「ルイス! 何を笑っているか! 貴様の自慢のクエルト星の金属探知レーダーはどうした? 私の勘だが【左前方500メートル】あたりをチェックしろ!」
私の怒声がインカムに響いた直後、ルイスの機体から警告音が鳴り響いた。原作テイヘンズではクエルト星は肉体労働の傭兵稼業が産業という設定で、大柄なクエルト人向けの独自のマシンを持つ。クメソのエッセンシャルNo.10基地でも「エキサイテッド・ドッグ」に拘る主人公ジョルジョと並んで(俺にはこれしかないんだ。だからこれがいちばんいいんだ)、クエルト星独自の盾と火薬射出式の槍を装備した重装甲歩兵「シュペールトレーガー」という専用機を使うルイスは強者感抜群だった。クエルト星の高性能レーダーがアピールしたのもこの場面、男の子の夢である。
なお一部女の子は主人公ジョルジョ・デ・キリコと気は優しくて力持ちなルイスのイロイロにロマンを持つ。原作では一粒で二度おいしいのがルイスと愛機なのである。
私、カニュー=カーニャ大尉にとっては最後に牙を剥く死刑執行人でもある(ちょっとというかかなり怖い)。そこまで生き延びられるかもわからない今は余談でしかないが。
『――ッ!? 反応あり! アーマー、敵装甲歩兵および多数のゲリラ部隊! 大尉殿、本当に左前方500、ドンピシャです!!』
「よし、かかったな!」
コックピットの中で、私は鎮痛剤で灰になって(間違い、ハイになって)ジョー・ヤブーキのように不敵に笑った。
原作通り、輸送船が座礁しやすいムナグラ川の難所を狙ってきやがった。だが、前世で「仕様書のバグ」を事前に予測して修正パッチ(根回し)を当て続けてきた私を舐めるなよ?
私はまず、基地の砲兵部隊へと通信を繋げた。
ここから基地までは直線距離で約70キロメートル。長距離砲の射程としてはかなりギリギリの超遠距離だが、計算上は狙えるはずだ。
昨夜、クルツ司令からこの理不尽なミッションを押し付けられた直後、私は私費(賄賂)を投じてきた砲兵部隊の巨漢ウィンズロウの元へ連絡し、事前に砲撃座標の仕込みを確認しておいたのだ。
あとは、奴の頭が昨夜の二日酔いで狂っていないことを祈るのみだ。
「――『ホワイト・ラビット』から『リトル・ジョン』へ! 砲撃要請! 現在地、ムナグラ川予定地点に敵アーマーおよび不審な移動多数! 川の両岸に、特大の『神の手』をお見舞いして欲しい!」
ノイズの向こうから、長身の大口径を操る大男の、低く野太い声が返ってきた。
『こちら「リトル・ジョン」から「ホワイト・ラビット」。……ククク、相変わらず冴えてますな大尉殿。事前予測の危険地帯、完全に計算内、仕様通りです。奴ら全員、自慢の大口径でバグ墓場へ送ってやりますよ!』
「『ホワイト・ラビット』から『リトル・ジョン』へ。――よし、盛大に『神のオルガン』を聴かせてくれ!」
直後、遥か70キロ後方から、大気を引き裂くような連続重砲撃の咆哮が、時間差を置いてカルディの沼へと降り注いだ。オルガン弾きの「鉄の人」よ、あの世から見ているか?
――ズガガガガガガドォォォォォンッ!!!
川の両岸の泥濘が、一瞬にして巨大な炎と土砂の柱へと姿を変える。ゲリラの奇襲部隊が悲鳴を上げる間もなく、ウィンズロウの精密な長距離砲撃が敵陣を正確に擂り潰していく。
だが、私の「仕込み」はこれで終わりではない。 間髪入れず、私は緊急要請から上空で待機させておいた航空部隊のエースへと、弾着目標への追い打ち爆撃を要請した。
「――『ホワイト・ラビット』から『ブルー・ライオン』へ! 予測通り敵アーマー出現! 砲撃の爆炎をターゲットに、あの連中に『朝のナパームの最高の香り』を嗅がせてやってくれ!」
上空の雲を切り裂き、身売りの運命に目を死なせた孤独な青い獅子――シンの『ブルー・ライオン』編隊が、凄まじい爆音とともに急降下を開始する。
本来なら、彼らは本日開催されている政府軍の華やかな『軍事航空ショー(お偉方へのプレゼン)』に参加させられているはずだった。
だが、昨夜も私からアイスクリーム(賄賂)を掴まされたシンは、「機体の油圧系に重大な故障を発見。最悪の場合、ショーの最中に空中分解の恐れあり」という、極めて計画的かつ悪質な『メンテナンス予定』をでっち上げ、基地に居残っていたのだ。
すべては、このカルディの沼での「時間外労働(緊急爆撃)」に帳尻を合わせるためのアリバイ作りである。
『――こちらブルー・ライオン。ホワイト・ラビット、こちらにはアイスを、敵には炎を。……朝のナパームを、豚どもの頭上に投下するッ!』
直後、シンの編隊から解き放たれたナパーム弾が、ムナグラ川の両岸に文字通りの「地獄の火の海」を現出させた。
――ドォォォォォンッ!!!
