ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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第25話  第1部「みんなの前で」

 

 

 

 

 

 

 

 

ボスフロア前の広場は、熱気で満ちていた。

 石畳に反響する武具の金属音、結晶の光が反射して生む鋭い煌めき。

 血盟騎士団の赤白の旗が高く掲げられ、外部から参加するギルドたちの旗も風に踊っていた。

 

《黒鉄の盟約》《蒼鷹団》《勇斬の会》――それぞれ歴戦を誇る中堅ギルドである。

 

「静粛に」

 低くよく通る声。十字盾を背負った――団長ヒースクリフが広場の中央に立つ。

 真鍮色の瞳が全体を射抜き、その一言だけで喧噪が収まった。

 

「これより第八十層攻略戦を開始する。諸君らに求めるのは、勇気ではなく秩序だ」

 硬い声が広場を震わせる。

 「行動は必ず二人組。孤立者は作らない。それが最優先だ」

 

その言葉に、多くのギルドが一斉に頷いた。

 前回の戦闘で最も痛感したのは、孤立した仲間が瞬時に狙われるという事実。会議で決めた「最小単位二人組(エレメント)」が、全員に共有されていた。

 

副団長アスナが声を継ぐ。

 「そしてクリスタル。ボス本体のHPが二割を切れば、破壊可能になります。放置すれば増援が途切れません。可能な限り速やかに破壊すること。道はそれで開けます」

 

その言葉に前列の団員が一斉に表情を引き締める。

 

ヒースクリフが十字盾を掲げた。

 「――前へ」

 

 

 

 

 

――――

 

 

重厚な扉が開き、攻略戦は始まった。

 

中は黒い神殿。中央の祭壇に鎮座するのは灰色の巨人《グローム・オラクル》。

 頭頂から瘴気を吐き出し、寄生体を生み落とす不気味な音が響いている。

 

「前衛、三列展開! 盾を重ねろ!」

 ジョンの号令で、V字の盾列が床に刻まれたように組み上がる。

 ハルトの「退く合図は任せろ!」という声が重なり、盾の若い指揮官の声が緊張を押し返した。

 「補給線、回転始動!」

 エギルの声で、背後の補給窓が動き出す。三歩以内で回復アイテムが受け渡される仕組みは、前回より洗練されていた。

 

そして――。

 ヒースクリフの「前へ」の一言で、赤白の列は巨人へ突撃した。

 

 

 

 

戦況は会議通りに進んだ。

 

寄生体が出現するたび、ティンクルが床を二度、間を置いて一度叩く合図を送る。

 「切断成功!」アスナの声が重なり、寄生体の帰還線が途切れる。

 リオは震える声で「はあっ……!」と叫びながらも、必死に剣を振るった。

 「リオ君、下がらないで!」アスナが即座に支援に入る。

 キリトは黒剣と緑剣を振るい、次々と寄生体を薙ぎ払った。

 「右側は任せろ!」

 「ピナ、お願い!」シリカが叫び、小竜のブレスで上空の寄生体を叩き落とす。

 

会議で決めたルール――二人組で行動すること。

 それは確かに効果を上げていた。孤立者は一人も出ない。寄生体が嗅ぎつける弱点はなく、列は乱れなかった。

 

 

セラフィナは負傷者に駆け寄り、「呼吸は三拍子」と声をかける。

 エギルは「三歩だ、歩数守れ!」と補給を回す。

 ジョンの盾は巨人の打撃を受け止め、ブリュノが長槍でその隙を突く。

 外部ギルドも会議通りに動いていた。《黒鉄の盟約》は盾を厚く重ね、《蒼鷹団》は矢を連射し、《勇斬の会》は猛攻を繰り返す。

 

本体のHPバーは確実に削れていった。

 

 「寄生体の戻り率、三割一分!」ティンクルの冷静な声が響く。

 「回復安定! 死人なし!」

 「補給渋滞ゼロ!」

 数字は勝利を示していた。

 

リオは声を張った。

 「アスナさん! もうすぐ二割ですよ!」

 「……ええ」

 アスナは微笑んで頷いたが、その瞳にはわずかな緊張が宿っていた。

 ――次は、あのクリスタルが現れる

 

