ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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30話  3人の名

 

 

 

 

 

 

 

会談の終わった夕刻。

 血盟騎士団本部の食堂は、夕陽に染まった淡い橙色で満たされていた。

 窓の外では鐘が鳴り、戦いの余韻をかすかに振るわせている。

 六人――キリト、アスナ、リズ、シリカ、ティンクル、リオが、

 まだ温かいスープを囲んで座っていた。

 

リズがスプーンをくるくる回しながら、ため息をつく。

「デュエルで決着、かぁ……。全然予想外の展開ね」

 

アスナは少し俯き、ティンクルの方へ顔を向けた。

「ティンクル……ごめんなさい。結局ちゃんとした決着をつけられずに、

 またあなたを巻き込む形になってしまって」

 

ティンクルは静かに首を振り、柔らかく微笑んだ。

「ううん、ありがとうアスナ。アスナが頑張ってくれなかったら、可能性はゼロだったと思うよ」

 

リオが頷く。

「そうですね……向こうは、“絶対に譲らない”って感じでしたし」

 

キリトがスープを一口飲んでから、苦笑を漏らした。

「デュエル、か。……俺は参加できないよな」

 

リズが肩をすくめる。

「そりゃそうでしょ。団員じゃないんだから」

 

「でも、この勝負に勝てば、ティンクルさんは血盟騎士団に残れるんですよね?」

 シリカが小さく身を乗り出して尋ねる。

 

リオが即座に答えた。

「はい。それに、アスナさんとティンクルさんは出場できますし。可能性は高い……というより、間違いないですよ」

 

キリトは少しだけ首を傾げた。

「……いや、どうかな」

 

リオが目を瞬かせる。

「え?」

 

キリトは天井を見上げるようにして言った。

「ほぼ互角なんじゃないか?」

 

アスナも静かに頷いた。

「そうね。少なくとも、簡単に勝たせてくれる相手ではないわ」

 

リオが少し戸惑ったように眉を寄せた。

「そうなんですか? でも……アスナさんとティンクルさんが負けるなんて、想像できないです」

 

リズが口元を拭って、にやりと笑う。

「向こうにも“とんでもない”のがいるからね」

 

シリカが少し声を落とした。

「やっぱり……ロニエさんは出場してきますよね」

 

リズが頷く。

「でしょうね。出ない理由がないわ」

 

リオが小さく息を呑む。

「ロニエって……あの、副団長の人ですか?」

 

リズが目を丸くした。

「リオ、ロニエを知らないの?」

 

「えっと……名前と二つ名は知ってますけど、詳しいことは……」

 リオが言葉を濁すと、キリトが穏やかに補った。

 

「“残光”のロニエ。別名、“闘技場の覇者”。有名だぞ、特に闘技場関係のプレイヤーの間では」

 

リズが興味深そうに眉を上げる。

「何連勝だっけ? あの子の記録」

 

「33だな。まだ破られてない」

 キリトの口調は淡々としているが、そこには確かな敬意があった。

 

リオが目を丸くする。

「す、すごいですね……! やっぱり本人の強さはもちろん、装備もすごいんじゃ――」

 

キリトは首を横に振った。

「装備制限部門の方でだ」

 

リオの声が裏返る。

「へ?」

 

「つまり――ほぼ対等な条件で戦う方で、その記録だ」

 キリトが淡々と続ける。

 

「プレイヤースキルが、半端じゃないんだよ」

 

リズがスプーンを置いて笑った。

「あんた、戦ったことあるんだっけ?」

 

キリトは苦笑し、肩をすくめた。

「いや、ない。戦いたくて制限ルールの方に潜ったんだけど、全然やってなかったせいで、ランク不足でマッチングしなかったんだ」

 

「そ、そんなにすごい人の連勝を止めた人も、すごいですね……」

 リオがぽつりと呟いた。

 

キリトが小さく笑う。

「ここにいるぞ」

 

「え?」

 

「ティンクルだよ。その戦い、俺見てたから」

 

ティンクルは苦笑しながらスプーンを置いた。

「引き分けだけどね」

 

 淡く光る瞳に、どこか懐かしさが宿る。

「でも、キリトの言う通り。ロニエはすごく強いよ」

 

リオは思わず呟いた。

「ティンクルさんがすごいのか、ロニエさんがすごいのか……わからなくなってきました……」

 

リズが吹き出す。

「どっちも、でしょ」

 

少し笑いがこぼれ、食堂の空気が柔らかくなる。

 

