装甲歩兵テイヘンズ TS転生・労働生命体カーニャ   作:水辺ロープ

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28  勘違い恋愛閑話

軍医編

 

エッセンシャルNo.10基地には、「ヘビのような」と陰口を叩かれる名物が二人いる。

一人は装甲歩兵部隊のカーニャ大尉。もう一人は軍医のジャック・ワイズマン大尉だ。

 

二人とも痩せて目の下にはクマを作り、目をギラギラさせながら、毎週5%の兵員が死ぬエッセンシャル基地の兵の死亡率を現状未満に抑えるために走り回っている。

もっとも、これは「効率化」と称して組織の根幹の人手を削った結果、組織自体が過重労働なしでは存在できなくなっている構造的な欠陥のせいでもあるのだが。

 

ワイズマンはかつて政府系の診療所にいた。地域の医療に携わっていた折、ゲリラに拉致されて殺されかけ、診療所を潰された。診療所を再建すれば、今度は政府軍から「ゲリラ拠点ではないか」と疑われて爆撃され、殺されかけ──その時、妻のラクエルと幼い息子、娘がこの爆撃ですべて死んだ。

 

その絶望の底でエッセンシャル基地のスカウトに乗り、ここへ流れ着いた。

地域医療ではなく軍の医療がメインではあるが、自分の技術を生かせる数少ない場所だった。

 

そして今、彼には小さな、しかし確実に胃を抉る悩みがあった。

エッセンシャル基地のもう一人のヘビ──カーニャ大尉のことだ。

 

彼女は医務室の常連だった。

過重労働で高熱を出して倒れ、戦場で負傷して運び込まれ、そしてまた戦場へ戻っていく。それを何度も、何度も繰り返す。

 

他の兵たちのように、1ヶ月ごとに性病にかかって現れることを繰り返した挙句、5ヶ月もすれば「いなくなる(=戦死してそれっきり)」ということがない。

 

治りきっていないうちに「ありがとう、助かった」と勝手に軍務へ復帰し、3ヶ月もしないうちにまた別の何かで戻ってくる。

敵に包囲されて自陣へ砲撃と爆撃を要請した結果、瀕死で運び込まれてきたときは、さすがのワイズマンも「あんたはバカかねッ!」と本気で激怒し罵倒した。

 

それなのに、奴は気がついたら病室を抜け出して現場へ戻り、逃げ出さないように見張れば、今度は点滴をぶら下げたまま病室で仕事をし始めるのだ。

彼女は「自己責任ですから!」と言うものの、こんな調子で死なれたら、担当医であるワイズマンの責任問題は免れないはずだ。他の安静が必要な傷病者への悪影響も計り知れない。

とはいえ、慢性的な人手不足のため、他の誰かに丸投げして自分の担当を拒否するわけにもいかない。

 

やられては治療し、いなくなり、またやられて戻ってきては治療する。

「抜け出したりして、死にたいのか!」「いい加減に死にますよ!」と毎回怒鳴りつけても、本人は申し訳なさそうにしながらも、なぜか妙に嬉しそうに「前世でも言われたなあ。申し訳ありません、気をつけます」と意味不明に返すのが腹に据えかねた。

 

いつしかワイズマンは、「彼女を死なないように監視・心配すること」が、自分の仕事の大きなウェイトを占めるようになってしまっていた。

次々と運び込まれては死んでいく大勢の患者の中で、「特別」などあり得ないはずなのに、これだけ手古摺らされた彼女は間違いなく「特別」だった。

 

──もっとも、それは「特別に面倒くさい意味で」である。

可能ならば、二度と自分の前にその顔を見せないでほしい。もちろん、死ぬなら自分の目の届かないところでやってくれ!

 

「またカーニャ大尉がお見えです!」

 

医療担当兵の声がするたび、ワイズマンの胃が激痛を訴え、尋常ではない負担となる。それを避けるため、彼は彼女に対して自然と「特別(隔離)の配慮」をするようになっていった。

 

しごと柄、運び込まれるのは仕方が無い。だが度重なる脱走は困る。その対策として、ついに彼女の手首に発信器つきの腕輪を装着させた。

 

「ドク! カーニャ大尉が戻りません!」

「なんだと!」

 

発信器の反応を追うと、1時間以上もトイレに入ったままになっている。勝手にトイレに行って気が付かれず倒れている恐れがある。

ワイズマンは血相を変えて駆けつけた。

 

「大尉! 返事をしたまえ!」

 

