翌朝。雨雲が低く垂れ込め、再び陰鬱な雨が東京の街を濡らし始めていた。
首相感貞の地下深く、冷調の効いた特別会議室に、PCUの面々が集結している。
「……モニカ君の言った通りだったよ」
大物議員Aが、手元のタブレットから視線を上げて重々しく告げた。
「山田相姦の鑑識に再調査させたところ、被害者三人の遺体から、旨味成分であるアミノ酸の数値が極めて高く検出された」
「解読ではなく貝毒とは、日本語は便利な反面難しいものね」
環萌美総理が、艶やかな脚を組み替えながら冷ややかに笑う。
「海洋生物の持つ特殊なペプチド毒……。人間の温かい体温や、地上の常圧に晒されると、その熱と圧力の変化に耐えきれず、わずか数時間で毒の構造がバラバラに崩壊(熱変性)してしまうのよ」
モニカが毒の特性を説明する。
「よって、警察が不審死として遺体を解剖し、検死を行う頃には、既に証拠となる毒は完全に無害な成分へと分解されて消え去っているというわけね」
マリアが、完全犯罪のカラクリに忌々しそうに息を吐く。
「イモガイっていう巻貝は、実際に人間を即死させるほどの猛毒(コノトキシン)を持ってるんだよね!」
メイコが、チート級の記憶力からその知識を引き出す。
「うんうん! 図鑑によると、沖縄や南西諸島の暖かい海にいるんだって!」
リルが、分厚い海洋図鑑のページをパラパラと楽しそうにめくりながら指差した。
「……そして、ターゲットと思われるMMMMM海洋水産のオーナーの嫁は、沖縄出身ね」
モニカが、画面に映し出された三十代前半の美しい女の顔写真を睨みつける。
「気温が低く、紫外線がなく、湿度100%の雨の日でなければ、この極めて不安定な深海毒を地上で運搬し、使用することができない」
スレイが、煙を吐きながら絶対零度の声で結論を口にした。
「だからこそ、特殊な耐圧・冷却シリンダーを仕込んだ傘という偽装が絶対的に重要だったんだ」
点と点が完全に繋がった。
恐るべき暗殺兵器の正体も、狙われたターゲットの巨万の富も、そしてそれをもくろむ犯人の顔も。
「……問題は、どうやって逮捕するかだな」
大物議員Aが、険しい顔で腕を組む。
「ええ。やはりここは、本人の自供を引き出すしかないわね」
総理が同意する。
現状、死んだ三人の職人と、このオーナー夫人を直接結びつける証拠はどこにもない。
仮に今日、彼女が夫に傘の先端を押し当てる瞬間を取り押さえて現行犯逮捕したとしても、毒が検出されなければ、ただの『違法改造の傘を持っていた』という程度の微罪で終わってしまう。
「どこかに盗聴器を仕掛けるのは簡単ですが、そもそも彼女が自分から犯行を話す場がないわ」
マリアがハッキングの観点から難色を示す。
「ええ。単独の個人の犯行だし、誰かと暗殺について電話で語り合うような隙も見せないでしょうね」
モニカがプロファイリングする。
「そこは、やっぱ愛人っしょ!」
「ね! この場合は、若い燕(つばめ)みたいなイケメンの男がいるのかな!」
リルとメイコが昼ドラのような展開を期待するが、マリアは冷酷に首を振った。
「……残念ながら、徹底的に洗ったけれど、若い燕の影は特にないわ。純粋に、莫大な遺産と保険金のダブル狙いね」
「旦那を始末した後に、全てを手に入れて一人で遊びまくるつもりなんでしょうよ。ドス黒い女ね」
モニカが冷たく吐き捨てた。
ターゲットは、深海研究の支援や慈善事業なども幅広く手掛けるMMMMM海洋水産のオーナー(64歳)。
そして犯人は、その妻であるオーナー夫人(31歳)だ。
「……総理。頼んでおいたものはできそうか」
スレイが、不意に総理へと視線を向ける。
「ええ、問題ないわ。昼頃までにはそちらに到着するはずよ」
総理が自信ありげに微笑む。
「夕方からは本格的な雨になるからね。それまでには準備しないと」
マリアが時計を確認する。
「えぇ? なんか作るんですか?」
リルが不思議そうに小首を傾げた。
「例の凶器の傘の偽物よ」
モニカが答える。
「実際の傘がどんな色やデザインか不明だから、職人の工房に転がっていた端切れやパーツの情報を元に、総理のコネで何パターンかのダミーの制作依頼をしているのよ」
マリアが説明する。
