ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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     おつとめ

 

 

 

 

 

昼下がりの陽光が、石造りの訓練場に斜めから差し込んでいた。

砂の匂いと鉄の響き。剣がぶつかる音が、一定のリズムで響き渡る。

 

「軸がズレてる。意識して」

 

ロニエの声は静かで、澄んでいた。

その言葉に応じて、コハルが短剣を構え直す。

 

「はいっ!」

 

鋭い一閃。

 風を切る音が、光の中を裂いた。

 額に汗を浮かべながらも、コハルの瞳は真っ直ぐだった。

 

訓練場の柵の向こうでは、数名の団員が談笑していた。

戦いの熱を、遠巻きに眺めながら。

 

「なあ、楽しみだな。ロニエと氷姫の一騎打ち」

 

「そうね。きっと、とんでもない試合になるわよ」

 

別の団員が頷く。

「私は……“閃光”と“残光”の戦い、見たかったです」

 

「確かに。でも氷姫との方が面白そうだ」

 

剣のぶつかる音が止まない。

 日差しに照らされた砂が、わずかに舞った。

 

「時間内に決着つくかな?」

 

「接戦でしょ?昔戦った時は決着がつかなかったそうだし」

 

「時間ギリギリの大接戦、か」

 

「でも氷姫って、すごく強いんですよね? やっぱりロニエさんでも苦戦するのかな?」

 

そんな囁きの中、背後から軽やかな声が割り込んだ。

 

「おー、やってるやってる。コハルも真面目だねぇ」

 

にゅっと伸びた影。

 振り返ると、そこにはニコが立っていた。

 杖を片手に、いつものように気楽な笑みを浮かべている。

 

「あっ、ニコさん」

 

少女が声を上げると、男の団員が笑いながら問う。

「なあニコ。ロニエと氷姫、どんな試合になると思う?」

 

「ん?あー……ちなみに、みんなの予想は?」

 

ニコが首を傾げながら問い返すと、女性団員が即答した。

「大接戦! すごい試合になるに決まってるわよ」

 

「ふーん……」

 

「おいおい、興味なさそうだな」

 

ニコは口角を上げて、いたずらっぽく笑う。

「うん、だってわかりきってるし」

 

数人の団員が顔を見合わせた。

 

「???」

 

そして、彼女は軽く杖の先を砂に突く。

 

「3分、持たないでしょ。“氷姫”」

 

一瞬の静寂。訓練場の風が、砂をさらう音だけが響いた。

 

「お、おいおい、それはちょっと……」

 

「まあ、ロニエを応援したいけど……相手も強いからね」

 

その時、剣の音が止んだ。

 ロニエとコハルが稽古を終え、こちらへ歩いてくる。

 

「……あ、ニコ」

 

コハルが汗を拭いながら笑う。

 

「おつかれー」

 

 ニコが手を振る。

「ロニエ、いつもの“おつとめ”、1時間後だってさー」

 

「わかった」

 

 ロニエは淡々と頷く。

 

「コハルは団長が呼んでるよー」

 

「うん」

 

「あ、そうだ。いい機会だから――みんなもついてきなよ」

 

ニコが軽く振り返る。

 陽光が白いマントを照らし、金の留め具がきらりと光った。

 その笑顔には、からかいでも挑発でもない、不思議な自信があった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

昼過ぎの闘技場。

 上空から光が差し込み、円形の砂地に淡い金色の粒子を落としていた。

 熱気とざわめき。

 観客席の上段では旗がはためき、観客たちの視線が中央へと集まっている。

 

「なんだ、今日はずいぶん混んでるな」

 

男の団員が、まぶしそうに目を細める。

 陽光を受けた砂が、白く煌めいた。

 

「ロニエの“おつとめ”の日だからね」

 ニコが片手を腰に当て、気怠そうに笑う。

 

「おつとめ?」

 

「ほら、ロニエって闘技場で有名でしょ?だから“名誉チャンピオン”みたいな役やらされてるの」

 

 軽く肩をすくめ、杖の先で床をコツンと突く。

 

「主催者の頼みで、優勝者とか連勝記録持ってる人の相手をするの。……ま、聖龍のスポンサーの頼みだし、しょうがないよね」

 

