ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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     導きの朝 

 

 

 

 

 

 

 

夜の帳が静まり、血盟騎士団の廊下には、ほとんど人影がなかった。

 ランプの淡い光が、壁にゆらりと揺れている。

 その光の中に、白い影が立っていた。

 

「リオ君」

 

声をかけたティンクルの声は、夜気に溶けるように静かだった。

 廊下を歩いていた少年――リオは驚いて足を止め、振り返る。

 

「ティンクルさん。どうしました?」

 

「明日、少し時間ある?」

 

「え? はい……ありますけど」

 

ティンクルは柔らかく微笑んだ。

 その笑みは、夜の静けさの中で、不思議と温かく感じられた。

 

「じゃあ、明日――僕と一緒に特訓、付き合ってくれない?」

 

「え、いいですけど……どこでですか?」

 

「それは来てからのお楽しみ」

 

 

ティンクルはそれだけ言うと、手を軽く振って廊下の奥へ消えた。

 残されたリオは、胸の奥が妙に落ち着かないまま、自室へ戻った。

 

 

 

 

⸻

 

 

 

 

翌朝。

 朝靄がまだ地を這う頃、ティンクルは血盟騎士団本部の前でリオを待っていた。

 陽は低く、世界はまだ眠っている。

 

「おはよう、リオ君」

 

「おはようございます。……それで、どこに行くんですか?」

 

「ついてくれば分かるよ」

 ティンクルは軽く笑って、マントの裾を翻した。

 その背中を追いかけるリオの胸は、期待と緊張で少しだけ高鳴っていた。

 

 

 

 

 

別の街へ転移し、通りを抜け、坂を下り、広場を抜け――やがて目の前に現れたのは、巨大な石造りの円形闘技場だった。

 

「ここ……って」

 

「うん、闘技場。装備制限部門の方」

 

 ティンクルは静かに頷いた。

「今日は、2対2の試合に出ようと思う。リオ君、一緒に出てくれる?」

 

「えっと……僕でいいんですか?」

 

「もちろん。リオ君だから、頼みたいんだ」

 

ティンクルの声は柔らかいが、冗談の気配は一切なかった。

 

 リオは小さく頷いた。

「……はい。大丈夫です」

 

 

 

――――

 

 

 

 

闘技場の中は、朝の冷たい空気で満たされていた。

 観客はまばらで、剣がぶつかる音と、金属の軋む音が遠くで響く。

 

ティンクルとリオが出場登録を済ませると、すぐに対戦が始まった。

 最初の相手は、二人組の中堅クラス。

 リオは息を整え、剣を構える。

 

「行くよ、リオ君」

 

「はい!」

 

ティンクルが一歩踏み出した瞬間、空気が変わった。

 静から動への切り替えが、まるで呼吸のように滑らかだ。

 リオもその動きに合わせて走る。

 互いに視線を交わさずとも、流れが読める。

 

――連撃。受け流し。

 リオの剣が相手の短剣を弾き、ティンクルがその隙に斬り込む。

 淡い光が閃き、相手のHPゲージが消えた。

 

試合が終わると、観客の拍手がわずかに響いた。

 リオは息を切らしながら、それでも笑っていた。

 

「……やっぱりティンクルさんはすごいです」

 

「ふふ、僕だけじゃないよ。リオ君、ちゃんと相手の呼吸を見てた」

 

リオは頬を赤らめ、うつむく。

「最初は戸惑ってばかりでした。でも……だんだん楽しくなってきて」

 

ティンクルが微笑んだ。

「うん、それでいいんだよ」

 

 

――――

 

 

 

数試合をこなしたあと、二人は観客席の片隅に腰を下ろした。

 息を整えながら、リオが口を開く。

 

「出会った頃、ティンクルさんの動きって、全然分からなかったんです。何を狙ってるのか、どこを見てるのか……でも今は、少しだけ分かるようになってきた気がします」

 

ティンクルは空を見上げた。

 薄雲の向こうに、朝の光が滲んでいる。

 

「そっか。それは嬉しいな」

 

沈黙。

 遠くで次の試合の鐘が鳴った。

 

「ありがとう、リオ君」

 

「え? いえ、こちらこそです」

 

「楽しかった?」

 ティンクルの問いに、リオは一瞬だけ目を瞬かせ、そして笑った。

 

「はい。なんだか新鮮でした」

 

「……ねえ、リオ君」

 

