ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

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32話  先鋒戦

 

 

 

 

 

 

決戦の朝――。

 

血盟騎士団の本部食堂には、早朝にもかかわらず、温かな灯りと香ばしいスープの匂いが満ちていた。窓の外には薄い霧が漂い、光がその中でゆっくりと揺れている。

 

「いよいよかー……」

 リズがスプーンを回しながらため息をつく。

 

「なんか私のほうが緊張してきたわ」

 

「リオ、ちゃんと寝れたか?」

 キリトが隣の少年に声をかける。

 

「はい。大丈夫です」

 リオは短く返し、少しだけ背筋を伸ばした。

 

「試合場所、闘技場ひとつ貸し切りだっけ?」

 

「ええ」

 アスナが穏やかな声で答える。

 

「50層にある“マスターランク闘技場”よ」

 

「うひゃー……そんなところ、よく貸し切れたわね」

 リズが目を丸くする。

 

「お客さん、入れるんですか?」

 シリカが小さく手を挙げた。

 

「基本は血盟騎士団と聖龍連合、そして傘下ギルドのメンバーね。次はアインクラッド解放軍、黄金林檎、風林火山の団員が優先」

 

アスナが説明を続ける。

「それ以外は、一般の人を抽選販売で入れるみたい」

 

「とんでもない値段になりそうね」

 

「ん? 一般の人も入れるのか」

 キリトがスープを置いて眉を上げる。

 

「シンカーはそういうの、嫌いそうだけどな」

 

「……最初はトップギルド関係者だけの予定だったんだけどね」

 アスナは少し笑った。

 

「闘技場のオーナーが、話を持ちかけてきたの。シンカー団長も最初は断ってたけど――利益の半分を下層エリアの人たちに還元する、って条件で承諾したの」

 

キリトは軽く頷いた。

「そういうことか……あいつらしいな」

 

「じゃ、すごい数のお客さんですね」

 

「大丈夫だ。普段の闘技場と同じだと思えばいい」

 キリトが肩を回す。

 

「観客はみんなカカシ……ってな」

 

「ま、普段よりちょっと高級な“カカシ”よね」

 リズが笑う。

 

「……あの」

 シリカが小さく声を上げた。

 

「やっぱりキリトさんやアスナさん、ティンクルさんでも――緊張するんですか?」

 

ティンクルはスープを置き、少しだけ微笑んだ。

「うーん、僕は全然かな。視線には慣れてるから」

 

「しないな」

 キリトが続ける。

 

「試合が始まるまでは多少あるけど、戦いになったら夢中で、それどころじゃなくなる」

 

「そうね。言われてみれば……緊張はしないかも」

 アスナが微笑むと、キリトが苦笑いを返す。

 

「まあ、アスナは闘技場に限らず、デュエル中は楽しそうだもんな。目がキラキラしてて、止められないって感じでさ」

 

「キリト君、それどういう意味?」

 アスナが笑顔で首を傾げる。

 

「ちょ……違うって! 褒めてるんだよ!」

 

「今のはキリトが悪いね」

 ティンクルが肩をすくめて言う。

 

「まあ、悪意はないってわかってるけど……もうちょっと女心をわかってほしいかな」

 

「くっ……返す言葉もございません」

 

小さな笑いがテーブルのあちこちでこぼれた。

 その温かい空気の中で、シリカだけが、少し俯いていた。

 

(……もしかしたら、ティンクルさんとみんなで食べる“最後の朝食会”かもしれない)

 

ピナを撫でながら、不安そうな瞳。

 その横で、リズがそっと彼女の肩をつつく。

 目で訴える――「大丈夫、信じよう」。

 

(……はい)

 シリカは小さく頷いた。

 

「これ終わったらすぐ82層ボス攻略なんでしょ?」

 

「ええ、二週間後ね」

 アスナが答える。

 

「それ終わったらさ、みんなでパーッと温泉行こうよ」

 

「いいわね!」

 アスナが勢いよく立ち上がる。

 

「うわ! びっくりした!」

 

「アスナは風呂が大好きだからな」

 キリトが苦笑いする。

 

「場所は私にまかせて。ふふふふ」

 

「お、おう……」

 

「心配しないで、ティンクル。個室のお風呂を完備してる場所を押さえるから!」

 

「うん、ありがとうアスナ」

 

