――数分後。首相感貞・特別地下室。
「白い仮面、だと……?」
証拠品部屋に大物議員Aを呼び出し、例のビデオを見せる。
大物議員Aの声は、いつもの芝居がかった余裕が消え、明らかな困惑が混じっていた。
「狂賛党とは別の、組織的かつ狂信的なストーカーの可能性があります」
マリアがモニターに映る白い仮面の静止画を睨みつける。
「議員、過去にその白い仮面をトレードマークにしているような政治団体や、怨みを買ったカルト宗教などに心当たりは?」
モニカがプロファイラーとして問い詰める。
「いや……全くない。私の政敵は多いが、そんなオカルトじみた連中の話は聞いたことがないな」
大物議員Aが首を振る。
「カルトの類となると、ある意味反社よりも厄介だぞ」
スレイが低い声で忠告する。
「完全に未知の敵ね」
マリアが忌々しそうに息を吐いた。
「議員は念のため、身辺警護(SP)のレベルを最大まで引き上げてください」
モニカが指示を出す。
「あぁ、そうだな。そうしよう。出張中の萌美総理にも一報入れておこう。カルトの類かもしれん」
「メイコちゃんの警護も強化しないと!」
リルが心配そうに言う。
「勿論だ。このカルト集団が何者かわかるまでは、メイコの警護レベルも最大にする」
大物議員Aが力強く頷く。
「それなら、最大、いや最強の身辺警護(SP)を知っているから、その人たちにお願いして~いいでしょパパ?」
メイコがニシシと笑う。
「そんな凄い連中がいるのか? メイコの安全を守れるなら構わないぞ」
大物議員Aが身を乗り出す。
「身辺警護(SP)はクリアできそうね。あとは特定の方ね」
マリアが少し安堵する。
「メイコの学友に警備会社の人間でもいるの?」
モニカが不思議そうに尋ねる。
「いや違うよ~、学校じゃないよ~。最強の身辺警護(SP)なんて決まっているじゃない!」
メイコが胸を張る。
「山田相姦のような表の掃除屋にも、優秀な連中は多い」
スレイが言う。
「しかし山田部隊の精鋭と自慰衛隊は、今は(総理の警護で)使えないので歯がゆいところだ」
大物議員Aが腕を組む。
「そりゃ、最強の身辺警護(SP)は変態政府御用達のPCU一択でしょ!!」
メイコがバシッとスレイたちを指差した。
「「へっ?」」
モニカとマリアが素っ頓狂な声を上げる。
「やった~! メイコちゃんを守るのは任せて!」
リルが喜んで飛び跳ねる。
「そうか、確かに! スレイ君たちにお願いするのが一番早い! そして安心安全! 避妊は大事、明るい家族計画!」
大物議員Aが謎の標語を叫ぶ。
「何か変なワード入ってません?」
マリアがジト目でツッコミを入れる。
「要するに、次の任務はメイコの警護及びカルト集団の特定と制圧ね」
モニカがまとめる。
「……問題ない」
スレイが静かに頷いた。
――新宿アジト。
「……しかし厄介ではあるな」
スレイが、腕を組みながら冷たく言い放つ。
「相手の目的が暗殺なら迎撃できるが、正体不明の宗教やカルト集団となると、思考が読めない。……早急に、この白い仮面の正体を暴き出す必要がある」
マリアはノートPCに向かい、高速でタイピングを始めた。
「まずは情報戦よ。ダークウェブの掲示板、オカルトフォーラム、過去の未解決事件のデータベース……。この白い仮面に関するあらゆる情報をハッキングして洗い出すわ」
「比較的新しい映像だと考えると、連中は今この瞬間も、大物議員Aとメイコの周辺をうろついている可能性が極めて高いわ」
モニカが分析する。
「……ダメね。全く引っかからないわ」
何枚ものモニターの光に照らされたマリアが、苛立たしげにキーボードを叩き、ターンッ!とエンターキーを強打した。
