ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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     氷上の取引

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アインクラッド解放軍 本部・会議室。

 

 

 重厚な扉が閉じられた瞬間、世界の音が消えた。

 長卓には血盟騎士団と聖龍連合、双方の幹部たちが並んで座る。

 硬質な椅子のきしみさえ、まるで許されないような沈黙だった。

 

血盟騎士団側にはジョン、ブリュノ、セラフィナ、リオ、キリト、団員が数名。そして外部ギルドの団長たちが並ぶ。

 

 

 聖龍連合側にはニコ、ライド、シオン、マーク、団員数名、外部ギルドの団長数名が揃い。

 

 それぞれの机の上には重ねられた資料と、決意があった。

 

――誰一人、口を開かない。

 

リオは息を潜め、視線だけで空気を読む。

(……空気が、重い)

 

息を吸うたび、喉の奥が冷たく痛んだ。

 重圧が皮膚に貼りつくようなこの沈黙の中で、

 誰もが「最初に口を開く者」を待っていた。

 

そのとき――扉が静かに開いた。

 

 ヒースクリフとアスナが歩み入る。

 続いてリンド、ロニエ。

 そして、仲介役のシンカーが副官ユリエールを伴って姿を現した。

 

その瞬間、室内の空気が一段と引き締まる。

 視線が、テーブルの両端を往復する。

 

全員が席につくと、

 シンカーがゆっくりと姿勢を正した。

 

「すまないね、リンド団長。81層の攻略で忙しい時期に」

 

声は穏やかだった。けれど、その一言で場の重みがさらに増す。

 

リンドは腕を組み、まっすぐシンカーを見据える。

 

「……君の頼みだ。特別に時間を作った。それで――今日は一体なんの話かな、ヒースクリフ団長」

 

ヒースクリフは静かにアスナへ視線を送る。

 アスナが頷き、口を開いた。

 

「それは私から説明します。今日はお願いがあって、この場を設けさせていただきました」

 

リンドが片眉を上げる。

「ほう……“お願い”?」

 

「はい。私たち血盟騎士団は、聖龍連合と――共に手を組み、戦いたいのです」

 

その言葉に、会議室の空気がわずかに揺れた。

 紙が一枚、風でめくれたような音さえ響く。

 

「……次の担当層、82層のことかな?」

 

「いいえ」

 アスナは首を振る。

 

「これからの層――すべてを、です」

 

リンドの瞳が一瞬、細くなった。

 

「知っての通り、我々は黄金林檎と手を組み、戦っていくことを宣言したばかりだ。長期的な戦略もすでに固まっている。いきなり申し込まれても、対応は難しいな」

 

そのとき、シンカーが間に入るように言葉を挟んだ。

 

「リンド団長。聖龍連合と血盟騎士団が手を取り合わなければ、100層には到達できない。それは君も理解しているはずだ」

 

「そうかもしれない」

 リンドは短く返す。

 

「だが、現時点では戦力的に問題はない。――それが事実だ」

 

場が再び静まる。

 その隙を突くように、軽い声が響いた。

 

「……あのー、そもそもですけど」

 

ピンクの髪を揺らしながら、ニコが杖を指先でくるくると回す。

 

「どうして聖龍連合なんです? 風林火山さんと仲良くするって手もありますよ?」

 

アスナはわずかに表情を引き締めた。

「これ以上、誰一人欠けることなく100層まで攻略するためです。

 そのためには――聖龍連合でなければ、駄目なんです」

 

空気がピンと張りつめた。

 すると、シオンがゆっくりと立ち上がる。

 盾の影が床に落ち、まるで冷たい鉄の線を引くようだった。

 

「都合のいい理想論でありますな。自らの過ちを取り繕うための方便にしか聞こえないであります」

 

その言葉に、血盟側の団員たちの間に微かなざわめきが走る。

 だがアスナは視線を逸らさず、まっすぐ受け止めた。

 

シンカーが再び間を取る。

「聖龍連合と血盟騎士団が組めば、大きな希望となる。他のギルドも追随するだろう」

 

だがニコがすぐに応じる。

「でもね、シンカー団長。だったらなおのこと、まず血盟騎士団と風林火山が組むべきじゃない?

