ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

14 / 21
第10話  廊下の先の光

 

 

 

 

 

孤児院にいた日々

 

孤児院の廊下は長く、玄関へと続く先にはいつも光が差していた。

 その光の中で、誰かが「家族」として迎え入れられていく。

 嬉しそうに手を振る子ども、誇らしげな大人たち。

 僕は廊下の端から、それを羨望のまなざしで見つめ続けていた。

 ――いつか僕にも、本当の家族ができる。そう信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

一度目の家 ― 壊れた夢

 

最初に迎えに来たのは若い夫婦だった。

義母が言った。

「あなたは今日から私たちの子よ」。

 その一言に、胸がいっぱいになり、涙が溢れた。

 やっと「帰る場所」を手に入れたのだと思った。

 

けれど、数週間もしないうちに夜は変わった。

 義父の手が伸び、囁きが耳に絡む。

 訴えても義母は冷たく笑って目を逸らした。

 

逮捕されるその瞬間まで、僕は「どうして」と泣き続けていた。

 心から信じたからこそ、裏切りは鋭く胸を裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

二度目の家 ― 甘い檻

 

次に迎え入れたのは中年夫婦。

 食卓には温かい料理が並び、夜はぬいぐるみに囲まれて眠った。

 「ここが本当の家だ」と心から思った。

 

だがその甘さは檻だった。

 「秘密を守ってね」と囁かれるたびに、胸が冷えた。

 拒めば捨てられる。孤児院へ戻される。

 恐怖が僕の声を奪った。

 

また孤児院に戻されたとき、泣き腫らした目を笑う子もいた。

 大人は「可哀想に」と言った。

 ――可哀想? 違う。僕はただ「何度も裏切られる子」になっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒い冬の日。孤児院の裏庭で、僕は外を見ていた。

 街中ではクリスマスの飾りが光り、楽しそうに歩く親子がいた。

 子供の手を引く母親。大きな袋を抱える父親。

 子供が笑って言った。「サンタさん、来るかな?」

 その声は鐘の音みたいに明るかった。

 

 どうして――?

 どうして僕には「家族」ができないんだろう?

 

胸の奥に重い石が落ちた。

 その瞬間、僕は初めて「微笑み」を作った。

 笑えば、誰かに選ばれるかもしれない。

 泣き顔よりも、笑った顔の方が大人は気に入るから。

 

その日から、笑顔は“祈り”ではなく“武器”になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

三度目の家 ― 働き手

 

農村の家。

 「働き手が欲しかっただけだ」――酒に酔った義父の言葉で悟った。

 昼は畑仕事、夜は「秘密」。

 僕はもう泣かなかった。ただ笑った。

 怒鳴られないように。

 笑顔は生き延びる仮面となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

四度目の家 ― 教育という餌

 

裕福な商家。勉強机と参考書を与えられた。

 だが夜は、勉強の椅子に座る義父の影が伸びてくる。

 そのとき、僕は声を整える術を覚えた。

 少し明るく、素直に響く声を出すことで、扱いやすい子供を演じられる。

 声色の仮面は、ここで生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

五度目の家 ― 宗教の名のもとに

 

教会を営む夫婦は僕を「神に選ばれた子」と呼んだ。

 日曜の礼拝では信者の前で微笑みを浮かべた。

 だが裏で「試練」と称した行為が待っていた。

 僕は声を殺し、微笑を保った。

 仮面は一層、厚く固まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

六度目の家 ― 商人の計算

 

商人夫婦は僕を「投資」と呼んだ。

 衣服も学習も与えられたが、夜は「回収」があった。

 僕は笑顔を切り替えた。

 昼は快活、夜は従順。

 場の空気に合わせて仮面を操る術を、ここで完成させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

七度目の家 ― 冷たい舞台

 

資産家の家。

 パーティーで「よくできた子」として披露される。

 頭を下げる角度、笑うタイミング。徹底的に仕込まれた。

 夜の扉の奥では、同じことが繰り返された。

 僕は抵抗しなかった。

 その代わり、笑顔の仮面を完全に固定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

八度目の家 ― 最後の裏切り

 

最後は老夫婦。

 「静かに暮らそう」と言って迎え入れられた。

 僕は最初から信じてはいなかった。

 ただ仮面を被り、微笑んで応じただけだ。

 

数か月後、義父が倒れ、家は借金に追われた。

 僕はまた「金に換えられる駒」として扱われた。

 驚きはなかった。ただ冷たい笑みを浮かべた。

 

――この瞬間、「家族」という言葉は完全に死んだ。

 残ったのは磨き抜かれた仮面。

 笑顔、声色、仕草。

 それらは僕自身であり、僕の唯一の鎧となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八度の養子縁組と八度の裏切り。

 僕は学んだ。

 人は欲望で選び、欲望で裏切る。

 

ならば僕は、その欲望に飲まれず、冷たい仮面で遮断する。

 笑顔は武器。声色は盾。仕草は鎖。

 それらすべてを纏ってこそ、僕は僕を守れる。

 

――氷のように冷たい微笑みを被り続け、誰にも本心を見せない。

 憎悪すら、怒りすら、徹底的に隠し通し、ただ「快活で無害な仮面」を演じ続ける。

 

信じられるのは統計だけだ。

 再現性のない優しさは、誤差にすぎない。

 

――家族など存在しない。

 この社会に、僕の居場所は与えられない。

 

だから僕は仮面を選ぶ。

 選ばれるための仮面ではなく、生き延びるための仮面を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが「ティンクル」という存在の始まりだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。