自分と周りを爆弾テロから生き延びさせた直後、私は部下たる原作主人公の右手によって「大腸菌のバイオテロ」を食らう羽目になった。
皆の命を救った私が、なぜ頭頂部にジョルジョ謹製の大腸菌ペーストをなすりつけられなければならないのか。ジョルジョめ、地獄に落ちろ。
一刻も早く宿舎に戻ってシャワーを浴びたかったが、無慈悲にも「エッセンシャル」№10基地のクルツ司令から呼び出しがかかる。
時計の針は21時。ということは、今夜も当然のように25時(深夜1時)過ぎコース確定か? それまで私は、髪の毛にバイオテロを媒介したままいつもの仕事をこなせというのか(残業7時間半,「昼休み」は20時に「ファントム・クラブ」にて)。残酷な神よ、真面目に働く労働者に何という仕打ちを。
おばあちゃんが白髪を染めたような色をした、私の哀しき紫色の自毛をアルコールでガシガシと拭き、匂わないからOKだと自分に言い聞かせてクルツ司令の執務室へと駆け込んだのは、21時半のことだった。
「――大尉、極秘の緊急命令だ。8機の装甲歩兵とメンテナンス部品の補充が届いた。これを護衛して前線のカルディの沼まで運び込め」
安物の酒と葉巻の臭いをプンプンと漂わせた、禿頭の大男がデスクの向こうでそうのたまった。21時半、残業頑張っているなと思ったのだが、上司はウィンストン・チャーチルかシャルル・ド・ゴール気分で執務室の一杯をやっていたらしい。
原作のタイムライン通り、ついに来た。補給部隊の護衛任務だ。川を大型輸送船で進み、その両岸を装甲歩兵が並進して護衛する。クルツ司令のデスクプランもまさにそれだった。
「閣下、大型輸送機編隊での空輸は使えないのでしょうか?」
少しでも楽ができないかと提案してみたが、禿頭は葉巻の煙を吐き出しながら一蹴した。
「あいにく輸送機はすべて出払っておる。現地の野戦陣地には滑走路もない。そもそも空輸などコストがバカにならん」
まあ、ブラック上層部の返答などそんなものだ。
「では、装甲歩兵以外には何を動員できますか? 緊急時のバックアップとして、戦闘機隊、戦闘ヘリ、あるいは並進するガンボートなどは……」
「ない」
すぱりと即答。知ってた。原作通りか。
「生憎、戦闘機とヘリ部隊は、明日行われる政府の『戦意高揚パレード』に出動することになっておる」
現場が必死に日常を支える裏で、上層部は広報イベントで民意のポイント稼ぎというわけだ。いや情報戦から現場にもつながる優位のためには広報イベントは必要ではあるけれど、こういう時にぶつけなくても良かろう? 本当にこれでもかとクソな悪条件が重なってくる。
「任せたぞ、カーニャ大尉」
「……エイシカタナイ、ヤルカー」
現実逃避で、前世で現場に押し付けられていた日本語の読めない外国籍派遣労働者さんのモノマネをボソッと呟いたら、クルツ司令が「何だこいつは」という妙な顔をした。 もう何でもいい。とにかく早く、全身を清めさせてくれ。
だが、私は宿舎に帰ることを諦めねばならなかった。
「各方面への私的な緊急連絡」を済ませた私は、そのまま徹夜の突貫作業で、秘密兵器「対スーパー・ソルジャー(SS)用戦術プログラム」の再構築に取りかかった。
こいつさえあれば、カタログスペックはどれも変わらない量産型の装甲歩兵でも、あの化け物プルートゥが動かす特異な機体に対して、少しはマシに対応することができる。いや、無ければ生還できる確率が絶望的になる。「まさに生き残れ、ただこの日を」の自転車操業だ。
畜生め、時間との競争でシャワーは後回しだ。
ベースのシステムは私が組んだ。
先日、部下たちに互換データを持ってくるよう命令した際、シンジ君とアヤナミによるラッキー何とか的な神の悪意の連鎖事故(※私が芋虫みたいなマッパでうさちゃん下着のデータが筒抜けになった件)が起こったことは、今すぐ私の記憶のハードディスクから永久抹消したい。
私の社会的尊厳と引き換えにデータを得て完成した、生き延びるための秘密兵器。
なんとかデータを適合させ、一応バグが出ないようシステムを整え終わったのは、外の空が白み始めた日の出前、薄明の時刻だった。
徹夜明け特有の脳内麻薬が分泌されていて、不思議と急に身体に力が湧き、視界がパッと明るくなって楽しくなってきた。前世から何も変わらない、いつもの朝だ(本当は、心身のエマージェンシー・コールを受けて脳がエンドルフィンとアドレナリンを出しているヤバい事態。これが日常になっているのはもっとヤバい)。
「ふはは! これでは前世から続く深夜残業明けと全く変わらんが……薄明の空というのは気分が良いな! 世間では『美人薄命』と言うし、まさに私のための時間じゃないかね! はっはっは!」
そんな不吉かつ哀れな冗談を独り言ちながら、私は大急ぎでマッパになり、格納庫の隅にある無骨な「機械洗浄用高圧シャワー」を浴び、大腸菌もろとも身体を清め始めていた。身だしなみや衛生よりしごとを優先してしまったが、ようやくバイオテロから身体を清められる!