「映像に映り込んだ白い仮面の男。歩容認証から骨格データまで抽出して、警察のデータベースからダークウェブの犯罪者リストまで全部照合をかけたのに……該当者なし(ノーヒット)よ」
「どこから特定していくか。それと、相手を待つのも一つの手ね。久しぶりにあの作戦よ」
モニカが不敵に微笑んだ。
――翌朝。
メイコは、普段と何一つ変わらない「ち〜っす!」という軽い足取りで、花弁大学へと登校していった。
しかし、その隣にはいつもと違う少女の姿があった。
「うわ~! これが大学なんだ! キャンパスライフって少しやってみたかったんだぁ!」
「リルたそと登校って何か新鮮でおもろー!」
勿論、リルはメイコの直属の護衛として、生徒として紛れ込んでいる。大物議員Aが、生徒として入り込めるように裏から手配したのだ。
大学生が持つような鞄の中には、スタンガンとドローンに刃物も入っている。
他のメンバーも、花弁大学に侵入済である。
スレイは少し離れた位置からガードマンの恰好で死神の眼光で周囲を睨みつけ、マリアは視聴覚室を借りて監視網を敷いている。
モニカは大学内の庭師としてキャンパスを自由に歩き回っている。
『こちら異常なし。カメラも良好で視界よし』
マリアがインカム越しに通信する。
『リルとメイコは教室に移動したわ。しばらく動きはないはずよ』
モニカが報告する。
『……了解した。念のため授業も見張るようにする』
スレイが応じる。
今のところ、不気味な白い仮面はおろか、怪しい連中の影すら一切見当たらなかった。
――講堂での授業。
「ここまでで何か質問は? なければ次の議題に参りたいと思います」
多様性教授が黒板の前に立つ。
「ひょえ~流石名門大学! 何を言っているのかさっぱりわかんなかった~」
リルが笑う。
「いきなり授業出てもわかるわけないって、当然だよ~!」
メイコが慰める。
『流石の名門大学なだけあるわね。レベルが高すぎる内容だわ』
マリアが感心する。
『私も専門外のところはチンプンカンプンよ』
モニカも頷く。
「では次は、ア淫シュタインの質量とエネルギーの等価性についてです」
『……んっ?』
マリアとモニカが同時に違和感を覚える。
「ア淫シュタインは知ってる! あのフェラのおじさんだよね?」
リルが思い出す。
「フェラじゃなくてベロのおじさんだよ、ちょ~有名だよ!」
メイコが訂正する。
「公式は有名ですね。大文字と小文字に気をつけてください……sEx=mc2」
ホワイトボードに、教授がキュッキュッと几帳面な字で書き込む。
『……んんっ!?』
マリアとモニカの声が裏返る。
「mは Money(財力)。cは Communication(コミュ力)を示します」
「そうなんだ~メモメモ!」
リルが真面目にノートをとる。
「つまり……sExに至るまでに必要なエネルギーは、財力とコミュ力の2乗によって決まるってことです」
『アホかァァァッ!! どんな等価性よ! 何なのこの授業は!』
マリアが絶叫する。
「あ~、この授業が物理じゃなく多様性道徳の時間だよ~」
メイコがケラケラと笑う。
「私のようにmもcも限りなくゼロに近い人間には……」
多様性教授の声が震え出す。
「一生……一生、左辺に到達できないのですッ……!」
そう言って教授は教卓に突っ伏し、ガチ泣きし始めた。
生徒たちは真面目にメモをとっているようだ。
『政府の息がかかっている大学だった、油断したわ! ここも多様性に侵されている!』
モニカが頭を抱える。
「へ~勉強になったー。今まで知らなかったけど結構簡単なんだね! 大学って面白いね」
リルが目を輝かせる。
『……リル……今の内容はたぶん役に立たない……そして、何かが大きく間違っている……』
スレイの低い、呆れ果てた声がインカムに響いた。
授業が終わり、放課後。