「ティンクルは露天風呂とか入らないのか?」

 キリトの問いに、ティンクルは少し目を伏せる。

 

「昔、公共の場所に入ったときに……ちょっとね。それ以来、苦手になっちゃって」

 

「あー、そうか。思い出した。ここでも浴室付きの部屋にしてもらってるもんな」

 

「別に珍しくないんじゃない?」

 リズが言う。

 

「私の周りにもいるよ。人に見られるの嫌って子」

 

「シリカは大丈夫?」

 

「はい、ピナも喜んでくれますし。ただ……たくさん人がいると恥ずかしいですけど」

 

「人が少なくて落ち着ける場所を押さえるから」

 アスナが笑う。

 

「アスナさん、いつもと雰囲気が違うような……」

 リオが小さく首を傾げた。

 

「いつものことだけど、半日は風呂から上がってこないだろうな」

 キリトが苦笑する。

 

「えっ、そんなにですか!?」

 

「まあ、行けばわかるさ」

 

「私はご飯おいしいところがいいなー」

 リズが笑うと、また全員の笑いがこぼれた。

 

――その笑顔の裏で、誰も口には出さなかった。

 この穏やかな時間が、嵐の前の静けさであることを。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

朝の光が、血盟騎士団本部の中庭を包んでいた。

 高く掲げられた旗が、静かな風に揺れる。

 転移結晶の祭壇は、淡い蒼光を放ち、まるでこれからの運命を照らすかのようだった。

 

アスナはその光の前に立ち、胸元の“お守り”をそっと指でなぞる。

 青い鉱石のペンダントが、朝日を受けて柔らかく輝いた。

 

「……いよいよね」

 

リズが少し息を吐き、手を握りしめる。

「私たちは団員じゃないから、別の入り口から入るわ。応援席でみんなと合流するからね」

 

「ええ……」

 アスナが微笑む。

 

「キリト君、二人をお願いね」

 

「ああ、任せとけ」

 キリトが軽く拳を握り、胸を叩く。

 

「迷子になっちゃ駄目だよ」

 ティンクルが少しだけ笑って言った。

 

「子供か!」

 キリトが即座にツッコミを入れ、リズとシリカの笑い声が響く。

 

全員では――もう会場では合流できない。

 それを皆がわかっていた。

 

「ティンクルさん……」

 シリカの声が震える。

 

 小さく涙が光ったが、すぐに首を振って表情を整える。

「いってらっしゃい、です」

 

腕の中のピナが、小さく鳴いた。

 

「うん、いってきます」

 ティンクルが微笑み、手を振る。

 

「リオ、頑張りなさいよ!」

 

「はい。絶対勝ちます!」

 リズとリオの視線が、短く、しかし強く交わる。

 

「なあ、アスナ」

 

「なに? キリト君」

 

「二人のこと……頼んだ」

 

「ええ。任せて」

 

互いの拳をグーにして、軽く――コツンと合わせる。

 

「行きましょう」

 アスナの言葉に、ティンクルとリオが頷く。

 

三人は光に包まれた転移結晶の中へと歩み出た。

 白い光が足元を満たし、視界が溶けていく。

 

リズとシリカは、その姿が消えるまで手を振り続けた。

 キリトはサムズアップを掲げ、

 朝日に照らされたその笑みが、まるで背中を押すようだった。

 

――転移光が弾け、風だけが残る。

 

静かな空気の中、誰もが息をのんだ。

 それぞれの想いを胸に。

 決戦の幕が、今――上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

五十層――マスターランク闘技場。

 白い石造りの回廊に、朝の光が静かに差し込んでいた。

 血盟騎士団の一団が無言で歩いていく。その足音が、広い通路に乾いた音を響かせた。

 

しばらく進むと、中央広場の手前。

 そこに立つのは、アインクラッド解放軍副官――ユリエール。

 銀の髪をきっちりとまとめ、軍服のような制服姿で整列していた。

 

「ようこそ、血盟騎士団の皆さま」

 透き通る声が響く。

 

「これより、代表の三名以外は用意された観客席に移動となります。代表の方々は、それぞれの控室へご案内いたします」

 

緊張が走る。

 その場の誰もが、息を潜めるように立ち止まった。

 

