爆破すべき対象編(前編)
秋もこれから本番、10月も終盤に差し掛かっていた。
排外主義のカルト集団ホワイトスノウを完全に消し去り、裏の掃除屋たちにも平穏な日々が戻ってきていた。
大物議員Aとメイコが住んでいた本邸は、カルト信者の自爆テロによって放火され、全焼。
二人は現在、一時的な仮住まいに身を寄せている。
ある夕方。
そんな仮住まいへ、PCUのメンバーたちはお邪魔することになっていた。
「メイコちゃん! 遊びにきたよ~!」
エントランスホールで、リルが元気よく手を振る。
「リルたそ! 皆いらっしゃい~!」
メイコが笑顔で出迎えた。
そこは、PCUの新宿アジトからもほど近い、セキュリティレベルが異常なほどに高い都内の超高級マンションだった。
「……ここが仮住まい!? 超高級マンションじゃないの!!」
大理石が敷き詰められたロビーを見渡し、マリアが目を丸くする。
「全くだわ! エントランスから飾りつけに警備も、凄いことになっているわね……」
モニカも、あちこちに配置されたSPたちの数を見てため息をついた。
そこへ、スーツ姿の大物議員Aがにこやかに出迎えてくる。
「やぁPCUの皆、よくきたね! アジトに近い場所だと、私としても安心だよ」
「私がアジトに行きやすいようにって、このマンションにしたんだ!」
メイコがピースサインを作る。
「はえ~~~凄い! お金持ちは凄い!」
リルが瞳をキラキラさせてはしゃぎ回る。
「どうせあのカルトから巻き上げた金でしょうが!」
マリアがジト目でツッコミを入れる。
「絶対、萌美総理の裏の手(国家権力)が入っているに違いないわね……」
モニカが呆れたように呟く。
「いやぁ、それもあるが。あの例のビデオの件で、保険を重ねておいたのだよ」
大物議員Aが、ふふっと意味深に笑う。
普段は限界ヲタクでありながら、政治家としての危機管理能力と有能さを併せ持つのが、この男の底知れないところだ。
「まぁそんなことはいいよ! 今日は引越祝いと、皆へのお礼だから楽しまないと!」
「やった~!」
「君たちには何度お礼を言っても足りないくらいだからね。今日は好き勝手やってくれ」
大物議員Aの合図で、ホテルのスイートルームのような広大なリビングへと案内された。
テーブルには、一流シェフが腕を振るったであろう沢山の豪華な料理と、最高級のお酒が次々と運ばれてくる。
「……さすがに食い過ぎたか」
黙々とステーキやオードブルを平らげていたスレイが、珍しく腹をさすって低く呟いた。
「はぁ~、沢山食べたし飲んだわね。これは明日からダイエットよダイエット!」
モニカが、ワイングラスを片手にソファに深くもたれかかる。
「いいじゃない、モニカは痩せているんだし。私はそろそろ……やばいわ……」
マリアが、自分のタイトな服のお腹周りを気にして呻く。
「マリアはおっぱいが大きすぎるんだよ! 少しでいいから分けてよ~」
リルが、マリアの豊満な胸部を指差して頬を膨らませる。
「そうもいかないでしょ~。分けられるなら分けてあげるわよ~」
マリアが苦笑いしながらリルの頭を撫でる。
そんな下らない話に、いつもどおりの猥談が交じる中。
「……イェェェェイ! 届け、この想いぃぃぃッ!」
リビングの巨大モニターに備え付けられた最新の自宅カラオケセットで、大物議員Aがアイドルグループ多様性坂69の楽曲をペンライト片手に熱唱し始めていた。
「お父さんからお土産だって、これ~」
メイコが、綺麗なリボンのついた小箱を幾つか持ってくる。
「あら、ベルギーの超有名パティスリーの高級チョコレートじゃないの。折角だし頂いていきましょう」
モニカが箱を受け取る。
「さすがに、今はもうデザートも入らないものね」
マリアも限界のようだ。
「わ~いチョコレート! 帰ったら食べよう!」
リルが大事そうに箱を抱える。
そうして、わいわいと楽しい時間は平和に過ぎていった。
――翌日。新宿アジト。
「……今日は少し胃腸を休めないといけないわね」
モニカが、少し青白い顔でハーブティーを啜っている。
「胃薬買ってきたわよ~。飲み過ぎ食べ過ぎにガスター1919っていうおかしな薬だけど」
マリアが、ドラッグストアの袋から怪しげなパッケージの薬を取り出す。