 そのあとに私たちが加われば、4つのトップギルドが協力することになる。――そっちのほうが、すんなりいくと思うんですけど?」

 

アスナは首を横に振る。

「それでは駄目なんです。今のうちから信頼と連携を築かなければ――敵がさらに強くなったとき、対応が遅れます」

 

「……ふむ」

 シオンの目がわずかに細められる。

 冷たい刃のような視線。

 

「アスナ殿、その言い方では、黄金林檎や風林火山が“実力不足”と言っているように聞こえるでありますが?」

 

「……率直に申し上げれば、そうなります」

 

沈黙。

 聖龍側の席から、微かな苦笑が漏れる。

 ニコが口元を押さえて笑いをこらえ、ライドは目を丸くしてアスナを見ていた。

 

シオンの手が盾の縁を軽く叩く。

 金属音がひとつ、室内に響く。

 

「ふむ……アスナ殿は“理想”に重きを置きすぎ、“現実”が見えていないであります。戦場は数値だけでは測れない。強力なプレイヤーが集まろうと、信頼なくして力は発揮できない。

 我々は黄金林檎を“仲間”として認めている。――だが、血盟騎士団を“信頼”できるかと問われれば……甚だ“疑問”でありますな」

 

会議室の空気が凍りついた。

 アスナのまつげが一瞬震え、リオの拳が膝の上でわずかに握られる。

 

 キリトは何も言わず、ただ静かにアスナの横顔を見つめていた。

 その瞳には、“信じてる”という言葉以上の意志が宿っている。

 

アスナは息を整え、しっかりと顔を上げた。

「わかっています。ですから――なおのこと、今から共に戦い、信頼を築く必要があります」

 

シオンの目が細く光る。

「その信頼を“最初に壊した”のは……はて、どこのギルドでありましたかな?」

 

静寂。

 

 炎のように灯っていた魔灯の光が、わずかに揺れた。

 その瞬間、全員の呼吸が止まった。

 

――空気が、凍る。

 

誰も、次の言葉を継げなかった。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

時刻はすでに昼の手前。

 窓の外から差し込む光がわずかに傾き、会議室の壁に長い影を落としていた。

 魔灯の淡い青白い光が、重厚な空気の中でゆらりと揺れる。

 

誰もが一言も発さず、椅子のきしみさえ咎められそうな静寂。

 沈黙はもはや、空気ではなく圧力だった。

 

その均衡を破ったのは、リンドの低く落ち着いた声だった。

 

「……まず確認しておこう。今回の会談は、シンカー団長の要請によって開かれた。だが本来、我々が血盟騎士団と協力する理由は、“現時点”ではどこにもないはずだ」

 

言葉は穏やかだが、まるで刃を寝かせて構えたような緊張が潜んでいた。

 

ヒースクリフが視線を上げる。

 その眼差しは揺らがない。

 

「確かに。だが共通の敵がいるのは同じだろう――この世界だ」

 

わずかな間。

 リンドが目を細めた。

 

「理屈の上ではそうだ。だが、“理想”だけでは“現実”は動かない。我々は冷たい現実を見ている」

 

その言葉とともに、彼の指先が机を軽く叩いた。

 淡々とした音が、会議室の静寂に小さな波紋を広げる。

 

「この現実を変えるには、君たちが何かを“犠牲”にする覚悟を見せる。――それでこそ、こちらも動く価値がある」

 

ヒースクリフは息をゆっくり吐き出した。

 声には一片の怒気もない。

 だが、その理は鋼のように冷たい。

 

「なるほど。つまり“信頼”ではなく、“犠牲”で秩序を築くというわけか」

 

「信頼?」

 リンドの口元が、ほんのわずかに動いた。

 笑ったのか、嘲ったのか――誰にも分からない。

 

「そんな曖昧なものに、何百人もの命を預けられるのか?――理想は、現実を裏切る」

 

「そして君は、“裏切りこそ現実”と正当化するのか?」

 

「正当化ではない。受け入れているだけだ」

 

 リンドの瞳はまっすぐだった。

「君のように理想を掲げて、清らかさを演じる気はない」

 

わずかな沈黙ののち、ヒースクリフが目を閉じた。

「演じているつもりはない。私は秩序を守るだけだ」

 

「秩序?」

 リンドの声は低く静かに落ちる。

 

「違うな。君の“秩序”は支配だ。そこには人の自由も、選択もない。……だから君は、恐れられている」

 

――瞬間、空気が張り詰めた。

 その場にいた全員が、言葉を失った。

 

ジョンが立ち上がる。

 声には怒りが宿っていた。

 

「リンド団長。今のは我らの団長への侮辱にも聞こえます。発言を撤回していただきたい」

 

一拍の間。

 すぐに、椅子を軋ませながら別の影が立ち上がる。

 

「撤回の必要はないであります」

 

 シオンの声は凛としていた。

「団長は事実を述べただけであります」

 

その言葉は、まるで金属がぶつかるような音を立てた。

 誰もが一瞬、息を止める。

 