当たり前のように寝泊りはしているが、護衛も兼ねて全員でPCUの新宿アジトへと戻ることになった。
「大学って面白いね~! 明日もまた楽しみ~」
リルが瞳を輝かせる。
「リルたそ、多様性授業を興味津々で聞いててウける~」
「他の授業は難しくて、何言っているのかわかんなかった!」
「はぁ、しかし名門大学って言うだけあるけど、酷い授業もあったわね……」
「大物議員Aと政府(萌美総理)が関係している大学の時点で、察するべきだったわ」
マリアとモニカは、ドッと疲れた顔をしていた。
――翌日。
「リルたそ行こう~、今日は科学実験の講義もあるよ」
「わー面白そう! 色んなものを混ぜてもいいのかな~、やってみたい」
昨日と同じように、マリアは視聴覚室に陣取る。スレイは死神のように校舎で待機している。モニカは庭師としてキャンパス内をくまなく歩いている。
「今のところは問題なしよ。まわりに怪しい人影もなし」
マリアが報告する。
「こちらも特に問題ない」
スレイが答える。
「講義中は流石にカルトも動かないでしょう。私は来賓の駐車場スペース……んっ?」
来賓用の駐車場にきたモニカ。高級車が何台も止めてある。
「どうしたの、モニカ?」
マリアが問う。
「いや問題ではないわ。確認だけど、トンネルで逮捕した小物集団の尋問は終わったの?」
「それはもう終わったみたいよ。ただし、例のハンディビデオはどこで車上荒らししたかは覚えていないみたい」
「おそらく、あの小物は無差別に金目のものを盗っただけだろう」
スレイが言う。
「でも、盗むなら高級車の集まるところを狙うわね普通。……この駐車場に、細かいガラスの破片が落ちている」
モニカが地面を見つめる。
「どこかにぶつけた時の破片か?」
「ええ、意図的に割った時のガラス片ね。ハンマーかバールで叩き割った時の細かいガラスが掃除しきれていないみたい」
「あの小物集団は、この花弁大学で盗みを働いたのか?」
スレイが推測する。
「ありえるわよ。金持ち街よ。そして車上荒らしをしたはいいが、実はそれがカルトの車だったというオチね。山田相姦に調べさせましょう」
マリアが即座に動く。
――放課後。
「リルたそお疲れ様~、タピってからアジトに戻ろう」
「うんそうしよう~! 皆もついてきているよね」
各自位置から離れて合流する。そしてタピオカ屋さんに向かう。
「鉄観音に黒タピ多め!」
「私はミルクティーに黒タピ多め!」
「私も疲れたわ~、何か甘いものでも頂きましょう」
モニカがメニューを見る。
「頭を使うと甘いものが……んっ、山田相姦よ」
山田相姦からの電話に出るマリア。
「はい。……やはりそうですが、ありがとうございます」
電話を切ったマリアを見る。
「結果はどうマリア?」モニカが尋ねる。
「やはりあの小物犯罪者を尋問したところ、花弁大学の駐車場で盗みを働いていたわ」
「そうなると糸口になりそうだ」
スレイがタバコに火を点け紫煙を吐き出した。
「えぇ、お嬢様学校の来賓駐車場よ。監視カメラはバッチシあるはずよ」
マリアが不敵に笑う。
――夜。新宿アジト。
山田相姦を通して花弁大学の来賓駐車場の映像を取り寄せる。
「カメラの前で盗みをするってどれだけアホなんだろう」
リルが笑う。
「でも違法ディスクで金儲けしようとする脳みそレベルだし~」
メイコが言う。
「いったん見ていきましょう。1週間遡れば十分じゃないかしら」
モニカの号令で、1週間前の映像から見ていくことにする。
「この変な車は? アニメキャラクターとかの絵がいっぱいだよ!」
リルがモニターを指差す。
「これはただの痛車よ。。。こんな車荒らさないでしょう。ただの変態よ」
モニカが冷たく言い放つ。
「そもそも何で痛車が名門お嬢様大学の駐車場なんかにあるのよ!」