「はい」

 

「最近の特訓中に、“楽しい”って思ったこと、あった?」

 

その問いに、リオは少しだけ言葉を詰まらせた。

「……それは……」

 

ティンクルは静かに見つめた。

 逃げ場のない優しさを帯びたまなざしで。

 

「……なかったです。ただ必死で。余裕なんて、なくて」

 

「そうだね」

 ティンクルの声は、風のように穏やかだった。

 

リオが視線を落とす。

「でも……僕のせいで負けたら、ティンクルさんが血盟騎士団にいられなくなる。そんなの、絶対に嫌なんです」

 

「今のまま無理してたら、なおさらじゃないかな」

 

「それは……」

 

「リオ君が頑張るのは、僕のためだけ?」

 

その言葉に、リオは目を見開いた。

 そして、少し間を置いて答える。

 

「……いえ。血盟騎士団のみんなのためです」

 

「うん、そうだね」

 ティンクルは微笑んだ。

 

「じゃあ、“僕のため”って部分だけ――少し考え方を変えてみない?」

 

「考え方……ですか?」

 

「うん。“僕のため”っていうなら、僕はリオ君に“楽しんでほしい”って思うよ」

 

リオはきょとんとした表情を浮かべた。

 

「楽しむ……?」

 

「うん。僕は今でも、戦うことが楽しいって思うよ」

 ティンクルは少し空を仰いで続けた。

 

「キリトやアスナ、そしてリオ君や……いろんな人と戦ってる時。そこに命の輝きを感じるんだ」

 

リオは小さく息を呑んだ。

 ティンクルの瞳には、どこか遠い光があった。

 

「思い出してみて。初めてスキルを上手く使えた日。

 難しいクエストをクリアした日。

 血盟騎士団に入った日。

 あの時の気持ち、忘れてないでしょ?」

 

リオの胸の奥に、淡い光が蘇る。

 初めて剣を振った日、ティンクルに褒められた夜、

 笑ってアスナに握手を求められた瞬間。

 

「……覚えてます」

 

「うん、それが君の“核”なんだ」

 ティンクルは微笑む。

 

「焦りも不安も、ぜんぶその上に積もった“雪”みたいなもの。放っておけばすぐ溶けるよ」

 

リオは目を伏せ、小さく笑った。

「……そうかもしれません」

 

「うん、そう」

 ティンクルは立ち上がり、手を差し伸べた。

 

「じゃ、もう一戦だけ、いこうか」

 

リオはその手を掴んで立ち上がった。

 もう、肩の力は抜けていた。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

午前の光が傾きはじめ、闘技場の外はやわらかな風で満たされていた。

 いくつもの試合を終えたティンクルとリオは、観客席の影に腰を下ろしていた。

 汗の粒が剣の刃に落ち、淡く光を散らしている。

 

「いい試合だったね」

 

「はい、楽しかったです」

 

 リオは額の汗を拭き、少し照れたように笑った。

 久しぶりに、純粋に楽しいと感じていた。

 

「僕、飲み物買ってきます」

 

「うん、お願い」

 

リオは軽く頷いて立ち上がり、売店の方へ駆けていった。

 ティンクルはその背中を見送りながら、風に髪を揺らした。

 観客のざわめきの向こうで、次の試合の鐘が鳴っている。

 

 

 

――――

 

 

 

――ほんの数分のことだった。

 

リオが戻ってきたとき、ティンクルは三人の男たちに囲まれていた。

 

「なぁなぁ、氷姫ちゃん。俺たちと写真撮ってよ」

 

「なに遠慮してんだよ。今日は他の団員いないみたいだし、一緒に遊びに行かない?」

 

「血盟に入ってからガード固いもんなぁ。ちっともスキがなくてさ」

 

ティンクルは困ったように笑っていた。

「ふふ。写真ならいいよ。でも、用事があるから遊びにはいけないけど」

 

「マジ? ラッキー!」

 一人がはしゃぐように手を上げる。

 

「しっかし華奢だなぁ。こんな腕でよく戦えるよな」

 

「ほんとだ。血盟の男どもは情けねぇな。こんな可愛い子に戦わせるなんてよ」

 

「俺たちみたいな強い男が守ってやらなきゃな」

 

その言葉と同時に、男のひとりがティンクルの腕に手を伸ばした。

 

「ティンクルさん!!」

 

