龍園君と一之瀬さん   作:マチャド

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頑張る


罪を抱く少女と不良の出会い

 始まりの春、不敵な背中

「翔君、今日から私たち高校生だよ。……あとなんでそんなにニヤニヤしてるの?」

桜の花びらが舞う通学路。私は隣を歩く少しガラの悪い少年の顔を覗き込んだ。

龍園翔(りゅうえん かける)。鋭い眼光に、どこか人を食ったような不敵な笑みを浮かべた彼は、詰襟のボタンをいくつか外したまま、ふんと鼻を鳴らした。

「あぁ? 悪りぃ。この学校なら最高に楽しめそうだって、そう思っただけだ」

「中学の時みたいに暴れないでね」

「あぁ、気をつける」

気のない返事だったが、その瞳の奥には退屈を嫌う獣のような光が宿っている。

なぜ私が、こんな学校中から恐れられるような男と一緒に登校しているのか。それは、私が人生で最も絶望していた中学時代に、彼に救われたからだった。

罪と孤立

中学生の時、私の家庭は決して裕福とは言えなかった。

そんな中、いつも無理をしていた母が突然倒れてしまった。看病や日々の生活に追われ、私は妹の誕生日に約束していたヘアクリップを買うお金を用意できなくなってしまったのだ。

『お姉ちゃん、お誕生日楽しみだな!』

そう言って無邪気に笑っていた妹の顔が頭をよぎる。自分のことなんてどうでもいい、ただ妹の悲しむ顔だけは見たくない。その一心で、私はどうかしていた。

デパートのアクセサリー売り場。震える手でヘアクリップをポケットに押し込み、そのまま店を出て、妹にプレゼントしてしまったのだ。

結局、万引きはすぐに親にバレた。

母に激しく泣かれ、私たちはすぐにデパートへ行って平謝りした。幸いにもお店側の寛大な処置で警察沙汰にはならなかったが、本当の地獄はそこからだった。

次の日から、私の世界は一変した。

どこから情報が漏れたのかはわからない。ただ、私が「万引き犯」であるという噂は、瞬く間に学校中に広まった。

「一之瀬さん、万引きしたらしいよ。ウケるw」

「マジで? 最低。引くわー」

最初は遠巻きの陰口だけだった。しかし、周囲の悪意はブレーキを失った車のようにエスカレートしていき、やがて私の机には「泥棒」「犯罪者」といった汚い落書きが書き殴られるようになった。

公園の暴力と、現れた「悪魔」

そして、ある日の放課後。

「おい一之瀬。放課後、裏の公園に来いよ」

複数の男子生徒に呼び出され、私は逃げることもできずに公園の隅へと連れて行かれた。

「お前、万引きしたんだってな?」

「犯罪者の分際で、いっちょ前に学校来てんじゃねえよ」

「なぁ、犯罪者相手なら、ちょっとくらい暴力を振るっても問題ねえよな?」

「やめて、おねがっ……!」

言葉を遮るように、鈍い衝撃が私の身体を襲った。突き飛ばされ、地面に這いつくばる。容赦のない蹴りが、言葉の暴力が、私に降り注ぐ。

自業自得だ。私が悪いことをしたからだ。そう自分に言い聞かせても、涙と痛みは止まらなかった。

「オイオイ。女一人に対して、なんで男が複数で群がって暴力を振るってんだよ。……カスどもが」

低く、地を這うような声が響いた。

振り返ると、そこにはいかにも不良といった風体の男――翔君が、ポケットに手を突っ込んで立っていた。

「あ? なんだお前。こいつは万引きした犯罪者なんだよ! 何したっていいんだよ!」

男子生徒の一人が威嚇するように叫ぶ。しかし、翔君の表情は冷酷そのものだった。

「胸糞悪いな、おい」

次の瞬間、言葉よりも先に翔君の拳が動いた。

凄まじい風切り音と共に、一人の顔面が歪み、そのまま地面に沈む。

「おい、いきなり何すんだよ!?」

「ぶっ殺してやる!」

怒り狂った男子たちが一斉に翔君に襲いかかった。しかし、それは「喧嘩」と呼べるものではなかった。ただの一方的な蹂躙。翔君は圧倒的な暴力と冷徹さで、群がる男子たちをあっという間に叩きのめしていった。

