人いるかわからないから、静かにやらないと」

メイコが囁く。

 

「静かに排除する方向で動きましょう。派手にやったらダメよ」

マリアが指示を出す。

 

踊り場を曲がった先、地下空間の入り口には、パイプ椅子にふんぞり返ってスマホをいじっているチンピラ風の見張りが二名いた。

 

「おい、今日のノルマ終わったらキャバクラ……」

「……え?」

 

見張りの男たちが顔を上げた瞬間。

彼らの視界は、199センチの巨漢が放つ漆黒の絶望によって完全に塞がれた。

 

『ドゴッ!!』

『ゴスッ!!』

「あべっ……」

「ひぐっ……」

 

悲鳴を上げる間すらなかった。スレイの恐るべきスピードの掌底と手刀が、二人の男の意識を0.1秒で物理的に刈り取った。

彼らは白目を剥いて、崩れ落ちるようにその場に気絶する。

 

「……見張り二名、排除(除霊)完了。中はどうなっている、マリア?」

スレイが尋ねる。

 

「中には数名ってとこね。これなら、正面から突入で問題ないわ」

サーモグラフィで内部を確認したマリアが答える。

 

「私が開けるから、リルたそドローンを侵入させてからのスレイ突撃で!」

メイコが提案する。

 

「わかった~! それでいこう~」

リルが頷く。

 

メイコが、勢いよく扉を開け放つ。

「多様性神社のお祓いチームで~す!」

 

「なんだテメェら!? どこから入りやがっ――」

チンピラが立ち上がろうとするが、言い終わる前にリルのドローンが視界を塞ぎ、催涙ガスを発射する。

「うぎゃあっ!? 目が!! 目が!!」

 

部屋の中にいた数名の男たちは、手元にあった鉄パイプやナイフで応戦しようとしたが、相手が悪すぎた。

 

「除霊が得意なリルちゃん巫女で~す!」

『――バチバチバチバチッ!!』

「ぎゃああああああッ!!」

 

リルの高出力スタンガンで制圧されるチンピラたち。

 

さらに、スレイの人間離れした格闘術と、リルの隙を突いた流れるような制圧によって、彼らはものの数十秒で手も足も出ない状態にされ、持参した結束バンドで床に芋虫のように縛り上げられた。

 

「……制圧完了だ」

スレイが、ピクピクと痙攣する男たちを見下ろし、小さく息を吐く。

「……しかし、手応えがなさすぎる。海外のカルテルではないな」

 

「確かに弱すぎるね~。今まで色々制圧してきたけど、ここまで弱いのは見たことないね~」

リルが首を傾げる。

 

「動きも何か凄い素人で、そこらのヤンキーレベルだよ」

メイコが言う。

 

「ええ。どう見ても、ただの地元の半グレか、小物の犯罪集団ね」

マリアが呆れたようにため息をつきながら、部屋の奥へと歩を進める。

 

「……それで? 幽霊の噂まで流して、この地下で何を密輸してたのかしら」

モニカが周囲を見渡す。

 

マリアが懐中電灯の光を部屋の隅に向けると。

そこには、麻薬のパケでも、違法な銃器が入った木箱でもなく……。

 

天井まで届きそうなほど大量に積まれた、無地のDVDディスクと安っぽいパッケージの山、それにハンディビデオがあった。

 

「……は?」

マリアが目を丸くする。

 

「……これ、全部海賊版ディスクじゃないの……」

モニカが絶句する。

 

「ええっ!? 海賊版!? って何それ?」

リルが不思議そうに聞く。

 

「権利者に無断で、音楽、映画、漫画、ソフトなどを複製・配信・販売する、違法な商品やサイトのことだよ」

メイコが解説する。

 

「えーっとつまり、このしょぼい反社は薬物でも武器でもなく、ダビングした映画を売ってたの?」

「まぁ、簡単に言えばそういうことよ」

リルの疑問にモニカが頭を抱える。

 