鋭い声が響く。

 リオが駆けてくるのを、誰も気づけなかった。

 

男たちが振り向く。

 

「うわ、血盟の……なんだ子供か」

 

リオは、ティンクルの前に立った。

 手に持っていた飲み物のカップから、雫がぽたりと地面に落ちた。

 

「何してるんですか?」

 

静かな声。

 怒鳴りもしない。けれど、空気の温度が下がったように感じた。

 

「ん? ああ、写真撮るだけだよ。本人もいいって言ってるし、大丈夫だろ」

 

ティンクルが口を開こうとした。

「リオ君、僕なら――」

 

「じゃあ、僕が撮りますよ」

 

リオは遮った。

 そして、にっこりと笑った。

 その笑顔はティンクルのものによく似ていた。だが、瞳だけが氷のように冷たい。

 

「なんだよ。話のわかる子じゃないか」

 

 男たちは苦笑し、少しだけ警戒を解いた。

 

「じゃ、よろしくな」

 そう言って並ぼうとした瞬間、リオが口を開いた。

 

「でもみなさん、すごい度胸ですね」

 

リオは笑顔のまま言った。

 ティンクルの後ろから射す光が、彼の横顔を照らす。

 

「血盟騎士団に“宣戦布告”するなんて」

 

「……は?」

 

「知らないわけないですよね? 血盟騎士団の団員に手を出したら、どうなるか」

 

 リオの声は穏やかだった。

 まるで、友人に話しかけるように。

 

「ねぇ――〈黒羽団〉のジャックさん?」

 

「なっ……なんで俺のことを……」

 

「そっちの二人は〈烈牙団〉のレオンさんと、たしかマルクさん、ですよね?」

 

 リオは少し首を傾げて微笑んだ。

「前に街で“偶然”何度かお会いしましたよね。ずっと同じ方向を歩いてたじゃないですか。――あれ、もしかして…尾行のつもりだったんですか?」

 

男たちの顔から血の気が引いた。

 

「ほら、せっかく写真撮るんですから。団長にも見せることになると思いますけど」

 

「……な、なんだと」

 

「自分から証拠を残すなんて、すごい勇気ですよね」

 

 リオの笑みは崩れない。

 ただ、瞳の奥には一切の温度がなかった。

 

男のひとりが叫んだ。

「やめだ、やめだ! 行くぞ!」

 

彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 残されたのは、ティンクルとリオだけ。

 

 

 

――――

 

 

 

風が通り抜け、紙くずが地を滑る。

 逃げていった男たちの足音が遠ざかると、リオはようやく息を吐いた。

 

「……ふぅ、ティンクルさん、大丈夫ですか?」

 

ティンクルは、ほんの少し遅れて微笑んだ。

 いつものように、どこか儚げに。

 

「ごめんごめん。ちょっと予想外で。リオ君、あんなこともできるんだね」

 

「……普段、子供っぽいって思ってるでしょ」

 

「思ってないよ」

 ティンクルは即答した。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

しばしの沈黙。

 遠くの観客席から歓声が聞こえる。別の試合が始まったらしい。

 ティンクルはベンチに腰を下ろし、リオにも手振りで座るよう促した。

 

「でもね、無理しちゃだめだよ。危ないから」

 

 柔らかな声が風に溶けていく。

「写真くらい、僕はなんとも思わないよ」

 

「……でもティンクルさん、嫌がってましたよね?」

 

「嫌だなんて思ってないよ。撮らせてあげれば、向こうもすんなり帰っただろうし。リオ君が怪我する方が、僕は心配だよ」

 

リオは俯き、拳をぎゅっと握った。

「……嘘です」

 

「え?」

 

ティンクルが軽く瞬く。

 リオの声は震えていたが、確かな芯があった。

 

「ティンクルさん、すごく嫌がってました。無理しないでください」

 

ティンクルが小首をかしげる。

「どうしてそう思うの?」

 

「……普段と違かったからです。どこがって聞かれても、うまく答えられないですけど……でも、いつもと違うって」

 

風が少し強く吹いた。

 ティンクルの髪が頬をかすめ、陽光を受けて淡く光る。

 

その目が――ほんの一瞬だけ、遠くを見ていた。

 

「……そう」

 

 ティンクルはそっと目を閉じた。

 そして、また微笑む。

 

「リオ君も、立派になったね」

 

「もう! やっぱり子供だと思ってる!」

 

