ハロウィンイベントでの爆破未遂(ミスター著作権の確保)に、インフラ爆破予告(株価操縦のチー牛捕獲)と、短期間で立て続けに奇妙な任務をこなしてきたPCUメンバーたち。
――新宿アジト。夜。
「今日は早いけど、お鍋にしたよ~!」
キッチンから、湯気を立てる大きな土鍋を抱えて、エプロン姿のリルがリビングへとやってきた。
「わ~美味しそう! リルたそ凄い!」
メイコが身を乗り出し、チート級の視力で鍋の中身(たっぷりの肉と野菜)を素早く捕捉する。
「確かに、そろそろ秋も深まって少し冷えてきたわね」
マリアが、PCの電源を落として食卓へと歩み寄る。
「特に今日は寒いから、鍋はいい選択肢ねリル。身体が温まるわ」
モニカも、嬉しそうに小鉢と取り箸の準備を手伝う。
コンロの火にかけられた鍋が、グツグツと心地よい音を立てる。
平和な団欒の風景の傍らで。
スレイは一人、安物の徳利から熱燗を注ぎ、黙々とその熱い液体を喉へと流し込んでいた。
冷え切った暗殺者の身体に、日本酒の熱が静かに染み渡っていく。
――翌日。首相感貞・特別地下室。
平和な鍋パーティーから一転、円卓には重苦しい空気が漂っていた。
「……今週末に行われる、大規模な政財界のパーティー会場に、爆破予告が届いたのだ。……標的は、帝国HOTELの最上階」
大物議員Aが、苦々しい顔で報告書をテーブルに放り投げた。
「またかぁぁぁ!! どうしてこうなった!!」
マリアが頭を抱えて絶叫する。
「何で最近は立て続けに爆破予告なの!! 3回目よ! 3回目!」
モニカも、プロファイラーとしての冷静さを失いかけて叫ぶ。
「わ~! 帝国ホテルだってすご~い! 行ってみたい!」
リルが目を輝かせる。
「私も! 私も! 最高級ホテルだよね!」
メイコも、危機感ゼロでキャッキャとはしゃいでいる。
「……はぁ。まぁいいわ、仕方ない」
渋々、マリアが即座に手元のタブレットを開き、情報の検索を始めた。
「帝国HOTEL……。東京のど真ん中、VIP中のVIPが集まる最高級ホテルね。……犯人の目星は?」
「それが、全くついていない」
大物議員Aが、忌々しそうに首を振る。
「要求もなければ、特定の政治信条を主張する声明文もない。ただ、帝国HOTELの最上階を、『華麗なる芸術(爆発)で彩る』という、キザなメッセージカードが警視庁に送りつけられてきただけだ」
「……目的不明の爆破予告か」
スレイが、安物の百円ライターをカチャリと鳴らし、鋭い眼光で虚空を睨みつけた。
「ペニスンシュラやインターチンコネンタルではないところが、キーじゃないかしら」
円卓の奥で、紅茶を優雅に啜りながら、環萌美総理が至極真面目な顔でとんでもないホテル名を口にした。
「その多様性ホテルも、政府の餌食ですよね?」
マリアがジト目でツッコミを入れる。
「帝国はまだ侵略されていないようで何よりです。。。そして多分、ホテル名は関係ないです」
モニカが死んだ魚の目で溜息をつく。
「はいは~い! 本当にターゲットを傷つけ、確実に暗殺したいのであれば、わざわざ事前に予告など必要なしで~す!」
リルが、元気よく手を挙げて回答する。
「警備の隙を突いて、無言で爆破すればいいっしょ~。……事前に予告状を送りつけてくるということは、目的は殺害そのものではない!」
メイコがギャルピースをキメながら同意する。
「ええ。愉快犯か……それとも、警察の厳重な警備を嘲笑い、自分の能力(爆弾の技術)を見せつけようとする、自己顕示欲の塊のようなサイコパスか。どちらにせよ、タチが悪いわね」
萌美総理が、冷徹な分析を下す。
「そういうことだ、スレイ。表の警備は山田相姦の警察が固める」