ヒースクリフは微動だにせず、視線をシオンへ向けた。

 その瞳には怒りも侮蔑もない――ただ、観測。

 氷の上に立つような冷静さだった。

 

リンドはそのやりとりを遮ることなく、静かに腕を組む。

 

「これが現実だ、ヒースクリフ団長。君の“理想”は確かに美しい。だが、それだけでは誰も救えない」

 

ヒースクリフはしばし沈黙し、

 やがて静かに答えた。

 

「それでも、理想を掲げる者がいなければ、現実は歪む。犠牲を前提にした秩序は、やがて破綻する」

 

その声音は穏やかで、それゆえに重かった。

 

机の下で、リオが拳を握る。

(……すごい。言葉の斬り合いだ)

 けれど、その“斬撃”は誰の血も流さず、ただ心だけを削っていく。

 

アスナはじっとリンドを見つめていた。

 その瞳には怒りではなく、

 “理解しようとする意志”が宿っている。

 

だが、その優しささえ――この場では武器にならない。

 

 

 

――――

 

 

 

沈黙。

 時間だけが進む。

 時計の針がわずかに音を立て、陽光が白から金に変わっていく。

 

キリトが深く息を吐いた。

(……何か、きっかけがないと)

 

 隣のリオも、同じことを思っていた。

(アスナさんを助けないと……でも、何を言えば)

 

 

 

――そして、一時間後。

 

沈黙を破ったのは、柔らかいが、どこか底冷えする声だった。

 

「……あのー、血盟騎士団のみなさん」

 

ピンクの髪を指で弄びながら、ニコが杖をくるくると回す。

 その表情は微笑んでいるのに、目の奥が笑っていない。

 

「“勘違い”されると嫌だから言っておきますけどね、私たち、別にみなさんと手を組みたくないわけじゃないんですよ?」

 

彼女の声が、ぴんと張りつめた空気に小さな波紋を広げる。

 

「ただー……ほら、“いろいろ”あったじゃないですか」

 

 杖の先が、机を軽く叩く。

 カツン、カツン。音が、妙に規則的に響いた。

 

「だから、“はい、そうですか”なんて言ったら、うちのギルド、内部崩壊しちゃうんですよねー」

 

アスナの眉がわずかに動いた。

 けれどまだ、口を開かない。

 

ニコはその沈黙を楽しむように笑った。

「だから、血盟騎士団の皆さんに――ふふ、“お願い”があるんですよ」

 

ロニエが静かに口を開いた。

「ニコ」

 

「いいじゃん、ロニエ。ここにいるみーんなが考えてること、私が代表して言ってあげるだけだよ」

 

その笑顔は、明るくも、どこか切っ先のように冷たい。

 

「それにねぇ……血盟騎士団の皆さん、“自分から”は言いにくいでしょ?“差し出す”形になっちゃうから」

 

リオの手が机の下で強く握られた。

 キリトが横目でアスナを見た。

 

 アスナはただ静かに、ニコの言葉を待っている。

 その眼差しには、微かな悲しみと、強い意志が同居していた。

 

「だから――こっちから“要求”してあげないと」

 

杖の先が、コツンと机を打つ。

 それが合図だった。

 

「ねぇ、血盟騎士団さん。“氷姫”、こっちに渡してよ。そしたら――手を組んで戦ってあげるよ」

 

静寂。

 音が、世界から消えた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

重い沈黙を切り裂いたのは、再びニコの柔らかな声だった。

 その声には笑みがあるのに、温度がない。

 

「シンカー団長」

 杖の先で机を軽く叩きながら、彼女は首を傾げた。

 

「ティンクルさんって、血盟騎士団にとって――そんなに大事な存在なんですか?」

 

シンカーは表情を崩さず、静かに頷いた。

「そうだよ、ニコ君。彼女は血盟騎士団にとって……なくてはならない存在なんだ」

 

「でもねぇ、シンカー団長」

 

 ニコは口角をゆるめた。

「さっきも言いましたけど、傘下ギルドのみんなが納得しないの。ねぇ、マーク?」

 

名を呼ばれたマークが、重苦しい声で応じる。

 

「そうだな。なんの条件もなく承諾なんてしたら、傘下ギルドが離れていってしまう。我々の“メンツ”は丸潰れだ」

 

リオは唇を噛み、胸の奥でざらりとした嫌悪が浮かんだ。

(……“メンツ”。そんなもののために、誰かを差し出せっていうのか)

 

ニコは続けた。

 

「ほら、血盟騎士団のみなさん。昔、63層で隠しダンジョンを見つけたでしょ?あの時、傘下ギルドの中に“勝手に探索しようとした”おバカさんな部隊がいてね。

 私とロニエで“押さえつけた”んだけど……ふふふ、大変だったんだよー。

 こっちはか弱い女の子2人だし」

 

