レクイエムフレーム   作:momomotototo

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第十二話 兵装捕食

 黒い棺の内側で、何かが砕ける音がした。

 

 金属を噛み潰すような音。

 

 ケーブルを引き千切るような音。

 

 そして、飲み込むような低い振動。

 

 直後。

 

 海斗の頭の奥に、冷たい針を差し込まれたような感覚が走った。

 

「……っ」

 

 頭の奥へ、知らない情報が流れ込んでくる。

 

 重装FRAMEの重心制御。正面衝突時の荷重分散。敵を押さえ込む時の膝の角度。装甲の厚みを活かした受け方。

 

 BASTION兵が積み上げてきた、戦い方の記録。

 

 知らない。

 

 習っていない。

 

 なのに、身体が理解していく。

 

 測定室の表示が、異常な変化を追いかけるように更新された。

 

《BASTION類似反応》

 

《兵科分類不能》

 

 背中の棺が、淡々と告げる。

 

『疑似BASTION構造、展開』

 

 黒い装甲が変わった。

 

 肩が厚くなる。

 

 胸部外殻がせり上がる。

 

 脚部に、床を噛むような黒い固定爪が展開する。

 

 通常のBASTIONではない。

 

 緑の重装甲ではない。

 

 黒い装甲の上を、白い亀裂光が走る異形の重装形態。

 

 黒いFRAMEが、床を踏んだ。

 

 測定室の白い床が、低く沈む。さっきまで暴れるように動いていた身体が、急に重心を落とした。

 

 受け止め、押し返すための姿勢。

 

 海斗はそんな動き方を知らない。

 

 なのに、身体は知っていた。

 

 食ったばかりの機械脊椎が、知っていた。

 

 続けて、白い腕がSTRIKERの背部へ伸びる。

 

 やめろ。

 

 もうやめろ。

 

『標準脊椎、記録残存』

 

『高機動戦闘ログ、検出』

 

『摂取』

 

 ばきり。

 

 また、機械脊椎が抜き取られる。

 

 STRIKER兵の身体が床へ沈む。生命反応はある。だが、背部ユニットを失ったFRAMEは、装甲の光を消していった。

 

 黒い棺が、二本目の機械脊椎を呑み込む。

 

『……これも、おいしい』

 

 頭の中へ、別の感覚が流れ込んだ。

 

 加速時の視界補正。背部スラスターの噴射角。斬撃を避けるための半歩。距離を詰めるための踏み込み。STRIKERの戦闘記録。

 

 知らない誰かの戦い方が、海斗の神経に焼き付いていく。

 

 気持ち悪い。

 

 怖い。

 

 なのに、身体はそれを拒めない。

 

 測定室の表示が、黒いノイズを噛みながら切り替わった。

 

《STRIKER類似反応》

 

《構造変化、継続》

 

 その表示に重なるように、背中の棺が無機質な声を響かせる。

 

『疑似STRIKER構造、展開』

 

 黒い装甲が、形を変えた。

 

 重装甲だった肩と胸が削ぎ落とされ、全身の輪郭が細く鋭くなる。

 

 背中の棺が開き、黒い翼のような推進器が伸びた。

 

 それは、STRIKERに似ていた。

 

 細く、鋭く、速く動くための形。訓練場で見上げた灰白色の装甲を、海斗は一瞬だけ思い出した。

 

 けれど、これは違う。

 

 灰白色ではなく、黒。

 

 蒼白い粒子光ではなく、白い亀裂光。

 

 背中にあるのはスラスターではなく、棺から裂け出した黒い翼片だった。

 

 こんなのは、海斗が憧れたSTRIKERじゃない。

 

 それでも黒い装甲は、止まらなかった。

 

 重装の安定を捨て、STRIKERに似た高機動の形へ組み替わっていく。脚部の固定爪が沈み、背中の黒い翼片がわずかに開いた。

 

 海斗が望んだわけではない。

 

 背中の棺が、食った機械脊椎の記録を使って、海斗の身体を勝手に作り替えていた。

 

 背部の黒い翼片が、かすかに開く。

 

 踏み込む角度。

 

 床を蹴る強さ。

 

 加速の瞬間に沈める重心。

 

 背中の推進器を、どの方向へ噴かせば最短で距離を潰せるのか。

 

 知らないはずのSTRIKERの運用記録が、海斗の神経へ焼き付いていく。

 

 最悪だった。

 

 助かっているのに。

 

 強くなっているのに。

 

 自分が、人間から遠ざかっていく音だけが聞こえた。

 

 次の警報が、測定区画全体に響く。

 

《通常FRAME部隊、制圧失敗》

 

《NOCTURNE、測定区画へ到着》

 

 その言葉に、海斗の意識が強張った。

 

 NOCTURNE。

 

 まただ。

 

 あの女。

 

 首元の刃。

 

 迷いのない動き。

 

 殺される。

 

 嫌だ。

 

 もう来るな。

 

 海斗の叫びは、やはり外へ出ない。

 

 壊れた隔壁の向こう。

 

 白い煙の中に、二つの影が立っていた。

 

 一人は、小柄な少女だった。

 

 黒髪のボブ。

 

 表情のない顔。

 

 黒紫のPHANTOM FRAMEをまとっている。

 

 胸部装甲には、兵科表示。

 

 《PHANTOM(ファントム)》。

 

 指先から、極細のワイヤーが垂れていた。

 

 もう一人は、長身の男。

 

 同じく黒紫のPHANTOM FRAMEをまとい、片手には消音小銃。腕部にはワイヤーアンカー。軽そうな顔立ちをしているのに、その目は笑っていなかった。

 

 二人とも、空気が違う。

 

 一般兵とも。

 

 STRIKERとも。

 

 BASTIONとも。

 

 違う。

 

 気配が薄い。

 

 そこにいるのに、輪郭が沈んでいる。

 

「対象確認」

 

 少女が言った。

 

 声に温度はなかった。

 

「未登録FRAME。黒色外骨格。背部に棺状構造体」

 

 長身の男が、測定室の惨状を見渡して小さく息を吐く。

 

「うわ……こりゃ通常部隊じゃ無理だわ」

 

 軽口のようで、声は笑っていない。

 

「最初から行く」

 

「了解。フルバーストで止める」

 

 二人の背部で、PHANTOM FRAMEの機械脊椎が低く鳴った。

 

《フルバースト、解放》

 

 蒼白い粒子光が、二人の装甲の隙間から噴き出す。床を這い、空気を震わせ、壊れた測定機材の破片を浮かせた。

 

 通常FRAMEの限界出力。

 

 持続時間、約十分。

 

 候補生の授業で聞いたことがある。

 

 命を削って、FRAME性能を引き上げる戦闘モード。

 

 それを、二人は迷わず使った。

 

 海斗は、沈んだ意識の底からそれを見ていた。

 

 もう、やめてくれ。

 

 背後の黒い棺が、静かに開いた。

 

『脅威、継続』

 

 次の呼吸を待たず。

 

 二つの影が、同時に消えた。

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