ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

13 / 21
第9話  王様ゲーム

 

 

 

 

クリスマスの夜。

 

石造りの宿舎の広間は、いつもより温かい光に満ちていた。壁際に吊るされたランプには、赤と緑の布切れが簡素な飾りとして結ばれていて、即席ながらクリスマスらしい雰囲気を作り出している。暖炉には火が燃え、ぱちぱちと弾ける音が場を和ませていた。

 

「ふう……やっと片付いた」

アスナは手に持っていた大皿をテーブルに置き、腰に手を当ててため息をついた。テーブルの上には、彼女が用意した料理が並んでいる。鳥肉のロースト、スープ、バターをたっぷり使ったパン、そして甘いケーキまで。広間に集まった面々――キリト、ティンクル、リズベット、シリカ、リオ――は、すでにそれを食べて満ち足りた顔をしていた。

 

「アスナさん、本当にすごいです!」

シリカが目を輝かせる。

「こんなご馳走、現実でも食べられるかどうか……」

 

「そうよねえ」

リズがパンをちぎりながら頷く。

「アスナがいてくれるだけで、食生活が二段も三段もランクアップだわ」

 

「……本当に美味しかった」

ティンクルはカップを置いて微笑んだ。灰色の瞳は蝋燭の火に照らされて、銀髪がさらに柔らかく見える。周りの空気は自然と和らぎ、リオは隣でひそかに頬を染めていた。

 

「え、えっと……ほんと、すごいです、アスナさん。あの……お、お嫁さんにしたいランキングあったら、間違いなく1位ですよ!」

 

唐突に爆弾を投げ込むリオ。

広間の空気が一瞬止まり、次の瞬間、皆が吹き出した。

 

「おいおい、リオ!」リズが肘で小突く。

「ストレートすぎるでしょ!」

 

「ぼ、ぼくはただ事実を……!」

 

アスナは顔を赤くして笑った。

「ありがとう。でもそんなランキング、なくていいから」

 

「はーい、そこまでそこまで!」

リズが手を叩いて仕切り直す。

「せっかくのクリスマスパーティーだし、ただ食べて飲むだけじゃもったいないでしょ。せっかくだから、ゲームでもしようじゃないの!」

 

「ゲーム?」キリトが眉を上げる。

「ここもゲームの中なんだけど……」

 

「そういうこと言う!」リズは睨むが、笑顔だ。

「現実でもやるようなやつ。みんなで盛り上がれるやつよ」

 

「例えば?」アスナが問い返す。

 

「――王様ゲーム!」

 

リズが指を突き上げた瞬間、場の空気が一気に賑やかになる。

 

「おおー!」シリカがぱんっと手を叩いた。

「それ知ってます! くじ引いて、王様の命令は絶対ってやつですよね!」

 

「うんうん」リズが頷く。

「ただし、ここは過激な命令は禁止。あんまり行きすぎたやつはダメだからね。最初に全員で命令を紙に書いて、アスナと私がチェックしてから始めよ」

 

「なるほど……」ティンクルは柔らかな笑みを浮かべる。

「安全管理もきっちり。さすがだね」

 

「……なんか言い方が教師っぽい」リズが笑う。

 

「ティンクルの言う通りだよ」アスナが頷いた。

「みんなが嫌な思いしないで済むなら、それでいい」

 

キリトは苦笑しながらも頷く。

「じゃあ、俺たちでルールを守ればいいな。拒否権は……なしでいいんだな?」

 

「そう! 拒否権はなし! 王様の命令は絶対だからね!」リズは楽しそうに叫んだ。

 

リオがやや青ざめる。

「ぜ、絶対ですか……?」

 

「大丈夫だよ」ティンクルが笑って言う。

「そんなに重い命令は入らないようにするから」

 

その笑顔だけでリオは救われた気がして、必死に頷いた。

 

 

紙に書く時間

 

全員が紙片を受け取り、思い思いにペンを走らせる。

「えーっと……『1番が2番に自己紹介』とかでいいかな」シリカは悩んでいる。

「それゲームにならないでしょ」リズは笑いながら「全員で動物の鳴き声を真似」と書き込む。

 