軽く笑いながら、杖の先を机の上で転がす。

 金属のリングが、冷たい音を立てた。

 

「もし簡単に手を組んだら……今度はもう“押さえつけられなく”なっちゃう可能性だってあるしー」

 

彼女は笑った。

 

「“見せしめ”ってわけではないけど、その辺、わかってくれないかなー?」

 

机の上を照らす魔灯の光が、わずかに揺れた。

 ニコは明るい声を続ける。

 

「あ、それと! “氷姫”が抜けたあとはちゃんとフォローするよ。私たちが“黄金林檎”にお願いして、主力部隊を回してあげるね」

 

ブリュノが低く唸る。

「……急な部隊連携は難しい。時間だってかかる」

 

「うんうん、そうだよねー」

 ニコは相槌を打ちながら、相手の言葉をまるで“上書き”するように微笑む。

 

「だからこそ、最初にアスナさんが言ってたように、“はやく”手を組んで戦う必要があると思うんだー」

 

その瞬間、リオが椅子を軋ませて立ち上がった。

「だ、だめです! それだけは……!」

 

空気が跳ねた。

 誰もが思わずリオを見た。

 少年の声は震えていたが、確かな熱を帯びていた。

 

「あらあら、どうしてです?」

 ニコの声は、氷の上を滑るように軽い。

 

「それは……ティンクルさんは、僕たちの――大切な仲間だからです!」

 

「えー、私たちは仲間じゃないんですか?」

 

 首をかしげるその仕草が、妙に芝居がかっている。

 

「そ……それは……」

 

「それにねぇ」

 

 ニコは背もたれに深く沈み、脚を組んだ。

 表情は穏やかだが、目だけが獲物を見据える。

 

「もし聖龍連合と血盟騎士団が組んだら、“攻め”の担当は私たちですよね?

 ということは……大きなリスクを背負うのは、私たちの側。

 だったら、“戦略的に考えても”、氷姫さんがこっちに来てくれる方が、とーーっても、利にかなってると思いません?」

 

言葉が、笑顔の裏で鋭く光った。

 

「それに、傘下ギルドのみんなも納得してくれるし。ほら、すべてが“丸くおさまる”……ってね」

 

「で、でも……ティンクルさんは――」

 リオが言いかけた時、ニコはその声を切り捨てるように笑った。

 

「残念ね、坊や。私はあなたに聞いてるわけじゃないの」

 

 彼女の視線が、ゆっくりとアスナへと移る。

「ねぇ、アスナさん。この話――受けてくれますよね?」

 

アスナはまっすぐにその視線を受け止めた。

 会議室の空気が、張り詰めた弦のように震える。

 そして静かに言葉を放つ。

 

「……それは、お受けできません」

 

沈黙。

 ニコの笑みが一瞬止まった。

 しかしすぐに、作り物のような笑顔が戻る。

 

「うーん。あれも駄目、これも駄目。これじゃ“交渉”にならないよー」

 

その声を遮るように、シオンが立ち上がった。

 

「シンカー団長。失礼ですが――血盟騎士団は“交渉”というものがなんなのか、あまりご存じではないようであります。

 これ以上は、お互い時間の無駄だと思うであります」

 

その言葉に、会議室の温度がさらに下がった。

 魔灯の光が揺れ、壁の影が細く震える。

 

セラフィナがゆっくりと口を開いた。

 その声は静かで、芯が通っていた。

 

「……一つ、よろしいですか?」

 

全員の視線が、彼女に向く。

 

「どうして、聖龍連合のみなさんは――そこまでティンクルにこだわるのでしょう?

 傘下ギルドの問題だけが理由とは、思えません。他にも……何か事情があるのでは?」

 

その問いに、誰の口元からも嘲りは漏れなかった。

 セラフィナが皮肉で言っていないことを、全員が感じ取っていたからだ。

 

短い沈黙。

 そして、ロニエがそっと立ち上がる。

 

「……私から説明しましょう」

 

彼女の声は穏やかで、しかし会議室にいる誰もが、次の瞬間を予感していた。

 その声の奥に――“真実”の重みがあった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

沈黙の中、ロニエが口を開く。

 

「……ご存知の通り、我々の戦略は“攻め”です。

 部隊運用のあらゆる部分で、その思想を基礎としています」

 

静かで、よく通る声だった。

 聖龍連合の幕僚としての矜持が、ひとつひとつの言葉に滲む。

 

「しかし今の聖龍連合には――大きな“穴”があるのです」

 

セラフィナが小さく眉を寄せる。

「“穴”、ですか?」

 

