装甲歩兵テイヘンズ TS転生・労働生命体カーニャ 作:水辺ロープ
飛び込みのタスクが、予定を遅らせる。
健気な魂は「不可能と言わずに可能にする方法を工夫」し自主的に早出し、休憩を飛ばし、帰ったことにして仕事場を走り、持ち帰り、あるいは泊まり込んで働く。
指示を「自主的に」取り込んだ過重労働の影、過重労働の痛み、過重労働で散る前の光
過労死ラインを超えた笑顔に、一足先に自由になった戦士の魂が囁く
次回「肝機能のうた」
酒を飲み肩を組んで歌え、いずれ還らぬ世の中だ
味方至近への砲撃と爆撃で敵を撃退する限界ムーブが十八番になってしまっている私、カーニャ大尉であります。
今回は自軍基地エッセンシャルNo.10内で施設ごと敵を粉砕、降伏に導いたものの。
「軍学校の答案なら零点だぞ。罰の教練付きだ」
クルツ司令と現れたナメルキャの情報部大尉、J・P・シェーンベルクは呆れたようにぼやいていた。
良いではないか、ホストメリ空港でウクライナ軍がロシアの空挺部隊を撃退した防衛戦のオマージュだよ(いま思いついた言い訳)。
だいたい私は軍事なんて「テイヘンズ」原作にあることくらいしか知らないぞ。「それは軍事知識ってレベルじゃねえぞ」と言われそうだが。
クルツ司令からお許しが出たので、やらかしにも構わずエッセンシャル基地の業務に戻る。点滴を引っ張りながら。
シェーンベルク大尉は目を剥いていたが、クルツ司令とセシリア、基地の兵隊どもはそんな私を見ても特に何も言わない。
「あ、大尉殿、いつもお疲れ様で〜す」みたいな日常ノリである。
私は基地内から防衛ライン、ボイコツの街周辺の防衛ラインを見回り、市内も見回る。幾つかある戦災孤児らの支援施設にも立ち寄る。
ああ、振り返れば私も、社畜からTS転生。気がついたらこのクメソの田舎町で、商人の家の次女からの今のこの身だった。
小太りの冴えない父に、美人な母。気が強い長女に、分別がついてきたちびの弟。
ある日、ワーカー・ゲリラの軍勢と「委員会」とやらが乗り込んできて、田舎町を占拠した。
家にも興奮した暴徒が乗り込んできて、朝シャンしていた母はいきなり射殺され、ダイエットだか美容体操をしていた長姉も背後から射殺。父は捕縛され、逃げる5歳の弟は刺された上に撃たれて、12歳の私が抱えた腕の中で失血死。私はその場にとどまり、弟に応急措置をし続けて生きて捕まった。
街の広場で自称裁判が行われて、ワーカー・ゲリラ的な今後の運営に支障となるいろいろな人々が「それぞれの罪」の看板を首から下げられて晒し者にされたり、処刑されたりしていった。
捕獲された私は、その光景を眺めさせられていた。
小太りの冴えない父は私を力強く見た。それからワーカー・ゲリラどもを睨んで胸を張り、
「クメソ王国万歳! 万歳! 万歳!」
と絶叫したところを階段から突き落とされ、銃でトドメを刺されていた。
あの冴えない男が、最期にこんな意地を張るとはねえ。
私はゲリラどもに労働向けの少年少女兵として連れ回され、ゲリラどものお世話を含む雑務にこき使われた。
ナニ、前世の繁忙期400時間超え労働を応用すれば、生き残るのは容易だった。周りの子が死んでゆく中で、私は「ああ、またこれか」と冷めたまま順応してしまった。
軍の攻撃でゲリラ部隊が壊滅したとき、私は武器を取りゲリラに「相応の扱い」を返して回っていて、正規軍に保護され、少女兵という奴隷状態から解放された。
