「極低温で毒液を保存する、冷却・耐圧シリンダー」
スレイが、絶対零度の瞳で分析結果を読み上げる。
「人ごみの中で作動させても気づかれない、無音の押し出し機構(ジャンプボタンの改造)」
マリアが続く。
「そして、それら全てを仕込み、不自然なく足元へと突き立てることができる、中空のカーボンシャフト」
モニカが、戦慄と共にその兵器の完成形を口にした。
「三人の職人が作っていたものは……暗号機なんかじゃないよね?」
リルが、不安そうに首を傾げる。
「いや、作らされていたというべきなんだろうね~」
メイコがチート級の頭脳で事態の深刻さを弾き出し、表情を曇らせる。
「あぁ。間違いない」
スレイが、絶対零度の殺気を部屋中に撒き散らしながら、恐るべき暗殺兵器の正体を断言した。
「奴らが作っていたのは、人ごみの中で足元から音もなく毒針を打ち込む……凶器の傘だ!」
雨の日の交差点。
すれ違いざまに、誰もが持っている傘の先端から、致死量の毒が撃ち込まれる。
あまりにも完璧で、日常に溶け込んだ恐るべき暗殺の手口。
沈黙が降りたアジトの中で。
リルがただ一人、首を傾げて純粋な疑問を口にした。
「……凶器の傘だってことはわかったけど。じゃあKAIDOKUって、いったい何のことだろう?」
暗号の解読ではないのなら。
そのローマ字の裏には、さらなる恐ろしい正体が隠されているのかもしれない。
雨音だけが響く中、PCUの面々はついに見えざる暗殺者の尻尾を掴みかけていた。
――新宿アジト。
インターホンが鳴り、リルが頼んでおいたウーバイブ・イーツの配達員が夕食を届けてくれた。
「わーい! 昨日はお魚さん(多様性海鮮セット)だったから、今日はお肉だね!」
リルが、テーブルにずらりと並べられた熱々のステーキ弁当を見て目を輝かせる。
「だねー! 麺類でもよかったけど、やっぱりガッツリお肉もいいっしょ!」
メイコが、さっそく割り箸を割って肉に食らいつく。
「それにしても……外はひどい雨。こんな雨の日だったのよね、おそらく犯行(暗殺)が行われたのは」
マリアが、窓を叩く雨音を聞きながらステーキの肉を切る。
「そうね。今日もまた、どこかの人ごみで新たな被害者が出ないといいけれど」
モニカが、少しだけ心配そうに呟いた。
「……本命以外はないだろう」
スレイが、ジッポライターをポケットにしまいながら低い声で断言する。
「三人の職人を殺したのは、彼らの技術を合わせた武器(凶器の傘)が完成したからだ。その完成品で本命前の実験を行い、同時に口封じを完了させた。……奴らの武器は、すでに実戦投入の準備が整ってはいるが……。」
凶器の正体が雨の日の傘であることは突き止めた。
しかし、まだ最大の謎が残っている。その傘を使って誰を殺そうとしているのか、そしてKAIDOKUというプロジェクト名が何を意味しているのか。
謎は深まるばかりだが、今は明日への英気を養うため、PCUのメンバーたちは肉料理をたらふく胃に流し込んだ。
――翌日。首相感貞・特別地下室。
円卓のモニターに、スレイたちがアジトで導き出した凶器の傘のプロファイリング結果が表示されていた。
「……なるほど。被害者である三人の職人の作ったパーツを組み合わせると、暗殺用の傘に繋がるというわけか」
大物議員Aが、その凶悪で巧妙な機構に唸る。