「そっか! とりあえず、隙を見て奥さんの本物の傘とすり替えるんだね! そしたら、刺しても死なない! なんで死なないの!?ってパニックになるっしょ!」
メイコがスレイの策を理解して手を叩く。
「その動揺した隙を突いて録音を取り、山田相姦の武装部隊を登場させる!」
リルがドヤ顔で締めくくった。物的な証拠がない以上、自らの口を割らせるしかないのだ。
――昼下がり。MMMMM海洋水産のオーナー邸宅前。
どんよりとした雨雲の下、高級住宅街の片隅に停めたバンの中で、スレイたちは総理から届いた10パターンほどの精巧なダミーの傘を前に待機していた。
「でもさ、お金持ちがどこか出かける時って、お抱えの運転手付きの車でドア・ツー・ドアで行くんじゃないの?」
リルが窓の外の豪邸を見つめながら疑問を口にする。
「だね。その車の中で、二人きりの時にブスッ! ってやる可能性はないのかな?」
メイコの疑問に、マリアが即座に否定した。
「……それはおそらくないわね。あえて人前(人混み)でやるはずよ」
リルとメイコが、ピンとこないような顔を見合わせる。
「密室内でやると、実際には自然死(心不全)だったとしても、真っ先に一緒にいた妻が疑われるわ。……しかし、大勢の人前で主人が突然倒れ、そこに妻が泣き崩れるとどうなる?」
モニカが、毒婦の思考をトレースして解説する。
「……そうか! 周りの人たちは同情的になって、奥さんは一瞬で可哀想な悲劇のヒロインになれるんだ!」
リルが目を見開く。
「しかも、周囲の野次馬たちが、そもそも突然病気で倒れたっていう目撃者にもなってくれるわけだ!」
メイコがその悪魔的な計算に戦慄する。
そして、救急車が呼ばれ、混乱の中で病院に運ばれる頃には……数時間で毒の構造は熱変性で崩壊し、完全な証拠隠滅が成立する。
「マリアのハッキングしたスケジュール情報だと、今日の夕方から、都内のホテルで旦那の慈善事業の会合パーティが開かれるわ」
モニカがタブレットの情報をスワイプする。
「まさに、うってつけの場ね! 莫大なお金だけじゃない、悲劇の未亡人としての承認欲求も同時に満たせる最高のステージよ」
マリアが吐き捨てるように言った。
「うわー、マジで嫌な女〜! 私、大人になっても絶対こういうふうにはならないもーん!」
リルが頬を膨らませる。
「だね。女のドス黒くて悪いところだけをギュッと詰め込んだような、マジでばいやーな奴っしょ」
メイコが心底軽蔑したように肩をすくめた。
そんな会話を交わしていると。
豪邸の重厚な門が開き、初老の紳士と、若く美しいドレス姿の女が、親しげに腕を組んで出てきた。
女の手には、淡い藤色のレースがあしらわれた、細く上品な傘が握られている。
「……出たな」
スレイが、タバコの火を消し、絶対零度の瞳で標的を睨み据えた。
血の鉄錆と火薬の匂いを漂わせる死神が、低く重い声で呟く。
「ブラック・ウィドウ(毒婦)のお出ましだ」
ターゲットであるMMMMM海洋水産のオーナー夫妻が車を出す少し前。
PCUの面々は、すでに先回りして目的の会場へと向かっていた。
「……雨が降ってきたね〜」
リルが、車の窓ガラスに当たる雨粒を指でなぞる。
「会場というより、会員制のちょっといいところのレストランね」
メイコが、外の景色を見て呟く。
現場となる高級レストランの前に車を停め、スレイとリル、メイコの三人は車内で待機する。
やがて、雨の中を黒塗りの高級車が滑り込み、還暦を超えたオーナーと、若く美しい夫人が相合い傘で降り立った。
「いらっしゃいませ。……オーナー様、夫人様。こちらの特別席へどうぞ」
レストランの入り口で、黒服のギャルソンに完璧に変装したモニカが、当たり前のような顔をして優雅に接客対応し、二人を案内する。
(もちろん、このレストランの従業員のシフトや防犯システムには、大物議員Aと萌美総理が裏でガッツリ手を回している)
そして、レストランの裏方のスタッフルームでは、漆黒のドレスから動きやすいスーツに着替えたマリアが、監視カメラと赤外線センサーのモニターを睨みつけていた。
『ターゲット、入店。……ブラック・ウィドウは、確かに美しい女性のようね』