ゲリラから奪還されていた街に戻ったあとは、放置されたり掘り出されたりした、虐殺・処刑された人々の遺体の身元確認と整え、埋葬の手伝いをした。針金で縛られ、抵抗できないままあっさり殺されたり、なぶり殺されたりした人々のご遺体の山。
ストレスで怒り狂ったりする大人たちの中でも、私は落語の『らくだ』の真似など断頭台的不謹慎ジョークを飛ばしたりして、冷静と効率を頭に作業を進めた。自分も震えたり泣いたり吐いたりが無い訳ではなくきつくなかったわけでもないが、周りが怒ったり泣いたり叫んだり喧嘩を始めているときは誰かが業務に支障が無いよう遂行しなければならなかった、前世の経験のおかげだな。
目の前にあるできることをやっていたら、正規軍ではなくエッセンシャル基地の雇い兵につながった。年齢を誤魔化して受け入れてくれたのがエッセンシャルだったからだ。
まあ、急いだこの判断はその後の過重労働の日々からすると間違いだったかもしれないが。人間は常に正しくはいられないものだ。
正規軍ではなく半官半民的な微妙な雇い兵。仕事は現場叩き込みで、学校にも行かず訓練キャンプや教育もなく、まともな軍事教育は受けていない。生き延びて気がついたら将校、今の立場。雇い兵レベルだからかもしれないが、エッセンシャル基地の大尉です!
何にしろ私は、この世界の父の最期の姿のように、頭を高くして胸を張って生きようと思う。
Always keep your head high!! だ。
あと私がいろいろスレンダーなのは、過去の虐殺を経験した時に、私の時計が止まってしまったからだ(『ブリキの太鼓』のパクリの大嘘であるが)。
貧乳の理由を捏造するなだと?
貴様、ちょっと兵舎の裏に顔を貸せ。
◆ ◆ ◆
私はクルツ司令のお供で秘書のセシリアとともに、捕虜のラーダとテニス交流を命じられた。
咄嗟に卒なくこなせるだろうサロ・サリアを身代わりにしようとしたが失敗、私本人と、護衛代わりにその場にいたクエルト人のルイスをクルツ司令が呼んでしまった(ルイスは原作でのカニュー大尉を「ざまあ」処刑する役)。
苦手なルイスの側で私は顔色が冴えないかもしれない。見た目が真面目朴訥なルイスはサロ・サリアと並びトラブルは起こさないが、一緒にいながら陰で観察して着々と「こいつを見限るポイント」を勘定してゆく地獄の閻魔のような存在だ。怖いよ。
軍用車で我々はボイコツの街のスポーツ施設、テニスコートへ。
前世の人気女子プロテニスプレーヤーのような見映えするウェアのラーダとセシリアが現れた。私は急なことだし軍の芋ジャージしかなく、構うものかとそれで出たら、クルツ司令とセシリアからやり直しを食らった。チェンジなら、この役柄を他人にチェンジして欲しい。
コートの受付周りにお洒落なウェアも吊り下げられて売られていた。無難なやつを手に取ろうとしたら、セシリアが売店担当者やクルツ司令を巻き込んで半袖のシャツにミニスカなスコートに決められた。
セシリアやラーダが着こなしているようなワンピースではなかったのは幸いだ。ボンキュッボンが映えているが、私がアレを着ると子どもがワンピースを着ているように見える恐れがあった。特にセシリアやラーダと並んだ場合は同じ条件の比較になってしまう。
アレ? TS転生ものらしいシチュエーション。何やら珍しい。
テニスはコンビや対戦相手を変えて軽く打ち合う交流だ。
ボイコツのいろいろな男どもがラーダとテニスをきっかけにお付き合いを始めたくて群がっている。ラーダはまず部下の軍曹を手始めに、セシリア、青年実業家、企業社長や市長の御郭司、などなど組む相手や対戦相手を変える。優雅にコートを移動し笑顔でプレーを称える。原作でのイカれた戦闘狂戦士描写が嘘のようだ。