ウィンズロウの『神のオルガン(まとめて撃たれる長距離砲)』によって足止めを食らっていたワーカー・ゲリラどもが、砲撃と爆撃の時間差攻撃によって、悲鳴を上げる間もなく一瞬でカリカリの焼き豚へと姿を変えてゆく。
原作では、我々は座礁して船足が止まったところをゲリラに奇襲される。
だったら、敵を確認したところでこちらから先制攻撃して減らしてやろう。ということで昨夜、「いつもの馴染み」の砲兵隊と航空部隊に話しをつけておいたのだ。
ここからの神のサイコロの出目はどう変わるだろう?
「よし、直撃だ! これで、『基地で緊急メンテ中だった砲兵部隊と航空部隊が、現場の要請で緊急対応をして、見事にゲリラを駆逐した』という報告(公文書偽造)ができるぞ……!」
コックピットの中で、私は勝利の親指上げサインをキメた。
後方でシャンパンを飲みながら航空ショーを観ていたであろう情報部の上層部どもが、この「奇妙に辻褄の合った事後報告書」を見た時、一体どんなツラをするか、今から楽しみで仕方がない。
遠隔精密砲撃とナパーム爆撃。
ゲリラどもの野戦築城的な簡易掩体壕(シェルター)が、我がNo.10基地の波状攻撃の前にどこまで耐えられるか。
事実、爆炎が吹き荒れるジャングルの両岸から、ミサイルトラックや自走砲、装甲歩兵、そして生身のゲリラ兵の破片が派手に空中へ飛び出すのが見えた。レーダー反応のあった左岸だけでなく、伏兵の潜んでいた右岸からもだ。
『……信じられねえ。大尉の「勘」、クエルト星系製の最高級金属探知レーダーを超えやがったぞ……!』
インカムからルイスの呻くような驚愕の声が聞こえる。そうだ、驚き、私を信頼し、恐れて、どうか最後に「あんたは、人間のクズだな!」と竪穴の底に投げ下ろすことをためらうようになって欲しい!
「――フン、念には念を入れただけだ」
私はコックピット内で不敵にフカしを入れて、『原作チート』を必死に誤魔化した(内心、ルイスにはビビってます)。
「長居は無用だ! 生き残りの反撃と、前方のさらなる待ち伏せにも警戒しろ! 自爆船や機雷を仕掛けられていたら一発でアウトだぞ!」
輸送船が速度を上げ、私たちの装甲歩兵隊がエンジンを加速させて船を追い抜いてゆく。 その時、前方から凄まじい水飛沫をあげ、こちらへ真っ直ぐ突っ込んで来る高速ボートの群れが視界に飛び込んできた。こちらの威嚇射撃を浴びても、一切針路を変える気配がない。
『隊長! あれは遠隔操作の自爆ボートに違いありません!』
サロ・サリアが鋭く警告する。
「撃て! 近寄らせるな! 確実に仕留めろ!」
私が命じるまでもなく、部下たちの容泄ない一斉射撃が始まった。
一艘が大きな水柱へと姿を変えて消し飛ぶ。操舵系をやられて明後日の方向に暴走した挙句に自爆するもの、ハチの巣にされて同じ場所をぐるぐると回りながら沈んでいくもの。
輸送船や我が隊への直撃は辛うじて防いだものの、敵の狙い通り、こちらの進軍速度(足)が著しく鈍る。
――そして、最悪の巻き返しが牙を剥いた。
砲撃とナパームで焼き払ったはずの両岸の泥濘から、生き残りのゲリラが放ったミサイルと砲弾が殺到する。さらにジャングルの影から次々と姿を現す、敵の重装甲歩兵リヴォルティング・タートルの集団。
砲撃と爆撃をこんなに生き延びているとは、貴様ら、硫黄島の日本軍守備隊か!
