狂乱のハロウィンが終わり、世間は千歳飴を持つ子供たちが歩く七五三の季節を迎えていた。
特に大きなイベントはクリスマスまでなく、スレイたち裏の掃除屋チームの元に舞い込む依頼も、ちょっとした身辺警護などの簡単なものばかり。
新宿のアジトには、久々にのんびりとした息抜きの時間が流れていた。
「……信じられないわね。日経平均株価、ついに8万円を突破したわよ」
リビングのソファで、マリアが淹れたてのコーヒーを飲みながら、壁掛けの大型モニターに映る経済ニュースを見上げて呟く。
『――環萌美首相の大胆な社会保障費削減と、それに伴う大規模な減税対策が見事にハマり、日本は空前の消費社会へと突入しています。国民の生活水準は大きく向上し……!』
ニュースキャスターが興奮気味に読み上げる通り、現在の日本経済はかつてないほどの潤いを見せていた。
「普段はパロディブランドを作ったり、エルフの格好で徘徊したりするド変態なのに……政治手腕と経済政策に関しては、文字通り歴史に名を残すレベルの天才なのよね」
モニカが、呆れと感心が半分ずつ混ざった声で言う。
「……だからこそタチが悪いんだ。国をこれだけ豊かにしている以上、誰もあの女の暴走(多様性の波)を止めることができない」
スレイが、新聞から目を離さずに深くため息をついた。
とはいえ、平和なのは良いことだ。穏やかな日々がしばらく続く……かに思われた。
――しかし、その数日後。首相感貞。
環萌美首相と、大物議員Aから、スレイたちに緊急招集の連絡が入った。
「……連続爆破予告、だと?」
スレイが眉をひそめる。
「え~! また爆破予告なの! この前と同じような恨みなのかな?」
リルが不思議そうに言う。
「自己顕示欲かもしれないよ~。俺の才能はこんなものじゃないんだ!みたいな」
メイコが両手を広げてみせる。
首相感貞の地下にある極秘会議室。
スレイは、長机の上に並べられた数枚のFAX用紙を鋭い目で見下ろした。
「ええ。ここ数週間、立て続けに送られてきているのよ」
萌美総理が、いつもの変態的な空気を微塵も感じさせない、一国のトップの冷徹な顔で腕を組む。
「……警察や官公庁には、毎日数え切れないほどのいたずら予告が届く。大半はただの愉快犯だ。だが、今回のこいつは……どうにも気味が悪くてね」
大物議員Aが、葉巻をくゆらせながら渋い顔で引き継いだ。
「なるほど、同じ内容の文章がSNSや掲示板などにも書き込まれていますね」
マリアがタブレットを操作する。
「文体からして、このFAXと同一人物と見て間違いないわね。句読点の位置や言葉の言い回しがそっくり」
モニカがプロファイリングの視点で分析する。
スレイとマリアは、机に並べられた犯行予告のテキストに目を通した。
1通目:『JR東日本を爆破する by ターニップ』
2通目:『東京電力を爆破する by ターニップ』
3通目:『東京ガスを爆破する by ターニップ』
4通目:『首都高速道路を爆破する by ターニップ』
「……ターゲットが、全て首都圏の巨大インフラばかりね」
マリアの表情がスッと険しくなる。
「ええ。それに、決行の日付や時間の指定が一切ない。ただ、一定の期間を置いて、ターゲットの名前だけを送りつけてきているわ」
総理がこめかみを揉む。
マリアがSNSや掲示板から特定を試みる。
「そうなると怨恨の線は薄いわね。自己顕示欲、つまり承認欲求を満たしたい誰かさんかしら」
モニカが言う。
「こんなことで注目されて嬉しいものなの? 全然わかんな~い」
リルが首を傾げる。
「私もわかんな~い。他者から認められたいって気持ちがないからかな」
メイコが言う。
「それは、自分軸がしっかりしていて他人の評価に依存していないからだ」
大物議員Aが娘を褒める。
「そういうことね。リルちゃんもメイコちゃんも自分の芯がしっかり通っているのよ。それは誇っていいことよ」
萌美総理が優しく微笑む。
「……要求はなんだ。身代金か、政治犯の釈放か」
スレイが尋ねると、議員Aが重々しく首を横に振った。
「それが、全くないのだ。思想的な声明も、個人的な恨みつらみも、金銭の要求もない。ただ、このターニップと名乗る謎の人物から、日本の大動脈を止めるという短いメッセージが届き続けているだけだ」
