【※残酷描写、鬱展開、テロ・ゲリラ描写あり※】
私だ。カーニャ大尉である。
本日は休日だったのだが、気がつくと13時まで職場の機材点検(デバッグ)をして過ごしていた。
前世のブラック環境から染みついた「自主的なサービス出勤」という名の悪癖だが、軍務を溜めて物理的に死ぬ(あるいは前線へ飛ばされる)ことに比べれば遥かにマシである。
点検後、セシリアを伴って再び「ボイコツの街」へと繰り出した。
私の本日の兵装(コーデ)は、シャツにジャケット、そしてスラックスだ。
ただし、シャツの下にはクラスⅡ相当の軽量ボディアーマーをパッチし、脇にはナイフとピストル。
さらにスラックスの裾を捲り上げた足首には、緊急用の小型ピストルを仕込んである。有効射程はゴミのようだが、至近距離での脅し(威嚇デバッグ)にはなる。
隣を歩くセシリアは、シャツとジャケットの下に上品なスカートを合わせている。
ただし、そのハンドバッグの中にはやはり軍用のピストルが収まっている。
惑星ナメルキャの治安仕様(デフォルト)からすれば、これが「休日のお出かけスタイル」の標準規格なのだ。
とにかく暑い。
喉の渇きを潤すため、道沿いの立ち飲み屋に突撃した。
冷えたワインを注文し、一気に喉に流し込んで、
「ごちそうさん!」
と、わずか2分で店を出る。
前世の限界労働時代から時々やっている、いわゆる「タッチアンドゴー飲み(※滑走路に一瞬だけ着陸して即離陸するスタイル)」だ。これを繰り返すと、アルコール出力のせいで二度と離陸できなくなるバグが発生する。
セシリアがドン引きした顔で私を見ている。
「……何だ? 冷たい液体を補給してサッと離脱しただけだが」
「長居しないから誘拐されたり襲撃されたりしにくくなる、ってロジック? 休暇中くらい少しは落ち着きなさいよ」
その通り。
飲食店の滞在時間を最小限に抑えることは、テロや拉致の遭遇確率を下げる有効な防壁(セキュリティ)なのだ。
良さげな飯屋を探して歩いていると、前方の広場で小さな「反政府デモ」の塊が見えた。
「離れるぞ」
私は即座に反転し、セシリアの手を引っ張って違う方向の路地へぐんぐん進んだ。
人が集まる場所は、それ自体がバグ(騒乱)の発生源だ。
セシリアは文句も言わずに私の速度に付いてくる。彼女もクルツ司令の秘書として、日々エッセンシャル基地に集まる血臭いインテリジェンス(機密情報)に触れている身だ。状況の危うさは骨身に染みているのだろう。
デモ隊が暴徒化して店を襲うか、あるいはデモ隊を狙った対立組織の爆破テロがあるか、はたまた治安部隊の強制排除が市街戦に発展するか。
そのどれが起きてもおかしくない。巻き込まれるのは御免だ。
安全なルートへ迂回したつもりだったが、気づけば見覚えのある飲食店街――あの「軍事機密」に関わる某飯屋(焼き鳥屋)の前に来てしまっていた。
店先で、あの愛想の良いウェイトレスのねえちゃんが客引きをしているのが見える。
別種の社会的危機(バグ)を察知し、私が無言でUターンしようとしたその瞬間、私の不自然な挙動を見逃さなかったセシリアが、ニヤリと嫌な笑みを浮かべて私の袖を掴んだ。
くそ、秘書特有の無駄に鋭い職務観察眼め。
「あ、お兄さん! 今日は奥さんと一緒ね。ご飯どう? 奥さんと焼き鳥でビールよ!」
……そう来たか〜。
前回は「お兄さん」。
今回は「お兄さんに、奥さん」。
ねえちゃんに悪気は1ミリもないのだが、出力されたパラメータはあらゆる意味で最悪である。さらにグレードアップした形での軍事機密流出だ。
私はねえちゃんに手を振って断り方向を変えると、セシリアの手を引いて早足でその場を離脱した。
「お兄さ〜ん、焼き鳥に寄らないの〜?」
セシリアがウェイトレスの完璧な声真似をして、クスクス笑いながら私の袖を引っ張ってくる。
「……あそこには前回、軍服で男に間違えられた。今回もスラックスにボディアーマーというシルエットだったため、データベースの訂正情報が上書きされなかっただけだ」