ラーダとセシリアの周りにプレーヤーとギャラリーの熱い視線と気配が集まっている。打ち込む叫び、身軽な身のこなし、ラケットさばき、反応、長身で実に見映えがする。ペアと握手やハイタッチ、対戦相手ともたたえ合う握手。⋯あとボンキュッボン。胸も揺れる。これを最後に置いたのは偶然である。
コート周りの対戦者や見物人の熱い視線が集中して顔と目玉が一斉に動く。
「凄いな。飼ってるネコとか小鳥を、レーザーポインターの光点でからかってる時みたいだ。そう思わんか?」
ルイスに私は軽口を叩く。
しばらくして返ってきたのは、
「隊長殿を見るときはああなりませんね⋯比べたときの反応の差が、悔しいんですか?」
「貴様は、私の敵か!?」
こやつといると思わず突っ込んでしまう。ざまあポイントをまた計上したかもしれない。
「いえ⋯隊長殿も、スッキリしておられますよ?」
傍らで聞いていた青年実業家が吹き出しやがった。
「スッキリとはどういう意味か! 余計な重りがない方が有利なんだ。わかるか!? だから私はこれが一番良いんだ。覚えておけ!」
市長御曹司まで吹き出しやがった。涙を拭いておられるのは何故ですか?
私がゲームで組んだり対戦するのはクルツ司令、ルイス、などであまり人というか男どもが集まらなくて、いわゆる学園モノのぼっち組や陰キャ組のように見えるが違う、これは違うのだ。
敵軍捕虜のラーダを接待して、いかに我が政府側が素晴らしいかをアピールする場だから彼女が人気に包まれるのは前提条件なのだ。私は彼女がスムーズに場に溶け込むための緩衝材の役割なのだ。
ゲームではクルツ司令やルイスがのっそりと固定砲台ムーブで動かないので、私が左右前後に走りまくりボールを拾いまくってカバーした。ほぼ負ける。穏やかな交流ではなくゲームが違う気がするのは何故だ?
走り回り肩で荒く息をする私に、ルイスがのんびりのたまう。
「隊長殿。蒸気機関車みたいですね」
「貴様! だったら動け! 貧血病み上がりの私を走り回らせるな!」
怒鳴りつけてから、返されるルイスの穏やかな笑みに思わず引く。
「点滴、しときますか?」
「いらんわ!」
まるで周りのためのコント要員だ。
頭にきたので、ルイスと組んでラーダ&市長御曹司組とやった時は、隙あれば御曹司の顔面目掛けてスマッシュを叩き込んでやった。私の会話を聞いて吹き出しやがったからな。
あとなんかプレー中にチラチラとラーダの乳尻太腿に目をやり、機会あらば近寄ってタッチを試みたりと、対戦相手である私から目を離すのが気に障る✕いや隙だった〇。
私はラーダには足や持久戦では敵わなかったが、ペアの弱点を狙えばゲームの勝機はある。決して貧乳を笑われたりこちらを無視してラーダに気を取られている腹いせに男を狙ったわけではない。時折、前衛を狙える位置にボールが返ってくるので遠慮なく打たせてもらった。わざとじゃないだろうな? ゲームは勝った。
「あっはっは! KO! カーニャWIN! 突きを見るたび思い出せ!」
愉快になり高笑い。
次からはチャンスボールのたびに相手前衛の男を集中狙いしていたら、勝率が上がった。下心もあるお付き合いの交流から、サバイバルゲームにルールが変わった気がする。
打てるんじゃないかなと動く場所とタイミングに不思議と良いボールが返ってくるので決めまくった。スルーパスに応える点取り屋の如し!