「鉄道、電力、ガス、高速道路。……もし本気でやられれば、首都圏の機能は完全に麻痺する。市民生活は一瞬でパニックに陥ってしまうわ」
総理がスレイをまっすぐに見つめた。
「しかし目的が分からない以上、警察もむやみに動けば不安を煽るだけね」
モニカが指摘する。
「表の部隊で、この予告に大人数を多く割く訳にもいかなくてね」
大物議員Aが嘆息する。
「そこで裏掃除屋の出番という訳だね!」
リルが胸を張る。
「しかし動きようがないよね? 今出来ることなくない?」
メイコが現実を突く。
「そう、今できる事がないのよ。犯人は何の目的で、わざわざこんな予告を送りつけてきているのか。……愉快犯のハッタリなのか、それとも本物のテロリストのカウントダウンなのか、全く読めないの」
名宰相である萌美総理でさえも、この不気味な空白には完全に手を焼いているようだった。
マリアがPCの動作を止める。
「やはり書き込みからは辿り着けないわね。犯行予告をするのに暗号回線やVPNを使わないバカはいないようね」
「……マリア、モニカ。この過去の類似事件について洗ってみてくれ」
スレイが指示を出す。
「了解。でも、情報が少なすぎるわね……」
「そうね。声明文すらないんじゃ、プロファイリングのしようがないわ」
マリアとモニカが顔を見合わせる。
目的不明。日時不明。
ただ、日本の心臓部を狙うという静かな殺意だけが、確実に迫ってきている。
好景気に沸く平和な日本の裏側で、最強の暗殺者チームは、かつてない不気味な謎に直面していた。
――その答えが、最悪の形で示されたのは、会議の翌日のことであった。
『――速報です。本日未明、JR東日本の管轄する郊外の無人変電施設において、火災が発生しました。警察は放火の疑いが強いと見て、捜査を開始しています――』
アジトのテレビから流れてきたニュース速報に、スレイ達は言葉を失った。
「……JR東日本。1通目の予告のターゲットだわ」
マリアが、血の気が引いた顔でテレビ画面を見つめる。
「とりあえず被害状況を確認ね」
モニカが山田相姦に連絡を入れる。
JR東日本の郊外にある無人変電施設で発生した火災は、幸いにもただのボヤで済んだ。
しかし、大掛かりな爆破予告の直後に起きた実力行使である。
被害の大小に関わらず、政府と警察組織の間にかつてない緊張が走った。
しかし、スレイの顔には驚きよりも、さらに深い違和感が張り付いていた。
「……爆発、ではない。ただの放火だ」
「こう言っちゃいけないけど、何かしょぼくない? 地方でしかも無人変電所でしょ」
メイコが率直な感想を漏らす。
「大層な爆破予告を送りつけておいて、何がしたいのかしら」
マリアが首を傾げる。
「実は爆弾仕掛けたけど、爆発しなかったのかなぁ~」
リルが言う。
「犯人はハッタリではなく、実際に実力行使に出たまでは事実。しかし予告とは雲泥の差ね」
モニカが分析する。
――首相感貞。
小規模とはいえ事件が起きたことで集まったメンバー。
「警察の警備を嘲笑い、自分の能力(芸術)を見せつけたいサイコパスならば……必ず日付と時刻を指定してくる。観客のいない劇場ほどつまらないものはないからな」
スレイが淡々と語る。
「……なるほど。だがこのターニップは、そのどちらにも当てはまらない、と」
大物議員Aが唸る。
「何か予告はさ、凄いこと書いてあるけど具体性がないよね~」
リルがFAXを指差す。
「おっ、リルたそいいとこに気がづいた! ターゲットがあまりにも大雑把すぎるよねぇ」
メイコが同意する。
「いい着眼点ね。東京電力を爆破すると言っても、本社ビルなのか、発電所なのか、送電線なのか全く絞れない」
マリアが指摘する。
「これでは警察に自分の能力を見せつけることは出来ないわね」
モニカがプロファイリングの観点から補足する。
「……共通しているのは、ターニップという名前だけね」
萌美総理が呟く。
「とりあえず、株式会社ターニップや、同名のレストラン、過去に倒産した企業なんかも徹底的に洗ってみるわ。恨みによる犯行の線も完全に捨てきれないわ」
マリアがタブレットを操作しながら口を挟む。
そんな膠着状態の中。