その中に――右岸の最前線に、できれば一生見たくなかったあの青いワニガメ野郎、人間兵器プルートゥの駆るカスタム機『ストーキング・スナッパー』の姿があった。
速度の鈍った輸送船と私たちを目がけて、猟犬のごとき恐るべき速度で肉薄してくる。貴様だけは吹き飛んでいて欲しかったぞ!
「ジョルジョ! 貴様は左岸のゲリラどもを迎え撃て! 敵を1歩も前に進ませるな!」
「了解した」
私はジョルジョに即座に命令を下し、自身は右岸のプルートゥめがけて機体を突っ込ませた。
今回、対SS(スーパー・ソルジャー)戦術プログラムのディスクを無理やりスロットにねじ込んであるのは、私とジョルジョの2機だけだ。
だが、脳内が不審者であるジョルジョにプルートゥと対峙させれば、相手を『愛しのディアナ』と誤認して戦線が崩壊する恐れがある。だから故意に引き離したのだ。
敵味方の距離が近すぎる。ウィンズロウへの追加砲撃要請は、自分たちの頭上にも砲弾の雨を降らせる自爆行為になりかねない。守るべき輸送船まで巻き込んでしまっては、あまりの事後処理の煩雑さにゲロが出る(お上品)。
シンの航空部隊による爆撃も同様だ。しかも上空では、ゲリラ空軍の『空飛ぶ豚野郎(PIG-21)』の編隊が襲来し、我々を狙っている。シンの航空部隊は、我々を攻撃させまいと激しいドッグファイトを始めていた。
砲撃も空の援護も頼れない。地上は、私たち自身でカタを付けるしかない。
帽子をかぶったクマ(スモーキー・ベア)が、私を「ONLY YOU!」と指さしている。
「――山火事を防げるのは、我々だけか……」
前世のどこかで見た、聞いた、誰も助けに来ない絶望的な現場の格言を呟き、私は青いワニガメ野郎との一騎打ちに突入した。
泥濘の川岸をスラロームするように滑らかな回避運動で行いながら、正確にこちらを狙い撃ってくるストーキング・スナッパー。
撃たれる、撃ち返す、回避、被弾、火花、だが姿勢を立て直して――撃つ、当てる、当たるッ!!
(……動ける! 動けるぞ!!)
被弾の衝撃とコクピット内に飛び散る熱い破片。激しい撃ち合いは、初戦のような一方的な敗勢ではなかった。体感でヤツが「6」、私が「4」の、やや劣勢程度で持ちこたえている。
私が睡眠時間を削って数日ででっち上げた、格安仕様パッチ『対SSプログラム』。
それが、私という普通人の乗る最低辺の量産機(ボーリング・ビートル)を駆り、神経を魔改造された超高価な人間兵器プルートゥが操る、高度にチューニングされた専用マシン(ストーキング・スナッパー)とその戦術に、真っ向から肉薄させているのだ。
コストパフォーマンスとしては、文句なしの120点、上出来である!
滾るッ!
開発部(私)とテストパイロット(私)には、後で絶対に特別役職ボーナスを加算するべきだ。私が査定権を持つ上司なら今すぐそうする。
「見える! ララァ! 私にもヤツの動きが完璧に追えるぞ!! 神のような全能感だ!!」
寝不足による脳内麻薬の過剰分泌で、軽やかに暴走し始めた私の口から、前世のアニメのわけのわからないセリフが喚き散らされる。
「私とて過労死ライン3倍の残業時間を誇る、あの『赤い彗星』を真っ青にさせる伝説の限界社畜だ! こんな泥沼で無駄死にはしない! 国家予算をドブのように注ぎ込んだお前たちのSSプロジェクトの成果に、我が手作りの格安パッチで『ざまあみろ』を食らわせてやるッ!! 底辺労働者人生に、栄光あれぇぇぇ!!」
被弾損傷し押されながらも、執拗に撃ち返し続けることをやめない私の狂気のムーブに、ストーカー野郎(プルートゥ)の動きに明らかな戸惑いと遅れが生じ始めた。
勝機! 照準器(サイト)のど真ん中に、ヤツのコックピットを捉える。
――ナポリを見たら、死んでしまえッ!!(意味不明)
私がトリガーボタンを押そうとした、まさにその瞬間だった。
――ガガァァァァンッッ!!!