大物議員Aが、葉巻の灰を落としながら言った。
「しかし、予告状を送りつけてくるような劇場型のサイコパスは、必ず警察の裏をかく。パーティーの出席者に紛れて帝国HOTELの最上階に潜入し、ネズミ(爆弾魔)を秘密裏に駆除して頂戴」
首相として萌美総理からの正式依頼となった。
「……了解した」
スレイは静かに頷き、漆黒のコートの襟を正した。
標的は、東京の象徴たる最高級ホテル。そして姿の見えない、自己顕示欲にまみれた爆弾魔か、それとも別の理由か。
最強チームによる、華やかなパーティーの裏側に潜む狂気の爆弾を巡る、新たな頭脳戦とアクションが、静かに幕を開けようとしていた。
アジトに戻ったスレイたちは、すぐさま帝国HOTELの見取り図と周辺の地図をメインモニターに展開していた。
「妨害・スケジュール撹乱、株価の操作など経済的意図、そして今回が自己顕示欲の劇場型ってやつだね」
メイコが、これまでの事件のパターンを指折り数える。
「でも、そんなことして何になるの? 人に迷惑かけて逮捕されるだけだよ~」
リルが首を傾げる。
「迷惑系の猥TUBERとかいるでしょ? 注目されたい人。構造はほとんど同じよ」
マリアがタイピングの手を止めて説明する。
「彼らが必死になるのは、自己肯定感が極めて低いから。心の飢えが原因よ」
モニカが、静かにプロファイリングの真理を突く。
「う~ん、難しくてわかんないや~!」
リルがケラケラと笑う。
「リルたそは最高の仲間、いや家族がいるからね!」
メイコがリルの肩を抱き寄せる。
「メイコちゃんもいるしね!」
「いえーい!」
二人の少女は、無邪気にハイタッチを交わした。
「……もし、この爆破予告がハッタリではなく本当だとしたら」
スレイが、モニターに映るホテル最上階の図面を睨みながら、低く静かな声で口を開いた。
「自己顕示欲にまみれた劇場型の犯人は、必ず特等席で自分の作品(爆発)を見るはずよ」
モニカが、スレイの思考に即座に同調する。
「そうね。自分が仕掛けた芸術が完成する瞬間を、絶対に見逃したくないはずだわ」
マリアが同意して深く頷く。
「でも~、パーティー会場に潜伏していれば、自分自身も危なくない?」
リルが当然の疑問を口にする。
「それじゃ自爆テロだ! ホワイトスノウじゃないんだから」
メイコがツッコミを入れる。
「そう、自分自身も爆発の巻き添えになる。……本気で命を捨てる気のある自爆テロならば、そもそも警察に予告状など送りつけない」
スレイの暗殺者ならではの冷徹な思考が、犯人の行動範囲を容赦なく絞り込んでいく。
「自分の命の安全を確保した上で、帝国HOTELの最上階が吹き飛ぶ様子を、はっきりと肉眼で確認できる場所。……となると」
マリアの指が、キーボードの上を滑る。
「……ホテルの中ではなく、周囲を取り囲む近隣の高層ビルや施設や公園のどれか、ね」
モニカの言葉と同時に、マリアが帝国HOTELに隣接するいくつかの中層・高層ビルの屋上を赤くハイライトした。
「……まずは、現地調査(ロケハン)だな。パーティー当日までに、周囲のビル群の死角を洗い出しておく」
スレイが方針を固めると、マリアはふうっと息を吐き、タブレットを閉じた。
「よし。犯人の目星の付け方は決まったわね。……それじゃあ次は、私たちの衣装合わせよ」
マリアが不敵に笑う。
「「衣装?」」
リルとメイコが声を揃える。
「当然でしょ。私たちは裏の人間としてパーティー会場に潜入するのよ? 普段の格好で最高級ホテルのVIPフロアをうろついてたら、爆弾魔より先に警察(表のSP)に捕まるわ」
