ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記― 作:へーちょ
数日後。
重厚な扉の向こう、聖龍連合の作戦会議室には、
リンドを中心にロニエ、ニコ、ライド、シオン、傘下ギルドのまとめ役、マーク――
そして傘下ギルドの団長たち数名が集まっていた。
リンドが静かに口を開く。
「血盟騎士団から、会談の申し込みがあった」
その言葉に、場の空気が一瞬ざわめく。
「……あーあ、みっともない連中だね」
ニコが頬杖をついたまま、あくび混じりに言う。
「しかも、自分たちが攻略担当じゃない時に申し込んでくるとか。ほんっと、こざかしいったらないよねー」
「団長、道理を欠く愚か者の申し出など、受ける必要はないであります」
シオンの声は静かだが、芯に怒気があった。リンドは目を閉じ、短く息を吐く。
「アインクラッド解放軍のシンカー団長からの申し出だ。仲介を買って出たようだ。……彼の頼みだ。受けないわけにはいかない」
「シンカー団長の……でありますか」
シオンの声がかすかに揺れた。
「ふーん……つまり、“自分じゃ何にもできないから”他人の力借りようってことね」
ニコの口調には棘があった。それでも、どこか冷静な観察の響きが混じる。
「まったく! 男ならコソコソするな!」
ライドが拳を握って立ち上がる。
「正面から来い! 正面からっ!」
「……何か狙いがあるのだろうか」
マークが低く呟いた。
「ま、要するに――」
ニコが口角を上げた。
「話が平行線で終わっても、“アインクラッド解放軍と組むぞー”って脅す腹でしょ?」
シオンが眉をひそめる。
「ニコ殿、それはつまり……血盟騎士団はシンカー団長を利用している、でありますか?」
「そうそう。成功したらもうけもん。失敗してもシンカー団長が助けてくれる。――連中が考えそうなことだよねー」
シオンは何も言わなかった。数秒の沈黙のあと、唇がわずかに動く。
「………虫ケラどもめ」
その声は誰にも届かないほど小さかった。
マークが慎重に言葉を選ぶ。
「リンドさん。どうしてアインクラッド解放軍は仲介を受けたんです?」
リンドは静かに答える。
「……シンカー団長は以前から、聖龍連合と血盟騎士団が組むことを望んでいた節がある。そこにつけ込まれたのだろう。“聖龍と血盟が組むことは人々の利益”とな」
彼は机の上に指を置き、淡々と続けた。
「ここから血盟騎士団が取れる手は二つ。
一つ、『氷姫』を差し出す――派遣という形でな。これは特に問題ない。
そして二つ目、話を平行線で終わらせ、アインクラッド解放軍と同盟を結ぶ。平行線で終わった場合、シンカー団長が協力する可能性は高い。……だが、その戦略が通用するのは“風林火山”が中立の場合に限る」
リンドの声が一段低くなった。
「風林火山は、この会合が平行線で終われば我々の側につく予定だ。
たとえアインクラッド解放軍が血盟騎士団と同盟を組もうと、な」
「ま、あくまで“口約束“だけど」
ニコが肩をすくめた。
「もうちょっと時間があれば、正式に同盟組めたんだけどね。悪運だけは強い連中だよ」
シオンが口を開く。
「団長、連中がティンクル殿を差し出してきた場合、手を組むでありますか?」
「無論だ。断る理由がない」
リンドの返答は即答だった。
「我々の問題だった“中衛の穴”が解決し、聖龍連合は完璧な形となる。
そして――100層を目指すには、血盟騎士団と手を組む以外に道はない」
その言葉に、シオンはわずかに目を伏せた。
「……不服そうだな、シオン」
「いえ。団長の考えに不服はありません」
シオンは一拍おいて続ける。
「ただ――」
静かな声に、全員の視線が集まる。
「暗黙の了解という約束を平気で破り、
今度は自らの保身のために仲間を差し出す。
さらには、シンカー団長の信義をも利用する……」
言葉の温度が下がる。
「……そんな連中と、戦場で肩を並べることを想像したら――反吐が出そうになっただけであります」
「シオン」
ロニエが短く名を呼ぶ。
「……申し訳ありません」
彼はすぐに頭を下げた。
だがその背筋は、微動だにしなかった。
ーーーーー
「俺もシオンと同意見だ!仲間を差し出すような連中と共に戦うなど――断固反対する!」
ライドの声が会議室に響く。拳を握りしめ、正義感に満ちた目で机を叩く。
「それに、駆け引きに団員を利用してる現状自体、俺は気分が良くない!」
「はぁ……なーんにもわかってないわね」
ニコが肩をすくめて言った。
「む、どういう意味だ?」
ライドがむっとした顔で睨む。
「いい? ライド――考えてみなさい。
仲間を差し出すなんて判断をするギルドにいる氷姫が可哀想でしょ?
だから、私たちが助けてあげるの。ここに来た彼女に、本当の仲間ってのが何なのか、教えてあげましょうよ」
「むぅ……確かに一理あるな」
ライドは腕を組み、少し考え込む。
「それに、悪いのは血盟騎士団の上層部の連中だよ?