前世の職場に泊まり込んだ時、誰も見ていない早朝に流しの前で手早く身体を洗った時の体験と智慧が今、ここに生きる!
「大尉殿。……装甲歩兵(機械)に、何を嬉しそうに話しかけてるんですかい?」
「へ?」
頭一つ分以上ののっぽであるルイス・オラトリアが、冷たい目で格納庫の床の私を見下ろしていた。
ティン・ウッズマンが、コメディアンのショーを特等席かぶりつきで見ているようにニタニタと笑っている。
「作戦前にいよいよ気が触れましたか。格納庫で真っ裸になって、重機を洗う冷水シャワーを頭から浴びて高笑いしてるなんてな……」
――いつの間にか、昨夜の緊急招集をかけた荒くれどもがゾロゾロと集まってきていた。
「な、な、な……ッ!? 私は上官だぞ! 哀れなものを見る目で私を見るなァァァ!!」
私はタオルを引っ掴んで身体を拭き、服を着た。
こういう競技があればオリンピックで金メダルを狙える速さだと思う。そんな私を、サロ・サリアがチラリと見て、すぐに呆れたようにそっぽを向いて呟く。元クメソ王国近衛部隊の将校なので無礼者たちよりはマシだが、その口から出た言葉は致命傷だった。
「……上機嫌な子どもみたいに一人で笑っていたと思えば……慌てて着けているその下着、本当に噂通りのうさちゃんプリントなんだな……」
私は、もし私に不慮のことが起こったら後継者はサリアだと考えて接してきた。フランコはただの騒々しい何かだからだ。ただ、ちょっと私的な感情で、サリアに後を託すのではない未来を考えたくなった。
高速で身支度を整える私に、一連のバイオテロの主犯であるジョルジョが、「例の右手」で敬礼しながら、無表情に機械的な声で告げた。
「次の、ご命令を」
あの手はもう洗ったのか考えるのはやめた。「こいつは洗わない」で統一しないと脳のワーキングメモリーが削られる。
副官のフランコもいた。ポケット瓶の酒を一口含んで急かしてくる。
「大尉のいつもの奇行はもうお腹いっぱいでさぁ。それよりさっさと作戦と、生還した後のボーナスについて話しましょうや」
(……そうかい。貴様ら、全員まとめて査定を奈落の底まで叩き落として、ボーナスの影も形もないようにしてやる!!)
