龍園君と一之瀬さん   作:マチャド

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入学式

 「おい、帆波。俺から離れろ」

校門へと続く、満開の桜並木。その手前で、隣を歩いていた龍園翔が不意に足を止め、低くぶっきらぼうな声を上げた。

私は驚いて足を止め、彼のシャープな横顔を見上げる。

「え? どうして、翔君?」

「どうして、じゃねえよ。ガラの悪い俺と一緒にいるところを周囲に見られたら、お前に友達ができねえだろ。さっさと一人で行け」

翔君はポケットに手を突っ込んだまま、顔を背けてフンと鼻を鳴らした。

その態度に、私は思わずクスリと微笑んでしまう。

この数ヶ月間、彼と多くの時間を過ごして分かったことがある。龍園翔という男は、一見すると凶悪で、周囲を威圧する暴力の権化のように思われがちだ。だけどその本質は、驚くほどに「ツンデレ」で、そして見た目によらず、一度身内だと認めた相手に対してはとても友達思いなのだ。

きっと彼は、万引きという過去の十字架を背負い、いじめに怯えていた私を、この新しい環境で少しでも早く馴染ませようと不器用ながらに気遣ってくれているのだろう。

「うん、分かった。じゃあ、先に行ってるね。また後でね、翔君」

「ああ」

小さく手を振ると、翔君はそれ以上何も言わず、ただゆっくりとした足取りで後ろからついてくる。彼のその距離感が、今の私には何よりも愛おしく、そして心強かった。

一足先に校舎に到着した私は、掲示板に張り出されたクラス分けの表を確認した。

そして、その瞬間に私の心は激しく落胆することになる。

「……そっか。翔君と同じクラスにはなれなかったんだ……」

私の名前があったのは『1年Bクラス』。

そして、少し離れた場所に記された彼の名前は『1年Cクラス』。

最初から同じクラスで、彼のすぐ近くで高校生活を送れるものだとばかり思っていた私は、胸の奥に小さく冷たいショックを受けながら、自分の教室へと向かった。

2. 星之宮知恵の曖昧な言葉

Bクラスの教室に入ると、すでに半数ほどの生徒が着席し、それぞれ緊張した面持ちで周囲を窺っていた。

静まり返った教室に、カツカツと軽い足音が響き、一人の女性教師が入ってくる。

スーツを着崩し、どこか締まりのない、しかし親しみやすい笑みを浮かべた女性だった。

「はーい、みんな席についてるかな〜? 私は今年度、Bクラスの担任を受け持つことになった星之宮知恵だよ〜。よろしくね〜」

その緩い挨拶に、教室の空気が少しだけ和らぐ。

しかし、その後に星之宮先生の口から語られた「学校のシステム」は、和やかさとは程遠い、異常なものだった。

「この学校ではね、すべての物品がこの学生証に紐づいた『プライベートポイント』で決済されるの。そしてなんと! みんなには毎月、1ポイント1円換算で、10万ポイントが支給されまーす!」

教室中が「10万!?」という歓声と驚愕に包まれる。高校生に対して、毎月10万円もの大金が自由に使えるポイントとして与えられる。普通に考えれば、そんな美味い話があるはずがない。

私は周囲が浮き足立つ中で、ある種の違和感を覚えていた。

(……そんな大金を無条件で配るなんて、本当にあるのかな?)