しかし、倒れているはずの彼女の代わりに、トイレの床にはポツリと──外された発信器つきの腕輪が転がっていた。

 

「あのバカアマッ! また抜け出しやがったな!!」

 

それからは、巡回時に彼女がベッドにいるか確認するよう、周囲のスタッフにも厳しく指示するようになった。

 

「いいか、あんた! 用事のときは必ず人を呼ぶんだ! 一緒に動け。あんた一人では勝手に動くな! 立つのも動くのも禁止だ、呼吸や心臓を動かすことさえ私の許可を得たまえ!!」

「わかりました!」

 

返事だけは、相変わらずすこぶる良いのだが……。

 

外部の伝令兵が来た直後に一緒に消えていたり、窓から見事に脱走したり、物資の補給トラックに紛れて外へ出ていったりと、彼女はまるで脱走の手口のデパートのようだった。

やらかされるたび、その手口を防ぐための対策業務が増えていく。余計な仕事である。

 

ついにブチ切れたワイズマンは、彼女を拘束衣でガチガチに縛り、鎮静剤を飲ませてベッドに物理的に固定したこともあった。それでも、気がつくと隙を突いて消えているのだ。

 

「ドク、カーニャ大尉がまた運び込まれました」

「またか……」

 

ワイズマンは眼鏡を外して深々と額を押さえた。

 

「あー、ドク、お世話になりまーす」

 

白々しい、塩らしい演技をしながらストレッチャーに横たわっている。

 

「今度は何が原因だね?」

「ゲリラにとっ捕まりましてね。鎌槍の石突でボコボコに殴られまして。まぁ、自力で無事に脱走してきましたけど」

「脱走ね。いつもここから華麗に脱走するあんたなら、ゲリラの捕虜収容所から脱走するくらい造作もなかっただろうよ」

「いやぁ、それほどでも。ハッハッハ!」

 

嫌味すらも全く堪えていないらしい。

敵に鎌槍で殴られたという痛む胸をアピールするように、彼女は大袈裟に胸を大きく上下させて笑う。

 

「⋯⋯喜びたまえ。骨にも異常はないようだな」

医療者相手なので平然と大きくはだけてくる胸を診てから…

 

「ドク、ついでと言ってはなんですけど、その、折入って相談が……」

「負傷治療のついでに豊胸手術はしない!  馬鹿も休み休み言ってくれ!!」

「いやその、胸周りを負傷して、小さくなっている可能性があるので、修正を…」

「君の乳は過去から、今も、未来も、ずっと平らで小さいままだ! その方が弾にも当たらなくて良いだろう!」

 

怒鳴って彼女を追い払ったあと、ワイズマンは改めて発信器を再装着させ、病室の監視カメラのスイッチと角度を確認することを命じ、自分自身にも言い聞かせた。

 

「あれの体調やクセも、わざわざカルテを見なくても分かるようになってきてしまった……。だが、あれが医務室に来るたびに、胸が妙にドキドキする」

 

「ドク、それってまるで、大尉に恋をしているみたいですね」

 

中年の衛生兵がニヤニヤしながら冷やかしてきた。

 

「馬鹿も休み休み言いなさいよ! なんであんなお騒がせ極まるトラブルメーカーに……!」

「でもあの人、周囲への気配りは欠かさないし、親しくなった人からは意外に評判が良いですよ」

「そうそう、みんなで食べてくださいってこっそりお菓子の差し入れをくれたり」

「働き者だし、実は大穴の優良物件じゃ……」

「今のうちに声をかけておかないと、他の男に取られちゃいませんか?」

 

周囲の衛生兵どもが好き勝手なことを口々に言い出す。こいつら、面白がって面白半分に煽っているに違いない。

 

「気配りするなら、ここに繰り返し出入りしないことのほうが、よっぽどありがたいよ! 出来ることなら、二度と私の前に顔を見せないでほしいね! 死ぬなら私のところ以外で頼む!」

 

……そんな捨て台詞を吐き捨てた直後、彼女のベッドの方から微かな痙攣の気配を悟って慌てて急行したり、呼吸が苦しそうになっているのを発見して駆けつけたり、心臓マッサージの体勢に入ったりしてしまうのはなぜだ。

 

「大尉の変化を察知するの、ドクが一番早いじゃないですか」

「そうそう、全身で彼女を感じて追ってるみたいですよ。もうこれ、彼女への愛では?」

「いつもあの人のことばかり考えてるんじゃないですか?」

「拘束して鎮静剤を打ってでも、傍に置いておきたいとか?」

「……馬鹿なッ!!」

 

そんなはずはない。あいつが迷惑極まりないからこそ、自分の警戒レーダーが常に外れないだけだ。絶対に、そのはずなのだ。

山ほどいる患者たちのなかで、あの女だけが特別だなどと……そんなことがあってたまるか。

 

でも……あれ?