山田相姦の部下が、血相を変えて会議室へと飛び込んできた。
「そ、総理! 警視庁から報告が! 新たな5通目の予告状が届いたとのことです!」
「なにっ! 次のターゲットはどこだ!?」
大物議員Aが身を乗り出す。
スタッフが震える手で差し出したコピー用紙には、これまでと同じ印字で、一行だけこう書かれていた。
『 JAXAを爆破する by ターニップ 』
「「「はぁ?」」」
全員の声が重なる。
「……JAXA。宇宙航空研究開発機構ね」
マリアが、絶望的なほど大雑把なターゲット名にため息をつく。
「ロケットの発射基地から、全国の研究所まで……規模がデカすぎるわ。インフラですらなくなってきているじゃないの」
モニカが呆れる。
「一体、こいつは何がしたいんだ……!」
スレイが珍しく声を荒げる。しかし萌美総理は薄っすらと笑みを浮かべている。
「この犯人は本当に爆破する気あるのかな?」
リルが首を傾げる。
「規模が大きすぎて、そして曖昧だし、馬鹿にしか見えなくなってきた」
メイコが言い捨てる。
念のため、政府は予告状が届いていた他のインフラ企業(東京電力、東京ガス、首都高速道路)に対し、即座に厳重な警戒態勢を敷くよう緊急連絡を入れた。
――だが。犯人ターニップが引き起こした事件は、テロリズムという言葉からはあまりにもかけ離れた、奇妙なものばかりだった。
――数時間後。
「……東京ガスで、小規模なガス漏れが発生したわ」
モニターを監視していたマリアが、呆れたような、しかし困惑した声で報告する。
「大事には至らなかったみたい。……施設の末端にあるタービンに、ドリルか何かで意図的に小さな穴が開けられていただけよ」
モニカが続く。
さらに数時間後。
「……マリア~! 今度は首都高速道路から通報があったみたいだよ」
メイコが報告する。
「首都高の入り口付近に、大量の牛糞が不法投棄されて、数台の車がスリップする騒ぎがあったそうだ」
スレイが、スマートフォン片手に深い眉間をもみほぐしながら言った。
「「「…………」」」
首相感貞に、なんとも言えない脱力感が漂う。
ボヤ騒ぎ。
タービンの小さな穴。そして、極めつけは首都高への牛糞の投棄。
「……はっきり言って、内容がしょぼいわね」
マリアが、心底拍子抜けした顔でタブレットを机に放り投げた。
「わーい! 牛さんのウンチだー! 犯人さん、お腹痛かったのかな?」
リルが無邪気に笑っているが、事態は極めて不気味だった。
「インフラを爆破すると豪語して、実際にやっていることはただの器物損壊や軽犯罪レベルの嫌がらせじゃない~」
メイコが言う。
「もし愉快犯のイタズラなら、わざわざ警察の警戒が強まっている現場に忍び込んでまで、こんなリスクを冒す意味がない」
スレイが、腕を組んで低く唸る。
モニカの瞳に、プロファイラーとしての鋭い観察眼の光が宿る。
彼女は机の上の資料をパズルのように並べ替えると、何かを確信したように立ち上がった。
「……これ。もしかして……」
モニカがマリアの耳に口を寄せ、何事かをヒソヒソと耳打ちする。
最初は怪訝な顔をしていたマリアだったが、モニカの推理を聞き終えた瞬間、その美しい紫色の瞳をこれ以上ないほどに大きく見開いた。
「……ッ!! な、なるほど……そういうこと!? だったら、あのターニップって名前も、このしょぼい事件の連続も、全部説明がつくわ!!」
マリアが弾かれたようにPCのキーボードを叩き始める。
「モニカ。何に気づいたようだな」
スレイが尋ねるが、モニカは「まだ確証はないわ」とだけ言い、萌美総理の方向に向いた。
「あらモニカさん、何かしら?」
しかし萌美総理は既に知っているかのように微笑む。
「総理、ここはお願いがあります」
「緊急記者会見を開いて、今日実際に起きた事件……ボヤ、タービンの穴、そして牛糞の件まで、全て包み隠さず世間に発表すればいいのね」
モニカが何か言う前に、総理が完璧に答えてしまった。
「えっ!? しょぼい事件とか嫌がらせ内容を発表するの?」
リルが驚く。
「爆破予告の存在を公表すれば市民のパニックを煽るかもしれないし、何より、天下の警察が牛糞を撒かれましたって、ばいや~じゃないの?」
メイコが心配する。
「構わないわ。いえ、むしろ大々的に、ニュースのトップで報道させて」