私は早口で論理的(ロジカル)な言い訳を並べ立てる。
「ふ〜ん? でも前回、あんたの生乳を至近距離で見たはずのイケオジも、男の『見事な胸板』って絶賛してナンパしてきたわよね?」
さらにえげつない追撃パッチが飛んでくる。
「それは……! 彼はその、かなり酔っ払っていたんだ! アレはただの質の悪い冗談だ!」
私の必死な啓蒙(言いくるめ)は、ビーチでの思い出を反芻して爆笑し始めたセシリアの耳には1ビットも届いていなかった。
『それでも、乳は確かに存在する』
かつて異端審問にかけられたガリレオ・ガリレイもそう言って私の胸部の実在性を保証してくれているはずなので、これは来週のテストに出ます。覚えておくように。
街頭のノイズを避けるため、私たちは馴染みの「ファントム・クラブ」へと逃げ込んだ。
カウンターに腰掛け、私はアイスコーヒーにブランデーを落としたものを注文し、セシリアはフルーツ入りの鮮やかなカクテルを頼んだ。
「おお、あんたか」
奥のボックス席で、大柄な年配の男と話し込んでいたゴトーが、こちらの姿に気づいて杯を掲げた。私はコーヒーカップを小さく掲げてそれに応じる。
その大柄な年配の男は、武装した3人ほどの若い女性スタッフを連れていた。男の膝の上には使い込まれたサブマシンガンが置かれ、女性たちの腰やバッグからもピストルのグリップが覗いている。
どこかの民間警備会社(PMC)のオペレーターか何かだろうか。気になってゴトー経由で話を聞いてみると、システムの前提が全く違っていた。
彼らは、ボイコツの街の郊外で「戦災孤児の支援センター(保護施設)」を運営している民間ボランティアの一団だった。最近の急激な治安バグから身を守るため、やむを得ず武装して自衛しているのだという。
「ここは後方の市街地だ。民間人、それも子供を支援する人間を狙うことは、戦争であっても明白な国際法違反なわけだが……。ワーカー・ゲリラのシンパや、組織的な工作員どもはそんなルールなど気にも留めない」
大柄な男は苦汁を噛み締めるように言った。
「私は3つの保護施設を運営しているが、これまでに施設が3回襲撃された。子供やスタッフが何人も殺され、連れ去られたよ。戦災孤児を助けていること自体が、ゲリラどもの思想的に気に入らないらしい。……恐らく、誘拐された子供たちは思想教育を施され、使い捨ての少年兵として最前線に投入されるんだろう。たまらんよ、本当に」
反政府デモと、それに乗じた暴動。
その裏で暗躍する、目立った企業や民間人を標的にした誘拐、暗殺、爆破。
防護された軍事施設を避け、牙を持たない弱い箇所を執拗に叩き、恐怖(テロ)によって支配地域を広げていくアンフェアな手口。
「――ところで、この『お兄さん』は軍人さんなの?」
話の合間、女性スタッフの一人から、不意のストレートが飛んできた。
何と返してよいか分からず私がフリーズしていると、セシリアがまたしても限界まで吹き出し、「このお兄さん」が実は女性将校であるという機密を嬉々として種明かしした。
ついでにビーチでのイケオジ事件までセットで暴露された。
おい待て、生ける市街拡声器(ゴトー、カカオ、ミント)の前で何という致命的なログを流出させている。
事情を察した女性たちの、なんとも気まずそうな、反応に困った顔がカウンターに並んだ。
その後は適当に飲んで食べ、互いの道中の安全を祈って解散となった。
帰り道、懸念していた通り別のルートでデモ隊による本格的な銃撃戦が発生し、主要道路が封鎖されていた。私たちは大きく迂回を余儀なくされ、這々の体で基地へと帰還した。
――それから、わずか数日後のことだ。
あの夜、ファントム・クラブから帰路についた支援施設の一団は、郊外の暗道で謎の武装集団に襲撃され、全員が行方不明となった。
そして