「ええ。それなら、全員が雨の日に殺されたこと、そして足のふくらはぎに注射のような痕があったことの説明がつくわね」
環萌美総理が、ワイングラスを置いて鋭い視線を向ける。
「しかし、まだ決定的にわからない点があります」
マリアがモニターの画像を切り替える。
「……KAIDOKUというプロジェクトのオペレーション名が、一体何を示しているのかという点よ」
「今回の三人の職人は、武器のテストとしての実験と、パーツを作らせた口封じのための犠牲者で間違いないわ」
モニカがプロファイラーとして犯人の心理を分析する。
「だったら、その完成した傘を使って、本命で誰か狙っている人がいるってことじゃない?」
リルが純真な瞳で核心を突く。
「……傘という兵器のチョイスも、正直謎だ。なぜ雨の日限定の武器にした」
スレイが、絶対零度の瞳で疑問を投げかける。
「確かに、そこがピンとこないな。老人のふりをして杖に仕込んでもいいはずだ」
大物議員Aが顎に手を当てる。
「わざわざ使用条件の限られる傘にするには、それなりの意味がありそうね」
総理の言葉に、マリアが頷く。
「まずは、カモフラージュの点はあると思うわ」
マリアが言う。
「雨の日ならば、街の人はみんな傘を持っているもんね!」
リルが答える。
「だね! 人ごみだと猶更だよね。すれ違いざまに傘の先が少し足にぶつかっても、あ、すいません!くらいで誰も気にならないっしょ」
メイコが、傘という日常アイテムの恐ろしさを指摘する。
「ええ。特に駅の改札や地下街など、人がごった返す場所では、周囲の監視カメラも足元までは映りにくいわ」
モニカの言う通り、現に三人の被害者は人ごみの中で足元を狙われており、無数にある監視カメラの映像を洗っても、いつ、誰に毒を打たれたか全く把握できなかったのだ。
「……まず、傘のギミックよりも誰が狙われているのか、最終ターゲットを絞るほうがよさそうね」
マリアが思考を切り替える。
「逆に、総理みたいな超VIPな人じゃない気がするんだよね。だって、総理は満員電車とかの人ごみの中は歩かないでしょ?」
リルが言う。
「だね〜。要人は黒塗りの車で移動するし、SPもいるから、人ごみで傘を突き立てるなんて無理っしょ」
メイコが、ターゲットが一般人寄りの人間であることを推測した。
その時。
「……はっ! も、もしかして……!!」
突如として、萌美総理が顔面を蒼白にして立ち上がった。
日本の最高権力者の明らかな動揺に、首相感貞の地下室に一気に緊張が走る。
「総理! 何かターゲットの心当たりが!?」
モニカが身を乗り出す。
「……私がお忍びで、コミケに行って薄い本(同人誌)を爆買いしていることが……テロリストにバレたのかしら!? 人ごみで無防備になる、その瞬間を狙うつもり……!?」
「その点については抜かり有りません、総理!」
大物議員Aが、なぜか胸を張って力強く立ち上がった。
「私もその日(コミケの最終日)は、多様性坂69のシークレットライブに参戦していました。怪しまれないよう、事前に空出張の予定を入れ、念のため無人の公用車をライブの時間中ずっと都内で走らせてカモフラージュしています!」
(((……コミケやアイドルライブに行っていたんか!! しかもその個人的な限界オタクの趣味のために、国家予算と権力を使ってそんな手の込んだことまでしているのか!!)))