強烈な衝突の衝撃とともに、私の意識が一瞬だけ宙に浮いた。
「危ない、大尉!」
「お、おおっ!?」
何が起きたのか一瞬理解できなかった。どうやら、私がプルートゥの決定的な射線に入りそうになった瞬間、ジョルジョの機体が横から強引に激突して私を弾き飛ばしたらしい。
ジョルジョの愛機『エキサイティング・ドッグ』が、泥に倒れた私の前に立ちはだかり、ストーキング・スナッパーの猛攻を盾となって防いでいる。
(……おお、不審者のくせに、たまには殊勝な上官思いの行動を――)
と思った私は、たぶん寝不足で脳が湧いていた。
感動しかけたのも束の間。私が「ボーリング・ビートル」の機体を起き上がらせ、再びプルートゥを照準に捉えようとすると、なぜかその射線上にジョルジョの機体が絶妙に入り込んで邪魔をする。チャンスを逃した。次のチャンスも、その次のチャンスもだ。
「大尉、危ない!」
「のをっ!?」
さらに次の瞬間には、ジョルジョの機体に背後から強引に突き飛ばされることで、プルートゥの反撃を「結果的に」回避させられた。私の身体はコクピット内でシートに叩きつけられる。胸部ガードの下着が肺を守ってくれたが、肉と骨が分離させられるようにきつい。
これは何かがおかしい。
私がまた機体を起き上がらせ、機体の左側に被弾しながらも再びプルートゥを照準に捉えた時――やはりジョルジョの機体が滑り込んできて射撃機会を逃す。しかも、今の被弾で機体の左腕が動かなくなっていた。
私はマイクに向かってブチギレの絶叫をあげていた。
「ジョルジョォォォ貴様ァァァ!! 故意に割り込んで、私の有効攻撃を妨害しているだろう!!」
『……違う。ヤツの攻撃が激しい、俺にも余裕がないだけだ』
インカムから返ってきたその酷く抑揚のない白々しい回答を聞いて、私には100%確信があった。
この不審者、間違いなく目の前のプルートゥを『愛しのディアナ』だと思い込み、私から守るために妨害工作を働いている!
それどころか、前世のベトナム戦争の記録で読んだ、前線で兵士が反感を持った上官を背後から手榴弾で爆殺する――あの『フラギング』の暗い泥の匂いが、装甲歩兵の向こうのジョルジョのプレッシャーから強烈に漂ってくるではないか。
「大尉、あんたは良い上官だったが、あんたがディアナ(※直面しているのはプルートゥです)を狙うのがいけないのだよ」
とか言いながら、ディアナを守るために上官の私をどさくさまぎれに後ろから撃ち殺して闇に葬る、ガチの『KIA(作戦行動中死亡)創造ムーブ』になりかねない。全宇宙を敵に回しても、こいつは「ディアナのためなら」とやってのける。
だから「左翼に行け」と遠ざけたのに、この男の異能生命体センサーを誤魔化すには、私の努力だけでは足りなすぎた。
今は実質、スーパー・ソルジャーと異能生命体のタッグチーム対凡人の私の、2対1になっていないか?
まさか、転がる神のサイコロがこんな目を出すとは!
もし、ディアナと勘違いされたプルートゥを守るために、私がジョルジョに殺されるという『ヒューマン・エラー(フラギング)』が起こされたら、バカげているにもほどがある。
ジョルジョは何があっても生き延びるだろうが、エッセンシャルのロクデナシどもと、輸送部隊の面々にはどれほどの被害が出るものか。
『――うああああっ!!』
まさにその時、通信機に激しいノイズとともに悲痛な叫び声が混ざる。
『隊長! サリアがやられました!』
ウッズマンの怒号が続いた。原作と同じ流れだが、原作よりも状況が追い詰められている。
まずい。ジョルジョが私への妨害目的で持ち場を離脱したせいで、左側の防衛ラインが完全に崩壊したのだ。左右から挟撃され、敵味方が完全に泥まみれで入り乱れ、中央の輸送船を脅かす泥沼状況に追い込まれた。
私のボーリング・ビートル(愛称:ホワイト・ラビット)も、あちこちに被弾して、機体の左腕は完全に動かなくなったし、足回りのハイドロ系も白煙を噴いて悲鳴を上げている。
私自身も、コクピット内でコンクリートミキサーにかけられたような大ダメージを受けている。
このままでは、一網打尽に擂り潰される。……チッ、腹を括るしかないか!