リオがむくれると、ティンクルが少し笑う。

 それは、穏やかで、どこか安心したような笑いだった。

 

「ふふ。ありがとう、リオ君」

 

「え?」

 

「守ってくれて、嬉しかったよ」

 

リオは顔を赤くして視線を逸らした。

「べ、別に……あんなの当然です」

 

ティンクルは、空を見上げた。

 陽は高く昇り、青が静かに広がっていく。

 

「うん。……本当に、ありがとう」

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

受付に戻ると、二人のスタッフが立っていた。

 

「あ、よかった! さっき、警備の人を呼ぼうかと思ってたの」

 

「君が追い払ったんだよね? 見てたよ」

 

受付の子がくすっと笑う。

「好きな人、ちゃんと守ってて、かっこよかったよ」

 

「なっ……ち、違っ……!」

 リオの顔が一瞬で真っ赤になる。

 

「また守ってあげてね」

 受付の子が手を振ると、ティンクルが笑って答えた。

 

「ふふ、そうだね。頼りにしてるよ」

 

「う、うう……」

 リオは顔を覆いながら俯いた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

闘技場を出る頃には、すでに昼を過ぎていた。

 観客の歓声も遠のき、ティンクルとリオは並んで石畳を歩いていた。

 戦闘装備のままだった二人は、一度ギルド本部に戻って私服に着替えた。

 ティンクルは淡い生成り色の上着に、白いスカーフを首元に結んでいる。

 リオは動きやすいシャツに薄いグレーのパンツ。どこか少年らしい柔らかさが残っていた。

 

「ティンクルさん、これからどうするんですか?」

 

「うん――ちょっと付き合ってよ、リオ君」

 

「いいですよ。どこにです?」

 

ティンクルは微笑みながら、指先で“ついてきて”と合図した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

数分後。

 

二人が降り立ったのは、アインクラッド下層――二十層にある自然地帯だった。

 高低差のある崖と緑の丘が続き、遠くには滝が流れている。

 戦闘エリアとしては人気が低く、人の姿はほとんどない。

 

リオは辺りを見渡し、思わず息をのんだ。

 

「……綺麗ですね」

 

ティンクルは頷く。

「うん。人もいないし、僕のお気に入りの場所なんだ」

 

丘の上には一本の大きな木が立っていた。

 枝の下に木陰ができ、柔らかな風が吹き抜ける。

 ティンクルはそこに歩み寄ると、軽く腰を下ろした。

 

「ちょっと待ってて」

 カバンを開き、布の包みを取り出す。

 

「お弁当作ってきたんだ」

 

「えっ、ティンクルさんが?」

 

「うん。アスナには全然およばないけどね」

 

包みを開くと、整った色どりの料理が現れた。

 野菜とハーブを使ったサンドイッチ、果物、そして小さなチーズケーキ。

 丁寧に盛られたその様子に、リオは思わず顔をほころばせる。

 

「すごい……おいしそうです」

 

「よかった。ちょっと味見してくれる?」

 

「もちろん、食べたいです!」

 

リオが手を伸ばすと、ティンクルはスプーンを差し出した。

「ほら、あーん」

 

「え!そ、そんな!」

 

「ふふ、冗談だよ」

 

ティンクルは笑いながら、自分の分を取り分けた。

 風が頬を撫で、草の香りが漂う。

 二人の間に、柔らかな静けさが流れていた。

 

 

――――

 

 

やがて食べ終えると、リオが手を拭きながら言った。

 

「本当に美味しかったです。こんなに丁寧に作れるなんて……」

 

「ふふ、ありがとう」

 

ティンクルは空を見上げる。

 青い空の中に、わずかな雲がゆっくり流れていた。

 

「……ねぇ、リオ君」

 

「はい?」

 

「絵が得意なんだよね」

 

リオは少し驚いたように目を丸くする。

「え、あ……はい。現実では、絵の勉強をしてて」

 

「そうなんだ。なんの絵が得意なの?」

 

「人物画です」

 

ティンクルの口元に、穏やかな笑みが浮かぶ。

「じゃあ……描いてみてよ。僕を」

 

「えっ?」

 

「僕がモデルじゃ、ダメかな?」

 

「い、いえ! そんなことないですけど……!」

 

リオは慌てて手を振る。

 

「ただ……しばらく座ってもらうことになるので、ティンクルさん疲れちゃうかも」

 

