ソードアート・オンライン ―アインクラッド戦記―   作:へーちょ

57 / 57
     転調の刃

 

 

 

 

 

 

――戦闘タイマー、5分20秒。

 

ロニエの剣に再び光が宿る条件が整う。

しかし、彼女は動かない。

《残光》の発動を見送り、静かに剣を構え直した。

 

キリトの眉がわずかに動く。

(……使わない?)

 

戦場の空気が、先ほどまでとまるで違う。

ロニエの攻撃姿勢が、前のめりではなく、やや後傾――待ちの構え。

攻めの圧から、完全に“受けて斬る”構えへと変わっていた。

 

ティンクルが踏み込む。

斬撃がロニエの肩を掠めた瞬間――。

ロニエの剣が、反射のように弾き返す。

 

ティンクル、即座に下がる。

紙一重の回避。

その軌道のすぐ横を、斬撃の残滓が通り過ぎていった。

 

次も同じ。

攻撃を仕掛けた瞬間、必ずカウンターが返ってくる。

まるで未来を読まれているかのような精度。

 

リオが手を胸の前で握りしめる。

不安が表情に出ていた。

 

「……なんかロニエの動き、さっきまでと違う」

リズがつぶやく。

 

「……対策されてるな」

キリトが短く答える。

 

「え?」

 

「ティンクルが適応する前に、戦い方そのものを変えてきてる」

 

「そんな……」

シリカの声がかすれる。

 

 

 

戦闘タイマー、5:40。

 

 

 

ティンクルの斬撃がロニエの腕を掠めるが、直後に反撃。

カウンターの軌跡が、鋭く逆流する。

ティンクルの肩口を深く斬り裂いた。

 

血飛沫が砂に散る。

歓声の悲鳴も混ざる。

それでも両者は一歩も引かない。

 

ロニエの剣筋は無駄がない。

攻撃のたびに空気が薄く削がれていくような精度。

その鋭さに押される形で、ティンクルがじりじりと後退。

 

――だが、その流れが変わるのは突然だった。

 

ティンクルが左足を引き、剣を斜めに構える。

次の瞬間、連撃の間隔が変わった。

一定のリズムではなく、ずらされたテンポ――高速のヒット&アウェイ。

 

踏み込み、切り抜け、離脱。

再度、踏み込み。

リズムを崩しながら、ティンクルが押し返していく。

 

ロニエの剣先がわずかに遅れる。

その一瞬、ティンクルの刃がロニエの左肩を切り裂いた。

観客席からどよめき。

 

 

 

――6:00。

 

 

 

ティンクルが剣を横に払うと、青い光が再び走った。

《氷華》、発動。

 

その10秒後、ロニエも剣に光を宿す。

《残光》。

 

再び、光と音が交錯する。

砂塵の中で剣閃が乱れ、火花のように散る。

互いの攻撃がわずかに掠めるたび、残光と氷片が弾ける。

 

観客の目には、完全な互角――しかし、実際には違う。

どちらも限界に近い精度の世界で、わずかな呼吸の乱れすら命取り。

それでも二人の動きは一切淀まない。

 

残光が閃き、氷華が爆ぜる。

攻めも守りも、互いに寸分の狂いなし。

 

 

 

――6:30。

 

 

 

両者の光が同時に消えた。

《残光》も、《氷華》も解除。

 

ティンクルが数歩後ろに下がる。

静寂。

その瞬間、観客の誰かが息を吐いた音が、やけに大きく響いた。

 

ニコが杖をくるりと回す。

 

「ふふ、距離をとるってロニエに有効だよね」

 

間を置いて、唇が笑みに歪む。

 

「“昔のロニエ”には、だけど」

 

ロニエの剣先がわずかに傾く。

次の瞬間――。

 

剣が振られた。

衝撃音。

光の軌跡が一直線に走る。

 

ティンクルが身を捻って回避。

その直後、彼女が立っていた場所の地面が、一直線に切り裂かれた。

細かな砂片が、風に散る。

 

「……あら、かわしたんだ」

ニコが楽しげに笑う。

 

「初見だと、だいたいみんな、あれで落ちるんだけどね」

 

ロニエがさらに斬撃を放つ。

その軌道はまるで刃の波。

ティンクルのヒット&アウェイでは、もう避けきれない。

 

瞬時に判断を変え、ティンクルが再び踏み込む。

距離を詰め、近接戦に戻った。

 

刃と刃。

音が重なり、砂煙が舞う。

互いの剣閃が交錯し、反射的な応酬が続く。

 

誰もが息を呑む中――

二人の戦いは、まだ終わらなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

――戦闘タイマーは、すでに7分を越えていた。

両者の剣が、幾度も激突する。

砂が舞い、刃と刃の金属音が、鼓動のように響く。

 