マリアがキレる。
「んっ? これ多様性教授の車だ」
映像の中で、痛車から多様性教授が降りてくるのに気づいたメイコ。
「なかなか出てこないね~」
見ていると変化が訪れる。
「この一番角に停めてある白のセダンの向こう側!」
メイコが叫ぶ。
「向こう側、助手席のガラスが割られたわね! 別の角度から見るわ」
マリアが別角度のアングルを映す。
「この犯人はただのカスだから放置でいいわね。ごそごそしてるけど確実に車上荒らしね。色々盗んでいるわ」
モニカが確認する。
「間違いない。あのハンディビデオを袋に詰め込んだ!」
スレイが目視する。
「じゃあこの車の持ち主から追えそうだね! レンタカーかもしれないけど」
リルが言う。
「でも車上荒らしに遭っている以上は、レンタカー屋さんにはそのまま返せないよね?」
メイコが指摘する。
「しかし微妙にナンバーが見えないわね。他のアングルはない?」
モニカが顔を近づける。
「おそらく、カメラの位置は計算して駐車したのね。厄介な相手だわ」
マリアが舌打ちをする。
車上荒らし後、早送りしていると、ついに仮面の男が車に乗り込んできた。
「ああっ! 犯人、仮面被ってるから顔がわかんないよ〜!」
リルが悔しがる。
「待って。白いセダンの正面……さっきの多様性教授のアニメ柄の車(痛車)ね。やけにカメラがいっぱいついてない?」
モニカが気づく。
「あー! あれ360度全方位ドラレコだ! 愛車にイタズラされないようにガチガチに防犯してるんだよ!」
メイコが指差す。
「……あの変態教授のドラレコ、クラウド経由でハッキングするわ。……よし、映像抜けた!」
マリアの神業が光る。
「……見事だ。ナンバープレートもバッチリ映っているな」
スレイが頷く。
「変態教授の異常な愛車精神、グッジョブだね!」
リルが喜ぶ。
「さて、陸運局から順当にまず当たっていきましょう」
モニカが指示を出す。
「通常のナンバーだし、登録されているはずよ」
陸運局のデータにアクセスするマリア。
「明らかにダミー会社だな」
スレイが言う。
「自己啓発セミナーとか胡散臭いですって言っているようなものじゃん~」
メイコが笑う。
「あとは位置情報かな?」
リルが尋ねる。
「勿論そこが重要よ」
マリアが、車のカーナビゲーションシステムやコネクテッド機能(常時接続のGPS)にハッキングを仕掛け、過去1週間の走行履歴を抽出する。
――その頃。
大物議員Aは、国会議事堂の執務室で大量の書類と格闘していた。
「……ふむ。社会はすべての価値観を包摂し、何者も排除してはならないのだ」
環萌美内閣や大物議員Aの政治信条、そのモットーは全てを受け入れる(究極の寛容)。
オペラ座の変態やマイフェラレディといった、日本の演劇界の底辺を這いずるような糞ミュージカルを前衛的な現代アートだと手放しで絶賛し、愛好する理由であった。
彼のあまりに広大すぎる度量は、B級映画や変態的な芸術すらも『多様性の一つ』として完全に許容してしまっているのだ。
「……私の娘(メイコ)の自由奔放さも、PCUチームの君たちの存在も、すべてはこの寛容なる世界の一部なのだよ」
大物議員Aは、満足げにペンを置き、分厚い法案の束を撫でた。
彼が現在、全身全霊をかけて推し進めているのは『あらゆる差別に対する撤廃と、究極の多様性を認める法案』であった。
――新宿アジト
「拠点はよくある幽霊会社かな」
リルがモニターを見る。
「やっていることは反社とそう変わらないね~」
メイコが言う。
「見えてきたか?」
スレイが尋ねる。マリアは頷きながらも操作を続ける。
「白い仮面でホワイトね。何かメッセージ性があるはずよ」
モニカが呟く。