ユリエールは淡々と続ける。

「……全ての試合が終わるまで、団員との接触はできません。移動まで、あと数分。――何か話しておきたいことがあれば、今のうちに」

 

静寂。

 足元の石床を照らす光だけが、ゆらりと揺れる。

 

そのとき――。

 

「あの、ティンクルさん!」

 緊張を破ったのは、若い団員の少女だった。

 

「私、ティンクルさんが入団してくれて……本当に嬉しかったです」

 声が震えている。

 

「ティンクルさんが来てから、アスナさん……笑顔が増えたんです。思い詰めてることが、減った気がして」

 

その目に涙が滲む。

「だから……ここでお別れなんて、嫌なんです!」

 

「おいおい、プレッシャーかけちゃ駄目だろ」

 ハルトが苦笑して少女の肩を軽く叩く。

 

「す、すみません……でも」

 

「まあ、言いたいことはわかるけどな」

 ハルトはティンクルに視線をやる。

 

「二人を見てると、なんつーか……微笑ましい“姉妹”みたいだ」

 

「そうだな、ハルト」

 ジョンが腕を組み、にやりと笑う。

 

「お前は“よく見てた”だけに、説得力あるな」

 

「おいジョン! せっかく綺麗にまとめたのに!」

 

小さな笑いが起こり、場の緊張が少し緩む。

 

「そうね……」

 セラフィナが静かに言う。

 

「二人がいると、隊の呼吸が本当によくまとまるわ」

 

「……いい骨の音が鳴ってる」

 ブリュノが腕を組んだまま呟く。

 

「ここで終わりにするのは、惜しい」

 

そして――。

 

「アスナ君」

 ヒースクリフの低い声が響いた。

 

「はい」

 

副団長として整列するアスナが一歩前へ出る。

 

「君が今日、ここに立つまでの間……一度でも諦めていたら、この日はなかった」

 その声は穏やかで、しかし凛としていた。

 

「君という副団長がいることを、誇りに思う」

 

「……はい」

 アスナは深く頭を下げた。

 

「君たち三人に与えられた任務はただひとつ」

 ヒースクリフはまっすぐに三人を見据える。

 

「――勝ちなさい。以上だ」

 

その瞬間、全員が胸を張る。

 迷いも、恐れもない。

 ただ、誇りと覚悟だけがそこにあった。

 

「時間です」

 ユリエールが静かに告げた。

 

「代表の三名、こちらへ」

 

アスナ、ティンクル、リオ――三人が前へ進む。

 仲間たちの視線を背に受けながら、転移の回廊へと向かう。

 

「じゃ、みんな……いってきます」

 ティンクルが微笑みながら手を振る。

 

その背中が光に包まれようとしたとき――。

 

「おーい、リオ!」

 ハルトの声が響いた。

 

「お前のこと、ひよっ子だって言ったけどな――取り消すぞ!」

 

リオは振り向き、笑って片手を上げた。

 その姿を見て、誰もが声を出さずに頷いた。

 

白い光が三人を包み、ゆっくりと消えていく。

 

残された仲間たちの胸の中には――

 誇りと、祈りだけが残っていた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

転移の光が収まると、目の前には巨大な石の回廊が広がっていた。

 五十層――マスターランク闘技場の中央区画。

 白亜の壁が幾重にも重なり、天井からは青白い光がゆっくりと降り注いでいる。

 

転移陣の中心から、アスナ、ティンクル、リオの三人が姿を現した。

 すぐそばに待機していたユリエールが一礼する。

 

「こちらへどうぞ。会場までは私がご案内いたします」

 

彼女の足音が、石の床に静かに響いた。

 三人はそのあとを歩く。

 外からは、観客のざわめきがまだ遠く、かすかに届いていた。

 

やがて、回廊の先で別の一団が見えた。

 

「やっほー、血盟騎士団のみなさん」

 明るい声とともに、杖を片手にした少女が手を振る。

 

「今日はよろしくねー」

 

「……ニコ」

 アスナがわずかに眉を上げる。

 

「ふふ、アスナさん」

 ニコは唇の端を上げ、軽くウインクした。

 

「正々堂々、お互い頑張ろうね」

 

「ええ。よろしくね、ニコ」

 アスナの声には静かな決意が宿っていた。

 

その隣では、ロニエが無表情のまま立っていた。

 ティンクルの方を一度も見ない。

 視線はまっすぐ、どこか遠くの一点を見つめている。

 