ティンクルの肩はわずかに上下し、ロニエの呼吸も浅くなる。

だが、どちらも一歩も引かない。

ユニークスキルの光を失ってなお、互いの距離を保ったまま、

寸分の狂いもなく、剣を交え続けていた。

 

キリトが、静かに呟いた。

「……まずいな」

 

「え、何が?」

リズが振り向く。

 

「近接戦闘能力はロニエの方がわずかに上だ。このまま正面から戦ってたら、押し切られる」

 

シリカが不安そうに口を開く。

「で、でも……距離を取ると、またさっきみたいに斬撃が飛んで……どうすれば……」

 

キリトは黙っていた。

観客の歓声も、周囲の熱気も、もう遠い。

ただ、闘技場の中央で刃が重なる音だけが、確かな現実だった。

 

リオが拳を握りしめる。

「……ティンクルさん……」

 

戦場では、二人が再び斬り結んでいた。

息を切らしながらも、止まらない。

呼吸と攻撃が一体化し、もはや本能で動いているようだった。

 

 

 

――7:24。

 

 

――7:25。

 

 

――7:26。

 

 

 

観客席のざわめきの中で、アスナだけが気づいた。

ティンクルが、ほんの一瞬だけ、微笑んだことに。

 

 

 

――7:29。

 

 

 

闘技場の空気が張り詰める。

次の瞬間、同時に光が弾けた。

 

 

 

――7:30。

 

 

 

《残光》――《氷華》。

同時発動。

 

眩い閃光の中で、二人の姿が弾けたように消える。

次に見えた時、二人はすでに斬り合っていた。

 

ロニエの剣が空を裂き、

ティンクルがその全てを、まるで舞うように受け流す。

 

ロニエの残光が空間を走る。

ティンクルは、ほんの数ミリ単位の動きで軌道を避ける。

剣を滑らせ、刃の流れを利用し、反撃に転じる。

 

それは、戦いというより“舞”だった。

呼吸、角度、重心――全てを読み切った美しさ。

彼女の目には、ロニエのわずかな癖と息の乱れすら、

統計のように見えているかのようだった。

 

リオは呆然とその姿を見つめていた。

(……ティンクルさん、綺麗だ……)

 

剣閃が交差する。

ティンクルの一撃が、ロニエの右腕を切り裂いた。

ロニエが短く息を呑み、後退。

 

しかし、彼女はすぐに体勢を立て直す。

鋭い瞳が光を取り戻し、

再び剣が走る――その速さ、すでに人の域を超えていた。

 

残光の軌跡が乱舞し、ティンクルの体に一閃が走る。

肩口から血が流れた。

 

 

 

――7:50。

 

 

ロニエの《残光》が消える。

 

だが、彼女は止まらない。

スキルの効果が切れても、剣速は衰えず、

ティンクルの《氷華》と真正面からぶつかり続ける。

 

 

 

7:57。

7:58。

7:59。

 

 

 

両者の斬撃が同時に走った。

 

キィィィィィン――!

 

衝撃波のような爆音。

光の残滓が弾け、観客の視界が白く染まる。

――次の瞬間、両者の体に深い斬撃が入っていた。

 

ティンクルの胸元に紅が滲み、

ロニエの腹部にも鋭い線が走る。

 

 

 

8:00。

 

 

 

《氷華》解除。

互いに弾かれるように後退し、砂上に立つ。

 

息を呑む観客。

次の瞬間、ロニエが剣を振り抜いた。

 

その一閃が、風を裂いて飛ぶ。

ティンクルの足元の砂を断ち割る軌跡。

 

ティンクルは体を無理に捻って避けた。

体勢を崩し、地面に腕を突く。

 

ロニエの瞳がそれを捉えていた。

まるで読んでいたかのように、次の斬撃を放つ。

 

――1発。

――2発。

――3発。

 

三度目の光が、ティンクルの太ももを切り裂いた。

深くはないが、浅くもない。

痛みで膝が震える。

だが、彼女は止まらなかった。

 

「……っ」

 

息を押し殺し、ティンクルは再び前に出た。

ロニエも、ほとんど同時に踏み込む。

 

再び、剣と剣が激突。

近距離戦――互いの刃が髪を掠め、肌を裂く。

 

観客の歓声が遠のく。

刃の音と心臓の鼓動だけが響く。

時間の感覚が、消えていく。

 

 

 

――8:57。

――8:58。

――8:59。

 

 

 

両者、まだ止まらない。

足音と金属音が、まるでひとつの旋律のように重なっていた。

 

 

 

――9:00。

 

 

 

システムタイマーが、残り1分を示す。

場内の空気が、凍りついた。

 

ロニエの瞳が、僅かに細められる。

(……変幻自在で、読みにくい……掴みどころのない)

 

――彼女の脳裏に、遠い記憶が過る。

 

(……あの人に、似ている剣)

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。