数時間後。
アジトのリビングは、さながら高級ブティックの試着室と化していた。
萌美総理に連絡し、国家権力を使って当日の潜入衣装を取り寄せたのだ。
「――どうかしら、スレイ。おかしくない?」
最初に姿を現したのは、マリアだった。
彼女が身に纏っているのは、身体のラインを美しく際立たせる、漆黒のイブニングドレス。
そして、太ももの付け根まで大胆な深いスリットが入っており、歩くたびに圧倒的な大人の色気を匂わせる。
年齢イジりにはキレる彼女だが、そのプロポーションと洗練された美しさは、誰が見ても息を呑むほど完璧な大人のいい女であった。
「わぁっ! マリア、すっごく綺麗! 映画の女優さんみたい!」
リルが目を輝かせて拍手をする。
「お待たせしました。私はこっちね」
続いて奥から出てきたのは、モニカだった。
彼女は豪奢なドレスではなく、帝国HOTELのスタッフと全く同じ、パリッとした給仕(ウェイトレス)の制服を身に纏っていた。
「わぁっ! モニカの給仕はやっぱカッコいいし、絵になる!」
メイコが指笛を吹く。
「ホールや厨房に自然に溶け込めるわ。飲み物を配るフリをして、会場内に不審物(爆弾)がないか探りを入れるのに最適でしょ?」
モニカが制服の裾を軽く持ち上げてみせる。キビキビとした制服姿もまた、清楚で非常に美しかった。
「……悪くない。2人とも完璧なカモフラージュだ」
スレイも、その美しさと機能性に素直に頷く。
「えへへー! わたしはこれーっ!」
最後に飛び出してきたリルは、フリルがあしらわれた、パステルカラーのかわいいワンピース姿だった。
小さなバッグ(中にはスタンガンと小型ドローン、そして暗器のナイフがぎっしり詰まっている)を提げた彼女は、どこからどう見てもVIPの娘にしか見えない。
殺伐としたチームを和ませる、愛らしいマスコットそのものだった。
「私はお父さんと一緒に入るから、正装ぽい感じ~!」
メイコも姿を現す。ギャルではあるが、大人びたドレスに包まれる姿は、いつもの軽薄なノリとは違って少しだけ違和感があり、それが逆に新鮮だった。
「メイコちゃん、ドレスもいい感じだね!」
「そうかな~? ありがとうリルたそ!」
「よし、女性陣の潜入準備は完璧ね。……で、スレイ。あんたは?」
マリアが、腕を組んで振り返る。
そこに立っていたのは――。
「「「…………」」」
黒いスーツ。漆黒のロングコート。そして、目元を隠すサングラス。
いつもと全く変わらない、ただのスレイ(殺し屋)の姿であった。
「……ちょっとスレイ。あんた、着替えてないじゃないの」
モニカが呆れたようにツッコミを入れる。
「俺はボディガードの偽装で潜入する。このスーツとコートが一番動きやすく、武器も隠しやすい。……これが俺の正装だ」
スレイは、至極当然のように、微塵も悪びれることなく言い放った。
「はぁ……。まあ、あんたのその巨体でタキシードなんか着たら、それこそ裏社会のドンにしか見えないから、ただのSP(ボディガード)のフリをして壁のシミになってるのが一番マシかもね」
マリアが、やれやれと肩をすくめる。
華やかなドレス、清楚な給仕服、愛らしいワンピース。そして、ただの黒服の巨漢。
アンバランスで最強の暗殺者チームは、それぞれの衣装と役割を身に纏い、見えない爆弾魔が待つ、帝国HOTELの華やかなパーティー会場へと足を踏み入れるのであった。
――パーティー当日。
帝国HOTELの最上階、絢爛豪華なシャンデリアが輝くメインバンケットルームに、再び首相感貞から緊急の連絡が入った。
『犯人から、新たなメッセージカードが届いたらしいわ。……「20時に決行する」とだけね』
