境界線PCU~多様性ワールドへようこそ~   作:トナカイ粉砕

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境界線032
雨の日の殺意編(前編)


 

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ここ数日、東京の街には重く冷たい雨が降り続いている。

 

新宿の裏路地にひっそりと佇むアジトの窓にも、絶え間なく打ち付ける雨粒が幾重もの筋を作っていた。

換気扇を回しても、部屋の中にはジメジメ、ジトジトとした不快な湿気がまとわりつく。

 

特に緊急の任務もないため、裏の掃除屋たちは久しぶりにアジトでゆっくりと羽根を伸ばしている。

 

たまにはこういう泥のように眠るだけの休日も悪くないと、スレイはジッポライターをカチャリと鳴らし、紫煙を深く肺に吸い込んだ。

 

「ばいやーっ! 凄い濡れたー! 講義が長引いたし最悪っしょ!」

唐突にアジトの重い鉄扉が開き、水浸しになったメイコが駆け込んできた。

 

「あっ、メイコちゃんいらっしゃい!」

ソファでゴロゴロしていたリルが、いつものように天真爛漫な笑顔で出迎える。

 

「ちょっとメイコ、こんな土砂降りの雨の日は、おうちの迎え(黒塗りの高級車)を呼べばいいじゃない」

紫色のロングヘアーを揺らしながら、マリアが呆れたようにタオルを投げて寄越す。

 

「えー、だって家にいてもtinko-tokとかフェイスシャワー見るだけで暇だし! それなら、みんなでネトフェラックスとかU-SEXT見てたほうが絶対楽しいし!」

メイコが濡れた髪を拭きながらケラケラと笑う。

 

「パパ(大物議員A)が寂しがっているわよ。……風邪を引く前に、とりあえずシャワーでも浴びてきなさい」

モニカが、コーヒーを淹れながら優しく促す。

 

「はーい! お言葉に甘えてシャワー借りま~す!」

メイコがバスルームへと消えていくのを見送り、リルがエプロンを身につけた。

「じゃあ、メイコちゃんがお風呂に入ってる間に、何か夕ご飯作ろうっと!」

 

「そういえば、環萌美総理からお中元代わりに海鮮のセットを貰っていたわよね。冷蔵庫に入ってるはずよ」

マリアが思い出したように言う。

 

「お刺身とか色々入ってる豪華なやつね。生モノだから、あれは早めに食べてしまいましょう」

モニカの提案に、リルが「はーい! じゃあそれ使いますね〜」と元気よく冷蔵庫を開けた。

 

 

――数十分後。

 

メイコがシャワーから上がり、アジトのテーブルに豪華な夕食が並べられた。

 

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「……ちょっと。何なのよ、この多様性海鮮セットとかいう最低な名前の贈答品は!!」

テーブルのど真ん中に置かれた木箱を見て、マリアが顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「このアワビの生々しい切り込みに、やたらと立派なイカの形……完全に多様性(シモネタ)に汚染されているわ!!」

モニカも、そのあまりにも卑猥なカッティングが施された海鮮を見て頭を抱える。

 

「うわ〜! でもこのアワビとかホタテ、身がプリプリで超おいしいっしょ!」

「カキもハマグリも、すっごく濃厚で美味しいよ!」

乙女たちのツッコミなど意に介さず、メイコとリルは無邪気に(そして非常に危うい絵面で)貝類を頬張っている。

 

「はぁ……。確かに、味だけは極上ね。このホッキ貝も甘くて美味しいわ……ん?」

マリアが刺身のパッケージの裏書きを見て、ピタリと動きを止めた。

「……ボッキ貝になってるじゃない、このパッケージ!! 誰のどこが勃起してるっていうのよ!!」

 

「……確実に、あの変態総理の息がかかっている特注品ね」

モニカが氷のような目でプロファイリングの答え合わせをする。

 

「……まぁいいわ。お刺身のほうも頂きましょう。味に罪はないもの」

スレイが無言で黙々と白飯をかき込む横で、女性陣も呆れつつ、なんだかんだで超高級な多様性海鮮セットを綺麗に平らげたのであった。

 

 

食後。

 

スレイが淹れた安物のコーヒーとお茶を飲みながら、アジトの巨大モニターでネトフェラ限定の話題のドラマ『イカ臭いゲーム』を鑑賞する。

 