「これより至近砲撃・爆撃を要請する! 全員、今すぐ輸送船の影に退避しろ! 死にたくなければ全力で這いつくばれッ!!」
ストーキング・スナッパーに対してジョルジョの機体を盾にしながら部下たちに怒鳴り散らした直後、私はウィンズロウ(リトル・ジョン)とシン(ブルー・ライオン)の回線を開いた。
――敵味方が入り乱れる輸送船の、左右わずか数十メートルの至近泥濘に、持てる全ての重砲弾とナパームを叩き込んでくれ、と。
『『了解! ……大尉殿と我が友軍に、神のご加護を!!』』
ジョルジョの機体(エキサイティング・ドッグ)が、あろうことかストーキング・スナッパーに激突して砲撃予測位置から遠方へ弾き飛ばすと、その反動で見事なターンをキメ、自身も疾走離脱を開始した。
私のホワイト・ラビットは足回りの被弾で完全に出遅れている。部下たちは巻き込まれないかもしれないが、私の位置取りが間違いなく一番危うい。
直後、砲兵部隊の狂気的な重砲弾の雨が、そして上空の『空飛ぶ豚野郎』どもを制圧したシンの編隊による地獄のナパーム爆撃が、私たちの戦闘現場で一斉に炸裂した。
轟音と熱波、そして激しい爆震にコクピットごと脳味噌をギチギチと揺さぶられながら、私の意識の片隅では、相変わらずおかしな「社畜の計算」が虚しく弾き出されていた。
(……あ、待てよ!? もしこの至近爆撃の巻き添えで、守るべきだった政府軍の輸送船も一緒に沈めたら……私のボーナス査定は、一体どうなるんだ……!?)
◆ ◆ ◆
…そこは、なんだか地獄のような状況だった。
天使の号令で、恐ろしい形相の鬼が私の身体に電撃を通す拷問をしながら、代わる代わる強烈な「キス」をかましてくるのだ。
キスという響きだけならまだ甘酸っぱいTS転生モノの波動を感じられなくもないが、現実は最悪である。呼吸が、まったくできない。苦しい、死ぬ。胸板を叩かれるためか、なんだか心臓も止まったり動いたりしている。
あれ、また呼吸と心臓が止まりかけた。そこに無理やり、別の鬼(※よりおぞましい大腸菌の気配)が唇を押し当てに――。
「おほおッ!?」
やたら品のない、野生の何かのような叫び声をあげて、私はガバッと飛び起きていた。
だが、恥じ入る余裕など1ミリもない。空気が、吸い込めない。吐き出すこともできなくて胸が苦しく、今にも心臓と呼吸という私の生命維持システムが完全停止しそうだった。まるで喘息の発作に苦しむかのようだ。
私は四つん這いになり、必死に肺を働かせようと喘いだ。
「大尉殿! 落ち着いて、まず吐いて! 息を吐き出して! それから吸い込む! 吐いて!……吸って! 自力で呼吸できるようになりましたか!?」
女性の声が私に指示を出し、優しい手が私の背をポンポンと叩き、擦ってくれる。私は浅く早い過呼吸を繰り返しながら、何度も頷いた。
「そのまま立たないで! 今倒れたら本当に危ないですからね!」
(あ……これは、ここ数年で出会った中で最も適切かつ真っ当な医療アドバイスではないかな……腎盂炎で倒れて、救急車は使わず自力で病院に行った時以来だ…)
少しずつ酸欠の脳が働いてゆく。
身体のあちこちに不審な粘着コード(※電極)が貼り付いている感触が酷く気持ち悪かったので、私は容赦なくそれを掴んで引き剥がした。
気がつけば、私は輸送船の甲板の上、敷かれた毛布の上にペタンと座り込んでいた。
じわじわと記憶のデータが繋がっていく。
そうだ、輸送船の護衛任務だ。
原作知識をフル活用して、先手必勝の砲撃とナパーム爆撃を仕込んだ。
行けると思ったら、ジョルジョの妨害というクソバグのせいで原作以上の全滅の危機に陥った。
だから、原作にもない「敵味方乱戦状態への至近距離爆撃」を要請して――衝撃とともに記憶が飛んでいた。
「敵は……!? ストーキング・スナッパーはどうなった!? こちらの被害は!? サリアの負傷の度合いはッ!?」
私が血眼になって叫ぶと、並走していた輸送部隊のあの隊長が、ひどく感情の籠もった声で私の手を握らんばかりに感謝を伝えてきた。
「凄い戦いでしたね、大尉殿……! 敵部隊は損耗して退却しました。おかげで我々は全員無事、輸送船こそ多少被弾したものの、誰一人として、そして積み荷の一個に至るまで一切の損害はありません! 部下の方々にも負傷者はゼロです! 大尉殿は至近弾に巻き込まれて気を失っておられたので、我々一同本当に心配していたのですよ。大丈夫です、もう目的地のカルディの野戦陣地へ到着ですからね!」
……何ということだ。こんな真っ当でリスペクトに満ちた扱いを受けるのは、前世の社畜時代も含めて一体何年ぶりだろうか。あまりの心地よさに、何やら顔が照れくささで熱くなってくる。
周りを見渡せば、輸送船のクルーや正規軍の隊員、救急担当の衛生兵たち。そして、我がエッセンシャルNo.10のロクデナシどもがそこにいた。原作通りなら敵の奇襲で怪我を負うはずだったサリアも、包帯一つ巻かずにピンピンして立っている。
(よし……! 私の無茶苦茶な絨毯爆撃パッチのおかげで、こいつら誰一人欠けずに生き延びたな!)