スレイ、マリア、モニカの三人は、顔面を引きつらせながら、心の中で完全にシンクロして全く同じ(そして最大の)ツッコミを入れた。
「……た、多分それはバレてないし! 暗殺とは全然関係ないよ!」
リルが慌ててフォロー(?)を入れる。
「たぶん犯人は、総理の性癖とかパパの推し活とか、知りたくもないんじゃ〜ないかなぁ……」
メイコが呆れたように言う。
「……コホン。雨の日限定、というのがやはり気になるわ。カモフラージュしやすいのは確かだけど、武器としての汎用性が低くて非効率よね」
マリアが、無理やり話を本筋に戻す。
「犯行を急いでいないのよ。つまり、政治的なテロのような緊急性はなく、特定の誰かを『いつか、バレずに殺せればいい』というスタンスね」
モニカが冷静にプロファイリングを重ねる。
「ああ。目的は殺害だが、一番大事なのは、誰かに殺されたのではなく自然死(病死)と見せることが何より重要ということだ」
スレイが、絶対零度の殺気を漂わせて核心を突いた。
「……つまり、国際的なスパイやテロリストではなく、身内の保険金狙いか、あるいは巨大な遺産相続に関連した暗殺事件ということね」
総理がワイングラスを傾け、氷のような微笑を浮かべた。
最強の兵器(傘)を使った、極めて個人的で陰湿な暗殺計画。
そのターゲットは誰なのか、そしてKAIDOKUの正体とは。
雨の日の殺意が、徐々にその輪郭を現し始めていた。
首相感貞の地下深く。PCUの面々は、さらに踏み込んだプロファイリングを続けていた。
「……莫大な保険金や遺産の受け取りとなると、絶対にターゲットの自然死(病死)が必要となってくるわ」
モニカが、冷酷な現実を語る。
「ええ。生命保険の場合、自殺だとそもそも免責期間で適用されないケースが多い。それに、他殺だと少しでも疑われて山田相姦の警察組織の捜査が入りでもすれば、保険金や遺産の支払いは長期間凍結されてしまうものね」
マリアが、金の流れの観点から補足する。
「じゃあ、なぜ犯人は無関係な三人の職人を殺してまで、実験なんて行ったの?」
リルが、純粋な疑問を投げかける。
「いきなり本命のターゲットにいっちゃダメな理由があったってことだよね」
メイコが顎に手を当てる。
「それは明確に説明できるわ」
マリアがモニターの被害者データを指差す。
「犯人は、あの三人を殺した後、山田相姦の警察組織がこれを殺人事件として発表するかどうか、報道を待っていたのよ。……つまり、自分のもとへ捜査の手が伸びないかどうかの確認ね」
「もし、三人の中で一人でも事件(他殺)として取り扱われた場合、自然死に見せかける計画は失敗。犯人は傘の機構や毒の種類を改良し、また別の無関係な人間を人ごみで殺すという実験を繰り返すはずよ」
モニカが、暗殺者の狡猾な心理を代弁する。
「……しかし、現状は三人とも急性心不全(自然死)として処理されている。このまま放置しておけば、武器が完璧だと確信した犯人が、真のターゲットを狙う可能性があるな」
スレイが、絶対零度の殺気を漂わせる。
「では、警察の表の発表を連続殺人事件に切り替えて、犯人を牽制するという手はあるか?」
大物議員Aが提案する。
「……いえ。相手が無差別に一般人を実験台にするような冷酷な手合いである以上、逆上して被害が拡大する可能性もあるわ。得策ではないわね」
環萌美総理が、冷ややかに却下する。
「つまり、世間には自然死として処理(発表)しておいて、犯人が本命を狙うその日までに、ターゲット及び犯人の正体を特定して物理的に排除する必要があるわね」
ふと、マリアがモニターの端の天気予報アイコンを拡大した。
「……明後日は、全国的に本降りの雨よ」
「犯人が雨の日にしか動けないのなら……。タイムリミットは明後日と一旦するべきだろうな」
スレイが、ジッポライターをカチャリと鳴らし、静かに宣言した。