「……はぁ。まさか政府御用達の裏掃除屋チームが、こんな小物の海賊版業者のアジトを制圧する羽目になるなんてね」

マリアは気を取り直し、スマートフォンを取り出した。

「……とりあえず、この大量の証拠品(ディスク)と連中をどうにかしないとね」

 

「あ~パパ! 例のトンネルに来たんだけど、マリアに代わるね」

メイコが既に電話をかけていた。

 

『おお、メイコ! 無事で何よりだ。そして、もう終わったのか!? 早すぎるんじゃないのか』

大物議員Aの声が響く。メイコがマリアにスマホを渡す。

 

「それが、小物の半グレどもと、大量の違法ディスクです」

マリアが報告する。

 

『はっ? ……なんとしょうもない。。。PCUの無駄遣いだったな、これは』

大物議員Aも完全に拍子抜けした。

 

そして、大型トラックと、連中の身柄を引き取るように山田相姦の部隊を派遣することになった。

 

「……よし。あと三十分で山田相姦のトラックが来るわ。これで今回の除霊(物理)は完了よ」

マリアが息を吐く。

 

「じゃあ待っている間に、さっきのカップルのところに行ってみようよ!」

リルが瞳を輝かせる。

 

「いいねそうしよう、リルたそ行こ! カーセックス!」

メイコもノリノリだ。

 

「やめなさい! 大人しく待っていなさい!」

モニカにこってりと怒られるリルとメイコであった。

 

 

――新宿アジト。

 

廃トンネルでスレイ達が物理的に除霊(物理制圧)した男たちは、手配した山田相姦の部隊に引き渡され、あっさりと連行されていった。

 

「……やっぱり、背後に巨大組織なんかいないでしょうね。ただのしょうもない小物集団ね」

シャワーを浴びて汗を流し、すっかり司令塔の顔から普段の表情に戻ったマリアが、アジトで呆れたように息を吐いた。

 

「久しぶりの任務だったけど、肩透かしね本当に」

モニカが髪を拭きながら言う。

 

「あの海賊版のDVDだけど、昨夜メイコちゃんが借りてきたようなやつ?」

リルが尋ねる。

 

「あのD級、いやE級のパロディ映画は逆にないはずよ。有名な映画とか音楽ビデオにアダルトビデオよ!」

マリアが答える。

 

「ってことは、パイパニックとかパール・マーラーとか?」

メイコがケラケラと笑う。

 

「それはF級のほうでしょ! タイタニックとかパール・ハーバーでしょ!」

モニカがすかさずツッコミを入れる。

 

「そうなんだ~、まぁいいや! 昨日の別のやつ見よ、メイコちゃん!」

「うん!」

DVDをセットする二人を見て、マリアとモニカは深い溜息をついた。

 

 

――翌日。首相感貞。

 

「何で裏掃除屋の私たちが、こんなことをしているの……」

マリアが段ボールの山を見て呻く。

 

「仕方ないわ。乗りかかった船だし、一応任務の延長よ」

モニカがなだめる。

 

証拠品部屋に山積みにされた段ボール箱。

 

中身はすべて、トンネルの地下から押収した違法な海賊版ディスクやハンディビデオの数々である。

 

念のため、政治的な恐喝材料などが混ざっていないか、山田相姦の部隊が精査(仕分け)を行うはずだったのだが……。

 

「すまんね本当に。今、山田君の部隊は萌美総理の警護で日本中を飛び回っているので、人手不足なんだよ」

大物議員Aはそういって、そそくさと資料室から退室していった。

 

「まぁいいわ。反社から巻き上げた金で報酬ということでしょう」

「命の危険がない任務にしては高額だし、よしとしましょう」

昨日の廃トンネルの件で首相感貞に報告に来たつもりが、いつの間にか仕分け作業に駆り出されてしまったPCUメンバーたち。

 