話しながらも、観客たちのざわめきが少しずつ大きくなっていく。

 モニターが点灯し、観客席がざわついた。

 

「戦う相手は……誰なんです?」

 

少女の声。

 次の瞬間、巨大な映像が映し出された。

 

漆黒の鎧をまとった男が立っていた。

 肩のプレートには深紅の刻印、腰には金に煌めく剣――

 見るからに、実力者の風格。

 

「あ、あの人……いま15連勝してる人だ」

 

「そうそう。装備制限なしの部門でね」

 

 ニコが顎で画面を指す。

 

「本人が望めば、こうしてロニエと戦えるの」

 

「おいおい、すげぇ装備だな。攻略組でも上位クラスだぞ」

 

「これは……ロニエも手こずるわね」

 

「あ、出てきた!」

 

轟くような歓声。

 闘技場の両端が開き、茶色の髪が風を受けて揺れた。

 ロニエが静かに入場してくる。

 その歩みは静かで、一切の無駄がない。

 観客の熱気とは対照的に、彼女の瞳だけが凍りついたように冷たい。

 

対戦相手も姿を現す。

 剣を抜く音が響いた瞬間、空気が一変する。

 

 

 

 

 

 

――試合開始。

 

金属音が重なり合う。

 砂煙が舞い、風が切り裂かれる。

 互角。

 誰もが息を呑む。

 

「相手も……早いな。かなりの強さだ」

 

「いい勝負ですね。すごい……」

 

興奮した声が観客席のあちこちで上がる。

 その中で、ニコは大きな欠伸をした。

 

「ニコ、見なよ!すごい試合だよ!」

 

「そうですよ、こんな戦い滅多に見れませんって!」

 

ニコは片手で頬杖をついたまま、視線をフィールドに固定した。

 だが、瞳の奥にはどこか退屈そうな光があった。

 

「んー……見ても意味ないからね」

 

「なんでだよ!こんないい勝負なのに!」

 

「だってロニエ、全然本気じゃないもん」

 

「は?何言ってんだよ。全力じゃないにしても、相手が相手だぞ」

 

「全然だねー。軽い準備運動くらい」

 

周囲が苦笑する。

 その中で、ニコだけは微笑んだまま、まるで何かを見透かしていた。

 

「なんでそう思うの?」

 

女性団員の問いに、ニコは肩をすくめて答える。

 

「主催者のお願いでさ。決まった時間までは、絶対“いい勝負”を続けるようにって頼まれてるの。今日の時間指定は……5分だね」

 

「は?」

 

「だって、ロニエが本気でやったらすぐ終わっちゃうもん。お客さんがしらけるでしょ? だから――演出だよ、演出。ロニエはそういうの嫌いだけど、仕事だから仕方なく、ね」

 

風が吹き抜ける。

 砂の上に立つ二人の姿が陽光に滲む。

 

「え……でも、そんなに手を抜いてたら危ないんじゃ……」

 

「まあ、見ててよ。5分経ったら、すぐ終わるからさ」

 

試合のリズムが変わる。

 ロニエの動きに、わずかな沈黙が生まれた。

 

「あの…本気で戦ったら、どうなるんですか?」

 

「んー……この相手なら、20秒かな」

 

「は、ははは……まさか……」

 

 

 

――4分59秒。

 ロニエがわずかに目を細めた。

 

 

 

――5分00秒。

 剣閃。空気が裂けた。

 

 

 

――5:01

 ロニエの斬撃が大きく入る。

 光が走り、観客席から一瞬だけ息を呑む音。

 少女が小さく声を上げた。

「……あ」

 

 

――5:04

 ロニエのカウンターが入る。

 鋼の響きが鈍く返り、男の体が揺れる。

 少年が言葉を失ったまま、ただ目で追った。

「……」

 

 

 

――5:06

 再び斬撃。

 刃の軌跡が弧を描き、砂を巻き上げる。

 

 

 

――5:09

 連撃。

 空気が爆ぜ、観客席がわずかにざわめく。

 

 

 

――5:13

 トドメの一撃。

 

轟音のあと、静寂。

 

 

 

 

砂の上に、ひとりの影だけが立っていた。

 ロニエの髪が、風に揺れる。

 白いマントの裾が、ゆっくりと舞い上がった。

 

