ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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第10話  廊下の先の光

 

 

 

 

 

孤児院にいた日々

 

孤児院の廊下は長く、玄関へと続く先にはいつも光が差していた。

 その光の中で、誰かが「家族」として迎え入れられていく。

 嬉しそうに手を振る子ども、誇らしげな大人たち。

 僕は廊下の端から、それを羨望のまなざしで見つめ続けていた。

 ――いつか僕にも、本当の家族ができる。そう信じていた。

 

 

 

 

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一度目の家 ― 壊れた夢

 

最初に迎えに来たのは若い夫婦だった。

義母が言った。

「あなたは今日から私たちの子よ」。

 その一言に、胸がいっぱいになり、涙が溢れた。

 やっと「帰る場所」を手に入れたのだと思った。

 

けれど、数週間もしないうちに夜は変わった。

 義父の手が伸び、囁きが耳に絡む。

 訴えても義母は冷たく笑って目を逸らした。

 

逮捕されるその瞬間まで、僕は「どうして」と泣き続けていた。

 心から信じたからこそ、裏切りは鋭く胸を裂いた。

 

 

 

 

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二度目の家 ― 甘い檻

 

次に迎え入れたのは中年夫婦。

 食卓には温かい料理が並び、夜はぬいぐるみに囲まれて眠った。

 「ここが本当の家だ」と心から思った。

 

だがその甘さは檻だった。

 「秘密を守ってね」と囁かれるたびに、胸が冷えた。

 拒めば捨てられる。孤児院へ戻される。

 恐怖が僕の声を奪った。

 

また孤児院に戻されたとき、泣き腫らした目を笑う子もいた。

 大人は「可哀想に」と言った。

 ――可哀想? 違う。僕はただ「何度も裏切られる子」になっていった。

 

 

 

 

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寒い冬の日。孤児院の裏庭で、僕は外を見ていた。

 街中ではクリスマスの飾りが光り、楽しそうに歩く親子がいた。

 子供の手を引く母親。大きな袋を抱える父親。

 子供が笑って言った。「サンタさん、来るかな?」

 その声は鐘の音みたいに明るかった。

 

 どうして――?

 どうして僕には「家族」ができないんだろう?

 

胸の奥に重い石が落ちた。

 その瞬間、僕は初めて「微笑み」を作った。

 笑えば、誰かに選ばれるかもしれない。

 泣き顔よりも、笑った顔の方が大人は気に入るから。

 

その日から、笑顔は“祈り”ではなく“武器”になった。

 

 

 

 

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三度目の家 ― 働き手

 

農村の家。

 「働き手が欲しかっただけだ」――酒に酔った義父の言葉で悟った。

 昼は畑仕事、夜は「秘密」。

 僕はもう泣かなかった。ただ笑った。

 怒鳴られないように。

 笑顔は生き延びる仮面となった。

 

 

 

 

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四度目の家 ― 教育という餌

 

裕福な商家。勉強机と参考書を与えられた。

 だが夜は、勉強の椅子に座る義父の影が伸びてくる。

 そのとき、僕は声を整える術を覚えた。

 少し明るく、素直に響く声を出すことで、扱いやすい子供を演じられる。

 声色の仮面は、ここで生まれた。

 

 

 

 

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五度目の家 ― 宗教の名のもとに

 

教会を営む夫婦は僕を「神に選ばれた子」と呼んだ。

 日曜の礼拝では信者の前で微笑みを浮かべた。

 だが裏で「試練」と称した行為が待っていた。

 僕は声を殺し、微笑を保った。

 仮面は一層、厚く固まっていった。

 

 

 

 

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六度目の家 ― 商人の計算

 

商人夫婦は僕を「投資」と呼んだ。

 衣服も学習も与えられたが、夜は「回収」があった。

 僕は笑顔を切り替えた。

 昼は快活、夜は従順。

 場の空気に合わせて仮面を操る術を、ここで完成させた。

 

 

 

 

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七度目の家 ― 冷たい舞台

 

資産家の家。

 パーティーで「よくできた子」として披露される。

 頭を下げる角度、笑うタイミング。徹底的に仕込まれた。

 夜の扉の奥では、同じことが繰り返された。

 僕は抵抗しなかった。

 その代わり、笑顔の仮面を完全に固定した。

 

 

 

 

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八度目の家 ― 最後の裏切り

 

最後は老夫婦。

 「静かに暮らそう」と言って迎え入れられた。

 僕は最初から信じてはいなかった。

 ただ仮面を被り、微笑んで応じただけだ。

 

数か月後、義父が倒れ、家は借金に追われた。

 僕はまた「金に換えられる駒」として扱われた。

 驚きはなかった。ただ冷たい笑みを浮かべた。

 

――この瞬間、「家族」という言葉は完全に死んだ。

 残ったのは磨き抜かれた仮面。

 笑顔、声色、仕草。

 それらは僕自身であり、僕の唯一の鎧となった。

 

 

 

 

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八度の養子縁組と八度の裏切り。

 僕は学んだ。

 人は欲望で選び、欲望で裏切る。

 

ならば僕は、その欲望に飲まれず、冷たい仮面で遮断する。

 笑顔は武器。声色は盾。仕草は鎖。

 それらすべてを纏ってこそ、僕は僕を守れる。

 

――氷のように冷たい微笑みを被り続け、誰にも本心を見せない。

 憎悪すら、怒りすら、徹底的に隠し通し、ただ「快活で無害な仮面」を演じ続ける。

 

信じられるのは統計だけだ。

 再現性のない優しさは、誤差にすぎない。

 

――家族など存在しない。

 この社会に、僕の居場所は与えられない。

 

だから僕は仮面を選ぶ。

 選ばれるための仮面ではなく、生き延びるための仮面を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが「ティンクル」という存在の始まりだった。

 

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