ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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      第3部「龍の盤上」

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「おいリンドさん、なに言ってんだ!」

 怒声が最初に爆ぜた。

 続いて別の男が立ち上がる。

「血盟と組むだと? そんなの、ありえねぇだろ!」

「向こうが先に喧嘩売ってきたんだぞ!」

 ざわざわと、低い怒りの波が広がっていく。

 椅子が軋む。拳が机を叩く音。

 誰もが感情で動き始めた。

 

 だが、その喧噪は――一瞬で凍りつく。

 リンドが静かに右手を上げたからだ。

 まるで指揮者が最後の音を止めるような、静かな仕草。

 

 彼は言葉を発しない。

 ただ、鋭い視線で全員を見渡す。

 その圧だけで、空気が沈黙に変わる。

 

 ――最後まで聞け。

 言葉にせずとも、誰もがその意味を理解した。

 

 リンドはゆっくりと腰を下ろし、指を組む。

 その動作ひとつに、威圧ではなく“支配”の静けさが宿っていた。

 

「順に説明していこう」

 低い声が会議室の壁をなぞるように響く。

「まず、“血盟騎士団”側の視点から見た場合だ」

 

 机上に展開されたウィンドウ。

 そこには五つのギルド名が光る。

 《聖龍連合》《血盟騎士団》《風林火山》《アインクラッド解放軍》《黄金林檎》。

 

「トップギルドは現状、この五つ」

 リンドは冷ややかに指を滑らせながら、一つずつ示していく。

「まず《風林火山》――血盟騎士団と同じく“守り”に重きを置くギルドだ。

 互いの短所を補えない。組む意味はない」

 

 淡々と切り捨てる声に、数人が頷く。

「次に《アインクラッド解放軍》。

 知っての通り、いまは最前線を退き、後方支援に回っている。

 仮に戻ってきたとしても、最前線の“勘”を取り戻すには時間がかかる。

 戦力としては期待できない」

 

 スクロール。次の名が浮かぶ。

「《黄金林檎》――攻守のバランスは良い。

 だが、血盟騎士団とは頭一つ分の実力差がある。

 連続する高難度フロアに耐えられるか? ……疑問だ」

 

 リンドは視線を上げた。

「以上だ。血盟が組むとしたら、選択肢はひとつ――《聖龍連合》」

 

 どよめきが起きる。

 それを無視して、リンドは続けた。

 

「……だが、これは我々も同じことだ」

 光を切り替える。

 今度は聖龍連合の視点。

「可能性があるのは《風林火山》。

 だが、実力差の問題がある。

 加えて黄金林檎と同じく、連戦に耐えられるかは疑問だ。

 結論は同じ。――組むなら、血盟騎士団しかない」

 

 短くまとめられた言葉が、刃のように鋭く響く。

 それでも団長のひとりが声を荒げた。

「だ、だからって……組むなんて話にはならねぇだろ! いくらなんでも――」

 

 リンドがわずかに手を上げる。

「慌てるな。話はまだ途中だ」

 

 その瞬間、誰もが息を呑んだ。

 彼の声に、熱はない。だが、冷たい鉄の重みがある。

 

「さて――ここでひとつ、大きな問題がある」

 間を置いて、ゆっくりと言葉を継ぐ。

「それは“どちらが先に話を切り出すか”だ」

 

「……それの何が問題だ?」

 前列の男が低く問う。

「結局、どっちかが先に声をかけるだけの話だろ」

 

「ふむ。では、言い方を変えよう」

 リンドの口元が、わずかに笑みに歪む。

「どちらが先に“攻略に行き詰まるか”だ」

 

 どっ――と空気が動く。

 背後で誰かが小さく息を呑む音。

 沈黙。

 

「同じようで、まったく違う話だ」

 リンドは淡々と続ける。

「仮に血盟騎士団が先に行き詰まった場合――

 “氷姫”を横から奪い取っておきながら、

 助けを求める恥知らずなギルドと呼ばれるだろう」

 

 その言葉に、数名が目を見開く。

 冷たい沈黙が広がる中、リンドはゆっくりと脚を組んだ。

 

「その上で、“氷姫”を要求する。

 “彼女をこちらに渡せば、協力してやる”――とな」

 指先で机を軽く叩く。

「そうなればどうなる?

