何もかもが過労の中に沈んだ。
微笑みかけた休憩も、芽生え欠けた終電への希望も、サービス残業の秘密も。
そして、あらゆる労働基準法違反も同じだ。
すべてが「また初めから」の振り出しにもどった。
兵士は死んだ魂を疲れた身体に包んで、昔取った杵柄の、古巣に向かった。
次回『エッセンシャル№10』。
傭兵は誰も定時を見ない。
【TS転生・労働生命体カーニャ】
目が覚めた時、私は気も狂うような暑さと湿気、そして熱病と死を運ぶ虫ども、視界は緑に塗り込められながら、むせ返るような湿気と硝煙と、爆撃で焦げた生きものや、安物のオイルの臭いの中にいた。 どうやら、あの伝説的ロボットアニメ『装甲歩兵テイヘンズ』の世界に転生してしまったらしい。
前世の私は、ただの一般的な普通の労働者だった。
朝は自主早出から0825時にタイムカードを切り、夜は2315時を過ぎてようやく解放される日々。時には26時を回り、職場や通勤車内、あるいは倉庫に泊まり込みながら「ここが俺のマイホーム。住民票を移さなきゃ」と明るく楽しく笑う日々だった。週6日出勤に週7日出勤、最高で30連勤を数えたあたりで日付の感覚は消えた。 日本には祝祭日というものも存在するらしいが遠い記憶。早く帰りたい一心で昼休みを自主カットし、上が残業代を渋るからと20時にはタイムカードを切ってそこからが本番。帰宅後も持ち帰りの書類仕事に追われ、翌朝はサービス早出で帳尻を合わせる。
そんな生活を15年ほど続けた。
しいて自分が普通の労働者と違うところを挙げるとすれば、最後の方は、職場に近づくだけで驚くほど身体が軽くなり、視界の端に美しい光が見えていたってことくらいかナー。
いつものように微笑みを浮かべながら「おはようございます!」と元気よく挨拶したある日を最後に、私の記憶は神々しい光に包まれて途絶えている。――この転生は、過労死寸前の私の脳が見せている、リアルな臨死妄想なのだろうか。
『テイヘンズ』という作品は、地を這う虫たちが蠢き硝煙渦巻く底辺の戦場模様を描きながらも、一人の兵士と、人間兵器として生み出された美しい女性との、全4クール52話をかけて駆け抜ける壮大なラブストーリーでもあった。ちなみに2人の18禁な絡みは第2クールと第3クールで、ナレーションが仄めかす程度だった気がする。
そして今、物語は第2クール『クメソ編』を迎えていた。 まるでベトナムやカンボジアのような、ジャングルの王国を部隊にしたドロ沼の内戦。
その傭兵部隊基地「エッセンシャル№10」に、一人の流れ者の傭兵志願者が辿り着く。もちろん、ただの男ではなく、特殊部隊の生き残りであり、歩く破壊神とも言うべきヤバい男――本作の主人公ジョルジョ・デ・キソコ氏である。
一方、敵側には因縁浅からぬ人間兵器が3人ほど控えているのだが……問題はそこではない。 この基地には、主人公ジョルジョの直属の上司が存在する。陰険、パワハラ、無能、そして最期は視聴者が拍手喝采する見事な「ザマァ」を晒して散っていく、底辺上司の鑑としてファンの間で大人気(?)の男、カニュー大尉。
――で、私が転生したのが、そのカニューの女性版。「カーニャ大尉」であった。まさかのTS転生である。
身長は男の平均に近い長身で、軍人らしく引き締まっている。ただの痩せっぽちという意見は却下する。髪は軍人のくせにやや伸びた紫のショートカット。前世の感覚からすると「おばあちゃんの白髪染め色」のようだが、紛れもない地毛である。
そして、何より納得がいかないのは せっかくのTS転生だというのに、胸やお尻がドカン!と主張するナイスバディの欠片もなく、上から下まで見事に「ヒュー、ストン!」。まるでNASAのロケット発射基地だな、ハハハ…。地の底にいます神よ、悪意で配分間違えてませんか。
鏡を覗き込めば、それなりに整ってはいるものの、どうにも陰険そうで疑り深い目付き。ダークでダーティな「マイナスプロモーション系美人」として、一部のマニアに売ることができる(ただしそれ以外には…)ニッチな容姿だった。
そんな私の絶望を置き去りにして、物語の回り舞台が動き始めた。 傭兵基地の受け入れチェックが、原作通り、主人公ジョルジョ・デ・キソコ氏を逮捕した。奴さんの身体には、本人の知らぬうちに監視用のビーコンが埋め込まれており、スパイ容疑がかけられたのだ
ビーコン除去手術が終わり、現在、上半身裸で十字架型の手術台に磔にされている主人公(男)。 そしてその前に、なぜかやたらとしなる黒いゴム製の警棒を手に、尋問を行おうとしている陰険マイナス美人将校(中身:元社畜の私)。
現場の戦闘指揮官が、こんなところにまで呼ばれるマルチタスク。どういうわけか、軍医や周囲の兵隊たちは気を利かせたつもりなのか、そそくさと退室してしまった。取調室には私と、半裸で磔にされたジョルジョの2人きり。
(……何これ? ナチスの美人将校が男を拷問する18の薄い本ですか? これからそれを再現する気なんてサラサラないんですけど!)
目の前にいる男は、この基地ごと私を災厄に巻き込みかねない、文字通りの死神だと私は知っている。 心臓のバクバクを必死に抑えながら、私は警棒を握り直す。 頼むから、できる限り穏便に、刺激しないように「なかったこと」として放り出して、この場を切り抜けたい。切実に。
ボトムズ好きの物語を自分で見てニヤニヤしたくなり、久しぶりに勢いで描いてみた短編を、AIさんに推敲・整えを依頼、返信を更に自分が修正・肉付け、AIさんに誤字脱字チェックを経て発表方法を試行錯誤・・・・・・のキャッチボールを経て、話が形になりました。
ボトムズ好きの個人の楽しみとして、溜め込んだものを一挙にネットに発表することが出来たことに自己満足しています。
読んでくださりありがとうございます。
続きも描いて楽しみたいのですが、期間が空いてしまうと思います。
※カーニャ大尉。惑星ナメルキャ、クメソ王国の政府軍傭兵隊指揮官、大尉。
※ジョルジョ・デ・キソコ氏 工事現場の労働者(基礎工事…)にして画家で兵士だったのかも