装甲歩兵テイヘンズ TS転生・労働生命体カーニャ 作:水辺ロープ
一瞬のその光の中に人々が見たものは、過重労働、怯まぬブラックジョーク、笑いながら赴く運命。
いま、全てが終わり、駆け抜ける情勢の嵐。
いま、全てが始まり、きらめきの中に望みは生まれる……のか?
最終回、『流星』
キプリング曰く──
『ブーツ、ブーツ、ブーツ、ブーツ、上げては下げ、下げては上げ……戦じゃ除隊になれないな!!』
遙かな時に全てを賭けても、あんなに嵐が吹いたのに、世界は全く変わっちゃいない!
「カーニャ、起きなさい、カーニャ」
親父の声だ。
「あんたったらいつも『役に立てば何でも良い』なんて! 実用主義とか言って、自分は牛や車じゃないんだから、機械を洗うシャワーを浴びて済ませるんじゃありません!」
母ちゃんか。
「いやいや、変わっちゃダメよ。あれがあんたらしさだもん!」
姉ちゃんが笑っている。
「遊ぶ! 遊ぶ! 来て! 秘密基地でオヤツ食べよ!」
弟だ。なんだかわからないが……。
「あー……背を伸ばして、頭を高くして生きてきたよ。そうでない時もあったけどさ。土産話がたくさんあるんだ」
家族に伝える。
「知っているよ。よく頑張り続けたね。私達はお前と一緒に、すべてを見てきたからね。かぶりつきの特等席だよ」
父が私の頭を優しく撫でる。
「まあ本当に、こんなに痩せても止まらずに働き続けて……」
母が差し出してくれるサンドウィッチをつまみ、コーヒーを啜る。
「全然いろいろ成長しないのもユカイで良いよ!」
姉が私の胸をつつきながら笑う。
いや、さすがに12歳当時からそれ(成長なし)はないぞ……?
こちらの髪を漉きながら、胸や尻がどうとかなる体操のレクチャーを以下割愛。
ちょこんと座った私によじ登り、「聞いて! 聞いて!」と遊ぶ話をする弟。肩車して空中で一回転させて下ろしてやると、怖がるどころかもっとやれ、もっとやれとねだってくる。終わらん。お前は子犬か子猫か!
「いつもついていてやるからね、行きなさい。いまは仲間が待っているよ。このままだとお前は、魂がMIA(戦闘中行方不明)になってしまうからね」
親父が言った。
え……?
ここは、そういう場所なのか……?
そして、私はまだ……生きられるのか?
せっかくここでゴハンを食べたりしていたけれど。
「戻れるさ!」
みんなが私を温かく抱きしめてくれ、冴えない中年男が私に向かって親指を立てた。
「カーニャ、私はお前を誇りに──」
◇
目を開けたら、不審者ジョルジョの顔面がどアップで迫っていた。
「うぎゃぁっ!?」
私は悲鳴とともに、反射で全力の肘打ちを叩き込んだ。
必死で後ずさろうとしたが、プルートゥに関節を挫かれた腕が添え木でガチガチに固定されていた。痛みが不思議と薄いのは、強力な麻酔が効いているからか。
ジョルジョの奴、人工呼吸(キス)をしようとしていたらしい。
胸のあたりはフランコの奴が押していた。心臓マッサージまではいかず、呼吸を促すために胸や腹を押して喝を入れていたようだ。念のため、肋骨がバキバキに折られていないか確認する。
唇からヨダレを拭い、声を張り上げた。
「ここはどこだ!?」
見れば、あのプルートゥが後ろ手錠に目隠しをされ、地べたに力なく座り込んでいた。
「宮殿の外に搬送しました。大尉は右腕が折れていますから、気をつけてください。今は迎えのピックアップを待っているところです」
サロ・サリアが答える。
まだ大空襲、斬首作戦の渦中か……。
「サンジェルマンは!?」
「遭遇できず、討てませんでしたね」
彼は静かに首を振った。
いろいろと情勢が原作と違ってきているな。
見上げれば、ジャングルの合間に青空が覗いていた。
遠くから響く銃声、砲声、叫び声、そして渦巻く飛行音。
「……で、私はなんで生きているんだ?」
「プルートゥがあんたを竪穴に落とした時、すぐ下に俺がいた。奪ったリヴォルティング・タートルの腕で受け止めたんだ」
肘打ちを入れた頬を押さえながら、ジョルジョがむすっと言った。
「……驚いて殴って悪かった。おかげで助かったよ。あのままだったら私の命はなかった。大した離れ業だな」
「いや……あのまま落ちていくのを眺めているのも良いか、とも思ったんだがな」
「思うなよ!?」
さすがの主人公を素直に称賛したのだが、奴は平然と無礼な言葉を返してきた。まだご機嫌斜めらしい。
「……あんたが殺されちゃ、エッセンシャルの仲間が可哀想なんでね」
らしくない、殊勝な言葉を続けた。
「おお、それは……だが仲間だけじゃなく、真面目に働いてきた私自身が可哀想だとは思わないのか?」
訊き返すと、ディアナがニコニコと笑顔で入ってきて、「それは自業自得……」とか何とかブツブツ呟くジョルジョをどこかへ連れ去っていった。
神にすら従わない無礼なジョルジョを完璧にコントロールしてみせるディアナ。さすがだ。
爆撃と掃射の合間を縫って、勇敢なパイロットが操る大型ヘリが旋回しながら突っ込んできた。走り寄る兵隊たち。
私は荷物のように、ジョルジョとディアナの手で軽々と担ぎ上げられ、手際よく機内へ放り込まれた。
一気に離陸!