余計に男どもが私の周りからいなくなった気がするが、これも男どもをラーダの方に追いやりラーダを接待するための策だ。たぶん。違うかもしれない。
途中から、慣れないミニなスコートがスースーするとか、男どもの視線でドキドキとかぎこちなくなり赤面してどうこうとかは、一切なくなったな。
コンビプレーで相手に直撃ボールでの打撃を打ち込むスパーリングのようなスッキリ充実感で、良い汗かいたわ! ラーダとセシリアもお洒落スタイルで良い運動をして、良いコミュニケーションでまんざらでもなかったはずだ。ウィンウィンというやつだ。
親指を立ててサインを送ったら、ラーダの顔が吹き出すのを堪えるようにしかめられた気がする。違うかもしれない。
クラブハウスのレストランでご歓談に移る。
スカートのスーツに背筋がスッと伸びて手のさばき、食事もサマになるラーダ。焼き鳥の串を横にくわえてプロレスラーよろしく周りに襲いかかるような、原作での戦闘狂イメージが全く当てはまらない。
セシリアも平然と、滑らかにラーダと曹長の会話を引き出している。
クルツ司令には「テニスのあとはシャワーで流すと良いですよ」とぼやかしたのが効いたか、石鹸の香りがした。きれいなクルツ司令。レア物だ。
ルイス・オラトリア、クエルト人の大男は朴訥誠実なので(またはそれを巧妙に装っている)受けは悪くない。
私は出掛けにセシリアに借りて合わせたスカートのスーツだ。服がキッチリしていると立居振舞もキッチリしてくるな。お陰でちょいと椅子に斜めに座って、メンバーの死角をカバーしながら食事をするのが不自然になってしまったな。
車で市内を回りつつ⋯戦災孤児らの支援施設にちょいと立ち寄る。
施設職員やガキどもは一目でおエライさんに見える恰幅のよいクルツ司令に余所行きモード。
「いつもの飲んで行くぞー」
勝手に冷蔵庫を開けて勝手に入れておいた缶ビールで乾杯。
「お互い、平和が良いですな」
ラーダとは初めて身近で缶を合わせた。
ニヤリと笑って乾杯。
不思議だ。あの狂戦士とこんな共感の時間を持てるなんて。
飲んだら立つ。
「良し、行きましょう!」
「うわ、スーツなんか着てるから緊張してたら、いつもの大尉じゃん。胸のところガバガバしてねえ?」
丁度よいところにヘッドロックをかけてくれとガキが頭を差し出してきたのでその通りにしてやった。
「スーツで一気のタッチアンドゴー飲みはやめた方がいいと思います!」
「女の人で毎回あれやるひと、他であまり見たことないよね⋯」
女の子もうるさいですね?
胴に腕を回してリフトして下ろしてやると、ぎゃーぎゃー騒いでいたが、嬉しそうでもある。
振り返ってガキどもに訓示。
「ボイコツのガキども諸君! 元気にな! 笑顔とジョークを忘れず、背は曲げずに、頭は高く!」
気分はトラさん(?)。口上を飛ばして去る。冷えたビールは液体の麦、液体のパン。大人には良い栄養補給、回復の友なのである。
◆ ◆ ◆
私、ラーダ・ラディノワは想定外の日々を過ごしていた。捕虜とは言うが自由自在、行く先々で交流するある種の外交官のようでもある。
腹が出た大男の敵司令クルツ大佐が、
「面白い人物をご紹介しましょう。面白いというよりは、興味深いライバルかもしれません。あなたと交戦した指揮官ですよ」
現れたのが降伏のときにやり取りした、痩せて顔色悪く眼の下にクマがある若い女だった。
ボイコツ市内を走り、スポーツ施設のテニスコートへ。ここも初めてではなく、ボイコツの捕虜生活で得たワンピース型のウェアに着替える。
スーパー・ソルジャーにはさまざまなタイプがあるが、私は普通に育ってきた人間を「強化」したタイプだ。スーパー・ソルジャーの教育も、その前の成育歴の知識体験も生きる。スーパー・ソルジャーの強化された身体の邪魔をせず見映えもするウェアは気分が良かった。何かと面倒で顔を合わせるセシリアという秘書も、自身に合うウェアの選びは見事なものだった。
クルツ司令は健康のためにもっと運動して酒と煙草を減らすべきだろう。クエルト人の大男は人間起重機のようだ。
