ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記― 作:へーちょ
孤児院にいた日々
孤児院の廊下は長く、玄関へと続く先にはいつも光が差していた。
その光の中で、誰かが「家族」として迎え入れられていく。
嬉しそうに手を振る子ども、誇らしげな大人たち。
僕は廊下の端から、それを羨望のまなざしで見つめ続けていた。
――いつか僕にも、本当の家族ができる。そう信じていた。
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一度目の家 ― 壊れた夢
最初に迎えに来たのは若い夫婦だった。
義母が言った。
「あなたは今日から私たちの子よ」。
その一言に、胸がいっぱいになり、涙が溢れた。
やっと「帰る場所」を手に入れたのだと思った。
けれど、数週間もしないうちに夜は変わった。
義父の手が伸び、囁きが耳に絡む。
訴えても義母は冷たく笑って目を逸らした。
逮捕されるその瞬間まで、僕は「どうして」と泣き続けていた。
心から信じたからこそ、裏切りは鋭く胸を裂いた。
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二度目の家 ― 甘い檻
次に迎え入れたのは中年夫婦。
食卓には温かい料理が並び、夜はぬいぐるみに囲まれて眠った。
「ここが本当の家だ」と心から思った。
だがその甘さは檻だった。
「秘密を守ってね」と囁かれるたびに、胸が冷えた。
拒めば捨てられる。孤児院へ戻される。
恐怖が僕の声を奪った。
また孤児院に戻されたとき、泣き腫らした目を笑う子もいた。
大人は「可哀想に」と言った。
――可哀想? 違う。僕はただ「何度も裏切られる子」になっていった。
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寒い冬の日。孤児院の裏庭で、僕は外を見ていた。
街中ではクリスマスの飾りが光り、楽しそうに歩く親子がいた。
子供の手を引く母親。大きな袋を抱える父親。
子供が笑って言った。「サンタさん、来るかな?」
その声は鐘の音みたいに明るかった。
どうして――?
どうして僕には「家族」ができないんだろう?
胸の奥に重い石が落ちた。
その瞬間、僕は初めて「微笑み」を作った。
笑えば、誰かに選ばれるかもしれない。
泣き顔よりも、笑った顔の方が大人は気に入るから。
その日から、笑顔は“祈り”ではなく“武器”になった。
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三度目の家 ― 働き手
農村の家。
「働き手が欲しかっただけだ」――酒に酔った義父の言葉で悟った。
昼は畑仕事、夜は「秘密」。
僕はもう泣かなかった。ただ笑った。
怒鳴られないように。
笑顔は生き延びる仮面となった。
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四度目の家 ― 教育という餌
裕福な商家。勉強机と参考書を与えられた。
だが夜は、勉強の椅子に座る義父の影が伸びてくる。
そのとき、僕は声を整える術を覚えた。
少し明るく、素直に響く声を出すことで、扱いやすい子供を演じられる。
声色の仮面は、ここで生まれた。
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五度目の家 ― 宗教の名のもとに
教会を営む夫婦は僕を「神に選ばれた子」と呼んだ。
日曜の礼拝では信者の前で微笑みを浮かべた。
だが裏で「試練」と称した行為が待っていた。
僕は声を殺し、微笑を保った。
仮面は一層、厚く固まっていった。
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六度目の家 ― 商人の計算
商人夫婦は僕を「投資」と呼んだ。
衣服も学習も与えられたが、夜は「回収」があった。
僕は笑顔を切り替えた。
昼は快活、夜は従順。
場の空気に合わせて仮面を操る術を、ここで完成させた。
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七度目の家 ― 冷たい舞台
資産家の家。
パーティーで「よくできた子」として披露される。
頭を下げる角度、笑うタイミング。徹底的に仕込まれた。
夜の扉の奥では、同じことが繰り返された。
僕は抵抗しなかった。
その代わり、笑顔の仮面を完全に固定した。
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八度目の家 ― 最後の裏切り
最後は老夫婦。
「静かに暮らそう」と言って迎え入れられた。
僕は最初から信じてはいなかった。
ただ仮面を被り、微笑んで応じただけだ。
数か月後、義父が倒れ、家は借金に追われた。
僕はまた「金に換えられる駒」として扱われた。
驚きはなかった。ただ冷たい笑みを浮かべた。
――この瞬間、「家族」という言葉は完全に死んだ。
残ったのは磨き抜かれた仮面。
笑顔、声色、仕草。
それらは僕自身であり、僕の唯一の鎧となった。
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八度の養子縁組と八度の裏切り。
僕は学んだ。
人は欲望で選び、欲望で裏切る。
ならば僕は、その欲望に飲まれず、冷たい仮面で遮断する。
笑顔は武器。声色は盾。仕草は鎖。
それらすべてを纏ってこそ、僕は僕を守れる。
――氷のように冷たい微笑みを被り続け、誰にも本心を見せない。
憎悪すら、怒りすら、徹底的に隠し通し、ただ「快活で無害な仮面」を演じ続ける。
信じられるのは統計だけだ。
再現性のない優しさは、誤差にすぎない。
――家族など存在しない。
この社会に、僕の居場所は与えられない。
だから僕は仮面を選ぶ。
選ばれるための仮面ではなく、生き延びるための仮面を。
それが「ティンクル」という存在の始まりだった。