「あ、終わっちゃった」

 ニコがのんびりと立ち上がる。

 

「20秒は過大評価だったかー」

 

杖をくるくる回しながら、観客席を振り返る。

「じゃ、帰ろっか」

 

誰もが言葉を失っていた。

 熱を帯びた空気の中で、ロニエの白いマントがゆっくりと翻った。

 その光景は、まるで“力の差”そのものが形を持ったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

聖龍連合本部の会議室には、柔らかな光が斜めに差し込んでいた。

 白い石の壁にその光が反射し、室内の空気は冷たいのに、どこか霞んで見える。

 

分厚い扉の向こうからは、外の喧騒も届かない。

 時計の針の音だけが、淡々と時を刻んでいた。

 

リンドは机の端に置かれた書類を静かにめくっていた。

 向かいでは、シオンが報告書を手に立ったまま説明を続けている。

 彼の声は規律正しく、無駄がない。

 

――コンコン。

 

控えめなノック。

 室内の空気がわずかに揺れる。

 

「入れ」

 

リンドが顔を上げずに言う。

 

「失礼します。団長、城門前に団長との面会希望者が――」

 

「血盟騎士団との決戦前だ。事前通達なき者は誰も通すな、と言ったはずだが?」

 

「そ、それが……アルゴです。どうしてもと」

 

リンドの指が一瞬止まる。

 沈黙のあと、ゆっくりと顔を上げた。

 無言のまま、シオンに視線を送る。

 

シオンは軽く頷くと、立ち上がった。

「自分が迎えに行くであります」

 

扉が閉まる。

 残されたリンドは、しばし机上の書類を見つめたまま動かなかった。

 蝋燭の炎が、長く伸びた影を壁に揺らす。

 

――数分後。

 

再び扉が開く。

 シオンの背後から、フードを被った小柄な影が入ってくる。

 

「まいどー!いやー、リン坊、調子はどうや?」

 

アルゴが片手を上げ、軽口とともに入室した。

 部屋に流れ込んだ空気が、一瞬だけ明るくなる。

 

「要件は何だ」

 リンドの声は、いつも通り冷ややかだった。

 

「つれへんなー。女には愛想よくせな。せっかくの色男が台無しやで」

 

アルゴは笑いながら、腰のポーチから折り畳まれた紙束を取り出す。

 それを机の上に置き、指で軽く叩いた。

 

「頼まれてたもん、調べ終わったで。思ったよりはよ終わったから、持ってきたんや」

 

リンドは無言で受け取り、ざっと目を通す。

 

「……予定より3日早かったな」

 

「当たり前や。ウチを誰やと思っとるん?」

 アルゴが胸を張る。

 軽口の奥に、どこか誇りのような響きがあった。

 

「しっかしこれ、短剣の強化素材やな?しかも本気の構成やん。リン坊、自分の強化でもするん?」

 

リンドは応えず、静かにシオンへと目を向けた。

「ここにあるリスト、何日で集まる?」

 

シオンが受け取り、紙を素早く目で走らせる。

「2日で充分であります」

 

「では任せる。同行者は好きにしたまえ」

 

「了解であります」

 

シオンが敬礼し、退室していく。

 扉が閉まると、再び部屋に静寂が戻る。

 

「ひゃー、2日で集めるんか。おっそろしいなぁ」

 アルゴが椅子の背にもたれながら笑った。

 

「要件は終わりだろう。帰りたまえ」

 

「えー、ウチに会えて嬉しいやろ、リン坊?もうちょい“おはなし”しようやないか」

 

リンドは静かに息を吐く。

「……貴様はずいぶん血盟騎士団に肩入れしているようだな。戦闘データでも集めに来たのか?」

 

「ありゃ、もしかしてこの前の“速報”、根に持っとるん?」

 アルゴが片目をつむって笑う。

 

「ウチは誰にも肩入れしとらんよ。あれはシン坊に金積まれて頼まれたんや。“速報流してくれー”ってな。そりゃ、やるしかないやん。あははは!」

 

リンドは表情を動かさない。

 ただ、その視線だけがわずかに鋭くなる。

 

「ありゃ? 反応うすいなぁ。ま、しゃーないな。血盟騎士団との決戦も近いし、ピリピリするんもわかるわ」

 

