ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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第16話  ピクニック

 

 

 

 

 

血盟騎士団本部の食堂には、昼の喧騒が過ぎたあとの、やわらかな時間が流れていた。

 大きな窓から差す光がテーブルの上を照らし、湯気の残る皿がまだ温もりを残している。

 

キリト、アスナ、リズ、ティンクル、シリカ、リオ。

 いつもの顔ぶれが、自然と集まっていた。

 穏やかな空気のなか、アスナが手元の書類を閉じる。

 

「――というわけで、六十四層のボス攻略はうちが担当になったわ」

 団の副団長らしい、落ち着いた口調だった。

「六十三層を聖龍連合が終えたから、次は私たち。ここから忙しくなるわね」

 

「ふぅ……また大変な日が続くわね」

 リズが椅子の背にもたれながら伸びをする。

 

アスナが軽く笑ったあと、手元のメモをめくる。

「実は、二日後――団全体で“完全休養日”が出たの」

 

その一言で、場の空気がぱっと明るくなる。

 

「いいですね……最近、鍛錬続きでしたし」

「よし、それなら――ピクニックにしよう!」

 リズが手を叩く。

「三十層にすごくいい場所あるの。シリカ、前言ってたでしょ?」

 

シリカが頷く。

「はいっ。モンスターも出ませんし、景色もきれいです」

「じゃあ、そこに決まりね」

 アスナが頷くと、キリトが軽く手を上げた。

「一応、俺とリオは戦闘装備で行くよ。もしものとき用に」

「はい、了解です」

 リズがからかうように言う。

「おっ、たまには気がきくじゃん」

「いつも気がきく」

 即答するキリトに、場が笑いに包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ピクニックといえばお弁当!」

 リズが勢いよく言い出す。

「せっかくだし、みんなで分担して作ろうよ」

「いいわね。でも、かぶっちゃうと困るから……」

「くじ引きだな」

 キリトが笑いながら折り紙を手に取った。

「いいね、それ。じゃあ私が書く」

 リズがすらすらとペンを走らせて、紙を六つに折る。

 

全員が手を伸ばし、順番にくじを引いた。

 開かれた紙には、それぞれの名前と料理名が書かれている。

 

リズは「おにぎり」、ティンクルは「卵焼き」、アスナは「サラダ」。

 キリトは「唐揚げ」、リオは「ミニサンドイッチ」、そしてシリカは――「ベーコン巻き」。

 

結果を見た瞬間、シリカの顔が固まった。

「……」

「シリカ?」

 リズが首をかしげる。

「い、いえっ! なんでもないです」

 慌てて笑うシリカの顔を見て、アスナがくすっと笑った。

 

「ふふ、料理スキルまだ上げてる途中だっけ?」

「は、はい……でも大丈夫です! がんばります」

 その気丈な声に、ティンクルが柔らかく微笑む。

「焦らなくていいよ。ゆっくりやったら、きっと美味しくできる」

 その穏やかな声に、シリカが小さく息をのんでから、ぱっと笑顔を返す。

「……はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日後。

 空は一面の晴天。風がやわらかく、まるで現実の春のようだった。

 

三十層の転移広場に、次々と転移光が灯る。

 リズが先に手を振る。

「おーい! こっちこっち!」

「おはよう」

 アスナが笑いながら歩いてくる。

 その隣にティンクルが静かに並び、軽く会釈した。

 

「みんなそろった?」

「はい!」

 シリカが元気に返事する。ピナがその肩の上で小さく鳴いた。

「じゃあ出発ね」

 アスナがまとめる。

 キリトとリオが軽くうなずき、周囲を確認するように視線を走らせた。

 

「今日は“攻略”も“任務”もなし。ただの休日だ」

「はいっ」

「楽しみだね」

 ティンクルが優しく微笑む。その声に、全員の表情がやわらいだ。

 

転移光が彼らを包み――視界が一気に開ける。

 まばゆい光と、広がる草原の緑。

 遠くで鳥のような影が舞い、風が頬を撫でていった。

 