深刻な会議の片隅で、リルとメイコが何やらひそひそと、いつもの猥談(昨夜のウーバイブ・イーツの配達員の股間がどうとか)を交えながらも、真剣な顔で言葉を交わしていた。
「……ねぇ、スレイ。もう一度、三件目の仕立て屋さん(49歳・女性)のところに行ってみたい!」
リルが突然提案する。
「だね! たぶん、あの三人の職人のパーツを組み合わせて、最終的な凶器の傘の形にしたのは、あそこのおばさんじゃないかなって思って!」
メイコがリルの直感を後押しする。
現状、被害者の接点からターゲットを絞り込む手立てはなく、手詰まりの感が否めない。
「……わかった。行こう」
スレイの決断により、PCUの面々は首相感貞を後にし、再び三件目の被害者宅(オーダーメイド店の作業場)へと向かった。
――三件目被害者宅(オーダーメイド仕立屋)。
高級な生地の匂いが漂う作業場。
明日の本降りの前に今日も小雨が降り続いている。
「……中空のカーボンシャフトを、最終的に日常に溶け込む傘の形に偽装したのは、確かにここだろう。作業場という場所の特性を徹底的に調べるんだ」
スレイの指示で、全員が床を這うようにして微細な痕跡を探し始める。
「あっ! スレイ、見て! このあたりの端切れは、きっと傘で使う布じゃないかな!」
リルが、裁断机の裏に落ちていた小さな布の切れ端を見つけた。
モニカがピンセットで慎重に拾い上げたそれは、一般的な黒いビニール傘や、紳士用の真っ黒な防水布ではなかった。
それは、繊細なレースがあしらわれた、淡い藤色の上品なシルク生地の端切れだった。
「こっちにもあるよ! 研磨機の下。削りカスの金属粉に混じって、こんなのも落ちてた!」
メイコが、小さな金属の破片を指差す。
マリアが特殊なライトで照らすと、それは傘の石突(いしづき=先端の地面につく部分)を作るために削り出された、細く華奢な真鍮のパーツだった。
その他にも、手をつけられていない高級な生地や、女性向けの装飾パーツが部屋の片隅に隠されるように残されていた。
「……やっぱり! さっきメイコちゃんと話してた通りだったね!」
リルがドヤ顔で胸を張る。
「だね〜! 犯人が、わざわざ三件目に女性の仕立屋(49歳)を選んだ理由がこれでハッキリしたっしょ!」
「……この淡いレースの生地と、この細く華奢な石突。紳士用の雨傘には絶対にあり得ないデザインよ」
モニカが、端切れとパーツをプロファイリングする。
「盲点だったわね。……工房の周りにある生地もパーツも、女性向けのオーダーメイド品ばかりで似通っていたから、傘の偽装の痕跡に気づけなかった」
マリアが悔しそうに舌打ちをする。
「……つまり。この凶器の傘を発注し、扱う犯人は女か……」
スレイが、氷のような瞳で断言した。
「なるほどね〜。プロの殺し屋を雇うと、どうしても他殺の線が強くなっちゃうし。かといって、自分で睡眠薬とかで殺して見せかけの自殺にするのは、山田相姦の警察機構の目をごまかせないから絶対ダメだしね」
メイコが犯人のリスクヘッジを分析する。
「うん! だから、自分で傘を持って、人混みで心不全で倒れるように仕向けるほうが絶対に疑われないんだね! 毒も出ないし!」
リルが同調する。
「しかし……これだけの手間とコストをかけ、自らの手を下してまで完全犯罪を成し遂げるには、それに見合う強烈な動機(大金)が必要ね」
マリアが、残された香水の匂いを嗅ぎながら言う。
「……思い出して。時計職人が作った注射トリガーの図面。あれは、遠くから吹き矢のように数メートルも飛ぶような機構じゃないわ」
モニカが、決定的な状況を指摘する。
「傘の先端(石突)を、相手の足の皮膚に直接押し当てなければ作動しない、完全なるゼロ距離の武器だよね? 私のスタンガンみたいに」
リルが言う。
「雨の日に、こんな派手な女性物の傘を、相手の足元に密着させられるほど自然に横を歩ける状況って……」
メイコが言葉を継ぐ。
それはつまり。
「……ターゲットの妻、か」
スレイが、最もドス黒い人間関係の闇を口にした。