「そんな目先の小さいことなど、どうでもいい」

 

「あらま!こんなおもろそうな事に燃えんのか、リン坊?」

 

「勝敗など、やる前からわかっている。時間の無駄だ」

 

「ふーん……どっちが勝つん?」

 

「愚問だな」

 

アルゴが目を細め、笑みの奥で息を吐く。

「あはは!相変わらず自信家やな、リン坊は」

 

蝋燭の炎が揺れた。

 外では鐘の音が遠く響く。

 昼下がりの光が、ゆっくりと石壁を染めていく。

 

 

 

 

 

「でも――勝っても負けても、血盟騎士団とは組むんやろ?」

 

アルゴの声は軽い。

 だがその笑顔の奥に、探るような鋭さがあった。

 

「攻略組全体としては、ええことやな。

 これで《100層》まで一気にクリア。みーんなハッピーエンドや」

 

リンドは返さない。

 指先で書類をめくる音だけが、かすかに響く。

 

「ま、凡人はそう思って、そこで思考停止や。……なあ、リン坊?」

 

リンドがゆっくり顔を上げた。

「……何が言いたい?」

 

アルゴはにやりと笑い、椅子から腰を上げる。

そのまま、リンドが座る机の端に軽く腰を掛け、声を落とした。

 

「なあリン坊。本当は――何考えてるん?」

 

沈黙。

蝋燭の炎がゆらりと揺れ、二人の影が重なった。

 

「リン坊みたいな頭の切れる男が、本気で血盟騎士団を“手駒”にするつもりなら、あの時点で《風林火山》を落とさんと、およがすわけないやん」

 

アルゴの声が低くなる。

「……こういう展開にしたかったんやろ?血盟騎士団と組んで、その先――何を見とるんや?」

 

リンドの表情は動かない。

 ただ、その瞳だけが薄く光った。

 

「ただ《100層》まで平和にクリアしてハッピーエンド、……なんてぬるいこと考えとるわけやないやろ?」

 

アルゴがさらに近づく。

 その距離、わずか半歩。

 軽い口調のまま、囁くように言う。

 

「ウチとリン坊の仲やん? 教えてくれたら――協力できること、いっぱいあると思うで?」

 

リンドは短く息を吐き、静かに言葉を落とした。

 

「相変わらず妄想癖がひどいな。精神科に行くことをおすすめする」

 

「あーん、つれへんなあリン坊」

 アルゴは笑いながらも、視線を逸らさない。

 

ふいに彼女は話題を変えた。

「なあリン坊。なんで《100層》なんやろな?」

 

リンドは眉をわずかに動かす。

アルゴは机の端に肘をつき、指で軽く天井を指した。

 

「ウチが茅場なら……プレイヤー苦しめたいなら、

 200層、300層、1000層――あるいは“444層”とかにするわ」

 

軽く笑いながら続ける。

「あるいは皮肉きかせて“777層”とか。あははは!」

 

「ふん。茅場本人に聞いてみたらどうだ?」

 

「それができたら苦労はないんやけどなー」

 アルゴは笑いながら肩をすくめる。

 

しばし、沈黙。

外から鳥の鳴き声が、かすかに聞こえた。

 

「《100層》クリアしたら、どんなエンディングなんやろな?」

 アルゴは独り言のように言う。

 

「天使の姿した茅場が空から降りてきて、

 “おみそれしましたー”って言うんかな? で、エンドロールや」

 

口元を緩めたまま、指で空に線を描く。

 

「あるいは――“残念! あと100層あります。君たちの本当の戦いはこれからだ!”ってオチか?」

 

リンドは黙っていた。

 彼の瞳の奥で、光が微かに揺れている。

 

「それとも……クリアと同時に意識が飛んで、目が覚めたら現実、ってエンディングか?」

 

アルゴの声が少しだけ静まった。

「……まあ、考えてもわからん。今は《100層》目指して頑張るしかないわな」

 

彼女が立ち上がる。

 椅子の脚が、石の床をかすかに擦った。

 

窓の外では、夕陽が街の屋根を赤く染めている。

 リンドは机の上の紙束に目を落とし、わずかに口元を歪めた。

 

