ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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第24話  静かなる布石

 

 

 

 

数日後、血盟騎士団本部の会議室。

 石造りの高天井に灯された光源結晶が、昼下がりの陽光のように広間を明るく照らしていた。長卓の上には各部隊の戦闘記録、地図、細かいメモの束が積まれ、重厚な空気が張り詰めている。

 

ここに集うのは、団長ヒースクリフを筆頭に副団長アスナ、古参幹部のジョンやブリュノ、後方支援のセラフィナ、情報担当の団員数名。そしてキリトとシリカの姿もあった。

 

場の中心でヒースクリフが椅子を引き、真鍮色の瞳を一同に向ける。

「――では、始めよう。まずは前回の課題を踏まえ、順に確認する」

 

静かな声だが、よく通る響きに全員が背筋を伸ばした。

 

 

最初に口を開いたのはティンクルだった。

 銀髪を揺らしながら立ち上がり、手元の紙束を一瞥する。

 

「まず、敵の増援隊の行動について。データを整理した結果――」

 

灰色の瞳が鋭く光を帯びる。

「五割は退却路を狙う。三割は前衛付近に展開。残り二割は本体の護衛だよ」

 

ざわ、と小さな動揺が広がった。

 ティンクルは続ける。

 

「ただし単純な比率じゃなくて、明確な優先順位があるんだ。退却路を狙う敵は、孤立している部隊や遅れたプレイヤーを優先的に襲う。前衛に展開する敵も同じで、弱点を嗅ぎつけるように動く」

 

机上に広げた地図へ指を滑らせる。

「もうひとつ重要なのは、増援出現の源。あのクリスタルだよ。ボス本体のHPが二割を切った段階で、クリスタル自体が破壊可能になる。耐久力もそこまで高くない。つまり、“いかに早くクリスタルを叩けるか”が突破の鍵になる」

 

重苦しい沈黙の中、情報班の団員が補足した。

「前回も記録されています。クリスタルが残っていた時間に比例して、増援の数が指数的に増加していました」

 

「つまり」ティンクルは結論を示す。

「退却路の安全を守るには、まず孤立者を出さないこと。そして、増援を減らすためには“クリスタルの早期破壊”が不可欠。前線と退却路、その両方の圧迫を抑えられるからね」

 

ジョンが腕を組み、低い声を落とした。

「……孤立が狙われる、か。なら退却時の陣形を厚くしないとな」

 

ブリュノも頷き、眉を寄せる。

「だが厚くしすぎれば、突破の速度が鈍る。退路の確保と前進の両立――難しいな」

 

ハルトが指で卓を叩きながら口を開いた。

「いっそ“退却班”を固定で用意してはどうです? 後衛に常に付き従い、退却の時には即座に守る」

 

セラフィナが首を振る。

「それでは無駄が多いです。通常戦闘時には余剰戦力になってしまう」

 

ティンクルは静かに言葉を足した。

「重要なのは“孤立を生まないこと”。退却路を狙う敵は五割――でも、全員が同じ方向に殺到するわけじゃない。敵は散開して、弱者を探す。だから、常に“二人以上で行動”を徹底すれば狙われにくい」

 

リオが小さく頷き、意を決して口を開く。

「ぼ、僕もそう思います。前回、退却時に遅れかけた人を見ました。もしあの時ひとりだったら……」

 

アスナが振り返り、柔らかく微笑んだ。

「その意見、大事だよリオ君。……孤立させない。前衛も後衛も、それを最優先にしましょう」

 

ヒースクリフがゆっくり頷く。

「では方針を定めよう。退却時は“最小単位二人組”を徹底。孤立者は作らない。それと――クリスタル出現後は速やかに破壊を試みる。増援を減らすことが、退路を守る最大の策となる」

 

書記役の団員が素早く記録を取り、場に緊張が解ける。

 

 

 

――――

 

 

 

ヒースクリフは次の課題へ進めた。

「次は――命令と行動の時間差についてだ」

 

情報担当の一人が立ち上がり、報告を始める。

「敵の命令伝達速度は、平均でおよそ一・二秒。ボス本体からの指示が末端に届くまでに、その程度の遅延があります」

 

「……思ったより早いな」

 ブリュノが唸る。

 

「はい。しかし逆に言えば、それだけの遅延が“常に”あるということです。」

 

ジョンが頷いた。

「要は、声も惜しまないってことだな」

 

ティンクルが口を開く。

「非言語的な合図も有効だよ。前回、僕は床を打つことで合図を送った。足音や武器の打撃音は、声よりも早く伝わる場合がある」

 

ハルトが補足する。

「ただしそれは熟練が必要だ。誤解すれば逆効果になる」

 