「えぇ……連中の名前は、ホワイトスノウ」
マリアが、ついにカルトの正体をモニターに暴き出した。
――翌日。首相官邸。
萌美総理も出張から戻っていた。
モニターには、あの不気味な白い仮面の画像と共に、ダークウェブからサルベージされたいくつかの文書が映し出されている。
「ホワイトスノウ。直訳すれば白雪ですが……その実態は、極端な排外主義と純血主義を掲げる、言わば日本版のKKK(クー・クラックス・クラン)とも呼べる狂信的な秘密結社です」
マリアが説明する。
「日本版のKKKだって」
大物議員Aが顔をしかめる。
「ふざけた連中ね。何がホワイトなのかしら」
萌美総理が冷たく吐き捨てる。
「ええ。国際化が進み、この国にも多くの外国人が暮らすようになりました。……確かに、一部の外国人による犯罪や、文化の違いによる迷惑行為が多発し、社会問題化しているのは事実です」
モニカが淡々と事実を述べる。
「迷惑外国人は簡易的に強制送還できるように、法令を整えたばかりなのに」
萌美総理が不快そうに言う。
「確かに迷惑外国人多いけどね~、全員じゃないもんね」
リルが頷く。
「萌美総理になってからは、犯罪者に滅茶苦茶厳しくなったはずなのに」
メイコが言う。
「真面目に働き、この国の経済や社会の役に立ってくれている勤勉な外国人も大勢いる。……ですが、このホワイトスノウという集団は、そういった事実を一切無視している」
マリアはモニターの画像を切り替えた。そこには、白い仮面を被った集団が、不気味な集会を開いている隠し撮り写真があった。
「連中の思想はただ一つ。日本を不純物から守り、白く(純血に)染め上げること。……連中が今、最も邪魔だと感じているのは、大物議員A」
「政府がまとめようとしている『あらゆる差別に対する撤廃と、究極の多様性を認める法案』ね。大物議員Aが中心になって取りまとめているわ」
萌美総理が言う。
大物議員Aが、ゆっくりと目を閉じた。
「……なるほど。前回の選挙で裏で動いていた狂讃美党(過激な左翼)とは、全く関係がないというわけだな」
「ええ。思想としては完全に真逆(極右)です。……狂讃党はわかりやすいテロや暴力を好みますが、ホワイトスノウはもっと陰湿で、カルト的です。対象の日常を監視し、じわじわと精神的に追い詰め、最後には社会の不純物として儀式的に排除する」
マリアが分析する。
「日本のためと言いながら、日本の足を引っ張る愚か者ね」
萌美総理が鼻で笑う。
モニカは、ディスクに映っていたメイコの盗撮映像を思い出し、眉をひそめた。
「連中がメイコを監視していたのも、あなたに対する警告か、あるいは法案を潰すための人質として狙いを定めている証拠です。……『すべてを受け入れる』という寛容なスタンスが、連中の逆鱗に触れたようです」
「……ふむ」
大物議員Aは、深くため息をつくと、ゆっくりと目を開けた。
「私が愛するメガロドンVSシャークオクトパスもオペラ座の変態も……多様性という海から生まれた美しい芸術だ」
相変わらず例えに出す芸術のセンスは完全に終わっているが、政治家としての覚悟は本物だった。
「他者の価値観を否定し、己の白だけを押し付けるような連中の脅威に屈して、法案を取り下げるつもりは毛頭ないわ。やっていることがテロリストね」
萌美総理が同意する。
「……分かりました。連中が物理的な実力行使に出てくる以上、私たち裏掃除屋チームの管轄(仕事)です。ホワイトスノウの息の根は、私たちが完全に止めます」
マリアが冷徹な司令塔の顔で宣言した。
「……任せたよ。君たちの手腕には、いつも助けられている」
大物議員Aが頭を下げる。
「任せて~パパ! カルトなんかに負けてられないよ~」
メイコが笑う。
「メイコちゃんの護衛は任せてください!」