その笑みが、皮肉なのか、確信なのか――

 誰にもわからなかった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

昼の光は傾き、会議室の中に長い影を落としていた。

 蝋燭の炎が小さく揺れ、窓の外では風が塔の先端をなでていく。

 

アルゴは立ち上がり、帽子のつばを軽く直した。

 口元には、いつもの茶化すような笑み。

 

「ほな、ウチはここで退散するけど――」

 彼女は肩をすくめながら、軽い口調で言った。

 

「リン坊に、ひとつ忠告や」

 

リンドは視線を上げ、わずかに眉を動かす。

「……なんだ?」

 

アルゴの目が細くなる。

「血盟騎士団のあの子ら、強いで。舐めてかかってると、痛い目みるかもなぁ」

 

「舐めてなどいない」

 リンドは机に肘を置いたまま、低く言葉を返す。

 

「客観的事実だ」

 

「ほうか。ま、頑張りや――リン坊」

 

アルゴは笑いながら背を向け、扉の方へ歩き出す。

 その足取りは軽い。

 だが、空気はほんの少し冷えた。

 

「アルゴ」

 

リンドの声が静かに響く。

 アルゴの足が止まる。

 

「ん? なんや」

 

リンドは目を細め、机の上の指先をゆっくり組んだ。

「アインクラッド解放軍が、最前線から一時撤退した時期があったな」

 

「せやな」

 アルゴが軽く頷く。

 

「下層の治安のため、攻略組の将来のため――シン坊らしい泣ける話やろ?」

 

リンドの瞳が光を反射する。

 その声は冷たく、淡々としていた。

 

「実に素晴らしいタイミングだ。あの時期にあの判断。普段から下層に出入りし、下層の現状をよく知る者でなければ絶対に不可能だ」

 

視線が、アルゴの背中を射抜く。

「――下層の現状をシンカーに伝えたのは……アルゴ、貴様だな?」

 

アルゴが、くるりと振り返った。

 目を細め、肩をすくめる。

 

「せやで」

 その声は軽いが、瞳の奥が一瞬だけ鋭く光る。

 

「でもそれはシン坊に頼まれたんや。“下層が静かすぎる、様子を見てきてくれ”ってな」

 

「理由など、どうでもいい」

 リンドは椅子の背にもたれ、淡々と告げる。

 

「結果として、アインクラッド解放軍の大部分は下層に移動した。それが事実だ」

 

アルゴが少しだけ笑みを引っ込める。

 蝋燭の炎が小さく揺れ、二人の影が壁に長く伸びた。

 

「こちらも一つ、忠告してやろう――アルゴ」

 

リンドの声が低く落ちる。

「ずいぶん焦って“宝探し”をしているようだが……引き際を間違えると、やけどではすまんぞ」

 

沈黙。

 その静寂の中、アルゴの唇がふっと緩む。

 

「おーきに」

 

それだけ言うと、彼女は扉に手をかけた。

 外の光が差し込み、一瞬だけ彼女の横顔を照らす。

 

軽い足音とともに扉が閉まる。

 静寂が戻る。

 

リンドは机の上の書類を見つめたまま、ひとつ息を吐いた。

 窓の外では、夕陽がゆっくりと沈んでいく。

 光はもう赤く、聖龍本部の白い壁を朱に染めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

夜。

 聖龍本部の外では、風が塔の尖端を撫でていた。

 月光が石壁を照らし、静かな光が廊下を流れていく。

 

その頃――ロニエの部屋では、蝋燭の灯がひとつだけ揺れていた。

 

彼女は寝巻き姿でベッドの上に正座していた。

 両手を膝に置き、目を閉じている。

 

深く息を吸い、吐く。

 そして、頭の中に――ひとりの少女の姿を描いた。

 

氷のように静かな気配。

 鋭く、速く、正確な剣筋。

 

ティンクル。かつて剣を交えた相手。

 

ロニエは、彼女の動きを頭の中で練り上げていく。

 過去の記憶と、データとして集めた映像を重ね、

 その動作を寸分違わず再現し、対抗の動きを構築する。

 

静寂の中、剣と剣が交わる幻が、彼女の瞳の裏で閃いた。

 

――コンコン。

 

小さなノック音。

 ロニエは目を開けた。

 

「はい」

 

「だーれだ?」

 

「ニコ」

 