アスナが全体を見渡す。

「結局はバランスです。非言語の合図を取り入れるのは良い。でも“最後は声”。迷ったら声を出す勇気を忘れないこと。それを全員に徹底させてください」

 

団員たちが一斉に「はい」と応じる。

 

ヒースクリフは静かに頷き、卓上の紙に印を付けた。

「――では、命令伝達の課題はここまで。まとめとして、声と非言語の併用。ただし過信は禁物。最後は声で徹底する」

 

会議室に再び沈黙が落ちた。

 一つひとつの言葉が、まるで重石のように胸に沈む。

 

 

――――

 

 

石造りの会議室に、ざらりとした空気が広がっていた。

 長卓の上には複数の地図、記録紙、そして武器の設計図。灯された燭台の火が書類の端をゆらりと照らす。

 

ヒースクリフの「三つ目――火力不足」という言葉のあと、最初に声を上げたのは、リズベットだった。

 

「ちょっと待って! 火力の前に、装備の話をさせてもらうわ!」

 リズは立ち上がり、両手で抱えてきた布袋を机の上にどんと置いた。金属音が響き、周囲の視線が一斉に集まる。

 

「前回の攻略戦で使ってた直剣――あれ、リーチとバランスに欠陥があったのよ。特に踏み込みの瞬間に剣先が流れる。だから攻撃力は足りてても、命中率で損してた」

 

そう言うと、袋の中から銀色の直剣を一本引き抜く。

「これが改良版。刃の角度を少し寝かせて、リーチを二センチ伸ばしてある。たった二センチでも、相手の間合い外から届くようになるのよ」

 

「二センチでそんなに変わるのか?」

 キリトが眉をひそめる。

 

「変わるわよ!」リズが即答する。

「二センチあれば、生死が分かれるの。特に、あんたみたいに踏み込むタイプには効くはず」

 

ブリュノが剣を手に取り、重さを確かめる。

「……確かに、手に馴染むな。前より反発が小さい」

 

「でしょ!」リズは胸を張った。

「武器屋として断言するけど、前回よりずっと安定して敵を削れるはずよ」

 

シリカが感心したように目を丸くする。

「さすがリズさん……細かい改良でも戦い方が変わるんですね」

 

「細かい積み重ねが勝敗を分けるんだよ」

 ティンクルが笑いながら言葉を添えた。

「僕らがいくら立ち回りを工夫しても、剣が滑ったら意味ないからね」

 

リズが誇らしげに鼻を鳴らすと、室内の緊張が少し和らいだ。

 

 

アスナが視線を巡らせ、机に手を置いた。

「――次は部隊の再編成について話すわ。形式上、キリト君には“部隊”を割り当てる。でも実際は、私に合わせて動いてもらうことになる」

 

「了解」

 キリトは即答し、黒衣の胸元を軽く叩いた。

 

「同じ部隊には、リオ君とシリカを配置する。リオ君はキリト君の死角のフォロー。それとシリカの護衛。……シリカは二人の支援を優先して」

 

「わ、わかりました!」

 シリカが慌てて返事をする。頬は少し赤く、でも真剣な目をしていた。

 

リオも強く頷いた。

「ティンクルさんと並んで戦うんだ……僕も頑張らないと」

 

「その通り」アスナが微笑を向ける。

「足りない時はティンクルを回す。――ティンクル、負担が増えるけど大丈夫?」

 

「問題ないよ」

 ティンクルは軽く首を振り、灰色の瞳を真っ直ぐに向ける。

「僕は元々、調整役だからね。誰と組んでも合わせられる」

 

ジョンが口を開いた。

「なら決まりだな。アスナ+キリト+リオ+シリカ、場合によってティンクルが補佐。これで前衛の軸は固まる」

 

ブリュノも短く言う。

「火力の問題は、これで解決」

 

アスナは部屋を見渡し、声を強めた。

「――わかっていると思うけど、前衛の動きにすべてがかかってる。けど……退くことを恐れないで。無理だと思ったら、必ず下がること。いいわね?」

 

その言葉に、部屋中から「了解!」の声が重なった。

 シリカの声は少し震えていたが、それでも精一杯の力を込めていた。

 

ティンクルは横目でその姿を見て、口元を小さく緩めた。

 

ヒースクリフが静かに立ち上がる。

「……では、今日の結論をまとめよう。退却路の優先対応はジョン隊。命令と行動のタイムラグは、全員が意識して修正する。火力は新編成で臨む。……以上だ」

 

団員たちが一斉に立ち上がり、姿勢を正す。

 石壁に響く「了解!」の声は、先ほどよりもずっと強かった。

 

その中で、黒衣の剣士と銀髪の少女は黙って立ち上がる。

 互いに言葉を交わさなくても、視線だけで「次は負けられない」と確認していた。

 

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