「で、ティンクルの見立てだと……どのくらいの強さ?」

 リズが興味深そうに身を乗り出す。

 

ティンクルは一瞬だけ考えて、静かに答えた。

「うーん……だいぶ昔の話だし、本来の装備じゃないから単純には比べられないけど……アスナと同じくらいの強さじゃないかな」

 

その言葉に、リオが小さく息を呑んだ。

「……簡単には、勝てないですね」

 

夕陽が沈みかけ、食堂の影がゆっくりと伸びていく。

 誰も次の言葉を口にせず、ただスープの湯気が静かに揺れた。

 

 

 

―――――

 

 

 

湯気の向こう、キリトが椅子にもたれかかりながら、静かに言葉を継いだ。

「……あとは、ライドは出てくるだろうな」

 

アスナがうなずく。

「そうね。間違いなく入ってくるわね」

 

リオがぱっと顔を上げた。

「あっ! でもアスナさん、何度も勝ってるんですよね?」

 

アスナは少し笑って首を振った。

「昔の話よ。それに、その頃はまだ聖龍連合のメンバーじゃなかったから」

 

 手元のカップを回しながら、少し懐かしそうに続ける。

「挑んでくるたびに、どんどん強くなってたの。……簡単にはいかないと思う」

 

「どんなふうに戦う人なんですか?」

 リオの問いに、キリトが苦笑した。

 

「まぁ……見たまんまだな。“烈焔”って名前の通り、火力で押してくるタイプだ」

 

アスナが付け加える。

「それに――とんでもなくタフよ。気絶するまで諦めずに立ち上がってきたわ」

 

キリトが小さく笑う。

「まぁ、タフさならアスナも負けてないけどな」

 

リオが首を傾げた。

「??」

 

キリトは笑いながら肩をすくめる。

「いやさ。ライドと初めて戦った日、アスナ――強いって噂の五人と連戦したあとだったんだけどさ。それでも生き生きしてたもんな。あれは――」

 

「キリト君?」

 アスナの笑顔がふっと近づく。

 

キリトは咳払いして、視線をそらした。

「あ、すみません。なんでもないです」

 

食堂の空気が、ふっと柔らかく笑いに溶けた。

 シリカがその様子を見て、安心したようにスープを啜る。

 ティンクルも小さく笑みをこぼし、肩の力を抜いた。

 

窓の外では、空の端にまだ残る夕焼けが群青へと変わっていく。

 それはまるで、熱と静けさが混ざり合うような色だった。

 

 

 

リズが食後のカップを手にして、顎に指を当てた。

「あと一人は……誰だろ。ニコ? それともシオン?」

 

アスナが少し考え込むように目を伏せる。

「どっちもありえるわね。単純な強さだけで言えば、ニコなんだけど……」

 

キリトが肩を組み替えて、少し真面目な声を出した。

「魔法使いがデュエルはちょっとリスク高いな。接近されたら、アウトだ」

 

シリカがすぐに反論する。

「でも、ニコなら全然あり得ると思います。あの戦闘スタイルなら、そう簡単に接近できないですし」

 

リオが、ふと眉を上げた。

「……あれ? シリカさん、もしかしてニコさんと知り合いですか?」

 

リオは少し驚いていた。

――シリカが、誰かを“呼び捨て”にしたのを聞いたのは初めてだった。

 

「え? ……あれ、言ってませんでしたっけ?」

 シリカが慌てて笑う。

 

「私、ニコとは昔、同じギルドにいた時期があって。

 同い年ってこともあって、仲良くしてたんですよ」

 

リオは感心したように頷いた。

「そうでしたか。道理で親しげな感じがしたんですね」

 

「いや、そんな……最近は全然連絡してないですけどね」

 シリカは少し照れたように頬をかきながら続けた。

 

「でも今回の件は、全然関係ないですよ。ニコが聖龍連合に入って、私も血盟騎士団でお世話になることが多くなって、それで……お互い“そこは一線引こう”ってなって」

 

リオが柔らかく微笑む。

「そうでしたか。でも、ちょっと意外です。少し怖い人だなって思ってたので……シリカさん、そういうタイプは苦手なのかと」

 

「?? ニコは思いやりがあって、すごく優しい子ですよ」

 シリカは即座に否定し、真剣な表情になる。

 

「戦闘に関しては厳しいことも言いますけど、怖いだなんて思ったことは一度もないです」

 

キリトとリオが、同時に小さくつぶやいた。

「思いやりがあって……」

「優しい……子……」

 

二人の脳裏に、あの会議で淡々と笑っていたニコの姿がよぎる。

 そして、同時にうめいた。

 