 血盟騎士団は“仲間を差し出すギルド”という印象を残す。

 その烙印は、今後いかなる勝利を重ねようと拭えない」

 

「……つまり」

 リンドは言葉を区切る。

「我々は“仕掛けない”ことで勝つ。

 血盟が焦り、先に動く。

 その瞬間、彼らの名は失墜し、我々の立場は揺るがない」

 

 誰も反論しない。

 その理屈の冷徹さに、怒りすら凍らされていた。

 

 だが、リンドの話はまだ終わらない。

 

「そして、これからの戦いは――ギルド単独ではなく、

 “連合”の総合力で決まる」

 彼の視線が、外部団長たちを射抜く。

「傘下ギルドの強さ。そこが勝敗を分ける」

 

 机上の光が切り替わる。

 傘下ギルドの名が並び、その数値的な戦力が映し出される。

「現状、所属戦力だけを見れば――“氷姫”の加入で血盟が上だ。

 それは認めよう」

 

 ざわ、と小さな波紋。

 しかしリンドはそれを見越していたかのように言葉を重ねる。

 

「だが、傘下ギルドを含めた総戦力で見れば話は違う。

 我々はトップから下まで、全てを統制している。

 行動指針も、戦術も、補給網も、すべて一枚岩だ」

 

 視線を鋭くし、低く吐き捨てる。

「対して血盟騎士団は違う。

 連中の傘下は“自由”だ。

 彼らは戦い方も、判断もバラバラ。

 たとえ強くても、全体を動かす力がない」

 

 拳を軽く握りしめながら、彼は続ける。

「黒の剣士――そして竜使い。確かに脅威だ。

 だが所詮は個の力。

 連合という“群”の戦略を前にすれば、意味はない」

 

 沈黙が落ちた。

 全員が、リンドの言葉に吸い込まれていく。

 熱を奪われ、冷たい理性だけが残っていくようだった。

 

「つまり――」

 リンドは机上の光を閉じ、最後の一言を落とす。

「これからどうなるかは、諸君ら次第だ」

 

 彼は立ち上がり、ゆっくりと場を見渡す。

 

「解放軍が下層で支援に回っている今、前線への人材流動が活発になっている。

 少しでも気になる者がいれば、徹底的にマークしろ。

 勧誘に必要な支援は惜しまない。

 ――それが、聖龍連合の呼吸を維持する血流だ」

 

 誰も反論しない。

 ただ、重々しい沈黙の中で頷く音がいくつも重なった。

 

「……解散だ」

 リンドの短い言葉が、全てを締めた。

 椅子が軋み、人々が立ち上がる。

 扉が開かれ、冷たい光が差し込む。

 

 会議室には、冷たく張り詰めた沈黙が落ちる。

 誰もが息を詰めたまま、彼の言葉を咀嚼していた。

 その沈黙の中――最初に動いたのは、外部団長のひとりだった。

 

「……なるほど、つまり……俺たちの動き次第ってわけか」

 低く呟いた声が、重く響く。

 続いて別の男が拳を鳴らした。

「おもしれぇじゃねぇか。だったら見せてやろうじゃねぇか、俺たちの底力をよ」

「血盟なんざに、好き勝手言わせるもんか」

「“誇りと矜持”――その言葉、忘れてねぇ」

「やってやろうぜ。聖龍の名にかけて」

 

 いつしか、部屋の空気が変わっていた。

 さっきまで鬱屈していた怒りは、今や熱へと変わり始めている。

 怒鳴り声ではなく、静かな闘志。

 それは炎ではなく、溶岩のようにゆっくりと燃える熱だった。

 

 出ていく背中の中で、リンドの声が再び響く。

「マーク」

 

 呼ばれた青年が振り返る。

「今後の方針について詰めておきたい。……残れ」

「わかった」

 

 扉が再び閉ざされ、静寂が戻る。

 

 長い会議の末――

 ここからが、“本当の会議”だった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 会議室の扉が閉まったあと、

 残ったのは――四人だけだった。

 

 リンド、ロニエ、ニコ、マーク。

 長机を挟んで座るその構図は、先ほどまでの喧噪が嘘のように静まり返っている。

 窓の外から射す光が、白い石壁を淡く照らしていた。

 

 沈黙。

 重い息の音すら、聞こえない。

 

「……ロニエ」

 リンドの低い声が、静寂を割った。

 

「はい」

 ロニエがすぐに反応する。

 指先で机の端に触れ、ウィンドウを開く。

 小さな光の円が床に広がり、魔法陣が静かに展開された。

 ――カチリ。

 結界が張られた音が響く。

 

 リンドが頷く。

「防音結界、確認」

 

 続いて視線が、ニコへと移った。

「ニコ」

「はーい」

 彼女は杖をくるりと回して立ち上がる。

 口元にはいつもの軽い笑み。

「探索魔法、常時展開ね。……っと」

 指先を軽くなぞる。

 部屋の外へ透明な波紋が広がった。

 

「これでオッケー。誰かが廊下に近づいたら、すぐわかるからねー」

 そう言って、にこりと笑う。

 

 準備が整った。

 リンドは一息つき、椅子に深く腰を沈める。

 長い沈黙ののち――マークが口を開いた。

 