私は某グラスド星系のゴー・ステロ大尉が乗り移ったように歯を食いしばった(血管の浮いた白目)。
◇
「――今回の任務は緊急だが、それ以上に極秘を要する。移動を始める前に、輸送部隊への自己紹介を済ませておけ」
輸送部隊と合流し、私が部下たちを前に言い放つと、待ってましたとばかりにまずは副官が口を開いた。
「へいへい。フランコだ。俺に喧嘩を売る奴は、いい歳してうさぎ柄の下着を愛用するイカれた大尉が……うきょッ!?」
「極秘作戦中に人の秘密をダシにして仲間に喧嘩を売るな、このアル中!」
混ぜ物入りの密造酒で脳のネジが壊れかけている痩せた小男が余計なことを口走り始めたので、背後から60度の角度で強烈なチョップを叩き込み、そのまま裸締め(リアネイキドチョーク)でネジを締め直してやった。この壊れがちな型落ち家電には、これが一番の再起動(物理)だ。
「……ティン・ウッズマンだ。爆弾入りのカバンを抱えて街を爆走したり、徹夜明けに格納庫で重機用の冷水シャワーを浴てストリップをキメるイカれた指揮官に呼ばれて参上……きょッ!?」
「筋肉の割には首の鍛錬が足りんぞ。もう少し私の絞め技に抵抗できるように筋肉を鍛えておけ」
筋肉達磨が続けて余計な機密を漏洩しそうだったので、これも同じく裸締めで「初期化」してやった。現場が静かになるのは、非常に良いことだ。
「ルイス・オラトリアだ。クエルト星系の傭兵を見るのは初めてという奴は多いだろうが、俺も、戦傷ついでに軍医に豊胸手術を持ちかけて断られた女性士官を見たのは初めて……ぬきょッ!?」
クエルト星系の人間は、とにかく無駄に体格が大きい。私のチョップでは首に届かなかったので、丁度よい位置(股間)にあった彼のボール状の人体パーツを、パンチングボール代わりにして、鋭いストレートで打ち抜いてからコンビネーションで連打した。
「――指揮を執る者たるもの、細心の狙いを、鋭いパンチで打ち抜く精密さも必要だ。あと完全なデマは否定されねばならん」
私が軍医が私的情報を洩らした「豊胸手術云々」という完全なデマを物理的に否定して息を整えていると、最後に長身で理知的な男が静かに口を開いた。
「サロ・サリアだ。……子ども用下着で十分に間に合うフラットな体格の指揮官に……ッ……」
ヤツが何かを言うが早いか、私は五輪柔道選手並みの早さで彼の奥襟を叩いて頭を下げさせ、正面からギチギチにフロントチョークを極めてやった。隙を見せるからこうなるんだ。奴はすぐに静かになった。
「貴様らは何も分かっていない! この地獄のようなクメソの片隅で、某オランダうさぎっぽい超有名キャラクター商品『うさちゃんミシフィー』に出会った時、私がどれほど救われたか! 好きな「うさぎ」の上に、あの素朴なオランダうさぎ(※ミッフィー)の面影を感じるのだ。ファンにならずにいられようか!
おそらくだ、基地のそばに住むあの『すずさん』(誰?)だって同意して、戦時中のノートにミシフィーのファンアートを優しく描いてくれるはずだ!
そもそもミシフィーは絵本、小さな人形、ぬいぐるみ、食器、文房具、バッグといった完璧な商品展開があり、私が愛用している下着もいわゆる『スポーツブラ』タイプの非常に控えめでビジネスライクな柄なところがポイントなのであって、世間のうさぎ好きすらドン引きするようなイカれたデザインとは一線を画す抜群のセンスでありこれなら前世含めて大人にもファンが多く出るのも頷け私もクメソの地で大いに励まされた思いでありお守りがわりに着るのも道理でいい年してとか関係なく老若男女この世界の片隅でもSNSでもミシフィーの!ミシフィーによる! ミシフィーのための! ミシフィーが! ミシフィーッ!!(※早口で相手の反応に関係なく延々と熱弁が続くので中略)」
「……ジョルジョ・デ・キリコだ。……大尉の肉体言語と謎の怪電波によって、すでに全員気絶しているようだが」
そう呟いた我が部隊の誇る異能生命体(不審者)は、あろうことか、あの「右手」を差し出して、護衛先の正規軍士官に握手を求めていた。
「貴様ァッ! その汚い右手で他人に触るな! お前のせいで私が格納庫で代用シャワー・ストリップをやる羽目になったんだぞ! 今この瞬間も、手は洗ったんだろうな!?」
「……よろしくな」
「返事になっていないぞ!!」
私は即座にジョルジョの右腕を立ち姿勢のまま「脇固め」に捉えて完全ロックし、有無を言わせずアルコールをたっぷり浸した布でガシガシと強制消毒してやった。前世の護身術(柔道の極めの形で出てくるアレです)は、このような前線の衛生管理にも使えて実に便利だ。
「……何故そこまで拒絶されるのか分からないが、……よろしくな」
いや、分かれよ。普段からトイレの後は手を洗わずに済ませている疑惑が100%に達したジョルジョは、何事もなかったかのように真顔で誤魔化した。「私は手を洗っていません」Tシャツでも作って着て歩け!