私は力が入るようになってきた足で立ち上がった。
大きな戦果に自然と背筋が伸びて胸を張るが、なぜか周りが「見てはいけない気の毒な物」を見るかのような生温かい視線で、一斉に私から目を背ける。
戦果こそ大事だと気が大きくなっていた私は、その違和感を思考からスルーさせた。
「――砲兵部隊と、航空部隊への回線を開け!」
「は、はい! 通信繋がりました!」
『『大尉殿!! ご無事でしたか!!』』
「ああ、生きてる。おかげで助かった……。二人の完璧な連携のおかげだ、感謝する…」
ウィンズロウとシンに無事を伝え、その抜群の戦果への労いを伝える。
話している最中、やたらと背後から「私の肩や背中」を触り、必死に会話を遮ろうとしてくる優しい手が煩わしかったので、私は「フンッ!」と容赦なくその手を何度も祓い除け続けて通信を終えた。
「……大尉殿、あの、大尉殿。カーニャ大尉殿。頼みますから、一刻も早くその毛布を被って休んでください。冷えて体力を消耗します。……その、色々と、丸見えです」
傍らで大きな毛布を抱えた女性下士官――正規軍の医療担当であろう彼女に、気遣わしげな小声で耳元で付け足され、私の意識は完全に冷徹な現実へと引き戻された。
……私は至近距離爆撃のショックで心肺停止に陥り、部下たちによるド下手くそな人工呼吸と、AED(自動体外式除細動器)による電気ショックの波状攻撃を受け、意識を回復して敵の撃退を確認した勢いそのままに。
「上下とも完全なマッパ(全裸)」の状態で甲板に立ち上がり、かけてくれようとする毛布を「通信の邪魔だ!」と何度も全力で祓い除けながら、『全裸で仁王立ちスタイル』で砲兵部隊や航空部隊と熱い通信を交わしていたらしい。
恐らく衣服は、救助の際に取り去られていたのだろう。
道理で周囲の人たちが、文字通り「目を背ける」わけである。
うさちゃんミシフィー下着の機密どころか、私の長身で過労に痩せ衰えたすべてのフィジカル・コンプライアンスが、カルディの明るい太陽の下に堂々と完全開示されていた。露出趣味の最低野郎ムーブのような気もする。勘違いに違いないが。
「……」
私は、安物の量産型アサルトライフルを手に奇跡の狙撃を繰り返す『トーゴー公爵』のような、絶対的な冷静沈着と鉄のポーカーフェイスを意識しながら、スッと静かに女性下士官に毛布をかけさせた。
すべては計算通りだ。何も恥じることはないのだよ。
「……フランコ。この場で構わん、状況報告を聞こうか……」
「へい。あん時はマジで大尉殿の指定した座標への砲撃と爆撃がすげえタイミングで炸裂して、バーッて敵が全滅しましたぜ! 俺たちサイキョーですわ! あ、大尉殿もビーフシチュー食います? 正規軍から貰ったやつ」
フランコは、自分たちのせいで私の尊厳が消し飛んだことなど1ミリも気にせず、モリモリと缶飯を食いながら報告を続ける。
「……今は、いい。……続けろ…」
私は、冷徹な東郷ヴォイスを装い続けた。
「で、大尉殿の装甲歩兵が焼け焦げてボロボロだったんで、中をこじ開けたら怪我もなくて安心したんすけど、完全に意識が戻らなくて心臓も止まってたんでね。あの『QED』?とかいう電気ショックの機械をくっつけて、俺たち交代で人工呼吸をやったんすよ。俺、人の蘇生やるの初めてだったんで緊張しましたわ! 次まで手順を覚えてられるかな? ――そしたら大尉殿が突然『おほおっ!?』って飛び起きて、白目を剥いたまま、ものすごい速度で俺たちにバーッて殴りかかってきたんすよ。マジでホラー映画の凶暴なゾンビっぽくて、めちゃくちゃカッコよかったですぜ!」
「……白目を、剥いて、化け物のように殴りかかった……?」