「……リンドさん」

「なんだ」

「さっきの話だが――“聖龍と血盟”って話、本当にうまくいくのか?」

 その声は低く、慎重だった。

 

「ふむ」

 リンドは目を閉じたまま、短く鼻を鳴らす。

 マークは続けた。

 

「解放軍が選択肢にないのは理解できる。だが……風林火山や黄金林檎が“絶対にない”とは限らないだろ。

 もし先にどっちかと組まれたら――俺たちの“負け”じゃないか?」

 

 静寂。

 ニコが小さく口笛を吹く。

「さっすがマーク。ちゃんと冷静に見てるねー。

 だから今日ここに呼ばれたんだよ。“本当の会議”にさ」

「……本当の?」

 マークの眉が動く。

 

 リンドがようやく目を開いた。

 その視線は、薄い氷のように冷たい。

「マーク。私とお前の付き合いは長いな」

「ああ」

「……その意味、わかるな?」

 マークは姿勢を正し、即答した。

「ああ、もちろんだ。俺はあんたに一生ついていく」

 

 リンドは満足げに頷く。

 そして、低く言った。

「まず――血盟騎士団と黄金林檎。これは“ない”。断言してやろう」

 

 マークの目がわずかに揺れる。

「……なぜだ?」

 

「聖龍連合と黄金林檎は、すでに“同盟”を結ぶことになったからだ」

「……………………は?」

 

 マークの声が裏返った。

 その瞬間、空気が変わる。

 

「以前からトップ同士で極秘に話していた」

 リンドの声は平然としている。

「だが、最終調整で難航してな。話は一時中断――破談になると思われていた」

 

 彼はわずかに目を細める。

「皮肉なことに、“氷姫”の一件で話が一気に進んだ。

 連中の本音としては――“血盟騎士団にこれ以上先を取られたくない”。

 それだけのことだ」

 

「……あ、ああ……」

 マークは何か言おうとして、言葉を失った。

 長年の信頼ゆえに、彼にはリンドの言葉の重みがわかっていた。

 それは“確定事項”の口調だった。

 

 マークは口を半開きにしたまま、理解が追いつかずに固まっていた。

「……え、あ、あぁ……でも、そうなると風林火山が焦って血盟と……」

 

 言いかけたその言葉を、ニコの明るい声がかき消した。

「なに言ってるのマーク?」

 軽く杖を振りながら、彼女はにやりと笑う。

「風林火山も――仲間に入れてあげればいいんだよ」

「……は?」

 

「方や、平気で裏切る血盟騎士団。

 方や、騙し討ちされてもやり返さない聖龍連合。

 どっちを信じるかなんて――子供でもわかるでしょ?」

 

 マークが思わず息をのむ。

 ニコはその反応を楽しむように、さらに笑みを深めた。

 

「だが」

 リンドは指を一本立てる。

「この情報は、ここにいる四人しか知らない」

 

「四人……」

 マークが周囲を見回す。

 ロニエは微動だにせず、ニコはいつもの笑顔で杖を弄んでいた。

 

「発表は――そうだな」

 リンドは机上に視線を落とす。

「血盟が攻略に苦戦した次の層、あたりがちょうどいい」

「……発表、って……」

「その時になって慌てても、もう何もできん。

 トップギルド同士の同盟など、1日2日でまとまる話ではない」

 

 マークは言葉を失った。

 すでに盤面は描かれている――そう理解した瞬間だった。

 

 沈黙。

 静かに笑い声が混じる。

 ニコだ。

 

「ふふふ……楽しみだねぇ、団長」

 唇の端を上げ、いたずらっぽく言う。

「その時になって血盟の連中がどんな顔するか、想像しただけで笑っちゃうよ」

 リンドは反応しない。

 

 ニコはさらに続ける。

「“助けて~”って言ってきたら、何を要求しようか?

 “氷姫を渡せ”でもいいけど……私はね、無視してじっくり見てたいな」

「見てたい?」

 マークが思わず聞き返す。

 ニコは笑みを深め、目を細める。

「うん。攻略に詰まって、世間から笑われる血盟騎士団。

 “あれだけ偉そうだったのにね~”って言われる姿。

 最高じゃない?」

 

 軽やかな声。だが、そこにあるのは純粋な悪意ではなかった。

 ――冷えた愉悦。

 まるで人間の愚かさそのものを観察して楽しむ、狂気の笑み。

 

 ロニエはその様子を横目で見たが、何も言わない。

 彼女の顔は静かで、表情ひとつ動かない。

 

 リンドはゆっくりと立ち上がった。

 外の光が彼の肩を照らす。

 その口角が、わずかに上がった。

 

 ロニエは表情を変えず、ニコは楽しげに微笑む。

 

 そして、その沈黙が――次の嵐を告げていた。

 

 

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