「……またこれも、タイトルからして完全に汚染されているわね……」

マリアがこめかみを押さえる。

 

「いったい、どういうルールのデスゲームなのよこれは! なんで敗者が白い液体まみれになっているのよ!」

モニカが、画面の惨状を見て凄腕のプロファイリング能力を完全に放棄する。

 

「しっかし、なかなか雨やまないね〜! ジトジトしてて、マジでいやだなぁ」

メイコが窓の外の土砂降りを眺めながらため息をつく。

 

「そう? 私は、雨は昔すっごく嫌いだったけど……今は好きなんだ〜! ジメジメするのは嫌だけどね」

リルが、頬の火傷痕をそっと撫でながら、スレイたちと出会って温かい居場所を見つけた今の幸せを噛み締めるように微笑んだ。

 

そんな、馬鹿馬鹿しくも平和な多様性ドラマの鑑賞会が続いていた、その時。

 

『ピロリロリロ……ッ』

アジトの暗号化通信回線が鳴り、モニターに首相感貞(特別地下室)からの着信が表示された。

 

『夜分にすまんな。ちょっと新たな任務について……おお、メイコか! こんなところにいたのか』

画面に映し出された大物議員Aが、娘の姿を見つけて少しだけ父親の顔になる。

 

「パパー、雨やまないみたいだから、今日はアジトに泊まっていくね〜」

 

『そうか。わかった、スレイ君たち、いつも娘がすまないね。……諸君、明日、首相感貞に来て欲しいのだ』

大物議員Aの顔が、父親から国家を背負う政治家のそれへと切り替わった。

 

「……了解した」

スレイはジッポライターの蓋をカチンと閉じ、立ち上がる。

 

窓を叩く雨音は、これから始まる血生臭い事件を予兆するように、一層その激しさを増していた。

 

――さて、短い休暇は終わりだ。任務が始まる。

 

翌日。ここ数日間の陰鬱な雨が嘘のように、東京の空は雲ひとつない快晴に恵まれていた。

 

雨上がりの澄んだ空気が漂う中、スレイたち裏の掃除屋(PCU)の面々は、首相感貞の地下深くにある特別会議室へと顔を出していた。

 

巨大な円卓には、すでにこの国の最高権力者である環萌美(たまき もえみ)総理と、依頼主である大物議員Aが待ち構えている。

 

「……よく来てくれたね、諸君」

大物議員Aが、いつもの推し活で見せる限界オタクの顔を完全に隠し、政治家としての険しい顔つきでスレイたちを迎えた。

 

「はーい! パパ、今日は晴れててよかったね~!」

メイコが、明るい声で手を振る。

 

「ええ。ここのところ、ずっと雨ばかりだったものね」

萌美総理が、ワイングラスを片手に優雅に微笑んだ。

 

「総理! 昨夜は、総理から送っていただいた海鮮セット、美味しく頂きました。ありがとうございます!」

リルが、天真爛漫な笑顔でお礼を言う。

 

「あら、それはよかったわ〜。ふふっ。あの中に入っていた、あのやたらと立派な切れ込みの入ったアワビ……あれね、私がモデルなのよ〜」

総理が、自らのグラマーな肢体を妖艶に撫でながら、ドSな変態全開の爆弾発言を投下した。

 

(((……っ!! なんのモデルかは聞いてはいけない。絶対にだ!!)))

スレイ、マリア、モニカの三人は、顔を引きつらせながら、心の中で完全にシンクロして全く同じツッコミ(防衛本能)を起動させた。

 

「……さて、今日諸君らを呼んだのは、また山田相姦の表の警察機構が動けない状況が発生したからだ」

大物議員Aが、変態総理のセクハラ発言を強引に遮って本題に入った。

 

「都内で、不審死が立て続けに3件、ここのところ発生したみたいよ」

総理も、表情を切り替えて冷徹な声で告げる。

 

「……死因は、いずれも急性心不全となっている」

大物議員Aが言う。

 

「裏部隊(俺たち)に声をかけるということは、他殺の決定的な証拠がないのだな」

スレイが静かに問う。

 

「その通りだ。……しかし、山田相姦の部隊が現場を調べた結果、少しばかり拭えない疑惑があってね」

大物議員Aがモニターに解剖データを映し出す。

「被害者は3人。共通しているのは……全員の足(ふくらはぎ付近)に、極めて『小さな針の痕』があったのよ」

総理が、遺体の局部を拡大して見せた。

 