普通に頑張ってる人は、助けてあげたいでしょ?」
「そうだな! 弱きものには手を差し伸べなくてはな!すまなかった団長! 俺が間違ってた!」
(……ほんと単純ね、こいつ)
ニコは心の中でため息をつきながらも、少しだけ笑った。
その時、ロニエが静かに手を上げた。
「団長。ひとつ懸念事項があります」
「なんだ?」
リンドが視線を向ける。
「ティンクルさんは、態度にこそ出しませんが――自身を駆け引きの道具として使われるような行為に、激しい“嫌悪感”を覚える方かと。
最悪の場合、彼女は自らの意思で退団し、ソロプレイヤーに戻る可能性があります。
……今回の会談の場に、彼女を参加させないよう申し伝える方がよろしいかと」
ロニエの言葉が落ちると同時に、会議室に小さな波が走った。
誰も声を荒げはしない。
だが、わずかな息遣いと、椅子が軋む音が重なって――重苦しいざわめきが生まれる。
「君の言うとおりだ。それが今回の“最悪のケース”だ。……だが、その可能性は低いだろう」
リンドは組んでいた腕をほどき、ゆっくりと話を続ける。
「血盟騎士団に入団する直前、彼女の名声は凄まじかった。
数多のプレイヤーが彼女を追い回し、写真を売買していたほどだ。――もはや狂気と言っていい」
言葉を切る。
会議室の空気が、わずかに冷たくなる。
誰もがその“狂気”という一語に、現実の重みを感じ取っていた。
リンドは静かに続けた。
「入団を決めたのは……他の理由もあるだろうが、おそらく自らの身の危険を感じたからだろう。
今は血盟騎士団に守られているため安全だが、もし退団すれば――あの頃以上の狂気に晒される。
退団してソロに戻る可能性は、限りなく低い。というより“不可能”と言った方が適切だ」
ロニエは小さく頷いたが、何も言わなかった。
リンドは続ける。
「だが可能性がないわけではない。すでに向こうには伝えてある。
――彼女を会談に参加させない。これが条件だと」
「さっすが団長、打つ手が早いねー」
ニコが感心したように言う。
「フン! そのような不埒な連中、俺が全員、根性から叩き直してやる!」
ライドが拳を鳴らす。
シオンが静かに言葉を挟む。
「ティンクル殿に対する、その程度の配慮は……
当然、向こうが申し出てくると思っていたでありますが。
まさか……なかったでありますか?」
「はぁ……シオン、あなた、まだ連中を甘く見てるわね」
ニコは軽く笑う。
「するわけないじゃん。むしろ当日、最前列に座らせて“盾役”にするくらい――朝飯前でやってくるはずだよ。私は驚かないけどねー」
その瞬間、シオンのこめかみがピクリと動く。
わずかに肩が震えた。
「……………………」
「はーいシオン、スマイル、スマイル~♪」
ニコが軽口を叩く。
シオンは目を閉じ、深く息を吸った。
「……自分はいつも通り。平常心であります」
その声は静かで、しかし鋼のように冷たかった。
彼の瞳の奥では、黒い怒りがゆっくりと形を成していく。
ーーーーー
会議室に流れる空気は、冷たく張りつめていた。
外ではまだ昼の光が淡く差しているが、ここだけはまるで夜のように静かだ。
長卓に並ぶ顔ぶれの誰もが口を閉ざし、リンドの言葉を待っている。
「……血盟騎士団との会談は、明日だ。各自、持ち場に戻れ」
短く告げられた声は静かだったが、部屋に確かな重みを落とした。
誰もが無言で頷き、椅子を引く音だけが連続して響く。
そんな中、ニコがふと口角を上げた。
「でも団長、氷姫が来ないってことは――」
爪先で机を軽く叩きながら、悪戯っぽく言う。
「連中を好きなだけ虐めていい、って解釈でいい?」
リンドはわずかに目を伏せ、そして淡く答えた。
「好きにしろ。ただし――やりすぎるな」
「はーい♪」
軽い返事とともに、ニコは立ち上がり、腰に手を当てる。
笑っているが、その目にはうっすらとした冷気があった。
どこか楽しげでありながら、狩人のような鋭さを秘めた笑み。
場の緊張が少し緩んだところで、彼女は隣のライドをちらりと見る。
「ライド。“あれ”はちゃんと外しておきなさいよ。また会談中に椅子壊されたら、たまったもんじゃないわ」
突然の指摘に、ライドは目を見開き、すぐに胸を張った。
「ふん! この程度に耐えられぬ軟弱な椅子が悪い!」
言葉と同時に椅子がわずかに軋む。
ライドは拳を握りしめ、さらに熱を帯びた声で続けた。
「それに俺は尻餅をつかなかっただろう?
常に集中しているからだ! 戦士たるもの、いかなる時も気を抜かない!」
一呼吸置いて、さらに声を張り上げる。
「だから心配するな! 今回も踏みとどまってみせるさ! はっはっはっはっはっ!」
その豪快な笑い声が天井に響いた。部屋にいた誰もが「またか……」という顔をしている。
リンドは書類を整える手を止めず、ロニエは視線を横に逸らした。
そしてニコは――口元だけで笑った。
「……ライド」
「む?」
「後で――ちょっと“お話”しようか?」
一瞬でライドの背筋が固まる。
「…………わかった。外していく」
小声で呟くと、彼は肩を落としたまま立ち上がり、扉の方へ向かう。
シオンは何も言わず、わずかにため息をついた。
リンドは誰よりも静かだった。
机の上に置かれた書類を見つめながら、小さく呟く。
「……明日は、長い一日になる」
その声は低く、重く、しかしどこか遠い。
まるですでに“結果”を見通しているかのようだった。