インカム越しに聞こえるマリアの声に、黒服姿で壁際に立つスレイが小さく舌打ちをする。
現在の時刻は18時。タイムリミットまで、あと2時間しかない。
「……山田相姦はなんと言っている。表の警察は、パーティーを中止して避難させる気か?」
スレイが尋ねる。
『いいえ。議員Aの鶴の一声もあって、予定通り決行よ。……ここでテロリストの脅しに屈して中止にすれば、完全に相手の成功体験(勝ち)になる』
マリアが答える。
『妥当な判断ね。味を占めて、さらなる爆破予告を繰り返す可能性が生まれるわ』
モニカが同意する。
スレイは鋭い視線を巡らせる。
「犯人が本気で爆破を狙っているなら、中止のドサクサに紛れて起爆する可能性もある。……参加者をこのフロアに留めたまま、俺たちで水面下の爆弾(ネズミ)を処理するしかない」
華やかなオーケストラの生演奏と共に、政財界のVIPたちが談笑するパーティーが幕を開けた。
「オーホッホッホ! ご機嫌よう、皆様」
フロアの中央では、深いスリットの入った漆黒のドレスを纏ったマリアが、完璧な大人の女性の振る舞いでシャンパングラスを傾けていた。
その優雅な笑顔の裏で、彼女は手にした最新の小型タブレット(クラッチバッグに偽装)を操作し、顔認証システムで出席者の身元を次々とスキャンしていく。
『……スレイ。出席者のリストと照合したけど、怪しい人間は一人もいないわ』
「了解した」
『ただ、強いて言うなら……あそこのソファで、大物議員Aが周りの客にロビン・フットいという、最低なタイトルのパロディ映画の魅力を熱弁しているくらいね』
マリアが呆れた声で報告する。
(……おかしい奴が、一人いたな)
スレイは無言で心の中でツッコミを入れた。
一方、フロアを歩き回る給仕姿のモニカからも報告が入る。
『こちらモニカ。厨房やトイレ、消火栓の裏まで細かくチェックしたけど、特に不審物(爆弾)は見当たらないわ』
「遠隔起爆の線は?」
『一応、ホテル全体に微弱な妨害電波(ジャミング)を発生させているわ。でも、犯人もプロなら遠隔起爆は避けるはず。電波を発信すれば、警察に自分の居場所が逆探知でバレるからね』
マリアが答える。
「……となると、やはり物理的な時限爆弾が、このフロアのどこかに隠されているということか」
スレイの額に、微かな汗が滲む。
時刻は19時00分。決行の20時まで、時間が迫っている。
その頃。
パステルカラーのフリフリのワンピースを着たリルは、その愛くるしい容姿で完全に会場のマスコットと化していた。
「お嬢ちゃん、可愛いねえ。マカロン食べるかい?」
「わーい! ありがとー、おじちゃん!」
VIPの重鎮たちからお菓子をもらい、ニコニコと会場を駆け回るリル。
メイコは父親の傍らで、議員の娘として挨拶など歓談をしている。
普段は軽いギャルでも、TPOを弁えられるのがメイコの凄いところだ。
「お~、メイコお嬢さん大きくなったね~」
「これは多様性商事の役員さん、いつも父がお世話になっております」
メイコがにこやかにお辞儀をする。
そのメイコたちの視線の先。
それは、大物議員Aがポケットマネーで特注し、本日のメインイベントとして用意したという超巨大なチョコレートケーキであった。
何層にも重なった美しいチョコレートのコーティング。
その周囲には、高級ブランドの証であるロゴマーク入りのチョコプレートが飾られている。
「……あれ?」
リルは、そのチョコプレートの文字をジッと見つめ、首をコトンと傾げた。
「ねえ、スレイ、マリア、モニカ」
リルが、インカムのスイッチをポチッと押す。