「……」

 ティンクルも何も言わなかった。

 静かな火花が、互いの間に見えないまま散る。

 

「少年!」

 低く、よく通る声が空間を割った。

 

リオの前に、大柄な青年――ライドが立ちはだかる。

 燃えるような瞳。背中には紅蓮の大剣。

 

「俺の相手は貴様だな!」

 

「は、はい!」

 リオは一瞬身構える。

 

「言っておくが、俺は相手が誰であろうと容赦はしない!」

 ライドは豪快に笑った。

 

「全力でかかってくるがいい!はっはっはっはっ!」

 

「……そのつもりです」

 リオの目に一瞬、鋭い光が走った。

 

そんな中、ユリエールが一歩前に出て声を響かせた。

「皆さんご存知かと思いますが、念のためルールを確認します」

 

彼女の声が、回廊の壁に反射して澄んだ音を返す。

 

「制限時間は10分。アイテムの使用は禁止。その他の規定は通常のデュエルと同様です。決着は体力が規定値に達した場合、または時間切れの場合は体力の多い方の勝利。

 最終的に勝敗数の多いチームの勝利となります」

 

ユリエールは一度言葉を切り、少しだけ間を取った。

「――ただし、どちらかが二連勝しても、三試合目は必ず行われます」

 

「ふふっ、ちょっと残酷なルールだねぇ」

 ニコが笑う。

 その笑顔の奥に、冷たい刃のような気配が見え隠れした。

 

「また、三試合が終わって勝敗数が同じ場合――大将戦の結果で決着します」

 ユリエールの説明は続く。

 

「たとえば、先鋒戦で血盟騎士団が勝利、中堅戦が引き分け、大将戦で聖龍連合が勝利した場合、聖龍連合の勝利です。

 逆に、中堅戦までの結果で一勝一敗、大将戦が引き分けの場合は――中堅戦の結果を優先します。

 なお、全ての試合が引き分けだった場合は、三試合をもう一度やり直します」

 

静まり返る空気。

 誰もが一言も漏らさず聞き入っていた。

 

「何か質問はありますか?」

 

「はーい」

 ニコが手を挙げた。

 

「どうぞ」

 

「控室からは出られないんですか?」

 

「出ることは可能です。ただし、我々の一名が同行します」

 ユリエールは即答する。

 

「また、応援席の団員との接触は禁止。探索エリアへの立ち入りも同様に禁止です。外に出ること自体は構いませんが、試合時間に間に合わなかった場合は――即失格となります」

 

「……りょーかい」

 ニコが軽く肩をすくめる。

 

「他に質問は?」

 数秒の沈黙。誰も何も言わない。

 

「では、みなさん。それぞれの控室にご案内します」

 ユリエールが一礼した。

 

アスナ、ティンクル、リオ――三人はそれぞれの方向へと歩き出す。

 ロニエ、ニコ、ライドもそれに続き、異なる廊下へと消えていった。

 

回廊の空気は、まるで凍りつくように静かだった。

 遠くで鳴り始めた観客の歓声が、戦いの幕開けを告げていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

アスナ、ティンクル、リオの三人は、ユリエールの案内で闘技場内部の奥へと進んでいった。

 白い石壁の廊下を抜けた先には、広く静かな空間が広がっていた。

 かすかに聞こえる歓声のざわめきが、厚い扉越しに反響している。

 

「こちらになります」

 案内役のアインクラッド解放軍の女性が丁寧に一礼した。

 

「一時間後に試合開始となります。何かありましたらお呼びください」

 

「ありがとう」

 アスナが微笑み、女性は静かに退室した。

 

扉が閉まると、室内は途端に静けさを取り戻した。

 窓はない。だが、天井の魔灯が温かな光を落とし、床の石を柔らかく照らしている。

 空気には、緊張と静寂がゆっくりと混ざり合っていた。

 

「ティンクル、準備は大丈夫?」

 アスナの声は穏やかだったが、その奥には鋼のような意志が滲んでいる。

 

「うん。いつでも」

 

「……わかってると思うけど、ロニエの近接戦闘能力は普通じゃないわ」

 アスナは剣の柄に手を置きながら続けた。

 

「あなたでも簡単には対処できないと思う。……気をつけて」

 

