「何をもたもたしている! 早くやつを始末しろ、ジョルジョーーッ!!」
私の傲慢極まる叫びが通信回線に響き渡った直後、ジョルジョの機体「エキサイテッド・ドッグ」が急激な制動をかけた。 対するプルートゥの「ストーキング・スナッパー」の動きもピタリと止まる。
そしてなんと、エキサイテッド・ドッグのコックピットハッチがいきなり全開になった。中から現れたジョルジョが身を乗り出し、生身の体を晒したまま、ストーキング・スナッパーのカメラアイに向けて絶叫する。
「やめろ! 俺だ!」
――誰がそんな命懸けの説得をしろと言ったァァァーーッ!!
やりやがった。周囲をどれだけ凄惨な災厄に巻き込もうとも自分だけは絶対に生き延びる異能生命体が、原作第2クールにおける最大の名シーン――ディアナ(と勘違いしたプルートゥ)との戦闘を回避するために己の身を晒す、あの伝説のパフォーマンスをこの最悪の状況で実行しやがったのだ。
「俺だ! お前のジョルジョだ!」
さらにジョルジョの暴走は加速する。あいつは身を乗り出すだけでなく、戦闘服のジッパーを乱暴に引き下げると、上半身の衣類を脱ぎ捨てて叫び散らした。 うわぁ、原作より描写が格段にヒドい。
いきなりジャングルのど真ん中で上半身裸になった見知らぬ男から、「俺はお前のものだ!」と電波全開の歪んだ愛をぶつけられた人間兵器、スーパーソルジャー(SS)のプルートゥ氏(※男)の困惑は想像を絶するものだったに違いない。公共の公園のベンチに座っていたら、突然ツナギを着た男がすり寄ってきて公衆トイレで『やらないか?』と真っ直ぐな眼で迫られた時と同じくらいの危機感を覚え、宇宙的パニックを起こしたはずだ。
そして、その困惑の次に訪れる感情は、純然たる「恐怖」、そしてその恐怖の根源を消滅させたいという衝動と本能である。 早回しのビデオのような超絶速度で、ストーキング・スナッパーのヘビィマシンガンがジョルジョへと向けられ、猛然と火を噴いた。 当然だ。私ならそう思うし、私でも迷わずそうする。通報案件だ。
しかし、土の底からすべてを冷ややかに眺めている自称・運命の神の不平等な依怙贔屓(えこひいき)により、ジョルジョはヘビィマシンガンの掃射を浴びて肉片にされることもなく、あろうことか身をかわしながら放った護身用大型拳銃の精密射撃で、無敵のSSが操る装甲歩兵のメインカメラを見事に破壊してみせた。そうして当のジョルジョ本人は、さっさと身軽にジャングルの闇へと紛れ込んで消えた。
消えたのだ。
あとに残されたのは誰か。
上半身裸の不審者の求愛を受け、視界を奪われ、怒り狂ったプルートゥのストーキング・スナッパーが、次にその銃口を定めたのは――ジョルジョに攻撃を命じた張本人である「私」のボーリング・ビートルだった。
生身の歩兵よりは装甲歩兵、ただの装甲歩兵よりは指揮官機、そしてただの指揮官よりは「自分をこんなヒドい目に遭わせてくれた指揮官」を優先して血祭りにあげる。そこには戦術上の計算だけでなく、抑えきれないドス黒い怒りの感情が乗ることは、いくら感情を統制された人間兵器であっても変わりはなかった。
「うひーーーっ!?」
私はオーバーヒートの白煙を上げる愛機ボーリング・ビートル「ホワイト・ラビット」の操縦桿を死に物狂いで引き、必死で泥濘を逃げ回った。『うさぎとかめ』ホラー版である。
カメラを壊されて精度が大幅に落ちただろうプルートゥは、完全に怒りに我を失って暴走しており、あろうことか味方機であるはずの「リヴォルティング・タートル」をも巻き添えにして粉砕しながらも、執拗に私を追尾し、絶対に諦めようとしない。
労働者の権利を勝ち取るための『反乱(リヴォルティング)』の機体が、身内のブラックな暴走に巻き込まれて文字通り『胸糞悪い(リヴォルティング)』残骸にされてるじゃないか!やっぱり、常軌を逸した狂気(あるいは阿呆な求愛行動)を受けて激怒しておられる!!
