やられた。
原作の『テイヘンズ・クメソ編』では、無能なカニュー大尉が主人公ジョルジョを単独で突っ込ませて囮(使い捨て)にする。そしてわざと救援を出さずに嫌がらせをしている間に、回り込んできたSS(スーパーソルジャー)のプルートゥ率いる装甲歩兵隊にまんまと包囲され、雨あられと砲撃を浴びる危地に陥るのだ。しかもプルートゥの乗るカスタム機「ストーキング・スナッパー」と交戦して徹底的に叩きのめされ、日頃のパワハラの報いを受けるハメになる。
今世では、私(カーニャ大尉)がジョルジョを囮にする命令さえ下さなければ、そんな失態は起こらないはずだった。しかし、地の底の運命の神は狂犬副官フランコの脳をバグらせ、私の周到な安全第一計画を木っ端微塵に打ち砕きにきた。
だが、まだ手はある。前世で数々のデスプロジェクトの火消しをこなしてきた私を舐めるな。
私は即座に残された部隊へ通信を入れた。勝手に突撃したフランコ隊の右翼と左翼を固めるように、すぐさま部隊を前進させる。だらだらと時間を潰して包囲されるという、原作通りのマヌケな愚を避けられれば勝機はある。上手くいけば敵を逆に包囲、悪くてもしばらくは対等にがっぷり四つに組んだ状態(膠着状態)に持ち込める。
その隙に、SSプルートゥの「ストーキング・スナッパー」の位置を把握し、後方へ長距離砲撃を要請して、奴が猛威を振るう前に一気に消し飛ばしてしまえばいい。――その際、大変不幸な「偶然の事故」によって、敵中で混戦状態のジョルジョやフランコが味方の砲撃に巻き込まれるかも知れないが、それはまぁ、業務上の不可抗力(労災対象外)、または神の手というやつだ。仕方がない。
私は左翼側の部隊を直率して前進し、密林の闇から現れたワーカー・ゲリラの装甲歩兵「リヴォルティング・タートル」を照準に捉えた。
「やれる! 一気に叩くぞ!」
そう確信した瞬間、私の僚機が立て続けに火を噴き、擱座した。
グリーンの敵機体群の奥から、ひときわ獰猛かつ、物理法則を無視したような滑らかな機動で迫り来る蒼い機体――。 SSプルートゥが操る乗機、「青い死神」コードネーム「ストーキング・スナッパー」だった。
私は必死に銃撃を浴びせながら移動するが、奴はスケートでもしているかのように左右にスラロームして射線をかわし、我が僚機を次々とハントしながら、一直線に「私」の機体へと肉薄してくる。
「こっちに来るなァ!」
必死で愛機ボーリング・ビートル「ホワイト・ラビット」の操縦桿を動かして銃撃を浴びせるが、奴の動きはまるで残像だ。レティクル(照準)に全く捉えられない。 ドンッ!という凄まじい衝撃。機体に激突され、よろめいたところを無慈悲に殴られ、地面へと蹴り倒された。
(まずい、殺される……!!)
血の凍るような恐怖のなか、私は半狂乱で操縦桿とフットペダルを泥まみれの床に叩きつけた。死に物狂いで機体を地面に転がしたおかげで、蒼い機体による致命的な追撃だけは免れたが、容赦のない銃撃が我が愛機に何発も突き刺さる。 機体が激しく震動し、コクピット内を破片が金属の散弾となって飛び交った。機体を泥まみれで転がしながら必死にヘビィマシンガンを撃ち返すが、敵影はカメラアイの視界にすら掠らない。
私はボーリング・ビートルを巨大な熱帯樹の陰へと滑り込ませ、必死に反撃の弾幕を張りながら、味方がいる方角へと脱兎のごとく逃げ出した。
しかし、プルートゥの蒼い機体は、まるで獲物を見つけた猟犬のように執拗に追いかけてくる。
なんでだよ! 機体のコードネーム(ストーキング)にちなんだ行動なんかリアルでしないで欲しい!! こんな『うさぎとかめ』は嫌だ!
