レクイエムフレーム   作:momomotototo

3 / 13
第二話 SERAPH class

第二話 SERAPH class

 

「最悪だな」

 

 灰色のFRAMEの中から漏れた声には、疲労も苛立ちも混じっていた。

 

 けれど、それらはすべて薄い膜の下へ押し込められている。

 

 泣き言ではない。

 

 諦めでもない。

 

 ただ、戦場を知る者が、状況の悪さだけを正確に吐き出した声だった。

 

 その一言で、海斗にも分かってしまった。

 

 目の前にいる白い異形は、さっきまでの獣とは違う。

 

 数が多いとか、動きが速いとか、そういう種類の危険ではない。

 

 もっと根本的に、存在しているだけで周囲の法則を壊しているような、そんな気配があった。

 

 白い異形は、何も言わない。

 

 ただ静かに立っている。

 

 それだけで、耳鳴りがさらに強くなった。

 

 キィィィィィ――――。

 

 海斗は、喉の奥がひどく狭くなるのを感じた。

 

 息を吸おうとしても、肺がうまく膨らまない。

 

 あれを見てはいけない。

 

 そう思っているのに、視線を逸らすこともできなかった。

 

 女がブレードを持ち直す。

 

 半身。

 

 腰を落とす。

 

 背部スラスターが、小さく開いた。

 

 さっきまで異形の群れを切り裂いていた灰色のFRAMEが、さらに深く沈み込む。

 

 逃げる構えではない。

 

 迎え撃つ構えだった。

 

『コーラスリアクター出力上昇』

 

『フルバースト、解放』

 

 白い異形が、消えた。

 

 そう見えた。

 

 音よりも先に、瓦礫の山が爆ぜる。

 

 何かが通った。

 

 そう理解できた時には、もう衝撃だけが残っていた。

 

 海斗の目には追えない。

 

 白い影が動いたのか、空間そのものがズレたのかさえ分からなかった。

 

 けれど、女だけは反応していた。

 

 灰色のFRAMEが、反射のように横へ跳ぶ。

 

 蒼白い残光が、燃える空気の中に鋭い弧を描く。

 

 避けた。

 

 海斗には、そう見えた。

 

 だが、何もない空間が裂けた。

 

 ドゴンッ――!!

 

 衝撃が炸裂する。

 

 躱したはずの灰色のFRAMEが、横合いから巨大な槌で殴りつけられたように吹き飛んだ。

 

 装甲が崩れた壁へ激突する。

 

 コンクリートが砕け、鉄筋が折れ、瓦礫の中へ灰色の機影が突っ込んだ。

 

 海斗の目が見開かれる。

 

 今のは、当たっていない。

 

 少なくとも、白い異形の腕は触れていなかった。

 

 確かに避けた。

 

 なのに、その後から見えない力だけが追いついてきた。

 

『衝撃異常』

 

『空間歪曲反応、確認』

 

「……チッ」

 

 瓦礫を蹴り砕き、女が強引に姿勢を立て直す。

 

 左肩装甲が砕けていた。

 

 それでもブレードは落としていない。

 

 白い異形は、変わらず立っている。

 

 何歩か、ゆっくりと前へ出る。

 

 その動きは滑らかだった。

 

 だが、足音が遅れて聞こえた。

 

 カツ。

 

 カツ。

 

 半拍遅れて、空間の奥から響いてくる。

 

 おかしい。

 

 全部がおかしい。

 

 海斗の喉がひくついた。

 

 女が吐き捨てる。

 

「ズレてんのか……空間ごと」

 

 踏み込んだ足元で、瓦礫が爆ぜた。

 

 灰色のFRAMEが、白い異形の懐へ向けて加速した。

 

 一瞬で距離を潰す。

 

 ブレードが閃く。

 

 居合。

 

 細く、鋭い、一筋の蒼白が、白い異形の懐を抜ける。

 

 遅れて、その胴体が斜めに裂けた。

 

 噴水のように鮮血がしぶく。

 

 白い肉片が宙を舞い、断面からは光る組織が覗いた。

 

 女は着地と同時に左腕を跳ね上げる。

 

 手首装甲がスライドし、内蔵火器が露出した。

 

『腕部火器、展開』

 

 乾いた重音。

 

 ドンッ――!!

 

 至近距離から叩き込まれた一撃が、切断された白い肉塊を吹き飛ばす。

 

 いくつもの白い破片が、雨みたいに周囲へ散らばった。

 

 そのひとつが、海斗のすぐ近くへ落ちる。

 

 ぐちゃり、と。

 

 まだ温かい、拳大の肉片だった。

 

 海斗は息を詰める。

 

 その直後。

 

 切断された白い異形の身体が、蠢いた。

 

 ぬめるように。

 

 断面から、白い糸みたいな組織が無数に伸びる。

 

 血。

 

 肉。

 

 骨。

 

 さっき吹き飛ばされたはずの破片が、磁石に引かれるみたいに跳ね上がっていく。

 

 周囲へ飛び散った血液すら、空中で逆流し、白い身体へ戻っていった。

 

 時間が巻き戻っているようだった。

 

 傷が塞がるのではない。

 

 壊れた事実そのものが、なかったことにされていく。

 

『自己修復反応、確認』

 

『再生速度、異常値』

 

 女の声が低く沈んだ。

 

「……再生持ちかよ」

 

 数秒後。

 

 白い異形は、何事もなかったように元の形を取り戻していた。

 