「胃薬? そんなのなくても大丈夫だよ! そういえばチョコレート貰ったし、食べようよ!」
リルが、昨夜もらった高級チョコの箱を意気揚々と開ける。
「くっ……これが若さという暴力か!」
モニカがソファで呻く。
「20代の頃は胃薬なんて無縁だものね。まぁ、折角だしお昼なしでお茶にしましょう」
マリアがコーヒーメーカーをセットする。
リルが、綺麗にコーティングされたチョコレートを一つ摘み、嬉しそうにパクリと頬張る。
が、しかし。
「……うっ……チョコレート。。。にがーい!」
リルが顔をしかめて舌を出す。
「くっ……これも若さという暴力なのかしら」
モニカが苦笑する。
「高級チョコって結構こういうものよリル。大人向けに出来ているのよ」
マリアがたしなめる。
スレイは傍らで、苦いチョコレートをブラックコーヒーと共に黙々と流し込んでいる。彼の味覚には合っているようだ。
「しょうなんだ~。チョコレートだから期待したのに~」
リルが残念そうに唇を尖らせる。
「甘いボンボンなんかもあるはずよ。例えばこの、ピエール……んっ?」
箱のロゴを見ていたモニカの動きが止まる。
「……これ、ピエール・マン〇リーニになっているわよ! ついに洋菓子まで多様性化が進んでいるの!?」
マリアがパッケージを見て絶叫する。
そんな騒がしい中、マリアのスマートフォンに着信が入る。メイコからだ。
「あ~メイコちゃん! 今、多様性チョコ食べていた!」
リルが電話口に向かって叫ぶ。
『多様性チョコ? まぁいいや~。昨夜は食べ過ぎたね~。今日アジト行こうと思ったんだけどさ、首相感貞に来て欲しいだって』
電話の向こうで、メイコが少し真面目なトーンで告げた。
「そうなんだ~、わかった。スレイにも言っておくね~!」
リルが振り返る。
「……任務か?」
スレイが、コーヒーカップを静かにテーブルへと置いた。
――翌日。首相感貞。
「やぁ皆、よくきてくれた! 休んだのも束の間、早速で悪いね」
大物議員Aが、円卓の奥で深刻そうな顔をして出迎えた。
「単刀直入に言うと、ハロウィンイベントでの爆破予告よ」
隣に座る環萌美総理が、冷徹な声で本題を切り出す。
「え~物騒だなぁ~! でもハロウィンイベント! テンションあげあげ!」
メイコが不謹慎にも少し目を輝かせる。
「ハロウィンイベント行きたいな~、任務決定! ……でも、なんでいちいち予告なんてするの? ドカンってやっちゃえばいいのに」
リルが純粋な疑問を口にする。
「……いい着眼点だ、リル」
スレイが低く頷く。
「確かに、本当に害したいなら有無を言わず爆破すればいいだけよ。昨今では掲示板やSNSで相次いでいるけど、悪戯……すなわち、ただの愉快犯よ」
マリアがキーボードを叩きながら解説する。
「しかし、愉快犯ではないと踏んで、裏掃除屋(わたしたち)が呼ばれたのでしょう?」
モニカが総理の目を真っ直ぐに見据える。
「察しがよくて助かる。その通り、今回のは愉快犯ではないと見ている」
大物議員Aが深く頷く。
「実行する気のない愉快犯を除けば、爆破予告なんてのは、大きくわけて3パターンよ。」
『自己顕示欲の劇場型』
『株価の操作など経済的意図』
『妨害・スケジュール撹乱』
萌美総理が指を3本立てる。
「んで、今回はどれにあたるの~?」
メイコが尋ねる。
「イベント会社に直接だ。パレードの最中に爆破するという内容である」
大物議員Aがまっすぐに回答をする。
「だとすると、劇場と経済とかじゃないんだね」
リルが納得する。
「大衆には知らせず、となると……残る線は何かの妨害や攪乱の意図ね」
マリアが推測を立てる。
「政治的なメッセージがないので、競合・ライバルの妨害か、怨恨の線ね」
モニカがプロファイラーとしての結論を出す。
「流石PCU。これ以上の説明は不要のようね」
萌美総理が、凶悪な笑みを浮かべた。
――数日後。ハロウィン当日。
「……ハロウィンフェスタ。ただでさえ人がごった返すテーマパークの巨大イベントだ。爆弾魔にとっては、これ以上ない狩り場だろうな」
秋の風が吹き抜ける、大阪・ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)。