「ええ。あるいは、長年連れ添った愛人か。……どちらにせよ、ターゲットに警戒されず、雨の日に同じ傘の下を歩けるような関係性の富裕層の婦人ね」
モニカがプロファイリングを完成させる。
「さて。目当ては莫大な遺産か、それとも保険金か、あるいはその両方か……」
マリアが冷酷に呟く。
スレイは煙草に火をつける前に、即座に萌美総理の裏回線へと連絡を入れた。
「……俺だ。犯人は女だ。ターゲットの配偶者か愛人で、おそらく莫大な遺産目当てと思われる。よって、国家レベルの兵器の類ではないと強い推測が成り立つ」
『なるほど、それなら腑に落ちるわね。何はともあれ政府としてテロではない点は安心したわ。しかし殺人犯は放置できない、任務を続けて』
「承知した」
静かな殺意を胸に、スレイが了承した。
傘という日常のアイテムに隠された、身内のドス黒い殺意。
暗殺の方法と犯人像は完全に固まった。あとは、この巨大な富と殺意を抱えるターゲットが誰なのかを炙り出すだけだ。
夜の帳が下りた東京。
三件目被害者宅から新宿のアジトへと戻ってきたPCUの面々。
明日の夕方からは再び雨の予報が出ている。犯人が動くとしたらそこだ。それまでには、ターゲットの目処をつけておきたい。
アジトの重い鉄扉を開けると、ポストに一枚の不在票が入っていた。
「あっ! もえみん様からのお届けものですって」
リルが不在票を見て首を傾げる。
「総理じゃないの! ……また変なパロディものの差し入れかなぁ」
メイコが呆れたように言う。
「冷蔵便だから、一応は食べ物じゃないかしら」
マリアが肩をすくめる。
「でも、前回はボッキ貝や、触れちゃいけない(変態総理がモデルの)アワビなんかもあったわね……」
モニカが、嫌な予感に眉をひそめた。
再配達を指定し、各々がシャワーを浴びてジメジメとした雨の湿気を洗い流していると、ほどなくして宅配便が届いた。
「わーい! 総理から、また多様性海鮮セット・バージョン2がやってきたよ!」
リルが巨大な発泡スチロールの箱を開けて喜ぶ。
「あっ、例のアワビ(総理モデル)は今回もバッチリ入っているみたいだよ!」
メイコが、卑猥な切り込みの入ったアワビを摘まみ上げる。
「……それは捨てなさい!!」
マリアが即座に却下した。
「前回のとラインナップが少し違うみたいね。……まぁ、わざわざ夕食を作るのも面倒だし、このまま頂きましょう」
モニカがため息をつきつつ、豪華な海の幸をテーブルに並べた。
かくして、多様性海鮮セット2を囲んでの夕食が始まった。
「今回はイクラとか筋子とかもいっぱい入っているね!」
リルがスプーンで豪快にイクラをすくう。
「ブリやサーモンもあるね! なにげに、マグロよりこっちの脂乗ってるほうが好きっしょ!」
メイコが刺身を頬張る。
「今回は違うバージョンね。相変わらず変な名前のパッケージだけど、このセットの味の良さだけは流石ね」
マリアが、白ワインを傾けながら感心する。
「ええ。サザエとかタイラギとか、前回なかった貝類もあるわね」
モニカも、その鮮度の良さに舌鼓を打つ。
変態総理の差し入れとはいえ、味覚の暴力とも言える美味さだった。
食後。
「さて、お腹も膨れたし、最終ターゲットの絞り込みを開始しましょう」
マリアがパソコンの前に座り、キーボードを叩き始める。
「えっとね、お金持ちのおじいちゃんはいっぱいいるけど、絶対に年の差カップルだと思います!」
リルが元気よく推理を披露する。
「ばいやー! どうせ莫大な遺産とか保険金狙いの後妻業でしょ。マジあるある〜」
メイコが深く頷く。
「……それは大いにありそうね。しかし、金銭目当ての年の差婚なんて、都内だけでも腐るほどいるわ」
モニカが現実的な数字を口にする。
「やはり、多額の生命保険がかけられているのがキーよ。……年の差が15歳以上で、かつ生命保険が数億円単位でかけられている富裕層でスクリーニングをかけてみるわ」
