ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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     ティンクルさんの好きな人  後編

 

 

 

 

 

第六十層が暮れに染まりはじめた頃、酒場はちょうど混みはじめのざわめきで満ちていた。

 磨かれたカウンターに灯ったランプの光が、カップの琥珀を揺らす。

 

入口から見て一番奥、壁際の角席――そこに、赤白の団服の男と銀髪の剣士が並んでいた。

 ヒースクリフと、ティンクル。

 

二人は肩が触れるほど近くはない。けれど、離れすぎてもいない。

 ちょうど、聞こえるか聞こえないかの距離で、言葉をほんの少しだけ交わす。

 

「……味は、どうだね」

「薄すぎず、濃すぎず。空腹のまま飲ませないところが、この店の良いところです」

「君はやはり評価が精密だ」

「評価の対象が“飲み物”であれば、ですけどね」

 

そこまで。ふたりの会話は、氷の表面のひびを指でなぞるみたいに静かに途切れる。

 ティンクルはカップの縁に指を滑らせ、微笑の角度を崩さない。

 ヒースクリフは十字盾を壁に立て掛け、視線を正面のランプに預けたまま、沈黙そのものを会話のように扱っている。

 

――そして、噂は周囲で勝手に育つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、見ろよ。神聖剣と氷姫、並んで飲んでるぞ」

「お、おう……すげぇ絵面だな。ツーショット、写真撮らせてくれないかな」

「やめとけやめとけ、命が惜しけりゃな。ほら、団長の半径三メートルは立ち入り禁止って、攻略組のローカルルールが……」

「誰が作ったんだよそんなルール」

 

カウンターの中でグラスを磨いていた店主が、目だけでふたりの方を見やって小さく肩を竦める。

「静かに飲ませてやんな。ここは武勇伝を並べる場所だが、黙って味わう客が一番いい客でもある」

 

情報屋風の細目の男が、肘で隣を小突いた。

「しかしだ、あの並びは珍しい。姫さんは誰にでも笑うけど、団長の前だと笑い方の温度が半度だけ下がる。お互い、仮面の径が一致してる感じがするんだよな」

「おまえ、温度計でも刺してんのかよ」

「商売柄、観察には自信がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、つまりだ」ギルド未所属の若い剣士が、仲間に身を乗り出す。

「ティンクルさん、好きな人は団長なんじゃないか説、あると思います!」

「いやいやいやいや、ないないない!」と、別の女戦士が手を振った。

「氷姫の理想、前に聞いたことあるわよ。“距離をわかってくれる人”だって。団長が距離をわからないわけないけど、あれは“戦場の距離”よ。恋の距離とはまた別」

「恋の距離ってなんだよ。近接か遠距離かって話か? 射程?」

「脳みそまで筋肉……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入口の柱の陰で、少年がぴょこぴょこ背伸びして中を覗いていた。リオだ。

 僕、と一人称が似合う年頃の顔。落ち着きなく左右へ視線を振り、そして意を決して店内へ。

 

「……あ、あの! ちょっと、通してください!」

 

狭い通路を器用にすり抜け、カウンターの端。

 ヒースクリフとティンクルから三席あけたところに腰を下ろす。心臓の音がうるさくて、カップの置き場所を二度間違えた。

 

(だって……だってさ……)

 

耳の後ろまで赤い。ほっぺたをぱん、と叩いて、店主に小声で頼む。

「冷たい水をください」

「ここ、酒場なんだが」

「……冷たい水をください」

「はいはい」

 

水が来るまでの数秒が永遠に感じられるあいだに、背後の席から、刺さるようなヒソヒソが耳へ入ってくる。

「ほら見ろよ、団長と氷姫。あれ絶対――」

「やっぱり、そういう……?」

「距離をわかってくれる“人”=団長、ってやつ?」

 

リオはがばっと振り返った。

「ち、違うと思います!!」

 

酒場の空気が一瞬で止まる。ざわめきが刃物のように薄くなる。リオは焦って両手を振った。

「い、いや、その! ティンクルさんは、だれにでも、えっと、その……やさしいですけど、それはなんか、こう――みんなに、同じ、なんです! 団長には、ちょっとだけ、ちがうけど! それは、なんか、“戦いの話”の顔っていうか!」

「お、おう……落ち着け坊主」

「語彙が溶けてるぞ」

「だいたい!」

 

 リオはほとんど叫ぶ。

 

「ティンクルさんは、団長のこと、尊敬はしてますけど、“好き”は……その、違うと思います! たぶん!」

「“たぶん”が付いたぞ」

「説得力ゼロだな」

 