「こらこら、ちょっとは乗ってきなよ」

 

軽やかな声とともに、扉が開く音。

 ニコがひょいと顔を出し、そのまま部屋の椅子に腰掛けた。

 

「ちょっと散歩してたんだよ」

 杖を壁に立てかけ、肩をほぐす。

 

「ロニエは何してたの?」

 

「精神統一」

 

「武士か!」

 ニコが即座にツッコミを入れる。

 

ロニエの唇がわずかに動いた。

 微かに、笑ったようだった。

 

だがすぐに、その笑みは心配の色へ変わる。

「ニコ、大丈夫?」

 

「んー……ちょっと慣れない手順の詠唱試したからね」

 ニコが軽く肩を回す。

 

「まあ、だいぶ慣れたし問題ないよ」

 

「そう……」

 

「心配?」

 

「いいえ。ニコは強いもの」

 

「へへ、当然だよ」

 

その笑顔が少し照れくさそうで、ロニエはそっと目を細めた。

 

「ニコ」

 

「ん?」

 

「こっちへ」

 

ベッドの隣を軽く叩いて、座るように促す。

 

「えー、また?」

 

ロニエは黙ってこくりと頷く。

 

「はいはい、しょうがないなー」

 ニコは苦笑しながら腰を下ろした。

 

ロニエはその後ろに回り、静かに手を伸ばす。

 引き出しから、見慣れた小さな櫛を取り出す。

 

――ニコ専用の櫛。

 この部屋に“こっそり”置かれているもの。

 

「ニコは髪が長いから……やりがいがあるわ」

 

「される方も大変なんだよー」

 口ではそう言いながらも、ニコの頬がゆるむ。

 嬉しそうな表情が、鏡越しに映った。

 

櫛が通るたびに、髪がさらりと光を帯びる。

 静かな時間。

 どこか懐かしい香りが漂っていた。

 

「今日のおつとめの相手、どうだった?」

 

「……筋は悪くない。けれど、装備に頼りすぎてる部分があるわ。そこを直せば、まだ伸びしろはある」

 

「ふーん……ロニエが指導するなら、どうやってやるの?」

 

「そうね……まずは1日10試合、装備制限部門で戦ってもらうわ。それから1時間、剣の素振り。1時間は歩法の特訓。1時間、私と手合わせ。30分はイメージトレーニング。それから――」

 

「こらこら」

 ニコが慌てて振り返る。

 

「真っ白に燃え尽きちゃうよ」

 

ロニエは小さく笑った。

「それくらいしないと、成長はしないもの」

 

「ったく……コハルも大変だねぇ。ロニエみたいな師匠だと」

 ニコが笑う。

 

「ま、だから強くなったんだろうけどさ。あの子、根性あるから」

 

「そうね……あの子は、弱音を吐かないわ」

 

「なんか最近、雰囲気がロニエに似てきてない?髪も昔より短くしたし……やっぱり影響受けてるのかなー」

 

ロニエは櫛を動かしながら、ふと目を伏せる。

その手の動きがわずかに止まった。

 

「……そうかもしれないわね」

 

「ま、ロニエの師匠は――」

 ニコが天井を見上げる。

 

「剣の腕と戦闘以外は、ズボラな部分多かったけどさ。そこは全然引き継がなかったね」

 

「……ええ。そうね」

 

ニコの視線が部屋の片隅に向く。

 机の上の写真立て。

 そこには、6人の姿が写っていた。

 

リンド、ロニエ、ニコ、ライド、シオン――そしてもう一人。

 無愛想なリンドの首に腕を回し、笑っている女性。

 

写真の中で、その笑顔は今も変わらず明るい。

 

「……ねえ、ロニエ」

 

「なに?」

 

ニコの声が、少しだけ震えていた。

 

「私、絶対に負けたくない」

 

蝋燭の炎が、小さく揺れた。

 

「聖龍がバカにされるの、許せないの。……だから」

 

ロニエは櫛を置き、静かに頷いた。

 

「ええ。勝ちましょう、ニコ」

 

ニコはゆっくりと笑った。

「うん」

 

窓の外、月が雲間から顔を出す。

 静かな光が二人の頬を照らし、

 その影は寄り添うように重なっていた。

 

 

 

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