「……しかし、司法解剖や血液検査の結果では、体内から毒物は一切検出されていないのだ」

大物議員Aが唸る。

 

「なるほど。山田相姦の鑑識部隊は、毒が出なかったにもかかわらず、その小さな針の痕に殺人事件としての強烈な違和感を持っているのね」

マリアが頷く。

 

「何か、完全に分解されて痕跡を残さないハイブリッドな薬物や、デザイナードラッグが使われた可能性もあるわね」

モニカがプロファイラーの視点で推測する。

 

「その被害者さんは知り合い同士なの? 何か共通点はあるの?」

リルが不思議そうに首を傾げる。

 

「だね! そこが繋がれば、連続殺人(他殺)って線で間違いないっしょ」

メイコが同意するが、総理は静かに首を振った。

 

「それが……人物に関しては、年齢も住んでいる場所も、全く共通点はないのよ。共通しているのは足の小さな針の痕、そして全員が雨の日の人ごみの中で突然倒れた、という状況の点だけね」

 

「……もしかしたら、テロの類の実験段階の可能性もあるのよ。人ごみの中で無差別にターゲットを選び、未知の毒物の効果を試しているのかもしれない……」

萌美総理が、最悪のシナリオを口にする。

 

「……人ごみに紛れて、すれ違いざまに注射器や仕込み針などで毒を打ち込む暗殺の手口は、裏社会では珍しい話ではないな」

スレイが、過去の戦場や裏社会で見てきた暗殺の数々を思い出しながら、絶対零度の瞳で呟いた。

 

「まず、被害者のパーソナルデータを確認してみましょう」

マリアがハッキング技術を駆使し、瞬時に警察のデータベースから3人の被害者の詳細な情報をモニターに並べた。

 

被害者①:町工場の旋盤工 (男性:56歳)

被害者②:時計の修理職人 (男性:70歳)

被害者③:オーダーメイド店の仕立屋 (女性:49歳)

 

「……一見、年齢も性別もバラバラで、何も共通点はないように見えるけど……絶対に何かあるはずね」

モニカが、画面の文字を食い入るように見つめる。

 

「はいはいっ! わかりました! みんな年配です!」

リルが元気よく手を挙げて(少しだけ失礼な)共通点を指摘する。

 

「あー、確かに。みんなどこかの技術を持っている人って感じの職業だね」

メイコがリルの意見を補足した。

 

「……おそらく、ただの無差別テロではない。彼らは全員『職人』だ」

スレイが、低い声で決定的な共通点を口にした。

 

「ということは、彼らは何かの技術を利用された上で……口封じのために消されたということね」

モニカが戦慄する。

 

「誰かが、暗殺の道具か何かを作るためにこの3人の技術をバラバラに利用し……完成したから『用済み』として消した、と」

マリアが忌々しそうに吐き捨てた。

 

「……なら、必ずどこかに接点があるはずだ。被害者の生活圏(自宅や仕事場)に行き、直接俺たちの目で確かめることが必要だな」

スレイが漆黒のコートを翻し、行動の開始を告げる。

 

「ええ。頼もしい限りね。……裏の掃除屋のお手並み拝見といきましょう。頼んだわよ」

萌美総理がワイングラスを掲げ、不敵に微笑んだ。

 

スレイたちPCUの面々は、姿なき暗殺者の手がかりを求めて、雨上がりの東京の街へと出撃するのであった。

 

 

雨上がりの水たまりが、アスファルトに鈍く光る東京の下町。

 

裏の掃除屋たちは、最初の被害者である町工場の旋盤工(56歳・男性)の仕事場へと足を踏み入れた。

 

油と鉄屑、そして長年染み付いた汗の匂いが漂う、トタン屋根の小さな町工場。

 

「……町工場と言っても、随分と狭いところだね」

メイコが、所狭しと並べられた旋盤や工具の山を見渡して呟く。

 

「だから、悪い人たちには使いやすかったのかな? 人目につかないし」

リルが、小さな体を屈めながら工場の中を歩き回る。

 

マリアは、即座にデジタルな手がかりを探したが、ため息をついて首を振った。

「……ダメね。そもそもこの工場にはPCが置いてないわ。昔気質の職人らしく、スマートフォンすら持っていなかったみたい」

 