まだ生き残っている対空砲火の火線と火花が、空を焼き尽くさんばかりに交錯する。行きはあんなに無茶をしたのに、今は撃ち落とされないかが心底怖い。
ローターの猛烈な風圧とともに、燃える宮殿と緑のジャングルが視界の彼方へと走り抜けていった。
◇
大空襲作戦は、サンジェルマンを討ち漏らしたものの、敵中心部へ致命的な打撃を与えて爪痕を残した。押し込まれていたクメソ王国政府側は、五分とまではいかないものの戦線を押し戻した。
だが、神聖王国から我々側についたはずのナメルキャ惑星連邦が、舌の根も乾かぬうちに再び神聖王国側に寝返って支援を開始。結局、人と資源を空しく浪費し、また何一つ変わらない泥沼の対立状態に戻っただけだ。
唯一、ナメルキャに痛烈な打撃を与えられたとすれば、サンジェルマン宮殿の上空であのシェーンベルク大尉が行方不明になったことだろう。クエルト星の谷の底にいる邪神の手先だから、超常的な救いの手が入ってしぶとく生き延びている可能性はあるが、仮にそうだったとしてもナメルキャ軍将校として表舞台に関わってくることはもうあるまい。
ルイスは結局、私を殺さなかった。
それどころか、なぜか雇用契約をさらに『5年』延長しやがった。
原作では契約更新を拒否し、故郷のクエルト星に帰って谷の底で静かに暮らしていたというのに。あと5年、奴の堪忍袋の緒がいつ切れるかとビクビクしながら過ごすのは本気で胃が痛いのだが……。
サロ・サリアの傍らには、いつからかゲリラのメリッサにそっくりな『マリーローズ』という女が寄り添うようになった。時々ジョルジョが無神経に「メリッサ」と呼んでいるが、私はメリッサなんて女は知らない。アレはマリーローズだ。
ウッズマンはガッツリ稼いで愛機を補強し、飲んで食って働く毎日にご満悦だ。
砲兵部隊のウィンズロウは「神の手」で基地を守り続け、相変わらず酒と肉と甘味を愛し続けている。
航空部隊のシンは見事に借金を完済して除隊。晴れて結婚し、どこぞの街で民間パイロットをやっているという。「みんな、俺を忘れないでくれ!」と書かれた、クメソに新しくできたテーマパーク『モッフィーランド』での新婚旅行写真が送られてきたりした。私が演じた「モッフィー」が、顔出し看板になって登場! 顔だけシンに嫁さんで、まさに幸せなバカップルの体現。悪いが爆笑した。
ジョルジョとディアナは、原作のように宇宙へ脱出することもなく、このクメソ王国・エッセンシャルNo.10基地で一緒に働き始めた。
とっ捕まえたプルートゥの奴も、サヴィツキィにあちこちタライ回しにされた挙句、巡り巡って我がエッセンシャルへと戻されてきた。いまやジョルジョ、ディアナと並ぶ『エース3枚看板』である。
異能者にスーパー・ソルジャー2人。エッセンシャル基地はさらに頼られ、同時にさらに敵から狙われる羽目になった。
終わらない過重タスクの毎日に、プルートゥの貴公子然としたハンサム顔も日に日にやつれていき、今では目の下に立派なクマが定着している。ようこそ、我らの仲間の側へ! お前はこの方がハンサムだよ! 汚されてる貴公子にハアハアするお姉さんの需要もありそうだしな。
「プルートゥ! 少しだけ(※本当は大量に)手伝ってくれ! これが終わったら休んで良いから!(物資の隙間にダンボールを敷いて2時間仮眠とか)」
私の呼びかけに、人間兵器たる彼は拒否することを知らない。
「なぜだ……」とか呟いている時がないでもないが、スーパー・ソルジャーの奴がいるとタスクが劇的に捗る。まあ、少し可哀想だが私と組織のためだ!