「あのジョルジョのクソ野郎のおかげで、状況が100倍悪化してるじゃないかぁぁぁ!!」
私は一発避けるごと、次の1秒を生き延びるごとに、泣き笑いの狂った悲鳴を漏らしながら逃げ続けた。 私がただの一般兵なら、ここで確実に物語は最終回を迎えていただろう。
しかし、原作で神に守られたチート主人公と並び、一部のファンから「無能生命体」と評された(これ、本当に評価なのか?)カニュー大尉・・・こと現カーニャ大尉である私の驚異的なサバイバル能力が、ここで最後にして最悪の、原作にも無い独自のカードを切らせた。
私は通信機の回線を開き、狂ったように叫んだ。
「状況は壊滅的! 我が部隊は完全に窮地に陥った! 砲兵隊、撃て! 【私目掛けて】長距離砲撃を叩き込んでこい!! 我々もろとも、まとめて敵を吹き飛ばせぇぇぇ!!」
狂気には、さらなる狂気を。 これぞ前世のデスプロジェクトで培った、炎上した現場ごとすべてを「なかったこと」にする究極の火消し(物理)である。
生き残れ、ただこの日、この瞬間を。それこそが、我々『テイヘンズ』が戦場で奏でる、泥と硝煙の鋼鉄のララバイだ。
数秒後、私たちの頭上から無数の重砲弾が降り注ぎ、辺り一帯は敵味方の区別なき、味方の長距離砲撃による地獄絵図と化した。
◇
私が「自爆覚悟の無差別砲撃要請」というイカれた切り札を切ったおかげで、プルートゥ率いるワーカー・ゲリラ部隊は甚大な被害を被り、ミサイル部隊も多数の残骸を残して撤退。
我がエッセンシャルNo.10の遊撃部隊も、名うての「蒼い死神」と交戦しながら、奇跡的な痛み分け(※生存者少数)という形でどうにか生き延びることができた。
ちなみに、衛星軌道から生身で落下しようが、全身を焼かれようが、心臓をブチ抜かれようが次の週には涼しい顔で復活する異能生命体(ジョルジョ)は、装甲歩兵の防護すらなしで至近距離の砲撃に巻き込まれたにもかかわらず、かすり傷一つなく生還していた。
私の愛機ボーリング・ビートルの「ホワイト・ラビット」は原型を留めないほど大破し、すべての機能を喪失していたものの、頑丈なコックピットカプセルだけは奇跡的に潰れず、中の私をギリギリで生かし続けてくれていた。ありがとう、うさちゃん。
「大尉殿ーーーッ! 生きてますかい!? うわあ、こりゃまたひっでえ有様だ!」
砲撃の余波による熱気の中で動けなくなっていた私を、コックピットのハッチをこじ開けて救出したのは、我が「忠実」なる副官フランコであった。
あんな無差別砲撃の地獄の中に、これほど統制の利かないお調子者どもを不公平に生き残らせるとは、地の底に住まう運命の神様(いや悪魔か?)とやらは間違いなく安物のアヘン入りジンをあおったド腐れ泥酔野郎に違いない。
ひしゃげた愛機のシートから乱暴に引きずり出されながら、私は心の中で血の涙を流して毒づいた。
(畜生め……! 密かに『あいつら一網打尽にして労災事故で処理してやる』ともくろんでいたのに、なんでピンピンしてやがるんだ!)
◇
数日後。 前線の簡易野戦病院で負傷治療中だった私の元へ、わざわざベッドの傍らまで出向いてきたクルツ大佐直々のお言葉が下された。
「手際が悪い。砲撃を要請する前に何故わざわざ突撃させた。次の手を打つのも遅い。損壊した装甲歩兵や砲弾の費用もタダではない。効率が悪すぎる。できないなどと言わず、もっと工夫しろ」
……前世の企業のステキな役員さまさながらの、理不尽極まる叱責であった。後方で葉巻ばかり蒸かしていやがるパワハラ野郎、現場のワンオペ苦労を少しは労え。
不当なのは上司だけではなかった。
「救出された時、カーニャ大尉は恐怖のあまり盛大にお漏らしをしていたらしい」
などという、救出時のごく限られた人間しか知らないはずの――いや、「事実無根の卑劣な誹謗中傷!」が、なぜか早くも基地内の噂話として駆け巡っていた。
おまけに、 「大尉殿は怪我の治療にかこつけて、軍医に『どうにか豊胸手術も一緒にできないか』と泣きついたらしい」 などという、私の極秘のプライベートな相談――いや、相談は軍医にハッキリと拒否されて胸の質量は1ミリも増えていないのだから、これも「事実無根の悪質なデマ!」である。軍医の野郎、守秘義務を一体何だと思っているのか!
これも全部、あの戦犯ジョルジョと、口の軽い拡声器フランコの仕業に違いない。
這いつくばり、泥水をすすり、どれほど理不尽な扱いや過重労働を課されようとも、私は絶対に折れない。
待っていろ、ジョルジョ、フランコ。
私は平穏な定時退社……いや、そんな概念はこの戦場にないが、とにかく有給休暇、そして何より社会的尊厳を取り戻し、いつか必ず貴様らに復讐してやる……!!
※豊胸手術の依頼。事実無根のデマ。らしい(当人主張)。