キリトは「ちょっと刺激が足りないよな」と呟きつつ、ちらっとアスナを見て、こっそり何かを書いた。

リオは必死に「3番が1番に似顔絵を描く」とか、「2番が4番にジュースを取ってくる」とか、平和な命令ばかりを書いていた。

 

ティンクルは少し考え、静かに短い文をしたためる。

「――『笑顔で隣の人を褒める』」

 

アスナとリズは各自の紙を集め、丁寧にチェックした。

 

「はい、準備完了。これで始められるわね」

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

ゲーム開始

 

最初の王様はシリカ。小さな手で棒を引き抜き、胸を張る。

「はいっ! 王様は私です!」

 

「おおー!」皆が拍手。

 

「じゃあ命令! えーと、『全員で動物の鳴き声を真似する』!」

 

「なにそれー!」リズが笑い転げる。

 

「いいじゃない! じゃあ私、猫!」

「わ、わたしは小鳥!」

「ぼ、ぼくは……犬で!」

「……じゃあ、僕は……狐かな」ティンクルが少し考えて呟くと、その声が意外にもしっくり来て皆が笑った。

 

「アスナは?」

「え、えっと……鹿?」

「どんな鳴き声!?」リズが突っ込むと広間は大爆笑になった。

 

 

その後もゲームは続く。

「2番が3番の真似をする」――リオが必死にリズの大げさな口調を真似して、全員が腹を抱える。

「4番が5番に飲み物を注ぐ」――ティンクルがリオにグラスを渡すと、リオは耳まで真っ赤になる。

 

笑いと拍手が繰り返され、場は温かさで満ちていった。

 

 

「次の王様は……わたし!」リズが引き当てて胸を張る。

箱から紙を一枚抜き、広げた瞬間、彼女の口元がにやりと曲がった。

 

「ふふ……これは面白いわよ。――『3番が王様に告白』!」

 

「ええっ!?」広間がざわつく。

「こ、告白!?」シリカが顔を赤くする。

 

リオは一瞬にして固まり、手元の棒を見下ろした。震える指先。

「ぼ、ぼくは……6番……」

 

そして周囲の視線が一人の人物へと集まった。

「……3番」ティンクルが棒を軽く掲げる。

 

「えっ……!?」リオの顔はみるみる赤くなる。

 

その瞬間、広間は爆笑の渦に包まれる。

「ええー!? ティンクルからリズに!?」

「どんな告白になるんだ!」

 

ティンクルは一呼吸置き、静かにリズを見た。

灰色の瞳が細められ、柔らかな笑みが浮かぶ。

「――可愛い」

 

それだけ。短い、けれど確かな一言。

 

「ぐ、グフッ……!」

リズは口元を押さえ、顔を真っ赤にして崩れ落ちた。

「な、なにそれ……ずるい……っ!」

 

広間は大爆笑。

シリカは「キャー!」と叫び、アスナも肩を震わせて笑っている。

しかし――リオだけは違った。顔を真っ赤にし、目を泳がせ、拳をぎゅっと握りしめていた。

 

「……」

 

ティンクルはそんなリオの様子を見て、少しだけ微笑んだ。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

暖炉の火は赤々と燃え、広間の笑い声が途切れることはなかった。

リズがティンクルからの「可愛い」の一言で崩れ落ちた場面からしばらく経ち、皆の頬は笑いすぎで痛くなり、喉は乾き、机の上のグラスが次々と空になっていた。

 

「はぁ……あんなの、卑怯でしょ……」

リズはまだ顔を赤くしたまま、隣のアスナにぶつぶつ言う。

「たった一言で倒れるとか、悔しいわ……!」

 

「でも、効いたでしょ?」アスナはくすっと笑う。

「ティンクルって、そういうとこあるのよね」

 

「うぅ……」リズはテーブルに突っ伏す。

その横でシリカがきらきらした目でティンクルを見ていた。

「すごかったです! あんなの言われたら、もう……っ!」

 

ティンクルは軽く笑い、首を傾げる。

「大したことじゃないよ。ただ、ルールだから」

その自然さが逆に破壊力を増して、リオは顔を真っ赤にして視線を逸らした。

 

「……」

 

彼は胸の奥がちくりと痛むのを感じながら、手元のグラスを握りしめる。

(やっぱり……すごい。ティンクルさんは……)