「はいッ! 皆が静かになるまで3分かかりましたッッッ!!」
パンッ! と手を一つ叩いて辺りを制し、野生の小学生男子どもをチョップや関節技の肉体言語で初期化した私は、そういえば、と思い出して振り返った。
私たちの命がけの即興コントを特等席で見ていた政府軍の輸送部隊指揮官は、顔を真っ青にして引きつった笑いを浮かべたまま、ガタガタと震えていた。 その唇からは、「……うさ……ミシ……フィー……」と壊れたラジオのような呟きが漏れ出ている。
「コホン。――今回は大した量だな。カルディの沼の部隊へ、全部で8機とメンテナンス部品一式を届けると聞いているが?」
「……は、はっ! ミシ……大尉殿っ!!」
正規軍の指揮官が、ようやく現世(リアル)に帰ってきたようだ。クメソの地獄でそんな幽体離脱をしていては困るよ?
「正規軍の代わりに無茶振りされて、私たちはいつも死ぬ思いなんだ。昼までに、カルディの沼に着きたい。迅速に動くぞ」
「……あ、あの、大尉殿。その件で極秘の情報があります。昨日から、カルディ付近にワーカー・ゲリラの移動があったようです……」
輸送指揮官は声を潜めて深刻そうに伝えてきたが、原作のタイムラインを知っている私には、今更驚くような内容ではない。
「――想定通りだ」
私は冷徹に答えた。 原作通りなら、この川沿いを進む輸送作戦はワーカー・ゲリラに完全に追尾され、輸送船が座礁した絶望的なタイミングで奇襲を受ける。左右からの激しい挟撃。そして右側からは、あのスーパー・ソルジャーのプルートゥが率いる精鋭部隊が迫るのだ。
乱戦となり、サロ・サリア(ポタリア)が負傷するが、最終的には敵が撤退してゆく……というのが原作の流れである。
だが、今回は私の「対SSプログラム」と「アイスクリーム・ホットライン」が仕込んである。 原作のタイムライン通りにいくかどうかは――私の仕込みと神のサイコロによる「査定」次第だ。
◇
川を進む大型輸送船。その周囲の泥濘を、人型の装甲車のような『装甲歩兵』6機が左右に分かれて並進し、護衛しながら進む。
――敵の待ち伏せや、航空戦力を使った攻撃の『的』にしてくださいと言わんばかりの愚策だ。
それを上層部は「現場の工夫でクリアしろ。ただし味方の追加戦力や航空支援は一切出せないものとする」とのたまう。始めから作戦プランに無理がある。「工夫しろ」と言いながら工夫を封じてくるとは、どこの意地悪クイズ、あるいはブラック企業の無茶振りか。
だが、今回は私の日頃の「社畜の工夫、デスマーチ・ライフハック」を使わせてもらおう。
原作では輸送船が座礁し、足が止まったところをゲリラに奇襲される。あの先に機雷や自爆ボートの攻撃、あるいは対空ミサイルや砲撃が配置されていたケースも想定すべきだ。
特に、敵の対地戦闘機MIGみたいな『PIG』シリーズに上空から狙われたら、薄い装甲のテイヘンズ機など一撃で消し飛ぶ。
進行を止めての休息は、敵に狙われる時間を増やすだけだ。 私は部下たちに、装甲歩兵を自動操縦(オートパイロット)に切り替えさせ、交代で輸送船に移って数分間の体操や飲食をさせる「ローテーション休憩」を許した。
もちろん、私は休憩返上だ。
……あれ? 上司や同僚、部下や外国籍派遣労働者さんに手厚く休憩を取らせておきながら、自分だけは1分1秒でも早い全体の「終業/帰宅」を優先して不眠不休で回し続けるこのムーブ。前世の深夜デバッグの時と全く変わっていない。
トイレに行く時間も減らすため、モジモジしたり、床に足を「バン!」と力強く踏み鳴らした衝撃で尿意をしばらく脳内麻酔で我慢したり、「ぎゅっと耐える」裏技を全力で試したのも思い出だ。お陰で前世では10回近い膀胱炎、腎盂炎を経験した(40度近い高熱)。
医師に「今すぐ入院しろ! 死にますよ!?」と本気で警告されたのも良い思い出だ。当然、入院などせず数日で現場へ強行復帰したが……繰り返し病院に行くたび、医師は諦めきった口調で「死にますよ?」を繰り返していた。
結局医師の言葉通り、そんな積み重ねが映画『レオソ』のような光に包まれた過労死の瞬間に繋がった。
深夜26時に炎上プロジェクトのデバッグを全て終え、帰宅して4時に寝てからまた8時に職場の自動ドア前に歩き出した時、全身の軽さと恍惚、「神々しい光」に包まれ、ようやく解放されると確信したあの瞬間。背後から悪徳刑事スタソスフィールドに撃ち抜かれたレオソのごとく、限界を超えた内臓の悲鳴が私の意識を根こそぎ撃ち抜いたのだ。