マリアが警視庁の裏回線から個人情報データベースにアクセスし、条件を絞り込む。
ズラリと表示された検索結果。
「え〜〜〜っ! こんなにいっぱいいるの!?」
リルが目を丸くする。
「愛って……なんなんだろうね〜……」
メイコが、ズラリと並んだ金目当ての(と思われる)夫婦のリストを見て遠い目をする。
「愛のない連中ね。流石に、職人たちの事件現場からしても、犯人の行動範囲は都心から数キロ圏内でしょう」
マリアがそう言って、さらに絞り込みを始める。
「それで絞っても、まだ50組以上はあるわ。……愛のある結婚って、この世に存在しないのかしら」
マリアとモニカが、世の男と女の業の深さにため息をついた。
「女の人って、何でそんなにお金ばっかりなんだろうね?」
リルが首を傾げる。
「男の人って、何でそんなに若い女性ばっかりなんだろうね?」
メイコが笑う。
(……金銭目当ての結婚と、若さを買うトロフィーワイフ。どっちもどっちだな)
スレイが、安物のコーヒーを啜りながら、心の中で身も蓋もない真理を突いた。
50組全てを監視することは、山田相姦の武装部隊を総動員すれば不可能ではない。
しかし、傘に仕込まれた毒を、いつ刺すかわからない状況で、全ての雨の日に密着監視を続けるのは現実的ではない。かといって、強引に傘を回収すれば、警戒した犯人が別の暗殺手段に切り替えるだけだ。
「……あともう1つ、たった1つでも条件があれば、ターゲットをピンポイントで絞れそうな気もするんだけどなぁ」
マリアが悔しそうに画面を睨む。
「資産家といっても、ITなのか、不動産なのか……何で資産を築いたかとか、ね」
モニカが顎に手を当てる。
煮詰まった空気の中。
リルは「何かないかなぁ〜」と呟きながら、海鮮セットに入っていたイカの干しものをツマミとしてモグモグと食べていた。
「お酒のあてみたいなのもいっぱい入ってたね〜。チータラとかもあったし」
メイコが、リルの横で珍味の袋を漁る。
「うん! 前回は貝が多かったよね〜。総理のアワビとかボッキ貝とか……ツブ貝とかバイ貝もあったっけ?」
リルが無邪気に記憶を辿る。
「いやいやリルたそ、バイ貝は唾液腺に毒があるから、こういうギフトセットには入ってないっしょ〜」
メイコが笑いながら訂正した。
その、他愛のない会話を聞いて。
モニカが、ハッと雷に打たれたように顔を上げた。
「……マリア! 今すぐ山田相姦に連絡をして! 三人の被害者の血液から、死後に『旨味成分(アミノ酸)』が異常に増えていないか、鑑識のデータを確認させて!」
「えっ? ……どういうこと、モニカ?」
マリアが慌ててパソコンを操作しながら尋ねる。
「……消える毒よ。海洋生物の持つ特殊なペプチド毒は、強烈な神経毒として急性の心不全を引き起こすけれど……最終的に体内の酵素で分解されると、グルタミン酸やグリシンといった、人間の体内にごく当たり前に存在する無害なアミノ酸(旨味成分)へと変化するのよ!」
モニカが、プロファイラーと料理好きの知識をフル回転させて、完全犯罪の毒の正体を暴き出した。
「……!!」
スレイの絶対零度の瞳が、鋭い光を放った。
「そうか。……プロジェクトKAIDOKUは解読ではない。……貝毒(かいどく) だ!!」
暗号の解読器というカモフラージュは、すべてこのダジャレのような(しかし極めて恐ろしい)毒の正体を隠すためのものだったのだ。
「……となると、ターゲットの資産家は、海洋系・海産物の輸入や養殖などの事業で莫大な財を成した業者よ!」
マリアが、震える指で即座にデータベースの検索条件に海洋事業・水産系のキーワードを追加し、エンターキーを叩き込んだ。
モニターに表示されていた50組以上のリストが、一瞬で消去され。
画面の中央に、たった1組の夫婦のデータだけが、赤々と浮かび上がった。
見えざる暗殺者の正体、そして狙われた巨万の富。
雨の日の惨劇を食い止めるため、PCUの面々はついに最終ターゲットを完全に捕捉した。