TS転生・労働生命体カーニャ   作:水辺ロープ

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2、エッセンシャル№10・後編

私はできる限り、この歩く天災を刺激せず、穏便に物事を済ませたい。なかったことにして放り出したい。 何故か見映えの良い十字架型の手術台に磔にされたジョルジョ氏は、私を睨んで無愛想にのたまった。

 

「説明してくれ」

 

低い、地獄の底から響くような声だった。同時に、どこを見ているのかわからない地獄を見た眼が私を射抜く。

――ひっ。 恐怖のあまり、情けない悲鳴が喉の奥で鳴った。というか、正直に告白すると、下着がほんの少しだけ湿った気がする。

しかし、その恐怖は一瞬にして、元社畜としてのプライドと理不尽への怒りへと反転した。私は逆上していた。気がつけば、熱帯のインコのごとく鮮やかなジョルジョの青い髪を掴み、その耳元で怒鳴り散らしていた。

 

「貴様! 私を舐めるなよ! 考えていることくらいお見通しだ! 貴様はあれだろ、ネットの甘い求人話に釣られて泥沼にハマる『トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)』の阿呆どもみたいに、何やらの特殊作戦とやらに参加して機密の生体兵器を覗き見し、ナメルキャ軍にビーコンを埋め込まれて逃げ回っているんだろうが! 貴様がそうやって無口を気取っているのはな、いつも頭の中で脳内彼女の生体兵器とキャッキャウフフする妄想に浸っているからだ! 多少顔が良いからと言って誤魔化せると思うなよ、このムッツリ助平がっ!」

 

一気呵成に怒鳴りすぎた。前世の慢性的な疲労がここで祟ったらしい。急激な立ちくらみが私を襲い、視界がチカチカと暗転する。気がついた時には、私は上半身裸のジョルジョの引き締まった肩に顎を乗せ、だらしなく寄りかかって喘いでいた。酸欠である。

 

最悪なことに、地の底に棲む神の采配は常に私を裏切る。

背後の重々しい鉄扉が跳ね上がった。

上半身裸の囚人の髪を掴み、その胸元に寄り添ってハァハァと荒い息を吐き散らす私。 そんな破廉恥極まる光景を、大柄な軍服の男と、趣味の悪い仕立てのスーツを着た恰幅の良い年配の男が、呆気にとられた表情で見つめていた。

 

「……カーニャ、何をしておる」

「いやはや、セクハラは困りますな、カーニャ大尉」

 

「か、閣下……っ!」

 

我が傭兵部隊基地『エッセンシャルNo.10』の最高権力者であるクルツ大佐と、死の臭いを嗅ぎつけてやってきた怪しげな武器商人ゴトー氏であった。 セクハラ? 違う。断じて違う。

 

「それは、大きな誤解です!!」

 

 

私、カーニャ大尉が、容疑者ジョルジョに対して取り調べを口実にした「個室セクハラ&職権乱用ストーキング」を行っていたという疑惑は、尋問中に私が過呼吸を起こしただけという(一応の)事実によって、その場で解けた。

 

ジョルジョ・デ・キソコが明かすには、彼は謎の作戦に参加し、ナメルキャが開発した最重要機密の生体兵器『SS(スーパーソルジャー)』を目撃したのだという。

 

クルツ大佐はこのおぞましくも金になりそうな話に、大変な興味を示した。関わらない方が良いのに。私は、その先の未来を知っている。

 

「エッセンシャルNo.10」は必要不可欠な第10軍事基地、という意味だがNo.1~9は政府の無茶振りが祟って壊滅している。我々の身内の本音では「必要不可欠な兵隊どもをNo.10=最悪の過酷な使い捨てをする隔離基地」とか、「優先順位が圧倒的に低い、後回しの切り捨て部隊(残りかす)」とか、「安全な本国直属のブラック特攻部隊」「この地獄の泥沼の基地こそが、我が国(最高中枢)だ」と言った血で描かれたジョークに満ち満ちている。No.10も、1~9の後を追って消え去ることになっても不思議はない。というか消える。

 

その後、ジョルジョはゴトー氏に連れられて基地を出ていった。

原作の知識を持つ私は、彼らの行き先を知っている。

基地の目と鼻の先にある街『ボイコツ』。そこにある彼らの溜まり場、酒場『ファントム・クラブ』だ。 噂によれば、酒とつまみを提供しつつ、歌姫たちによる「お化け屋敷ショー」が斬新だと兵士たちに大人気の店らしい。