 

――――

 

 

《グローム・オラクル》のHPバーが二割に近づいた。

 その瞬間、祭壇の背後にそびえる黒水晶が低く脈打ち、空間全体が呻くような重低音を響かせた。

 

「来るぞ……!」

 誰かの喉が震えた。

 

次の瞬間――轟音と共に水晶が裂け、断面から奔流のように黒い靄が溢れ出す。

 靄は地を這い、柱を伝い、瞬く間に空間を覆っていく。その渦の中心から、光を帯びた結晶体が脈動し、無数の寄生体が生まれ落ちた。

 

灰色の皮膚を裂いて這い出す異形。

 腕のような突起を持ちながらも脚は不揃いで、だが動きは異様に速い。生成されるたび、ひとつ、またひとつと瘴気を撒き散らし、空気はさらに重く淀んだ。

 

「クリスタル、出現!」

 「増援、散開!」

 複数の声が重なり、戦場の緊張が一気に跳ね上がる。

 

だが今回は混乱はなかった。

 

アスナがすぐさま床を剣で二度叩き、間を置いて一度。

 会議で取り決めた“合図”だ。

 澄んだ音が床石を通じて広がり、列の背へと波紋のように伝わる。

 

「後列、崩すな!」

 ジョンが声を重ね、大盾で床を打ち鳴らした。鈍く響く金属音が合図の裏打ちとなり、後衛の足が止まる。

 

「左翼の増援、六体!」

 ブリュノは声を張り上げず、槍の石突きを地に三度、短く叩いた。

 コン、コン、コン――。

 そのリズムだけで、彼の部隊は一斉に横へずれ、寄生体の群れを受け止めた。

 

「右の寄生体、呼吸が揃ってる!」

 ティンクルが灰色の瞳を細め、床を刃で打つ。

 カン、――カン。

 簡潔なリズム。

 右翼の前衛がそれを聞き取り、一斉に斬り込んだ。寄生体の動きは寸分の狂いなく削がれ、黒い飛沫が床に散った。

 

会議で決めた符号が、実戦で機能していた。

 声だけに頼らず、床を叩く音や武器のリズムで伝達し、わずか1.2秒の敵の命令伝達速度に合わせて先手を打つ。

 この瞬間だけは、戦場が緻密な楽譜のように響いていた。

 

 

「ピナ、今だよ!」

 シリカの声が高く響く。

 肩に乗っていた小竜が羽を広げ、風のブレスを吐き出した。旋風が寄生体の群れをまとめて弾き飛ばす。

 

「今だ!」

 リオが駆け込み、汗で濡れた前髪を振り払いながら剣を振り下ろす。

 黒い体液が弧を描き、寄生体が床へ崩れ落ちた。

 「……よし!」リオの声が震えながらも、確かな手応えに満ちていた。

 

補給線も乱れない。

 エギルが低く吠える。

 「三歩! 三歩だぞ! 歩数守れ!」

 アイテムが次々と手から手へ渡り、流れるように動く。動線が止まらずに回り続けるのは、彼の声が歯車の軸だからだった。

 

「精神負荷、高めの者はこちらへ!」

 セラフィナが救護線を引き、震えるプレイヤーの背を軽く叩く。

 「大丈夫。呼吸は三拍子……吸って、止めて、吐いて」

 指揮に従う者の肩がゆっくり落ち、呼吸が整っていく。

 

 

「本体HP、残り一割九分!」

 「クリスタル破壊可能域、突入しました!」

 

報告に場がざわめく。

 アスナが即座に声を張り上げた。

 「クリスタル破壊班、配置に!」

 

シリカとリオ、さらに支援部隊数名が駆け出す。

 ティンクルが床を鳴らし、「右翼援護!」と短く言う。

 灰色の瞳が動きを追い、刃先で敵の間合いを示す。

「支援行くぞ!」キリトが剣を閃かせ、二刀の弧で寄生体を削った。

 

その連携は、美しいまでに整然としていた。

 

 

だが――。

 