そしてあの自陣内への砲撃爆撃をやってのけたカーニャという大尉。軍のジャージで現れてダメ出しを喰らい、売店でウェアを選ばされていた。
着替えた半袖シャツにミニのスコート姿は⋯スレンダー美人を活かしたウェアがお似合いですね!(外交官的な表現)。背の伸びた女子中学生、いや男子学生っぽく見えないこともない(決めつけない婉曲表現)。
違和感があったのは降伏時のやり取りと体型が違うことで、戦闘服には胸部ガードの膨らみがあったに違いない。今は⋯素敵なスレンダー美人ですね!(外交官的な表現)。
ゲームをしながらペアや対戦相手とゆったりと卒のない⋯外交官的なやり取りをする。
第三国に生まれ育った自分が、たまたまスーパー・ソルジャーの実験で参戦したに過ぎない神聖クメソ王国の外交官的な立場の働きをすることになるとは。
◆ ◆ ◆
振り返れば、ギルガメッシュとインキャドウの二つの星系を真っ二つに分けた百年戦争の末期。
私は中立宙域シドシス星の学者の家の長女として生まれ育った。
父は技術者で、母も技術者だった。弟に妹。父と母はピアノやヴァイオリンをたしなみ、私や弟妹たちにも優しく音楽の楽しみと楽器を操る楽しさを教えてくれた。何を生業にして生きるにしても、趣味の時間、音楽は人生を豊かにする。家族で合奏し歌う時間は楽しかった。幸せとはこういう感覚かもしれない。
その歳月はギルガメッシュ側、ナメルキャ軍の電撃作戦で破られた。
惑星シドシスは技術立国、中立宙域にあり防衛ラインは手薄。尖兵はギルガメッシュ内ナメルキャ軍の特殊部隊、錆びた肩とも呼ばれた「ラスティ・ショルダー」部隊の装甲歩兵ストレート・ドッグどもだった。
シドシスの侵略併合を狙った理由は恐らく、中立宙域を自在な通路として使うためだった。侵略側には、払うコストは低い方がありがたい。防衛が手薄なシドシスは、そこも理由だったろう。
ラスティ・ショルダー部隊がシドシスの防衛軍を粉砕してから、後続のナメルキャ軍が占領に入ってきた。
シドシスでも名の知られた技術者だった父は頭を撃たれて倒れている。母も威嚇射撃が当たってしまい倒れて動かず、弟妹も血の海に倒され、私を押さえつけているナメルキャ兵たちの叫び声と攻撃的な笑い、囃し声。私は怒りと憎悪と絶望のこもった絶叫をあげてもがいたが、解放されることはなく⋯。
「ブタああああっっっっがががガガ⋯っっっ!!!」
◆ ◆ ◆
私は一瞬迷い込んだ過去の体験から、市長の御曹司とやらの声と腕に触れた感覚、汗のにおいがするテニスコートに還っていた。
私は冷静を取り繕いながらも打球を相手コートに返す⋯
「ぎゃ!?」
滑り込んだ相手、カーニャという大尉の振るったラケットから弾かれたボールは雷のように市長の御曹司を打っていた。
「あ、シツレしましたー!」
顔を押さえる男にさっとかけられる声。時折私を振り返っては相手ペアの動きやボールから目と意識を離していたり、距離を狭めて腕などに触ってきた男だ。カーニャはちっとも悪いと考えていないのではと私は想像した。
それからの流れ、機会があればカーニャの打球はペアの男性プレーヤーを直撃した。わざと狙い打ちにしているに違いない。私はあからさまなやり方に呆れた。
しかし私も打ち合いの中でカーニャに前衛の男を狙えるような返球をこっそりと送り始めると、カーニャは前衛強襲のスマッシュを打ち込んで応えた。実に息の合ったコンビプレーだった。
私はこの悪戯の成果に浮かんでくる笑顔を、必死で顔をしかめることで誤魔化した。「交流」の中で繰り返しこのコンビプレー、ホットラインは活躍した。想定とは違うけれど、ある意味で絆を作る交流かもしれない。
その後に立ち寄った戦災孤児支援施設で、冷蔵庫から勝手にビールを出して勧めるカーニャと、私は悪戯成功の乾杯を交わした。
◆ ◆ ◆
「テニスの後の夜はパーティだ。名門、マジェスティックパレスホテルでやるぞ」
飛び込みのタスクで予定がズレ込む。前から準備していたのなら教えてくれ。テニスから一時解散して兵舎に戻ったカーニャ大尉であります。寄せ集めの雇い兵部隊基地で一応、クメソ政府から何々勲章とか賞与と一緒に貰った軍のスーツを用意していたら⋯?