「大丈夫だよ。リオ君の絵、見てみたいな」

 

ティンクルは木陰の中、草の上に静かに座った。

 陽の光が肩口を照らし、淡い影を作る。

 

「これでどうかな?」

 そう言って、微笑んだ。

 

その一瞬――リオの心臓がトクン、と大きく跳ねた。

 

「リオ君?」

 

「あ、はい!大丈夫です!」

 

リオは慌ててスケッチブックを取り出し、鉛筆を握った。

 視線を合わせると、胸の奥が少し熱くなる。

 描きながら、少し緊張がこみあげてきた。

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

時間がゆっくりと流れた。

 草の擦れる音、鳥の声、そして筆先が紙を走る音。

 リオは真剣な表情で、何度も線を重ねていく。

 ティンクルは黙ったまま、ただ穏やかに座っていた。

 微風に揺れる髪、目を細める仕草――そのどれもが絵の中に溶けていくようだった。

 

やがて、リオが手を止めた。

「……できました」

 

スケッチブックを差し出す。

 ティンクルは覗き込み、静かに目を見開いた。

 

「……ほんとに、うまいね」

 

「ありがとうございます」

 

描かれたティンクルは、柔らかな笑みを浮かべていた。

 

ティンクルはしばらく絵を見つめ、それからふっと笑った。

 

「僕にも、教えてよ」

 

「え?」

 

「絵の描き方。少しだけでも、教えてもらえない?」

 

「もちろん!」

 

リオは草の上に紙を広げ、手本を見せながら説明した。

「えっと、まず輪郭を描くときは……」

 

「こう?」

 

「もう少し丸くです。そう、それくらい!」

 

二人は並んで紙に向かい、笑いながら線を引いた。

 風が二人の間を通り抜け、陽射しが傾き始める。

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

夕方。

 二人が帰ってくると、ギルドの談話室はいつもの賑わいを取り戻していた。

 

「あ、おかえり」

 リズが手を振る。

 

「ただいまです」

 リオが軽く会釈する。

 

「リオ、なんか嬉しそうね。何かあったの?」

 

 リオが少し慌てて首を振る。

 

「い、いえ! 特に何も!」

 顔がほんのり赤い。

 

リズがニヤニヤと笑う。

「おやおや~? 顔が赤いですなぁ」

 

「な、なんでもないです!」

 リオは手をぶんぶんと振る。

 

その様子に、キリトが苦笑いする。

「お、いつものリオだな」

 

「はい、いつものリオさんですね」

 シリカも微笑む。

 

「キリトさん! シリカさんまで……もう!」

 

 リオの声に、みんなが笑った。

 ギルドの空気が、一瞬だけ春のようにあたたかくなる。

 

 

 

 

⸻

 

 

――――

 

 

そして――翌朝。

 

訓練場に朝日が射し込む。

 キリトとリオが向かい合い、剣を交えていた。

 リズ、シリカ、アスナ、ティンクルが見守る中、金属音が何度も響く。

 

リオの動きは明らかに昨日より速く、迷いがない。

 打ち込みの角度、体の連動、すべてがひとつに噛み合っていた。

 

「ーーっ!」

 最後の一撃でキリトの体が後ろに下がる。

 

静寂。

 

リオは息を荒げながらも、笑みを浮かべた。

 

アスナがそっと隣のティンクルに声をかける。

「……大丈夫そうね」

 

「うん」

 ティンクルは静かに頷いた。

 

「ありがとう、ティンクル」

 

「僕は何もしてないよ」

 

ティンクルの声には、どこか柔らかな色が混じっていた。

 

試合を終えたリオが、剣を収めて駆け寄ってくる。

「キリトさん、ありがとうございました!」

 

キリトは笑って肩を叩いた。

「驚いたぞリオ。昨日と全然違うじゃないか」

 

「えへへ。心配かけてすみませんでした」

 

リオの目はまっすぐだった。

「キリトさん……僕、もっと強くなりたいです」

 

「大丈夫だ。そのまま努力を続ければ――」

 

「いえ、違います」

 リオは首を振った。

 そして、小さく息を吸う。

 

「男として……強くなりたいです」

 

その言葉に、キリトは少し驚いた顔をした。

 けれど、次の瞬間、静かに笑った。

 

「……そうか」

 

 柔らかな風が吹き抜ける。

 アインクラッドの空は高く澄み、雲ひとつなかった。

 

 

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