「しかし、完全に無警戒だったわけじゃないわね。見て」

モニカが、作業台の上に散乱した紙屑を指差す。

「受注伝票や、図面らしきものが雑に破かれて、ごっそり盗まれているわ。証拠隠滅のつもりでしょうけど、やり方が荒い」

 

「あっ! 作業台の裏に、落ちている用紙があるよ!」

幼児体形のリルが、大人では入り込めない作業台の下の狭い隙間に潜り込み、油に塗れた一枚の紙切れを引っ張り出した。

それは、犯人が慌てて回収し損ねた設計書の一部だった。

 

スレイが、その紙切れを受け取り、絶対零度の瞳で細かな数値を読み取る。

「……チタン合金の極小シリンダー。超高圧、かつ極低温仕様の特殊な削り出し図面だ」

 

「極小サイズの高圧シリンダー? 何かの武器になりそうだね」

メイコがチート級の頭脳で用途を計算し、顔をしかめる。

 

「とりあえず、持ち帰れるものは持ち帰りましょう。デジタルデータがない以上、足で稼ぐしかないわ」

マリアが紙を保存用のクリアファイルに入れようとした時、モニカが鋭い視線で図面の端を指差した。

「待って。ここに何か書いてあるわ」

 

油汚れに紛れて、職人の鉛筆による殴り書きが残されていた。

『 映画の小道具:KAIDOKU用シリンダー 』

 

 

――二件目。時計の修理職人(70歳・男性)の自宅兼作業場。

 

古い木造アパートの一室。古時計の乾いたカチカチという音と、真鍮の埃っぽい匂いが充満している。

 

「ここも、PCとかデジタル機器はないね~」

リルが部屋を見回す。

 

「そして、モニカじゃなくても一目でわかるっしょ。……誰かが何かを盗むために、激しく家探しした跡がある」

メイコが、乱暴にひっくり返された引き出しや、雑に破り捨てられた帳簿を見て呟く。

ここでもやはり、肝心な設計書らしきものは見当たらない。

 

「焦らなくていいわ。犯人は必ず、何かを残すか忘れているはずよ」

マリアが大人の余裕で微笑む。

 

「ええ。逆に言えば、デジタルのように一瞬で完全消去できないのが『アナログな人間の記録』よ。紙の束を全て潰すのは至難の業だわ」

モニカの言葉に頷き、一行はガサゴソと部屋の探索を始めた。

 

スレイが、壁に掛けられた古い日めくりカレンダーの裏に目を留める。

「……これを見ろ」

そこには、几帳面な字でこう書き込まれていた。

『 リアル脱出ゲーム用ギミック(プロジェクトKAIDOKU) 』

 

「おそらく、それが制作の納期だよね〜」

メイコが日付を確認する。

 

「他にも、知らない人の名前がいっぱい書いてあるし!」

リルがその横のメモを指差す。

 

「……作業場にはない。自室(プライベート空間)に行ってみましょう」

モニカが寝室へ入り、古い畳を一枚一枚足の裏で確かめるように歩く。やがて、わずかに軋む床板の下から、小さな木箱を引きずり出した。

「……ビンゴね」

 

中に入っていたのは、精密な図面だった。

古い懐中時計のゼンマイと歯車を極限まで改造し、弾かれた瞬間に針を押し出す『無音の注射トリガー』の設計データ。暗殺の核心に迫る凶悪な機構だった。

 

 

――三件目。オーダーメイド店の仕立屋(49歳・女性)。

 

マンションの一室を改造した、フリーランスの自宅兼店舗。高級な生地の匂いと、女性らしい香水が微かに残っている。

 

「ここにはPCがあるわ」

マリアがデスクの上のデスクトップパソコンに素早くアクセスしようとするが、すぐに舌打ちをした。

「……物理的にHDD(ハードディスク)が抜かれているわ。手慣れた奴の犯行ね」

 

「何かを隠したいのは確実だね〜」

リルが同調する。

 

「ねぇ、これってそうじゃない?」

メイコが、デスクの足元のカーペットの毛足に深く埋もれていた、黒い小さなUSBメモリを拾い上げた。

 

「お手柄よメイコ。暗号化されてるけど……この程度、一瞬よ」

マリアが持参した携帯端末にUSBを接続し、息を吐く間もなくプロテクトを突破する。

 

