ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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     仲介の願い

 

 

 

 

 

 

昼下がりの陽光が、血盟騎士団本部の中庭に差し込んでいた。

 戦後の片づけも落ち着き、各班がそれぞれの持ち場へ散っていく中、

 食堂脇のテーブルに四人の影が集まっていた。

 

キリト、リズ、シリカ、リオ。

 そして、机の中央には冷めかけた紅茶とメモウィンドウ。

 

「とりあえず、私は他の鍛冶屋に色々聞いてみるわ」

 リズがカップを指でくるくる回しながら言う。

「軽い世間話っぽくね。あんまり突っ込むと警戒されるから」

 

「リズの店に、聖龍の人は来ないのか?」

 キリトが尋ねる。

 

「まず来ないわね。……“ゼロ”じゃないけど」

 リズは苦笑した。

 

「トップギルドともなると、装備職人は専属が多いの。私も血盟騎士団専属みたいなものだし。

 どんな装備作ってるかで戦略や方針がバレるでしょ? だからそこはどこも厳しいわ」

 

「なるほどな」

 キリトが頷く。

 

「私は……聖龍連合の本部がある50層の街を散策してみようと思います」

 シリカがそっと手を挙げた。

 

「ちょうどピナの好物が、あの階層にあるので。自然に動けるかなって」

 

「助かるわ、シリカ」

 リズが軽く笑みを返す。

 

「僕は先輩の中で、聖龍と一緒に戦場に出た人を探してみます。何か、ヒントがあるかもしれません」

 リオがメモウィンドウを開きながら言った。

 その横顔には、ほんの少しの緊張が見える。

 

「頼んだ」

 キリトが言い、立ち上がる。

「俺は――闘技場に出る」

 

「やっぱりね」

 リズがニヤリとする。

「聖龍と言えば“闘技場”よね。新入りは積極的に参加させられるって有名よ」

 

「まあ、装備制限ありのクラスだけどな」

 キリトが肩をすくめる。

「ステータスも装備も公平。完全にプレイヤースキル勝負だ。

 でも、やってみると案外楽しいぞ」

 

「へぇ……」

リオが興味深そうにメモを取る。

 

「でも制限なしクラスは出られないんでしょ?」

 リズが軽く挑発気味に言う。

 

「出禁、食らってるからね」。

 

「え? どうしてですか?」

 リオが目を丸くする。

 

「強すぎるからよ」

 リズがあっさり言って、にやりと笑った。

 

キリトはため息をつきながら、どこか居心地悪そうに髪をかいた。

 それを見てリオが「すごいなぁ……」と呟く。

 食堂に、ほんの少しだけ笑いが戻る。

 

 

――――

 

 

――そして、そのあと。

 

廊下を歩いていたキリトの耳に、軽い足音が近づいた。

 

「キリト君」

 

振り向くと、アスナが立っていた。

 制服の上に羽織った白いマントが、陽の光を受けて揺れている。

 

「どうした?」

 

「明日――一緒に会ってほしい人がいるの」

 

キリトは少し眉を上げた。

「いいけど……誰だ?」

 

アスナは小さく微笑む。

「行けば、わかるわ」

 

 

――――

 

 

 

翌朝。

 

早朝の光が、厚い雲を淡く照らしていた。

 アスナとキリトは、まだ人の少ない宿屋街を抜け、広場の奥にある石造りの建物の前に立つ。

 

周囲は静かだった。

 掲げられた紋章の旗が、かすかな風に揺れている。

 その場所が“軍”の中心であることを、誰もが無言で理解するような――そんな空気があった。

 

ギルド正面の入り口の門番に声をかけ、内部へ案内される。

 

しばらく移動すると、ある扉の前へ。同行していた団員が声をかける。

 

「団長、よろしいですか」

 

「かまわないよ」

 落ち着いた声が、中から静かに響いた。

 

アスナが小さく頷き、扉を押し開ける。

 

「お久しぶりです、シンカー団長」

 

中にいた男が顔を上げる。

 整えられた机と地図の上に、温かい湯気を立てるカップが一つ。

 その隣で、アインクラッド解放軍の団長――シンカーが、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「やあ、アスナ君、キリト君。元気そうだね」

 

その声は、かつて最前線を共に駆けた時と変わらない。

 けれど、背負うものの重みだけが、確かに増していた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

部屋の中は広くもなく、無駄のない空間。

 机の上に広げられた数枚の地図の上に、淡い光が差している。

 椅子に腰掛けていた男――アインクラッド解放軍団長・シンカーが、顔を上げた。

 

 アスナが一礼する。

 

「ご無沙汰してます、シンカー団長」

 

シンカーは小さく笑い、手を軽く振った。

「はは、すまなかったねアスナ君。前線を君たちに押しつけて、迷惑をかけた」

 

「いえ、そんなことは……」

 アスナが言いかけたとき、シンカーの視線が隣の黒衣の少年へと向かう。

 

「キリト君とは、以前――街中で偶然会ったね」

 

キリトが少し驚いたように頷く。

「そうだな、あのと――」

 

言いかけて、言葉を切り、姿勢を正した。

「そうですね。あの時は……アインクラッド解放軍は、まだ最前線に戻ってなくて――」

 

「ははは、やめてくれキリト君」

 シンカーが穏やかに笑う。

「いつも通りにしてくれ。その方が嬉しいよ」

 

「悪い、助かる。……なんか、落ち着かないからな」

 

「奇遇だね」

 シンカーは柔らかく目を細めた。

「僕もそう思ったよ」

 