インカム越しにマリアの声が響く。
モニター越しに見ても、三十代の若き夫人は、洗練されたドレスを見事に着こなし、各席の招待客に淑やかに挨拶をして回っている。男性陣からは下心混じりの熱い視線が向けられ、夫であるオーナーは鼻高々に乾杯の挨拶を始めていた。
「マリア。ボディガードの配置は?」
スレイが、暗闇の車内で静かに問う。
『まず外に運転手。そして入り口に2人、廊下の奥のトイレ付近に2人ね。……ただの慈善事業の会合にしては物々しいわね』
「例の傘は?」
『各席に挨拶して回っている隙に、モニカがダミーとすり替えたわ。……本物の凶器(KAIDOKU)は既に確保済よ』
「了解した」
スレイが短く答える。
『……料理が進んできたわね。そろそろ、どこかのタイミングで動く可能性が高いわ』
マリアの報告に、モニカがインカムで補足する。
『ええ。トイレに行くフリをして、すれ違いざまに旦那を刺す。そして席に戻ってくると、なぜか旦那の調子が悪くなって倒れる……という算段でしょうね』
そうしていると、画面の中でブラック・ウィドウが上品に立ち上がり、トイレの方へと歩き出した。
『……!! やはり、刺したわ!!』
マリアが赤外線モニターの映像を拡大して鋭く叫ぶ。
予想通り、トイレに立つ自然な動作の中で、彼女は夫の足元に傘の石突を押し当てていた。それが、モニカによってすり替えられたダミーの傘だとも知らずに。
15分後、化粧直しを終えた夫人が、何も知らぬ顔で席に戻ってくる。
『……大体、イモガイの毒(コノトキシン)は30分で完全に効くはずだけど。オーナーは至って普通に笑っているわね』
モニカが冷静に実況する。
『ふふっ。夫人に焦りが見えるわね。……あれ? 死なない? って顔してる。……おそらく、もう一度刺しにいくわよ』
「メイコちゃん! 私たちもそろそろ行こうか!」
リルがシートベルトを外す。
「うん! トイレ2回目がカチコミの合図だね!」
メイコがニヤリと笑う。
スレイも無言で車のドアを開け、行動に出た。
まずは、外で待機しているオーナーと夫人の運転手の車へ向かう。
「……コンコン」
窓をノックすると、不審に思った運転手がウィドウを下ろした。
その顔面に、スレイはクロロホルムを染み込ませたハンカチを正確かつ迅速に押し当てた。
(……すまんが、少し眠ってもらおう)
『……二回目、刺したわ。そしてまた、確認のためにトイレ(化粧直し)に向かっている』
マリアの報告と同時に、スレイがレストランの入り口へと向かう。
「おい、お客さん。どう見ても招待客じゃないでしょう」
屈強なボディガード二人が、漆黒のコートの大男を怪しんで呼び止める。
「……招待状を見せればいいんだな? これだ」
スレイが懐に手を入れる。ボディガードが「おっ?」と身を乗り出して覗き込んだ瞬間。
『ドカッ! ガスッ! バキィッ!』
鈍い音を立てて砕けるボディガードたちの顎。スレイはわずか二秒で二名を気絶させ、音もなく床に転がした。
――一方、レストラン内部。
ブラック・ウィドウが、苛立ちと焦りを隠しきれない顔でトイレから出てきた。
「……あら? なんでトイレの前にいたボディガードがいないのかしら」
「ぐむむむむッ!!」
「……すまんが、しばらく黙っておいてくれ」
スレイが、気絶寸前のボディガード二人をレストランの食料倉庫に雑に突っ込んでいるのを、彼女はまだ知らない。
「お姉さん! 凄いきれいですね!」
戸惑うブラック・ウィドウの前に、金髪の可愛い少女――リルが、無邪気な笑顔で躍り出た。
「あら……。どうもありがとう、お嬢さん」
「ところで、お姉さんの持ってるこの傘、とっても素敵ですね! どこで売ってるんですか!?」
リルが、背中に隠し持っていた萌美総理特製のレプリカ傘を取り出し、キラキラした目で尋ねる。
自分の手元にあるはずの凶器(KAIDOKU)と全く同じデザインの傘を持った見知らぬ少女。
ブラック・ウィドウの美貌が、一瞬で引きつり、強張った。
「お姉さん! 私もこの傘欲しいなー!」
リルはそう言いながら、傘の先端(石突)を自分の指先に当てて、隠されたトリガーのボタンをカチカチと押し始めようとする。