総理が不敵に笑う。
「流石総理、既にお気づきのようでしたか」
モニカが息を吐く。
この変態総理の脳内は、一体どうなっているのだろうか。
「……モニカの推測が正しいなら、次に狙われるのは間違いなく最後の予告先……JAXAよ」
PCの画面から顔を上げたマリアが、スレイに向かって鋭く告げた。
「JAXAの施設は全国にあるが……どこに網を張る」
スレイが問う。
「規模の大きい筑波の宇宙センターじゃないわ。……スレイ、リル、メイコ。あなたたちは今すぐ、東京都内にある調布航空宇宙センターへ向かって!」
マリアが指示を飛ばす。
「了解した。行くぞ、リル」
「うんっ! 宇宙人さん、捕まえるぞー!」
「リルたそ、多分そこには宇宙人はいないよ!!」
メイコがツッコミを入れながら、三人はアジトを飛び出した。
――数時間後。
『――以上が、現在警察が把握している連続爆破予告、および関連する一連の事件の全容です』
大型モニターに映し出された緊急記者会見の生中継で、フラッシュの瞬く中、環萌美総理が重々しく頭を下げていた。
『ボヤ騒ぎ、ガス管への穿孔、そして……首都高速道路への、牛糞の投棄。更にはJAXAへのテロ予告。これらは決して許されるべき行為ではありません。しかし、我々は、いかなる卑劣な予告があろうとも、必ず市民の皆様の安全と、首都圏のインフラを守り抜くことをここに誓います』
画面越しの萌美は威風堂々としており、日本を預かるトップにふさわしい頼もしさに満ち溢れていた。
「……信じられないわね。あのエルフの変態コスプレで徘徊していた変態性は、一体どこに置いてきたのかしら」
モニカが画面を見ながら呟く。
「ホントよ。完全に別人じゃない! 腕につけてる時計が〇MEKOじゃないか、ハラハラしちゃったわ」
マリアが頭を抱える。
記者会見が無事に終わるのを見届け、マリアとモニカは深く息を吐きながらモニターを消した。
トップの意地を見せた見事な会見だったが、女性陣からの評価は(過去の行いのせいで)地の底であった。
「さて……。これで、仕掛けた罠は完璧に作動したはずよ」
モニカが、冷めたコーヒーを一口飲み、鋭い眼光をPCの画面に向けた。
そこに萌美総理が作戦室に戻ってくる。
「これでいいのでしょう? バッチリ罠に引っかかるはずよ」
「ええ。モニカの言う通りだわ」
マリアも、隣でキーボードを叩きながら不敵に笑う。
「犯人は、本物のテロリストなんかじゃない。連続インフラ爆破テロに興味がないんじゃないわ。そもそも、あの牛糞レベルのしょぼい犯罪から逆算すれば……」
「ええ。こいつはそもそも、インフラを爆破するような能力(技術も度胸も)がない奴よ。つまり、ただの小物」
総理が容赦なく犯人の正体を切り捨てた。
「連続インフラ爆破テロという大義名分は、ただの目眩まし。犯人の真の目的は、別のところにあったのよ。……マリア、ターニップの意味は?」
「直訳すれば、野菜の蕪(カブ)。……そして、日本語の同音異義語で言えば」
「株(カブ)よ」
総理が微笑む。
「自己顕示欲の劇場型、株価の操作など経済的意図、それに妨害・スケジュール撹乱。ハロウィンイベントでは怨恨からの妨害だったわ」
モニカがこれまでのパターンを振り返る。
「つまり今回は、シンプルに株価の操作など経済的意図ね」
マリアが結論づける。
萌美総理の口から、ついに一連の不気味な事件を繋ぎ合わせる一つの真実が語られた。
「こいつの目的は、爆弾で社会を壊することじゃない。インフラ企業にテロの脅威をチラつかせて……株価を不正に操縦して、大儲けすることよ」
マリアは手元のタブレットを開き、これまでに被害に遭ったJR東日本、東京電力、東京ガスなどの株価チャートを表示した。
「手口はこうよ。まず、犯行予告を送りつけて実際にしょぼい事件を起こす。すると、テロの恐怖で投資家たちがパニックになり、その企業の株価は一時的に下落する。……犯人は事前に売建(空売り)を仕掛けておいて、株価が下がった底値のタイミングで莫大な利益を出すの」
「そして、ここからがこいつの浅ましいところね」
モニカがチャートのその後の動きを指差す。