真っ赤になったまま、リオは肩を落とした。

 カウンターの向こうで店主が苦笑して水を置く。氷がこつりと鳴った音が、少年の耳へじんわり沁みた。

 

(だって、そうであってほしい、から……)

 

胸の奥で小さく付け足す言葉は、誰にも聞かれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほら、あの二人の“間”を見なよ」

 別のテーブル、職人風の女が顎で示す。リズベットだ。付き合いの長そうな仲間がうん、と頷く。

 

「間?」

「そう。ティンクルは、誰とでも“間”をつくるのが上手い。詰めすぎない、離れすぎない。あれは礼儀ってだけじゃなくて、相手の癖をよく見てる証拠。で、団長と並んだ時だけ、その“間”がちょっとだけ……固い」

「固い?」

「そ。溶けない氷みたいな。――あ、悪い意味じゃないのよ。むしろ、互いに“それで良い”って合意してる固さ。わたし、あれは恋ってより“同盟”に見えるけどね」

「同盟、か。言い得て妙だな」

「でもねぇ……」

 リズはグラスの縁を指で弾く。

「それはそれとして、可愛いもんは可愛いのよ。銀髪。笑顔。くっ……嫉妬ではない。ないけど……くっ……」

 隣が笑いを堪えきれずに噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

噂は形を変え、席から席へ伝播していく。

 ――ある席では、ティンクルの理想のタイプが「距離をわかってくれる人」だと語られたことが引用され、

 ――別の席では、団長の「よく笑うようになった」という評が、どこか甘い方向へ曲解され、

 ――さらに別の席では、過去のボス戦での立ち回りが“相性の良さ”として恋バナに転化される。

 

「氷姫って、誰にでも優しいけど線引きがあるよね」

「そうそう、“仲間”まではすぐ入れるけど、その先は一生行けなさそう」

「こじ開けたがるタイプもいるけど、あれはやめとけ。剣で指を落とされる」

「物騒だな!」

「でもさ、好きな人の噂って、なんだかんだ皆好きだよな」

「人の恋路は蜜の味、ってやつ」

「いやまだ恋って決まってないだろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなざわめきの外側で、肝心の当人たちは変わらず静かだ。

 ランプの明滅に合わせて、氷がカランと鳴るたび、ふたりの影がほんの少しだけ伸び縮みする。

 

「……明日は、早いね」

 ティンクルがぽつりと言う。ヒースクリフは頷く。

「ああ。七十層への道は、どの道筋を選んでも荒れる」

「荒れるのは、風か、心か」

「両方だろう」

「なら、風に合わせて心のほうを先に測っておきます」

「頼もしいな」

 

そのやり取りに、含みも甘さもない。ただ戦術と心理の確認。

 けれど、最初にこの店へ足を踏み入れた者が見たなら、きっとこう言うだろう――“絵になる”と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、カウンターの端で小さな異変。

 リオが氷水を飲み干して、息を整え、立ち上がった。わずかな逡巡のあと、カウンターの内側へ身を乗り出して店主に囁く。

 

「……すみません、あの、あっちのふたりに、これ。ぼくの奢りにしてください」

 

差し出されたのは、よく磨かれた小さなコイン袋。店主は眉を上げた。

「坊主、背伸びすんな」

「背伸びじゃないです。ぼくの、気持ちです」

 

短い押し問答の末、店主は観念してコイン袋を受け取り、奥に消える。

 そして、数十秒後。新しいカップが二つ、静かにふたりの前へ置かれた。琥珀色が、少しだけ深い。

 

ヒースクリフが目線だけで店主を見やる。店主は顎で入口の柱の陰――つまり、リオを示した。

 ティンクルは、ふっ、と小さく息を笑いへ転じて、遠くの少年へ視線だけで「ありがとう」と言った。

 

リオはその場で固まった。次の瞬間、顔中がぱあっと灯って、勢いよく頭を下げる。

 周りの席が温かくどよめいた。

 

 

「青春だなぁ」

「わかる、今のは良かった」

 

 

その“良かった”が、噂の色調をわずかに変える。

 からかい半分だった声が、どこか柔らかくなる。

 恋バナの熱は残しつつも、矢印の先に棘を付けるのはやめておこう――そんな空気の偏西風。

 

「団長と氷姫、っていうより、氷姫と“皆”って感じなんだよな」

「距離をわかってくれる人、か。……俺も練習しよ」

「まず声のボリュームを半分にしろ、お前は」

 

ふと、ティンクルが席を立つ。ヒースクリフも立つ。十字盾が静かに肩へ戻る。

 誰も何も言わないのに、通路が自然に空く。

 ふたりはカウンターにコインを置き、店主が目だけで会釈を返す。

 

「ごちそうさま。良い夜でした」

「また来いよ、氷姫。――団長も」

 