「ククッ……大したことねえな、雑魚が」

地面に転がる男子たちを見下ろし、翔君は退屈そうに髪をかき上げた。

私は恐怖と、それ以上の安堵で震えながら、必死に声を絞り出した。

「た、助けてくれて……ありがとうございます……」

「気にするな。ただの気まぐれだ」

彼は一瞥もせず、そのまま去ろうとする。

「それでも、本当にありがとうございました! 何かお礼がしたくて……っ。あの、よかったら連絡先を教えていただけませんか?」

私の必死さに、翔君は足を止め、ようやくこちらを振り返った。その冷ややかな視線が私を射抜く。

「……それよりお前、なんであいつらに犯罪者なんて呼ばれてたんだ?」

「それは……」

言葉が詰まる。万引きしたなんて、この人に知られたら、きっと軽蔑される。

そんな私の葛藤を察したのか、彼はフッと口元を歪めた。

「ククッ、別に無理して話す必要はねえよ。連絡先くらいなら構わねえ」

それが、私と翔君の始まりだった。

それから、私たちは頻繁に連絡を取り合い、よく一緒に遊ぶようになった。学校でのいじめは相変わらず続いていたけれど、「放課後に翔君に会える」という事実だけが、私の心を支え、学校に通い続ける唯一のモチベーションになっていた。

驚愕、そして救済

しかし、そんな平穏は唐突に終わりを告げる。

ある日、翔君に人気のない場所へと呼び出された。彼の表情は、いつになく真剣だった。

「帆波。お前が万引きしたって話……マジなのか?」

心臓がドクン、と大きく跳ね上がった。

頭の中が真っ白になる。ああ、ついにこの時が来てしまった。

これまで私の周りにいた人たちは皆、私が万引きをしたと知った瞬間、蜘蛛の子を散らすように離れていった。きっと翔君も、私のことを軽蔑して、二度と視界に入れないようにするのだろう。そう確信し、私は絶望に目を閉じた。

だが。

私の耳に届いた翔君の言葉は、想像していたものとは180度違う、驚愕の一言だった。

「――別にお前が万引きしてようが、縁を切るつもりはねえよ」

「え……?」

目を見開く私に、彼は呆れたようにため息をついた。

「ど、どうして……? 私は、犯罪者なのに……」

「一緒に行動してるうちに分かったさ。お前が理由もなく、ただの物欲や悪意で万引きをするような人間じゃねえってことくらいな」

その言葉に、私の心のダムが決壊した。

私はボロボロと涙を流しながら、これまで誰にも言えなかった真相を、震える声で全て打ち明けた。母が倒れたこと。妹の誕生日。どうしても笑顔にしたかったこと。自分の愚かな過ちのこと。

私の話を静かに聞き終えた翔君は、喉を鳴らして笑った。

「ククッ……確かに万引きって行為そのものは褒められたもんじゃねえな。だが、理由が理由なだけに、なおさらお前の『人間の良さ』が見えた気がしたぜ」

「翔、君……っ」

もう、我慢できなかった。

私は泣きじゃくりながら、彼の胸に飛び込んだ。翔君は驚くこともなく、ただ私の背中を受け止めてくれた。

私の犯した罪は消えない。だけど、世界中が私を責め立て、拒絶しても、この人だけは私の本質を見て、受け入れてくれた。

(ああ、私は一生、この人についていく――)

現在、そして未来へ

「ちょっと一之瀬、置いてくぞ」

回想から引き戻される。気がつけば、翔君は数歩先を歩いていた。

「あ、待ってよ翔君!」

私は慌てて彼の隣へと駆け寄る。

新しく始まる高校生活。これからどんな困難や、どんな敵が待ち受けているのかはわからない。

けれど、この「龍園翔」という男の隣にいる限り、私はどこまででも強くなれる。舞い散る桜の中、私は彼の少し不器用な横顔を見つめながら、一歩一歩、確かな足取りで未来へと進み出した。

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