「うわぁ……!」

 シリカが感嘆の声を漏らす。

「ほんと、いい場所だね」

 ティンクルが髪を耳にかけながら微笑む。

 キリトがその横で腕を組み、空を見上げた。

「こんなに穏やかな空、久しぶりに見たな」

「ふふ、今日は戦わなくていいからね」

 アスナの言葉に、全員の表情が緩む。

 

六人は並んで歩き出す。

 その足音は、剣の響きよりもずっと静かで、どこか優しかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

― 草原の昼 ―

 

三十層の草原地帯。

 透き通るような風が吹き抜け、丘の上に咲く白い花々が揺れていた。

 空は青く、遠くの湖が陽光を反射してきらめいている。

 

「ここ、ほんとにモンスターいないんですね」

 リオが辺りを見渡す。

「シリカが見つけたっていうだけあるな」

 キリトが頷く。

「えへへ、ちゃんと索敵スキルも使って確認しました」

 シリカが胸を張る。ピナがその肩で小さく鳴き、風を切って羽ばたいた。

 

アスナが荷物を下ろしながら言う。

「じゃあ、ここに広げましょうか」

 ティンクルが頷く。

「このくらいの陽射しなら、食べるのにちょうどいいね」

 彼女の淡い声が、風に乗ってさらりと流れる。

 

リズがシートを広げると、色とりどりの弁当箱が並び始めた。

 その光景だけで、胸がすこし温かくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― お弁当、開幕 ―

 

「さて!」

 リズが腰に手をあてる。

「まずは私の“おにぎり”からね」

 蓋を開けた瞬間、香ばしい海苔の香りがふわっと広がる。

「……おお」

 キリトが思わず漏らした。

「なに、その意外そうな顔」

「いや……普通にうまそうで」

「“普通に”じゃなくて、“想像以上に”って言いなさい!」

 リズが笑いながらひとつ渡す。

 一口食べたキリトが、目を細めた。

「塩加減、完璧」

「ふふ、でしょ」

 リズは得意げに胸を張った。

 

 

「次は――ティンクルの卵焼きね」

 アスナが弁当を受け取り、箸を伸ばす。

 断面からはふわりと湯気が立ち上り、ほのかに甘い香りが広がった。

 一口食べた瞬間、全員が目を見開く。

「……やわらかっ!」

 シリカの声が小さく跳ねる。

「すごい、口の中でほどける感じです」

「うん、味がやさしいな」

 キリトが静かに言う。

 ティンクルは少し照れたように微笑んだ。

「ありがとう。焦げなくてよかった」

「完璧よ」

 アスナが頬を緩める。

「まさか料理もここまでとは……さすがね」

 リズが肩をすくめながら感心していた。

 

 

「次、アスナのサラダ!」

 リオが蓋を開けた瞬間、色とりどりの野菜がきらめく。

 瑞々しいトマトに、香草の香り。ドレッシングが陽に反射して光っている。

「……もうお店のレベルだな」

 キリトが苦笑した。

「アスナさん、ほんと何でもできるんですね」

 リオの言葉に、アスナが照れくさそうに笑う。

「料理スキル、カンストしちゃってるからね」

 リズが吹き出す。

「それ“変人の領域”でしょ」

「ひどい!」

 みんなの笑いが風に乗って響いた。

 

 

「じゃ、次は俺の唐揚げだな」

 キリトが包みを開く。

 じゅわっと油の香ばしい匂いが広がる。

「見た目いいじゃん」

「味は保証しないけどな」

 冗談めかしながら一口かじるリズ。

 その瞬間――目を丸くした。

「……普通にうまっ!?」

「意外だな」

「“意外”言うな」

 笑いながらキリトが箸を渡す。

「昔アスナの料理スキル上げ、付き合わされたんだよ。地味に覚えた」

「なるほど、それでか」

 アスナが苦笑する。

 

 