「わっ、ちっちゃ!」

モニターの前で、あぐらをかいてビデオのチェックを担当していたリルが、心底つまらなそうに声を上げた。

 

「これって本当にプロの男優さんなの? なんかしょぼいなぁ」

メイコが覗き込む。

 

「何をチェックしているのあなた達……」

モニカが呆れる。

 

「リル、メイコ!! 裏ビデオの辛口レビューをしなくていいの!! パッケージと中身が一致してるかだけ確認して!」

マリアが頭を抱えた。

 

有名映画の海賊版、アイドルのコンサートの隠し撮り、そして劣悪な画質の裏ビデオ。

数千枚にも及ぶくだらない違法ディスクの山に、疲労もピークに達しつつあった。

 

スレイも黙々と仕分け作業を行っている。

 

「はぁ……みんな、お疲れ様。一旦休憩にしましょ」

そこへモニカが、大きな紙袋を抱えて部屋に入ってきた。

「サンドイッチと、チョココロネ、クロワッサン持ってきたわよ。お腹空いたでしょ?」

 

「やったー! わたしチョココロネ!」

「私はサンドイッチにしよ~」

リルとメイコがそれぞれパンを手に取る。

 

「……ありがたい。糖分が必要だ」

スレイが大きな手で小さなクロワッサンを摘み、ハムッ……と静かに咀嚼する。

 

殺伐とした違法ディスクの山に囲まれながら、差し入れを頬張るという、奇妙で平和なティータイム。

 

 

――そして、夕食のパンを食べ終え、すっかり外も暗くなった頃。

 

「よし、あともう少しよ。一気に終わらせるわよ」

マリアの号令で、残りの段ボール箱の底に沈んでいた数枚のディスクの確認作業が再開された。

 

「パッケージなし、手書きのタイトルもなし……。こいつら、本当に管理が杜撰ね」

モニカがため息をつきながらディスクをケースにしまっていく中。

 

「……マリア」

スレイが、ピタリと手を止めた。

 

「どうしたの?」

「……これも中身を確認したほうがいいだろう」

スレイが差し出したのは、ディスクではなく、乱雑に放り込まれたハンディビデオだった。

 

「なんでハンディビデオまであるの?」

リルが不思議そうに見る。

 

「多分、映画泥棒じゃないかな? 上映中のを撮るやつ」

メイコの指摘が入る。

 

「映画泥棒のCM見たことあるでしょ? あの類ね。新作なんかを闇サイトで配信するのよ」

モニカが説明する。

 

「あとは、ハンディビデオ機器そのものの盗品ね」

マリアが付け加える。

 

「わかった、ハードゲイオフとかに売っちゃうんだ!」

「どんな買取業者なのそこは!」

リルの推測にマリアがすかさずツッコミを入れた。

 

「小物の反社が考えそうなことだね~」

メイコが笑う。

 

ディスクがあらかた片付いたので、ハンディビデオの中身を見ることにする。

 

「あ~これって今上映中のじゃない?」

「そうそう、こういうのを直接撮るんだよね、セコいな~」

幾つかのハンディビデオをチェックして、映画盗撮の箱に入れていく。

 

中にはただのホームビデオのようなものもある。おそらく車上荒らしなどで盗んだものだろう。盗品の箱に仕分けをしていく。

 

「さ~あと数個だね! 再生するよ」

リルが再生ボタンを押す。

 

『ジーッ……』というノイズ音と共に、真っ暗だった画面に、不鮮明な映像がふっと浮かび上がった。

 

「…………え?」

その映像を見た瞬間。空気が、これまでのコメディのような緩さから一転し、氷のように冷たく、そして鋭く張り詰めた。

 

不気味な無音の映像が流れる。

「……なんだ、これは」

スレイがモニターを凝視する。

 