「空売りで利益を出した底値の瞬間に、今度は買建で大量の株を安く買っておく。……どうせしょぼい犯罪だから、すぐに警察によって安全が確認されて事件は解決(あるいはテロの脅威はない)と報道される。すると株価は元の水準までV字回復する」
「そこで利益を確定させて、二重に大儲けする。……それがターニップ(株)の描いたシナリオね」
萌美総理が冷酷に言い放つ。
だからこそ、犯人は絶対に大惨事(本物のテロ)になってはいけなかったのだ。
本当にインフラが壊滅して日本経済が破綻してしまえば、せっかく稼いだ株の利益もただの紙切れになってしまう。
日経平均8万円の好景気という巨大な波にタダ乗りするための、セコくて悪質なマネーゲーム。
「萌美総理に記者会見を開かせたのは、世間の不安を煽って株価を意図的に落とし、犯人に計画通りだと思わせて油断(取引)させるためよ」
モニカが、プロファイラーとしての完璧な罠の全貌を明かすが、萌美総理ははじめから意図に気付いていた。
「でも、こいつは決定的なミスを犯しているわ」
マリアが、悪魔的な天才ハッカーの笑みを浮かべて、エンターキーをターンッ!と叩き込んだ。
「日本の証券会社を通じて、これだけ巨額の売建と買建の不自然な取引(インサイダーまがいのこと)を行おうとすれば、私の監視アプリに引っかかるのよ」
「そもそも証券口座を開設するのに、必ずマイナンバー(個人番号)が必須なのに馬鹿なのかしらこいつ」
萌美総理が呆れる。
「まぁ馬鹿でしょうね、今までやってきたことを鑑みても……」
モニカが同意する。
マリアは、不敵な笑みを浮かべながらPCのモニターに向かっていた。
彼女が監視下に置いたのは、国内の株式チャートと、その裏で動く巨大な取引データだ。
「私が組んだ不審な動き(大量の空売りと買い戻し)を察知するプログラムを走らせてあるわ。会見が終わった今、社会不安からインフラ関連の株価は確実に下がっていくはず。……犯人は底値になった瞬間、確実に買建の注文を入れてくる」
「ターゲットは、次の予告先であるJAXA(宇宙開発)に関連する、社会的インフラを担う巨大企業のはずよね」
モニカが、マリアの隣で画面を食い入るように見つめる。
「三井物産かしら。それとも、住友商事?」
日本の根幹を成す、名だたる大企業のチャートが画面上で赤や緑に点滅している。
数分後。
『――ピピッ!!』
マリアの仕掛けた監視プログラムが、けたたましいアラート音を鳴らした。
「……来たわ!! 今この瞬間、底値で不審な大量の売建を決済し、買建(買い戻し)を入れた口座がある!!」
マリアがエンターキーを強く叩き、その不審な動きをしている銘柄と証券コードを画面の中央に拡大表示した。
JAXAに関連する、巨大なインフラ企業。その名前は――。
『 証券コード:7011 四菱重肛業 株式会社 』
「「…………はっ?」」
マリアとモニカは、画面に表示されたその活字を見て、完全に思考を停止した。
「……ねえ、マリア」
「……ええ、モニカ。私も同じ字を読んでいるわ」
天下の三菱。日本を代表する重工業のトップ企業……のはずなのだが。
重工業の工の字が、なぜか肛という、この世の終わりみたいな漢字にすり替わっていたのである。
「……なんでよ。なんでこの国の企業は、どいつもこいつもシモネタパロディに汚染されてるのよ!! 宇宙開発を担う巨大企業が重肛業って、ロケットの代わりに何を飛ばす気なの!!?」
マリアが、頭を抱えて机に突っ伏した。
「……気持ちはわかるけど後よ、マリア! 早くその口座の持ち主(犯人)を特定して!」
モニカが、死んだ魚の目をしながらも軌道修正を図る。
「……分かってるわよっ!」
マリアはやけくそ気味にキーボードを叩き、抜天証券やSexBI証券のサーバーを完全に掌握。
不審な大量の取引をしているアカウントから、個人情報を一瞬でぶっこ抜いた。
「――スレイ! リル! 聞こえる!?」
マリアがインカム越しに、現場で待機しているスレイたちへ鋭く通信を入れる。
――調布航空宇宙センター。
「あぁ、こちらスレイ。調布航空宇宙センターの裏口で待機している」
『今、犯人の顔写真と位置情報(GPS座標)をそっちの端末に送信したわ! 犯人は、おそらくあなたのすぐ近くにいる!』