「押しが重い……!」

 外部ギルドの一角が叫んだ。

 盾列が下がり始め、寄生体が雪崩のように流れ込む。

 

「退路塞がれるぞ!」

「後衛が下がりきれてない!」

 

声は連鎖し、外部の隊列に動揺が広がっていく。

 数字上は優勢のはずだった。

 しかし寄生体の生成間隔は想定より短く、しかも動きは徐々に“統率”を帯びていた。

 

会議で言われていた通り――孤立者を優先して狙う動き。

 盾列から少し外れた一人に寄生体が殺到し、悲鳴が上がる。

 

「やめろッ!」

 隣の仲間が剣を振るうが、間に合わない。

 寄生体の腕が剣を弾き飛ばす。すぐにセラフィナの救護班が駆けつけるが、その一瞬の混乱が波紋のように広がった。

 

「左、持たない! 誰か――!」

「回復、間に合わない!」

 

血盟騎士団の列は堅牢だった。

 だが、その外側――外部ギルドの防衛線が揺れ始めていた。

 各自が勝手に声を張り、合図が散漫になり、退路が少しずつ細く削られていく。

 

「戻れ! まだいける、押せ!」

 矛盾する指示が飛び交い、列が乱れる。

 

アスナは歯を食いしばる。

(だめ……! このままじゃ、外側から崩れる!)

 

寄生体は潰しても潰しても溢れ出す。

 本体のHPは確かに削れている。クリスタルも破壊可能域に入った。

 だが――その壁を突破できなければ、退路はじきに塞がれる。

 

背中に冷たい汗が伝った。

(早く……早くここを抜けないと、次の波が来る!)

 

戦況は一見、拮抗している。

 だが、その裏で確実に“崩壊の芽”が育ち始めていた。

 

――――

 

戦場の空気が、目に見えるように変質していた。

 一見すれば拮抗。血盟騎士団を中心にした布陣はまだ崩れていない。各部隊も規律を保ち、連携の合図も正しく機能している。数字だけを見れば「順調」そのものだった。

 

だが、その実。

 寄生体たちの動きは、まるで見えない指揮官に導かれているかのようだった。

 

 

退路を削る影

 

「押し返せ!」

「もう一歩だ!」

 

外部ギルドの叫びが響く。しかし叫びは勇ましくとも、寄生体の群れは止まらない。

 

彼らはただ突撃するのではない。群れが幾つもに分かれ、前衛を押す隊と、側面へ回り込む隊と、退路を潰す隊と――役割を持って動いているのだ。

 

「後列! 右に寄ってる、塞がれるぞ!」

 ジョンの声が轟く。だが間に合わない。寄生体の一団が、まるで水流のように右側へ滑り込み、後衛を囲みにかかる。

 

ブリュノの長槍が唸りを上げ、ぎりぎりで食い止めた。だがその一瞬で、中央の押しが弱まる。押しと退きの均衡が、ひとつの綻びで一気に揺らぐ。

 

アスナは歯を食いしばった。

 (……だめ。このままじゃ押し潰される!)

 

前に出て斬れば一列は救える。だが副団長としての責務は全体を見ること。彼女は細剣を握りしめ、必死に判断を巡らせる。

 

 

 

――――

 

 

その時――。

 

黒の剣士が、一歩前へ出た。

剣を構えたまま静かに後ろを振り返る。

 

砂塵の向こうでは、仲間たちが懸命に剣を振るっていた。

 

誰もが傷つきながら、それでも前へ進もうとしている。

 

胸の奥で、重い声が響く。

 

(……このままじゃ、また誰かを失う。目の前で、大切な誰かが――)

 

鮮烈に蘇る光景。

 

黒猫団のみんなの笑顔。

 

笑い合い、未来を語り合い、他愛もないことで笑い転げた、あの穏やかな日々。

 

(あんな後悔……二度としたくない。絶対に……!)