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

その後も王様ゲームは続き、笑いは尽きなかった。

 

「2番がリオの真似!」――引いたのはリズで、彼女は「ぼ、ぼ、ぼく……!」とわざとどもって場を爆笑させる。

 

「全員でティンクルの笑顔を真似!」――シリカの命令で、皆が同じように微笑もうとするが、どうにもぎこちなく、本人を前に全員が赤面する羽目に。

 

ティンクルは肩を震わせながら笑った。

「そんなに僕、笑ってるかな?」

 

「笑ってますよ!」シリカが即答し、リズも頷く。

「しかもずるいくらい綺麗に!」

 

「そうそう、俺も憧れるな」キリトまで言い出し、アスナが横から肘で小突いた。

 

そんなやり取りの中で、次第に笑いは疲労と混ざり、温かな酔いに包まれていった。

 

 

運命の一枚

 

やがて――。

リオの手に、王様の棒が渡った。

 

「……ぼ、ぼくが王様です」

 

少し震えた声。

全員の視線が集まる。リオは喉を鳴らし、箱の中から一枚の紙を引き抜いた。

 

そこには――。

 

『5番が王様にキス』

 

広間の空気が、一瞬で張り詰めた。

 

「えっ……」

シリカの目が丸くなる。

リズが「おおおお!」と身を乗り出す。

アスナは一瞬、言葉を失った。

「もう!誰がこんなの書いたのよ!」

 

「……俺だ」

キリトが苦笑して頭を掻いた。

「みんな“ちょっと刺激が足りない”って言ってただろ? だから……まあ、その……」

 

「キリト君……」アスナがじとっとした目を向ける。

「な、なんだよアスナ!」慌てて手を振る。

「そんな大事になるとは思わなかったんだ!」

 

だが、王様はリオ。拒否権はない。

リオの胸は早鐘のように打ち、顔が真っ赤になる。

 

(き、キス……!? も、もしかして……ティンクルさん!?)

 

リオは震える手で棒を見下ろす。

番号は――。

 

「……ぼ、ぼくは……王様だから……」

震えた声で続ける。

「5番、お願いします」

 

沈黙。

皆が自分の棒を確認する。

そして、ゆっくりと一本の棒が上がった。

 

「……俺だ」

キリトが顔を引きつらせながら手を挙げた。

 

「――っ!!」

 

リオの目が大きく見開かれ、次の瞬間、絶望の色に染まる。

 

「えぇぇぇぇぇえええ!?」

リズとシリカが同時に叫び、広間は大爆笑に包まれた。

 

「王様と黒の剣士のキス対決!? やばいやばい!」

 

アスナは真っ赤になって固まり、ティンクルは涼しい顔で「ふーん……」と呟いた。

 

「お、おい! 本気でやるのか!?」キリトが声を裏返す。

 

「ルールですから……」リオは消え入りそうな声で答える。

拳を震わせ、必死に自分を奮い立たせる。

(こ、これが命令なんだ……! ティンクルさんじゃなかった……でも……!)

 

「キリト君……」アスナの声がかすかに震える。

 

「いやいやいや、俺だってやりたくねえよ!」

キリトは顔を真っ赤にして立ち上がる。

「でもルールだからな……わ、わかったよ!」

 

リズとシリカは机を叩きながら爆笑している。

「やれやれやれー!王様と黒の剣士の運命のキスだー!」

 

ティンクルは微笑んだまま、その光景を静かに見守っている。

 

そして――。

 

リオはゆっくりと立ち上がり、震える唇をきゅっと結ぶ。

(だ、誰か……笑ってくれ……!)