彼女のふとした表情、笑顔、声のトーン、しぐさが、一人でデスクに向かっているときも鮮明に頭に浮かんでくるのはなぜだ。

(※それは診察時のデータ収集であり、繰り返される脱走の兆候を論理的に読もうとしているから)

 

彼女の身体の隅々まで把握し、その筋肉の動きまで手に取るように分かる気がするのはなぜだ。

(※それは外科手術や日々の診察、入院時の清拭やリハビリを幾度となく繰り返してきた医療従事者としてのプロ意識から)

 

彼女の、恥ずかしい? 内面まで知っている気すらするのはなぜだ。

(※それは物理的な内面。具体的には内視鏡検査やレントゲン、エコーの結果を何度も見ているから)

 

彼女の存在が、脳裏からどうしても離れないのはなぜだ。

(※それは単なる過重労働による慢性疲労と職業病、あとは単純に担当する頻度が異常に高かったから)

 

「全身で彼女を追っている」だと? 馬鹿な!

いや、しかし……いつかの夜は、夢にまで出てきたぞ。

(※また病室の隙を突いて脱走される悪夢だった。彼はただ、極限まで疲弊しているだけなのだ)

 

馬鹿な……。

 

ある日の深夜。またいつものように「逃げ出していないか」を確認するため、ワイズマンは静まり返った病室へ深夜の巡回に赴いた。

強力な麻酔の効果もあり、彼女はさすがに深く眠り込んでいた。流石にここから真夜中に這い出して逃げることはしないだろう。

 

気道が塞がらないよう、苦しくないよう、体位と枕を整えてやったとき──その無防備な寝顔を間近で見てしまい、ワイズマンは思わず息を呑んだ。

 

「あ……」

 

その顔立ちは、かつて爆撃の中で彼の身体を身を挺して守り、命を落とした亡き妻・ラクエルに……どこか似ている気がした。

長年の過重労働ですっかり痩せこけ、通った鼻筋と高い頬骨、そして目の下に深く刻まれたクマの感じが……よく似ている。

(※長く過重労働を続けた人間が極限まで痩せると、誰だって大体そんな面構えになるものなのだが)

 

「あ……ラクエル……」

 

動揺したワイズマンは、これ以上彼女の顔を見ないように慌てて身を翻し、その場から足早に逃げ去った。

 

それからというもの。

ワイズマンはカーニャが運び込まれてくるたび、露骨に距離を取り、視線を一切合わせず、ひたすらカルテの書類やモニターの数値、キーボードだけを睨みつけるようになった。

亡き妻・ラクエルの幻影をあの女に重ねてしまうような、これ以上自分の心を刺激する要素を増やしたくなかったのだ。

 

しかし、彼のそんな必死の回避行動とは裏腹に、周囲の「スズメども(女性衛生兵たち)」の姦しさは日増しに悪化していった。

 

「ドク、想いが重なりすぎて、最近は直視することも、近づくこともできなくなっちゃったんですか?」

「エッセンシャルのヘビ×ヘビの職場内恋愛カップルって、なんかすごく色っぽくて素敵な話じゃありません?」

 

ワイズマンは完全に追い詰められていた。

主に、周囲の衛生兵どもの口の悪さと面白半分の冷やかしによって、自分の内面の動揺を「カーニャへの抑えきれない恋情」ということに勝手に紐づけられ、逃げ道を塞がれていた。

 

そしてある日、追い詰められてすっかり気弱になっていた彼は、魔が差してとんでもない世迷いごとを口走ってしまったのだ。

 

「あー……大尉。君も……いろいろ長いつきあいだし……今度、食事でもどうかな……?」

「……はい! 喜んで!!」

 

後日。

彼女の善意と「面倒見の良さ」が全開で発揮され、なぜかカーニャ大尉主催による『医務局スタッフ全体をねぎらう大慰労会』が盛大に開催されてしまった。宿直のメンバーのために、二交代制で。

 

しかも当の本人は、日頃から疲弊している衛生兵たちのテーブルを回り、酒を注ぎながら悩みを聞いて熱心にケアに徹している。ワイズマンは目的の彼女に近づくことすら、ほとんどできなかった。