ゾンビやモンスター、アニメのキャラクターに扮した数十万人のゲストが熱狂するパークの喧騒を見下ろしながら、スレイは深く、重いため息を吐いた。
「ええ。ハロウィンと言えば仮装だもの」
スレイの隣で、マリアが最新のタブレットを操作しながら頷く。
「誰もが顔を隠し、血のりや特殊メイクをしていても不自然じゃない。凶器(ナイフや銃のレプリカ)を持ち歩いていても、ただの小道具(プロップ)に見えるわ」
モニカが周囲の群衆を見渡す。
「犯罪を隠蔽するには、これ以上ない完璧なシチュエーションだもんね~。当然、相手も何らかの仮装をして潜り込んでくるはずよ」
メイコが言う。
「という訳で! 私達も仮装して任務にあたりたいと思いま~す!」
リルが元気に宣言した。
そう。スレイたちチーム一行は、このカオスなパークの群衆に完全に溶け込むために、自らも仮装をして大阪に乗り込んでいたのである。
「――さあ、私の準備は完璧よ。どうかしら、スレイ?」
マリアが、ふわりと漆黒のマントを翻した。
彼女の仮装は魔女。
深いスリットの入ったタイトな黒いドレスに、とんがり帽子。
年齢を感じさせない(と言ったら殺されるが)圧倒的なプロポーションと大人の色気が、魔法使いというよりも妖女といった風情で、恐ろしいほどに似合っていた。
「わーい! マリアすっごくセクシー! わたしはこれだよー!」
続いて現れたリルは、おさげ髪に黒いワンピース、そして青白いメイクを施したウェンズデー(アダムス・ファミリー)の仮装だ。
彼女の顔にある凄惨な傷跡も、この日ばかりはハイクオリティな特殊メイクとして完全に周囲に溶け込んでいる。
無表情で毒舌を吐くキャラクター性が、暗殺者のリルにはピッタリだった。
「ウチも着替えてきたっしょー!」
ギャルのメイコは、ツインテールに派手なメイク、金属バット(本物)を肩に担いだハーレイ・クインだ。
持ち前の派手なノリと完全に一致しており、違和感が全く仕事をしていない。
モニカは、服を少し破いて血のりをつけた、かわいいゾンビだ。
しかしカラコンのおかげで、プロファイラーとしての鋭い視線が周囲にバレないように計算されている。
「……お前ら、完全にただの客として楽しんでないか」
スレイが呆れたようにツッコミを入れた、その時だった。
「――待たせたわね! 私の仮装が一番気合いが入っているわよ!!」
バンッ!と控室のドアが開き、自信満々の声と共に一人の女性が飛び込んできた。
淡い金色のロングウィッグ。長く尖った特殊メイクの耳。
そして、豊満な胸の谷間と太ももを惜しげもなく露出した、露出度全開のハイファンタジーのエルフの装束。
「「「…………」」」
その、息を呑むほど美しく、しかし極めて業の深いエルフの仮装をキメた絶世の美女を見て。
スレイは、本日二度目の、最も深い絶望の溜息を吐いた。
「……総理。現役の内閣総理大臣が、一体こんな所で何をやっている」
そこに立っていたのは、間違いなく日本の最高権力者・環萌美総理であった。
「何って、視察(という名目の遊び)に決まってるじゃない!」
萌美総理は、エルフの長い耳をピコピコと揺らしながら、堂々と胸を張った。
「こんな仮装だらけの空間なら、私が歩いていても総理大臣のハイクオリティなそっくりさんにしか見えないわ! だから、今日の退屈な公務(国会答弁)は全部すっぽかして、大阪まで飛んできたのよ!」
「わ~、総理凄い! 本物のエルフさんみた~い!」
リルが無邪気に喜ぶ。
「うぇ~い皆気合入ってて超まぶ~い! 後で皆で絶対写真撮ろうね!」
メイコもノリノリだ。
「……日本の未来は今日も真っ暗ね」
かわいいゾンビ姿のモニカが、死んだ魚の目で呟く。
「公務をすっぽかしたって、国会は一体どうするのよ! こんなとこでコスプレしているってバレたらまずいわよ!」
魔女姿のマリアが頭を抱える。
「さあ、スレイ! あなたも早くこれに着替えてちょうだい!!」
総理が、興奮で鼻息を荒くしながら、巨大な紙袋をスレイに押し付けてきた。
中には、緑色の醜悪なゴムマスクと、ボロボロの腰巻きが入っている。
「……なんだ、これは」
スレイが低く問う。