スレイの手元のスマートフォンに、小太りで冴えない男の顔写真が送られてくる。
「このチー牛ね~! わかった、探してみる~!」
メイコが目を凝らす。
『おそらく、手元のタブレットかスマホで株式チャートをニヤニヤ見つめているはずよ! 株価操縦で小銭を稼ぐことしか頭にない、知能が低くてカリスマ性ゼロの、ただのチー牛小物よ!』
モニカがプロファイリングを叩きつける。
「おそらく、しょうもない放火か何かだろう」
JAXA周辺を見回るように歩くスレイ達。
「あっ! あいつだ! 何か笑顔もキモいし」
メイコのチート級の視力が、ターゲットを捉えた。
「カブさん、みーつけたっ!」
リルが無邪気な声を上げる。
「……了解した。確保する」
スレイはスマートフォンをポケットにしまい、調布航空宇宙センターのフェンス沿いを歩き出した。
フェンスの陰、街灯の光が届かない暗がりに、スマートフォンの青白い光に顔を照らされた小太りの男が立っていた。
「ひひっ……! バカな警察め、見事に会見で不安を煽ってくれたぞ。四菱重肛業の株が底値だ……今ここで買えば、大儲け……ッ!」
男が、己の浅ましいマネーゲームの勝利を確信し、スマートフォンの購入(買建)ボタンをタップしようとした――その瞬間。
「――随分と、熱心な投資家だな」
「えっ……!?」
男が振り返るよりも早く。
『――ドスッ!!!』
「がはぁッ!?」
スレイの容赦のない右ストレートが、男の鳩尾(みぞおち)に深々と突き刺さった。
「あ、あば……ッ!? き、貴様……っ」
「カブさん、レバレッジ最大にしますね!!」
リルがスタンガンを押し当てる。
『――バチバチバチッ!!』
「ぎゃやああああああああああああああああ!!」
崩れ落ちようとする男の背中を、今度はメイコが容赦なく蹴り飛ばし、完全に地面へと這いつくばらせた。
「マリア。……JAXAの近くで、株価チャートを見ていたネズミを捕獲した」
スレイが、男の首根っこを革靴で踏みつけながら、インカム越しに短く報告する。
連続インフラ爆破テロという、震撼させた事件。
しかしその真相は、四菱重肛業という絶望的な名前の株で小銭を稼ごうとした、哀れな小悪党の浅知恵に過ぎなかったのである。
『――皆様、ご安心ください。連続爆破予告の犯人は、先ほど我々警察の威信をかけて逮捕いたしました』
再び緊急記者会見を開いた萌美総理が、威厳に満ちた声で語りかけている。
『犯人は爆発物を所持しておらず、一連の事件は株価操縦を狙った浅ましい経済犯罪に過ぎませんでした。市民の皆様の生活と、各インフラの安全は、警察が完全に約束いたします』
フラッシュが瞬く中、総理の脇に控え堂々と胸を張る山田相姦。
その姿は、ルーズソックスや亀甲縛りを愛好する変態性は微塵も感じられない、完璧な警察トップの姿だ。
日本経済を揺るがしかねなかった事件の犯人が、想像を絶するほどくだらない小物であったことに、チームの一同は心底安堵していた。
――首相感貞。
萌美総理の記者会見が終わって、PCUメンバーも集まった。
「無事に捕まえられてよかった! 宇宙人さんいなかったけど」
リルが笑う。
「あそこはロケットとか作るところだよ、リルたそ」
メイコがツッコミを入れる。
「とにかく、解決したようで安心ね。株価も大体戻ったようだし」
マリアが息を吐く。
「しかし、まさか重工業まで多様性の変態に侵されているとは思わなかったわ」
モニカが頭を抱える。
「四菱だけじゃなく、河崎重肛業も多様性基準を守っているぞ」
大物議員Aが誇らしげに言う。
「政府の宇宙開発(JAXA)に最も近い、国策企業のようなものよ。だから数年前、私が総理の権限(鶴の一声)で、多様性の波を推進する国策アピールの一環として、社名表記をより『開発を感じさせるもの』にしなさいと命じて変更させたのよ♡」
萌美総理が嬉しそうに語る。やはり、元凶はこの女だった。
「どうして開発を感じると肛の字になるの~?」
リルが純粋な疑問を口にする。
「なんか意味深だなぁ~」
メイコがニヤニヤする。
「リルはまだ知らなくていいのよ!」
マリアが叫ぶ。
「……本当に爆破すべきところが他にあるんじゃないかしら」
モニカが、この国の行く末を案じて深い溜息をついた。