 

サチが最後に見せた、あの優しい微笑み。

 

涙を流すアスナの姿。

 

何もできず、自分の無力さだけを噛み締め続けた日々。

 

震えが止まらなかった、自分の手。

 

そのすべてが、黒の剣士を突き動かしていた。

 

ゆっくりと息を吐く。

 

そして、そっと目を閉じる。

 

意識は、遠いあの日へと溶けていった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ねえ、キリト」

 

草原を渡る風が、二人の髪を優しく揺らしていた。

 

戦闘を終えた帰り道。

サチは少し歩みを緩めると、不意に口を開く。

 

「なんだ?」

 

「前衛で戦うの…辞めたいって思ったこと……ある?」

 

突然の問いに、キリトは少しだけ目を丸くする。

 

「一番リスクのあるポジションでしょ? なのにキリトは、いつも迷わず敵に飛び込んでいくから……」

 

その声には、不安と心配が滲んでいた。

 

キリトは少し考え、小さく笑う。

 

「辞めたいと思ったことはないな。でも……怖いとは思ってるよ」

 

「……キリトでも怖いんだね」

 

「ああ」

 

その一言に、サチは少し安心したように息をついた。

 

しばらく沈黙が流れる。

 

やがてサチは、小さな声で続けた。

 

「……私ね。本当は前衛なんてやりたくないって思ってたの」

 

キリトは何も言わず、その続きを待つ。

 

「安全な後衛とかの方がいいって……キリトが黒猫団に来てくれるまでは、ずっとそう思ってた」

 

サチは照れくさそうに笑う。

 

「キリトが来てくれてからは怖くなくなったの。いつも一番前で戦ってくれるから」

 

その笑顔は、すぐに曇った。

 

「でも……でもね」

 

俯きながら、震える声で言葉を紡ぐ。

 

「そうやって安心してる自分が、すごく嫌だなって……。キリトに全部押し付けて、自分だけ安心してるなんて……」

 

「なんでそれが悪いことだと思うんだ?」

 

「だって……」

 

サチは言葉に詰まる。

 

キリトは空を見上げ、小さく笑った。

 

「なあ、サチ。俺はさ、自分で言うのもなんだけど……強いプレイヤーなんだと思う」

 

「……うん。キリトは強いよ。すごく」

 

「でも、それは別に俺が人より努力したわけじゃない。たまたまこのゲームに適性があって、たまたま二刀流なんてユニークスキルを持ってるだけだ」

 

そう言って、自分の剣を見つめる。

 

「だから、こうやって戦えてる。それだけなんだ」

 

静かな声だった。

 

だが、その言葉には揺るぎない覚悟が宿っていた。

 

「でも、もし俺が逃げ出したら……今、俺が立ってる場所に違う誰かが立つことになる」

 

サチは息を呑む。

 

「それは俺みたいにユニークスキルを持ってない人かもしれないし……サチだったかもしれない」

 

「……」

 

「そう考えるとさ」

 

キリトは照れくさそうに笑う。

 

「それが俺でラッキーだったと思うんだ……ゲームは好きだからな」

 

「……優しいね、キリトは」

 

「サチには勝てないけどな」

 

「え?」

 

「そうやって人の心配をして、悩んでくれてる」

 

サチは慌てて首を振る。

 

「違うよ……私は……」

 

「サチはさ」

 

キリトは優しく微笑んだ。

 

「俺が前にいると安心するんだろ?」

 

「……うん。最近はそんなに怖くないの」

 

「なら、それでいいじゃないか」

 

「でも……」

 

サチはまだ納得できないように俯く。

 

キリトは少し考えると、ぽんと手を打った。

 

「もし悪いと思ってるなら……“声”かな」

 

「……え?」

 

「サチの声はよく通るからさ。俺が危ないと思ったら声をかけてくれよ」

 

サチの目が少し大きくなる。

 

「“危ない!”だけじゃなくて、“がんばれー!”とか、“ナイスー!”でもいいぞ」

 

「もう……変なの」

 

思わず笑みがこぼれる。

 

「ははは」

 

二人の笑い声が、静かな草原に溶けていった。

 

しばらく歩いたあと。

 

サチはふと立ち止まり、真っ直ぐキリトを見つめる。

 

「……強いからだけじゃないよ」

 

「ん?」

 

「キリトが戦ってるとね」

 