「あ、あらあらッ!! 傘でそんなことしたら危ないですわよッ!!」
自分が殺し屋に発注したゼロ距離の毒針機構を知っているウィドウは、顔面を蒼白にして慌てて止めようとする。
しかし、リルはお構いなしに傘を持ったまま、スキップするようにトイレ前の廊下からレストランのメインホール(大勢の客がいる場所)へと向かっていく。
「ま、待ちなさい! その傘を返しなさい、お嬢さんッ!!」
レストランのホールのど真ん中に、リルがたどり着く。周囲の招待客たちが、何事かと一斉に視線を向ける。
「そんなに、この傘が大事なの?」
リルが首を傾げる。
「ごめんね……そ、それは主人がくれた、とても大切なもので……」
冷や汗を流しながら、ウィドウが必死に取り繕う。
「ふーん。……イモガイの猛毒(コノトキシン)とかが、いっぱい入ってるから?」
リルが、残酷なまでの純真さで首を傾げた。
「……えっ? なぜ……それを?」
ブラック・ウィドウが、絶望に目を見開いた。
しかしその瞬間。
「ポチッとな!」
リルは躊躇なく、ブラック・ウィドウの生足に傘の先端をくっつけ、トリガーのボタンを押し込んだ。
『チクッ』という小さな痛みが、ウィドウのふくらはぎを貫く。
「……あああああああああああッ!!?」
レストラン中に、女の凄まじい悲鳴がこだました。
周囲の客がパニックになる中、ギャルソンの姿をしたモニカが素早く駆けつける。
「お客様! どうされましたか!!」
「い、今すぐ病院へ連れて行って!! 解毒剤を! 早く!!」
床に這いつくばるウィドウの耳元で、モニカが冷酷に囁いた。
「……お生憎様。イモガイの神経毒(コノトキシン)に対する専用の解毒剤や血清は、現代の医学では存在しませんよ」
「何なの、あなたたち!! 知ってたのね!! 解毒剤もあるんでしょ!! 出しなさいよ!!」
ウィドウが狂乱して叫ぶ。
その横で、いつの間にかオーナーの座っていた席に堂々と座ったメイコが、スマートフォンを構えてニヤニヤしている。
「正直者には、あるかもしれないですよ!」
リルが、天使のような悪魔のような笑顔で告げる。
自分が最強の完全犯罪ツールとして用意した毒だからこそ、ウィドウはその逃れられない恐るべき効力を誰よりも理解していた。
恐怖と死へのパニックで、美しい顔は醜く歪んでいる。
「いやあああッ!! 救急車! 早く救急車を呼んで!!」
もがき苦しみながら、彼女は叫び続ける。
「助けて! 死にたくない!! ……私が、私がやったの!! あの爺さんの莫大な保険金と遺産を独り占めにして、自由に遊び暮らしたかったから!!」
「なっ……お前、何を……!?」
信じられない言葉を耳にし、傍らに立っていたオーナーの顔から一気に血の気が引く。
手から滑り落ちたシャンパングラスが、ガシャンと甲高い音を立てて大理石の床に砕け散った。
しかし、死の恐怖とパニックで完全に理性を失った毒婦は、夫の絶望などお構いなしに、床に爪を立てて無様な姿で泣き叫び続ける。
「毒は、あんたの会社の支援先だった沖縄の海洋研究所から、視察のフリをして私がこっそり持ち出したのよ!! バレないように映画の小道具だとか嘘をついて、3人の馬鹿な職人に傘のパーツを作らせて……用済みになったから、口封じと実験も兼ねて私がその傘で殺したの!! 全部私よ!! 私がやったの!! だから助けてぇぇぇぇぇっ!! 解毒剤を頂戴ッ!!」
そのあまりにも身勝手でドス黒い自白に、華やかなパーティー会場は一瞬水を打ったように静まり返り、直後、ハチの巣をつついたような騒然とした空気に包まれた。
「お、奥様が殺人を……!?」
「ひぃっ、なんて恐ろしい女だ……」
「オーナーの命を狙って、自分で毒針を……!?」
招待客たちが一斉に顔を青ざめさせてドン引きし、後ずさる。
当のオーナーは、あまりのショックと人間不信に胸を押さえ、声も出せずにその場に崩れ落ちていた。
死の恐怖のあまり、彼女は夫であるオーナーの目の前で、そして大勢の招待客の面前で、隠し通すべきだった自らの完全犯罪のシナリオを、自分からベラベラと全て喋ってしまったのだ。
「はい! どうも自供ありがとうございま〜す!」