セシリアは、あのサヴィツキィの奴と結婚前提のお付き合いをしているらしい。
彼女の評価基準は「良い男か」ではなく「良い仕事人か」なのだが、私が「アレは非常に面白い仕事人だぞ?」と推薦しておいたのだ。首相の懐刀で金もあるしな。
秘書が情報部エースと繋がり、クルツ司令は心強さとやりづらさを同時に感じて頭を抱えていそうだ。縁をつないだ私がセシリアとサヴィツキィの晩餐に呼び出されることもある。私にとっても、首相へ繋がるラインは何かと便利だしな。
クルツ司令も生き延びて、エッセンシャルの兵の運用方法を多少は見直した。
私がカイゼン提案書を書き散らし、噛みつき続けた成果だ。
損耗を補うために、パートや派遣……ではなく新人傭兵どもを雑に使い捨てるのをやめさせた。部隊配置までの訓練期間を長く取り、日替わり派遣のように一人一人を部品みたいに取っ替え引っ替えして、不慣れな配属先であっという間に死なせる悪習も減った(完全にゼロにできたわけではないが)。
映画『ランボー』のように、除隊後いきなり社会へ放り出すのではなく、受け皿として基地周辺の様々な企業とのパイプも以前より太くなったはずだ。
工事、警備、機械工場、クリーニング工場、食品工場、交通会社に旅行会社……とにかくありとあらゆる業界へ。エッセンシャルの功績を盾にして、ノックダウン街から予算をしこたま引き出したらしいからな。そこは他にはない強みだ。
「痩せた身軽な組織」を善とし、自転車操業を当たり前にしていたそこらの民間企業だったら、こんなカイゼンをしたら財政が耐えきれずに倒産していたかもしれない。そして一社(政府お抱えの傭兵部隊基地)だけではなく、社会の大きな部分が、流行思想の惰性ではなく「今はこれが必要で適切で妥当だ」という思考のままに動けるならな…と思わなくもないが、それはそれだ。出来たことを誇ろう!
「痛みを伴う過ち」を打ち消すためには、「さらに大きな痛み」が伴う。変えたくても変えたら死ぬなら、出血しながら走り続けるしか無いだろうからだ。
しかし私にしても、前世で固定ベテランを雇う代わりに、毎日派遣されてくる新人に終わらない教育をしながら、二人羽織で自分の仕事量を一人前以上にこなして働き続けた日々を思えば──現世での日常は、少しはマシになった。ほんの少しなのだが、ないよりは遥かにマシだ。
◇
ガン! ガン! ガン!