「うーん……」

 

「“双律”のニコ、かぁ。確かに、あの子なら出てきてもおかしくないけどね」

 

リズが笑ってカップを置いた。

「あの子、詠唱の速度が尋常じゃない。まるで息するみたいに詠唱するの」

 

シリカも静かに頷く。

「そうですね。……ニコより詠唱が速い人は見たことがないです」

 

キリトが腕を組み、少し低い声で言った。

「でも――リスクを考えると、シオンも全然ありえるんだよな」

 

その瞬間、テーブルの上の灯りが、ふわりと揺れた。

 外はもう群青に沈み、窓の向こうで夜が息づき始めていた。

 六人の視線が、それぞれ“次の対戦者”を思い浮かべながら、静かに交差する。

 

 

 

 

――――

 

 

夜の帳が静かに降りる頃、食堂の灯りはまだ温かかった。

 皿の上の湯気が消え、代わりに陶器のカップから、ほのかな香りが漂う。

 

リズがカップを片手に、顎に指を添えながら言った。

「そういえば――血盟って、あと一人だけが出るの?」

 

リオが顔を上げる。

「えっと……ジョンさん? それともブリュノさん?」

 

「ブリュノさんじゃない?」

 リズは思い出したように笑った。

 

「あの人、かなりの手練れでしょ?」

 

キリトが頷く。

「そうだな。あの人、地味に強いんだよな」

 

リズはカップを傾けながら、ふとリオに目を向ける。

「……ん? リオ、あんたならいけるんじゃない?」

 

突然の言葉に、リオは思わず手を止めた。

「え、僕ですか?」

 

「そうよ。毎日ずっと鍛錬してるし、最近じゃティンクルと並んで中衛にいるんでしょ?」

 リズの声は軽いが、どこか本気の響きを帯びていた。

 

リオは曖昧に笑って肩をすくめる。

「あはは……僕なんかじゃ無理ですよ、リズさん」

 

アスナが静かに彼を見ていた。

 何も言わない。ただ、その瞳の奥で、リオの中に宿る“火”を見ているようだった。

 

「……」

 

キリトが軽く腕を組み、話題を戻す。

「まぁ、向こうも一人、こっちも一人。予想できないのはそこだな」

 

シリカが口を開く。

「二日後に決めなきゃいけないんですよね……。出場順って、どうなるんでしょう?」

 

アスナが頷いた。

「代表3名と同時に通達すること、ってシンカー団長から連絡があったわ」

 

「なるほどね」

 リズはカップをテーブルに戻し、指を組んだ。

「じゃ、まずは三人を決めなきゃ。少なくとも――明日には」

 

その瞬間、食堂の灯りがゆらりと揺れた。

 外では夜風が吹き、遠くで鐘が鳴る。

 アスナは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。

 ――静かな夜の中で、運命の歯車が小さく動き始めていた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

翌朝 ― 血盟騎士団・会議室

 

 

朝の光が差し込む会議室は、まるで戦場前のように張り詰めていた。

 長卓の上には、整然と並ぶ資料と冷めたコーヒー。

 誰も口を開かないまま、ただ壁の時計の針だけが音を刻んでいた。

 

ヒースクリフが、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

 その姿勢は威厳に満ち、しかし声はいつも通りだった。

 

「デュエルで結論を決めることになった」

 

短い言葉が空気を震わせた。

 全員が自然と背筋を伸ばす。

 

「我々の誇りに賭けて――負けるわけにはいかない」

 その静かな宣言は、剣よりも重かった。

 

ジョンが低い声で応じる。

「まずは代表の三人を決めなければなりませんね」

 

ヒースクリフは頷き、一拍置いてから言った。

「すでに決まっている。私とアスナ君、同じ結論に至った」

 

ざわり、と空気が揺れる。

 思わず互いに顔を見合わせる団員たち。

 誰もが息を呑み、その続きを待った。

 

ヒースクリフの視線が、静かに部屋を横切る。

 その眼差しに怯える者はいない。ただ、全員がその“秩序”を感じていた。

 

「代表は――アスナ君、ティンクル君、そして――」

 

一瞬の間。

 時計の針が、音を立てて次の目盛りを刻む。

 

「リオ君だ」

 

その名が発せられた瞬間、室内の空気が一瞬止まった。

 

「………………え?」

 

リオの手から、思わず書類が滑り落ちる。

 まるで自分の名前が現実のものではないかのように、間の抜けた返事が口から漏れた。

 

 

 

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