『どうした、リル。何か見つけたか』
マリアが応答する。
「うん。あのね、真ん中にあるおっきなチョコレートケーキ。……なんか、おかしいよ」
『おかしい? 毒でも入っているのかしら?』
モニカが訝しむ。
「ううん。あのケーキの周りについてるチョコレート、有名な『ピエール・エルメ』のチョコになってるの」
リルが指摘する。
『それがどうしたの? 高級ホテルなんだから、一流ブランドのチョコが使われていても不思議じゃないでしょ?』
マリアが呆れたように返す。
しかし、リルの次の言葉が、スレイたちの脳髄に強烈な雷を落とした。
「だって……あのケーキ、議員Aさんが用意したんだよ? だったら、絶対に……」
リルは、純真無垢な声で、その『絶対的な矛盾』を指摘した。
「絶対に、議員さんの場合多様性のピエール・マン〇リーニのチョコにするはずだもん!!」
「「「…………ッ!!!」」」
スレイ、マリア、モニカの三人は、インカム越しに息を呑んだ。
「確かにパパなら、絶対エルメは使わないはず~! ウける~流石リルたそ!」
メイコが笑いながら同意する。
そうだ。あの度し難い変態議員が、こんな大舞台で普通の高級チョコ(エルメ)などを手配するはずがない。
奴ならば、絶対に私物化したマン〇リーニ(極悪パロディ)の特注チョコを並べるはずなのだ!
「……つまり」
スレイが、血走った目で巨大なチョコレートケーキを睨みつける。
「あのケーキは、本物とすり替えられた偽物(トロイの木馬)! 爆弾は、あのケーキの中だ!!」
マリアが叫ぶ。
パロディ名という最低の伏線回収から、ついに爆破予告の恐るべき真実が暴き出された瞬間であった。
「――マリア、モニカ。あのケーキを調べろ」
スレイの低く鋭い指示がインカムに飛んだ。時刻は19時45分。
タイムリミットまで残り15分。
「了解。誰でもいい、少し周りの客の目を逸らして」
マリアが言う。
「任せて! お父さんに演説をさせるようにする」
メイコが動く。
「飲み物をそちらに運ぶわ。ケーキを背にするようにして」
モニカが連携する。
メイコがスペースに出てマイクを握る。
「あ~あ~、マイクテスト、マイクテスト。。。皆さん、本日はお忙しいなかご参集頂き、誠にありがとうございます」
そういってお辞儀をする。一同の視線がメイコの方に向けられる。
「皆様! ここで私の愛する父親でもある大物議員Aから、今までの御礼に加え、今後についてお話頂きたいと思います」
おおっ! いいぞ! 歓声があがる。後援会では支持されているようだ。
普段の変態っぷりとアイドルオタクからは想像出来ない。
「いやいや私なんか参ったなぁ~。メイコにやられたよ~」
照れながらも、満更でもなさそうな顔でマイクを握る大物議員A。
「メイコ、ナイス! そっちに飲み物を運ぶから、マリアはケーキに」
給仕姿のモニカが巧みにVIPたちの動線をコントロールする隙を突き、漆黒のドレス姿のマリアが、優雅な足取りで巨大なチョコレートケーキへと近づいた。
彼女はクラッチバッグから、口紅に偽装された小型の金属探知機を取り出し、さりげなくケーキの側面に這わせる。
「……無反応ね。金属探知機(ゲート)をすり抜けたってことは」
「おそらくプラスティック爆弾だ」
スレイが答える。
マリアはさらに、胸元の谷間に隠していた特殊な赤外線コンタクト(ゴーグル)を瞬時に起動し、ケーキの内部を透視した。
「ビンゴよ」
マリアの美しい瞳が、微かに細められる。
「ケーキの内部に、完全にプラスチック製の特殊爆弾が仕込まれているわ。時限式の起爆装置もプラ製。手作りの芸術作品ってわけね」
「……よし。騒ぎを起こすな」