短い沈黙。

 しかしその静けさには、旧知の者同士にしか生まれない安心感があった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

静かな空気の中、シンカーはゆっくりと二人を見渡した。

 穏やかな微笑みを浮かべながらも、その眼差しはわずかに硬さを増していた。

 

「そういえば、キリト君」

 シンカーは椅子の背に軽く寄りかかりながら言った。

「八十層で無茶をしたと聞いて、心配してたんだけど――」

 

そこで一拍、視線がキリトに重なる。

「……どうやら、僕の杞憂だったようだね」

 

その言葉は叱責でも称賛でもなく、ただ“見守る者”の声音だった。

 キリトは少しだけ目を伏せる。

 シンカーは続ける。

 

「目が――前と全然違う。……乗り越えたようだね」

 

キリトは短く息を吐き、静かに答えた。

「……ああ」

 

その一言に、わずかな笑みが交わされる。

 アスナも横で静かに頷いていた。

 

「それで、今日はどうしたんだい?昔話をしに来てくれた、という感じではなさそうだけど」

 

アスナは深く息を吸い、背筋を伸ばした。

「シンカー団長。今日は――お願いしたい事があり、参りました。」

 

シンカーは目を細めたまま、ゆっくり頷く。

「お願い? なんだい」

 

アスナは一瞬だけキリトを見てから、まっすぐに言葉を放つ。

 

「聖龍連合との件です」

 

その名を聞いた瞬間、シンカーの笑みがわずかに揺れた。

 けれども彼は何も言わず、静かに椅子にもたれかかる。

 窓から射し込む光が、彼の肩の青い腕章を照らした。

 

「……ふーむ」

 その声は小さいが、決して軽くはなかった。

 まるで次に続く言葉を、慎重に選んでいるように。

 

静かな空気が、再び部屋を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

部屋の中に、静かな空気が満ちていた。

 シンカーは机の上の書類を整え、二人を見やる。

 その目には相変わらず穏やかな光が宿っている。

 

「立ち話もなんだ。座ってくれ」

 

促され、アスナとキリトは向かいの椅子に腰を下ろす。

 淡い光が窓越しに差し込み、机の上の地図を照らした。

 赤と青の印が、幾つもの戦線を示している。

 

シンカーは視線を落としながら、ゆっくりと口を開いた。

「血盟騎士団と聖龍連合――何があって、いまどういう関係なのか。それくらいは、僕なりに把握しているつもりだよ」

 

その言葉には、非難も同情もない。

 ただ現実を見つめる者の静けさだけがあった。

 

「それで……聖龍連合と黄金林檎。彼らに“対抗したい”、ということかな?」

 

アスナはすぐに首を横に振った。

「いいえ。聖龍連合と“手を組んで戦う”。 これしか考えていません」

 

シンカーの穏やかな表情が、わずかに動く。

 

「なぜだい? 風林火山という手もあるし、もっと傘下のギルドを呼ぶという方法もある。八十層の戦いを見る限り――血盟騎士団の実力なら、八十二層も攻略できるはずだ」

 

アスナは静かに首を振る。

「八十二層の“攻略”が目的ではないからです」

 

「……?」

 

「これ以上、誰ひとり欠けることなく、全ての層を攻略する。それが目的です」

 

その言葉には、迷いがなかった。

 机の上に落ちる光が、彼女の影をくっきりと映す。

 

シンカーは腕を組み、しばし考え込むように視線を落とした。

「……なるほど。それで、僕に何を?」

 

「聖龍連合との“仲介”をお願いしたいんです」

 

アスナの声はまっすぐだった。

 その真剣さに、シンカーは目を細める。

 

「仲介、か……」

 彼は短く息を吐き、机の上の地図を見つめたまま黙考した。

 沈黙ののち、低く穏やかに言葉を続ける。

 

「なるほど。仮に話が平行線になっても、アインクラッド解放軍という存在自体が――“揺さぶり”になると考えているんだね」

 

「表向きはそうです」

 アスナが頷く。

 

「しかし、そうなった場合でも――私たちは八二層攻略に着手するつもりは一切ありません」

 

シンカーの目が静かに細められる。

「ほう、なぜだい?」

 

「“誰も欠けずに”――それを達成できないからです。そのためには、聖龍連合しかありません」

 

しばらく沈黙。

 時計の音だけが部屋に響く。

 シンカーはその音を聞きながら、穏やかな口調のまま問いかけた。

 

「……それでも断ってきたら? “脅し”をかけるのかい?」

 

アスナはゆっくりと首を横に振った。

「いいえ。私には、“お願い”することしかできません。一つになって戦いたい。……力を貸してほしい。そう伝えます」

 

その一言に、キリトも前を向いた。

「俺からも頼む、シンカー。この世界からみんなで出るには――1つになって戦わないとダメなんだ」

 

しばしの沈黙。

 やがてシンカーは目を閉じ、深く息を吐いた。

 そして再び目を開いたとき――その瞳に宿る光は、静かな決意だった。

 

「……かまわないよ。受けよう」

 

「――ほんとか?」

キリトが思わず前のめりになる。

 

シンカーは微笑んだまま、首を小さく振った。

「ただし、ひとつ条件がある」

 

アスナが息をのむ。

「……何でしょう?」

 

シンカーの声は穏やかなまま、けれど確実に空気を変えた。

 

「――“氷姫”、ティンクル君のことは、諦めなさい」

 

部屋から、音が消えた。

 窓の外で風が木の葉を揺らす音だけが、淡く残っていた。

 

 

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