ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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28話  転換の提案

 

 

 

 

 

翌朝。

 まだ外の空気が冷たい時間。

 血盟騎士団本部の執務室には、整然とした光が差し込んでいた。

 窓際の時計が六時を少し過ぎたところで、控えめなノック音が響く。

 

「入りたまえ」

 

書類に目を通していたヒースクリフが顔を上げる。

 扉が静かに開き、アスナが一歩踏み込んだ。

 姿勢は正しいが、その瞳には明確な意志の光が宿っていた。

 

「失礼します」

 

軽い返事のあと、ヒースクリフはペンを置いた。

「それで、要件とは?」

 

「団の方針について、お話があります」

 

アスナは真っ直ぐにヒースクリフを見つめた。

 その気配に、室内の空気が少しだけ引き締まる。

 

「昨日決めた通りだ。風林火山、あるいはアインクラッド解放軍との同盟を最優先。これが現時点での最善手だ」

 

アスナは短く息を吸い――そして言った。

 

「進言します。――聖龍連合との同盟。これ以外、ありません」

 

ヒースクリフの手が止まる。

 静かな沈黙。

 冷たい鋼色の瞳が、ゆっくりとアスナを見据えた。

 

「……理由を」

 

「それが、血盟騎士団が生き残る唯一の道だからです」

 

アスナの声には、迷いがなかった。

 ヒースクリフは指先で机を軽く叩く。

「聞こう」

 

アスナは一歩前へ進み、光のウィンドウを展開した。

 戦略図と、各ギルドの勢力分布が表示される。

 

「いま、私たちが取れる方法は三つ。

 一つ、風林火山と組む。

 二つ、アインクラッド解放軍と組む。

 三つ、聖龍連合と組む」

 

アスナは順に指を動かしながら、淡々と話す。

 

「まず一つ目――風林火山と組む。

 意味がありません。戦略的にも、政略的にも。

 彼らはいま、“見極めている”段階です。

 血盟騎士団につくか、聖龍連合につくか。

 こちらがアインクラッド解放軍と組む可能性がある限り、動けない。

 いま声をかけても、彼らの答えは“静観”です」

 

ヒースクリフは無言で頷いた。

 

「二つ目――アインクラッド解放軍。

 不可能です。

 シンカー団長は“組織の利益”では動かない。

 彼が見るのは、この世界全体の均衡――人々の利益です。

 いま私たちが声をかければ、“焦り”と見なされる。

 攻略に詰まった、聖龍連合に追い詰められている。

 そう判断され、信用を失うだけです」

 

「……ふむ」

 

ヒースクリフは静かに目を細めた。

 アスナの言葉は感情ではなく、冷静な分析だった。

 

「三つ目――聖龍連合。これも現状では、同盟の可能性は限りなく低い。唯一の突破口は、“ティンクルを差し出す”こと。

……ですが、そんな選択をすれば――私たちは仲間を売るギルドとして、遠からず崩壊します。血盟騎士団という名が誇りを失ってしまう」

 

静かな言葉の中に、強い決意があった。

 

ヒースクリフは長い沈黙のあと、ようやく口を開いた。

「打つ手はない。それが、君の答えかね?」

 

「いいえ」

 

アスナはまっすぐ立ち、光のウィンドウを閉じた。

 その仕草は、ひとつの決断を示すように静かだった。

 

「“攻め方”を変えます」

 

「……説明を」

 

ヒースクリフの声が低く落ちる。

 その視線の奥には、明らかに興味があった。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

アスナは一度姿勢を正し、はっきりと言い切った。

 

「我々の第一目標を――聖龍連合との同盟に定めます」

 

ヒースクリフの指先が止まる。

 空気が少しだけ重くなるのを感じながら、アスナは続けた。

 

「その上で、アインクラッド解放軍のシンカー団長に“仲介”を依頼します。血盟騎士団と聖龍連合が手を組むこと。それは、この世界の人々にとって最大の“利益”です」

 

言葉には一切のためらいがなかった。

 ヒースクリフが腕を組み、視線を細める。

 

「……ふむ。リンド団長の目的が達成されれば、同じことだ。これにどう反論する?」

 

「我々は“個”ではなく、“組織”で戦います」

 アスナの声は凛としていた。

 

「仮に聖龍連合が血盟騎士団の主力を取り込んだとしても、それは“個”の寄せ集めに過ぎません。組織としての呼吸は失われ、互いの信頼関係も薄れる。

 “守り”を軸にした戦いでは、阿吽の連携がすべて。その状態では、本来の力の六割も引き出せないでしょう」

 