クルツ司令から、「ラーダと合わせでドレスにしてくれ」と伝言が来た。セシリアたちもドレスだそうだ。
私は軍服以上に慣れていないし、着たことがないし、持ってない。
「ドレスってどれっすか? 持ってないんで野戦服で~」
と逃げようとしたら、
「隊長殿、広報部が用意してくれるそうです。任務でありますよ?」
と起重機みたいなルイスの手に捕まえられた。
「貴様、上官を見せ物にする気か! この野郎!」
「大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なのか言ってみろ!」
「大丈夫ですよ」
「わかった、放してくれ、お願いします! これは上官命令だぞ!」
「大丈夫ですよ」
畜生、広報部に写された基地の宣伝ポスターがクレームで回収、大元の広報部に文句を言われた件が鮮やかに蘇ってきた。
逃げる余裕もなく、あっという間に化けた(失礼しました)真紅のドレス姿のセシリアが広報部の連中を連れて現れた。腕やら背中やら大きく出して香水のにおい。シックでオキレイデスネ。ただこういうのは基地司令秘書の業務外じゃないのか? 私生活の余裕の反映か。
「いつも野戦服ばかりなんだから、新しい自分を切り拓いてみなさいよ」
そう言われてもな。私は有給消化もろくに出来ない生活だったので何でも初体験に近い。テニスで汗だくだったからと風呂場に叩き込まれる。シャワーを浴びながら浴室外のセシリアに愚痴る。
「私には広報部のポスターを回収させた、確かな負の実績があるんだぞ!」
「広報部のメイクさんが来たから綺麗に仕上げてくれるわよ。あんた、素材は悪くないんだし大丈夫よ」
「声が笑ってるぞ。本音を言ってみろ!?」
セシリアは即答してきた。
「面白いから1回見てみたい!」
浴室の外で笑い出した。
「面白いだと! こちらは社会的抹殺に飛び込む気分だ!」
広報部のメイクさんたちのところに引き出されて衣装選びにメイクやらで、さらに後悔した。
「なんでこんな薄いものを貼り付けて、人前に出るんだ!?」
おおう、まさかの「テイヘンズ」でのTS転生ものの「王道」シチュエーションの連続に、アンドレ・マルローも吃驚だ!(意味不明)
「なんで下着なしなんだ! うさちゃん下着を着けさせてくれ!」
「ドレスからうさちゃん下着がはみ出してる絵はすごく面白いけど、却下で」
ドレスに下着っぽいのが縫い付けてあるとかで、乳には絆創膏みたいなのを貼って、下は褌みたいなヒモ何やらパンですよ。
メイクさんたちはあまり直視してこないが、鏡を見るとドレスから私の平らな筋肉質の「胸板」がはみ出して続き、ドレスについた納まるものが無いカップと遊離しているのが哀しい。ドレススカートの腰回りを盛り上げる下着(パニエか?)が欲しい。
鏡の中には掘り出したゴボウみたいに痩せた道化師がいた。
「こ、殺すなら殺せ⋯プライドと『人間の条件』がMIAにKIAだ」
心の中のアンドレ・マルローも天丼のお代わりにギブアップだ。
首から腕から上半身の労働者焼けを隠せず、顔は何か描いて、手入れの暇ない兵士風に伸びた頭にはカツラを被せて誤魔化し、身体は下着付き薄いドレスで胴にはコルセット。上は絆創膏?を貼り、下は褌みたいな紐っぽい頼りない何とかパン。これ、六尺褌に替えちゃダメか?