リルが胸を張る。
「あぁ、問題ない。ただ掃除をするだけだ」
スレイが静かに答える。
「そのホワイトスノウとやらに、コンドームを被せてあげなさい」
萌美総理が優雅に言う。
「言いたいことはわかりますが、変な言い回しはやめてください……」
モニカが頭を抱えた。
――数時間後。新宿アジト。
今日は金曜日なので明日は登校がない。メイコを大物議員Aの自宅に送ってきたところだ。
「ヤクザの方がまだ話が通じる分マシよ。カルト宗教の狂信者なんて、何してくるか分かったもんじゃないわ」
マリアがため息をつく。
「……どんな狂信者だろうと、頭か心臓を撃ち抜けば死ぬ。物理法則の前では平等だ」
スレイが、コートを脱ぎながら淡々と応じる。
「そうね。でも乗り込むなら早いほうがよさそうね。早めに潰すべきだわ」
モニカが言う。
走行履歴から位置情報を確認するマリア。
「……ホワイトスノウ。思想は過激だけど、組織の規模自体はそれほど大きくないはずよ」
マリアは、メインモニターにいくつかのデータを並べながら推測を立てていた。
「ネット上のトラフィックや、過去のカルト犯罪のデータと照らし合わせても、動かせる人員はせいぜい数十人規模といったところね。……巨大なカルテルのような資金力や武力はないわ」
「そうね。……でも、だからこそカルトは厄介なのよ」
モニカが指摘する。
「それって無敵の人ってやつだよね~」
リルが首を傾げる。
「そうだ。失うものがない狂信者は、常識では考えられない自爆テロをしてくる」
スレイが言う。
「電車とかで火をつけたりとか~、なりふり構わずの人だよね……。議員さんの豪邸の護衛、本当に大丈夫かなぁ」
リルが心配そうに言う。
「SPの数は最大まで増やさせているし、敷地のセキュリティも私が裏から強化してある。簡単には――」
スレイがそう言いかけた、まさにその時だった。
テーブルの上に置かれていたマリアのスマートフォンが、けたたましい緊急着信の音を鳴らした。画面に表示されたのは、大物議員Aからの直通回線だ。
「……はい、マリアです。どうしたの――」
マリアの表情が、一瞬にして凍りついた。
電話の向こうから聞こえてくるのは、大物議員Aの執事の悲痛な叫び声と、パニックに陥った人々の怒号、そして……パチパチという、何か巨大なものが爆ぜるような不吉な音。
『マリア様……ッ! た、大変です! 邸宅が……議員の屋敷が、何者かに放火されました!!』
「……ッ!! なんですって!?」
マリアがガタッと椅子を蹴立てて立ち上がる。
「全員、動いて!! 大物議員Aの屋敷が燃やされているわ!!」
マリアの怒号に、スレイとリルが瞬時に武器を手に取り、モニカが顔面を蒼白にした。
「嘘でしょ……!? いくらカルトでも、こんな真っ昼間に堂々と襲撃してくるなんて……!!」
「メイコちゃんや議員さんは避難できたのかなぁ?」
リルが顔を引きつらせる。
「狂信者の行動原理を甘く見ていたわ……! 皆、車を出すわよ! 急いで!!」
――数分後。東京都内の一等地。
『キキィィィィッ!!』
PCUチームの黒いSUVが、けたたましいスキール音を立てて大物議員Aの邸宅の前に急停車した。
「……酷いな」
車から飛び出したスレイが、その惨状を見上げて低く呟く。
いつもは荘厳な佇まいを見せていた広大な豪邸は、すでにその半分が真っ赤な紅蓮の炎に包まれていた。
黒煙が空高く舞い上がり、周囲には近隣の住民たちが遠巻きに避難し、遠くからは消防車のサイレンが近づいてきている。
「……マリア。周辺の警戒と、議員たちの安否確認を頼む」
スレイはそう言い残すと、燃え盛る屋敷には向かわず、漆黒の瞳をスッと細めて周囲の道路を素早く見渡した。
「……ネズミが逃げる音がする」