スレイが、既にホテルの非常階段を駆け下りながら指示を出す。
「会場に悟られないように、そのケーキを厨房へ下げろ。山田相姦に連絡し、爆弾処理班を至急厨房へ手配しろ」
「了解! ほら、厨房のスタッフたち、このケーキはいったん下げるわよ! 大物議員Aの指定のケーキとは手違いがあるそうよ」
モニカが給仕の権限をフル活用し、スタッフたちに指示を出して、巨大な爆弾入りケーキを静かに、そして迅速にバックヤードの厨房へと運び出していった。
「わーい! おっきいケーキさん、ばいばーい!」
リルが、フリフリのワンピース姿で呑気に手を振っている。
『――スレイ! こっちの処理は任せて! あんたは、見物を決め込んでいる犯人を狩りなさい!』
マリアの声が響く。
「言われるまでもない。既に外に出ている」
爆発の瞬間を特等席で見るため、犯人は必ず近くにいるはずだ。
スレイは漆黒のコートを夜風にはためかせながら、帝国HOTELの正面玄関から夜の街へと飛び出した。
『スレイ、聞いて!』
インカムから、厨房でケーキの位置と窓の角度を確認したモニカの声が響く。
『ケーキが置かれていた位置から、一直線に窓の方向を特定したわ! 犯人が爆発を確認できる方角は……南西よ!』
「南西……」
スレイが、暗殺者の鋭い視線を向ける。
『南西ね! 待って、今ホテルの防犯カメラと周辺の交通カメラをハッキングして、不自然な電波(タブレット等の通信)の発生源を解析するわ……!』
マリアの神がかったタイピング音が聞こえ、数秒後、確信に満ちた声が響いた。
『位置を特定したわ! 犯人の居場所は……ホテルの目の前、日比谷公園の中よ!!』
「日比谷公園だと?」
スレイが夜の道路を駆け抜ける。
「あそこは広い。それに、夜間は一部を除いて立ち入りが制限されているはずだ。どこだ、マリア」
『公園の中心付近……ペリカン噴水のそばよ!! 早く、起爆の20時まであと5分しかないわ!』
「……十分だ」
スレイの巨体が、人間離れした速度で日比谷公園の暗がりへと潜り込んでいく。
街灯の光が届かない、夜の静寂に包まれた公園の奥深く。
(……ところで、リルはどうした。通信から外れているが)
スレイが走りながらふと疑問に思うと、インカム越しにマリアの呆れ果てた声が聞こえてきた。
『……あの子、爆弾処理班が解体してるケーキの端っこ(安全なチョコの部分)を、もったいないからって言いながら横でムシャムシャ食べてるわよ』
「……まあ、あいつらしいな」
最強のチームの、相変わらずすぎる連携(?)に微かに口角を上げながら。
スレイは音もなく、目的の場所――ペリカン噴水の影へと到達した。
『――ピピッ、ピピッ』
暗闇の中、ペリカンの銅像の裏側に、青白いタブレットの光が浮かび上がっている。
そこにいたのは、黒いパーカーのフードを深く被った、ヒョロリとした男だった。
「ひひっ……。さあ、あと1分だ。僕の美しいプラスチックの芸術が、あの胸糞悪い金持ちどものホテルを夜空の花火に変える……ひひひっ!」
男は、自分の能力に酔いしれながら、タブレットの画面(ホテルの外観を映しているのだろう)を見てニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべていた。
「……随分と、悪趣味な花火大会だな」
「えっ……!?」
男が驚いて振り返るよりも早く。
『――ドスッ!!!』
「がはぁッ!?」
スレイの容赦のない右ストレートが、男の腹部に深く突き刺さった。
悲鳴を上げる暇すら与えない、圧倒的な物理暴力。男の身体はくの字に折れ曲がり、持っていたタブレットがカランと乾いた音を立てて石畳に転がった。