続いて、リオのミニサンドイッチ。

 丁寧に詰められた断面から、具材が少し覗いている。

「ちょっと形崩れちゃいましたけど……」

「いい匂い」

 ティンクルがひとつ手に取り、ぱくりと食べた。

「すごく美味しいよ、リオ君」

「ほ、本当ですか!」

「うん、優しい味」

 その言葉に、リオの耳が少し赤くなる。

 

 

そして最後――シリカの番がきた。

「べ、ベーコン巻き……です」

 シリカが慎重に包みを開ける。

 中からは、照りのあるベーコンが巻かれた一口サイズの料理。

 見た目は完璧。だが、香りが――どこか甘い。

 

リズが箸を伸ばし、ひとつ口に入れた。

「……ん?」

 キリトも食べる。

「……あま……い?」

 アスナが首をかしげる。

「でも、悪くはないわね」

「うん、不思議な味……」

 ティンクルが小さく笑う。

「砂糖と……蜂蜜、かな?」

 シリカが肩を落とす。

「うぅ……甘辛の“甘”を入れすぎました……」

 その場に優しい笑いが広がった。

 

 

午後、全員が全員が芝生の上でくつろいでいた。

 ピナが風に乗って小さく輪を描き、リズが寝転んで空を見上げる。

「……こうしてると、ここがゲームって忘れるね」

「うん。空も風も、全部本物みたい」

 アスナが微笑む。

 キリトは少し目を細めた。

「……こういう日が、もっと増えればいいのにな」

「増えるよ」

 ティンクルの声が風に溶けるように響いた。

「ちゃんと前を向いてる人がいる限り、きっとね」

 

シリカがふわっと笑う。

「……また、来たいです。みんなで」

「もちろん」

 アスナが頷く。

「次はお菓子担当、ね?」

 リズがニヤリと笑った。

「ひゃっ……それはまだ早いです!」

 シリカが真っ赤になって両手を振る。

 その光景を見て、全員がまた笑った。

 

風は穏やかで、時間はゆっくりと過ぎていく。

 そのひとときだけは、誰もが戦いを忘れていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

陽射しが少し傾き、草原の影が長く伸び始めたころ。

 みんなは芝の上に寝転んだり、座って談笑したりしていた。

 柔らかな風が頬を撫で、空には白い雲がゆっくり流れていく。

 

「なぁ、ティンクル」

 キリトが横目で彼女を見る。

「この前、六十三層で見つけたって言ってた“隠しダンジョン”、あれどうなったんだ?」

 

ティンクルは手元のカップをくるりと回し、少し考えてから答えた。

「途中まで進んだけど、いったん撤退したんだ」

「撤退?」

「うん。中の敵、六十層後半レベルばかりでね。こっちは探索メンバー三人だったし、無理せず仕切り直そうって」

 

「うわ……」

 リオが素直に目を丸くする。

「それ、“隠しダンジョンの中でも一番キツいやつ”じゃないですか」

「よくそんなの見つけたな」

 キリトが苦笑する。

 ティンクルは少し肩をすくめた。

「“道端で”たまたま見つけただけだよ」

「出た、“道端”」

 リズが呆れたように言って、全員が笑った。

 

 上層に進むにつれて隠しダンジョンの出現条件が複雑になる。

 普通は上の階層を攻略してから挑むのがセオリーだが…。

 

「六十四層のボス戦が終わったら、改めて挑もうと思ってるの」

 アスナが顔を上げる。

「今度は、私とティンクル、それから団長で行く予定」

「ちょっ、何そのメンバー」

 リズが笑いながら声を上げた。

「敵が逃げ出すわよ。……ていうか、団長、探索行くんだ」

「うん。団長は結構行くよ。レベル上げも兼ねてね」

 ティンクルの声は穏やかで、どこか誇らしげだった。

 

アスナがふとシリカの方を向く。

「あとで言うつもりだったけど……シリカも誘おうと思ってたの。いい?」

「えっ、いいんですか!?」

 シリカの瞳が輝く。

「六十層台って、ピナと相性のいい装備が多いから……すごく嬉しいです!」

「うん、頼りにしてるわ」

 