 

キリトも赤面しながら近づき、二人の距離が縮まる。

 

「……ご、ごめん!」

一瞬の触れ合い。キリトの唇がリオの頬に軽く触れ、すぐに離れる。

 

「うわあああああ!!!」リオが頭を抱えて崩れ落ちた。

「ち、ちがっ、これは……違うんです!!」

 

広間は爆笑の渦に包まれる。

リズは床を転げ回り、シリカは涙を浮かべながら笑い、アスナは真っ赤な顔でキリトを睨む。

 

「キリト君……っ!」

 

「いやいやいや! ルールだから! ルールだからだって!」必死に叫ぶキリト。

 

ティンクルは小さく息をつき、紅茶を口に含んだ。

「……これくらい刺激があった方が、楽しいかもしれないね」

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

笑い疲れ、叫び疲れ、広間の空気は温かな倦怠に包まれた。

皆が椅子に沈み込み、暖炉の火を眺める。

 

「いやー……王様ゲーム、最高ね」

 リズが満足そうに呟く。

「忘れられないクリスマスになったわ」

 

「……ぼくは、忘れたいです……」リオは机に突っ伏したまま呻く。

 

「忘れちゃダメだよ、リオくん」

 ティンクルが微笑む。

「大事な夜の思い出なんだから」

 

その言葉にリオはさらに顔を真っ赤にし、呻き声を上げるしかなかった。

 

暖炉の火は、静かに燃え続けていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「――5番が王様にキス」

 

あの声が再び響いた。

リオは棒を握りしめ、額にじっとりと汗を浮かべていた。昨日と同じ、いやそれ以上に重たい空気。全員の視線が自分に突き刺さってくる。

 

ゆっくりと棒を掲げたのは、銀髪の影。

 

「……僕?」

ティンクルの微笑。

灰色の瞳が月光をすくい、長い髪が肩口で揺れる。その笑顔は普段と変わらないはずなのに、夢の中ではやけに柔らかすぎて、リオの心臓を捕まえて離さなかった。

 

「ルールだよ、リオくん」

低く響く囁き。

それだけで胸が熱くなる。

 

「ちょ、ちょっと待って……! 本当に……!?」

声は裏返る。逃げ出したいのに、夢の中の自分は脚も腕も縛られたみたいに動けなかった。ただティンクルの歩みを見守るしかない。

 

一歩。二歩。

彼女は近づいてくる。

そのたびに心臓が跳ね、呼吸が浅くなる。

 

「リオ君」

名前を呼ばれただけで頭が真っ白になった。

 

「……君はどうする?」

 

(ど、どうするって……!)

叫びたいのに声が出ない。喉が渇き、唇が震える。

 

ティンクルは腰をかがめ、白い指先を伸ばした。頬に触れる。あたたかさが伝わる。夢なのに、あまりにも現実的な温度。

 

灰色の瞳が近づく。

仮面はない。微笑だけ。

 

「キス、するんでしょ?」

 

吐息が触れる。

距離はもう数センチ。

理性は溶けて、リオは目を閉じかけ――

 

 

「――っ!!!」

 

その瞬間、身体が浮いた。

ドサッと床に叩きつけられる衝撃。

 

「うわああああああ!!!」

 

飛び起きて、息を荒げた。

額から汗が滴り落ちる。胸は破裂しそうに高鳴り、肩で大きく息を繰り返す。

 

見上げれば、窓から朝日。

鳥の声。

見慣れた宿舎の天井。

 

「……ゆ、夢……だった……」

 

震える声でつぶやいた。

けれど、頬に残る感触はまだ消えない。夢のはずなのに、まるで本当に触れられたみたいに。

 

 

食堂にはもう皆が集まっていた。

アスナはテーブルにパンを並べ、リズはシチューをよそい、シリカは笑顔で席を回っている。

キリトは端で居心地悪そうにパンをかじり、ティンクルはいつものように穏やかな微笑を浮かべていた。

 

「おはよ、リオ君」

その声に、再び心臓が跳ねた。

 

「ひ、ひゃいっ……!」

妙な声を上げてしまい、全員の視線がこちらへ。

 

「昨日の王様ゲーム、効いたんでしょ」

 リズが茶化す。

「あれは忘れられない夜になるわ」

 

リオはうつむき、パンを握りしめた。

(忘れられないのは……違う意味で、です……!)

 

ちらりと隣を見やる。

ティンクルは紅茶を口に運び、淡い笑みを浮かべている。夢と同じ笑顔。けれど、夢のように近づいてくることはない。

 

――当たり前だ。

あれは夢だった。

 

それでも。

あの「寸前の距離感」だけは、まだ胸を焦がしていた。

 

リオはパンをかじりながら、心の奥で強く思った。

 

(夢でも現実でも……ティンクルさんは、やっぱり僕にとって特別なんだ)

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。