ヒースクリフの唇が、わずかに動いた。

「……面白い考えだ」

 

低く呟き、机に指を組む。

「だが、問題が二つある」

 

アスナが静かに頷く。

 ヒースクリフはひとつひとつを指で折りながら言った。

 

「まず一つ。――シンカー団長が協力する保証はない。彼は理でなく、信義で動く男だ。説得は容易ではない」

 

「承知しています」

 

「そして二つ目」

 ヒースクリフは瞳を細め、真っ直ぐアスナを見た。

 

「仮に協力が得られ、聖龍連合と会談の場を持てたとしよう。――その時、彼らは間違いなく“ティンクル君”を要求してくる」

 

アスナの瞳が微かに揺れた。

 しかし、すぐに静かに息を整える。

 

「その覚悟が、君にあるのか?」

 

短い沈黙。

 そして、アスナはしっかりと顔を上げた。

 

「“差し出す”など――毛頭、考えておりません」

 

言葉は、刃のように鋭く、しかしまっすぐだった。

 

「そんな手を使わずとも、聖龍連合とは“手を組めます”」

 

ヒースクリフの視線が動く。

「……説明を」

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

執務室の空気は、朝の冷たさをまだ残していた。

 ヒースクリフは机の上の報告書を閉じ、静かにアスナを見た。

 

「続けたまえ」

 

促されるように、アスナは一歩前へ進み出た。

 まっすぐ立つその姿は、緊張ではなく“覚悟”を纏っている。

 

「まず、聖龍連合のほうからティンクルを“直接”要求することは不可能です」

 

ヒースクリフの眉がわずかに動いた。

 アスナは淡々と続ける。

 

「彼らがティンクルを求めた瞬間、世間はこう見ます。――協力の見返りに“氷姫”という少女を要求する、野蛮で浅ましいギルドだと」

 

「……ふむ」

 

ヒースクリフの反応は淡い。

 だが、その沈黙は明らかに“考えている沈黙”だった。

 

「その屈辱に、彼らは耐えられません。だからこそ――“こちらから差し出す形”を望むはずです」

 

アスナの声が静かに落ちる。

 彼女の語り口は冷静だったが、その奥には確かな読みと決意が滲んでいた。

 

「ですが、こちらもそんなことは口にしません。……おそらく会談は平行線のまま、終わるでしょう。その場合、シンカー団長は――間違いなく血盟騎士団の側につきます」

 

ヒースクリフが顔を上げた。

 その目は試すように光る。

 

「なぜそう思う?」

 

「血盟騎士団と聖龍連合が“共に戦う”こと。彼はいま、それを誰よりも望んでいます」

 

「……なぜ言い切れる?」

 

「彼は――そういう人だからです」

 アスナははっきりと答えた。

 

 その瞳は、まっすぐにヒースクリフを射抜いている。

「団長のほうが、よくご存じのはずです」

 

静寂。

 時計の針が一つ進む音が、やけに大きく響いた。

 

「そして……アインクラッド解放軍と手を組むことで、ようやく私たちは聖龍連合と対等に交渉できる立場になります」

 

アスナは一拍置き、話を続ける。

 

「将来的に、互いに手を組む必要があることは向こうも理解しているはずです。長期戦は、彼らも望んではいないかと」

 

ヒースクリフはしばしアスナを見つめ、やがて小さく息を吐く。

 その表情は読めない。

 だが、その瞳の奥で――何かが確かに動いた。

 

「……5日だ」

 

「!」

 

「それまでに、シンカー団長の協力を取りつけたまえ」

 

声は穏やか。だがその奥に、血盟騎士団の未来を賭ける重みがあった。

 

アスナは一瞬だけ目を見開き、すぐに深く頷いた。

「はい」

 

「同行者は君に一任する。“団外部”の者でも構わん」

 

「了解しました。必ず、結果を出します」

 

その背筋は、どこまでも真っすぐだった。

 彼女が踵を返すと、朝の光が肩口の赤い紋章を照らした。

 扉が静かに閉まる。

 

その音を聞きながら、ヒースクリフは小さく呟いた。

 

「……さて。局面が、ひとつ動くか」

 

彼の表情に、感情らしきものはない。

 ただ、淡い光を映す瞳が、遠い未来を見ていた。

 

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