一切の反撃を潰され、私はどんどん追い込まれていく。機体の腕部、脚部、胴部が立て続けに被弾し、金属の悲鳴を上げる。コクピット部の私が直接ブチ抜かれなかったのは、単なる幸運に過ぎない。私は目から涙を、鼻から不細工な汁を流し、情けなく喉をヒィヒィと鳴らしながら、「ただ次の一秒」を生き残るためだけに全ての反射神経をベットした。
ついにダメージ蓄積で頑張ってくれていた愛機「ホワイト・ラビット」が沈黙した。そこに強烈な体当たり。地面に組み伏せられ、頭上からストーキング・スナッパーのヘビィマシンガンの銃口が、私(コクピット内)に向けて真っ直ぐに突きつけられる。
絶体絶命。
アドレナリンも切れて恐怖でガタガタと震える身体は、もしかしたら、ほんの少しだけ下半身の決壊を許してしまっていたかも知れない。いや、「かも知れない」であって、事実ではない。断じて! お尻のあたりがじっとりと不快なのは、ジャングルの湿気のせいだと言い切れる。
ここで生き延びたとしても、「個室でセクハラストーカーを働いた」などという悪意ある中傷の挙げ句、「敵に追われて失禁した女将校」などという徳川家康もかくやという「事実無根」の誹謗中傷まで付け加えられてたまるものか! 私の残された尊厳(と今後の有給申請)がかかっているんだぞ!
――ズガァァァン!!
突如として爆音が響き、頭上の蒼い機体が衝撃とともに大きく吹き飛んで後退した。
見れば少し離れた位置から、ジョルジョの機体「エキサイテッド・ドッグ」が取り回しやすく銃身を切ったヘビィマシンガンを構え、蒼い機体へ向けて的確な波状攻撃を叩き込んでいるところだった。
私が死に体のレバーとペダルを乱暴にへし折らんばかりに動かし続けると、可愛いボーリング・ビートル「ホワイト・ラビット」は奇跡的に再起動し、這うようにしてどうにか退避行動に移ることに成功した。
原作の知識が脳裏をよぎる。危地に陥った原作のカニュー大尉は、助けに来た主人公に対して傲慢に「早くやつを始末しろ!」と命じ、視聴者から「なんという小者感だ!」とバッシングを受けていた。あれは実によろしくない態度だ。
だが、今回に関して言えば、私がここまで追い詰められたのは、ジョルジョ(とフランコ)が勝手に突進して戦線に致命的な隙を作ったせいである。その後手後手のリカバリーに私が奔走させられた結果なのだから、ジョルジョが私を助けるのは業務上の当然の義務(カバーリング)ではないか。
交戦する、エキサイテッド・ドッグとストーキング・スナッパー。 実力はややプルートゥが上回っているように見えた。さらに戦いの途中から、明らかにジョルジョの動きに奇妙な「手加減」が混ざり始めた。
……待て。こいつ、まさかプルートゥのことを、脳内彼女であるSS「ディアナ」だと勘違いしていやがるな?
私はコクピットの中で、恐怖を通り越して猛烈にムカついてきた。
こいつときたら、原作で「ディアナ、ディアナ」と思いつめ、ストーカーの如く敵地に単身潜入した挙げ句、ディアナが兵器としてのメンテナンスのためにシャワーを浴びているところを物陰からじっと眺めたり、そこへ平然と踏み込んで声をかけたりしてきた前科があるのだ。
ディアナの方は、いきなり現れた不審者を刺激しないよう、平然を装い当たり障りのない会話をしながら、隙を見て奥に逃げ出している。
私の不名誉な噂「個室セクハラ・ストーカー大尉」は100%事実無根の冤罪だが、目の前で奇妙な手加減を見せるこの男は、正真正銘のセクハラ&ストーカー行為を働いておきながら、反省も自覚もゼロ。それどころか、戦友や世間(視聴者)から責められることもなく「純愛」として片付けられているのだ。
私は激怒した。必ず、かの悪質なセクハラストーカーを罰せねばならぬと決意した。 私には、軍事機密たるSSに対抗する具体的な方法など分からぬ。けれども、自分自身へ課せられる不当な労働環境と運命に対しては、人一倍に敏感であった。
激した私は通信機のスイッチを叩きつけ、思わず怒りを込めて叫んでいた。
「何をもたもたしている! 早くやつを始末しろ、ジョルジョーーッ!!」
命を救ってもらった直後であることなど完全に忘却し、原作のカニュー大尉と寸分違わぬ、実に傲慢で高圧的な小者感満載の声が、通信回線を通じてジャングルへ響き渡った。
※フランコ。カーニャ配下の傭兵、クメソ王国の工業地帯の下町、スラムの生まれと育ち、喧嘩っ早く、酒ばかり飲んでいる。酒が足りない時は酒に洗剤などを足したりして酔っている。おかげで更に頭が飛んできている。カーニャとは傭兵基地での腐れ縁。
※リヴォルティング・タートル。反政府軍が使う大型装甲歩兵。ジャングル戦に向けた水陸両用。大型ながら消音性に優れ、密かに接近しての急襲に向く。政府軍は「ピーピング・タートル」、覗きをする亀というスラングで呼んでいるが、語源は不明。
※ストーキング・スナッパー。リヴォルティング・タートルを生体兵器SS搭乗用にチューンした機体。追尾し待ち伏せし、相手にとって欲しくない不慮の死を贈る獰猛なワニガメ。