「決まっているでしょう! 屈強なゴブリン、あるいはトロルのコスプレよ!!」
萌美総理の瞳が、完全に薄い本を読む時のド変態のそれに切り替わっていた。
「エルフ(私)とトロル(あなた)が、この熱狂のUSJの裏路地で出会うのよ……! そして、私の最奥に、屈強なトロルのゼロ発射が――」
「……断る」
スレイは、総理の性欲にまみれた紙袋を無言で床に置き、漆黒のコートの襟をピシッと正した。
「俺はボディガードだ。緊急時に動きを阻害するような被り物や腰巻きなど、言語道断だ」
結局、最強の暗殺者は、いつもの黒スーツにロングコート、そしてサングラスという凄腕ボディガード(あるいはメン・イン・ブラック)の姿のまま、一歩も譲らなかった。
「……ちぇっ。つまんないの~。絶対似合うと思ったのに」
総理がエルフの耳をしょんぼりと垂らすが、スレイは完全に無視して通信用のインカムを耳にセットした。
「……遊んでいる暇はないわね。パレードは、あと2時間よ」
マリアが表情を引き締める。
「メインパレードのフロート(山車)に乗って姿を現すタイミングが一番要注意よ」
モニカがプロファイラーの顔に戻る。
「は~い!」
リルが、可愛いワンピースの下にスタンガンを隠し持つ。
「これって、本当の爆破目的なのかなぁ?」
メイコが金属バットを担ぎ直す。
「それとも中止狙いなのか、不明だ。……だからこそ、警戒しておこう」
スレイが漆黒の瞳を鋭く光らせた。
仮装という最強の隠れ蓑を纏った暗殺者と、個性豊かすぎる衣装に身を包んだ裏の掃除屋チーム。
喧騒と狂熱に包まれたUSJのハロウィンフェスタで、血塗られた夜のパレードがいよいよ幕を開けようとしていた。
夕闇が大阪の空を包み込む頃。
USJのパーク内は、色とりどりのネオンと不気味な照明に照らされ、いよいよメインイベントであるハロウィン・ホラー・ナイトのパーティーが幕を開けた。
「――さあ、盛り上がっていくわよォォッ!!」
メインストリートの巨大スピーカーからは、世界的な歌姫シルビアのアップテンポなダンスナンバーが爆音で鳴り響き、数十万人の仮装ゲストたちのテンションを最高潮へと引き上げていく。
その喧騒から離れた、パーク内のVIPルーム。
魔女の仮装をしたマリアは、複数のモニターと最新のタブレットを前に、完璧な司令塔として陣取っていた。
『――モニカ、そっちの状況はどう?』
「……最悪よ。人が多すぎて、ウォーリーを探せのハードモード版をやらされてる気分」
血のりメイクのかわいいゾンビ姿のモニカが、群衆に紛れながら鋭い視線を巡らせる。
不審な動きをする者がいれば、モニカがその座標をマリアに伝え、マリアがパーク内の防犯カメラと顔認証システムを使って瞬時に身元を割り出す、という完璧な連携システムだ。
「……マリア、座標C−4。下着姿の上にロングコートを羽織って、さらにその上から亀甲縛りにされているヤバい男を発見したわ。歩くたびに縄が食い込んでハァハァ言ってる」
モニカが、心底嫌そうな声で報告する。
マリアは高速でキーボードを叩き、顔認証システムを走らせた。
『……顔認証一致。大物議員Aね。どうやら今回は、縛られる側の性癖に目覚めたみたい。……完全な変質者だけど、爆破犯ではないから放置よ』
「了解……」
数分後。
再びモニカから通信が入る。
「……マリア、座標E−2。ルーズソックスを履いて、女性物の穴あきネグリジェを着て練り歩いてる初老の男がいるわ。周囲の客がドン引きして道を開けてる」
マリアが再び顔認証を行う。
『……顔認証一致。警視庁トップの山田相姦だわ。警察のトップが公然わいせつで捕まりそうだけど、これも爆破犯じゃないから放置よ』
「……この国こそ一度爆破した方がいいんじゃない?」
モニカは死んだ魚の目で通信を切ると、再び意識を極限まで集中させた。
カボチャのお化け、悪魔、ドラキュラ、フランケンシュタイン、ミイラ男……。
定番の仮装をしたゲストたちが、陽気に踊りながら通り過ぎていく。
全員が顔を隠し、血のりをつけ、狂騒に酔いしれている。
この中から、たった一人の本物の殺意を見つけ出すのは至難の業だ。
(……特徴はないか。この空間にそぐわない、決定的な違和感を探すんだ……!)
