龍園君と一之瀬さん   作:マチャド

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2話そのうち書き直す


2日目

学校の2日目。そして、実質的な授業の初日。

期待と少しの緊張を胸に臨んだ時間は、肩透かしを食らうほどあっけなく過ぎていった。初日の大半は、これからのの説明だけで終わってしまったからだ。

 

「……なんか、思っていたのと違うな」

 

教科書を机にしまいながら、私は小さく息を吐いた。

この学校は県内でも有数の進学校だと聞いている。だから先生たちも、もっと厳格で、常にピリピリとした空気を纏っているものだとばかり思っていた。けれど教壇に立つ教師陣は、誰も彼もが驚くほど明るくてフレンドリーだった。そのギャップのせいか、周囲の生徒たちの多くはすっかり緊張の糸が切れてしまい、文字通り「標準抜け」したような、どこか締まりのない表情を浮かべている。それが私の、この学校に対する正直な最初の感想だった。

でも、どうしても腑に落ちない点がある。

説明の最中、一部の生徒たちは退屈の限界を迎えたのか、悪びれる様子もなく隣の席の生徒と私語に興じたり、机の下で堂々と携帯を弄ったりしていた。それ自体は、どんな学校にもいる「不真面目な連中」で片付けられる光景かもしれない。

不可解なのは、教師陣の対応だ。誰一人として、その不真面目な生徒たちを注意する気配すら見せなかった。まるで見えていないかのように、あるいは、見えていて敢えて無視しているかのように、淡々と説明を続けるだけ。

 

(確かに、授業を聞くのも聞かないのも個人の自由、か……)

 

 

教師はいちいち干渉しない。冷たいようだけど、これが義務教育じゃなくなった高校生という「大人」への対応ってことなのかな。自己責任という名の放置。そんな思考が頭を過り、背中にうっすらと寒いものが走った。

そんな私の戸惑いを置き去りにしたまま、教室内がじわじわと弛緩した空気に包まれていき、やがてチャイムが鳴って昼休みが訪れた。

 

「帆波ちゃん、一緒にお昼ご飯食べよう!」

 

弾んだ声と一緒に、可愛らしいデザインの弁当箱を持った白波さんが私の席へとやってきた。彼女の屈託のない笑顔を見ると、さっきまでの小難しい思考が霧散していく。

 

「いいよー! みんなでお昼ご飯食べよう」

 

私はいつものように、一瞬で「完璧な笑顔」を張り付けた。

みんなが期待する、明るくて、優しくて、頼りになる一之瀬帆波。誰もが親しみやすさを覚えるような、理想的な優等生。

だけど、心の中では小さなため息をついていた。

 

(……みんなの一之瀬帆波をやるのも、結構疲れるよ)

 

まだ2日目だというのに、早くも摩耗していく感覚がある。放課後、翔君に会ったら思いっきり愚痴を聞いてもらおう。そうやって心のバランスを取る算段を立てていると、天井のスピーカーから電子音が響いた。

 

『本日午後5時より第一体育館にて、部活動の説明会を致します。部活動に興味のある生徒は第一体育館に集合して下さい。繰り返します。本日――』

 

どこかおっとりとした、可愛らしい女性の声のアナウンスが校内に流れる。

白波さんは箸を止め、目を輝かせながら私を見た。

 

「帆波ちゃんは部活入るの?」

 

「うーん、そうだね。私は中学の時、生徒会に入っていたから……高校でも生徒会に入ろうと考えてるよ」

 

「いいじゃん! 帆波ちゃん、絶対に生徒会に向いてるよ。入りなよ入りなよ!」

 

「ふふ、ありがとう。そうだね、近いうち生徒会室に向かって、話を聞いてみるよ」

 

白波さんの太鼓判に笑顔で応えながら、私の頭の片隅では、これからの忙しい高校生活のシミュレーションが始まっていた。

放課後。私は昨日と同じように、翔君と待ち合わせしている駅前のカラオケ店へと向かった。

受付を済ませて指定された部屋のドアを開けると、まだ高校生らしい、けれどどこか威圧的な雰囲気を纏った彼が、ソファに深く腰掛けていた。

 

「ククッ、帆波、来たか」

 

私の顔を見るなり、翔君は特有の低く愉しげな笑い声を漏らす。その鋭い三白眼と不敵な笑みは相変わらずで、学校の「良い子」な空間から抜け出してきた私にとっては、奇妙なほど居心地が良かった。