ティンクルは短く頷く。

「うん、心してかかるよ」

 

部屋の隅を歩きながら、リオが感嘆の息を漏らした。

「すごく広い部屋ですね」

 

「部隊が駐屯することも想定してるらしいわね」

 アスナが微笑む。

 

「試合前に、軽くデュエルもできそうですね」

 リオの声に、ティンクルが振り向いた。

 

「二人とも。動きを確認したいから、手伝ってくれる?」

 

「はい」

 

「ええ」

 

「じゃ、まずはリオ君。お願い」

 

ティンクルが剣を抜いた瞬間、部屋の空気が張り詰めた。

 リオも同じように剣を構え、床に映る光が二人の影を重ねる。

 金属の鳴る音が静かに響き、模擬戦が始まった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――その頃。

 

観客席では、すでに開場のベルが鳴り響いていた。

 熱気と歓声が渦を巻き、天井近くまで押し寄せている。

 

「すごい人だな。……熱気もすごい」

 キリトが周囲を見渡しながら呟いた。

 

「そりゃそうでしょ」

 リズが笑う。

 

「血盟騎士団と聖龍連合の戦いなんて、頂上決戦だもの」

 

「でも、関係者の入り口が空いてて助かりましたね」

 シリカがピナを抱えながら息を整える。

 

彼らは観客席の一角を見渡しながら歩いていった。

 

「えーっと、みんなはどこだ……」

 

「あ!あの人、ジョンじゃない?」

 

「ほんとだ。あんなでかいの、目立たない方が無理だな」

 キリトが苦笑する。

 

ジョンたちは前列に座っており、こちらを見つけて手を振っていた。

 

「アスナたちは?」

 

「控室だ。試合が終わるまでは隔離状態だな」

 ジョンの声が低く響く。

 

「様子はどうだった?」

 

「大丈夫だ。あとは信じて待つしかない」

 

三人は頷き合い、空いた席に腰を下ろした。

 

「ティンクルとロニエかー……」

 リズが腕を組む。

 

「ねえキリト、どうなると思う?」

 

「うーん……ロニエと戦ったことはないからな」

 キリトは遠くの闘技場中央を見つめながら言った。

 

「ただ、ティンクルが言ってたようにアスナと同格なら――簡単にはいかないだろうな」

 

「でも、もし勝てればリオさんも気持ちに余裕できますよね」

 

「そうだな」

 キリトが頷く。

 

「まあ、ティンクルは強いから。大丈夫だ」

 

「……あ、そうだ!」

 リズがぽんと手を叩いた。

 

「団長に聞けばいいじゃん! ねえ団長、どんな試合展開になると思う?」

 

ヒースクリフは腕を組んだまま、視線を闘技場に向けた。

「前半戦が鍵だ」

 

「前半?」

 

「ティンクル君は、実力もさることながら……戦いながら相手を分析し、的確に対応できる。戦いが長引くほど、彼女に有利になるだろう」

 

「おお、じゃあ十分勝てる相手ってこと?」

 

「いや」

 ヒースクリフは首を横に振った。

 

「キリト君も言ったように、今回はそう簡単にはいかない。それに――そのことは、相手も十分理解しているはずだ」

 

「じゃあ、どうなるの?」

 

「おそらく前半で、一気に畳みかけてくるだろう。それにどう対応するか、だ」

 

「じゃ、ひたすら守って長引かせればいいじゃない」

 リズが軽く首をかしげる。

 

「リズ」

 キリトが少し笑って言った。

 

「もし自分がティンクルで、アスナ相手に無傷で捌ききる自信あるか?」

 

「……無理ね。どこかで被弾するわ」

 

「そういうこと。どこかで攻めないと、相手のペースに飲まれるだけだ。

 でも、駆け引きはティンクルの得意分野だ。心配いらない」

 

「キリトさん」

 シリカが小声で尋ねる。

 

「昔、ティンクルさんとロニエさんの戦い、見てたんですよね? どんな試合だったんですか?」

 

「いやもう……ほんとに、一進一退って感じだったな」

 キリトが懐かしそうに笑う。

 

「二人とも技術がすごくてさ。見てて鳥肌立ったよ。今日もきっと、いい試合になるだろうな」

 

「あんた、ロニエと戦いたそうね」

 リズが半分呆れたように言う。

 