酒を飲んでいるジョルジョを酔ったホステスが「お化けぇ〜!」と脅かして、ジョルジョがむせる場面は原作でも笑わせてもらったが。……冷静になれば、なんだそれは。小学校の給食時間、牛乳を飲んでいる友人を笑わせて吹き出させようとしていた、あの低レベルな悪戯と同質ではないか。あの店に集まる男どもの精神年齢は、間違いなく小学生男子のそれだ。

 

私はジープをファントム・クラブへと走らせながら、固く心に誓っていた。

ジョルジョなどという、行く先々の戦場を徹底的に破壊し尽くし、原作ではカニュー大尉を(自業自得とはいえ)確実な死へと導いた疫病神を、絶対に最前線へ送るような愚を犯してなるものか。

あいつを放り出せないなら、私の直属部隊に囲い込む。誰の手も届かないよう隔離した上で、そう、基地の売店のアイスクリーム売りあたりに永久配置してやるのだ。それが基地のため、ひいては私の平穏な第二の人生のためである。

 

そう息巻いてファントム・クラブのドアを乱暴に開け放った瞬間、ゴトーの声が鼓膜に飛び込んできた。

 

「――だがなジョルジョ、気をつけなきゃならんのはあのカーニャの方だ。あれは蛇みたいにしつこい女だ。お前にいつまたセクハラとストーカー行為を働きにくるか分からんぞ」

 

……濡れ衣、全然晴れてねえじゃねえか!!

 

「この店の責任者は誰だァッ!」

私は怒りのあまり床を踏み鳴らし、彼らに歩み寄った。

「17時以降は夜間空襲対策として照明および音楽を消せとの軍令を忘れたか! 万が一、この明かりを目標に爆撃されたらどう責任を取るつもりだ! あと、誰がセクハラストーカーか!!」

「おやおや、そうしようとしていたところですよ、カーニャ大尉。今ちょうど、最後のお化け屋敷ショーが終わるところでね。……それと、大尉がセクハラをしただなんて、誰も信じてやしませんよ、ハッハッハッ!」

ゴトーが図々しく言い訳を並べ立てながら、すっと私とジョルジョの間に身体を滑り込ませてきた。

信じてやしないなんて言いながら、完全に警戒しているじゃないか。私の社会的信用はすでに前世の会社の株価並みに大暴落していた。

 

「大尉殿ーーッ!!」

 

その時、またしても騒々しく、私の背後から転がり込んできた男がいた。私の部隊の副官であり、典型的な「声がデカいだけの無能」であるフランコである。

 

「クルツ大佐閣下より緊急命令です! ジョルジョ少尉は本日付でカーニャ大尉直属の遊撃部隊へと編入! 我が部隊の切込隊長として奮闘努力せよとのことです!」

 

……終わった。 ジョルジョを最前線から引き離し、エプロンを着せてバニラアイスを売らせるという私の運命ホワイト化計画は、上層部の一言によって一瞬で白紙に戻された。転生してもこれか。上の思いつきに現場が応えるこの構造、前世と何も変わらないではないか!

 

 

ドガァァァン!!

 

大地を揺るがす砲撃の震動と衝撃、爆音が、私の愚痴をかき消した。

 

「【ワーカー】だ! エッセンシャルの兵員たちは、直ちに基地に戻れ! 出動する!」

 

結局、私は副官のフランコ、そして死神ジョルジョを引き連れて基地に飛び込んだ。ジョルジョは戦力としては使えるのだ。

 

我が部隊はクメソ政府軍と敵対する反政府ゲリラ『ワーカー・ゲリラ』のミサイル部隊を叩くため、空挺降下させた人型装甲歩兵(テイヘンズ)を駆って泥濘のジャングルを進軍していた。

我々が駆るのは水中で2時間行動できる新型「ボーリング・ビートル」。

私は数々の危機を助けてくれた自分の乗機には、こっそりと「ホワイト・ラビット」というニックネームをつけていた。単に私のうさぎ好きという面もあるが、前世でよく聴いていたベトナム戦争時代の流行歌(ジェファーソン・エアプレイン)からだ。アリスのように白うさぎを追いかけた末にこんなクソみたいな地獄(泥沼のワンオペ環境)に落ちた私にはお似合いのブラック・ジョークだ。

我々の中でジョルジョの機体だけが、旧型機をジャングル専用に改造した「エキサイテッド・ドッグ」で「慣れたものが良いから改造した」という主人公の身勝手な自己主張をしていた。

 