あと映画みたいなベルトで吊るすストッキングに、奴隷男を踏むためのかかとの高い靴?
どこの野蛮人やら「これは手放せない」と警棒を吊るしたベルトを腰に巻く、前衛的なミスマッチデザイン(?)。変に自分を通したらさらに悪化した。
小学生が夏休み自由研究の工作で作った、「ぼくのめいくしたさいきょうのキラー・クラウン」の完成だ!
死んだ魂は行方不明、疲れた身体と頭に藁のくずを詰められた虚ろな私は、ああ!とエリオットのように嘆きながら、その格好で衆人環視のパーティに引き出された。
目を泳がせながら自己紹介。天国の親父、済まない。人生には頭を高くして、胸を張ることができない時間だってあるさ。
「⋯自分がこの間、基地をぶっ壊した地獄の道化師、カーニャ大尉であります。この仮装に不満要望があれば、クルツ司令閣下が相談に応じます⋯」
責任転嫁して掩蔽壕を探すが、このマジェスティックパレスホテルのパーティ会場には掘ってなかった。
ノーサイドだとラーダと笑顔で握手し、セシリアが立ち会う図でと3人で並ばされて挨拶、記念撮影の悪夢。「ハイ、チーズ」じゃなくて本音は「オウ、シット!(クソ、畜生!)」だ。
すらりとした長身筋肉質で真っ直ぐ立つラーダは、見るとこちらの気もキリッと引き締まる。軍神アテナの像もかくあらんか。短い金髪に紫のドレスがお似合いですね。群がる老若男女に自然に対応してさばく。傍らには番犬のような曹長。絵になりますわ。
そして主にクルツ司令に従い飲み過ぎに目を光らせているセシリア。金髪をシニョンに結って真紅のドレスの胸元を盛り上げて、これも豪華で思わず感嘆のため息が出る。こんな落ち着いた豪華女性教師?にビシッと注意されたら、クルツ司令も大っぴらには飲めないだろう。絵になりますわ。
そして自毛に合わせた紫のおかっぱっぽいカツラ(アニメ系コスプレ店から探してきたのか?)、純白ドレスのわたくし、カーニャ大尉。
過重労働に汚れ仕事でくすんだ見た目と魂を、純白ドレスの清純パワーで誤魔化そうと努力だけはしてみせて生じた強烈なギャップが笑いどころですよ? 引き立て役にはなりますわ。
あいさつ回りという引き回しの刑が始まる。クルツ司令、シェーンベルク、サヴィツキィ、ラーダ、セシリア、成金ファッションのゴトー、市長に企業のお偉いさんたちに、顔にアザの市長の御曹司や青年実業家に、人権派作家やら映像作家の芸術家ども、何と吃驚元ゲリラの情報屋ジスカール・デ・スタソ。ウィンズロウにシン、着崩した軍服のエッセンシャル基地のろくでなしども。
私は知人にまとめて恥を晒したうえ、知らない女性陣の失笑と陰口、知らない男性陣の酒の肴ジョークが聞こえる(カーニャの被害妄想です)。
「⋯『馬子にも衣装』ならぬ、山賊の頭目にも衣装だな」
日常からダンディが板について違和感ないサヴィツキィが、なんか呪文を吐いていった。
おお…。普段ごろつき兵隊どもを殴って締めてる山賊のカシラの様な私が、真っ白な心を騙る純白ドレスをまとうとはお笑い種だと言っている(いえ、見違えたと言ってます)。実物と、広報部が目指した演出のそぐわなさが恥ずかしい。
ああ、窓の外に! 窓の外に!