命を救ってくれた部下への感謝の言葉が、私の喉元で一瞬にしてドロドロの殺意へと変色した。白目を剥いて暴れるカッコイイ全裸の化け物とは、上官に対する随分な言い草ではないか。
「いや、最初に俺たちがやった時は手際が悪かったのか、大尉殿の顔色がどんどん土気色になっていったんですわ」
(それはただの拷問の結果だろうよ……)
「さすがにマズいってんで、特殊部隊で経験があるってえジョルジョのやつに交代しようとした途端、大尉殿が悲鳴をあげて飛び起きて、そのままジョルジョの顔面に右ストレートをぶち込んだんすよ。白目剥いて暴れるもんで、俺たち総出で力ずくで甲板に押さえつけたら、大尉殿がまた泡吹いて痙攣し始めちまって。いやー、マジで心配しましたぜ?」
そう語るフランコの心配は、缶飯の底に残った高級ビーフシチューを、パンの切れ端で綺麗に拭い取ることに90%以上注がれているように見えた。
「……」
「……あの、大尉殿。よろしいですか?」
親切な女性下士官がそっと割り込んでくる。
「服と下着は綺麗に洗濯をしておきましたから、今は替えのこちらを着てくださいね」
「……あ、ありがとう……(涙目)」
親切な女性下士官のあまりにも深い聖母のような気遣いが、かえって私の全裸の魂に深く突き刺さって落ち着かなかったが、私は毛布にくるまり座り込み、着替えを手に取りながら、走り抜けたこの作戦で初めての、静かで深い休息を噛み締めていた。
◆ ◆ ◆
――その後。
事後処理において、現場の状況に合わせて臨機応変に救援要請(時間外労働)に応じたウィンズロウとシンの二人は、正規軍の上層部からも「現場の鏡」として大変高い評価(ボーナス査定)に繋がったらしい。めでたいことだ。
一方の私はと言えば、後方の安全な司令部から一歩も動かないクルツ司令から「事前準備が足りない」「戦術の組み立てが雑だ」「お前は全裸で通信を繋ぐな」などと、理不尽極まりないお小言(コンプライアンス違反)をたっぷりと賜る羽目になった。
もちろん、私は持ち前のデスクワーク能力を発揮し、一分の隙もない、実態とは120%乖離した完璧な「成功美談の事後報告書」をでっち上げて本部に提出してやった。中身のデータの誤差など知るか。読む方の脳の処理能力の問題だ。
今こうして生き延びているからこそ、怒ることもできるし、恥をかくこともできるのだ。仕様書のバグなど、生き残った者の勝ちなのである。
しかし「お前は全裸で通信を繋ぐな」って、どういう意味かね? 世には全裸中年男性が溢れているんだし、わざわざ言うほどのことじゃないはずだ!(論点ずらしと事実の矮小化)
輸送船の面々や、我が隊のロクデナシども。全員が生き残れたのは、間違いなく私の段取りと、命懸けの至近砲撃と爆撃を要請した判断のおかげだ。まあ、その連中に文字通り「あの世の門」から引き戻されたのだから、これで貸し借りなしといったところだろう。
ただし人工呼吸は致命的にドへたくそだったが。
あの走馬灯の幻で見た「鬼どもの呼吸を止めるキスの拷問」は、部下たちのド下手くそな心肺蘇生(物理的な窒息)で地獄に送られかけた私の脳が、限界の淵で弾き出した防衛本能の処理結果だったらしい。
中でもジョルジョに対しては、意識不明であるにも関わらず、私の肉体が本能的な本気の拒絶パンチを叩き込んでいた。あのストーキング妨害の恨みが、私の細胞の一つ一つにまで深く根付いて腹に据えかねていたらしい。
「……しかしフランコ、私としたことが、今回は部下たちに随分と『恥ずかしい秘密』を知られてしまった気がするな……」