全員が凄惨な「処理」を施された死体となって発見された。金品目的の強盗などではない。明確な政治的見せしめ(テロ)だ。
私に「軍人か?」と訊いてきたあの女性スタッフの一人は、道端の泥の中に転がっていた。
おそらく、最初の一発を足に受けたのだろう。
逃げられなくされた上で、集団から容赦なく撃ちまくられたのだ。
倒れて動けなくなってもなお、彼女は這いながら手にした拳銃で弾倉が空になるまで応戦し、そして死んだという。
身体中に銃弾を叩き込まれ、身動きが取れなくなった仕上げとして、頭部に正確なとどめの一発(クー・ド・グラ)が撃ち込まれていた。
他の女性スタッフたちの死体は、さらに凄惨だった。
ジャングルの奥地で、衣服を剥ぎ取られ、針金で後ろ手に縛られた状態で発見された。
生きている間に凄惨な暴行(レイプ)を受けた痕跡があり、その上で、眼窩や、口内、そして……膣の奥深くへ、直接ライフルの銃口(マズル)を突き刺され、そのまま肉体を内側から爆破するように射殺されていた。
大柄な代表の男の死体だけは、どこを探しても見つからなかった。
その代わり、彼らが守っていた児童保護施設の門前に、ある「荷物」が放り込まれた。
それは中身が「フルーツ」であるかのように果物籠に入れられ、綺麗にラッピングされた、悪趣味極まる包装の、男の生首だった。
強固に防護された軍事拠点(ハードターゲット)には目もくれず、無防備な民間人や人道活動家を執拗に狙う、現地で「ヘビ」と呼ばれる工作員たちの非対称テロ。
私は、これが大嫌いだ。
「……やりきれん」
自室のベッドの上で、私はぽつりと呟いた。
あの夜、確かに言葉を交わした年配の男の、皺の刻まれたしかめ面。
私を男と勘違いして、そのあと気まずそうに微笑んだ若い女性スタッフたちの、確かに動いていた表情、交わした声の響き。それらが脳裏に焼き付いて離れない。
経営者とスタッフを一度に失った施設と、残された戦災孤児たちは、形式通り政府(軍)の管理下に置かれ、別の保護プログラムへとシステム移行されるだろう。
だが、そんな事務処理のログなど、何の慰めにもならない。
全く、やりきれない。惑星ナメルキャ、クメソの夜は、いつも最悪の泥の匂いがする。
【テイヘンズ補足小事典】
●30連勤(以上) 再録
現代の日本であれば労基や警察に通報したら激怒間違いなしの違法パッチ。なお、当時の我が社の労働組合(労組)は、上層部に睨まれ組織から物理的に追い出されて既になかった。デバッグの盾は、最初から存在しなかったのである。
●ヘビ(工作員)
戦線後方の市街地や民間施設に潜入し、暗殺やゲリラ活動を行う非正規要員。彼らの目的は軍事的な勝利ではなく、凄惨な暴行や「死体のデコレーション(見せしめ)」によって社会に強烈な「恐怖(バグ)」を植え付け、統治システムを内部から崩壊させることにある。人道支援者や非戦闘員ほど格好の標的(ソフトターゲット)にされやすいのが、この世界の身も蓋もない現実である。
●カーニャの露出した生乳
別名「胸板」。
当人曰く「胸板でもまな板でもない……確かに、存在するんだ!(シュレディンガーの乳)」。
本人は仕様通りの確実な実在(生乳)を出力したつもりであったが、イケオジという観測者が介入した結果、状態が「見事な胸板」へと収束してしまった悲しき量子力学的エラー。
なお、この存在確率を巡る来週のテストの平均点は極めて低いと予想される。本項目について異議申し立てを行うガリレオは現在天国で有休をとってモナコに滞在、長期不在中となっている。
●お兄さんと奥さん
天然なウェイトレスのねえちゃんから出力された最悪の誤認パラメータ。
なお、カーニャが食べるボイコツの焼き鳥は香辛料が非常に強く、本来であればビールが限界突破する仕様である。今回はセシリアの職務観察眼(ニヤニヤ)という副反応のせいで、味わう前にシステム離脱を余儀なくされた。
※次はたぶん一か月くらい先の予定です