 海斗の全身が粟立つ。

 

 その時だった。

 

 海斗のすぐ傍に落ちた肉片が、ぴくりと跳ねた。

 

 もう一度。

 

 ぴく、ぴく、と痙攣する。

 

 嫌な予感がした。

 

 理由は分からない。

 

 だが、触れなきゃいけない気がした。

 

 海斗は震える右手を伸ばす。

 

 指先が、血塗れの肉片を掴んだ。

 

 ぬるい。

 

 気持ち悪い。

 

 だが離せない。

 

 ピタッと。

 

 遠くで再構築を続けていた白い異形の動きが、ほんの一瞬だけ止まった。

 

 だが、それだけだった。

 

 すぐに白い肉体は再生を終え、何事もなかったように首を傾ける。

 

 ーーいや。

 

 さっきより、ほんの少しだけ、機嫌を損ねたみたいに。

 

 空気がさらに重くなる。

 

 キィィィィィィィ――――!!

 

 耳鳴りが跳ね上がった。

 

 海斗の視界が滲む。

 

 白い異形が、また一歩、歩く。

 

 カツ。

 

 遅れて。

 

 カツン。

 

 音が後からついてくる。

 

 女がブレードを構え直した。

 

「再生」

 

 一歩。

 

「空間偏向」

 

 二歩。

 

「……ふざけた合わせ技だな」

 

 再び、蒼白い光が爆ぜた。

 

 灰色のFRAMEが、白い異形へ突っ込む。

 

 左へ跳び、右へ抜け、頭上から落ちる。

 

 居合、薙ぎ払い、刺突。

 

 蒼白い残光が閉鎖空間を網のように走り、周囲の壁へ巨大な裂傷を刻んでいく。

 

 だが、届かない。

 

 斬ったはずの軌道が途中でずれ、刺したはずの切っ先が寸前で横へ流される。白い異形の輪郭だけが、そこにある景色ごと薄く揺らいでいた。

 

 距離感そのものが狂っている。

 

 女が低く唸る。

 

「……届けよッ!」

 

 それでも、白い異形は焦らない。

 

 ゆらり、と女の周りを歩く。

 

 ゆっくり。

 

 滑るように。

 

 そのくせ、足音だけが後から響く。

 

 カツ。

 

 カツ。

 

 そのズレが、恐ろしく気持ち悪い。

 

 海斗は息をすることすら忘れていた。

 

 その刹那。

 

 女のブレードが、ついに白い異形の肩口を浅く裂いた。

 

 だが。

 

 その一閃とほぼ同時だった。

 

 白い異形が、“海斗の方”を見た。

 

 ぞっとするほど滑らかに、顔が向く。

 

 海斗の背筋が凍った。

 

「っ――!」

 

 女が反応する。

 

 そのまま強引に間へ割り込もうと踏み出す。

 

 だが、遅い。

 

 白い異形の周囲で、景色が大きく歪んだ。

 

 空気が捻じれ、音が消える。

 

 直後。

 

 見えない衝撃が、空間の奥から弾けた。

 

 灰色の装甲が宙へ浮き、女の身体が一直線に叩き飛ばされる。

 

 今度は避けたとか、躱したとか、そういう次元じゃなかった。

 

 瓦礫を貫通。

 

 鉄骨をへし折る。

 

 床を抉りながら、海斗のすぐ傍へ激突した。

 

 ドガァンッ――!!

 

 衝撃で地面が跳ねる。

 

 海斗の頬へ、熱い液体が降りかかった。

 

 赤だった。

 

『致命的損傷』

 

『腹部装甲大破』

 

『内部出血警告』

 

『コーラスリアクター出力、低下』

 

 灰色のFRAMEの腹部が、大きく抉れていた。

 

 抉れた腹部から、蒼白い放電を孕んだ白煙が漏れ、装甲の隙間からは赤黒い液体がとめどなく流れ落ちている。

 

 女はまだ動こうとした。

 

 ブレードを支えにして、無理やり立とうとする。

 

 だが、膝が震える。

 

 装甲内で何かが壊れる鈍い音。

 

 白い異形が、ゆっくりと近づいてくる。

 

 静かで、美しく、残酷な勝者の歩みだった。

 

 キィィィィィィィ――――――!!

 

 海斗の耳鳴りが限界まで跳ね上がる。

 

 視界が歪む。

 

 頭の中へ、何かが流れ込んでくる。

 

 安心。

 

 静寂。

 

 繋がる。

 

 溶ける。

 

 独りじゃない。

 

 もう、戦わなくていい。

 

 そして――接続。

 

「あ……ぁぁぁぁっ……!!」

 

 海斗は絶叫した。

 

 それは痛みだけではなかった。

 

 恐怖だけでもなかった。

 

 自分の中に、自分ではない感情が入り込んでくる。

 

 怖いはずなのに、楽になれると思ってしまう。

 

 逃げたいはずなのに、もう抵抗しなくていいと、どこかで囁かれる。

 

 その優しさのようなものが、何よりも気持ち悪かった。

 

 白い異形は、ただ見下ろしている。

 

 女は膝をついたまま、なおも海斗の前へ出ようとした。

 

 ブレードを持つ右腕が、わずかに上がる。

 

 震えている。

 

 それでも、まだ折れていなかった。

 

「……ガキに……手ェ出してんじゃねェよ……」

 

 掠れた声。

 

 それが、海斗に届いた最後の声だった。

 

 視界が黒く沈む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。