 

「翔君! もう、みんなの一之瀬帆波をやるの疲れたよ~」

 

私はカバンを放り出すようにソファに置き、彼の隣に座り込んで大げさに肩を落とした。甘えるように、そして今日1日の荷物を全部下ろすみたいに。

 

「まぁ、その話は置いといてだ。お前らのクラスはどうだった?」

 

「ええっ!? ガーン……」

 

まさか、せっかくの愚痴を秒で流されるとは思わなかった。私がショックで顔を漫画のように歪めると、翔君は面白そうに口元を釣り上げている。冷たい態度だけど、彼が私の話を拒絶しているわけじゃないことくらいは分かっている。

 

「……………もう。先生たちはすごいフレンドリーだったよ。でもね、周りの生徒がお話ししてようが、携帯いじってようが、注意するそぶりは一切見られなかった。なんだか不気味なくらい」

 

拗ねたように唇を尖らせつつも、私は昼間に感じた違和感をそのまま口にした。すると、翔君はフッと鼻で笑った。

 

「ククっ、そこは俺らとは変わらないわけか。どこのクラスの教師も、同じようなマニュアルで動いてやがるらしいな」

 

「え? 翔君のクラスもそうだったの?」

 

「あぁ。だが、そんなことでいちいち揺らいで見せるなよ、帆波。そう怒るな。こうやって、放課後に俺と過ごす時間があるだけマシじゃねえか」

 

ぶっきらぼうに、だけど私の機嫌を損ねないように言葉を紡ぐ。

相変わらずのツンデレぶりに、私は内心で小さく笑ってしまった。本当にこの人は、素直じゃないんだから。でも、その言葉に救われている自分がいるのも確かだった。

 

(あ、安心するなぁ……。でも、この顔を見て『可愛い』って声に出したら、すぐ拗ねちゃうから絶対に秘密だけどね!)

 

私は楽しさを必死に噛み殺し、真面目な表情を作って彼を見つめた。

 

「そうだね! 翔君と一緒にいられるのは、すごく嬉しい。……でもね、もしかしたらその時間、これから少なくなっちゃうかもしれないよ?」

 

「あ?」

「私、さっきも言った通り、生徒会に入る予定だから。まだ決まったわけじゃないけど。きっと放課後も色々と忙しくなっちゃうと思うんだ」

 

少し寂しそうなトーンを混ぜて言ってみる。翔君がどんな反応をするか、意地悪な好奇心もあった。

翔君は一瞬だけ目を見開いたが、すぐにいつもの不敵な表情に戻り、ふんぞり返るように背もたれに体重を預けた。

 

「なら仕方ねぇ。俺もこれから、クラスを掌握する必要がある。上を目指す以上、いつまでも遊んでるわけにはいかねえからな。お互い、会う機会は減るかもしれねえ」

 

 

「……うん、そうだね。すごく寂しくなるね」

 

私はただ、会えなくなるという事実だけにフォーカスして、本当に落ち込んだ表情を作ってみせた。膝の上で両手を握りしめ、視線を落とす。

部屋の中に、カラオケの音源が微かに漏れる静寂が流れた。

しばらくの沈黙の後。私の隣で、大きなため息が聞こえた。

 

「……心配するな、帆波」

 

「え?」

 

顔を上げると、翔君は私から気まずそうに視線を逸らし、頭をガリガリと掻いていた。その耳の端が、ほんのりと赤くなっている。

 

「週に1回、いや……2回は会えるよう、俺が予定を空けとくぜ。それで文句ねえだろ」

 

言葉遣いは乱暴で、態度も横柄。だけど、そこに込められた不器用な優しさと、私を繋ぎ止めようとしてくれる意志が、痛いくらいに伝わってきた。

 

(あぁ、もう……ずるいなぁ)

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように熱くなる。

みんなの前で完璧な「一之瀬帆波」を演じる疲れなんて、この一言だけで全部吹き飛んでしまう。この不器用で、誰よりも真っ直ぐな優しさが、私は好きでたまらないのだ。

 

「うん! 約束だからね、翔君!」

 

私は今日一番の、張り付けたものではない本物の笑顔を彼に向けた。翔君は「チッ」と舌打ちをして再び顔を背けたけれど、その横顔はさっきよりも赤くなっていた。




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