その私をこの世界に転生させ、全く同じブラック環境に放り込んだ存在があるとしたら、それは絶対に慈悲深い神などではあるまい。何とも言えない邪悪なあるもの――『物体X』とでも扱うのが、最適かつ妥当、適当(ド畜生)だろう。
今世の身体でも、私は前世譲りの「トイレ我慢テクニック」をあれこれと実践している。
限界突破(決壊)ギリギリの瞬間、下着を下ろして腰を下ろすまでの僅かなコンマ数秒の間に、もし決壊が始まっても中腰の体勢から放物線の軌道をコントロールして便器内に収める「重力制御の裏技」すら身につけた。失敗して下着を濡らした時の応急乾燥テクニックは――(※あまりに惨めなので以下略)。
つまり、物体Xは本当にド畜生だということだ。
揺れる装甲歩兵のハッチを豪快に開け、前線のムナグラ川に向かって「仁王立ちで立ち小便」をブチかましている副官のフランコのようなバカを許しているのも、政府軍の中で驚異の損耗率を誇る傭兵部隊、エッセンシャルNo.10基地ならではかもしれない。
ちなみに私は、コクピット内での水分補給と飴玉、携帯トイレ、そして疲労に対しては鎮痛剤の大量服用で、すべての生理現象を「合理的(?)」に処理(誤魔化)していた。これもエッセンシャルならではだ。
その時、並走する輸送船のデッキでは、正規軍の輸送指揮官たちが私を見つめながら、神妙な面持ちでヒソヒソと囁き合っていたのだ。
「……おい。No.10基地のカーニャ大尉の噂、お前も知ってただろ? 本部じゃ『うさぎの悪魔を信仰するオカルト狂いの貧乳女』って、酒の肴にされて笑われてただろうが……」
「……ああ。だが、あのリアルな現物を見ろよ。目の下のクマ、あれ何日寝てねえんだ? 身体だってギスギスに痩せちまって、まるで鶏ガラだ。おまけに『徹夜でプログラム組んで、格納庫の重機シャワー浴びて直行した』って話、部下たちから日常茶飯事だとからかわれてたが、それ、からかうネタじゃないだろ? 目が完全にイっちまってるし、見ていて辛い、辛すぎる……」
「毎週5パーセントの兵隊を擂り潰す環境で生き残るって、こういうことなのかよ……。あの部下どもを見ろ、精鋭の傭兵部隊って言えば聞こえはいいが、中身は落ち着きがねえ野生の小学生男子じゃねえか。大尉が、まるで底辺校のクラスを一人で引率させられてる、気苦労の絶えねえ小学校の女性教師にしか見えん……」
輸送指揮官は、拳を握りしめて言葉を絞り出した。
「噂以上にヒデえ環境だ。というか、これまで本部の連中が笑ってたあの噂……あれ絶対に、前線で泥をすすりながら大戦果を上げ続けるライバルへの、後ろ暗い『嫉妬』が入ってるだろ……! クソ! 畑違いの情報部め、俺たちの現場を舐めやがって!」
「……おい、せめて俺たちの物資から、『とっておきの缶飯』を隠して渡しといてやれ。肉がごっそり入ったビーフシチューのやつだ。……頼むから生き延びてくれよ、大尉殿……」
そんな、後方と現場の温度差(深刻な認知の歪み)からの「ガチの憐れみ人道支援」によって支給されたナンバーワン缶飯だとも知らず、インカムからフランコの声が響く。
「隊長殿、休憩と飯は取らないんですかい? 哀れな傭兵渡世をしている俺たちに同情した正規軍の奴らから、缶飯の良いのを分けてもらいましたぜ? 肉がごっそり入ったビーフシチューのやつ、ナンバーワンの高級缶飯ですぜ!」
「……状況が許せば、私も喜んで休憩を取るんだがな。そろそろ危ないと、私の『勘』が囁いているのだよ」
原作のタイムライン的に、そろそろファースト・コンタクトが来る。そう警告しているのだと説明したところで、彼らには理解できまい。ただの「過労による異常者扱い」が関の山だ。
その時、インカムのノイズの向こうから、誰かがボソリと呟いた不穏な私語が耳に入った。
「……そりゃあ、そんな四六時中ワーカホリックな日常を送ってりゃ、子ども用サイズから成長しないのも頷けるよな……」
「誰だァッ!! 作戦行動中に、私の尊厳に関わる無駄口を叩いている奴は!!」
私が怒髪天を突いてマイクに怒鳴り散らすと、別の通信回線からジョルジョの静かな指摘が返ってきた。
「……大尉、犯人を探すだけ無駄だ。今の呟きは、たぶん『全員の心の声の代表』だ……」
「何だとォォォ!?」
この野郎、いつも空気を読まずに正論をぶつけてきやがって。私の行動は、ただのいつの世も全く変わらない行動様式(限界社畜仕草)じゃないか! まだ前世だの原作知識だのという電波な言い訳だってしてもいないんだぞ!!