中から出てきたのは、数枚のテキストメモだった。

高級なシャフトを完全に空洞にしてほしいという、仕立屋への特殊な加工依頼。

そしてその用途として、イベントの解読器(KAIDOKU)を仕込むためのケースとして使用、と記されていた。

 

三つの現場を回り、すべての情報を手に入れたPCUメンバーたちは、アジトに戻る車内で情報を整理した。

 

「……見事に共通しているわね」

モニカが、三つの現場で得た証拠を並べる。

 

「うん! 最初のおじさんは映画とかの小道具制作ってメモしてた!」

リルが一つ目の証拠を挙げる。

 

「二人目のおじいちゃんは、イベントの脱出ゲームのギミック!」

メイコが二つ目を挙げる。

 

「そして三人目は、イベントの解読器を仕込むための空洞ケースの依頼……」

マリアがUSBのデータをタップする。

 

それぞれが、バラバラの用途(映画の小道具やイベントのギミック)をでっち上げられ、別々の人間から発注を受けていた。

だからこそ、お互いの繋がりを知ることもなく、自分が暗殺兵器のパーツを作らされていることに気づかなかったのだ。

 

「……あぁ。KAIDOKU(解読)とかやらだな」

スレイが低く呟く。

 

暗号を解読するためのイベントアイテム。被害者たちは皆、そう信じ込まされて己の技術を振るい、そして口封じのために消された。

それが暗殺用の無音の毒針を仕込むための『狂気の設計図』であるとも知らずに。

 

雨の日の人ごみに紛れ、獲物の足元に音もなく忍び寄るKAIDOKUの正体とは。

裏の掃除屋たちは、姿なき暗殺者の足跡を確実に捉え始めていた。

 

 

再び、首相感貞の地下深く。

 

分厚い防音扉に閉ざされた特別会議室で、裏の掃除屋(PCU)たちは、三人の職人の現場から持ち帰った情報を報告していた。

 

「……暗殺者は職人たちに、自分が何を作らされているのか悟られないよう、映画の小道具、脱出ゲームのギミック、イベント用の解読器という嘘の用途を伝えてパーツを発注していたのよ。プロジェクト名は一貫してKAIDOKU」

マリアが、モニターに三つの設計図の破片を並べて説明する。

 

「だからこそ、真面目な職人たちは疑いもせず、メモや請求書の裏にKAIDOKUと残してしまったのだわ。……そして、用済みとして消された」

モニカが、冷酷な犯人の手口に眉をひそめる。

 

「KAIDOKU(解読)ねぇ……。それらの精密部品を使って、いったい何を解読するというのかしら」

環萌美総理が、ゴブリンがエルフを蹂躙する薄い本(同人誌)から顔を上げ、つまらなそうにワイングラスを揺らした。

 

「他国のスパイが、機密情報のやり取りに使うためのものか?」

大物議員Aが、政治家としての険しい顔つきで推測する。

 

「今のデジタル社会において、ある意味一番安全な暗号はアナログかもしれないわ。ハッキングのしようがないもの」

マリアの言葉に、モニカが頷く。

 

「でも、これだとおそらく長文は送れないでしょうね。極めて短い暗号だけよ」

「……トップレベルの国家スパイが絡んでいる可能性もあるな」

スレイが指摘する。

 

「そうなると、国家間の防諜が絡む規模の大きい話ね。……これ以上、私の神聖な同人誌タイムを邪魔しないでもらいたいわ」

総理が忌々しそうに吐き捨てる。

 

「とりあえず、その解読器と想定して、三つのパーツを並べてみようよ!」

リルが、テーブルの上に想像のパーツを並べる仕草をする。

 

「もしかして、現代版のエニグマ(暗号機)みたいなのができちゃうの?」

メイコが身を乗り出した。

 

「……被害者たちの技術を組み合わせれば、こうなる」

スレイが、暗殺者視点から分析する。

 

「冷却・耐圧シリンダーは、特殊な化学暗号を浮かび上がらせるための『現像液(特殊な化学薬品)』を、劣化させずに持ち運ぶための保管タンクだ」

 

「そして、無音の押し出し機構は、その現像液を、暗号紙に対して均一かつ静かにスタンプ(塗布)するための、精密なポンプ機構ね」

マリアがスレイの推理を引き継ぐ。

 