×引き回しの刑〇あいさつ回りをこなしてから、壁際、窓の側に避難した。サトウキビのウイスキーというラム酒を生で何杯も呷るが、こんな小さなグラスじゃダメだ、ぐい飲みで持って来い!
テニスでTKOに追い込んだ御曹司や青年実業家が追ってきた。とにかく他人に近寄られたくないというテレパシーが通じない。映像作家ほか、カメラを持った男女もついている。やめてくれ。私の恥を撮影するな。
「知ってますか? ボイコツ名物、水牛のバインミーに芋煮を。あちらにありますから一度食べてきては? 私はもういただきました」
引きつる表情を笑顔で誤魔化し、ねこを被って頓珍漢に勧める
「ああ、千年前から続くメニューを発掘したというアレですか!」
「良いですよ〜。実は、あれは千年前に私が考案したんです」
「ハハハ、ウィットに富んだジョークですな」
いい加減なこと、いや、ホントのことを言っていたら御一同を追い払うことに成功した。
会場隅から全体を眺めれば、街の名士、紳士たちもウロウロしている。
「⋯」
私はイヤリングとチョーカーに偽装した通信機でわがエッセンシャルの兵隊どもに通信する。
ルイス、ウッズマンの影がすっとラーダに寄ってゆく。
ラーダから離れた位置でその背中を睨みつけていた中年紳士が、微妙に息を吐くと決意したように歩き出す。間に合うか? 客のチェックは何をやっていたんだ。
【テイヘンズ補足小辞典】
● ブリキの太鼓のように
虐殺を生き延びたカーニャの時間が止まることはありませんでした。
しかし、「身軽な組織」と称して熟練者を削った現場に過剰なタスクを投げ込まれれば長時間残業(しかもサビ残)確定。
そのため「時間よ止まれ! お前は美しい!」と願いながら、ブラック現場に魂(ならびに乳と尻の成長)を売り渡していました(※過労・栄養失調・低体脂肪率による不調アリ)。あと、色々捧げても時間は止まりませんでした。
なお、エッセンシャル基地には「ブリキの木こり」っぽいパーソナルエンブレムの装甲歩兵乗り、ティン・ウッズマンが存在します。
● カニュー大尉とルイス
朴訥誠実、忠実な部下として働きながら裏で「ざまあポイント」をカウントするルイス。原作クライマックスでは、カニュー大尉に向かって「あんたは、人間のクズだな!」と言い放ち、竪穴の底へ投げ落として処刑します。
カニュー大尉のTS転生版である「カーニャ大尉」にもこのルイスは従いますが、原作の展開を知るカーニャにとって「いま何を考えているか判らないルイス」は恐怖の象徴。まさに『三銃士』のミレディに対する「リールの首切り役人」のような存在です。
● キラー・クラウン
殺人ピエロ。シリアルキラーの仮装や、都市伝説的なホラーキャラクターとして知られます。
クメソにおける最新版の「キラー・クラウン」は、味方の至近距離であっても構わず砲爆撃を打ち込んでくる恐怖の指揮スタイルを指すようです。
● ドレスから覗くカーニャの胸板
以前、海岸でカーニャを目撃したゲイのイケオジが大絶賛した奇跡の胸板。
映画『コナンPART2/キング・オブ・デストロイヤー(1984)』や『007/美しき獲物たち(1985)』でグレイス・ジョーンズが見せたような引き締まり方です。
なお、カーニャのトレーニング法は自重トレなどではなく、休みなしの長時間残業と連勤によって鍛え上げられた(?)「過重労働式」です。
● 窓の外に!
周囲の視線という怪物が追いかけてくるパーティ会場から、窓を突き破ってでも外へ脱出したいカーニャ大尉。
ですが、その怪物はたぶん彼女の被害妄想の中にしか存在しません。