 

一次会の締めの挨拶では、なぜかカーニャが突然あやしい手品を披露して手から本物の現金を出すと、「さあ、二次会はこの神から授かった予算でカラオケだー!」とスタッフを引率して大移動。

幹事の手際も完璧で、誰も酔いつぶれることなく全員が無事に帰宅するという、完璧で優良な段取りの慰労会は幕を閉じた。

 

──翌日、自室のベッドで天井を見上げながら、ワイズマンは完全に我に返った。

 

「どうしてこうなった……ッ!!?」   

 

 

「ドク! またあの人が……!」

そして慰労会はあったものの、運び込まれては脱走するカーニャを追いかける騒ぎの日々にも終わりはなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

タイガースのリーダー、ケン編

 

ケンには気に入らない女がいた。

彼の縄張りであるアジトとストリートにふらりと現れる、カーニャという女だ。

 

彼のストリートギャング(?)チーム『タイガース』の仲間たちが「生意気な女がいる」と彼女に襲いかかったところ、あっという間に全員が返り討ちにされたのが出会いだった。

連絡を聞いて駆けつけ、正面から堂々と立ち向かったケンもあっさり無力化された。

 

女性にしては長身で、痩せているがしなやかな筋肉質。ケンの全力を平気で受け止め、涼しい顔をしている。

パンチにキック、肘打ち、締め技。上からの奇襲、背後からの奇襲、下からの奇襲。

 

ケンは彼女を見かけるたびに、隙を狙って何度も、何度も挑んだ。しかし、結果はすべてケンの敗北に終わった。

 

「生き延びるには、細心の神経と鋭い判断力が必要なんだよ」

 

彼女はいつもそう言っていた。

ケンがストリートの喧嘩で傷を負ったときは、手際よく応急処置をしてくれたし、気がついたらストリートのライバルグループたちも彼女に服従し、いつの間にか手打ち(和解)にされていた。

 

彼女がなぜ自分たちのもとに現れるのかは分からない。とにかく気まぐれな女だった。

「おー……」とか「よっ!」と適当な挨拶をしながらふらりと現れ、そこらのものをツマミ食いしては、気がついたら「じゃあな!」と去っていく。

 

意地悪をしてやった数日後、もう来ないだろうせいせいする、と思っていたら「食べな!」と手作りの大きな鍋を持ってきたこともあったし、彼らのアジトで勝手にスープを作ったり、米粉うどんを打ったり、粉でパンやピザを焼いたり、さらには簡単なクッキーや焼き菓子まで作っていったりもした。

 

彼女曰く、

「粉ってのは便利だからね。友達みたいなもんさ。ゼンセイじゃあ、うどんや蕎麦も手打ちしたもんさ」

 

『ゼンセイ』という街がどこにあるのかは知らなかった。

肉や魚と野菜を炊き込んだ飯や、「イモノコ汁」と呼ぶスープも絶品だった。プロの料理人というほどではないが、家庭料理としては間違いなく満点だろう。

 

カーニャは喧嘩が強くて、料理もできる。

それに、容姿だって悪くはなかった。目つきが悪くて痩せていて顔色は悪いが、どんな無茶な状況でも笑ってこなしてしまうその表情は、よく見ればかなり魅力的だった。

 

彼女が来るたび、楽しい時間があった。ケンの胸が躍った。なぜ彼女が来るのかはわからない。もしかしたら、俺に会いに来るのかもしれない…?

 

……胸と言えば、彼女の胸はあまり「……」だった。

以前、結構無造作に抱きつかれた時の感触は「……」だったし、目の前で胸元が見えるようなかがんだ姿勢で作業をしていた際、思わず見えてしまった胸は下着もブカブカで──まさに「まな板に干しブドウ」状態だった。

 

まあ、それはどうでもいい。

向こうが見せつけたわけではないし、ケンも故意に覗き込んだわけではないのだ。

ポカンと見惚れていたケンは、慌ててそっぽを向いてから宣言した。

 

「き、貴様! 俺の女になることを許してやる!」

「あー、はいはい」

 

笑ってあっさり流された。

それでもケンは「俺の女」を守るため、『タイガース』の仲間や女子たちにカーニャへの攻撃や悪ふざけをやめるよう指示を出した。ストリートのライバルたちにも通達を出したが、その生意気な女はすでに周囲から一目置かれた存在になっていた。

 

仲間の女子からの反応はすこぶる冷たかった。

「何言っちゃってんの。一番突っかかってたの、アンタじゃない!」

 