「隠しダンジョンって、初回クリアはレア装備確定ですよね」

 リオが腕を組む。

「しかも一人一個」

「そうだね。そのあとも何回か周回するつもり」

 ティンクルが淡く笑う。

 

「残念ね、“黒の剣士”は呼ばれなくて」

 リズがキリトをからかうように言う。

「いや、あの三人に俺が混ざったらバランス悪いだろ」

「へぇ? 珍しく謙虚じゃん」

 リズがニヤリと笑う。

 

「それに、この前ティンクルに誘われて別のダンジョン、一緒に行ったばかりだからな」

「なるほど~。だからこの前、レア素材普段よりたくさん持ってきたのね」

 リズが腕を組んで言う。

「ドヤ顔してたけど、ティンクルのおかげか~」

「お、おい、リズ!」

 キリトが慌てて抗議するが、もう手遅れだった。

 

ティンクルが軽く笑って、視線を落とす。

「キリトのおかげで楽に周回できたよ。本当に助かった」

「……そ、そうか」

 キリトが耳の後ろをかく。

 その仕草に、みんながくすっと笑った。

 

穏やかな時間。

 風の音、鳥の声、そして仲間たちの笑い声が混ざって、

 まるで現実世界の午後のように――温かかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

陽が少し傾き、風の向きが変わる。

 ピクニックの空気もすっかり緩んできたころ――リズが不意に立ち上がった。

 

「さーて、ここらで余興といきますか!」

「出たよ……好きだなほんと」

 キリトが半眼でつぶやく。

 リズはニヤリと笑って、バッグの中から小さな箱を取り出した。

 

「じゃじゃーん! お菓子タイム~!」

 蓋を開けると、中には丸いチョコレートが六つ、きれいに並んでいた。

「あっ、それ最近話題の店のですね」

 リオが目を輝かせる。

「ちょっと変わったお菓子売ってるって評判の」

「そうそう。で、今回は――この中のひとつに“特殊なポーション”が混じってるの!」

 リズが得意げに言う。

「それを食べた人は、しばらく“語尾に『にゃ』がつく”んだって!」

「なんだそれ」

 キリトが呆れる。

「まぁこの世界、毒物入れるのはシステム的に不可能だから安心しなさいな」

 そう言いながら、リズは背中からもうひとつ箱を出した。

「そしてこちらが――“猫耳カチューシャ”!」

「……おまけ付きか」

「そう、バッチリ撮影予定もあるわよ」

 悪戯っぽい笑みが止まらない。

 

(……もしティンクルさんが食べたら)

 リオはふと、頭の中に浮かんだ光景を想像してしまった。

 

――《リオ君、ファイトだにゃ!》

 

ほんの一瞬の幻聴。

 柔らかな声と、猫耳の揺れる仕草まで鮮明に浮かび――

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

 リオの顔が一瞬で真っ赤に染まった。

 

「その前に一ついいか?」

 キリトが口を開いた。

「ん? なに?」

「ないとは思うけど、リズは“当たり”がどれかわかってるかもしれない。だから――リズは最後に選べ」

「ふふん、いいわよ。望むところ」

 

キリトが箱を回す。

 

「じゃあ……まずはシリカ」

「え、は、はいっ」

 シリカがひょいと一つつまみ上げる。

 

「次、リオ」

「は、はい……」

 一度つまみかけて、そっと戻し、別のを取る。

 

「ティンクル」

「うん」

 迷いなく一つを選ぶ。

 

「次はアスナ」

「はい」

 アスナも静かにひとつ。

 

「じゃ、俺」

 キリトが残りからひとつを取る。

 

「ラスト、リズな」

「オッケー」

 

六人が一斉にチョコを口に入れた。

 甘い香りが広がり――沈黙。

 