モニターに映し出されたのは、海賊版の映画でも、いかがわしい裏ビデオでもなかった。

手ブレのひどい、明らかに遠くから隠し撮りされた素人の盗撮映像だった。

 

【挿絵表示】

 

「これ……大物議員Aじゃない!」

モニカが画面を指差す。

 

「あれっ、確かにこれパパだね? なんで押収したハンディビデオなんかに撮られているの?」

メイコが驚く。

映像の中では、見慣れた大物議員Aが、どこかのホテルの宴会場のような場所で、支援者たちに向けて熱心に演説を行っていた。

 

そして画面が切り替わり、今度は見慣れたレンガ造りの校門が映し出される。

「……花弁大学ね。ターゲットは議員だけじゃないってこと?」

マリアが目を細めた。

校門から、数人の取り巻き(お嬢様たち)を引き連れて、「ち〜っす!」と笑いながら歩いてくるギャル。間違いなく、メイコである。

 

「これメイコちゃんだよね! メイコちゃんを撮ろうとしている!」

リルが声を上げる。

 

「えっ? 私! きもっ!」

メイコが顔をしかめる。

 

「これはおそらく盗品ね。政治的な私怨か、誘拐の下準備かもしれないわ」

モニカが冷静に分析する。

 

「……狂賛党の残党か?」

スレイが、画面を食い入るように見つめながら低く呟いた。

 

「いや……連中の監視手法とは毛色が違うわね。政治的な思惑やテロの標的を探るというより、執拗に対象の日常を舐め回すような……不気味な執着(ストーカー)の気配がする」

マリアが背筋に冷たいものを感じる。

 

「……マリアの言う通りね。それに、この映像、比較的最近のものよ」

モニカが映像の背景を指差した。

「メイコの背後の紅葉の木、緑とオレンジが混ざっているわね。おそらく1週間前程度ね」

 

「えぇ怖い、何これ! メイコちゃんのストーカー!?」

リルが震える。

 

「ばいや~、でもパパの演説とかもあるから、政治臭がするなぁ」

あまり自分のことは気に留めていないメイコ。そこらの一般人とは胆力が違う。

 

「何でこんなホームビデオがあるのよ一体。不気味な話ね」

マリアが言う。

 

「この仮政治犯が、車上荒らしにあったと考えるのが一番ね」

モニカが推測する。

 

「電車内とかで置き引きにあったとかは?」

リルが尋ねる。

 

「おそらく、ストーキングしやすいのは車だから! でしょモニカ?」

メイコが言う。

 

「その通りよ。付け回すには、車かバイク移動が現実的よ」

モニカが頷く。

 

「……マリア。ここだ。映像を止めろ」

スレイの鋭い声が響いた。

マリアが慌ててキーボードを叩き、映像を一時停止する。

 

それは、花弁大学から出てくるメイコを追って、隠しカメラがゆっくりと横にパンした瞬間のフレームだった。

カーブミラーに、一瞬撮影者らしき人物が映りこんだ。

「マリア、拡大して解像度を変えられるか」

「勿論よ。ちょっと待って」

マリアがカーブミラーを拡大し、解像度補正アプリで撮影者を特定する。

 

「……嘘でしょ」

モニカが息を呑む。

ピントがボケた手前の植え込みの影に、不自然なものが映り込んでいた。

 

真っ白な仮面

 

目と口の部分だけが黒くくり抜かれた、何の装飾もない無機質な白い仮面を被った何者かが、カメラのレンズ越しに、メイコをジッと見つめている姿が、一瞬だけ映り込んでいたのだ。

 

「うわぁ、本当の幽霊が出た!」

リルが叫ぶ。

 

「トンネルには幽霊いなかったのに!」

メイコが驚く。

 

「宗教臭さも出てきたわね。とりあえず当事者に連絡よ」

モニカが指示を出す。

 

「……なによこれ。気味が悪いわね……」

マリアは背筋に冷たいものを感じながら、即座にスマートフォンを手に取った。

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