「ぐ、あ……っ! き、貴様……何者だ……っ! 警察か……!?」
胃液を吐き出しながら、男が恐怖に歪んだ顔でスレイを見上げる。
「……通りすがりの、ただのボディガードだ」
スレイは冷たく言い放つと、男の首根っこを掴み上げ、そのままペリカン噴水の冷たい水の中へと、容赦なくその顔面を沈み込ませた。
「がぼがぼがぼっ!!?」
「お前の芸術は、俺の仲間(と処理班)が美味しく解体している最中だ。……お前は、この冷たい水の中で反省でもしていろ」
時刻は、20時ちょうど。大物議員Aの演説は無事に終わった。
帝国HOTELの最上階で爆発が起きることはなく、華やかなオーケストラの音色だけが夜空に響き続けていた。
華麗なる爆弾魔の計画は、スレイの圧倒的な暴力と、チームの完璧な連携の前に、あまりにもあっけなく鎮火させられたのであった。
「……離せ! 僕はただ、自分の芸術(実力)を世間に見せつけてやりたかっただけだ! 誰に恨みがあったわけでもない、僕を評価しないこの社会が悪いんだ!!」
ペリカン噴水から引きずり出され、もがく男。
「確かに、人は誰かに評価されたい生き物だな。だからといって無関係な人間を巻き込み、テロに逃げていい理由には決してならない」
その静かで冷酷な宣告と同時だった。
スレイの丸太のような腕がしなり、容赦のない鋼鉄の拳が男の顔面中央へと深々と叩き込まれた。
『――ゴグシャァァッ!!』
硬い骨と肉が同時に砕け散る、ひどく生々しい音が夜の公園に響き渡る。
「あ、がばっ……!? ぁぁぁあッ!?」
一撃で男の鼻梁は無惨にひしゃげ、粘度のある赤黒い鼻血が噴き出した。
強烈な衝撃によって根元からへし折れた前歯が数本、血塗れの唾液と共に宙を舞い、冷たい石畳の上をカラカラと転がっていく。
苦痛に白目を剥き、そのまま膝から崩れ落ちようとする男。
しかし、スレイは分厚い手で男の襟首を再びガシッと鷲掴みにすると、一切の慈悲もなく、ペリカン噴水の澱んだ水の中へと、男のひしゃげた顔面を力任せに再び沈み込ませた。
「ごぼっ……! がぼばばばばばッ!!」
砕けた鼻の骨の断面と、歯が抜け落ちて剥き出しになった神経。
そこに11月の身を切るような冷水が容赦なく入り込み、傷口を直接抉るような強烈な激痛となって男の脳髄を突き抜けた。
「んんんんんんんんんッ……!!!」
水中に男のくぐもった絶叫の泡が弾ける。
あまりの痛みに、男の身体は感電した蛙のようにビクンビクンと激しく跳ね回った。
酸素を求めて肺が痙攣し、傷口に沁みる冷水と自ら流した血の味で激しくむせ返る。
しかし、スレイの万力のような腕の力から逃れることなど到底できず、彼はただ噴水の底で水飛沫を上げて、醜く惨めに悶絶し続けるのだった。
そこへ、警視庁のトップである山田相姦が、取り巻きの部下を引き連れて姿を現した。
「表の警察の出る幕もなかったよ。被害者ゼロでネズミを駆除してくれたこと、感謝する」
「……仕事をしただけだ」
スレイが短く答える。
駆けつけた警察官に取り押さえられた爆弾魔の男が、惨めに泣き叫ぶ。
「……さあ、我々は撤収するぞ。パーティーはまだ続いているからな」
山田相姦が、部下を引き連れて去っていく。
スレイは、濡れた手をハンカチで拭いながら、その無様な姿を氷のように冷たい目で見下ろしていた。
スレイの脳裏に、仲間の顔がよぎる。
リルは、その顔に刻まれた凄惨な傷跡のせいで、幼い頃から周囲に化け物扱いされ、不当に虐げられてきた。スレイ自身もまた、親の顔も知らない孤児として裏社会の泥水をすすり、ロクな生活をしてこなかった。