疑問が胸を過ったが、今ここで手を挙げて質問する空気でもない。私はあとで直接、職員室に行って確認しようと心に決めた。

厳かな入学式が終わり、生徒たちが各々の時間を過ごし始める中、私は真っ直ぐに職員室へと向かった。

ドアをノックし、中に声をかける。

「失礼します。1年B組の一之瀬帆波です。星之宮先生に少しお伺いしたいことがあって参りました」

「あれ、一之瀬さんじゃん。どうしたの〜?」

机で書類を眺めていた星之宮先生が、ひょっこりと顔を上げた。

「質問があって来ました。プライベートポイントのことなのですが……本当に、毎月10万ポイントが『無条件で』もらえるのでしょうか?」

私のまっすぐな視線を受け、星之宮先生は一瞬だけ、その瞳の奥に鋭い光を走らせた。しかし、すぐにいつもの、とぼけたような笑みに戻る。

「……んー、そうだねぇ。この学校はね、生徒の『実力』を測る場所なの。今はそれしか言えないかな〜」

「実力、ですか……」

明確な否定も肯定もしない、酷く曖昧な言い方。やはり、このポイント支給には、何か裏のルールが存在している。

「分かりました。あともう一つ、質問させてください。……もし、個別で別のクラスに移動したいと思った場合、どうすればいいですか?」

私のその質問に、星之宮先生は今度こそ驚いたように目を見開いた。

「え、クラス移動? まだ初日なのに、もうBクラスが嫌になっちゃった?」

「いえ、そういうわけではないのですが……今後のために、制度として存在しているのかを知りたくて」

星之宮先生は少しだけ困ったように眉を下げ、人差し指を顎に当てた。

「とりあえずね、通常のクラス替えっていうのは3年間一切ないことだけは伝えておくね〜」

またしても、核心を避けるような曖昧な回答。けれど、その言い方は「通常の方法では」クラス替えはない、とも受け取れた。

「……分かりました。わざわざお時間を取らせてしまい、ありがとうございました」

これ以上追及しても答えてはくれないと悟り、私は一礼して職員室を後にした。

3. 暗がりの再会、密室の考察

何か釈然としない思いを抱えながら、私は人通りの少ない裏通路を歩いていた。これからどうやって学校の仕組みを調べようか、思考を巡らせていた、その時。

「よっ、帆波。個室のカラオケで話せないか?」

不意に影から現れたのは、制服のポケットに手を突っ込んだ翔君だった。

彼もまた、周囲の目を警戒して、わざわざ誰も通らないようなルートを選んで私を待ち伏せしていたらしい。

「あっ、翔君! うん、いいよ」

私たちはそこから少し歩き、敷地内にある商業施設『ケヤキモール』のカラオケ店へと入った。防音対策が施され、完全に二人きりになれる密室。今の私たちにとって、これ以上ない最適な作戦会議室だ。

ソファーに深く腰掛けた翔君は、注文したドリンクには目もくれず、鋭い目をさらに細めて切り出した。

「やっぱり、この学校は異質だ」

「翔君もそう思う?」

「ああ。校内の至る所にある監視カメラの数、制服の着崩しや授業中の私語を注意もしねえ教師どもの態度……そして、あのプライベートポイントのシステム。何かを意図的に隠したがってる感じがプンプンしやがる」

翔君は不敵に唇の端を吊り上げる。その表情は、難解なパズルを前にした子供のように、どこか楽しげでもあった。

「おそらく、5月1日になったら全てが判明するだろう。甘い汁を吸わせて油断させたガキどもが、一斉に地獄に叩き落とされる様が目に浮かぶぜ」

「にゃるほどねぇ……。さすが翔君、もうそこまで考えてるんだ。……あ〜あ、やっぱり私も、翔君と同じクラスになりたかったな」

私はストローを咥えながら、小さくため息をついた。彼が別のクラスにいるというだけで、どこか心細さが拭えない。

すると、翔君は喉の奥で「ククッ」と低く笑った。

「お前、知らねえのか? この学校には、特大の裏ルールが存在する」

「えっ……?」

「2000万ポイントだ。それさえ用意できれば、個人の意思で好きなクラスへ移動できるんだぜ」

「な、なんだってーーっ!?」

私は今日一番の衝撃に、思わずソファーから立ち上がりそうになった。

2000万ポイント。毎月10万ポイントが満額でもらえたとしても、3年間で360万ポイントにしかならない。個人の貯蓄だけで届くはずのない、天文学的な数字だ。

「2000万なんて……私、そんなにポイントを貯められる気がしないよ……」

愕然として肩を落とす私を見て、翔君はフッと真剣な表情になり、私の目を真っ直ぐに見つめてきた。その瞳に宿る圧倒的な覇気に、私は息を呑む。

4. 一心同体の誓い

「帆波。お前はBクラスのリーダーとなれ」

「え……私が、リーダー?」

「ああ。お前のその無駄に高い善人度と、人を惹きつける能力は、あの甘ったれたクラスをまとめるのに最適だ。お前が頂点に立って、Bクラスをコントロールしろ。――そして、俺はCクラスのリーダーになる。力と恐怖で、あのクラスの有象無象を俺の手足に変えてやる」

翔君の言葉は過激だったが、その瞳の奥には冷徹な計算と、私への確固たる信頼があった。

「表向きは、俺とお前はただの他人だ。廊下ですれ違っても、口をきくどころか、反目し合う敵として振る舞う。……だがな、裏では俺とお前は一心同体だ」

翔君はソファーから身を乗り出し、私の顔のすぐ近くまでその端正な顔を寄せた。

「俺が裏から糸を引いて情報を流し、お前が表でBクラスを動かす。二つのクラスが裏で繋がっていれば、AクラスだろうがDクラスだろうが、いくらでもハメ倒せる。そうやってポイントを効率よく巻き上げ、いずれ2000万ポイントを叩きつけて、お前をCクラスに迎え入れる。……わかったか?」

彼の計画の壮大さに、私の胸は激しく高鳴った。

表では敵同士、だけど裏では誰よりも深く繋がっている。それは、万引きの過去を知ってもなお、私を見捨てずに救ってくれた翔君と私だからこそできる、絶対的な信頼の形。

「……最後勝つのは、俺たちだよな?」

翔君が差し出してきた大きな手。

私は迷うことなく、その手を両手で強く握り返した。

「わかった。私、Bクラスのリーダーになる。翔君の言う通り、みんなを引っ張っていけるように頑張るね」

私の目から、先ほどまでの不安は完全に消え去っていた。

「うん、そうだね。私たちは一心同体。周りのみんなには内緒の、秘密のパートナー。……最後に笑うのは、私たちだよ、翔君」

私の言葉に、翔君は満足そうに「ククッ」と激しく笑った。




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