「……なぁ、リズ」

「ん?」

 キリトが淡々とした声で言う。

「実は二日前、団内でもこのお菓子の話が出ててな」

「……?」

「この店のポーション、太陽の光に当たると“青く光る”んだ」

「…………え?」

「だから、お菓子も角度によってちょっと青く見える。な?」

「…………っ!」

 

⸻ 五分後 ⸻

 

草原に、のどかな笑い声が広がっていた。

 リズ以外の五人は何事もなく談笑している。

 

「リズ、どうした? 今日はやけに静かだな」

「……」

 リズは腕を組み、口を閉ざしていた。

「お、レア鉱石みっけ」

 キリトがとっさに言う。

「え、どこにゃ!?」

 反射的に返したリズの声が、可愛らしい語尾を連れて響いた。

 

一瞬の沈黙。

 次の瞬間、全員が吹き出した。

「くっ……だましたにゃーっ!」

 リズが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「くっくっく……」

 キリトが悪戯っぽく笑う。

 

リズはぷいと顔をそむける。

 沈黙のあと、キリトがそっと手を伸ばした。

 猫耳カチューシャをひょいとつまみ――リズの頭に、かぽっと乗せる。

 

「………」

「………」

 

しばしの静寂。

 見つめ合う二人。

 風の音だけが、やけに大きく聞こえた。

 

そして次の瞬間――

 

堪えきれず笑いが爆発した。

「わ、笑うにゃーっ!」

「ははははははっ!」

 笑い声が草原に広がる。

 

雲が流れ、空が少しオレンジに染まり始めていた。

 戦いも、緊張も、ここにはなかった。

 ただ、笑い合う仲間たちの時間が――静かに流れていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

笑い声がようやく落ち着くころには、空がゆっくりと茜に染まり始めていた。

 草原を渡る風が、昼の熱をやわらかくさらっていく。

 

「……はぁ、もうこりごりだわ」

 リズが肩で息をしながら言うと、アスナが微笑んで立ち上がる。

「今日はほんと、いい日だったわね」

「うん。久しぶりに“遊んだ”気がする」

 ティンクルが穏やかに言う。その横でピナがふわりと羽を広げ、夕陽を反射させた。

 

「そろそろ帰るか」

 キリトが立ち上がって、草の上についた手を払う。

「日が暮れる前に戻らないとな」

「名残惜しいですけど……そうですね」

 シリカが名残惜しそうに景色を見回す。

 

陽の光が少し傾いて、六人の影が長く伸びていた。

 その影が重なり合う。まるで、それぞれの時間がひとつに溶けるように。

 

「また来ようね」

 リズの言葉に、全員が頷いた。

「次はお菓子担当、シリカね」

「ひゃっ……まだ練習中です!」

 シリカが真っ赤になって両手を振る。

 みんなの笑い声が、風に混じって空へと消えていった。

 

転移光がひとつ、またひとつと草原に灯る。

 それぞれの背中が光に包まれて消えていくなか――リズだけが最後に残った。

 

「……ふぅ、いい一日だったなぁ」

 リズは髪をかき上げながら、ふと首をかしげる。

「……なんか、忘れてる気が……ま、いっか」

 そう言って笑い、転移光に包まれた。

 

 

 

 

 

その日の夕方。

 《リズベット武具店》。

 

「ただいまー!」

 リズが元気よく扉を開けた瞬間、店番の少女が顔を上げた。

「リズ姉、おかえ……り……?」

 

沈黙。

 少女の視線が、ゆっくりとリズの頭の上へ。

 奥から出てきた青年職人も目を丸くする。

「姉御、おかえ……り……?」

 

カランッ。

 ふたり同時に、手にしていた工具が床に落ちた。

 

「リズ姉、今日は猫耳? やだ、かわいい~!」

「姉御、似合ってるっス!」

 

「ちょっ……やめっ……うがーーっ!!!」

 

夕暮れの工房に、笑いと金属の音が響く。

 その日、リズベット武具店はいつになく賑やかだったという。

 

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