己の不遇を社会のせいにして爆弾を弄ぶ男の甘えなど、本物の地獄を這い上がってきた暗殺者からすれば、吐き気を催すほどのくだらない戯言であった。
「……評価されたければ、せいぜい独房の中で壁のシミでも数えていろ」
スレイは短く吐き捨てると、男に背を向け、煌びやかな光を放つ帝国HOTELへと歩き出した。
その頃、厨房でケーキから摘出されたプラスチック爆弾も、爆発物処理班によって無事に安全な場所へと運び出されていた。
「解体は無事終わったよ~! 凄い! 映画みたいに青の線とか赤の線とか切ってたよ!」
厨房の裏口で合流するなり、フリフリのワンピース姿のリルがピョンピョンと跳ねながら興奮気味に報告してきた。
「えぇ~私も見たかった~、あとケーキも食べたい!」
メイコが、爆弾よりもスイーツへの未練を隠しきれない様子で、心底残念そうに唇を尖らせる。
「ふぅ……。これで一件落着ね」
漆黒のドレスを纏ったマリアが、ホッと安堵の息を吐いて冷たいコンクリートの壁に寄りかかった。
「ホント、疲れたわ。給仕の仕事より、議員Aの多様性映画や多様性ミュージカルのウンチクを聞き流す方がよっぽど神経使ったわよ」
給仕服姿のモニカも、やれやれといった様子で心底うんざりした顔で肩をすくめている。
何はともあれ。
帝国HOTELの最上階では、恐るべき爆破計画が進行していたことなど誰も知る由もなく、VIPたちは優雅にシャンパングラスを傾け、何事もなかったかのようにパーティーを楽しんでいる。
そしてスレイ達も会場に戻っていった。
誰も気づかない。誰にも称賛されない。
しかし、こうして裏方で命を張り、知恵と暴力を尽くして未然に悲劇を防ぐことこそが、スレイたち裏の掃除屋の重要な仕事であり、美学であった。
「よし、じゃあ私たちはそろそろお暇しよ――」
マリアがホッと息をつき、撤収の合図を出そうとした、その時だった。
「――さあ皆様!! お待たせいたしました!!」
会場の奥から、マイクを持った大物議員Aの野太い声が響き渡った。
「私が自らデザインし、本日のために用意した至高のスイーツ! ピエール・マン〇リーニの特注ケーキの入場です!!」
厳かなオーケストラのBGMと共に、ワゴンに乗せられて恭しく運ばれてきたのは。
先ほど処理された爆弾入りケーキ(偽物)と全く同じサイズの、正真正銘の本物の特注チョコレートケーキだった。
「わぁーっ! ケーキさんだー!!」
リルが、フリフリのワンピースを揺らして目を輝かせる。
「すご~い! 何段なのこれ! ミラーグレーズもめちゃきれいだね!」
メイコが身を乗り出す。
しかし。
そのケーキの天面を見た瞬間、スレイ、マリア、モニカの三人の顔面から、スッと血の気が引いた。
艶やかなチョコレートコーティングのど真ん中に。
真っ白なチョコペンを使って、極めて写実的で、最低すぎる女性器のマークが、これでもかとデカデカと描かれていたのである。
「おおぉ……!」
「素晴らしい芸術だ……!」
何も知らない政財界のVIPたちが、拍手喝采を送っている。
集団催眠にでもかかっているのだろうか。
「やはり、爆弾はこの世に必要なものなのよ……」
マリアが絶望的な声で呟く。
「自己顕示欲、経済的目当て、怨恨や妨害など……第四の理由がある!この歪んだ世界に爆弾は必要よ!」
モニカも同意する。
(……爆破すべき対象とは、一体何だろうか……)
スレイは、深い深い溜息をついた。
爆破予告3連発。
日本の平和は守られた。
しかし、この国を覆い尽くす多様性の波(不治の病)だけは、どんなに優秀な裏掃除屋でも、決して駆除することはできないのであった。