一部始終をビデオでばっちり撮影していたメイコが、明るい声で宣言する。
そして、床で涙と鼻水まみれになっているブラックウィドウに近づいていくと、ゴミを見るような冷たい目で見下ろして言った。
「……ちなみに、リルたそがさっき刺したその傘。レプリカだから、先っちょに針がついてるだけで、毒なんか一滴も入ってないよ、整形オバさん!」
「……へっ?」
ブラック・ウィドウが、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、間抜けな声を出して完全に固まった。
――同時刻。首相感貞・特別地下室。
『……へっ?』
モニター越しに映し出された毒婦の呆然とした顔を見て、大物議員Aが腹を抱えて笑った。
「はっはっは! メイコの撮影はやっぱり上手だな! この絶望した顔、実に迫真だ!」
「ふふっ、リアルタイムでの中継お疲れ様! ……さて、証拠の自供はバッチリ録れたわ。山田相姦、いきなさい」
萌美総理の指示で、レストランの周囲を包囲していた山田相姦の武装部隊が雪崩れ込み、ブラック・ウィドウはそのまま現行犯で連行されていった。
――後日。首相感貞。
「今回も助かったよ。流石PCUだ」
大物議員Aが、満足げに頷く。
「でしょ〜! このメンバー、マジでMUTEKI(無敵)だし!」
メイコがピースサインを作る。
「犯人の逮捕も安心したけど、国家レベルの兵器関連やテロではなくて本当によかったわ。……今回の報酬以外にも、何か特別に贈答品を弾むわよ」
総理が、艶やかな唇を指でなぞりながら言う。
「変なシモネタのパロディブランド物は、絶対にいりませんので!!」
「変なお菓子や、卑猥な名前のワインも結構ですので!!」
マリアとモニカが、食い気味に全力で拒否した。
「あら、そうなの? つまらないわね……」
総理が、何か別の多様性を考え込んでいるのを、スレイは嫌な予感と共に背中で聞いていた。
――翌日。新宿アジト。
「……今日も雨ね〜。梅雨という訳じゃないのに」
マリアが窓の外を眺めながらコーヒーを口に運ぶ。
「そういう気圧の谷が来ているのね~秋雨前線とか」
モニカが気象のアプリを確認する。
「でも、リルたそは雨は嫌じゃないんでしょ?」
メイコの言葉に、リルは顔の傷痕をそっと撫でて深く頷いた。
「うん! 昔は、雨の日は寒くて痛くて嫌いだったけど……今は、好き」
リルは、目を細めて懐かしそうに思い出す。
「18歳になって、高校卒業とともに親戚の家を追い出された日……あれも、すごく冷たい雨の日だったの。行くあてもなくて、公園でズブ濡れになりながら座っている時に……スレイの任務現場に偶然居合わせちゃったんだよね」
「……そういえば、そうだったわね。スレイがあなたを血まみれで拾ってきたのは、ひどい土砂降りの雨の日だったわ。よく覚えているわよ」
マリアが、当時のことを思い出して優しく微笑む。
「うん。……雨の日になると、スレイとの出会いを思い出すんだ。だから、雨の日は好き」
リルが、ソファで新聞を読んでいるスレイの分厚い背中を見つめて笑う。
「へ〜! そっか! なら、雨はマジでいい日だね!」
メイコの言葉に、アジトの皆が温かく微笑んだ。
雨の日の殺意。
片方は、遺産と欲望にまみれたモンスターのドス黒い殺意。
片方は、孤独な少女と孤独な殺し屋が出会った、温かい雨の記憶。
『ピンポーン』
突然、アジトのチャイムが鳴った。
「ん? 宅配のようね。……例の、総理からの贈答品じゃないの?」
モニカが立ち上がり、玄関で受け取りを済ませて戻ってきた。
「やったー! そのままそれ食べちゃおうよ!」
「おー! 和牛ステーキギフトだ! 凄い! さすが総理、今回はまともな高級品じゃん!」
リルとメイコが、発泡スチロールの箱を開けて歓声を上げる。
「ちょっと待ちなさい!! パッケージを見なさいよ!!」
マリアが顔面を蒼白にして叫んだ。
「……等級A-nal-4545和牛ってなんなのよ!!」
モニカが頭を抱える。
変態パロディブランドや、お菓子や、ワインではなかった。
海産物に続き、日本の畜産業界までもが、既に変態総理の多様性の毒牙に完全に侵されていたのだった。