「最後に、中空のカーボンシャフトは、それらのギミックを全て内部に隠し、税関や手荷物検査のX線をすり抜けて持ち運ぶための偽装ケース(筒)という訳ね」

モニカが結論を導き出した。

 

一応は、スパイ映画に出てくるような暗号のやり取りに使えそうな機材としての体裁は整っている。

 

しかし、スレイたちの胸の奥には、どうにも拭えない強烈な違和感がへばりついていた。

 

「……しかし、単なる暗号機にしては、妙な部品だな」

大物議員Aが首を傾げる。

 

「ああ。何かが引っかかる」

スレイの直感が、警鐘を鳴らしている。

 

「こんな無駄なことというか、ただの暗号の現像にここまでの技術を注ぎ込むのは、完全にオーバースペックな気がするのよね」

マリアが設計図の異常な精密さを指摘する。

 

「ええ。わざわざ持ち運び用の造形や、無音機構にまで異常にこだわる必要性があるのも意味不明ね。もっとシンプルに作れるはずよ」

モニカも同意する。

 

「……とりあえず、スパイの線でいったん裏社会の流通ルートを調べてみるわ。一旦アジトに戻りましょう」

マリアの提案で、スレイたちは首相感貞を後にした。

 

朝方は嘘のように晴れていた空だったが、アジトに戻る道中、再び重く冷たい雨が降り始めていた。

 

「また雨か……」

五人はそれぞれ傘をさし、ジメジメとした新宿の裏路地を歩きながら事件について言葉を交わす。

 

「でもさ、死んだ職人のおじさんたち、血液検査でも何も毒とか出なかったんだよね?」

リルが傘を傾けながら不思議そうに尋ねる。

 

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「うん。そこは何か特殊な薬とかなのかな。山田相姦の鑑識でもわからないなんて」

メイコの疑問に、スレイが低い声で答える。

 

「……マフィアなりスパイが使う、投与から数時間で完全に体外へ排出されるか、体内の酵素と化学反応を起こして別の無害な物質に分解される消失性の毒だろう。血栓だけを残してな」

 

「さて、KAIDOKUとはいったい何なのか。被害者たちは全員アナログな生活をしていたから、ネットの履歴からはこれ以上追えないわ」

マリアがため息をつく。

 

「とりあえず、頭を切り替えて夕飯にしましょう〜。冷えちゃったし」

モニカがアジトの鉄扉を開けた。

 

中に入り、それぞれが濡れた傘を閉じる。

 

マリアやモニカが上質なブランド物の傘を畳む中、スレイはバサッ、と乱暴な手つきで自分の傘を閉じた。

それは、彼が愛用している百円ライターと同じくらいチープな、コンビニで買える安物のビニール傘(ジャンプ傘)だった。

 

「ちょっとスレイ。あなた、稼ぎは腐るほどあるんだから、もうちょっとマシな傘を使いなさいよ」

マリアが、水滴を弾き飛ばす大男のチープな持ち物に呆れて言う。

 

「……構わん。雨が凌げれば同じだ」

スレイが短く答え、ビニール傘を傘立てに突っ込んだ。

 

ジャンプ傘特有の、手元のボタン機構。そして、真っ直ぐに伸びた中空のシャフト。

 

それを見ていたリルとメイコが、同時にピタリと動きを止めた。

二人は顔を見合わせ、スレイのビニール傘と、今日の昼間に見た設計図の情報を脳内で重ね合わせる。

 

「……ねぇねぇ、マリア」

リルが、何か恐ろしいことに気づいたような声で言った。

「三人の被害者のおじさんたちが殺された日のお天気って、どうだったっけ?」

 

「えっ? ……私も、リルたそと全く同じこと考えてた」

メイコが、チート級の頭脳で導き出した答えに顔を青ざめさせる。

 

「お天気……? まさか」

モニカがハッとして目を見開く。

「山田相姦の報告書にあったわね。三人とも、人ごみの中で倒れていて……足のふくらはぎに共通して注射のような小さな痕があった、と……!」

 

部屋に入るなり、マリアが慌ててパソコンを起動し、三人の殺害日と現場の気象データを照らし合わせた。

「……嘘でしょ。全員、今日みたいな雨の日よ!!」

 

その瞬間。

 

スレイの脳内で、完全にバラバラだった三つのパーツが、カチリと音を立てて凶悪な一つの形に結合した。

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