外の空気が、テーブルの隙間からひやりと流れ込む。

 その冷たさの中で、噂だけが、ランプの熱を少しだけ残して揺れ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店を出た角を曲がるまで、リオはずっとその背中を目で追っていた。

 追いかけるべきか、一歩が出ない。結局、拳をぎゅっと握って、ぐっと堪える。

 

(僕は、僕で、強くなる。距離を――わかる人になる)

 

柱の影でひとつ深呼吸してから、彼は仲間のテーブルへ戻っていった。

 

残された酒場では、相も変わらず談笑と噂が続き、やがて夜は巡っていく。

 

「ねぇ結局、氷姫の好きなタイプって誰なんだろ」

「“距離をわかってくれる人”だって言ってたろ」

「じゃ、その距離って何メートル?」

「お前は明日から測量士になれ」

 

笑い声。グラスの触れ合う音。

 扉の隙間から、外の風が少しだけ吹き込み、テーブルの端で揺れていた噂の尾を、綺麗に払っていった。

 

ふっと軽くなった空気の中で、誰かが呟く。

 

「――まあ、いいや。明日も生きて、また噂しよう」

 

夜は、そういう約束に優しい。

 少なくとも、この店のランプが灯っているあいだは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の街。第六十一層の酒場では、新しい噂がもう生まれていた。

 

「なぁ、聞いたか? 氷姫が神聖剣と飲んでたってよ。アルゲードのカウンターで二人、静かに」

「へぇ、あの二人は画になるよな。『最強と最強』ってやつだ」

「いやいや、恋愛とかじゃねえだろ。団長はああ見えて情に流されないタイプだって。仕事の話さ」

「お前それ、逆に怪しいって言ってるようなもんだぞ」

 

どっと笑いがおこる。奥の丸テーブルでは別の噂が重なる。

 

「でもさ、最近の稽古場、黒の剣士とティンクルが剣合わせてるの見たってよ」

「キリトと? ……あの二人、間合いが似てるもんな。気が合うのかも」

「気が合う、ねぇ。閃光の方が黙ってないんじゃないの?」

 

笑いの輪がもう一つ、ふくらむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市場の通り抜け。

 石畳の市で、屋台が並び、人が行き交う。串焼きの煙の向こう、木箱の上に腰を掛けた《商人》が、得意げに手を振った。

 

「俺は見たぞ、見たとも。氷姫の“理想のタイプ”発言。『距離をわかってくれる人』だとよ!」

「距離かぁ。団長は距離の鬼っぽいし……でもキリトも、意外と距離感うまいって評判だぜ?」

「あたしはリズベット武具店推し! あの子、友達が多い子が好きって言ってた! ……いや言ってないけど、そんな顔だった!」

 

すぐそばで、串を買っていた若い前衛が首をひねる。

「距離、距離って……具体的に何メル(※この世界の歩幅単位)だよ?」

「さぁな。心のメルだ」

「急に詩人ぶるな!」

 

笑いが、屋根瓦に跳ねて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練場の土埃。

 昼下がりの訓練場。さっきまで模擬戦の喚声が響いていた土の上に、まだ足跡が生々しく残っている。

 片隅で木剣の手入れをしていた《軍》出身の大柄な男が、静かに言った。

 

「見たことがある。黒剣士と氷姫の『間』だ。いい間合いだった。恋じゃない。だが、あれは互いを信じた者の間合いだ」

 

同僚が肘でつつく。

「詩人がもう一人増えたぜ」

「うるせぇ。……ただ、あいつらの間に入れるやつは多くない。団長は入れる。閃光も入れる。俺らは、外から見てればいい」

「外野で十分ってか? それが“距離”ってやつ?」

「さぁな。心のメルだ」

「おまえもか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍛冶屋の火花。

 《リズベット武具店》。火床の赤が、鉄を叩くたびに生まれては消える。

 カン、カン――リズがリズらしいテンポで槌を振る。

 

カウンターに寄りかかった常連のクラインがニヤつく。

「なぁリズ、ティンクルの好み、ズバリどっちだ。団長かキリトか」

「どっちでもない、が正解よ」

 

リズは槌を置いて、布で汗を拭った。

「ティンクルはね、『距離をわかってくれる人』って言ってたでしょ。あの子、距離を自分で測るのが上手いの。近づきたくないときは絶対に近づかないし、近づくと決めたら、必要なだけでちゃんと止める」

「職人みたいな言い方だな」

「そうよ。あの笑顔、研いだ刃みたいに繊細。誰が相手でも崩れない。だから――誰が相手でも『いけそうに見えちゃう』の」

 