「そりゃ機会があれば手合わせしたいさ」

 

「まったく、アスナとお揃いね」

 

リズがため息をつくと、観客席の上空を魔光が流れた。

 アナウンスが鳴り響く――

 

――先鋒戦、開始まであと30分です。

 

その瞬間、闘技場全体の熱気が一気に跳ね上がった。

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

観客席の熱気が高まる中、キリトたちはしばらく静かに試合開始を待っていた。

 その時――少し離れた通路の方から、賑やかな声が近づいてくる。

 

見ると、黒いローブに白のマントを揃いで羽織った少女たちが四人。

胸には聖龍連合の紋章。年の頃は十代半ばほどだ。

 

「あれ? あの人たち、聖龍の方でしょうか?」

 シリカが首をかしげる。

 

「ん? 聖龍の観客席は反対側のはずだけど……」

 キリトが目を細めて様子をうかがう。

 

「入り口、間違えたんじゃないの?」

 リズが肩をすくめる。

 

しかし――少女たちは堂々と足を止めると、整列して声を揃えた。

 

「隊長、全員揃いました!」

 

先頭の少女――小柄だがやけに威圧感のある隊長が、両手を腰に当てて頷く。

「けっこう。全員、準備はできてるわね?」

 

「もちろんです!いつでもいけます!」

 

「この日を……この日を、ずっと待ち望んでいました!」

 

その熱量に、キリトの眉がぴくりと動いた。

(なんだ……なんの話を……まさか!?)

 

少女の一人が胸の前で拳を握る。

「ロニエお姉様を応援するために――旗、歌、ダンス、全て完璧に仕上げてきました!」

 

「当然よ!」

 隊長が高らかに答える。

 

「お姉様を応援するには、それくらい当たり前のこと!」

 

しかし、別の少女が小声で挙手した。

「あの……ただ、1つ問題がありまして……」

 

「なにかしら?」

 

「同志6名が……抽選で脱落してしまいまして……」

 

「我々4名だけでは……」

 

「おろかもの!」

 隊長がばしん、と手を叩いた。

 

「す、すみません隊長!!」

 三人が一斉に直立する。

 

「数は問題じゃない!」

 隊長が腕を組んで、観客席の天井を仰ぐように言い放つ。

 

「お姉様への“想い”の大きさがすべてなの!あなたたちの想いは、その程度ですの?」

 

「ち、違います!」

 

「お姉様へのおもいは――海より深く、山より高いです!」

 

「いえ!アインクラッド百層を突き破り、天に届くほどです!」

 

「その意気よ!」

 隊長が満足そうに頷く。

 

「そのすべてを、お姉様への応援に込めますわよ!」

 

「はいっ!!」

 

「ロニエお姉様、万歳!!」

 

「さあ!まずはローテーションの確認、それから――!」

 

彼女たちは列を組み、きびきびと歩き去っていった。

残された観客席には、なんとも言えない沈黙が流れる。

 

ぽかんと口を開けたまま、キリトたちはその背中を見送った。

 

「……なんだ、あの子たちは……?」

 

「さ、さあ……なんでしょう……?」

 シリカが困惑の笑顔を浮かべる。

 

「ああ」

 すぐ近くにいたセラフィナが、苦笑しながら口を開いた。

 

「ロニエさんの“親衛隊”の子たちですね」

 

「親衛隊?」

 リズが目を丸くする。

 

「ええ。ロニエさんは、その……年下の女の子たちによく“好かれる”らしいんです。それで、自然とああいう親衛隊が結成されたみたいで」

 

「えっ……それって、まさか……」

 シリカが頬を赤らめる。

 

「いえ、特別何かをするわけではなくて。ただ、“見守る”ことを目的にしているだけです。ロニエさんが女性が好き――というわけではないですよ」

 

「あ、ああ、そうなんですね……」

 シリカが慌てて笑う。

 

「……まあ、いろんな考え方があるもんな」

 キリトが肩をすくめる。

 

「そ、そうね」

 リズも苦笑いを返す。

 

「ティンクルの追っかけに比べたら、微笑ましい限りだわ」

 

そして再び、観客席のざわめきが大きくなった。

闘技場の魔光が灯り、いよいよ――先鋒戦の幕が上がろうとしていた。

 

 

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