扉が激しく叩かれる。うるせえ。
「大尉殿! おりますでしょうか!?」
「探したんですがね、ここの他には……!」
枕元の時計を見る。いまは……朝の5時半か。
装甲歩兵格納庫の奥にある部品倉庫。装甲歩兵の機体調整にプログラム修正(サンジェルマン宮殿から回収したアル、バニー、ココ、ドリーたちだ…生きていたのだ!)、諸々を片付けて夜の3時半頃、ここで寝袋に入ったのだった。
「おー……いるよ」
「緊急出動要請です! 前進基地にワーカー・ゲリラの襲撃あり!」
「今出る!」
寝袋から這い出し、傍らの作業服をひっかけて作業ブーツを履く。
グエン軍曹にフランコの奴か。
小汚い格好でうろついていたフランコの奴も、今ではグエンの影響を受けて絹のスカーフを巻いている。あれは単なるオシャレではなく、パイロットとして首回りを保護する実用的な意味もあるのだが、痩せた小男がやるとオシャレを覚えたての中学生男子みたいだな。
フランコ、ルイス、サロ・サリア、ウッズマン、ジョルジョ、ディアナ、グエン、そして半分寝ぼけているプルートゥ。
私は立ち上がり、兵たちの前に進み出て声を張り上げた。
「敵はミサイル部隊に地上部隊だ。砲撃と空爆を存分に食らわせた後、我々が突入して残らず平らげる。全員、機乗!」
『『『了解!!』』』
戦争は決着がつかないまま続いていき、我々は装甲歩兵という名の鉄の棺桶に収まり、ヘリに吊り下げられて戦場へと発進する。
多少なにかに違いが生じたところで、この世界と、その中に生きるちっぽけな我々の扱いと生き方は変わらないし、変えようもない。
舞台を降りる時が来るまでは。
前世の私は、終わらないタスクの連続の中で、キプリングのボーア戦争の詩をもじって呟いていた。
「サービス残業! 失敗! 仕様変更! 倒れる仲間! やり直しに機材の故障! 資材の途絶! しかたなく連勤! 終わることなく! 戦(仕事)じゃ除隊(辞職)になれないな!!」
1915年のテイラー・ホームズ録音のような悲痛な絶叫トーンではなく、いつもの軽妙な調子で。過酷な現場でキプリングを連想するブラックジョークに、自ら笑いながら。
ブーツ、ブーツ、ブーツ、ブーツ、上がり下がりが止まることなし。
戦から逃れられる者もなく、この世で死ぬ日を逃れる術もなし。社会を変える神の力もなし!
ならば私は、限りあるこの身で、ブラックコメディの『優秀な俳優』と『タフな観客』を同時にやり続けてやるまでだ。
ここは特等席だしな。アッハッハ!
そして──帽子を被ったあのクマ公(スモーキー・ベア)が、今日も私を指差して言うことにゃ。
「山火事を防げるのはお前だけだ。Only YOU!!」
【テイヘンズ補足小事典】
● 神話の特等席(臨死体験)
過労死寸前のカーニャが見た走馬灯。前世の家族に温かく迎えられ、「MIA(行方不明)」になりかけた魂を現世へと送り返されました。前世で12歳当時のまま止まっていた弟・姉とのやり取りも、今の社畜カーニャの心の傷を癒す大切な一幕です。
● ジョルジョの受け止め
竪穴へ落ちていくカーニャを、強奪したリヴォルティング・タートルの腕部で間一髪受け止めたジョルジョ。原作のカニュー大尉の悲惨な死を回避させた、主人公(異能者)ならではの超プレーです。なお、人工呼吸(救命処置)をして肘打ちを喰らい、スネました。
● プルートゥの社畜化
ようこそ、我らが仲間へ! 捕縛後、巡り巡ってエッセンシャル基地の『3枚看板(ジョルジョ、ディアナ、プルートゥ)』として組み込まれた元・最強のスーパー・ソルジャー。拒絶を知らない真面目な性格が祟り、カーニャの「終わったら寝て良いから!」という悪魔のささやき(長時間残業)によって、現在すくすくと目の下にクマを育てています。
● カイゼン(改善)活動の成果
カーニャが噛みつき続けた結果、エッセンシャル基地の傭兵使い捨てシステムは多少緩和され、着任までの(比較的)しっかりした訓練、運用、退職・除隊後の再就職パイプ(警備、工場、交通等)が整備されました。ブラック企業風刺でありながら、カーニャの地道な労働運動が確実に世界の一隅を1ミリだけ良くした瞬間です。毎週5%が死んでいた過酷な基地が、どこまで数値的に改善されたのかは、マッククンマラ(元)国務大臣に訊いてみましょうか…?
● キプリングの『ブーツ(Boots)』
ラドヤード・キプリングがボーア戦争時の行軍の狂気を詠んだ詩。行進するブーツの音「Boots - boots - boots - boots - movin' up an' down again! There's no discharge in the war!!」が頭から離れなくなる絶望と労働のメタファーとして、カーニャが好んで口ずさむ社畜ソングの一つとなっています。
● 「山火事を防げるのはお前だけだ(Only you!!)」
アメリカの森林火災予防マスコット『スモーキー・ベア』の有名標語。
「Only YOU can prevent forest fires!」。
誰も代わってくれない、自分ひとりに押し付けられる責任とタスクの象徴として、このクマも、カーニャの頭に住み着いて?離れません。