その時だった。
ウェンズデー姿のリルと、ハーレイ・クイン姿のメイコが、パレードのフロート(山車)のすぐ近くで、ピタリと足を止めた。
「ねえ、メイコちゃん……」
「……うん。リルたそ、ウチも全く同じこと思ってたっしょ」
二人の視線の先。
歓声に包まれるフロートに向かって、ゆっくりと、しかし確かな足取りで近づいていく一体のキャラクターがいた。
丸い大きな耳。赤いズボンに、黄色い靴。世界で最も有名な、あのネズミのキャラクターだ。
「ねえ、スレイ、マリア……」
リルが、インカム越しに震える声で報告する。
「……なんで、USJ(ここ)にネズミーマウスがいるの?」
『「「…………ッ!!!」」』
司令室のマリアと、現場で待機していたスレイたちに、強烈な電流が走った。
「ばいやーっしょ! ミスター著作権が、ライバル企業のど真ん中(USJ)を歩いてるなんて、絶対にあり得ない! キャスト(従業員)なら秒でつまみ出されるし、客の仮装だとしても度胸がヤバすぎるっしょ!!」
メイコのギャルならではの的確なツッコミが冴え渡る。
「……マリア!!」
スレイの鋭い声。
『分かってる! 座標F−3、ミッキーマウスの着ぐるみを赤外線暗視でスキャンするわ!! 誰か時間を稼いで!!』
マリアの指がキーボードを叩く。
「は~い! 何とかしてみる~!」
リルが動く。
「私達に任せて~、近づくね~」
メイコが応じる。
パレードの喧騒の中、ネズミーマウスに近づく少女2人。そして話しかける。
「うわ~ネズミーさんだ! 私大好きなんです、一緒に写真撮ってもいいですかぁ~?」
ハーレイ・クイン姿のメイコが臆さずネズミーマウスの隣から腕を組む。
「あ……あぁ構わないよ! ハハッ!」
中の男が、不自然な裏声で答える。
「いいなぁ~、メイコちゃん次は私の番ね~」
そういってリルがスマホを取り出す。
メイコが適当なポーズをとり、何枚か写真をとる。
「リルたそポーズとって~」
ネズミーマウスはたじろぎながらも、強引にポーズを決めさせられる。
『完全にとは言わないけど、挙動不審ね。おそらくクロよ』
モニカが観察結果を伝える。
マリアのモニターに、ネズミーマウスの内部構造が骨組みとして浮かび上がる。
『――ビンゴよ!! 着ぐるみの腹部と太ももに、起動装置のシルエットを確認!』
マリアの指が、さらに神がかった速度でキーボードを叩き、着ぐるみの中の顔骨格から顔認証を強行突破する。
『顔認証、結果出たわ! ターゲットであるイベント会社の元社員よ!! 横領でクビになって、逆恨みね!!』
『怨恨の線のようね! ということは爆破をする気よ。ある種の無敵の人よ、気を付けて!』
モニカが警告する。
「……了解した。ネズミの駆除に入る」
スレイが静かに告げた。
「スレイ! 地点H−4」
メイコが小声で通信を行う。
「ネズミーさん一緒にパレード見ようよ~!」
そういってリルが、ネズミーの右手を引いて歩きだす。
「いや! ちょっと待……っ!」
強引に進んでいくリルとメイコ。
「うわぁ~パレード凄い~! かっこいい~!」
メイコが、ネズミーの左手をガッチリとホールドする。
右手をリルが、左手をメイコが持っているため、着ぐるみの中の男は起爆装置に触れることができない。
ネズミーマウスの全身から、明らかな焦りがにじみ出てくる。
『ネズミーに焦りが出てきたわ、地点H−4で確実に確保して、スレイ』
モニカが指示を出す。
メイコが指定した地点H−4に差し掛かる。