私が毛布を被ったままそう溢したとき、フランコは私の言っている意味が全く理解できないという風に飯を食う手を止め、心底不思議そうに平然と言い放ったものだ。
「……ハァ? 大尉殿、いまさら何を言ってるんですかい? 格納庫での冷水ストリップ高笑い事件の時点で、俺たち大尉殿の尊厳のサイズなんてとっくに知り尽くしてますぜ? そもそも大きさが存在してましたか?」
「貴様ァァァ!! 万死に値するぞ!!!」
◆ ◆ ◆
後日。
部下たちのあまりにも「殺人未遂レベルのへたくそな人工呼吸、心臓マッサージ」対策として、私は『救護・蘇生の緊急特別訓練』の実施を決定した。
もちろん、ダミー人形として指名したのは、ジョルジョとフランコの二人である。
「はい! 押し込み方が足りない! 心臓と胸骨を叩き割るつもりで押せ!! 次はジョルジョへのマウス・トゥ・マウスだ! 首をへし曲げて気道確保しろ! 唇に隙間を作るな、殺意と大腸菌を全力で叩きこんで蘇生させろ!! もう一体のダミー人形(フランコ)を逃がすな!」
訓練場の端で、ダミー人形にされて胸を押され、息を吹き込まれた二人が胃の中の物をぶちまけて盛大に吐き散らかしていたが、これは全て彼らの医療技術の手際が悪すぎるせいだ。
仕様書の通りに訓練を回しているだけなので、私は1ミリも悪くない。潔白だ。
無能生命体とか最低野郎とかの意見は却下する。
【テイヘンズ補足小事典】
●ホワイト・ラビット、リトル・ジョン、ブルー・ライオン
それぞれ、うさぎ信者のカーニャ大尉、大柄な砲兵部隊指揮官ウィンズロウ、借金返済のために航空部隊に身売りしたシンの通信コードネーム。別にそれぞれのコンプレックスやリビドーが迸(ほとばし)って名乗っているわけではない(当人たち談)。
●ムナグラ川、カルディの沼
クメソを流れ、大地を肥沃に潤す、コーヒー色をした水の大河。
●爆撃と砲撃をかいくぐったワーカー・ゲリラ
装甲歩兵リヴォルティング・タートルなど。指揮するSS(スーパー・ソルジャー)のプルートゥが、プログラムされた知識通りに、待ち伏せ地点へ野戦築城の簡易掩体壕(シェルター)を作らせていた。
このため、砲弾の直撃やナパームで蒸し焼きにされずに生き延びることができた機体と兵員が存在した。このことでプルートゥは自分の知識に感謝する一方、「何故、逆に先手の奇襲(バグ)を受けたのか」と深い疑念を抱いている。
●「見える! ララァ!」
この連続残業月間は過労死ラインの3倍。異常に脳内麻薬が出ている状態になります。(ブラック現場から)逃げろ! 赤い彗星というよりは、所詮は完全に堕ちる運命にある流れ星。
●「私とて~ 底辺労働者人生に、栄光あれぇぇぇ!!」
徹夜で仕上げた間に合わせのパッチ(ガウ)を、巨額の予算と時間を注ぎ込んだ先端脳技術(木馬)にぶつけてやる! カーニャ大尉は特攻するガルマ大佐のように操縦桿を握っています。
●ナポリを見たら、死んでしまえッ!!(意味不明)
「美しいナポリ(低予算で仕上げた対SSプログラムで動いているホワイト・ラビット)という芸術を見たのだから、人生で見るべきものはもう見ただろう?」という、連勤徹夜明けの高揚感による戯言。
●見てはいけない気の毒なもの
強制収容所の生き残りのような過労で痩せた女性将校が、南国の日差しの下、徹夜明けの目をギラギラと輝かせながら、意気揚々とマッパで仁王立ち(または全裸座り)するさま。
●正規軍輸送部隊
「へなちょこ正規軍」などと普段は呼ばれながらも、指揮官、衛生兵を含め、兵員たちのコンプライアンス意識はとても真っ当。だからこそ悪意ある噂と現実との差への憤り、または全裸の奇行へのダメージが大きい。