「聞こえているぞ貴様らァ!! 作戦から奇跡的に生きて帰れたとしても、ボーナスが満額もらえるとは思うなよ!? ……おいルイス! 何を背中でクスクス笑っているか! 貴様の自慢のクエルト星系製・高級金属探知レーダーはどうした? 私の勘だ、今すぐ【左前方500メートル】あたりを重点的にチェックしろ!」
――こうして、「完璧な、待ち伏せ看破(ただの原作知識による)」の瞬間へと、カルディの沼まで続くコーヒーのように濁ったクメソの茶色い河水は、激しく動き出すのである。
【テイヘンズ補足小事典】
●対スーパー・ソルジャー(SS)用戦術プログラム
「全身を改造された一種のスーパーマン」に対抗するための装甲歩兵用プログラム。
ただし普通の人間なら、SSの動きとプログラムが要求する反応速度に肉体がついていけないので、本来は気休めのようなもの。しかし原作では、主人公はこれでSSプルートゥの猛攻を凌駕し、「ディスクを焼きつかせ」た。
●薄明(はくめい)
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際。
美人は過酷な人生になりがち、という「美人薄命」という言葉とは、私の自毛の色(白髪染めに失敗したおばあちゃん色)と同じくらい全く関係がない。(カーニャ大尉の話)
●哀れなもの
職場に泊まり込んで段ボールと新聞紙の布団で寝たり、通勤車の中で寝たり、椅子で仮眠を取り、隙を見て職場の流しで身体を拭いたりすることを普通に考えている労働者(会社に協力して連勤20日超えしながら「小遣い稼ぎに故意にダラダラ残業しやがって」という上層部のごほうびを貰えるが、タイムカード上は19時には帰ったことになっている。何なら隙を見てお尻を触って逃げてゆくなどのセクハラも追加メニューにある)の姿、そのさま
●ヂロイア星のジスカール、クメソのカニュー、某グラスド星系のゴー・ステロ大尉、某Xでのカットク大尉
全員、同じ守護霊を持つ者たち。限界突破中間管理職のサガを持つ?カ-ニャ大尉の同志でもある
●うさちゃんミシフィー
この世界での大人気キャラクター。
カーニャ大尉は、前世で「うさぎの聖地・大久野島(おおくのしま)」に行きたかったほどのガチのうさぎ好き(※当時は激務で休暇が取れず、行けないまま他界)。
今世では「戦死したときに見苦しくないように」という身だしなみ、および生存へのゲン担ぎから、困難な出撃の際には必ずミシフィー柄の下着を着用している。
また、「何かに抱きついていると眠りに落ちやすい」という人間の生物的な習性を利用し、極限状態の短時間で深く睡眠をとるためのライフハックとして、ベッドには柔らかくて特大のミシフィーぬいぐるみ(愛称:ラビちゃん)を抱き枕代わりに置いている。
すべては過重労働を乗り切るためのロジカルな防衛策であり、他意はない。他意はないが、しかしそもそもうさぎとは愛らしく、そしてこのミシフィーの表情も……(――カーニャ大尉の早口が止まらなくなるため、以下検閲により削除)。
●私たちはいつも死ぬ思いなんだ
カーニャ大尉の口から出た言葉。この「私たち」という複数形には、のんきに立ち小便をしているフランコや、手を洗わないジョルジョなどの部下たちも含まれているように聞こえるが、実際に過労死ライン3倍で心身ともに擂り潰されているのはカーニャ大尉(1名)だけである。主語のデカいワンオペ。
●MIGみたいな『PIG』戦闘機
「空飛ぶ豚野郎めが!」――(とある前線兵士の叫び)
※完成したものをあと2週間はかけて直す予定でしたが、予定より早く終わりました。
本日二回に分けての投稿します