メイコのチート級の動体視力と計算では、ここで一瞬、パレードのフロートと群衆の流れによって完全に死角となり、まわりから全てが見えなくなる地点(ポイント)がある。
その計算された位置に、最強の死神が待機している。
パレードのフロートが近づき、光と影が交差した瞬間。
――ヌゥッ……。
ネズミーの背後に、いつの間にか音もなく、漆黒のコートを着た巨漢が立っていた。
「なっ……!?」
「夢の国へ帰る時間だ」
スレイは低い声で囁き、ネズミーの巨大な頭部(着ぐるみ)を背後からガシッと掴むと。
そのまま有無を言わさず、周囲の歓声に紛れて、力任せに暗い裏路地へとズルズルと物理的に引きずり込んでいったのである。
『ドゴッ!』
そして、奥へ引きずり込んだ瞬間、手刀で音もなく気絶させた。
「あーあ。哀れなネズミさん、ぽーいっ」
リルが、その無様な姿を見送って小さく手を振った。
「じゃあね~ネズミさん! 私達はパレードの続きを見てるね~!」
メイコがケラケラと笑う。
わずか数秒の、完璧な連携による制圧劇。
パレードのフロートに乗るイベント関係者たちは、自分の命が狙われていたことなど知る由もなく、笑顔でゲストたちに手を振っている。
『――制圧確認。お疲れ様、見事な仕事だったわ』
インカムから、マリアの安堵した声が響く。
『この爆破犯よりも先に、公然わいせつで他に逮捕すべき人間がいたような気がするけど、気のせいよね』
モニカが疲れた声で言う。
『えぇ気のせいよ、今回の任務とは関係がない……はずよ』
マリアは深く考えることをやめ、夜の闇と同化するように静かにため息を吐くのであった。
ミスター著作権(爆弾魔)という最悪のイレギュラーを裏路地へと物理的に排除し、無事に任務を終えたスレイたち。
しかし、USJのハロウィンフェスタはここからが本番である。今夜はパークを貸し切っての夜通しオールナイト・パーティーが予定されていた。
「――さあ、仕事は終わり! ここからは私たちが楽しむ番よ!」
「イェーイ! ゾンビ踊るっしょー!!」
メインストリートでは、仮装した女性陣がパレードの熱狂の渦へと飛び込んでいた。
「……あ、あの。そこの魔女のお姉さん……もしよかったら、この後一緒に……」
魔女のコスプレをしたマリアが歩けば、その圧倒的な大人の色気と美しさに、すれ違う男たちが次々と振り返り、顔を真っ赤にしてナンパを仕掛けてくる。
「あら、ごめんなさい。私、子供のお守りで忙しいのよ♡」
マリアは艶然と微笑み、男たちを軽くあしらいながら夜のパークを優雅に闊歩する。
一方、その子供たちはというと。
「ねえねえ、そこの三つ編みの子(ウェンズデー)! すっげぇクオリティ高いじゃん! 一緒に写真撮らな――」
無邪気にパーク内を歩き回るリルに、酔っ払ったチャラ男たちがちょっかいを出そうとした瞬間。
『――ブンッ!!!』
「あン? 誰がウチのリルたそに気安く声かけてるわけ? 脳天カチ割られてぇの?」
ハーレイ・クイン姿のメイコが、男たちの鼻先数ミリのところで金属バットをフルスイングし、凶悪な笑顔で凄んだ。
「ヒィィッ!? ガ、ガチのヤンキーだ! 逃げろォッ!」
男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
裏掃除屋の少女とヤンキーギャル、そして魔女とかわいいゾンビ(モニカ)の組み合わせは、どんなホラーアトラクションよりも無敵であった。