「はい。それは、前衛と後衛をつなぐ“中衛”の存在です」

 

ロニエは姿勢を正し、淡々と続けた。

「現在はリンド団長が中衛に入っています。もちろん能力不足というわけではありません。ですが、団長は本来、後方で指揮に専念されるべき方。

 ニコの補佐があるおかげで戦線は保たれていますが――決して理想的とは言えません」

 

セラフィナが問う。

「ですが、聖龍連合には優秀な中衛の方もおられるでしょう?」

 

「“優秀”では足りません。“飛び抜けて優秀”でなければ。

 前衛の私とライド、後衛のニコ――この三者の間に立ち、同調できる者は、ただ一人。“ティンクルさん”以外にいないのです」

 

その名が出た瞬間、室内の空気が微かに震えた。

 ニコが杖をくるくると回しながら、口元を歪める。

 

「で、私たちは“氷姫”に目をつけたってわけ。ま、最初から中衛に置いてたことだけは褒めてあげるよ?」

 

アスナの瞳が一瞬、揺れた。

 だがリンドがそれを制するように声を上げた。

 

「我々の条件はただ一つ。――ティンクル君のみだ。他の内容は一切受けつけない」

 

アスナは静かに首を振った。

「それは……お受けすることはできません」

 

「では、話はここまでだな」

 

「待ってください、まだ――」

 

「これ以上話すことはない」

 

リンドが立ち上がる。その動きに呼応して、聖龍連合の面々も椅子を引いた。

 椅子の脚が床を擦る音が、妙に鋭く響く。

 ニコが小さく笑った。

 

「ま、これで終わりってわけじゃないから。状況が変われば、話も進展するだろうしねー」

 

ロニエとライドも立ち上がり、退室の気配が漂う。

 その瞬間――静かに声が響いた。

 

「……ちょっと、いいかな」

 

シンカーだった。

 彼の声は柔らかいが、その言葉には芯があった。

 

「第三者として両者の話を聞く限り……僕は、どちらも間違っていないと思う。でも、このまま正論をぶつけ合っても、前には進めない」

 

リンドが視線を向ける。

 ヒースクリフも腕を組み、ただ静かに聞いていた。

 

「……僕はね、聖龍連合と血盟騎士団――両方に手を取り合って戦ってほしい。心の底から、そう思っている」

 

その穏やかな声が、わずかに空気を揺らした。

 シンカーは一歩前に出て、宣言する。

 

「だから――我々アインクラッド解放軍は、血盟騎士団と同盟を組む」

 

その瞬間、空気が変わった。

 シオンが立ち止まり、わずかに目を細める。

 

「…………残念です、シンカー団長」

 

ニコが杖を肩に担ぎながら笑う。

「まぁ、しょうがないよねー。じゃ、血盟騎士団とアインクラッド解放軍は協力して――82層、頑張ってね」

 

聖龍連合が退出に向かおうとしたその時、

 シンカーが静かに言葉を重ねた。

 

「……そうだね。血盟騎士団とアインクラッド解放軍、そして――」

 

間を置いて、はっきりと告げる。

 

「――風林火山は、ともに協力して進んでいくよ」

 

ニコの足が止まる。

 振り返り、薄く笑った。

 

「やだなー、シンカー団長。風林火山は、まだ“中立”。どっちにつくかは――“神のみぞ知る”。……ってね?」

 

シンカーは小さく笑って返した。

「いいや。風林火山は、すでに我々と組むことが決まった。……つい二日前にね」

 

沈黙。

 マークが、ぽつりと漏らす。

「……は?」

 

リンドがわずかに眉を動かす。

 マークは小さく苦笑し、肩をすくめた。

 

「リンドさん……ハッタリだ。こんな短期間で、そんなことできるはずがない」

 

その瞬間――

 外からざわめきが起きた。

 遠くの街路から、ざわざわとした人の声が波のように押し寄せてくる。

 

シンカーが腕時計の針を確認するように視線を落とした。

「……ああ、そろそろ時間だね」

 

彼がゆっくりと顔を上げる。

 

「アルゴの“時事ネタ系速報”、見れる者は見てくれ」

 

ざわつく団員たちが、一斉にホロウィンドウを開いた。

 次の瞬間――画面に浮かび上がった文字を、誰もが息を呑んで見つめた。

 

 

 

 

【速報】アインクラッド解放軍と風林火山、正式に同盟締結。共同攻略体制を発表――。

 

 

 

その見出しが、会議室の空気を一変させた。

 誰も言葉を発せず、ただ光の中で数字と文字だけが静かに瞬いていた。

 

 

 

 

 

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