ワーカー・ゲリラ。原作ではジョバーともワーカーとも言われ、主人公ジョルジョに対してキッチリと負けて「悪役」をこなして見せる、最底辺の農業・工業労働者どもの蜂起した集団である。その底辺の敵と、我々底辺なエッセンシャルの兵員が戦う様子は、涙なくして見られない切ない構図でもあった。

 

その敵たる「ワーカー」どものミサイル部隊は、ジャングルの鬱蒼とした木々の隙間から、捕捉されないよう発射しては移動を繰り返している。

この投射部隊は一見無防備だが、私は知っている。この部隊を軍事機密の塊である超人兵器生命体『プルートゥ』が、精鋭の装甲歩兵隊を率いてミサイル部隊の護衛に就いているということを。 この密林の先に進んでまともに接近戦を挑むなど、ただの自殺志願者、あるいは労災下りぬ過労死の再来だ。

 

(よし、ここは安全第一だ。私が観測した敵の現在位置を基地に無線連絡し、後方の砲兵部隊に長距離砲撃を要請。危険を冒さず一網打尽に……)

 

私が通信機に手をかけた、まさにその瞬間だった。機体のスピーカーから、フランコの脳天気極まる絶叫が響き渡った。

 

『大尉殿! 我が部隊、これより前進ッ! 一当たりして、敵の注意をこちらに引きつけます! ジョルジョ、貴様も遅れるな!』

 

「待て! ステイ! 突っ込むなと言っているのが聞こえんのか貴様ら!!」

 

叫び声は虚しくジャングルに消える。私の制御を離れ、泥を跳ね上げて突撃していく部下たち。 ああ、あのお調子者のはしゃいだ犬のような連中さえいなければ、後方からのリモート砲撃だけでスマートに業務完了(定時退社)できていたものを……!!

地の底に潜む運命の神が統べるブラックな戦場は、どこまでも私をタダ働きさせる気らしい。

 

私は涙目で操縦桿を握り直し、死神の後を追って泥沼の職場へと突っ込んでいった。

 




※脳内彼女の生体兵器。名前はディアナ。生体兵器としての形成中に不審者ジョルジョを見てしまったために、怪しい人に対する判断基準が低下してしまった

※エッセンシャル№。10。クメソ政府官邸(ノックダウン街10番地)肝いりで作られた必要不可欠なベースの10番目。というのはプロパガンダで、国のために働くエッセンシャル・ワーカーを最低(ナンバーテン)の扱いですり減らす(毎週5%の兵員が生きて還らない)のが正しい名前の由来だと兵士たちのもっぱらの噂

※クルツ大佐。エッセンシャル№10司令。政府の肝いりで、闇の奥にブラックでホラーな自らの王国、傭兵部隊の基地を作ってしまった。

※ゴトー。元軍人・補給部隊?の、現武器商人。戦乱のクメソ王国政府軍に急激に食い込んだ成金.惑星ニッケイの出身とも言われる。

※生体兵器SS(スーパー・ソルジャー)。反射神経を改造し、戦闘技術や知識を叩きこまれた、一種のスーパーマン。ディアナ、プルートゥなどが実戦テストとしてクメソ王国の内乱に密かに投入されている。

※ボイコツの街。旧名フバイ。

※ワーカー・ゲリラ。ジョバーともワーカーとも言われる。原作できっちりと「悪役」をこなして見せる。最底辺の農業・工業労働者どもの蜂起した集団。蜂起した底辺労働者と、政府に使われる底辺の兵員が戦い擂り潰し合う切ない様子は、原作視聴者の涙を呼んだ。

※ボーリング・ビートル。大型装甲歩兵、ジャングル戦に向く、水中で2時間行動できる新型。政府軍、必要不可欠な最前線「エッセンシャル」基地にゴトーの伝で納入されている。

※エキサイテッド・ドッグ。中型装甲歩兵(プレーン)のストレート・ドッグを湿地帯専用専用の付属装備をつけて改造した機体。新型などなくても俺はこれで勝ってみせるというジョルジョ氏の意地、マウント。なんでこんなものを?と聞かれたジョルジョ氏がどこかの孤島に潜む頑固な狙撃兵のように「俺にはこれしかないんだ。だからこれがいちばんいいんだ」と答えたことを伝え聞いたカーニャ大尉は「意地よりも効率を重視してくれ…」と頭を抱えたとも言われる。

※ジェファーソン・エアプレイン「ホワイト・ラビット」。1960~70年代、ヴェトナム戦争の曲。過労死した某氏がエナジードリンクやカフェインを取りながら深夜労働の合間に聴いたり口ずさんで慰めにしてしたらしい。

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