スレイの視線の先。パニックに陥った野次馬の群れの向こう側、路地裏を猛スピードで走り去ろうとする一台の怪しい白いバンの姿があった。ナンバープレートは泥で隠されている。
(……ただの放火魔じゃない。プロの逃走ルートだ)
スレイは一切の躊躇なく、その白いバンを追跡するために、音もなく路地の影へと姿を消した。
一方、屋敷の正門前では。
「議員!! 無事ですか!?」
マリアとリル、モニカの三人が、正門の前にへたり込んでいる人物の元へ駆け寄っていた。
「……君たち、か……っ」
そこにいたのは、あの常に余裕めいた芝居がかった態度を崩さなかった大物議員Aだった。
しかし今の彼は、高級なスーツは煤で真っ黒に汚れ、髪は乱れ、顔には火傷の跡すらあった。執事に抱き抱えられるようにして、激しく咳き込んでいる。
「ケガはない!? 敵の姿は見た!?」
マリアが叫ぶように尋ねるが、大物議員Aはマリアの問いには答えず、ただ燃え盛る我が家を絶望の目で見つめていた。
そして、ポロポロと、大粒の涙を流して泣き崩れたのだ。
「……ああ……っ、あああぁぁぁっ……!!」
「議員! しっかりして!」
「……メイコが……っ!」
大物議員Aが、震える指で、二階の炎に包まれた窓を指差した。
「……私の娘が、メイコが、まだあの部屋の中に取り残されているんだ……ッ!!」
「…………ッ!!」
リル、マリア、モニカの心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
火の手はすでに二階全体に回りつつあり、普通の人間が飛び込めば数秒で焼け死ぬほどの業火と化している。
「……メイコちゃんが」
小柄な少女——リルが、ポツリと呟いた。
「メイコちゃんが危ない!」
いつもはスレイの背中に隠れ、子供のように無邪気に笑っている自称正妻の少女。
かつて顔の傷のせいで誰からも愛されず、孤独な裏掃除屋として生きてきた彼女に、初めてできた普通の友達。
傷を気にせず、当たり前のように隣で笑ってくれた、金髪青メッシュのギャル。
『ウェ〜イ! リルたそ、そのリップの色マジで神! ちょー盛れてるっしょ!』
脳裏に蘇る、彼女の明るい笑顔。
「……ダメだ」
リルの瞳から、一切の感情が消え去った。代わりに宿ったのは、裏掃除屋としての冷徹な意志と、友を絶対に死なせないという、狂気にも似た強烈な決意だった。
「リル……? ちょっと、待ってリル!! どこに行くの!!」
マリアが危険を察知して叫ぶ。
しかし、遅かった。リルは持っていた暗器のナイフを腰に仕舞い込むと。
マリアの制止を振り切り、躊躇うことなく、黒煙と紅蓮の炎が渦巻く大物議員Aの邸宅の中へと、ただ一人、弾丸のようなスピードで駆け出していったのである。
「リルゥゥゥゥゥッ!!!!」
マリアの絶叫が、燃え盛る炎の轟音にかき消されていった。
『ゴォォォォォッ……!!』
大物議員Aの邸宅の内部は、すでに灼熱の地獄と化していた。
高級なアンティーク家具が炎に巻かれて爆ぜ、絨毯が黒い煙を上げて燻っている。酸素を貪り食う業火の熱波が、飛び込んできたリルの小さな身体を容赦なく打ち据えた。
「……ゲホッ、ゴホッ……!」
気道を焼くような熱い空気に、リルは思わず口元を袖で覆う。
視界は真っ赤な炎と黒煙に遮られ、一寸先も見えない。しかし、それ以上にリルの足を鈍らせたのは、眼前に広がる光景が呼び起こす最悪の記憶だった。
(……あつい。……こわいよ、お母さん、お父さん……っ)
燃え盛る炎。肌を焦がす熱。
それは、リルが幼い頃に両親を奪われた、あの凄惨な交通事故の記憶そのものだった。
ひしゃげた車体。フロントガラスから入り込む紅蓮の炎。助けを呼ぶ両親の声が徐々に途絶え、ただ一人、泣き叫んだ夜。