彼女はたいていズボン履きで、たまにスカートを履いていても動きやすさを重視しているようだった。

夕方、猛烈なスコールでズブ濡れになって飛び込んできた時は、肌に張り付いた服をさっさと脱いで乾かし始めたので、ケンの方がパニックになってうろたえた。

なお、周りの大人ぶった女子たちよりも子供っぽい、うさぎのプリント下着をつけていた。いやそんなことはどうでもいい。

 

ケンが素直に接しなくても、勝手にやってきては手早く掃除を済ませたり、手早く一品作っていったり。平気で無防備な姿を晒したり。

彼女は本当に俺に心を許していて、気があるのではないだろうか?

 

「あー、よくやった。お前、褒美に俺がキスしてやる!」

 

意地を張りながらも抱きついて唇をつけるケンに、彼女は笑いながら額や頬にチュッとキスを返してきたりしたものだ。

 

  ◆  ◆  ◆

 

ある夜、白いドレスを着て(第九の)発表会に出た彼女は、息をのむほど綺麗だった。

 

その夜の遅く。彼女はすっかり酔っ払ってドレスのまま、彼と仲間たちのいるアジトへ押し掛けてきた。

ぐちゃぐちゃに絡まり合いながら、仲間の男女とベッドへ転がり込んだ彼女を見て、謎の欲望と嫉妬がケンの胸を焼いた(※まとわりつくガキどもとそのままベッドに入っただけ)。

 

思い切り彼女を組み敷いてやった(※勢いよく抱きついただけ)。

彼女はケンの身体を抱き締めながら、そのままスースーと寝入っていった。

 

誰も見ていないことを確認してから、ケンは眠りについた彼女の唇に、そっとキスをした。

ケンはゾクゾクした。自分は彼女を手に入れている。彼女はケンに応えて彼の腕の中で寝た女なのだ!(※まとわりつくガキどもとそのまま雑魚寝しただけ)

 

翌朝。彼女が大胆にも薄く白いドレスのまま、ケンを誘って一緒にシャワーを浴びた時には興奮した(※おねしょで汚れたガキ共をまとめて風呂場で丸洗いしただけ)。

でも、仲間たちも一緒だった。くそ、浮気女め!

 

  ◆  ◆  ◆

 

ある時、ふらりと現れた彼女の隣には、見知らぬ男がついていた。

ワイズマンとかいう、痩せていて、街中だというのに白衣を着たメガネの男だ。

「何で君はふらりといなくなってはこんなところに寄っているのだね!?」

 

カーニャ自身は全く気がついていないようだったが、説教する白衣の男の視線と意識は、常に彼女の動きを追いかけていた。

 

(彼女を取られてたまるものか……!)

 

ケンも必死で彼女について回り、彼女がやろうとすること(荷物運びや雑用)を先取りしてフォローしようとしたが、ワイズマンとかいう男も全く同じ動きをしていた。

 

カーニャがちびっ子ハウスの面々にお茶を出してやろうとしていたら、ケンは戸棚から全員のカップを出して揃えておいた。

「俺がやる。あんたは座ってな」

勝手を知らないワイズマンは悔しそうにしていたが、隙を見て飲み終わった子のカップを流しに回収して洗っていた。

 

カーニャが町中で物欲しそうにコーヒー屋台に視線を飛ばして何か言おうとした時には、ケンとワイズマンは争ってコーヒー屋台に突進していた。

 

ケンが屋台の椅子を引いて座らせてやったら、カーニャは頭を撫でてくれた。満足と優越感に浸るケンを見て歯噛みしていたワイズマンは大人の経済力で別の屋台でサンドウィッチ(バイン・ミー)を「人数分」買って持ってきた。

「お⋯⋯礼は、言わねえぞ」

「結構だ。お前のために買ったんじゃない」

「あんた、大人げないな!」

 

ケンとワイズマンは、競うように彼女の動きを先回りしようとしては、バチバチといがみ合った。

 

(負けてたまるか! 俺は彼女と──寝ている隙に一方的ながら──キスをして、彼女に抱かれて寝た男だぞ!)

 

「お前ら、なんか仲悪いな……」

 

コーヒーを飲みながらカーニャが呆れたように呟く。

 

軍医ワイズマン(30代)と、戦災孤児支援施設『ちびっ子ハウス』のケン(10歳)による、カーニャを巡る不毛で年甲斐のない暗闘は、本人を置き去りにしたまま今日も続くのだった──。

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