カウンターの隅で、リオが両手をぎゅっと握りしめていた。

「でも、ぼくなら……ぼくだって、その距離、わかるようになれる。毎日見て、覚えて、合わせて――」

 

リズはちらりと彼を見て、声を柔らげる。

「リオ。無理に合わせるんじゃないの。自分の歩幅で歩ける人だけが、相手の歩幅に寄り添えるんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌晩、噂は過熱していた。

 酒場の壁には、誰かが冗談で描いた相関図が貼られている。

 

中心に銀色の丸――《ティンクル》。

 そこから、赤い線が二本、黒い線が三本。

 団長、キリト、そして小さく「???」。

 

「その『???』は誰だよ!」

「オークションの隠し札だってさ」

「やかましいわ!」

 

そこへ、ひときわ通る声。

 

「いいかげんに……やめてください!」

 

場が一瞬、静まる。声の主はシリカだった。

 両手を腰に当て、ふくれっ面のまま続ける。

 

「それ、勝手に線引くもんじゃないよ。相関図とかで遊ぶの、やめようよ。…ティンクルさんは見世物じゃない」

 

彼女の一言に、酔いの笑いが少し萎む。

 気まずそうに視線を逸らす者、肩をすくめて紙を剥がす者。

 リズが奥から親指を立て、エギルがカウンターでそっと拍手を二度。

 

シリカは息を吐き、ひとり分席を空ける。そこへアスナが近づいた。

 

「ありがとう、シリカ」

「わたしが言っていいことか分からないけど……言いたかったですから」

「言って、よかったよ」

 

二人は笑い合い、温いシチューを分け合った。

 噂は消えない。けれど音量は下がった。

 誰か一人が手を伸ばすだけで、世界のボリュームは少し調整できる――そう実感できる静けさが、短い時間だけ訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石畳の端で。

 

その夜更け、アルゲードのカウンター。

 灯が落ちて、残っているのは薄い橙の輪だけ。

 そこに、ふたつの影が静かに並んでいた。

 

「紅茶でいいですか」

「いつも通りで」

 

ティンクルの声は変わらない。

 ヒースクリフは頷き、湯を注ぎながら問いを置く。

 

「――今夜の噂、耳に入っているかね」

「ええ。入ってます」

「どう思う?」

「便利だと思います」

 

ヒースクリフは目を細める。

 ティンクルは淡く笑みをつくった。

 

「距離は、測られる前に、測っておくものですから。噂は物差しの目盛りになる。誰がどこに立って、どの速度で近づいて、どのくらいで立ち止まるのか。群衆の平均――統計は、役に立つ」

「個ではなく、群れを見るのか」

「個も見ます。でも、個が群れにのまれる速度は、群れを見ないと分からない」

 

紅茶の湯気が、二人の間でほどける。

 ヒースクリフはカップを置いた。

 

「君はよく笑う」

「ええ。今日も」

「私も笑っておこう」

 

ふたりは湯気に目を細め、同じ温度で笑った。

 静かな笑いは、カウンターの奥で小さく波紋を作り、やがて橙の輪の外へ吸い込まれていった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

その日も、噂は街を流れた。

 団長派、黒剣士派、第三の影派。

 

けれど同時に、人々の中に小さな針が一本ずつ立つ。

 ぶれる心のコンパスに、微かな“北”が与えられる。

 

リズは火床で鉄を打ちながら思う。――どんな恋でも、道具はしっかり磨いておけ。

 シリカは自宅前の階段を掃きながら思う。――見るなら見守る。消費はしない。

 エギルはカウンターでコップを拭きながら思う。――噂も調味料、入れすぎ注意。

 クラインは昼寝から起きながら思う。――オレの出番はいつだ。

 リオは屋上で拳を握りながら思う。――ぼくの歩幅で、きちんと立てるように。

 

そしてティンクルは、今夜も誰に対しても同じ角度で笑う。

 ヒースクリフの前でも、笑う。

 

その微笑みは偽物ではない。

 磨かれた技術であり、選び続ける意思だ。

 距離を測る手段であり、誰かが近づくための目印でもある。

 

「――距離、今日も良好」

 

誰にも聞こえない声でそうメモして、彼女は刃の手入れを終える。

 石畳の朝が始まる。噂はまた始まるだろう。

 

けれど、今日も剣は前に出る。歩幅は崩れない。測量は続く。

 やがて誰か一人だけが、その“心のメル”に、ぴたりと立てる日が来るのかもしれない。

 

その時までは――みんなで、少しずつ賢くなる夜を過ごせばいい。

 噂に笑い、時にたしなめ、時に静まり、また笑う。

 

そんな往復運動が、ここで生きる私たちの、ささやかな筋力になるのだから。

 

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