その事故で、リルは両親を失い……そして、顔に残る大きな傷を負った。
『……気味が悪い子ね。うちでは引き取れないわ』
『可哀想にねぇ。でも、あんな顔じゃお嫁にも行けないし……』
親戚中をたらい回しにされ、向けられるのは同情か、あるいは嫌悪の視線だけ。
学校に行けば、同年代の子供たちから「化け物」「気持ち悪い」と石を投げられ、苛めの標的にされた。
誰も、リルを普通の女の子としては見てくれなかった。世界中から拒絶され、不登校になり、最終的に裏社会の暗殺者として血と暴力の中に身を投じるしか、彼女が生きる道はなかったのだ。
「……っ、ぁ……」
トラウマがフラッシュバックし、炎の前でリルの足がガクガクと震え始める。
裏掃除屋としてどれだけ任務を重ねても、根源的な炎の恐怖だけは、どうしても拭い去ることができなかった。
しかし。黒煙で霞むリルの脳裏に、あの青い髪を揺らして笑う、無防備な少女の顔が鮮明にフラッシュバックした。
『えっ? リルたそのその顔の傷? ……ヤバッ! マジで歴戦の戦士って感じで超カッコよくね!? 厨二心くすぐるっしょ!!』
可哀想とも、気味が悪いとも言わなかった。ただ当たり前のように、傷跡を「かっこいい」と笑い飛ばし、自分の隣に座ってポテトチップスを差し出してくれた。
『リルたそ、そのリップの色マジで神! ちょー盛れてるっしょ!』
『ねえねえ、スレイっちのピー(自主規制)の話、もっと教えて!』
(……メイコちゃん)
頭の中で、彼女とのくだらなくも眩しいガールズトークが、何度も、何度もリフレインする。
暗殺者の自分に初めてできた、同年代の、普通の友達。
「……怖くない」
震えていたリルの細い足に、再び力が入る。
トラウマの炎よりも、たった一人の友達を失う恐怖の方が、遥かに勝った。
「怖くないっ……!! 待ってて、メイコちゃん! 絶対に、わたしが助けてあげるからね!!」
リルは身を屈め、黒煙の層をくぐり抜けるようにして、炎の壁が立ちはだかる二階へと続く大階段を駆け上がっていった。
――一方、その頃。屋敷の外。
「リルゥゥゥゥッ!!」
マリアの悲痛な叫びが、崩れ落ちる屋根の轟音に掻き消される。
「嘘でしょ……! あの子、炎にすごいトラウマ持ってるのに……っ!!」
モニカが涙目で燃え盛る屋敷を見上げ、悲痛に叫ぶ。
二階の窓ガラスが熱で次々と割れ、そこから炎の舌が外へと噴き出している。家は容赦なく、完全に焼け落ちようとしていた。
マリアは震える手でインカムのスイッチを叩き、最大音量で怒鳴りつけた。
『スレイ!! 応答しなさいスレイ!!』
『……どうした、マリア。今、白いバンを路地裏に追い詰めたところだ』
インカムの向こうから、冷徹な暗殺者の声が響く。
『バンの追跡は後回しにして!! 今すぐ、即刻ここへ戻りなさい!!』
『……なんだと? 敵の尻尾を逃す気か?』
『そんなこと言ってる場合じゃないのよ!! ……リルが!!』
マリアの声が、恐怖と焦燥で裏返る。
『リルが……メイコを助けるために、一人で火の海(屋敷の中)に飛び込んじゃったのよ!! あの子、炎のトラウマでまともに動けるはずがないのに……ッ!!』
『…………ッ!!』
インカムの向こうで、スレイの呼吸がピタリと止まる気配がした。
『お願いスレイ、早く戻って!! このままじゃ家が崩れ落ちて、二人とも焼け死んじゃうわ!!』
通信が切れる。
マリアとモニカは、猛烈な熱気を放つ屋敷の前に立ち尽くし、ただひたすらに、あの小さな暗殺者の無事と、最強の死神の帰還を祈ることしかできなかった。
『パチパチ、メキメキ……ッ!!』
屋敷の太い柱が炎に焼かれ、不吉な音を立てて軋み始めている。
タイムリミットは、もうすぐそこまで迫っていた。