少し照れながら言葉を探す。

 

「上手く言えないんだけど……みんなを守ってくれてる感じがするの」

 

風が吹く。銀色の草が波のように揺れた。

 

「だからなんだと思う。私が怖くなくなったのは」

 

キリトは静かに目を細める。

 

「……そうか」

 

少しの沈黙。

 

そしてキリトは笑って言った。

 

「なら約束するか?」

 

「約束?」

 

「ああ。俺はこれからもサチの前で戦う。サチは俺が危なくなったら声をかけてくれる。これでどうだ?」

 

サチは少し考え、小さく首を傾げた。

 

「……少しだけ変更してもいい?」

 

「なんだ?」

 

「“私の前”じゃなくて“みんなの前”にして」

 

キリトは目を瞬かせる。

 

「私や黒猫団のみんなだけじゃなくて、困ってるプレイヤーみんなの前に立ってほしいの」

 

その瞳には、一切の迷いがなかった。

 

キリトは何も言わず、その言葉を受け止める。

 

サチは少し笑う。

 

「そのかわり、危ない時だけじゃなくて……キリトが悩んでる時や立ち止まったりしてる時は、私が声をかけてあげるね」

 

キリトは静かに頷いた。

 

「ああ……わかった」

 

二人は小さく指を絡める。

 

夕焼けに照らされた約束は、何よりも温かかった。

 

――約束するよ、サチ。

 

――うん。約束だよ、キリト。

 

 

――――

 

 

「ヒースクリフ」

 

低く、だがはっきりとした声。

 戦場の中心に放たれたその一言で、空気が張り詰める。

 

「俺に――陽動をやらせてくれ」

 

「!」

 誰もが息を呑んだ。

 

「俺が単騎で右翼に突っ込む。敵は俺を優先的に狙うはずだ。その隙に一気に突破して、クリスタルを破壊してくれ」

 

言葉は冷静だった。だがその奥に、焼けつくような決意が宿っているのを誰もが感じた。

 

 

「む、無理ですよキリトさん!」

 リオの声が裏返る。若き剣士は震える手で剣を握りしめ、必死に叫んだ。

「すぐ囲まれて孤立しちゃいます! そんなの、死にに行くようなもんだ!」

 

その声には恐怖だけでなく――師と仰ぐ存在を失いたくないという焦りが混ざっていた。

 

「キリト君、それはできない!」

 アスナの声も響いた。

「いくらあなたでも……単騎じゃ、あの数には――!」

 

副団長としての冷静な判断。

 そして、一人の仲間としての叫び。

 

だが黒衣の剣士は振り返り、まっすぐにアスナを見据えた。

 

 

「アスナ」

 その声は驚くほど静かだった。

 

「――あの時言った言葉、いま証明してみせる」

 

「え?」

 

心の奥で響く言葉。

 “今は目の前のみんなを守りたいって気持ちの方がずっと強い。それは嘘じゃない”。

 

栗色の瞳と黒の瞳が交錯する。

 一瞬、戦場の喧騒が遠のいたかのように静まる。

 

アスナは唇を噛んだ。

 「……っ」

 

 

その静寂を破ったのは、団長の声だった。

 

「君が孤立しても、すぐには救援は送れないぞ」

 

重く、鋼のような声音。

 それは冷酷ではなく、現実を突きつける王の声だった。

 

「大丈夫です」

 キリトはにやりと笑った。

「あのデュエルの時より、いい動きしてみせますよ」

 

挑発するような笑み。その奥に燃える決意を、ヒースクリフは見抜いていた。

 

 

「団長!」

 ティンクルが声を上げた。

「最小単位は二人組(エレメント)だよ。僕も志願する!」

 

灰色の瞳が、初めて熱を帯びていた。

 

だがヒースクリフは首を振った。

「却下する」

 

ティンクルは奥歯を噛み、悔しそうに目を伏せた。

 

「行け、キリト」

 

王の声が戦場を貫いた。

 

「了解」

 

次の瞬間、黒衣が砂煙を蹴り上げる。

 右翼へ一直線に――黒い閃光が突き進んでいった。

 

 

 

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